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田中先生の思い出

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Academic year: 2021

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39  田中先生に初めてお会いしたのは、私が大学に入学してすぐのオリエンテーションの 時でした。当時、真鍋先生が主任、田中先生が教務をやっていらしたようで、私たち新 入生に向かって自己紹介された後、「今後はこのでこぼこコンビでやっていきます」と 仰ったのです。大学に入学したばかりの私にとって、大学の先生というのはどのような 方なのかまったく想像できませんでした。むしろ、どちらかというと冗談など口にせず、

近寄りがたい存在だと思っていましたが、田中先生のこの一言で緊張がほぐれるととも に、そのような思い込みが崩れ去りました。気さくで親しみやすい田中先生のお人柄は、

その後、実習や講義を受けるたびにますます感じることができました。また、田中先生 の講義はとてもわかりやすく、板書もきれい、大きい、見やすい、の 3 つが揃っていて、

時間割がいつも 1 限であることをのぞけば、私たち学生にとってとても評判の高い講義 でした。田中先生の書かれる文字は本当に特徴があり、卒業してからも頭に思い浮かぶ 方も多いと思います。

 このように人気のある田中先生でしたので、卒業研究の希望者がとても多く、毎年、

たくさんの学生が配属になっていました。私は別の研究室に所属していましたが、友人 や後輩たちの多くが遺伝研(当時はこのように呼んでいました)に所属しており、大学 院生の時も実験の合間にときどき遊びに行っては、いろいろ話をしたり、おいしい料理 をいただいたりしたことを覚えています。この流れは卒業してからも続き、遺伝研卒業 生による田中先生を囲む会(?)に特別に参加させてもらったりしています。田中先生 といえば、「お酒」、と浮かぶ人は多いとは思いますが、飲むほどにどんどん饒舌になり、

顔が赤くなっていく田中先生のお話は最後まで楽しく、私にとって楽しみな会の一つで す。そして先生はどんなに酔われていても、愚痴などこぼすこともなく、最後まで楽し いお話ばかりでお開きになるところも(むしろ時に楽しすぎる時もありますが)、先生 の人気が高い理由の一つだと思います。

 学生の時は、田中先生の講義や実習がわかりやすく、よどみなく進行することを当た り前のこととして受けとめていましたが、私自身、縁あって横浜市立大学で学生教育に 携わるようになると、別の面から田中先生のすばらしさを感じるようになりました。た

横浜市立大学論叢自然科学系列 2017:Vol. 65 No. 1・2・3

田中先生の思い出

佐 藤 友 美

(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科)

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とえば放送大学の実習の時、試料も季節ごとに別の植物を取り上げるなどされていて、

田中先生の万全な実習準備や時間配分など、とても勉強になりました。放送大学では、

さまざまな受講生の方がいらっしゃいます。毎回、受講生の理解度、実験の進み具合に 合わせて実習内容を増減させて時間を調節し、しっかりとまとめの時間を取る。そのさ じ加減はとても真似できないような絶妙なものでした。きっちりと時間通りに終了後、

今夜はお楽しみがあると仰いながら颯爽と帰られる姿を、いつも羨ましく見送っていま した。だいぶ長い間、放送大学の実習をご一緒させていただきましたが、残念ながらい つまでたっても私にはあのようにはできないだろう、と実感しています。

 田中先生と言えばまた、毎朝きっちりと研究室に出勤され、温室のユリに水をやって いたり、様子を見ていたりされていることも印象的でした。それは今に至るまで続いて おり、朝からこまめに大事な植物の世話をご自身でされている様子は、研究者としてあ るべき姿であると思っています。ユリ植えの際も、いつも自ら汗を流して働いていらっ しゃいました。田中先生が退職されたら、このお姿を見ることもなくなると思うと寂し い気持ちになりますが、仕事を離れて、ゆっくりとご自分のために時間を使っていただ きたいとも思います。

 つらつらと思い浮かぶままに書き連ねましたが、田中先生には学生時代から今に至る まで、本当にいろいろとお世話になりました。在学中はもちろんのこと、職を得てから も陰からサポートしてくださり、大学の仕組みがよく分からず右往左往する私にとって、

田中先生の存在はとても心強かったです。最後になりましたが、長い間本当にお疲れさ までした。

横浜市立大学論叢自然科学系列 2017:Vol. 65 No. 1・2・3

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