• 検索結果がありません。

論文要旨

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "論文要旨"

Copied!
66
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

2019 年度修士論文

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

(2)

目次

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

目次

論文要旨

第1章 研究の背景と目的 1−1 はじめに

1−2 研究の位置付け

1−3 異なる視点から都市を考察する意義

第2章 「夜」の都市空間について 2−1 「夜」の定義

2−2 「夜」の可能性

 −2−1 多様な視点の介在  −2−2 内在的な存在

第3章 「夜」の都市空間の特性 3−1 調査内容

 −1−1 調査対象の定義  −1−3 調査方法

3−2 行動特性による偶発的空間  −2−1 自由意志に基づく行動  −2−2 匿名的な行動

 −2−3 小結 3−3 建築的空間特性

 −3−1 ヒエラルキーの反転  −3−2 照明による空間把握の変化  −3−3 小結

3−4 概念的特性による創作的空間  −4−1 暗闇による創造性  −4−2 五感による新たな知覚  −4−3 小結

3−5 まとめ

03 06

11

17

(3)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

目次

第4章 空間の建築的再考 4−1 仮説

4−2 「夜」の都市空間の建築化 4−3 「夜」の都市空間の考察 4−4 まとめ

第5章 設計提案 5−1 設計提案 5−2 敷地 第6章 結 参考文献

34

49

61

63

(4)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

論文要旨

論文要旨

(5)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

論文要旨

論文要旨

 産業革命以降、電気照明が普及したことにより、昼間の活動だけでなく夜の活動 の幅が大きく広がった。盛り場の研究を行った都市計画家である石川栄耀は「夜の 都市計画」論を組み立て、「産業のための時間である昼が『余暇で』労働から解放さ れた夜こそが『正味』」と語り、夜を中心とした都市計画の重要性を示唆した。「夜」

の都市空間は、昼と連続して私たちの生活に実在し、石川が指摘するように本質的 な人の活動や都市の風景を内包しているが、現代の都市に見られる計画は、昼の活 動をベースとしたものとなっている。しかし「夜」の都市に着目した既往の研究は、

昼との視覚的な違いや娯楽的な要素の立地に着目したものであり、「夜」の都市空間 そのものに注視した先行研究はない。そこで本論文では、現在の都市空間を「夜」

の視点から考察することで都市空間の新たな可能性を示唆することを目的とする。

 本論は上記の背景目的及び、研究の意義を示す第 1 章、「夜」の都市空間について 本研究の位置付けを明確にする第 2 章、既往研究や論考を参照し、実際の「夜」の 都市空間の特性を考察した第 3 章、第 3 章の考察をもとに観察で多く見ることので きた「夜」の空間特性を持った空間が現代の都市空間においてどのように位置付け られるかの考察を行う第 4 章、以上から得られた知見から設計提案を行う第 5 章、

総括を行う第 6 章から構成される。

 第 1 章では、都市空間の研究において「夜」という視点を選定した背景と本研究 の位置付けを行い、都市を一次元的ではなく弁証法的形式で考察する意義を示した。

 第 2 章では、分析を進める上で「夜」の都市空間の基盤となる考え方を説明し、

都市を考察する視点に「夜」を選定した意義や可能性を明確にした。まず本研究に おける「夜」を時間的ではなく概念的なものとして定義した。次に「夜」の都市空 間には多くの対立的な意見が存在し、単一の視点に留ることなく多様な視点から都 市を考察することの重要性を示した。

 第 3 章では、「夜」の都市空間の特徴を考察するため、都内で夜間の都市空間の参 与観察を行った。同時に「夜」の都市に関する考え方に関わる史料を分析した。そ こで「夜」の都市空間の特性として①行動特性による偶発的空間、②建築的空間特性、

③概念的特性による創作的空間の 3 つに整理した。①は「夜」の都市で活動する人

が、匿名性により自由な活動が得られ、非公式に成立する偶発的な空間特性、②は

照明による陰影が昼と夜で視覚的な認識に変化を与えることによる空間特性、③は

暗闇による日常とは異なる経験をイメージやメタファーに置き換える空間特性であ

る。これらの分析を通じて、「夜」の都市空間は昼の都市では見つけることのできな

(6)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

論文要旨

トアがレイ・オルデンバークの提唱するサードプレイスとしての空間の役割を果た していること、②は監視される現代の都市空間で干渉の目から回避することのでき るプライベートな都市空間を提供していること、③は建物の陰に隠れる動線部が人 の活動を想起させる空間になることで建物の内外の人の活動の連動性を生み出して いること、④は建物がネオンや袖看板などにより立体的な連続性を持つ空間を生み 出し、街並みに一体感を与えていること、⑤は隠された空間が認識できることによ り隠された都市の骨格を知覚させること、を明らかにした。これらの分析を通じて、

昼の都市空間とは異なる視点から対象の都市空間を考察することができた。

 第 5 章では、収集した「夜」の都市空間を建築に置き換えて空間表現することを 試みた。敷地は第 3 章にて都内で参与観察を行い、「夜」の都市空間の特性を見るこ とのできた場所とし、複数箇所を選定した。そこで見ることのできた空間特性を活 かした具体的な設計提案を行うことで、既存の都市には現れてこなかった人の活動 を内包する都市の「正味」として、弁証法的視点から導き出した都市の背景と共鳴 したもう一つの都市空間の可能性を提示した。

 第 6 章では、本研究及び設計提案の総括と今後の展開を述べた。「夜」の都市空間

の視点から空間を考察・実現したことの意義を総括し、建築または都市の設計にお

いて有効な設計手法であることを示した。

(7)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

第1章 背景と目的

序 章 研究の背景と目的

1−1 はじめに

1−2 本研究の位置づけ

1−3 異なる視点から都市を考察する意義

(8)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

1−1 はじめに

 産業革命以降、電気照明が普及したことにより、昼間の活動だけでなく夜の活動

の幅を大きく広げた。昼間の労働から解放され能動的な都市活動を行える夜間は人 の本質的とも言える活動で重要な視点であると考えられる。近年ではネット社会で は見出せない「コト消費」の重要性、グローバル化の影響による観光を中心とした 経済的な注目、2016 年の風営法の法改正による規制の緩和などの夜間の変化があり、

「ナイトタイムエコノミー」と位置付けられ世界的にも夜の都市生活は注目を集めて いる(図 1)。このような経済的な夜の活動に関しては、世界から遅れを取ってはい るが、政府の政策をはじめ民間の事業や行政の管理など国内でも夜に注視した経済 的な活動が始動している。盛り場の研究を行った都市計画家である石川栄耀は「産 業のための時間である昼が『余暇で』労働から解放された夜こそが『正味』」 1) と語り、

都市の本当の目的は愉快な文化生活にあり、夜を中心とした都市計画の重要性を示 唆した ( 図 2)。一方で現代の都市に見られる風景は、昼の活動をベースとしたもの となっている。「夜」の都市空間は日が昇ると消える虚構的な空間であるが、作り話 や幻想と異なり、規則的に昼と連続して私たちの生活に実在し、石川が指摘するよ うに本質的な人の活動や都市の風景を内包している。『農夫ピアーズの夢』では「も し夜がなかったら、誰一人 / 昼の意味を本当に知ることはないどろ」 2) と断言してい るように「夜」の都市は、都市を考察する上で重要な視点の一つであり、近代化さ れた昼の都市を相対的に見ることができ、それを都市の内部に見いだすことができ

る数少ない手がかりだと考えられる。

第1章 背景と目的

第1章 背景と目的

(資料:国土交通省 観光庁 観光資源課) holzmarkt ベルリン パープルフラッグ ロンドン

図1 各国のナイトタイムエコノミーの動向

第1章「ナイトタイムエコノミー」とは 1.「ナイトタイムエコノミー」の定義

■定義

■ナイトタイムエコノミー推進のイメージ ナイトタイムエコノミーのまちづくりの観点は以下の通りです。

ナイトタイムエコノミーを推進する際は、旅行者の動線やまちづくり の観点を踏まえて、実現後の姿をイメージをしながら検討をしましょ う。

“Point”

取組の目的を明確化目的

コンテンツ提供に必要なインフラ インフラの整備 制度・法規制 必要な制度、法規制の

設計、緩和 制度の設計、規制の強化・緩和

夜間も楽しめる環境があり、

訪日外国人の消費額が上がるまち

生活者 来街者(訪日外国人等) 企業 イベント1 アクティビティ1 アクティ

ビティ2 イベント2 商店1 商店2

多言語対応 安全安心

アクセス交通 IT

プロモーション

決済基盤 ターゲット(受益者)

まちに呼び込みたい ターゲットの明確化 コンテンツ ターゲットが求める

コンテンツの整備

本ナレッジ集でいうナイトタイムエコノミーとは、18時から翌日朝6時まで の活動を指します。地域の状況に応じた夜間の楽しみ方を拡充し、夜ならでは の消費活動や魅力創出をすることで、経済効果を高めることを目標とします。

%

(9)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

 しかし昼と対立構造の視点で捉えられる夜は、文化的・娯楽的な周辺領域を超え

ず独自の成長を遂げたとしても都市構造を変えるほどには至っていない。そこで夜 の都市を深く掘り下げ、夜の世界の原理を昼の世界の原理にどう応用していくか、

または既存の都市を変えるための力として新たな可能性を探るために、夜の都市や 建築を思考することは価値があると考える。

 本研究では、「夜」の視点から昼には認識できない都市空間の特徴を調査・分析し、

現在の都市とは違う視点から都市を考察することを目的とする。設計提案では分析 した「夜」の都市空間を下に参照し建築や都市空間の設計を行う。

石川栄燿の「夜の都市計画」論は、夜の個性 を活かした都市美を生み出すための照明計画、

固定的な「静的設備」、徒歩で楽しみを提供す る「動的設備」からなる「夜の休養娯楽計画」

と人と人との間にある失われつつある愛を回 復するための「夜の親和計画」で構成された。

出典:石川栄燿「郷土都市の話になる迄 (4)」

都市創作、2 巻 1 号、1926 年

図2 石川栄燿による名古屋の都市計画

第1章 背景と目的

(10)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

1−2 本研究の位置づけ

 夜の建築や都市を捉える研究ではファサードなどの対象物に対しての夜間と昼間 の視覚的な違いを評価した樋口ほか(1988) 3) や、特に夜に利用される機能(風営法 規制対象施設や飲み屋など)を持った建築の都市(特に歓楽街)の立地に着目した 古市(2008) 4)

の既往研究は見られるが、「夜」の都市空間の特性から都市を考察し

た研究はない。「夜」の都市空間に現れる特性を題材に取り上げ分析することで、こ れまであまり語られていなかった重要性や可視化できていなかった都市の魅力を考 察することを成果とする。

 また近年の都市計画やまちづくりは、魅力的な環境づくりや個性豊かな地域作り を目指し、ワークショップやなど様々なアプローチから計画の枠組みを設定した活 動を取り組んでいる。そこで「夜」の都市空間の想像力を行使して現実の都市空間 を見ることで、既存の視点とは異なった都市が見つけ、その視点が都市変える可能 性を設計提案で示唆する。

第1章 背景と目的

【参照】3: 都市景観の識別度に関する昼と夜の比較研究(1988)/ 樋口忠彦 他

4:「夜の都市計画」と「昼の都市計画」の排反・補完性に関する考察(2007)/ 新宮明彦 他

(11)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

1−3 異なる視点から都市を考察する意義

 都市の問題や構造そのものにフォーカスを当てるだけでなく、他の視点から都市 を見つめ直す方法があるのではないか考える。都市の建築や街路などの外部の要素 を考察する際には多くが昼間の状況、視点から語られてきた。そこでは重要な要素 が存在し、都市の状況を深く理解し、より良く発展させていく術を知るために必要 不可欠なことである。一方で一次元的な考察だけでは見落としてしまう要素や背景 があり、異なる視点から主題にアプローチすることで新たな可能性を見出すことも ある。例えばケヴィン・リンチの『都市のイメージ』では計画者や為政者の立場か らではなく、住民が都市から得るイメージを下に都市を考察する行動論的なアプロー チをとることで、都市のあるがままの形態とその都市の固有のイメージが住民に感 じられるものとなり、イメージされる可能性を「イメージアビリティ」と名付けて 都市のデザインの手がかりになることを示した(図3)。宮台真司は『まぼろしの郊 外』で、地方と都心部の関係性を80年代後半から90年代前半のテレクラブーム の視点から比較考察することで視覚的には見えない戦後の郊外化による都市構造を 明瞭にした(図4)。すなわち、都市を二項対立的な視点で考察する概念は、一つの 視点では見えない社会背景や基盤を把握できる可能性を持っていることが理解でき る。ここでの異なる視点とは差異に基づく思考ではなく弁証法的形式であり『ヴィ ジュアルアナロジー』 でバーバラ・マリア・スタフォードにより「数字の等距離や 倫理的な相称などなどよりはるかに大きな認識論的意味合いを帯びる」と評価され ている。 4)

 その思想の下から私たちの日常、表の顔の都市は昼の活動を中心に開発され、評 価の多くも昼にフォーカスした過程を経てできた現在の都市を、夜の都市という違 う角度から考察することで都市の形成または思考法の新たな可能性を探る。

第1章 背景と目的

(12)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

第2章 「夜」の都市空間について

2−1 「夜」の定義

2−2 「夜」の都市空間の可能性  −2ー1 多様な視点の介在  −2ー2 内在的な存在

第2章 「夜」の都市空間について

(13)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

 第 2 章では研究の理論として、分析を進める上で「夜」の都市空間の基盤となる 考え方を既往研究や文献から客観的に説明することで本論の「夜」の都市空間の選 定の意義や可能性を明確にする。

第2章 「夜」の都市空間について

第2章 「夜」の都市空間について

(14)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

2−1 「夜」の定義

  広辞苑によると「日没から日の出での時間」が夜とされているが、季節や立地 によって夜の時間帯も異なる。そのため本研究では明確な時間は指定せず「夜」を 時間的に捉えるのではなく、暗さや非合生産性の間として概念的に扱う。

第2章 「夜」の都市空間について

(15)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

2−2 「夜」の都市空間の可能性

2−2ー1 多様な視点の介在

 日が沈み出現する夜の世界は、これまでに昼の世界とは別の役割を果たしながら 独自の発展を遂げてきた。近代以降、照明技術の発達により昼の世界と生活の範囲 では曖昧な境界になりながらも昼の概念では捉えきれない、明らかに違う様相で人々 に魅力的な時間を提供している。生産的が昼から延長し、娯楽、休息、文化的な活 動など多様な活動が付け加わり、繰り広げられる「夜」の都市空間では、誘惑、憧れ、

魅惑の念といった輝かしい感情が喚起され、他方で、おびえ、不安、恐怖の念と危 険性や犯罪性を想起させ、多様な感情が入り混じり、互いに結びつき合って存在し ている。感情だけでなく享楽、暴力、性、孤独など入り混じり、組み合わさること で明確に分別することのできないイメージの総体が都市の中で想起される。そこで はその複雑で複合的な特性を大いに喜び支持する者もいれば、あまり夜を好ましも のと考えず否定的に捉え排除しようとする者も存在する。つまり前者は夜を娯楽と 労働などの従属からの解放を望む者であり、後者は夜を帰宅をし、睡眠、休息、疲 労回復の時間だとみなす者である。両者は現在に限らず常に対立意見を持ち合わせ ていた。しかしヨアヒム・シュレーアは「意見衝突。(中略)こうした論争は長期間 続き、夜の大都市の歴史につきまとっている。その際に用いられた論拠、そのつど の論争相手がその際その都市について思い描いていたイメージこそ、モデルネをめ ぐる討論を理解する鍵になる。」

4)

と指摘した。すなわち夜の都市空間は対立的な意 見が存在するが故に議論の余地が多いにあり、単一の視点に留ることなく多様な視 点から都市をまなざすことで現在の都市の特徴を示唆することが可能なのである。

第2章 「夜」の都市空間について

(16)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

2−2ー2 内在的な存在

 自由主義思想を深化させた経済学者のフリードリ・ハイエクは人間が理性を駆使 して合理的な計画を行い、現存の秩序をすべて破壊することでそこにまったく新し い秩序を建設できるほど賢明ではないと説き、内在的な部分から構成される「自然 発生的秩序」の重要性を説いた。「公法のみが一般的福祉に奉仕し、私法は個人の 利己的利益のみを保護するとみなすことは、真理の完全な逆転である。熟慮の上で 共通の意思を目指す行為のみが共通のニーズに奉仕すると信じるのは間違っている。

むしろ、社会の自生的秩序が我々に提供するものは、万人にとって、 したがって一般 福祉にとって政府組織が提供しうるたいていの特定のサービスより重要であるとい うのが、事実である。

5)

 近代以降の都市計画はまたは建築計画は合理性に基づいた設計主義の思想で行わ れるものであり、いわゆる外からの理性により計画されたハイエクが批判的な目を 向けていたものである。しかし「夜」の都市空間はユートピアや物語と異なり私た ちの生活に連続的に実在しているものであるため、設計主義的な外からの計画では なく都市の内部に存在するものであり自生的な秩序として扱うことが可能である。

( 図5)

第2章 「夜」の都市空間について

図5 都市における内在な的存在

【参照】6: フリードリ・ハイエク『ルールと秩序―法と立法と自由〈1〉 ( ハイエク全集 )] (矢島・水吉共訳) 1998

都市

フィクション ユートピア 生産的

合理的

非生産的 非合理的 全体主義

( 計画された都市空間 )

自生的秩序 ( 実際の都市空間 )

(17)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

2−3 小結

 

 日が沈み出現する夜の世界は、これまでに昼の世界とは別の役割を果たしながら

独自の発展を遂げてきた。近代以降、照明技術の発達により昼の世界と生活の範囲 では曖昧な境界になりながらも昼の概念では捉えきれない、明らかに違う様相で人々 に魅力的な時間を提供している。ロジャー・イーカーチは「暗闇は人類の大半にとっ て、通常の生活から逃れることができる聖域となっていた。つまり、影が長くなる につれて、人々は心のうちに秘めた衝動を表し、目覚めている間、または夢の中の 抑圧された欲望を、無邪気なものであれ、邪悪なものであれ、実現する機会を与え られたのだ。本来的に解放と復活の時である夜は、善良な者にも邪悪な者にも、つ まり通常の生活における有益な力にも有害な力にも、自由を与えたのだ。」(p11)と 誰にも自由を与え人の無限大の活動の可能性を示唆し、ギュンター・クーネルトは「夕 闇が始まると、都会には何か独特で、異様な雰囲気が生まれる。美学的な外観につ いての短い決まり文句では十分に説明しつくせない独特の雰囲気である。私が敢え て都会の『神秘的性質』と名づけるものが姿を現わすのである。」と普段の都市の生 活では見出せない独特の想像力を働かせてくれる場所であると指摘したように、夜 の世界は昼とは次元の違う性質を担っている。一方でその世界は物理的な陽だけで

なく、社会的にも陽の目を浴びずに裏の顔として扱われてきた。確かに夜の都市空

間は本来想像する都市(昼の都市)から独特な距離感を保っているが、神話や伝説 と違い同時代的に想像とは異なる世界観である。つまりヨアヒム・シュレーアが「夜 の都市を歩いているとわれわれは魅了されると同時に、恐怖にも遭遇し、両者につ きまとわれるのである。未知であると同時に慣れ親しんでいる世界であり、光が溢 れると同時に陰にも富む。昼間とは違ったものを感知する。」(p9)語ったように、「夜」

の都市とは一日の後半という日常的な側面を持ちながらも、「昼の都市」と問われた 時に構想することが難儀で掴みきれない概念ではなく、「夜の都市」だけで幻想的な 想像力を働かせて、かつ実在する空間という奇妙な要素を持ち合わせていることで、

都市に実現性が高く、さらに新たな可能性を提示している世界だと考えられる。同 様の考えを『大都会の夜』で述べられている。「夜は、固定した隠喩に、都市に対す る特定の見解を示すためのシグナルに凝縮するような「イメージ」を提供する。そ してまた特別に知覚能力を要求する。しかし同時に空想を体験や経験や日常により 緊密に結びつける機会をも提供する。」(p22)

第2章 「夜」の都市空間について

(18)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

第3章 「夜」の都市空間の特性

第3章 「夜」の都市空間の特性

3−1 調査内容 3−1ー2 調査方法 3− 1 ー1 調査対象の定義

3−2ー1 自由意志に基づく行動

3−3ー1 ヒエラルキーの反転

3−4ー1 暗闇による創造性 3−2ー2 匿名的な行動

3−3ー2 立体的な連続性

3−4ー2 五感による新たな知覚 3ー2 行動特性による偶発的空間

3ー3 建築的空間特性

3ー4 概念的特性による創作的空間 3−2−3 小結

3−3−3 小結

3−4−3 小結 3−5 まとめ

(19)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−1 調査内容

3−1−1 調査対象の定義

 第2章の分析で得た「夜」の特質を念頭に置きながら、現代の具体的な夜の都市 空間の分析を行うためのデータ収集の調査を行う。都市における特質な空間を考察 するため、昼の都市に認識できる空間や常時都市に抱いている空間の特質とは異な る空間に焦点を当てる。これらの空間は必ずしも全てが都市の空間にとって重要で あり都市の本質的な要素を持ち合わせているとは限らないが、都市に実在する空間 である限り考察する必要性があると考えられる。

第3章 「夜」都市空間の特性

第3章 「夜」の都市空間の特性

(20)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−1−2 調査方法

 夜の都市空間における空間の特徴を考察するため、夜の都市に関する考え方を反 映した史料として直接的に夜を題材にしているものや、盛り場などの夜の都市に関 連の深いものを中心に扱う ( 図 6)。その中で都市の空間に関する部分を主に読解し 夜の都市空間の特性を論じる。また都内の夜の都市で参与観察を行ったの記録 ( 別紙 ) と夜の都市を取り上げたメディア ( 図7) から体験的なものを適宣参照した。参照し た内容と史料を平行して考察することで分析を明瞭にする。

図7 メディアからの参照資料 図6 参照した史料

諸学

建築・都市学

(21)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−2 行動特性による偶発的空間

 図8は夜の都市空間の中で都市の生活者が本来用意された枠組みの中での公式的 な行動ではなく、通常から相対すると逸脱した行動である。「夜」の都市にはこのよ うに生活者が空間を自ら読み取って行動している姿が見られた。

第3章 「夜」の都市空間の特性

図8 行動特性による偶発的空間の例

(22)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−2−1 自由意志に基づく活動

 夜の都市計画を名古屋に考案した都市計画家の石川栄燿は、夜の都市は人があら ゆるしがらみから解放されて人間味のある都市生活を送れる空間であると考え、夜 の都市活動が人間的な営みをもたらす重要性を謳っていた。

 「『夜』それは実に長い間、(中略)本当は全くの休止の時、仮死の時、時の否定と されていた。(中略)『夜』は昼間とても得られぬ親しい人間味のある安静の時だ。

トゲトゲしい昼の持つ、一切の仲違いと競争と、過度の急がしさと、人間紡績機の 乾燥さに静に幕をおろし本来の人なつこい心に帰る時である。」

7)

 

 これは石川の主観的な考察ではなく、ロジャーイーカーチが近代前の夜を描いた 多くの記録をまとめた研究で「夜の闇は、昼の目に見える世界を束縛している手綱 を緩める通例だった。夜は、様々な危険があったにも関わらず、産業革命前の生活 のいかなる時間帯よりも多くの自由を、多くの人々に約束していたのだ。」

8)

と記述 している。すなわち近代化以前の環境照明が整備されず、夜が恐怖や危険に晒され ている時代でも人は夜の自由な都市空間を求めて活動していた。さらに<日本書紀

>の著墓の伝説では、「夜は神が作り、昼は人が作った」とあり、ニューイングラン ド植民地のある聖職者は「神は、私たちを「昼の子」となすために、私たちに「夜」

を与えられる」と語っていたように「夜」の都市空間は当局者にとって抑制や弾圧 の対象であり、「危険に満ちた夜の領域は、教会や国家による通常の警戒や範囲外に あった。ヨーロッパの地域社会内で秩序を維持するために不可欠な、公的または宗 教的機関−つまり普通の人々が、地元の揉め事の解決や、生命や財産を守る手助け を求める裁判所や議会、教会など−を支える骨組みは、夜間は休止状態になった。」

9)

と市民には生活のしづらい都市環境であった。現代でも夜に公的機関が停止してい る姿を確認できるが夜の都市活動が衰退することはない。(図 9)すなわち市民の自 由意志に対して対立分子が存在していたにも関わらずその意志は存続していた。

 これらのことから夜の都市における人の活動は、昼間の会社や学校といった従属 的な縛りから解放され、生産などの機能的な活動からを回避でされることで、能動 的に自らの意志を強く持った活動が繰り広げられてると言える。

第3章 「夜」の都市空間の特性

図9 夜間に機能していない公共機関

【参照】7: 中島直人 他『都市計画家 石川栄耀―都市探求の軌跡』 鹿島出版会 2009 P.70 8: ロジャー・イーカーチ 『失われた夜の歴史』(樋口幸子 他訳)インターシフト 2015 P.231 9: 前提 8) P.98

(23)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−2−2 匿名的な行動

 昼に存在する地位や徒弟といった対立を表す社会的な関係はなく、「夜」の都市が 見知らぬ他人どうしがひしめくことや夜陰に乗じてて人々が匿名性を帯びることで 通常で忌避されなければならないアプローチが容認されている。またこのような匿 名的な行動は自由だけでなく同時に平等性を得ることで可能性を広げている。

「上流階級の指向に直接影響を及ぼしたのが、仮面舞踏会でないなら、それより粗暴 な冒険ができる夜という機会であった。(中略)金襴の仮面ならぬ暗闇という自然の 仮面は、型にはまった宮廷の暮らしから逃避できる絶好の機会をもたらした。」

10)

 「夜になると、窮乏した人々は男も女も大胆になった。暗闇は多くの人間を、上位 者、つまり、主人や親方の支配から解放した。(中略)1759 年にオリーヴァー・ゴー ルスミスは、「そこに描かれたいる人々は、もう日々の仮面をつけていないし、淫ら で惨めな姿を隠そうともしていない」」

11)

と述べている。

 匿名性を得たことにより従属的な縛りがない都市生活者は、忌避されなければな らないことを気にせず活動できるため、都市空間に新たな価値観または文化を根付 かせてきた。

 噂の皇居前広場では戦災により建物が消失し屋内空間が限られてる中で性行為を 行うために皇居前の広場の茂みを行為の場所として使用していた記録がある。第二 次世界大戦後の敗戦後から20世紀中頃のまで、聖域であるの皇居前広場を屋外で 性交をしあう男女の集まる場所にしていた。(図 10)また繁華街に今でも多く存在 するいわゆるナンパスポットは、匿名性を帯びた集団が集まり行為が繰り広げられ ることで都市空間のエリアとして構築されている。(図 11)

第3章 「夜」の都市空間の特性

(24)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−2−3 小結

 3−2では生活者の自由な都市活動や匿名性を基に活動していることが考察する ことができた。ロジャー・イーカーチは「暗闇は人類の大半にとって、通常の生活 から逃れることができる聖域となっていた。つまり、影が長くなるにつれて、人々 は心のうちに秘めた衝動を表し、目覚めている間、または夢の中の抑圧された欲望を、

無邪気なものであれ、邪悪なものであれ、実現する機会を与えられたのだ。本来的 に解放と復活の時である夜は、善良な者にも邪悪な者にも、つまり通常の生活にお ける有益な力にも有害な力にも、自由を与えたのだ。」

12)

と「夜」は誰にも自由を与 え人の無限大の活動の可能性を示唆した。このような自由と平等の中で発生する民 主的な都市空間は、権力や政治的または経済的合理性に基づいた縛りの多さとは対 照的な、自由意志の下で生活が繰り広げられている。そこには公式的なトップダウ ンの思考の下にあらかじめ用意された本来の使用だけでなく、自由な活動により偶 発的に成立し、市民により変化を施し独自の発展を遂げたその場にもう一つの都市 空間の利用方法を提示している。都市の全体的な構成として建築やインフラなどの 構築物が中長期の間、普遍的な立ち振る舞いをしていても、都市の細部はそこでの 生活者によって日々変化していることを考えると、民主的な都市の空間での生活者 の活動から都市を考察する重要性は十分にある。

第3章 「夜」の都市空間の特性

【参照】12: 前提 8) P.11

(25)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−3 建築的空間特性

 図 12 は「夜」の都市空間の中で建築や建築群は都市空間で昼とは違う視認による 確認ができた。

第3章 「夜」の都市空間の特性

図 12 建築的空間特性

(26)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−3ー1 ヒエラルキーの反転

 「 夜」の都市で見ることができる建築に比べ昼の都市空間での建築の風景は太陽の 反射光により建物本体の構築物が視認できるため壁面の大きな部分が目に入る。特 に均一化され、標準化された建築が並ぶ都市の連続する風景では主張するような強 弱はなく、均質空間が連続してしまう。それにより建築の閉ざされた面の部分が都 市に向けられるため大きな壁が遮断するような形となり都市と建築本体を遠ざけて いる。原は近代都市の建築を『均質空間論』で詳細を語ような建築が「夜」の都市 の建築と比較すると顕著に認識できる。対照的に窓などの開口部やガラス面は外部 空間より内部空間の方が暗いため陰の存在として人の目に映る。本来透過性の高い はずのガラスは陰となり外部と遮断される。一方で「夜」の都市空間における建築 は外壁が見えにくくなり、内部空間が外部空間よりも明るくなるため、見えなかっ た内部空間が建物の主となり人の目に認識される。つまり昼と夜では建築の視認さ れるヒエラルキーが反転し、建物の人が活動する(夜に照らされなければならない)

空間が目立って見えることが容易にわかる。(図 13)「夜」の都市に見ることができ る建築の内部空間と周囲との繋がりは芦原も「夜景となると、建築の外壁は見えに くくなり、開口部である窓面が一躍主役として登場してくるのである室内が外部よ り明るくなるため、昼は見えなかった内部空間が見えはじめる。建物に透過性が出 てきて室内の空間が急に身近なものとなり、昼間は考えもつかなかった内部の生活 が露呈されるのである。遠くにある窓という小さな開口部を通して、人々は心が通 じ合うよな気分になり、感傷的な郷愁を感じるのである」 13) と考察している。匿名的 な都市において内部空間での人の活動を想起させることが難しい現代都市の建築で 内部空間と外部空間が連続的な繋がりを見せていると言える。

第3章 「夜」の都市空間の特性

図 13 反転による視覚の変化

【参照】13: 芦原義信 『街並みの美学』 岩波現代文庫 P.170

(27)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−3−2 照明による空間把握の変化

 樋口(1988)の研究では、夜の都市空間では都市の情報を形態情報ではなく文字 情報に頼っていると述べている。 14) つまり夜の都市空間では建物ではなくネオンや看 板などの光源を識別していることがわかる。これにより建物が周囲に関係なく建っ ていても袖看板などのネオンにより連なりがある場合は、街並みに一体感を持たせ ている。また新宮(2007)の研究で夜のみに営業している店舗が2F や地下の立地 の割合が多いことがわかった。 15) これは照明により昼よりも存在が明確になることで 補完性が生まれることが一つの要因にあげられる。

 つまり 「夜」の都市空間では建築空間を把握する際の識別に違いを生むことで人 の空間の認識の補完性に変化を与えている。( 図 14)

第3章 「夜」の都市空間の特性

図 14 照明により変化する街並み

(28)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−3−3 小結

 夜の都市に見られる建築や建築群は昼とは違う見え方で都市に建っているものが 確認できた。主に照明の光による陰影により、昼に観測する際に強調的な部分が夜 の都市では視覚的に認識しづらくなったりすることで、建築全体の視認的判断が変 化することがわかる。通常とは異なる視認または空間把握をすることで、既存の角 度からでは認識できない建築や都市景観の新たな形態や構成の可能性を提示してい ると捉えることができる。

第3章 「夜」の都市空間の特性

(29)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−4 概念的特性による創作的空間

 図 15 の「夜」の都市空間では昼の都市空間では認識することのできない、もしく は気がつくことのできない都市空間を確認できた。

第3章 「夜」の都市空間の特性

図 14 概念的特性による創作的空間の例

(30)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−4−1 暗闇による創造性

 夜の世界はこれまでに多くの物語や創造性を人々に与え空間と結びつけながら文 化的な力を培ってきた。昼と夜の境である<たそがれ時>は神隠しなどの不思議な 出来事のよく起きる時刻とされていた。<たそがれ>は、<誰そ彼>で、夕方のう すぐらくて人の見分けのつかない時をいい、一方<かわたれ(彼は誰)>は主とし て明け方のうすぐらい時をいう。このような物事の見分けが不分明な時間は、いわ ばこの世と異界の交わる時でもあったため、異界から神や魔物(妖怪)が多く出現 したと言われている。(図 15)<百鬼夜行>という言葉があるように、夜はさまざ まな魔物や妖怪が跳梁する時間帯でもあった。人間の日常生活や自然界の摂理にも 深く根ざしており、娯楽や芸術にも影響を与え、夜と交わることによって人の想像 力を掻き立たせることで生み出された存在である。西洋でも暗闇によって生み出さ れた魔女、ヴァンパイア、ピクシー、サタンといった魔物は映画や小説などの物語 で語られ、現代に至っても芸術や生活に影響を与えている。(図 16)

第3章 「夜」の都市空間の特性

図 16 西欧の夜から生まれた魔物

図 15 日本の夜から生まれた魔物や妖怪

(31)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

第3章 「夜」の都市空間の特性

 夜は新たな創作物を生み出すだけでなく、物語の神秘的な背景としても古くから 描写され、昼とは違う視点で対象を捉えることで、その世界の情景や様子に創造性 を持たせている。昔話の世界では、一番鶏の鳴声が夜明けの時を知らせ、神や鬼な どの撤退するしるしとされている。神話の中でも最もよく知られている天照大神の

「岩戸隠れ」は、太陽神であるアマテラスが岩屋に隠れたことにより生まれた夜(暗闇)

が舞台となっている。(図 17)

 「夜」は神聖な面がある一方で不安で恐ろしい時間でもあったため慎んで過ごすこ とが要求された。「夜に爪を切ると親の死に目にあえない」、「口笛を吹くと蛇が来る」、

「夜新しく履物や着物をおろすとキツネに化かされる」、「夜カラスが一声鳴くと近く 人が死ぬ」、「夜クモが下るとどろぼうが入る」、「晩は金勘定するな」、「日暮れてか ら花を立てるな」、「夜音楽をするとどろぼうが入る」などさまざまな禁忌や俗信と して伝えられ、現代の生活にも影響を与えているローカルの伝統的な要素である。

これは、夜が昼(この世、生)と異なった世界であることを意味しており、髪、爪 をはじめ直接生命に関する禁忌が多いのは夜が一面で死の世界とみられていたから であり、生命に直接繋がったり連想されるものは忌まれたと考えらる。その特性が 存在することによって、夜には物事が死や葬式と関連づけらて独特の空間を形成し てきた。

 日本だけでなく世界中のどこでも生活の中に潜む恐怖体験を夜の想像力から得た 力で自らの思考力によって作りだし、それらに対抗するために自ら魔術やキリスト 教、あるいは体験的に得た自然の知識を生み出してきた。ギリシア神話でカオスか ら生まれたニュクスは「あらゆるものを支配する」夜の女神であり、「疫病」「不和」「運 命」といった恐ろしい神々の母でもある。バビロンでは、夜の魔女リリスの略奪に 悩まされ、古代ローマ人は、子供の内臓を食らう魔女ストリクスを恐れていた。西 洋では「歴史は夜作られる」との言葉が生まれるほど夜の世界に存在する空間は特 定の地形が何かしらの超自然的な意味を負わせ多様で豊かな創造性を当時の人に与 え文化的な発展を遂げてきた。

(32)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−4−2 五感による新たな知覚

 夜の都市空間では静寂や暗さにより、昼には知覚することのできない空間体験を 聴覚や視覚で得ることがある。昼の都市で目に映ることで信じ込ませようとするも のとは違った体験により、その空間に対して新たな価値観や意味を生む可能性があ る。1965 年のニューヨークの大規模停電が起こり、その際の記事では以下のように 述べられている。

「われわれはみな、決して事故など起こるはずがないと、何度も聞かされていた。(中 略)暗闇に対する不安がなければ、われわれは仕事に専念できただろう。ところが 停電とともにこうした不安が戻ってきたのだ。これまでになく強烈に。というのも、

専門家の言うことは間違っていたことがいまや証明されたからである。あれやこれ やの方法で停電は暗闇の中でわれわれに、自分たちが実際は理解できず、コントロー ルできない世界に住んでいることこそ、現代人のディレンマであるとの認識を施す ことになった」 16)

 普段は意識することのない、もしくは予想もできないような「夜」の空間体験は、

ある都市空間に対して新たに知覚を与える担い手として効果を発揮している。

第3章 「夜」の都市空間の特性

【参照】16: 『the night the lights went out. By the staff of the New York Times. 』 1965 S.15

(33)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−4−3 小結

 「夜」は暗闇という特性つを得ることで、昼とは違う様相になり、普段(昼の都市 空間)では得られない経験をする。ギュンター・クーネルトは「夕闇が始まると、

都会には何か独特で、異様な雰囲気が生まれる。美学的な外観についての短い決ま り文句では十分に説明しつくせない独特の雰囲気である。私が敢えて都会の『神秘 的性質』と名づけるものが姿を現わすのである。」と普段の都市の生活では見出せな い独特の想像力を働かせてくれる場所であると指摘したように都市や人の生活空間

に新たな価値や概念を根付かせてきた。その空間体験はイメージやメタファーを多 く作り出し、空間と関連付けることで独特の様相を得た。このような空間は神秘的 または社会的な意味を付け加えることで対象の都市空間が一元的な意味だけでなく 複合的な意味を持つ空間の可能性を提示している。

第3章 「夜」の都市空間の特性

(34)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

3−5 まとめ

 夜の都市空間の特性で考察することのできた「行動的空間特性」、「建築的空間特 性」、「概念的空間特性」はそれぞれ「都市生活者がある空間を自らの手で読み変え た空間」、「形態または空間把握が変化することにより生じる新たな建築空間」、「想 定外な空間を自らの思考力によって変化させ作りだした空間」と捉えることができ、

ある都市空間のもう一つのあり方を提示していると本論文では位置付ける。( 図 18) 第3章 「夜」の都市空間の特性

図 18 日本の夜から生まれた魔物や妖怪

夜の特性

現存の都市空間

もう一つの都市空間 規制の枠組み

・行動特性による偶発的空間

・建築的空間特性

・概念的特性による創作的空間

市民による施し 偶発的空間

既存の建築 照明による陰影 新たな建築価値

?

未知の空間 市民による施し 創造作的空間

自由意思

認識変化 創造性

(35)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

4−3 「夜」の都市空間の考察 4−4 まとめ

4−2 「夜」の都市空間の建築化 4−1 仮説

第4章 空間の建築的再考

第4章 空間の建築的再考

(36)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

4−1 仮説

 3 章の分析から都市空間のもう一つのあり方と位置付けた「夜」の都市空間は、

実在して都市空間に現れることから現在の都市において秘められた意味を有するの ではないかと考えられる。

第4章 空間の建築的再考

第4章 空間の建築的再考

(37)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

4−2 「夜」の都市空間の建築化

 仮説を実証するため 3 章の中で特に多く体験することのできた「夜」の都市空間 を建築を介在させモデル化することで空間を捉える視点とする。

①コンビニの前の滞在空間

 本来通路の機能を持った街路に多様な人が店の前で特定の領域を作りながら、集 合体が都市空間に滞在している。昼の都市では流動性の高い通過動線の街路が夜の 都市で街路が滞在性のある空間になり、滞在している周囲には一定の条件が存在し ていることが確認できた。滞在には恒常的な場合とある断続的な祝祭性を持ったコ ンテンツ(今回の調査ではラグビーワールドカップの視聴)に参加する場合に確認 できた。祝祭的な集合は昼よりも熱量を持ったものではあるが恒常的なものではな いため「夜」の都市に見られる特性とは言い難い。一方で常に夜の都市で視認でき る街路での集合体はコンビニの前であることが確認できた。コンビニの前の集合体 は無秩序に広がりを見せるわけではなくある一定の塊で領域を作りながら、エント ランスや壁際の通路を塞ぐことなく形成されている。(図 19)

第4章 空間の建築的再考

図 19 コンビニ前の滞在空間

(38)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

②隠れたプライベート空間

 公共空間の一部を個人の部屋のように休憩スペースとして扱う様子が見られる。

路上に寝転がる人や建物の陰で喫煙や恋人同士の喧嘩を行う姿は夜の都市に無秩序 に発生しているのではなく一定の構造がある。公共的な路上をプライベートな空間 に変えてしまう前者は路上の全体ではなく建物の壁際に多く位置していることがわ かる。またその多くの場合は建物が街路からセットバックしてピロティができてた り、庇が付いている構成が確認できた。後者は用途がなく通常では立ち入らない建 物の裏側や、建物と建物の間の空間で人目につかない、本質的な夜の暗さがある空 間であることが確認できた。(図 20)

第4章 空間の建築的再考

図 20 隠れたプライベート空間

(39)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

③内外空間の反転

 昼は太陽光により内部空間が外部空間より暗いため透過性の高いガラス面や開口 部が透過性を失い外部から遮断した様相になる。一方で夜の都市空間では内部空間 が外部空間よりも明るくなることで室内を縁取る構築物が視認の変化により最小限 となり透過性の高い面が強調されることで内部空間の活動が都市に表出される。(図 21)

第4章 空間の建築的再考

図 21 内外空間の反転

(40)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

④演出的な裏動線

 建物の外部に接続された階段室やエレベーターなどの特に縦動線の機能を持つ空  間は周囲の建物と切り離され独立したような見え方になる。避難階段などの裏動線 は昼は裏に隠れて存在しているが、夜は周囲の構築物は光が当たらないため、安全 上照らしていなければいけない避難動線はその中でもっともスポットが当てられ周 囲で一番目立つ部分となる。昼の建築での立ち位置とヒエラルキーが変わる構図に なっている。(図 22)

第4章 空間の建築的再考

図 22 演出的な裏動線

(41)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

⑤立体的な街並み

 照明が都市空間において三次元方向に連なって機能している。昼の都市空間では 色彩が派手な袖看板などの建物の付属物がお互いに強調し合い一体感を持たないが、

「夜」になると照明の同質の体系を持つことで街並みに一体感を得ている。( 図 23)

第4章 空間の建築的再考

図 23 立体的な街並み

(42)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

⑥地下空間の表出

 視覚的に都市に本質的な姿を表出せず、五感により存在を感じ取ることができる 空間が「夜」の都市空間で確認できた。暗渠や地下空間は昼の都市では本来確認す ることができず、地上から閉ざされた構造になっている。しかし夜の都市では静寂 や暗闇により潜在的ものを知覚できる空間になっている。またナイトクラブやスタ ジオなどは地上部分に存在するエトランストと夜の特徴的な静寂や暗闇によって地 下空間での人の活動の知覚を可能にしている。(図 24)

第4章 空間の建築的再考

図 24 地下空間の表出

(43)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

4−3 「夜」の都市空間の考察

①コンビニの前の滞在空間

 今や日本全国どこにでも共通で私たちの生活のインフラともなっているコンビニ の前の街路空間は「夜」の都市空間において生活者が集まり会話を楽しむ空間にシ フトしている。この光景はレイ・オルデンバークが定義したサードプレイスの構造 にとても類似し、海外のイギリスではパブ、フランスのカフェ、ドイツのビアガル テンがこれに当たる。空間構造としてはかつての日本の商家が並ぶ町家とも捉えら れる。これらのサードプレイスの要素を持った場は身近な場所に位置し目立たない 存在−あって当たり前な生活の一部にすぎないことが客の本質を捉える−であり、

基本的な組織(家庭・仕事・学校)から解放された時に受け入れられるためいつで も要求に答えられるように一日のどんな時間帯にも利用できる場所でなければいけ ない。またサードプレイスで一番重要な要素は気軽に会話ができるである。コンビ ニは日本の生活空間のセーフティネットとして象徴的であり、誰から見ても当たり 前の存在で常に客を受け入れられる体制が整っている。一方でサードプレイスの潜 在的な性質を持ちながらも昼のコンビニには前の外部空間、内部空間にもそのよな 現象は見られないことが夜の視点から理解できる。むしろ家庭や地域社会のコミュ ニティを遠ざけた一要因として扱われる。内部空間にはイートインスペースを設け 集合体を形成できる空間が用意されているように見えるが、夜のコンビニ前の街路 空間に見られる広がある空間と比べても店舗の隅に極小のスペースが確保されてい るにすぎず、せいぜい独り身の人や二人組が食事をする程度の他の飲食店とあまり 変わりはない。さらに店の前にある大きな一枚のガラス壁を境界に都市と遮断され たかたちになり、活動も表出しなければ、連動性もないことがわかる。しかし夜の 空間の特性では内部でおこなわれる活動が外に表出する反転が起きている。原が「夜 の道を歩いている。(中略)私は外を歩いていると思っている。(中略)道に明るみ が出て、人影も見え出し、色彩が浮かび上がる。やがて店が両側に並び(中略)内 を歩いていると思うのだ。このにぎわいと明るさのグラデーションは空間の内と外 との<反転>をよぶ。」 17) と指摘するように夜の都市空間では照明の明るさにより外 部空間である街路が内部空間のような姿に変わる。すなわち集合体を形成するこの 特性は「夜の特有の性質がもたらす」、もしくは「商店の前である」という単一構造 ではなく夜の特有の性質である外部空間が内部空間のように使用されることとコン

第4章 空間の建築的再考

(44)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

②隠れたプライベート空間

 図 21 の私的化を形成する「夜」の特異な空間は、常時社会的なしがらみが多く、

安全・安心を与えることで活動の幅を広げたはずの照明技術が夜どこへ行っても人 が認識できる状態を創った現代の都市において、一人または、恋人と二人になり、

周囲からの目線を遮断できるとても貴重な空間だと考えられる。近年では社会的に

「お一人様」という言葉が普及しカプセルホテル、一人焼肉、一人カラオケなどの 一人客向けの施設が増えている。しかしこれらの施設は全て商業的な施設で溢れて いて、都市の中で一人になれる空間ではない。都市はそもそも企業や近隣といった 集団から解放される場だが、極度にクリーン化された現代の都市では商業的な側面 を除いてはそのような空間は望めない。近代都市において必ず周囲の目線が存在し、

フーコーの『監獄の誕生』で説いた管理社会であることは否めない。しかし、「近世 の人々にとって、地域社会の監視と制裁の脅威は、人目のない状態をいっそう貴重 と見なす気持ちを助長したのである。とりわけ夜間がそうだ。」 18) と言及されるよう に、 「夜」の都市空間は周囲からの監視から逃れるを役割をこれまでも果たしてきた。

「夜」の本質、上位概念に当てはまるものは暗さである。どこでも照らされるような 都市で生活者の周囲を覆う物理的環境が本質的な暗さを作り出している。すなわち

「夜」の都市空間で確認できる私的化された空間は現代社会の都市においてもパーソ ナルスペースを確保できる空間の可能性を都市の中に示唆している空間である。

第4章 空間の建築的再考

【参照】18: 前提 8) P.230

(45)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

③内外の反転

 「夜」の特性により外部と内部の空間の明るさが反転することで内部空間が都市に 表出された空間は、内部の動きが完全に視認できない際でも人の存在を認識できる 役割を果たしている。またガラス面は内部空間の照明の明るさと外部の暗さの作用 によりガラス面の視覚的な境界を限りなく消している。さらにモデル化した空間や 3 章の考察から構築物の視認が低下し、内部空間が縁取られるため外部空間との連 続的な繋がりを果たしている。

第4章 空間の建築的再考

(46)

「夜」の視点から考察する都市空間の研究及び設計提案

④演出的な裏動線

 街路などの都市空間において人の活動や存在を知覚することは現代の都市空間で は容易にできるが、匿名的な都市において内部空間での人の活動を想起させること

が難しい現代都市の建築は人の存在を消すことで建築と都市を遮断する形を強めて いる。一方で、図 22 の「夜」の都市空間は非常階段などの裏動線が照明により浮き 上がることで周囲の中で最も演出性を高めている。避難動線のため使用されている 容態は見ることができなかったが、断片化され演出性を高めた空間は人の活動を都 市に映し出している、または想像させてくれる空間になっている。

第4章 空間の建築的再考

参照

関連したドキュメント

東京都北区地域防災計画においては、首都直下地震のうち北区で最大の被害が想定され

東京電力パワーグリッド株式会社 東京都千代田区 東電タウンプランニング株式会社 東京都港区 東京電設サービス株式会社

東京電力パワーグリッド株式会社 東京都千代田区 東電タウンプランニング株式会社 東京都港区 東京電設サービス株式会社

中央区 港区 新宿区 文京区 台東区 墨田区 江東区 品川区 目黒区 大田区 世田谷区 渋谷区 中野区 杉並区 豊島区 北区 荒川区 板橋区

 大都市の責務として、ゼロエミッション東京を実現するためには、使用するエネルギーを可能な限り最小化するととも

「東京都スポーツ推進計画」を、平成 30 年 3 月に「東京都スポーツ推進総合計画」を策定すると ともに、平成 25 年

大変な盛り上がりを見せましたリオ 2016 が終わり、次は いよいよ東京です。東京 2020

都が策定する東京都廃棄物処理計画においても、東京都環境基本計画で掲げる理念 を踏まえ、おおむね 2030(平成