Fazzy
測度を用いた社会資本の評価法に関する研究
E「gg 尚 之
KeyWords:Fazzy測度,AHP手法,社会資本,土木構造物,評価モデル, 環境財,地域計画
目 次 1.は じめに
2.環境財 としての社会資本 3.社会資本評価の実際
(1)社会資本 にかかわる構造物の最近の評価 (2)建造物などの評価の実際
4.社会資本評価モデルへのAHP手法の導入 とその問題点
(1)AHP手法の特徴
(2)AHP手法の数学的背景
・(3)社会資本の評価におけるAHP手法の問題点
5.社会資本評価モデルへのFazzy測度を用いたAHP手法の導入 (1)Fazzy測度を用いたAHP手法の導入
(2)Fazzy測度の定義 (3)可能性測度 と必然性測度
(4)Fazzy測度を用いた評価法の定式化 (5)Fazzy測度を用いた評価法の特性
6.Fazzy測度を用いた社会資本評価モデルの構築 (1)社会資本の段階的評価 と評価基準
(2)北海道 における鉄道随道を例 とした社会資本評価モデル
(3)AHP手法による鉄道随道の評価結果
(4)Fazzy測度を導入 したAHP手法 による鉄道随道の評価結果 7.まとめ
〔175〕
176 商 学 討 究 第46巻 第 1号
1.はじめに
現在,地域計画 において,生活環境の質のよ り高度な充実を 目指 し,地域の 精神文化の拠 り所 としてラ ン ドマーク的なモニ ュメ ン トを設置 し,活用す る取 り組みが なされている。 この場合,従来 は新 たなモニ ュメ ン トを建設す ること が ほとん どであ った。 しか し,近年 は,例えば小樽市の小樽運河のように,そ の地域の発展 に貢献 した社会資本の保存,活用など,地域 の社会環境を生か し た地域計画 もまた,積極的に取 り組 まれ るよ うにな って きた*。 この ことは, 社会資本の整備 において, 自然環境や歴史などの文化環境が重視 されて きた こ
とや, 自然や歴史,文化を活 した地域づ くりに対 し,住民の期待が高 まってい ることのあ らわれ ともいえよ う。
しか しなが ら橋梁や随道,河川,海岸構造物 などの土木構造物 は,社会資本 に直接関 る構造物であることか ら,住居や寺院,仏閣などの一般的な建築構造 物 と異 な り,社会性が極 めて高 く,規模 も大 き く, さらに機能の維持が必要で あるなどとい う性格を持 っている。 このため,その保存,活用 においては様 々 な問題 を抱え ることとな り,地域の発展 に貢献 した構造物の保存,活用を生か
した地域計画 は必ず しも順調 に行われているとは言 い難 い。
順調 に行われていない問題点 として先ずあげ られ ることは,機能の維持,高 度化 に伴 う建替えか現在の施設 を保存 しなが ら使用す るのか とい うコンフ リク トで あ る**。機能 の低下 した社会資本 は大部分が地域 に対 して負 の便益 を与
*古い社会資本 (土木構造物)を地域のモニュメントとし地域計画において活用する 事例としては,最近では長沼町での舞鶴橋の移設工事がある。舞鶴橋は長沼町と恵 庭市の境界を流れる旧夕張川に1936(昭和11)年に架橋された鋼ランガ‑アーチ 橋であるが,河川改良と治水対策のため,40m上流に1993(平成5)年に架け替 えられた。長沼町ではこの橋が町の発展に貢献 したこと,構造様式の美 しさが評価 されていることから,ながぬまコミュニティ公園のモニュメントとして移設,復元 を行っている。また,北海道東部の釧路町においては釧路川の岩保木水門周辺を公 園化 し,昭和初期に建造された水門を公園のモニュメントとして保存することを計 画 している。
**近年,小樽運河に見 られるように,取 り壊 しと保存の折衷的な計画が多 く見 られる ようになってきた。しかし,この様な折衷案を採用することは文化財としての価値 が大幅に減少することとなる。
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 177 えるものである。 このため保存 しつつ利用することは地域にとって負担 となる 例が多 く見 られる。
次いで,構造物が公共的な社会資本であることか ら経費負担を誰がす るのか という問題 も生 じる。老朽化 した構造物は必要以上に維持経費がかかる。例え ば,鋼橋は錆や腐触を防 ぐために定期的に塗装作業が必要なため,維持費用の 捻 出が供用上の問題 となる1)。 しか し,近年架橋が 目立っ コンク リー ト橋 は 基本的にメンテナ ンスフリーである。安定成長下の現在,財源の大幅な伸びが 望めない現実の下では維持管理の経費負担は大 きな問題である。経費の負担に よって得 られる便益に対する意識は肯定的な ものと否定的な ものに大 きく別れ ることが予想 される。 したが って,十分納得の行 く資料の提供 と討議結果に成 立 した合意形成が必要であろう。
さらに,評価基準やプロセスが一定 していないことも様々な問題を引き起 こ す要因 として取 り上げることができる。実際問題 として, この ことが現状にお ける社会資本評価の最大のネ ックとなっているのである。従来の社会資本にか かわる構造物の評価では,土木,建築の専門家や郷土史の研究家など一部の専 門家によって定性的な評価がなされていた。 このため,評価基準や評価プロセ スが酸味となっていた。 この結果,構造物がその地域のみな らず全国的視野か ら見た時に,技術史上あるいは社会計画上意味を持つ ものか否かの合理的な評 価が確実に行われてきたとは言い難い状況 にある。 この評価基準の暖昧さが先 に述べた建替えのコンフリク トや財政負担の問題を引き起 こす原因 となってい るのである。 したが って,社会資本を歴史的文化的な環境を形成するものとし て,その保存,活用を地域計画に組み込む場合には,合理的な合意形成がなさ れるように,明確な評価基準を もって社会資本を評価する必要がある2) 0
また,評価対象 となる構造物の選択 は懇意的なものとなることが多い。 この ため評価対象か ら取 りこぼされることも往々に して見 られる。 この場合悉皆調 査を行い,rできるだけもれのないように調査を行 ったとして も,それ らに対す る従来のような定性的な評価を,全ての対象物に対 して実施す ることは物理的 に困難である。 このため,評価それ自体が行われずに取 り壊 されるケースもあ
178 商 学 討 究 第46巻 第 1号
り,地域の文化,産業にかかわる貴重な資料が失われることが数多 く見 られた。
保存の実施 に関 らず社会資本 に対す る評価 は行 うべ きであ り3),そのために も簡便かつ合理的な評価手法の開発が必要である。
今後,歴史的に価値があるとされた構造物を保存 し,地域のラン ドマークや 精神文化の拠 り所 として,地域計画に活用 してい くことは従来にもま してより いっそ う取 り組まれることになろう。 このため,保存,活用において予想され
る様 々なコンフリク トを解決 し,限 られた資源の中で保存事業化に取 り‑組む こ とが必要になろう。 筆者による一連の研究は,社会資本が持つ歴史的文化的環 境財 としての価値を定量的に把握 し,地域計画案策定のために必要な情報を提 供 しうる評価手法の構築を行 うものである。本論文では,社会資本のなかで も 古い構造物は,場合によっては地域の歴史的文化的環境をより高度化す る環境 財であるとの認識を基礎 としている。そ して地域計画においてそのような社会 資本を活用す るために必要な,合理的な意志決定を可能 とする情報の提供を目 的 とした評価モデルの構築について述べ るものである。
本論文で は,評価モデル として AHP評価モデルを採用 し,実際の評価 に おける評価基準の暖味性を防 ぐことに取 り組んだ。さらに,AHP評価モデル ではその評価の重要度が加法的 となるため社会資本のように幅広い観点か ら評 価 されるものではその評価結果が不十分であることも考え られることか ら,社 会資本の評価 にFazzy測度を導入 し,より幅広い評価の実施を試みた もので
ある。
2.環境財としての社会資本
日本では明治以降様々な社会資本が建造 され,それ らは日本の近代化に大い に貢献 した。それ らの大部分 は,あるものは老朽化により,またあるものは機 能が古 くなることによって取 り壊 され,新 しい構造物に取 り替え られてきた。
特 に高度経済成長期では 「解体即建設」4)としてあたか も古い因習を取 り払 う かのごとく,明治期か ら昭和戦前期にかけて建造 された社会資本の リニューア
野「m̲
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 179
ルが盛んに行われたO このため,昭和戦前期 に建造̲された構造物が現在 も機能 している例が少な くな り, 日本の近代化の一翼を担 ったそれ らを偲ぶ ことはお ろか,その存在す ら知 られな くなった。
その後,オイルショック以降の低成長期において レ トロブームが生 じた。そ れは,あまりにも急激な変化により生活環境が悪化 したことに対する反動 とし て生 じた ものといえよう。 さらに, 日本の風景を見直す風潮なども手伝い,育 い街並みなどが観光資源 として脚光を浴びるようになった。現在,横浜や神戸, 長崎,小樽などは港街 としてのエキゾチシズムと同時に,古い街並みや港湾施 設を中心 とした レ トロな雰囲気が評価 され観光名所 とな っている。 このよ う
に,古い施設や街並みは観光行動の目的対象物 とな り,人間生活に直接役立っ 財 (goods)として位置付けられるようになってきた。街並みや文化財,地域 景観などは,人間社会の発展 に伴い形成されてきた社会的環境である。 これ ら
は,歴史的,文化的なス トックであり,いわゆる自然環境 と共に我々を取 りま く 「環境」である. このことか ら古い社会資本の一部は環境財 として捉えるこ とが必要 といえよう。
さて,歴史的な街並みの喪失や地域固有景観の喪失, さ らには有形文化 ス トックの破壊などは一種の環境破壊 とも考え られ る5)。 技術史上特筆すべ き 技術が導入され,さらに地域の生活を支え,固有な地域景観を醸 しだすに至 っ た構造物は,我々にとって重要な環境であり,その取 り壊 しは一種の環境破壊 であるといえる。 しか し,社会資本にかかわる構造物の場合,機能の維持や安 全性 という問題が存在する。例えば,鹿児島県の甲突川に架かる石橋群 は日本 における歴史的な石橋群であり,その独特なアーチ様式によって地域 に固有の 景観を与 えている。 しか し,1993(平成5)年の集 中豪雨において川中にあ る橋脚が水流を妨げ洪水の引きがね となった*。 このため現在,橋梁の架替え が検討 され るに至た り保存か架替えかで コンフ リク トが生 じている。すなわ ち, ここでは橋を架け替えることが生活環境を維持す るために必要なことであ
*洪水時の水流を妨げる度合を河積阻害率 という。 この河積阻害率の関係か ら架 け替 え られた橋梁 は数が多 い。現在,北海道の鉄道橋で最長の石狩川橋梁 (1934(昭 和 9)年製)が この河積阻害率の関係か ら架替えが検討 されている。
leo 商 学 討 究 第46巻 第 1号
ると同時に,歴史や地域文化 といった生活環境を悪化させる環境破壊にもっな が っているのである。 そのため,問題の解決策 として洪水流をバイパスさせる ための地下水路の建設などが提案された。 しか し,その ことに必要な経費は莫 大な ものとなることが予想 され,地下水路が必要な施設か否か十分な討議 と合 意形成が必要 とされている*。その時,構造物の歴史的文化的価値を貨幣価値 に置 きかえるために構造物を環境財 として捉え,費用便益計算を行 うことが必 要 となろう。 しか し,それ以前の問題 として,その社会資本 (構造物)がどの ような歴史的文化的価値を保有す るのか判断す る必要がある。幸いにして甲突 川の石橋群 は技術史上の評価が与え られている。 しか し,現在 日本の各地に点 在 している構造物の多 くは,基礎的なデータも集め られず,それに基づいた評 価 もなされていない。今後数多 く生 じるであろうこの種の問題解決のために も,歴史的文化的な価値を判断す るための基礎的な評価情報の提供 と対象 とな る構造物の合理的な評価モデルが必要である。
3.社会資本評価の実際
(1)社会資本にかかわる構造物の評価の最近6)
近年,橋梁,極道,堤防や港湾施設など社会資本にかかわる構造物の評価を 行 うことが様々な立場か ら取 り組まれるようになってきた。土木史研究の分野 で は小野田等 によ り鉄道極道の坑門意匠の評価が行われている**。また,文 化庁では,近代技術によって構築 された社会資本施設 ・設備を 日本の近代化過 程の文化遺産 として位置付 け,それ らの文化財指定 に取 り組んでお り,1993
(平成 5)年 8月には旧信越本線碓氷峠 (横川 一軽井沢問)に残存す るレンガ 橋梁や随道などの鉄道構造物が国の重要文化財 として指定 された。さらに,建 設省では古い土木,建築構造物のなかで,価値があると判断されたものを地域
* 流 出 した 2橋 は撤去 され,残 る 3橋 も平成 8年度 まで にすべて解体撤去 され ること とな った。
** 小野 田等 は,明治期 の鉄道随道 の坑門意 匠について加点法 によって評価を行 い,玩 門陸道のデザイ ン分類 とそのデザイ ンを採用 した背景 につ いて考察 を行 っている。
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 181 のラン ドマークとして保存,活用を行 うことを目的として,その現況把握を行 ない,評価手法や保存,活用の在 り方の検討を土木学会に委託 している。
このように,学術,行政の各方面か ら社会資本の保存,活用を視野に入れた 評価が検討,実施されている。 しか し,実際問題 としてその評価プロセスや評 価基準 は試行錯誤な部分が多 く,定性的な評価に頼 る部分が非常に多い。今後, 社会資本の歴史的な評価に対する需要はより多 くなるものと考え られる。そ し て,誰の目によっても明 らかに評価されるものか ら,評価が難 しい建造物が対 象 となっていくであろう。その時には合意形成を得易い評価方法の開発が要求
されよう。
(2)建造物などの評価の実際
現在,古い住居などが市町村 レベルにおける文化財やそれに準 じるものとし て指定を受けて保存 されることが多 くなった。さらに,それ らの保存を通 して 街並みの形成などを図る地域計画が多 くなされ るようになってきた。 この場 令,文化財などの指定に当たり建築物の評価が行われることになる。 この評価 は各市町村でそれぞれ独 自なプロセスを経 ることが多い。例えば,小樽市にお いては図1に示すプロセスによって歴史的建築物の評価を行ない,その結果を
もとに市指定の建築物を選定 している。
小樽市では建築学会に依頼 し,市内の建築物を対象に所在調査を行ない,対 象 となされた構造物について悉皆調査を行 うことか ら作業をはじめている。そ してこ悉皆調査によって所在が明かとなった構造物全てに対 し,建築の専門家 および市民代表か ら構成される専門委員会による現地調査が行われた。専門委 員は現地調査時に,歴史,景観,親 しみ,意匠 ・保全の4項 目をそれぞれ5点 満点の計20点満点で採点 し,現地調査後,その得点表をもとに専門委員会にお いて建築物の指定の検討が行なわれ,最終結果を取 りまとめるプロセスをた どった*。
*この調査は小樽市の教育委員会 によって行われた。社会教育課の担当者 によるとこ のプロセスにおける得点付は小樽市独 自の考案で,専門家の意見調整容易にす るた めに導入 されたものである。 しか し,実際はその得点 よりも各委員の判断を優先す
る場面が多か ったという。
182 商 学 討 究 第46巻 第 1号
文化財や史跡 などへの指定にお ける 評価基準 とそのプロセス
小樽市 における建築物の指定
図 1 小樽市 における市指定建築物指定のプ ロセス
この一連のプロセスは指定までの調査,評価,検討の流れが比較的明瞭で, 得点化 によ り定量的な判断を可能 となるプロセスである。 しか し,i)調査対 象の件数が多いため時間と経費が非常にかかる。ii)各評価項 目に対す る専門 委員の評価基準が明確でないことか ら意見の調整が難 しい。 ことなどが問題点
として指摘できる米。
*I実際問題 として,各委員間の意見の調整に手間取 り,現地調査後最終決定 まで月2 回,延べ に して19回の審議会が持たれた。
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法 に関す る研究 183
この様な問題点が生 じるのは,i)技術や意匠,時代の新旧など評価基準が 多数存在 し, しか も共通の尺度がない。 ii)意匠など直感的な要因がか らみ, 評価対象の構造が明 らかでない。ia)構造物の所在や諸元がデータベース化 さ れていない。iv)首尾一貫性のないデータを扱わざるを得ないために,データ がないまたは取 りに くい状況下 において,経験やかんによる評価,判断を行 う。
などの諸点が存在す るためである。 したが って社会資本の評価ではこれ らの各 点に影響 されない評価手法を用いる必要がある。
4.社会資本評価モデルへのAHP手法の導入 とその問題点 7) (1)AHP手法の特徴8)
AHP手法 (AnalytichierarchyProcess:階層化意志決定法)は,サー ティによって提唱された意志決定手法であり,複雑な状況下での意志決定に対
してその有効性が認め られ様 々な場面 に応用 されている手法である。AHP手 法では,評価基準か ら見た代替案の重要度 (得点)の積の和によって総合評価 としている。 このため要因を階層化す るために評価対象それぞれの価値を構造 的に把握す ることが可能 となり,また,‑対比較を用いることか ら定性的な要 因 も容易に評価でき̲る特徴を持 っている。 こ‑の結果,共通尺度を持たない複数 の評価基準を総合 して評価でき,社会資本の様に,評価基準が多数存在 し首尾 一貫性 にか ける不確かなデ‑夕を扱 うことに対 して有効 な評価手法 と考 え
られ る。
(2)AHP手法の数学的背景
各層のあるレベルの要素 Al,A2, ‑ ・,Anの直上位の レベルの要素に 対す る重要度 Wl,W2, ・‑ ,Wnを求 めたい。 この時,aiのaj に対す る重要度 を aijとすれ ば,要素 Al, ・・・Anの一対比較 マ トリクス は
A‑ [aり]となる。 もし,wl,・1・,Ⅵ㌦が既知の時,A‑ [aり]は以 下 となる。
184
AI A‑[a訂‑Aa
An
ただ し,
商 学 討 究 第46巻 第 1号 AIA2‑A"
WIWI WI WIW2 Wn W2W2 Wn WIW2 Ⅵ㍍
W n W托 W n
WIW2 Ⅵ㍍
w l 1
ah'=石 , a臼= 訂
12れWW⁝W
ところで,意志決定者の判断が完全に首尾一貫 しているのな らば,すべての場 合の i, j, kについてai,×ajkが成 り立っ .
さて, この‑対比較マ トリクスAに重み列ベク トルWを乗 じると新たにベ ク トルn・Wを得 ることができる。 したがって,
A ・W ‑n ・W とな り, この式は固有値問題
(A ‑n ・Ⅰ)・W ‑0
に変形で きる。 ここでW‑0が成立す るためにはnがAの固有値 にな らなけれ ばな らない。 この時WはAの固有ベ ク トル となる。さらにAのランクは1であ るか ら,固有値 Ii(i‑1, ・・・,n)は一つだけが非零で他 は零 となる また,Aの主対角要素の和 はnであるか らただ一つ零でない右 をA ma,とす ると
Ai‑ 0, A max‑ n (Ai ≠ A max)
となる。 したが って,Al, ・‑ ,Anに対す る重みベ ク トルWはAの最大
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 185 固有値A maxに対する正規化 した固有ベ ク トル (∑Wi‑ 1)となる。
実際に複雑な状況下の問題を解決す る時 はWが未知であ り,W'を求めな ければな らない。 したが って上述 したよ うにW'は意志決定者の答えか ら得
られた一対比較マ トリクスより計算する。 このような問題 は,
A'・W'‑ス 'max ・ W ' (Å 'maxはA'の最大固有値)
となる。 したが って,上述 したようにW'はA'の最大ス 'maxに対す る正規 化 した固有ベク トルとなる。 これにより未知のW'が求まる。
ところで実際に状況が複雑 になればなるほど意志決定者の答えが首尾一貫せ ず整合性が低 くなる。 このようにA'が整合 しな くなるに連れて必ずA maxは nより大 きくなる。 これは次に示すサティの定理により明かである。
A max‑n+
i‑1∴j‑i+1
(Ⅳ ′J・αir Ⅳ ′J)2
W /i・W 'i・aii ・n
以上より常に 入max≧ nが成立す るので,等号 は首尾一貫性の条件が満たされ た時のみ成立する。 これか ら,首尾一貫性の尺度 としてコンシステ ンシ‑指数 が導出される。
CI‑ A m。Ⅹ‑a
例えばCI‑Oとは,完全 に首尾一貫性が あるとい うことであ る。通常, c∫≦0.1を有効性の限界 とする。
(3)社会資本の評価におけるAHP手法の問題点 9) i)評価項 目の独立性の必要性
AHP手法では同一 レベルの評価要因は互いに独立*, もしくは独立 に近い 関係であることが前提 とされている。評価要因が弱い従属 関係 にあるのな らば 問題は生 じないが,強い従属関係にある評価要因を取 り込んだ場合には,評価
*ここでい う独立の意味 は階層 と しての上下関係 は考え られないとい うことである。
186 商 学 討 究 第46巻 第 1号
基準の重要度の逆転現象が生 じることになる。社会資本の評価に当たっては評 価要因の独立性が保証 されるとは限 らず,む しろ互いに影響を与えあう場合が 多いと考え られ る。AHP手法の適用ではこの独立性の確保に慎重な検討が必 要であり,評価要因の取 り込みに制約が存在す る。
ii)評価の視点
AHP手法の最終結果である各評価対象の重要度 は重み付 き平均であり,辛 均 と分散 という概念で整理す るな らば,平均のみによる評価が行われ,分散の 概念 に相当する評価がなされていないことになる。そのため,評価対象の中で もいわゆる優等生的なものが採択 され,一芸に秀でるようなものが採択 されな かった。 しか し,社会資本評価の現実を考慮するな らば,平均点は低いがある 評価要因に対す る評価が他 よりも非常に高 く,また,その ことが地域にとって 重要であったり,技術史上重要である構造物の存在は十分に考え らることであ
り,そのような構造物の取 りこぼ しが発生 しないことが必要である。
iii)評価主体が複数の場合の評価め取 り扱い
社会資本の評価に当たっては,専門家や地域住民,事業者など様々な階層の 評価者による検討がなされるべきである。 この場合,各人,各主体により当然 一対比較結果 は異な りこれを何等かの方法で一つに集約する必要がある。
一番望ま しい方法は全体で討議を行ない,一対比較結果に対 して全体でのコ ンセ ンサスを得 ることである。それが不可能であるな らば,幾何平均による集 約を行 う必要がある。幾何平均を行 うことによって,評価主体によって評価が 大 きく異なる場合において も等 しいウェィ トに近づけるような合成値を得 るこ
とが可能 となる。 しか しなが ら,大 きく異なる評価を持つ評価主体の意見が結 果に反映されに くい点が存在 し,合意形成が得 られにくい場合 もある。
5.社会資本評価モデルへのFazzy測度を導入 したAHP手法の導入10' 11'12'
(1)Fazzy測度を用いたAHP手法の導入
現実に社会資本を評価する.段階では,必ず しも総合評価 は加法的なものにな
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 187 るとは限 らず,い くつかの評価基準を満たすのみで評価が高 くなる場合やその 逆が生 じることや,評価基準の設定や追加 によって選択順位の逆転が生 じるこ
となどが考え られる。また,AHP手法では評価基準の重要度の和が 1となる ため,測度 による加法的な評価 となる。 社会資本のように様 々な階層の人 々が 評価を下 し最終的な合意形成を得 る必要がある場合にはこのことが問題点 とな
る。
̲すなわち,人間が行 う主観的総合評価においては,複数の評価基準を選定 し た場合,複数の評価基準をまとめて取 り扱 った時の重要度の大 きさが,個々の 評価基準を独立に取 り扱 って和を求めた時の重要度の大 きさに等 しくなるとは 限 ら克,い。したが って,重要度 とい う測度 において加法性(a :重要度 (重み),a
‑1.0)を満足す ることは難 しい。そのため本論文では重要度 (重み)の単調 増加性を考慮 したFazzy測度を用いて,評価モデルの構築を行 うこととした。
Fazzy測度 は可能性測度 と必然性測度 に分類 される。 この Fazzy測度を導入 す ることにより,通常のAHP手法で は考慮 されない長所重視的な評価 (代 替的評価)や短所重視的な評価 (補完的評価)を考慮 した評価が可能 となる。
すなわち,代替的な評価 はマキシマ ックス的な決定 といえ,補完的な評価 とは マキシミン的な決定 といえる。 この ことか らFazzy測度の導入 によ り,様々 な制約条件下における最適解を見出すために有益な情報を提供できることとな り,類似 した評価基準の追加 による評価順位の逆転現象が改善 されることとな る。
(2)Fazzy測度の定義
Fazzy集合が ぼや けた境界 を持 つ概念 の暖昧 さを意 味す るの に対 し, Fazzy測度 は,多 くの可能性の うちいずれかであるかを特定で きない唆昧 さ を意味するものである。例えば,Fazzy集合では,30歳の人がA‑ (若い )
とい う集合 に属す ることを hA (30)‑ 0.5と扱 う。一方,Fazzy測度では 若 い人が30歳であることを p 30 (若い)‑0.5と扱 う。 これを図示 した ものが 図2である。
ある集合 Ⅹ‑ †Ⅹ )において, Ⅹの任意の部分集合A▲(ク リスプ集合)
188 商 学 討 究 第46巻 第 1号
Fazzy集合
合
Fazzy測度 図2 Fazzy集合 とFazzy測度
を実数値区間 [0,1] 内の実数値 に対応付ける関数gを考える。Ⅹの全ての 集合の族を B (Ⅹ)とす ると,gは次のように記述される。
g :B (Ⅹ) ‑ [0,1]
そ して関数gが以下に示す条件を満たす時, これをFazzy測度 という 。
条件 1 g (¢) ‑ 0,g (Ⅹ)‑ 1
条件2 A⊂B な らば g (A)≦ g (B) 条件 3 Al⊂A2⊂‑ または Al⊃A2⊃‑な らば
・ni̲feg(An)‑g(禦 n)
Fazzy測度 は確率測度か ら加法性の条件を緩めた ものであ り,非加法性の 尺度である。そ して,Fazzy測度 において, もっとも基本的な条件 は単調性 である。
(3)可能性測度 と必然性測度
Fazzy測度の もっとも基本的な条件 は単調性であるが,一般的す ぎて数学 的に理論展開 しに くいという面を持つ。そこで,単調性よりも強い条件を加え たFazzy測度がい くつか考案 されている。本研究では可能性測度 と必然性測 度の二つの測度を基本 にして評価を行 うこととした。
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関す る研究 189
i)可能性測度
以下の公理を満たす時,集合E2の部分集合を区間 [0,1]の数値に対応づ ける集合関数 口を可能性測度 という。
口 (¢ )‑ 0 rI(E2)‑1
n (A UB)‑max(rI (A),rI(B)) ∀A ,B ⊆ E2
このように定義された口が可能性測度 といわれるのは次の理由による。
いま,特別な場合 として,E2の部分集合 Bに対 して,E2の任意の部分集合A● を [0,1]に対応づける集合関数 として
nB (A) ‑ 1 A n B≠ ¢
0 その他 ∀ A ⊆ E3
で定義すれば,nBは可能性測度の公理を満た し,可能性測度 となることが分 かる。 ここで,A n B ≠ ¢の場合には,集合 Bの要素が集合Aに属す ること は可能であるか ら,nB (A)は可能性の鷹合*を与え られていることが分か る。
ii)必然性測度
以下に示す公理を満たす時,集合E2の部分集合を区間 [0,1]の数値に対 応づける集合関数Nは必然性測度 と呼ばれる。
N (¢) ‑0 N (∩) ‑ 1
N (AUB) ‑ min(N (A),N (B)) ∀ A, B ⊆ E? 特別な場合 としてE2の部分集合 Bに対 してE2の任意の部分集合Aを 「0, 1」
に対応づける集合関数NBを
NB(A)‑ 1 B⊆ A
O その他 ∀ A ⊆ E2
で定義すれば,NBは必然性の公理を満た し,必然性測度 となることがわか る。
ここで, B ⊆ A の場合には,集合 Bの要素が集合Aに属することは必然であ るか ら,NB(A)は必然性の度合 **を与えそいることが分かる。
*ただ し, この場合 は0か1かのいずれかであ る
** この場合 も,0もしくは1のいずれかで ある。
190 商 学 討 究 第46巻 第 1号
(4)Fazzy測度を用いた評価法の定式化 i)非加法的ウェイ トの正規化
従来のAHP手法では,
(A‑1 m ax・I) ・W ‑0
fw i‑ 1
によって重みを算出 し,総合評価値を算出 していた。本論文では非加法的な Fazzy測度を用いた評価を行 うために
(A‑1 m ax・I) ・W ‑0
max(W\7)‑1 の両式より重みを算出す る。
ii)説明可能度の定義
評価要因Ⅹ iが上位 目的を説明で きる度合を説明可能度 とい う言葉 として 上述のFazzy測度の一つ として,本研究において定義す る。説明可能度 は, すなわち,あるレベルの ウェイ トがW 1.‑1.0であれば,その評価項 目が上位 目的を完全 に説明で きるものであ り,Wi‑0.1であれば0.1の度合で可能であ ることを示す ものである。
ii)U ,L ,N評価の定式化
説明可能度を用い,可能性測度および必然性測度 によって定式化 された代替 的な評価および補完的な評価値は,高野等によってU評価 (長所重視的評価),
L評価 (短所重視的評価) として再定義 されてお り,それぞれ極端な場合マキ シマ ックス決定,マキ シミン決定である13)。図3は評価基準 と説明可能度の 関係を図示 したものである。また,それぞれの評価値 は以下の式によって計算
される。 n
U(i)‑j≡‑1△ (j)・maxf(i,k)
ここで,
押 野
説明可能度
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法に関する研究 191
1 2 3
説明可能度の昇順 に な らべ た評価基準番号
図 3 評価基準 と説明可能度 U (i) :代替案 iのU評価値
j:評価基準の説明可能度昇順 n :評価基準の数
E ( ∫ ) :評価基準 jの説明可能度
A ( j ) :E ( j) ‑ E (j‑1)
f ( i ,k ) :各評価基準か ら見た各代替案のウェイ ト k :E (k)≧E (j)なる評価基準をあ らわす
n
L(i)‑j≡‑ 1 △ (j)・min(i,k)
ここで,L ( i) :代替案 iのし評価値
L(i)‑去△ (j)・mean(i,良)
192 商 学 討 究 第46巻 第 1号 、
ここで,N (i) :代替案 iのN評価値
6.Fazzy測度を用いた社会資本評価モデルの構築 (1)社会資本の段階的評価 と評価基準
既存の社会資本 にかかわ る構造物 に対 して,将来的に地域計画における保 存,活用を念頭 に した評価を行 う場合,その評価 は段階的に行われる必要があ る。筆者 は,構造物の評価 における段階的な評価 プロセスとして,図4に示す プロセスを提案 した14)。 この評価 プロセスの第一段階では構造物の所在や基 礎的なデータを収集す ることが重要である。 この段階では,得 られた定量的な データおよび定性的なデータを得点化す ることによって評価対象の得点付けを 行ない,序列評価を行 うものである。 これが図における第 1次評価である。次 の第2次評価では,評価基準の重要度を決定 し,重要度 と得点の積によってさ らに順位付けを行 うものである。本プロセスでは重要度の決定か ら得点付けま でにAHP手法を用いる。 この第一段階における第 1次か ら第2次評価 まで の一連の作業によって与え られた得点を もとに,第 3次評価以降の保存,活用 に向けたより高度な評価を行 うことになる。 この第3次評価以降において,各 種専門家や地域住民などがそれぞれの立場か ら意見を出 し合 い,最終的な保 存,活用への方策を決定す るのである。 この時,合理的な意志決定がなされる
ためには第 2次評価階以前で得 られた評価結果が生かされな くてはな らない。
現時点における社会資本の評価では,第2次評価階以前での評価がなされる ことははととんど見 られず,第3次評価以降のプロセスのみで保存に関する意 志決定がなされてきた。また行われたとして もその評価手法は定性的なものが 多 く評価基準が唆味であった。 このため,不透明な評価が行われたり,本来な らば評価 され,将来的に地域計画に活用できるであろう構造物が評価 されずに 取 り壊 されるなどの問題が生 じさせていた。 この ことの背景には,第 1次,第
2次評価段階においてできる限 り簡便かつ定量的で合理的な評価手法の提案が なされていなか ったことによるものと考え られる。本研究ではこの初期の段階
Fazzy測度を用いた社会資本 の評価法 に関す る研究 193
図4 社会資本評価 のプ ロセス
194 商 学 討 究 第46巻 第 1号
の評価 においてAHP手法を適用 し,さ らにAHP手法における問題点を解 決す るために上述のFazzy測度の導入を行 った。
さて,社会資本にかかわる構造物の評価基準 としては大別 して,1)技術, 2)意匠,3)時間 (歴史性),4)社会の4項 目が考え られる15)。それぞれ の項 目には,新工法の採用や規模の大小,装飾や見た目の洗練さなどの評価基 準が含まれ,最終的にはそれ らの小項 目によって評価されることとなる。それ
らの各評価項 目を図示 した ものが図5である。
これ らの評価項 目の 「技術」,「意匠」,「時間」の3項 目は構造物そのものに かかわ る評価項 目である。一方,「社会」の評価項 目は構造物を社会資本 とし てより強 く捉えた評価項 目である。本論文では,第 1次,第2次段階の評価で は,第 3次以降の評価を実施す る際に必要な評価情報を作成することが 目的で あることか ら,構造物 に直接関係す る 「技術」,「意匠」「時間」の3項 目か ら 評価を行 うこととした。
(2)北海道における鉄道随道を例 とした社会資本評価モデル
本論文では,評価対象の社会資本 として,明治期か ら第二次世界大戦前まで に築造 された北海道の鉄道随道を選定 した。
北海道 は明治以降近代工学的技術によって本格的な開発がなされた土地であ る。特に,鉄道 システムの開通によって内陸部の拓殖が進み,今 日の発展を見
社会 資本の評価基準
図5 社会資本の評価基準
&".
Fazzy測度を用いた社会資本の評価法 に関す る研究 195
図 6 北海道 における鉄道随道の評価階層図
た といって もよい15)。鉄道 システムは北海道の近代化過程 において極めて重 要な役割を果た し,最大限の効用をな した社会資本であったといえよう。 この 鉄道 にかかわる構造物の中で も随道 は,1880(明治13)年の幌内鉄道時代か らすでに掘削されている。特に明治中期か ら後期に開通 し,後に北海道の重要 幹線 となった空知太 (当時)‑旭川間や函館 一小樽間,富良野 一帯広間などで は極道の掘削が全線の開通を左右す るともまでいわれ,特に力が注がれて施工 され るなど,陸道 は鉄道 システムの中で も極めて重要 な構造物であった16'。
また,明治期 に施工 された随道で も現在 も供用中の ものがかな り存在 してお り,鉄道 システムの開通にあわせて建設 された年代が幅広 く,北海道内の各地 に分布 していることなども選定の理由である。
この鉄道隠遁について,上述の評価基準より評価基準の階層図を措いたもの が図6である。技術にかかわる評価基準 として 「規模」「工法の初出」「構造の 初出」「材料の初出」の4項 目を取 り上げた。また,意匠にかかわる評価基準 として,「意匠の有無」を見 ることとした。 さらに,時間にかかわる評価基準 として,「希少性 ・特異性」および 「建設年」を評価基準 として採用 した。