• 検索結果がありません。

― ― 空海の提示する密教的生死の克服

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "― ― 空海の提示する密教的生死の克服"

Copied!
22
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

空海の提示する密教的生死の克服

―開題類の分析を中心に―

鍵 和 田 聖 子

はじめに

筆者は、日本の仏教、その中でも特に「密教」と呼ばれる分野の理論や美 術の研究を専門としている。そこで、この度は自身の専門分野の中から、死 生学の観点に通じる内容を論じてみたい。そのように考えた時、日本に体系 的な密教を請来した日本仏教界のカリスマが人の生き死にについてどのよう に考えていたのかということは、日本における生死の問題を考える際に重要 な観点となり得るのではないかと思い至った。そこで、この度は空海(774

~ 835)を取り上げ、空海の思想体系の中で、生死の問題がどのように理解 され、その解決法をどう提示しているのかを論点としたい。

ところが、筆者の専門とするところの密教は現在世の肯定に重きを置き、

即身成仏すなわち、この身このままで成仏することを説くため、取り立てて 生死を課題にすることは少ない。本論の主題である空海(774 ~ 835)にお いても、生と死を直接取り上げたような文献を探すことはかなわない。とこ ろが、空海の著作を紐解けば、身近な人物の死から受けた影響や密教特有の 生死観を見ることができる。そこで、本論では、空海の著作を中心に、密教 の思想から生死をどう捉え、克服するのかということについて論じて行きた い。なお、この度は紙数に限りがあるため、特に空海の残した開題類(仏教 経典の解説書)を中心に据えた。これは、開題の種類によって生死観に一定 の傾向が見られたためである。また、本来であれば引用分の原文(本論の場 合は漢文)を提示した上で、訓読を施すべきであるが、本論集の性格上、煩 雑になると考え、訓読に出典を示す形で論述することとした。

(2)

1. 仏教における生死の捉え方

空海における生死観を考える前に、ひとまず、通仏教的に見た場合、仏教 では生死の問題をどう捉えるのかについてまとめておきたい。

ところで、仏教とは一体どのようなものなのか。筆者のような若輩者がそ れを独自に論じることは、あまりにおこがましいが、本論の前提として是非 触れておきたいため、この度は中村元の『広説仏教語大辞典』における解 説を補足することによって説明したい。『広説仏教語大辞典』の「仏教」の 項目の冒頭には「仏の説かれた教え」「仏になるための教え」という二つの 解説がある。つまり、仏教とは釈迦を始めとする仏が説いた教えであると共 に、我々衆生1)が仏になるための教え、すなわち成仏教でもあるということ になる。そして、仏になるということは何を意味するのかと言えば、煩悩を 断じてさとりを得ることを指す。なお、現在「成仏」という用語は単に死ぬ こと、ないし、死んだ後に幸福であることといった意味合いで用いられるこ とが多いように見受けられるが、本来はさとりを開いて仏となることを指し ている。仏教における最終的な目的はこの成仏であり、さとりとは真実真理 を理解することであって、真理を理解すれば何ごとにも迷いを生じることが ない。これを基本とした上で、仏教における生死について述べていきたい。

① 「苦」ということ

釈迦のさとりの根底は、人生を「苦」として捉えることである。仏教では 一切皆苦と言い、全てのものは苦しみと捉える。それを物語る代表的な例 が、釈迦が出家を決意した説話として知られる四門出遊の故事であろう。四 門出遊とは、釈迦が出家する以前、釈迦族の太子であった頃、カピラ城の東 南西北の四つの門より郊外に出遊し、それぞれで、老人・病人・死人・修行 者に出会って、世を厭う心を生じ、出家を決意するに至ったという説話であ る。これに象徴されるように、釈迦にとって「老・病・死」は最大の課題で あった。これに「生」を加えた四苦こそが、人生の苦悩の根本原因とされた のである。なお、この「生苦」は、生きる苦しみと言うよりは、生まれる苦 しみを指している。この世に生まれ、老い、病にかかり、やがて死ぬという 人の一生そのものを苦しみと捉えている。

(3)

② 仏教における生死

仏教では生死と書いた場合これを「せいし」と読まず、「しょうじ」と読 む。すなわち、「生きる」と「死ぬ」で捉えるのではなく、「生じる(生まれ る)」と「死ぬ」で捉える。また、仏教の生死観の根底にあるのは輪廻の思 想である。輪廻とは生あるものが生死を繰り返すことを意味し、衆生が迷い の世界を果てしなく廻りさまようことを言う。仏教において、「生死」と「輪 廻」は同意であり、生死も迷いの世界において生まれかわり死にかわること を繰り返すことを指す。すなわち、仏教において生死とは迷いの世界におい て起こる現象であって、さとりの境界においては超越される。そして、輪廻 における死は終結ではなく、次の生への起点であって、無限に繰り返される 生死は「苦」そのものなのである。そして釈迦は、この生死の苦しみの根底 にあるものを縁起による生滅として把握した。縁起とは、他との関係が縁と なって生起することで、生じるものは相互関係によって成り立っており、独 立で存在しているものはなく、恒久的な実体性など存在しないと考える仏教 の根本思想である。この縁起によって生じ、滅することこそが「生死」の根 本なのである。そして、さらに生老病死の苦しみの根元には無明があるとさ とった。無明とは無知のことで、われわれの存在の根底にある根本的な無知 を意味し、すべての苦をもたらす原因である。釈迦は、真実の智慧によって 無明を断じ尽くし、生死から解脱したのである。

③ 仏教では人生をどう捉えるのか

このように苦しみに満ちた人生をどう考えるべきなのであろうか。これを よく象徴するのが三法印であろう。三法印とは「諸行無常」「諸法無我」「涅 槃寂静」の三種に仏教思想の特徴を見る考え方である。諸行無常とは、万物 は常に変転し続け移ろいゆくことであり、常住のものなど存在しないことを 言う。つぎに、諸法無我とは全てのものは因縁によって生じたものであっ て、それそのものに実体性はないことを指す。自己研鑽の中で、これらの真 理を理解し、煩悩を打ち消していくことこそが、さとりへの道なのであり、

煩悩の炎がすっかり吹き消され、安らぎの境地に到達した状態を涅槃寂静と 呼ぶ。すなわち、人生における目的は全世界に存在する全てのものには常住 的実体がなく、変化し続けることを理解し、真実の智慧を得、さとりに到達

(4)

することなのである。そして、さとりを得た仏は生じ、滅する身体に執らわ れることなく、死を恐れることも悲しむ必要もない状態にある。

以上、簡単にではあるが、仏教として「苦」や「生死」がどう捉えられる のかを述べた。これだけで仏教をとらえれば、なんとも悲観的な思想である ように感じられるかもしれない。しかし生まれたものは必ず死ぬという必然 を理解することは生死を考える上で非常に重要である。また諸行無常という ことは、良い状態も悪い状態も常に変化し続け、同一性を保ち得ることはな いということであり、決して悲観主義の一言では片付けられない。今、悪い 状態でもいつかは好転する可能性を含んだ思想である。

仏教はその長い歴史の中で、様々な変化を遂げた。一言に仏教と言って も、2500 年前、釈迦に始まる初期の仏教と紀元後に登場した大乗仏教、さ らに 6 世紀頃に登場した密教では全く教義の様相が異なる。大乗仏教や密 教においても、その根底に釈迦の教えがあることには変わりないが、その変 容によって解釈に違いが生まれるのは当然である。本論の主題である空海 は、このうちの密教を初めて日本に体系的に伝えた人物である。そこで、空 海の生死観に入る前に、仏教の中でも、特に密教においては生死がどう捉え られるのかについて触れておきたい。

④ 密教における生死

インドにおける密教成立の背景には、ヒンドゥー教の台頭によって仏教が 圧迫されたことから、仏教にヒンドゥー教の要素を取り入れ、成立したとい う経緯があり、ヒンドゥー教の神々をも尊格として取り入れる。また密教 は、聖と俗の一致を思想と実践の両側面において主軸とする神秘主義的傾向 の強い仏教の一形態で、この世界の全ての事物、現象を宇宙的生命として捉 え、大日如来として人格化し、我々のような凡夫衆生もその一部分であっ て、仏も衆生も同じ要素で成り立っており、同一のものと考える。また、密 教以外の仏教思想において成仏には三劫という無量の時間を要するとされる 場合が多いが、密教では、この身このままに成仏が可能であると説き、これ を即身成仏と呼ぶ。聖俗の一致を前提とする密教においては、今生きている 生の世界が議論の中心であることから、現実の死に注意を払うことは比較的 少なく、直接的に人の生き死にについて言及することはあまりない。人間の

(5)

生死といった個々の出来事は、本質的に同一とされる宇宙的生命そのものに 吸収されると理解できる2)。しかし、その思想からは、死を無視するという ことではなく、現在の一瞬において生死を超越するという考え方を見いだす ことができる3)

2. 空海の経験した身近な人物の「死」

空海の中にはどのような生死観や人生観が存在していたのか、中でも、実 際に直面した身近な人物の「死」をどのように捉えたのかを窺えるのが次に 挙げる、『三教指帰』である。『三教指帰』は儒教、道教、仏教を比較しその 優劣を論じた日本で最初の比較思想論と言われる書物で、その草稿本と目さ れる『聾瞽指帰』(序文と巻末十韻の詩以外はほぼ同内容)は空海の直筆と 考えられるものが高野山金剛峯寺に蔵されており、その序文には「延暦十六 年(797)十二月一日」とあって、空海 24 歳頃の著作ということがわかる。

空海は、十八歳にして大学に入り、成績も優秀であったが、1 年余りで中退 し、山林修業に励むようになった。空海出家の際には、親戚などから諫止さ れたであろうことが考えられ、本書は自身の出家の決意を告白したものと考 えられる。

① 二兄の死

空海の『三教指帰』より読み取ることができるのは若くして亡くなった二 人の兄の「死」に対する衝撃である。この物語については中川榮照氏も注目 され、論文「弘法大師の人間性と生・死」において触れておられる。中川氏 は、空海の生死観について「弘法大師空海の生死観の背景には、死なずして 死の意味を問うことによって、真の生における意義を究明しようとされた。

大師は、まず死を、具体的な出来事として捉えている。4)」とし、二人の兄 の死が空海の生死観の形成に大きな影響を与えたことを指摘される。そし て、兄の死にまつわるドラマを驚き、懐疑、矛盾、絶望といった心の動揺と して整理されている。そこで、まずは、『三教指帰』より、若き日の空海の 身の上に起こった具体的な経験から空海が死をどのように捉えたのかを探り たい。

さて、『三教指帰』には、5 人の人物が登場する。そのうち、亀毛先生は

(6)

儒教を支持し、虚亡隠士は道教を支持している。ところが、最後に登場する 仮名乞児が支持する仏教に論破され、最終的に仏門に入るという物語が展開 される。そして、二兄の死の経験は仮名乞児の言葉として語られる。この前 に仮名乞児はある人から「忠孝」ということについて、「父母に孝養を尽く し、主君に命をささげ、天下の政治を行って、帝王を正し、助けることで、

子孫が繁栄し、名誉が後代に及ぶことだ」と説明され、それに対する回答の 中で次のように語る。

老親皤皤として冥壌に臨み近づけり。此の余が頑 がんがん頑たる、哺を反すに由 無し。居諸矢の如くにして彼の短寿に迫む。家産澆ぎょうり醨して牆しょうおく傾きなむ とす。二兄重ねて逝いて数行汍かんらん瀾たり。九族倶に匱しくして一心潺湲た り慷慨の思を起こして日を以て月に継ぎ、悽せいそう愴の痛を興して旦より夕に 達る。嗟呼、悲しき哉(『定弘全』第 7 巻、66-67 頁)。

すなわち、自身が愚かなために老いた父母への恩を返せないことを嘆いた 上で、兄の死について語る。「私の二人の兄は次々に亡くなった。涙がいく すじも流れる。一族の数が減っていき、私は心で泣いている。来る日も来る 日も憤りと歎きの思いから心が痛む。何と悲しいことであろうか」。

この言葉から推し量ることが出来るのは、若き日の空海の苦悩である。兄 の死を容易に受け入れることができず、悲しみから逃れることが出来ずに 日々涙を流していた様子がありありと思い浮かぶ。しかし、これが仮名乞児 の言葉として語られることからは、空海が経験した苦悩を解決したものこ そ、仏教であったことを物語っているのではなかろうか。なお、同書の序に は次のような一文が見られる。

遂に乃ち朝ちょうし市の栄華をば念念に之を厭ひ、巌がんそうの煙え ん か霞をば日じっせき夕に之を飢 つかる。軽肥流水を看ては則ち電幻の歎き忽ちに起こり、支し り け ん離懸鶉じゅんを見 ては則ち因果の哀休まず。目に触れて我を勧む。誰か能く風を係がれむ

(『定弘全』第 7 巻、41-42 頁)。

これを解釈すれば、「世俗の栄華を一念一念に厭うようになり、山林に立 ちこめるもやを朝夕に慕い。軽い衣を着、肥えた馬にまたがり、流水のよう

(7)

に速い車に乗る暮らしを看ては、稲妻や幻のような無常のありさまを歎く心 が起こり、醜い者や貧しい人を見てはそれが前世の業であることを悲しむこ とが止まなかった。目に触れるものはみな、出家を勧めた。誰がこの出家の 志を止めることができようか」といった内容である。これについて中川氏 は、「遂に乃ち朝市の栄華をば念念に之を厭ひ、巌薮の煙霞をば日夕に之を 飢つかる。」には懐疑、矛盾をうかがうことができ、これ以下に絶望からの 克服が示され、その結果が「誰か能く風を係がれむ」であって、実存におけ る決意性を披瀝しているとされる。確かに、これ以前に兄の死があったこと を考えると、それをきっかけに世を厭うようになり、自身の中にその解決方 法を見出していく様子を読み取ることができる。

この内容こそが、空海の兄の死への絶望を救ったのが仏教であったこと の、何よりの証左である。すなわち、つらい出来事を経て世俗の栄光栄華を 厭い、裕福に暮らす姿を見、貧しい人を見るたびに、諸行無常や輪廻の因果 を深く心に刻んだのである。それによって出家を固く決意したことは、仏教 によって絶望から自分を救う決心をしたことを意味すると解釈することがで きる。

また『三教指帰』巻下には「生死海の賦」が説かれ、それに答える形で

「大菩提の果」が説かれる。この両者は、序文において語られた、上記の関 係性に近い構造を取っており、「生死海の賦」からは、空海の生死の世界へ の絶望がうかがえ、それが仏教でのみ解決できることを宣言したのが「大菩 提の果」と言える。大変、長文であるため、一部中略しながら「生死海の 賦」を紹介したい。

夫れ生死の海たることなり。三有の際を纏うて弥望するに極まり罔し。

四天の表を帯びて渺びょうび瀰として測ること無し。万類を吹噓し、巨億を括摠 す。大腹を虚しくして以て衆流を容れ鴻口を開いて而して諸しょきょく洫を吸ふ。

(中略)何の怪か育せざらむ。何れの詭か豊ならざらむ。(中略5))若 し其の雑類は則ち憍きょうまん慢、忿怒、罵め り詈、嫉妬、自讃、毀、遊蕩、放逸、

む ざ ん慚、無む ぎ愧、不信、不恤、邪淫、邪見、憎愛、寵辱、殺害の党、闘とうげき鬩の 族有り。(中略)是の如きの衆類、上、有頂天を絡ひ、下、無間獄を籠 めて、処に触れて櫛のごとくに比び、浦毎に屋を連ぬ。(中略)玆に因 りて五戒の小舟、猛浪に漂ひて以て羅刹の津に曳えいえいせいせい曳掣掣たり。十善の椎

(8)

輪、強邪に引かれて、而して魔鬼の隣に隠いんいんしんしん隠軫軫たり(『定弘全』第 7 巻、80-82 頁)。

ここでは、生死の世界を海に例え、そこに渦巻く様々な迷いの元凶を謳 う。生死の海とは輪廻を繰り返す迷いの海で、三有とは三界とも言い、欲 界・色界・無色界という三つの迷いの世界を指すが、生死の海はその三界の 際まで広がり、限りなく、測ることもできないと言う。そして、それは、全 ての産物を生み出し、無数のものを総括していて、大きな腹を空にして多く の河川を呑み込み、大きな口を開いてすべて吸い込んでしまうとして、生死 の海の果てしなく深いことを表現する。その上で、そこにはどのような奇 怪、奇異なものも多く生育するという。この雑類、つまり、生死の海に住む 煩悩のむさぼりに満ちた生物達は、驕り高ぶり、怒り、罵り、嫉みなど多く の悪い感情を抱き、他を殺害するものや、闘争を起こすものなどがいる。こ ういった色々な生類は、上は有頂天(三界の中の最上である無色界の最高 天)から下は無間地獄(地獄の最下層)に至るまでを埋め尽くし、住処を 連ねている。だから、五戒(仏教において在家の信者が守るべき 5 つの戒)

によるさとりを目指す小さな舟は漂流し、羅刹(悪鬼)の港へ押し流され、

十善戒の車も破戒の力に引き裂かれて魔鬼のもとへ近づいてしまうという。

このように、「生死海の賦」では生死の繰り返しを、果てしなく広く、波が うねる海のような煩悩の中で、正しい道に進むのが困難な世界と捉えている ことがわかる。そして、これこそが、身近な人の死を経験したことで、空海 が自身の生きる現在世に感じた絶望を表していると考えられよう。そして、

これに解決を見出すのが、「大菩提の果」である。その冒頭には次のように ある。

是の故に勝心を因の夕に発し、最報を果の晨あしたに仰ぐに非ざるよりは、誰 か能く淼びょうびょう淼たる海底を抜きむで、蕩とうとう蕩たる法身に昇らむ。誠に、須く六 度の筏、纜ともづなを漂河に解き、八正の舸、棹を愛波に 艤ふなよそおいして、精進の橦を 樹て静慮の颿を挙げ、群賊を拒ぐに忍にんがいを以てし、衆敵を威おどすに智剣を 以てす(『定弘全』第 7 巻、82 頁)。

これを解釈すれば、「さとりを求める心を因として夕べに興し、最もすぐ

(9)

れた報いを果として朝に仰がなければ、広い生死の海底から抜け出て、大い なる法身、大日如来の位に昇ることなどできない。六波羅蜜の修業の筏で迷 いの河に船出して、八正道を船として棹を愛欲の浜辺で艤装して、精進の帆 柱を立て、精神の統一の帆を上げて、忍辱の鎧をつけて智慧の剣で敵を威嚇 するのだ。」といった内容である。この後、仏教の教えを偉大で比肩するも のなしと賛嘆した上で、最後に次のように結ぶ。

此れ寔まことに吾が師の遺旨、如如の少しょうそう潨なり。彼の神仙の小術、俗塵の微 風、何ぞ言ふに足らむや。亦、何ぞ隆さかりなりとするに足らむや(『定弘全』

第 7 巻、84-85 頁)。

偉大なる教えは、吾が師釈迦の残された教えで、真如の法海の中のほんの 小さな流れである。道教の仙人の小さな術や儒教の世俗の微風のような教え などは言うに足りないと言うのだ。すなわち、「仏教に説かれる方法でさと りを得、仏の境界に至ること」こそが、絶望に満ちた生死の世界から離脱す るための回答なのであり、「その他の思想には答えを見つけることができな かった」というのが若き日の空海が出した結論であった。

② 恵果の死

また、もう一人、その死によって空海に大きな影響を与えたであろう人物 がいる。それが、唐において空海に密教の奥義を授けた恵果である。恵果の 死については、空海の唐からの請来品の目録である『御請来目録』から窺う ことができる。なお、『御請来目録』冒頭の上表文の中に以下のような一文 がある。「空海、欠期の罪死して余ありといえども、竊ひそかかに喜ぶ、難得の法 生きて請来せることを。(『大正蔵』55 巻・p1065・中)」空海は、延暦 23 年(804)の遣唐船で留学生として唐に入った。当時、留学生の唐滞在期間 は、20 年と定められていたが、空海はわずか 2 年で帰国している。欠期と いうのは、20 年居なくてはいけないところを 2 年で帰国したことを指して いる。この罪は死を以て償っても足りないくらいであるが、ひそかに喜んで いるのは、得難き密教の教えを生きて日本に持ち帰ることができたことと言 うのだ。この、欠期の背景にこそ、師である恵果の死が関係している。同じ く『御請来目録』には、恵果からの受法の経緯が記されている。その中に次

(10)

のような内容を確認する事ができる。

此の土の縁尽きぬ。久しく住すること能はじ。宜しくこの両部大曼 荼羅、一百余部の金剛乗の法、及び三蔵転付の物、並びに供養の具等、

請ふ、本郷に帰りて海内に流伝すべし。纔わづかに汝が来れるを見て、命の足 らざることを恐れぬ。今則ち授法の在る有り。経像の功畢んぬ。早く郷 国に帰りて、以て国家に奉り、天下に流布して、蒼生の福を増せ。然れ ば則ち四海泰く万人楽しまん。是則ち仏恩を報じ師徳を報ず。国の為に は忠なり。家に於いては考なり。義明供養は此処に伝えん。汝は其れ行 きて、矣れを東国に伝えよ。努つとめよ力、努つとめよ力(『大正蔵』55、1065 頁、中)。

これは、授法の後、師の恵果が空海に送った言葉である。東国とは日本の ことで、恵果は自らの死期をさとり、この世での縁も尽きようとしていて、

長く留まることはできないので、自身の授けた密教を日本に持ち帰り、広め て欲しいと言ったのだ。それこそが、仏や師の恩徳に報いることになるので あるから、一所懸命につとめなさいと一刻も早い帰国を促している。なお、

恵果は空海に出会ったことで死が怖くなくなったとも言っている。すなわ ち、自身の奥義を空海にすっかり伝授したことで、現在世への未練が一切消 えたということであろう。その後、恵果は程なくして逝去するが、逝去した 日の夜、空海の目の前に恵果が現れ、「東国(日本)に生まれ変わって、必 ず空海の弟子となろう」と言ったという。本来、唐で 20 年を過ごす予定で あったところ、帰国を早める決断の決定的なきっかけとなったのが、上記の 恵果の言葉と、恵果の死そのものであった。自身に全てを授けて亡くなった 師の思いを遂げることこそが、自らの使命と心に決め、禁を犯してでも日本 に戻ることを決意したのである。

上記のように、空海の出家、日本への密教の請来には、それぞれ身近な 人物の死が関わっていた。そして、これらの「死」を経験するたび、その

「死」に空海自身の答えを見つけ出すために、大きな行動に出ているのであ る。すなわち、これらの経験は、空海の思想形成に大いに影響を与えたと考 えて良いであろう。なお、空海の経験した、もう一つの身近な人物の死とし て知られるのが弟子智泉(789 ~ 825)の死である。『続遍照発揮性霊集補

(11)

闕鈔』(通称『性霊集』)巻八には、「為亡弟子智泉達嚫文」(『定弘全』第 8 巻、138–141 頁)が収録され、その死を悼む。智泉は空海の甥と考えられ る人物で、弟子であるのみならず、血縁の者であったことから、その悲しみ は深かったものと考えられる。しかし、智泉が亡くなったのは空海が十分に その地位を確立していた 50 代での出来事であり、また、その後の行動に大 きな影響を与えるきっかけとも判断できないため、この度は触れなかった。

また、智泉の他にも空海より早くに命を失った弟子もいたため、これらの死 に関しての考察は別稿に譲りたい。

3. 空海の開題類に見られる生死観

さて、空海の著作に『弁顕密二教論』がある。これは、仏教を密教とそれ 以外に判別し、両者を比較して密教の優位性を説くものであるが、密教以外 の仏教を総称して「顕教」と呼ぶ。これは、空海における仏教の思想分類の 基本的な考え方である6)

また、空海は、その経題の説明をすることで経典の解説を行う「開題」と いう種類の書物を多く残している。空海の開題には密教経典のものはもちろ んであるが、顕教経典のものもあり、これらを分析すると、密教経典の場合 と顕教経典の場合で、一定の傾向の違いが見受けられる。そこで、本項で は、空海の開題類から生死に関して言及する部分を中心に抽出し、密教経典 に言及する場合と、顕教経典に言及する場合の説き方の違いを比較すること で、空海が生死の解決をどう考えていたのかを探りたい。

① 顕教経典の開題における生死への言及

まずは、顕教経典の開題類に見られる生死への言及を確認する。本論では

『妙法蓮華経』(以下『法華経』)と『金光明最勝王経』(以下『金光明経』)

の開題を取り上げる。空海の『法華経』の開題類は現在 5 種類伝えられて おり、空海が顕教経典の中でも特に注目していた様子が窺える。そのうち 3 種は全て『法華経開題』と題されているため、冒頭の数文字を取って通称さ れる。そのうち「殑河女人」と通称される本には、天長六年(829)に行わ れた平安京の西寺での法要に際して作成されたものであることが明記されて いる。この法要の施主であった三嶋の大夫、真人助成は娘が亡くなり、その

(12)

供養のために『法華経』と『般若心経』を書写し、58 人の僧侶を呼んで講 説させた。この真人助成の心境を思い計って、記したと考えられる文章の一 部に次のようにある。

千たび生死の夢を空じ、万たび陽炎の仮なることを観ずと雖も、天性の 悲しみ、感じ易く、鍾愛の悲しみ抑へ難し。朝夕に涙を流し、日夜に慟 みを含むと雖も、亡魂に益無し(『大正蔵』56、179 頁、下)。

生まれて死にゆくということは実体のない夢のようなものであると千回さ とっても、陽炎には実体がなく無常であることを一万回見極めたとしても、

愛する者を失った悲しみは抑えられない。日々、涙を流し、慟哭しても亡く なった人は帰ってこない。これは、まさに、空海が親しい人を失った時に感 じた思いだったのではないであろうか。自分の経験に重ね合わせることで、

真人助成の心情を的確に表現したと捉えられよう。

また「開示玆大乗経」と通称される本には、『法華経』を賛嘆して次のよ うに言う。

此の経は、能く堅牢の大船たり、生死の海を渡って、彼岸に渡るが故 に。(中略)この経は猶し智恵の利剣の如し、生死を割断し、繋縛を離 るるが故に。(中略)善男善女、三世の如来の所説の妙法には、かくの 如き等の難思議の事あり。これを、妙法不思議と名づくなり(『大正蔵』

56、174 頁、下 -175 頁、上)。

ここでは、経典のすばらしさを語る上で生死を繰り返す迷いの世界を海に喩 え、『法華経』はその海を渡る堅牢な大船であり、向こう岸に必ず到達する と言う。また、『法華経』を智慧の剣に例え、生死の迷いを切り裂き、煩悩 に束縛された心を解き放つという。その上で、三世(過去・現在・未来)に わたって、如来が説いた教えには、このような想像を超えた特徴があり、思 慮を絶しているとする。すなわち、『法華経』は迷いや煩悩から離れる術を 与えてくれる優れた経典であることを、生死に対する効果を示すことで説明 するのである。

さらに、5 本の『法華経』開題類に共通する文言が以下である。なお、そ

(13)

れぞれ、少しずつ差異があるため、本論では代表して「重円性海」と通称さ れる本より引用する。

如来事業の加持に由るが故に、一切衆生、本覚の妙恵を発起し、生死の 因を厭い、常楽の果を求む(『大正蔵』56、177 頁、上)。

如来の働きの加護によって、あらゆる生きとし行けるものが本来的に備えて いるすばらしい智慧を発動すれば、生起と死滅の原因に対する執着から離 れ、永遠の喜びを求めることができるようになるというのである。ここで も、生死自体を迷いと捉え、経典の働きによって生死への執着から離れる事 ができると説明している。

次に、『金光明経』の開題について見ていきたい。それが『最王勝経開題』

である。まず、冒頭で『金光明経』の大意を述べる部分において「日日に生 死の苦因を営み、夜夜に無明の業果を増す。(『大正蔵』56、824 頁、中)」と、

毎日繰り返される生死の苦しみの原因となる生活を送り、毎晩無明の原因と なる生活を送るという日々繰り返される生死の有様を述べる。その上で、『金 光明経』はさとりへ導くであろうと、経の功徳を説いている。さらに、経題 を開いて説明する開題部分では、経題中の「光明」について次のように述べ る。

光明とは、宝部なり、宝光よく照らし、除暗遍明なること、また宝光如 来のよく智光を放て生死無明の黒夜を照朗したまふが如し(『大正蔵』

56、825 頁、上)。

すなわち、経題中の光明は、宝を表し、宝の光がよくものを照らし、暗きを 除き、遍く明るくすることは、まるで宝光如来が智慧の光を放って、人々の 生死や無明の暗い夜を照らし明るくするのと同じであるとする。つまり、こ こでも生死は迷いそのものであり、仏の光に照らされることで、払拭すべき ものとして説かれる。

以上、顕教経典の開題に説かれる、生死への言及について、幾つか例を挙 げた。これより読み取ることができるのは、顕教経典の開題においては、生 死は厭うべき迷いそのものであって、顕教経典は、我々がその迷いの海から

(14)

脱出する際の道しるべのような役割を果たすということが説明される傾向に あるということである。それでは、以下に密教経典の開題には、どのような 記述が見られるのかを確認していきたい。

② 密教経典の開題における生死への言及

空海は、自ら大成した真言密教の根本経典として『大毘盧舎那成仏神変加 持経』(以下『大日経』)と『金剛頂経』を据える。まさに、この二経は密教 経典の代表格であるため、これらの開題を中心に見ていく。まず、『大日経 開題』であるが、現存の『大日経開題』は全部で 7 種あり、『法華経開題』

と同じく、冒頭の数文字を取って通称される。そのうち「今釈此経」と呼ば れる本には、経題中の「神変加持」について次のように言う。

然るにこの自証の三菩提は一切の心地を出過せり。もし如来威神の力を 離れぬれば、すなわち十地の菩薩と雖もなおその境界にあらず。況んや 余の生死の中の人をや。爾のとき世尊(中略)この故に自在神力加持三 昧に住して、普く一切衆生のために種種の諸趣の所喜見の身を示して、

種種の性欲の所宜聞の法を説き、種種の心行に従って観照の門を開きた まふ(『大正蔵』58、5 頁、中)。

ここに言う「自証の三菩提」とは、『大日経』の教主である大日如来が自 らさとった正しい教えのことであり、さとりの内容はすべての心の境地を超 えているという。もし、さとりを得た如来の不可思議な力より離れてしまえ ば、たとえ、あと少しで如来になる段階まで修行の進んだ菩薩でも、その内 容を理解することができないのに、生死の世界で輪廻を繰り返している人々 はなおさらである。この事実に気づいた世尊すなわち大日如来は、自在にし て不可思議な威力を発揮する瞑想に入って、全ての生きとし生けるもの達の ために、様々な境涯のものに喜ばれる体を示し、様々な性質、欲望にかなっ た教えを説き、様々な心と行いに従って観察し証明する教えの門を開くとい う。つまり、如来のさとりの内容は容易に理解出来るものではなく、生まれ て死ぬことを繰り返す迷いの世界にいるものには、到底理解できない。しか し、理解しなければ、生死の輪から抜け出すことはできない。そこで、大日 如来は瞑想に入り、どのようなものであっても、全てのものがさとりの内容

(15)

を理解し、生死から抜け出すことができることを可能にしたというのであ る。

また、「隆崇頂不見」と通称される本に次のような文言がある。

始めあり終わりあるは、これ世の常の理、生者必滅はすなわち人の定ま れる則なり(『大正蔵』58、7 頁、中)。

始めがあれば終わりがあるのは、この世の必然の道理であるし、生まれた 者が必ず滅することは人に定まっている掟であって、決して逃れることはで きないということである。これは、本開題制作の発願の意を表明する部分の 一部であるが、本開題における生死観の基礎にこの考えがあると言えるであ ろう。また、「隆崇頂不見」をはじめ 3 つの『大日経開題』に共通して、経 の大意を述べる部分に次のような内容が見られる7)

三等の理、彼此異なることなく、五智の覚、人我同じく得たり。座を起 たずして、金剛すなわちこれ我が心なり。三劫を経ずして、法身すなわ ちこれ我が身なり。三部の諸尊は宛然として具し、三妄の衆障は忽爾と して現ぜず。無量の福智は求めざるに自ずから備わり、無辺の通力は営 まざるに本より得たり(『大正蔵』58、8 頁、上)。

これはまさに密教の宇宙の捉え方を端的に示した内容である。三というの は身体と言葉と心の三つを言い、それが平等であるという真理は、彼(仏)

も此(衆生)も異なることなく、仏の五つの智慧8)の境地は、人も自分も同 じように持っている。動揺せず、堅く壊れることのないさとりは我が心その ものである。顕教では三劫という無限に長い時間を経てさとりを得ると考え るが、そのように長時間を経ずとも、仏の真実の姿そのものが我が身なので ある。『大日経』に説かれる胎蔵三部と呼ばれる三つの部門9)に備わる仏達 は、そのまま我々が保有しており、何の障害も無く、無限の智慧は求めずと も自然に備わっていて、尽きることない神通力は意図せずとも、もとから自 身が持っているのであると言う。ここからは、密教の立場から考えると、わ れわれ衆生は本来的に仏と同じ智慧や力を備えているのであり、わざわざ手 に入れようとせずとも、さとりは既に自身の心の中にあるということが読み

(16)

取れる。また、同く「隆崇頂不見」には『大妙金剛大甘露軍拏利焰鬘熾盛仏 頂経10)』から次の一文が引用される。

仏身を証することを得て生死あることなく、肉身を転ぜずして無漏の果 を得る(『大正蔵』58、9 頁、上)。

これは、「仏の体を得て生まれて死ぬことがなくなり、肉体を転換しない で煩悩を離れたさとりの報果を得る」ということであり、仏のさとりを得れ ば、迷いの世界を離れ、生死の輪から脱することができると言うのである。

以上を総合して考えるならば、『大日経開題』「隆崇頂不見」からは、始終、

生滅は世の必然であり、逃れられないが、仏のさとりを得れば迷いや無明を 離れ、生死の原因が消えて、生死の輪から抜け出すことができる。ところ が、我々衆生と仏は本来的には同じ要素を持っているのであり、さとりもす でに我々の心の中にある。すなわち、自身に本来的に備わる仏のさとりに、

気づき正しく見極めることができれば、生死の苦しみから逃れられるのであ る。

次に『金剛頂経開題』を見ていきたい。さて、『金剛頂経』であるが、こ の経典には二つの捉え方があり、特定の一つの経典を意味する場合には『初 会金剛頂経』と分類される『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経』を指 す。しかし、古来より十万偈十八会の大部の経典の通称ともされ、多く存在 する『金剛頂経』系経典の総称でもある。本開題ではこの十八会について説 明を行っているが、その十六会の解説部分に次のように言う。

第十六会をば無二平等瑜伽と名づく。法界宮に於いて説きたまふ。この 中には生死涅槃、世間出世間、自他平等にして無二なり、動心挙目声香 味触雑染の思慮住乱の心、無二にして真如法界に同じて、皆一切仏身を 成ずることを説けり(『大正蔵』61、1 頁、下)。

すなわち、迷いである生死とさとりである涅槃、世間とそれを超越した世 界には自他の区別はなく、二つに分けて考えることはできない。また、「動 心・挙目・声・香・味・触・雑・染」はそれぞれ、仏教において基本的な感 覚器官をまとめた「眼・耳・鼻・舌・身」に心を指す意を加えた六識が、そ

(17)

れぞれが認識する対象を示している11)。これらと煩悩や散乱する心は一体 で、絶対的真理の世界と同じであり、全てが仏の身体を成就していると言 う。

最後に『教王経開題』であるが、『教王経』とは上記に紹介した『金剛頂 一切如来真実摂大乗現証大教王経』の略称で、本開題も『金剛頂経』の開題 ということになる。ここに、生まれ死にゆくことについて次のように言う。

夫れ生は我が願ひに非ざれども、無明の父、我を生ず。死は我が欲する に非ざれども因業の鬼我を殺す。生はこれ楽に非ず、衆苦の聚まるとこ ろなり。死もまた喜にあらず、諸憂乍ちに逼る。生は昨日の如くなれど も、霜鬢、忽ちに催す。強壮は今朝、病死は明夕なり。(中略)此に死 し、彼に生じて、生死の獄、出で難く、人と作り鬼と作って、病苦の 怨、招き易し。悲しい哉、悲しい哉、三界の子、苦しい哉、苦しい哉、

六道の客。善知識善誘の力、大導師大悲の功にあらざるよりは、何ぞよ く流転の業輪を破って常住の仏果に登らん(『大正蔵』61、5 頁、下)。

まず、自身の身の上に起こった生と今後やってくるであろう死については、

「そもそも生は自分で願ったのではなく、無知が原因で、この世に生まれた。

死も私の臨むところではないけれども、死の原因があり結果として死ぬであ ろう。生は楽でなく、多くの苦しみが集まる所である。死も喜ばしいことで はなく、諸々の憂いが忽ちに迫ってくる。生まれたのは昨日のことのようで あるが、すぐに白髪の老人になり、強くたくましいのも今朝のことのようで あるが、病で死んでしまうのは明日の夕方かもしれない」と、我々は自ら望 まずともこの世に生まれ、また、死にたいと思っていなくとも、いつ病で死 んでしまうかわからないことに思いを巡らせる。さらに、「生まれては死に、

死しては生まれるという生死の牢獄から逃れることは難しく、人あるいは鬼 となって病の苦しみの怨みを招くことは容易い。なんと悲しいことか。迷い の世界の住人は。なんと苦しいことか。輪廻を繰り返す者達は。仏教の真理 に通じている菩薩の優れた誘引の力と仏の大いなる慈悲の功徳によらなけれ ば、どうして、迷いの世界に流転する輪を破って永遠のさとりの座に登るこ とができようか」として、生死から逃れることは難しく、何度でも迷いの世 界を流転してしまう輪を打ち破るには、菩薩の導きと仏の大慈悲の力による

(18)

以外道はないと言い、そして『教王経』の功徳として、次のように言う。

若し、能く受持し思修すれば、三大劫を経ずして十六大生ないし現生 に如来の大覚位を証す。(中略)是則ち一仏、一衆生の徳也(『大正蔵』

61、6 頁、下)。

「この経典を受けたもち、よく考えて修業にはげめば、顕教で成仏にかかる 時間とされる三大劫という長い時間を経ずとも金剛界の十六大菩薩の瞑想を 完成し、現在世において如来の大いなるさとりの位を得ることができる」と この経典の力によれば、現在世に生きるこの身このままで成仏することがで きるとした上で、「これは則ち一仏の徳でありながら、一人の衆生の徳でも ある」と仏と衆生の同一性を説いている。

そこで、これらを総合すれば、『教王経開題』では、迷いの世界において は、自ら臨まずとも生まれ死にゆき、その生死の輪から逃れるのは非常に困 難で、そのためには菩薩の導きと仏の慈悲が必要である。しかし、密教の思 想を理解し、実践することがでれば、仏と我々衆生が同一であることを理解 し、即身成仏することによって、現在世に生きたまま、生死の苦しみから脱 出することができると解釈することができるのではないか。

以上、空海の残した開題類に見られる生死観について、顕教経典と密教経 典の開題に分類し、確認した。これらを比較してわかることは、両者ともに 生死を迷いの世界の苦しみの象徴と捉え、これを脱するには仏教の教えを助 けとしてさとりを得る必要があることを説いている。しかし、顕教経典に関 する記述にはこれ以上先の方法論を提示しない。ところが、密教経典の開題 においては、さらに踏み込み、我々衆生と仏とは、本来的に同一であり、そ れを理解して即身成仏することで、現在世において生死を超越することが可 能であることを説く。

おわりに

空海はその著作『秘蔵宝鑰』の大意序において次のように言う。

(19)

三界の狂人は狂せることを知らず 四生の盲者は盲なることを識らず

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、

死に死に死に死にて死の終わりに冥し(『大正蔵』77、363 頁、上)。

これを解釈すれば、迷いの世界にいる狂えるものは狂っていることを知ら ない。すべての生きとし生けるものは、眼の見えない者にも等しく自分の眼 が見えないことに気づかない。我々は輪廻の渦の中をさまよい、生まれかわ り死にかわることを繰り返してきた。それであるのに、その生死の真理を未 だ理解することができないといった内容である。

密教では、宇宙全体を大日如来と捉え、我々の生きる迷いの世界もそれに 含まれる。我々が、さとりを得るためには、自身と大日如来が実には同一で あるということに気づくことが重要である。迷いの世界にいるものは自分が 狂っていても狂っていることに気づかず、盲者が自身の盲なることに気づか ないように、自分が仏と同じ要素でなりたっていることが理解できない。そ のような中で、何度も生まれかわり、死にかわりを繰り返してきたにもかか わらず、未だに生死の真実を理解できないでいるという。これこそ、生死の 有様を実に空海らしく表現した珠玉の一文と言えよう。

改めて、開題類に説かれる生死観からその克服方法を見出せば、生死の苦 しみから逃れるにはさとりを得る必要がある。しかし、顕教の考え方では現 在世に生きているうちには到底克服し得ない。ところが、唯一、密教によれ ば、現在世に生きたままにして、生死を超越する精神状態を作り出すことが できると捉えられる。空海は密教の思想によって生死を超越することで、生 死に執らわれない生き方を提示しているのである。

(20)

1) 衆生とは、生きとし行ける全てのものを指すが、ここでは主に我々人間を指す。

2) 松長有慶「死を超越し、宇宙生命に入る-インド密教にみる死と生-」『人間 そ の生と死』平楽寺書店、1993 年、217 頁。

3) 頼富本宏「密教文献に見る死生観」『日本仏教学会年報』46、1980 年、214 頁。

4) 中川榮照「弘法大師の人間性と生・死」『密教学研究』第 17 号、1985 年、63 頁。

5) この部分に生死の海に住む生物に例え、迷いの世界の煩悩の深さを表現する。

6) 密教とは秘密教という意味で経典を読むのみでは理解できないため、実践や美術を 必要とする教えとする。一方、顕教は経典を読むことで理解できる顕(あらわ)な 教えと理解される。

7) この他「法界浄心」(『大正蔵』58、1 頁、上)「関以受自楽」(『大正蔵』58、11 頁、

上)と通称される本に見られる。

8) 五智とは、大日如来の智慧を法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作 智の 5 つに分けたもの。

9) 胎蔵三部とは、『大日経』とそれに基づいて描かれた胎蔵曼荼羅を中心とする胎蔵 部を仏部・蓮華部・金剛部の三部に分けて解釈する方法。

10) 『大日経開題』の本文では『輪王経』とされる。引用箇所は『大正蔵』19・341 頁、

下。

11) 仏教においては、人の認識について、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根を拠り所とし て、その認識対象である、色(形あるもの)・声・香・味・触(ふれられるもの)・

法(概念や直感の対象)の六境に対して、見・聞・嗅・味・触・知の作用をおこす ことを眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識という六識として理解する。

参考文献

遠藤祐純「真言密教における生死観」『日本仏教学会年報』46、1980 年、249-267 頁。

金岡秀友「密教の生死観」『日本仏教学会年報』46、1980 年、197-211 頁。

静慈円「弘法大師における生死観」『日本仏教学会年報』46、1980 年、231-248 頁。

中川榮照「弘法大師の人間性と生・死」『密教学研究』第 17 号、1985 年、62-75 頁。

松長有慶「死を超越し、宇宙生命に入る-インド密教にみる死と生-」『人間 その生 と死』平楽寺書店、1993 年、209-226 頁。

松長有慶「空海にみる生と死」『印度學佛教學研究』42(1)、1993 年、1-11 頁。

(21)

村上保壽「仏教と生死の問題 : 科学技術の論理と心の主体性」『密教文化』186、1994 年、

39-52 頁。

頼富本宏「密教文献に見る死生観」『日本仏教学会年報』46、1980 年、213-230 頁。

(22)

Overcoming Life and Death in the Way of Esoteric Buddhism

Presented by Kūkai

by Seiko KAGIWADA

Kūkai (空海) was the main person who conveyed Esoteric Buddhism to Japan, and a charismatic representative of Japanese Buddhism. In his youth, Kūkai experienced the death of his two older brothers, and this was one of the motives for his becoming a Buddhist priest. Kūkai also studied in Tang (), China, and highly motivated by the death of Huiguo (恵果), his teacher in Tang, he decided to convey Buddhism to Japan as soon as possible. In this way, the deaths of persons close to Kūkai were turning points in his life.

Furthermore, there is a difference in attitude about overcoming life and death in the annotations of the Sutras of Exoteric Buddhism and the annota- tions of the Sutras of Esoteric Buddhism. This is demonstrated through an analysis of the view of life and death that appears in Kūkai’s writings about the annotations of the Sutras. He showed in the annotations of the Sutras of Exoteric Buddhism, that to obtain Buddhist enlightenment, it is necessary to overcome life and death. On the other hand, in the annotations of the Sutras of Esoteric Buddhism, one can obtain Buddhahood while alive in the flesh, and it is possible to create a state of mind that transcends life and death while living in the present world.

Kūkai presented a way to transcend life and death in Esoteric Buddhism, which leads one to a state in which one’s life is released from life and death and not captured by them.

参照

関連したドキュメント

Nov, this definition includ.ing the fact that new stages on fundamental configuration begin at the rows 23 imply, no matter what the starting configuration is, the new stages

A knowledge of the basic definitions and results concerning locally compact Hausdorff spaces and continuous function spaces on them is required as well as some basic properties

The ASEP (Asymmetric Simple Exclusion Process) is a physical model in which particles hop back and forth (and in and out) of a one-dimensional

This year, the world mathematical community recalls the memory of Abraham Robinson (1918–1984), an outstanding scientist whose contributions to delta-wing theory and model theory

We study the basic preferential attachment process, which generates a sequence of random trees, each obtained from the previous one by introducing a new vertex and joining it to

On the other hand, from physical arguments, it is expected that asymptotically in time the concentration approach certain values of the minimizers of the function f appearing in

In this paper the classes of groups we will be interested in are the following three: groups of the form F k o α Z for F k a free group of finite rank k and α an automorphism of F k

One problem with extending the definitions comes from choosing base points in the fibers, that is, a section s of p, and the fact that f is not necessarily fiber homotopic to a