古代日本神話に見られる異文化衝突現象分析 その 4
-イザナギ、スサノオノミコト、オオクニヌシノカミの婚姻事情について-
梁 継国
はじめに
古代日本神話に見られる異文化衝突現象分析シリーズで、イザナギとイザナミとの婚姻関 係
①、男性神イザナギ、スサノオノミコト、オオクニヌシノカミの愛情観
②について分析して きたが、今度は、古事記の上巻における女性神の愛情観について考えてみたいと思う。
中国文化という外来文化を受け入れる時代背景の下で、女性神の、男性神に対する愛情そ のものは否定できないが、母系社会の伝統文化を守るという立場から、中国文化の理念、倫 理道徳観念に対しては、その女性神々の反抗から服従へという変化の現象は疑いなく存在し た。異文化衝突現象研究の角度から女性神々個々の事例を分析し、それぞれの心理的変化等 の原因を解明したいと思う。結論から言えば、ずっと昔の日本における母系社会固有の理念 から、当時の社会および生活の中においては、女性は至上の権威を持っていたと考えられる。
しかし、彼女らが、その高い地位から、一転して、中国古代における男尊女卑の倫理理念に 従い、無条件に男性の付属的存在に変わったのである。なぜ、どのように変わったのであろ うか、その経緯を明らかにしたい。それによって、日本女性の地位、心情の変化から、古代 日本における中国文化という異文化の導入時に発生した異文化衝突の軌跡を描くことを本論 文の目的としたい。
一.イザナミの豹変の訳
黄泉の国に行く前までのイザナミは、至上の愛情があるためか、一緒に力を合わせて立派 な国づくりの偉業を完遂するためかは定かではないが、イザナギに対して、どんなことが あっても文句一つ言わずに服従していた。特に、イザナミが先にイザナギに「ああ美しく愛 らしい男よ。」 (伊耶那美命先言「阿那迩夜志愛(上)袁登古袁」)
③とプロポーズをして、二 人が結ばれたが、生まれたのは水蛭子という畸形児で水に流した。また、淡島を生んだが、
それも子の列に入らなかった。二人は慌て、天の神に聞いた。結果として、「女人先言不 良」
④といわれたのである。この「女人先言不良」とは、明らかに中国古代の封建的理念、
男尊女卑そのものの具現である。女性上位の母系社会に生きる当時の日本女性にとっては、
侮辱そのものと言っても過言ではなかろう。しかしながら、イザナミは、文句一つ言わずに、
それを受け入れ、納得したようであった。もちろん、古事記にはそれに関する記載は一切な かったから、推測しょうもない。イザナミは、イザナギとの間に、15 個の島、35 柱の神
⑤を
『人文コミュニケーション学科論集』 7, pp. 195- 208. © 2009 茨城大学人文学部(人文学部紀要)
生んだが、 の神 之 速男神(ヒノヤギハヤオノカミ)を生むときに、陰部にやけ どが出来、今 に言えば、 で亡くなり黄泉の国に行った。ところが、黄泉の国に行った
イザナミは豹変したのである。
最愛の妻イザナミを亡くして、イザナギが、気が気でないほど悲しくて、その後を追いか けて、自分も黄泉の国に入ろうとしたときに、その目に映った光景は、なんと、 「於頭者大雷 居 於胸者火雷居 於腹者黒雷居 於陰者析雷居 於左手者若雷居 於右手者土雷居 於左足者鳴雷 居 於右足者伏雷居 并八雷神成居」
⑥そのイザナミの体に 8 柱の雷神が乗りかけたのである。
それについて、イザナミは、 「令見辱吾」
⑦良く私の恥をさらしたなといっただけでなく、
直ちに部下を派遣して、追いかけ、イザナギを殺そうとした。と同時に、イザナギに向かっ て、 「爲如此者汝國之人草一日絞殺千頭」
⑧このようなことをするのなら、あなたの国の人を 一日に千人を殺してやるぞと言った。昔の仲睦まじい夫婦の情は跡形もなかった。これに対 して、さすがにイザナミを愛していたイザナギも、もし一日に千人も殺すのなら、千五百人 を生み出して見せるぞと言い返し、イザナミとの縁を切ったのである。
このイザナミの豹変理由について、今までの研究ではそれほど触れられてはいないようで あるが、私は以下のように考察した。
イザナギとイザナミの結婚の話から見ると、当時の日本は、儒家思想を代表とする中国の 哲学、道徳倫理観念にまだ完全には束縛されていなかったようである。それどころか、当時 の日本人はむしろ、非常に情熱奔放で、ロマンチックな性格を有するのではないかと思われ る。プロポーズと言えば、男からであろう、女からであろう、誰が先にするかは、決まりが なく、どっちから先にしても別にかまわない。特に、母系社会においては、家庭的でも、社 会的でも、主導的、リーダー的な立場に立っているのが女性である。そのように家庭的でも、
社会的でも地位の高い女性からプロポーズするのは、ごく当たり前のことであり、特に気に すべきものではない。故に、イザナミがさり気なく、自分の気持ちを如実に表したのである。
しかし、結果として、「女人先言不良」と言われ、その理由で、元気な子が生まれなかった原 因を一方的にイザナミに押し付けたのである。非常に不公平なこととはいえ、イザナミは何 も反論せず、抵抗もしなかったのである。
元々、天真爛漫で性意識が目覚め、愛し合った二人であるが、何で女の人が先にプロポー ズをしていけないかは、現代社会の若い男女は理解できないだろうと思うが、それはしかし 紀元前500 年も前からできた中国の儒家思想にある「男は上、女は下。男は先、女は後。男 は主、女は次。男は陽、女は陰。」というような倫理道徳観念によるものだと指摘したい。
ところが、古事記の成立時代といわれている 9 世紀初期ごろには、日本は中央集権国家の 成熟期に入ったのであろう。その中央集権国家の成熟というのは、今までの母系社会と違い、
男性主導の男権社会の形成をも意味するものであると思われる。当時の日本にとって、その
男権社会の手本となるものは、男尊女卑、男性優先を唱える儒家思想を国家思想として押し
上げた中国しか考えられない。しかし、いかなる国、いかなる民族もみな同じであると思う が、外来文化を取り入れる際に、必ずといってよいぐらい、その国、その民族の固有文化と の間に、摩擦、衝突が生じるのである。女性優先とする母系社会の歴史が長かった日本に とっては、極端な男系血族主義に基づく男権社会の中国の文化、社会制度は、まさに水と油 のようなもので、想像を絶するような衝突と不調和があったであろう。ただし、どの国もそ うであるが、外国の文化、社会制度の導入は、他の何ものでもなく、支配者の権力維持に有 利であることが必要第一条件になっているのである。その目的から離脱した外来文化の受け 入れは今までの全世界のどの国でもまだ見たことはない。その意味で、自分の政治権力を固 め、全力で中国の文化と社会制度を取り入れようとした当時の日本社会では、固有の日本文 化との間に衝突、摩擦が起こったとしても、当時、余りにも強大であった中国文化の影響、
そしてそれを全力推進で取り入れようとする国家権力に対抗できるほどのものはなかった。
「女人先言不良」と言われ、自分の固有理念からは侮辱と思われても沈黙してしまうイザナミ の対応は、我慢というよりも、賢明な選択というべきかも知れない。
しかし、黄泉の国に行ってからはその抑えてきた気持ちが爆発したのである。まず、現実 社会から離れることによって、そこに存在しているすべてのものは自分とは無関係になる。
また、まったく別世界のため、いかなる行動をとろうとしても、束縛はされない。そのため か、自分の本来の性格、行動意識が目覚め、本来の自我が戻ったのである。そのことは、イ ザナギを代表とした当時の現実社会への復讐と理解してもよいかと思われる。その意味で、
イザナミのとった行動は、当時の日本における中国文化を受け入れる過程に生じた躊躇、苦 痛、抗争そのものの典型の一つともいえよう。ただし、黄泉の国という別の世界を背景にし か表現できないということを考えると、そこに一抹の哀愁を感じずにはいられない。
二.男性に無条件服従の手本:櫛名田比売(クシナダヒ メ)
クシナダヒメは、ハヤスサノオノミコト(速須佐之男命)の最初の妻である。古事記の登 場人物として、彼女に関する記載も少ないため、さほど重要人物でもないように見えるが、
高天原から追い出され、国づくりのため初めて根拠地を作るハヤスサノオノミコトと出会い、
結婚し、オオクニヌシノカミ(大国主神)の登場までの橋渡しの役であると考えられる。確
かに、大山津見神の子と自称するその父親から、ハヤスサノオノミコトに紹介され、ハヤス
サノオノミコトと結婚し、子供を生んでから、もう二度と現れてこなくなったが、言葉一つ
も言っていないし、取った行動一つも記載されていない。その結婚についての賛否意見も述
べていなく、立派な宮殿に住み、子供を生んだ喜びも表していない。ただ結婚して子供を生
むというような存在であった。しかし、その無口で、結婚生育しか記載されていない女性の
姿に何かが潜まれているのではないかと私は思う。
そもそもクシナダヒメと出会ったときのハヤスサノオノミコトは、最も失意・ 落胆している 頃であった。父親のイザナギの権力配分に不満を持ち、母親に会いたいと装って大いに暴れ ていたが、天照大御神との戦いによって、八百万の神々に激怒され、糞を食わされるほど侮 辱され、出雲の国の河上、鳥髪に降ろされた
⑨。そのときのハヤスサノオノミコトの心情に関 する記載は古事記にはないが、満足して楽しく降臨してきたというような気持ちではなかろ う。ところが、その時のクシナダヒメ一家も戦戦兢兢としている状態であった。クシナダヒ メ本人もめそめそ泣いているところであった。その理由について古事記には次のように書か れている。
亦問「汝哭由者何」答白言「我之女者自本在八稚女是高志之八俣遠呂知【此三字以音】
毎年來喫今其可來時故泣」
⑩つまり、なぜ泣いているのかとハヤスサノオノミコトに聞かれ、クシナダヒメの父親は、
娘が泣いているのは、すでに七人の娘を食べた八頭八尾の大蛇が今度はこの八番名の娘をも 食べに来るからだと答えたのである。それを聞いたハヤスサノオノミコトは、また、その大 蛇の姿について聞いたが、その大蛇を退治するかどうかは言わず、真っ先に言ったのは、 「是 汝之女者奉於吾哉」
⑪(お宅の娘を俺にくれないか)とのことであった。相談の余地もなく、
非常に強引であった。初対面で、名も知らない男に娘を上げるわけにはいかないと思ってそ の名を聞いたら、 「吾者天照大御神之伊呂勢者也 故今自天降坐也」
⑫と答えた。つまり、俺 はアマテラスオオミカミの弟だ。天から降りてきたのだよと、身分の高さを仄めかしたので ある。こんなに偉い方に言われたら、娘をやるしかなかろうという結果になるのであるが、
そこにはハヤスサノオノミコトの強権振りと、天照大神とけんかして追い出されたばかりな のに、すぐにその威光を借りて自分のために利用するしたたかさ、実用主義的な考え方が窺 える。
その後、クシナダヒメをもらえる保証が出来てから、ハヤスサノオノミコトは大蛇を退治 し、宮殿を造り、クシナダヒメを嫁にしたのである。日本版の「美人を救う英雄」の役をう まく演じたのである。その喜びを次の歌に表現した。
夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微尓 夜弊賀岐都久流 曾能夜弊賀岐袁
⑬現代風に訳すと、
たくさん雲が立ち上っている、出雲の、いく重もなっている我が宮殿の垣よ。
我妻を中に住ませるためにも、この雲が重なっているような垣に囲まれた宮殿を造るぞ。
このいく重もなっている我が宮殿の垣よ!
⑭この歌を歌ったハヤスサノオノミコトからは、あの神の国で大暴れをしていた荒荒しい面 影は見られない。その喜びには二つの意味があると考えられる。まず、根拠地が出来、宮殿 が出来、自分は天下を取り、誰からも束縛されることなく、至上の支配者になったことであ る。もう一つは、自分に対して百パーセント服従するクシナダヒメを妻にもらったことであ る。逆に言えば、大蛇に食べられる寸前のクシナダヒメにとって、ハヤスサノオノミコトは 命の恩人であるから、服従しないわけがない。たとえ、ハヤスサノオノミコトでなくても、
ほかの誰であろうと、命の恩人である限り、それについていくのは、クシナダヒメにとって は当たり前のことというより、ありがたいことである。
しかし、当時の日本女性にはその考え方は当てはまらない。むしろ、絶対的な権力を持つ 男性に対して、生活の基盤もなく、身の安全も保障されない、社会の最下層にある中国古代 女性の姿そのもののように見える。古事記を読んで、さりげなく、そのクシナダヒメという 女性の姿に納得するが、そのような女性像を作った作者の意図は、男権社会を内容とした中 央集権国家の樹立にあるのではないかと察することが出来る。もちろん、一地方の酋長の娘 としてのクシナダヒメの身分は、天から降臨した、天照大神の弟ハヤスサノオノミコトと比 べたら、低いことは一目瞭然であるが、しかし、身分に拠って人を区別すること自身が、中 国古代封建的国家制度の核心そのものなのである。天では負けたかもしれないが、地上に降 臨したハヤスサノオノミコトの構想が、このクシナダヒメという女性を通して実現された。
これこそ、言葉一つも、動作一つも表現されていないクシナダヒメという女性の姿に潜まれ ている本当の意義ではないかと私は思う。ハヤスサノオノミコトと出会い、結婚し、オオク ニヌシノカミ(大国主神)の登場までの橋渡し的役の女性として思われてきたようであるが、
実際は、母系社会から、男性主導型の中央集権国家への過渡期に必要な女性の手本として考 えられる。その後に現れてきた女性の姿およびそれらの女性たちの行動から見ても、その手 本としての役割の重要性が物語られている。贅言ではあるが、その後ハヤスサノオノミコト がオオヤマツミノカミの娘であるカミオオイチビメと結婚した際にも、クシナダヒメは文句 を言うどころか、その姿すら現れていないのである。
三.家父長制度の犠牲者としての八上比売(ヤカミヒ メ)
ヤカミヒメはオオクニヌシノカミ(大国主神)の最初の妻である。その結婚は、オオクニ ヌシノカミの、トップの座に座るためのさまざまの試練に伴うものである。しかし、その試 練はヤカミヒメを巡って展開されたのである。
オオクニヌシノカミには八十人の兄弟(八十神)がいる。みな稲羽にいるヤカミヒメと結
婚したいため、わざとオオクニヌシノカミを孤立させ、疎外していたのである。稲羽へ、ヤ
カミヒメに求婚しに行く途中、みんながオオクニヌシノカミに重い荷物を背負わせ、遅らせ
た。その時、オオクニヌシノカミは、兄弟たちの により、 身 しそうになっている サ と出会い、その サ を助けてやった。その サ はオオクニヌシノカミに し、
のように言った。
此八十神者必不得八上比売 雖負帒、汝命獲之
⑮訳:この八十柱の神たちは絶対ヤカミヒメを手にすることは出来ない。あなたは重い荷物 を持っている(遅くはなる)が、運命的にも必ずヤカミヒメをもらえるであろう。
はっきりとした予言である。その予言と呼応しているかのように、ヤカミヒメも八十神た ちに向かって、
「吾者不聞汝等之言將嫁大穴牟遲神」
⑯と言った。あなたたちの話は聞かない。私はきっとオオクニヌシノカミに嫁ぐよと言うきっ ぱりした態度の表明であった。会ったこともないオオクニヌシノカミに対して、そのような 鮮明な態度を取ったのは、ヤカミヒメがオオクニヌシノカミの人徳、慈悲深い心に魅かれた と理解できよう。
しかし、当人のオオクニヌシノカミはど う考えているのであろう。
オオクニヌシノカミは更なる試練を受ける。兄弟たちに赤く焼かれた豚状の石に引かれた り、割れた木に打ち込んだ楔の仕掛けにはめられたりして、瀕死の状態に陥る。その度ごと に助けられるが、ついに最後にハヤスサノオノミコトのいる根之堅州国まで逃げ たのであ る
⑰。そして、その根之堅州国に着くや、すぐほかの女性との愛の河に墜ち入った。出会った 女性はハヤスサノオノミコトの娘―スセリビメであった。
參到須佐之男命之御所者、其女須勢理毘売出見、爲目合而、相婚。
⑱この記述から見れば、スセリビ メと結婚した理由は非常に単純である。目と目が合って、
好きになったからだという。実際はさほど簡単ではなかった。そのスセリビメに対する扱い 方で分かる。本来、この結婚には、ハヤスサノオノカミは賛同しなかったのである。その上 さらに、娘のスセリビメを正妻にしなければならないという要求まで出した。 「我之女須世理 毘売、爲嫡妻而」
⑲とハヤスサノオノカミが言ったのである。もちろん、この要求に対して、
オオクニヌシノカミは躊躇することなく快諾した。オオクニヌシノカミにとってこれは二度
目の結婚であり、ヤカミヒメとの婚姻関係を解除したわけでもないのに、この二番目のスセ
リビメを正妻にしたのである。ど うしてこのようなことが出来たのか。スセリビメは、地上
においては一番大きな神ハヤスサノオノミコトの娘であり、稲羽という地方の神の娘ヤカミ ヒメよりは当然その地位がはるかに高いからとしか理解できない。オオクニヌシノカミの今 後の国作りの偉業の必要と言ってもよいが、利己主義的な選択であることは間違いない。し かし、その結婚を知ったヤカミヒメは、ひそかに身を引いたのである。
故、其八上比売者、如先期美刀阿多波志都。故、其八上比売者、雖率來、畏其嫡妻須世 理毘売而、其所生子者、刺狹木俣而返。故、名其子云木俣神。亦、名謂御井神也
⑳ヤカミビメは夫の後を追いかけてきたが、正妻であるスセリビメのことを恐れて、オオク ニヌシノカミとの間に生まれた子供を木の股に挟んで残し、ひそかに実家に戻ってしまった のである。もちろん、当時においては、正妻、妾との制度はあったかど うかは、神話だから 分からない。理解しにくいのは、古事記においては、このヤカミビメはもう二度と出てこな いし、オオクニヌシノカミも、未練な気持ちを少しも表していない。古事記には、それに関 する記載は一切見られない。
オオクニヌシノカミに純粋な愛情を持ったヤカミビメであったが、結果として捨てられた 身になったのである。この結末に対する反抗も文句も表していない。イザナミの、黄泉の国 に行ってからの強烈な反抗とは、鮮明な対照になるが、男性に無条件に服従するクシナダヒ メとの一致は否定できないであろう。それよりも、男権社会の形成、男尊女卑の概念の制度 化に伴って、女性優位の伝統的な考え方が動揺し、男性に逆らわないのも一般女性にとって はごく普通なことになったのであると考えられる。オオクニヌシノカミの代になって、家父 長的父権社会の象徴としての男尊女卑の理念はすでに深く根を下ろしたといえよう。その意 味で、ヤカミビメは、その犠牲者であると言わざるを得ない。
四.男性の占有欲を扶ける須世理毘売(スセリビ メ)
既述したように、オオクニヌシノカミとスセリビメとは、目と目とがあって愛するように なったが、二人の結婚については、肝心のハヤスサノオノミコトは賛成しなかったのである。
そのためか、今度は、ハヤスサノオノミコトが、様々な試練をオオクニヌシノカミに仕掛け たのである。オオクニヌシノカミがスセリビメと出会っても、それで災難から脱出したわけ ではなく、試練はまだまだ続く。
ハヤスサノオノミコトから見れば、オオクニヌシノカミは「葦原色許男」
嬰であり、第一印
象はそれほどよくないようである。それで、オオクニヌシノカミは、 「蛇室」や「呉公與蜂
室」に入らせられたり、火の中から矢を拾わせられたり、ハヤスサノオノミコトの頭のムカ
デを取らされたりして、さまざまな想像を絶するほどの試練を経験した。みなスセリビメの
によって、これらの を乗り えたのである。最 に二人はハヤスサノオノミコトに 逆にわなをかけて、神 としての 、 、 沼 を んで、 け ち、脱出したのであ る。ハヤスサノオノミコトも仕方なくその結婚を めたが、 としては、自分の娘スセリ ビメを 嫡 にすることであった。と同時に国作りの をオオクニヌシノカミに した。
その経緯を見ると、二人の結婚は、まず、目と目とがあって、好きになったことで純粋な 愛情によって結ばれたものである。それから、スセリビメはオオクニヌシノカミの命の恩人 である。そして最も重要なのは、地上における至上の支配者のハヤスサノオノミコトからの 許可を得たものである。その意味で、最も安定した婚姻関係であり、オオクニヌシノカミは 死ぬまでスセリビメを愛し、ほかの女性に手を出すはずはないと思われる。ところが、残念 ながら、オオクニヌシノカミはスセリビメと結婚したばかりなのに、常識やぶりの行動をし たのである。というのは、すぐさま高志国のヌナカワヒメ(沼河比売)を娶ったのである。
国作りのため、戦略的な結婚ならまだしも大義名分があって、納得できるかもしれないが、
完全にそのヌナカワヒメの美貌に惚れて取った行動のようであった。これに対して、正妻で あり、ハヤスサノオノミコトの愛娘であるスセリビメは、抑えきれないほどの怒りを感じる はずであろうが、古事記にはそのことを「嫉妬」としか書いていない。
其神之嫡后、須勢理毘売命、甚爲嫉妬 故其日子遲神和備弖自出雲將上坐倭國而、束裝 立時、片御手者繋、御馬之鞍、片御足蹈入其御鐙而売歌曰
影ここにある「嫉妬」は当然、オオクニヌシノカミに対するものではなく、ヌナカワヒメに 対するものである。しかし、スセリビ メのこの、面識もないヌナカワヒメに対する「嫉妬」
は、非常に不自然に感じる。ヌナカワヒメに夫のオオクニヌシノカミが誘惑されたのなら、
ともかく、夫のオオクニヌシノカミが自らそのヌナカワヒメの美貌に惚れて、心を移したの であった。その自分の夫を責めずに、ヌナカワヒメを妬むのは、オオクニヌシノカミの、他 の女性に心を移す行為を許し、その男性としての責任から目をそらすための口実であろう。
しかし、なぜ夫への怒りではなく、ヌナカワヒメへの嫉妬になっているのか、これは、スセ リビメというより、古事記の創作者の意図によるものであると私は思う。やはり、この時代 になってから、完全な男権社会が出来て、男性に対して、女性は反抗し、逆らうところか、
責めることも出来なくなったのである。どんなことがあっても、理性的な分析に取って代わ り、間違っているのは男性ではなく、女性であり、すべて女性が悪いというような考え方が、
一般的な理念になったのである。結果として、男性は一切束縛されず、思うままにやりたい 放題になり、女性に対する絶対の支配権を持つようになったのである。まさに中国古代の
「三妻四妾」、「妻妾成群」
映という現象が現実になったことの理論的根拠が、日本でも成立す
るようになったのである。こういうような「嫉妬」に対する男性の態度はといえば、無視と
いうより、内心は、すこぶる喜んでいるに違いない。しかし、当人のオオクニヌシノカミは、
堂々と自分の、他の女性に心を移す理由をスセリビメに歌で話したのである。そのとき、オ オクニヌシノカミはこの「嫉妬」するスセリビメに対して慰め、自分の行為を抑制しょうと するどころか、すぐさま一刻でもはやくヌナカワヒメに会いたくて、馬に乗って出発しょう としたのである。あまりにも慌て過ぎたせいか、出発の仕度も十分にはできず、馬の鞍に片 方の手しかかけず、その鐙には片方の足しか踏みいれていない有様であった。そのような格 好で、オオクニヌシノカミが歌ってスセリビメの「嫉妬」を退け、自分の新たな女性を求め る行為を正当化したのである。その歌を次に引用しておくことにする。
奴婆多麻能 久路岐美祁斯遠 麻都夫佐尓 登理与曾比 淤岐都登理 牟那美流登岐 波多多藝母 許禮婆布佐波受 弊都那美 曾迩奴岐宇弖 蘇迩杼理能 阿遠岐美祁斯遠 麻都夫佐迩 登理与曾比 於岐都登理 牟那美流登岐 波多多藝母 許母布佐波受 弊 都那美 曾迩奴棄宇弖 夜麻賀多尓 麻岐斯 阿多々尼都岐 曾米紀賀斯流迩 斯米許 呂母遠 麻都夫佐迩 登理与曾比 淤岐都登理 牟那美流登岐
波多多藝母 許斯與呂志 伊刀古夜能 伊毛能美許等 牟良登理能 和賀牟禮伊那婆 比氣登理能 和賀比氣伊那婆 那迦士登波 那波伊布登母 夜麻登能
比登母登須須岐 宇那加夫斯 那賀那加佐麻久 阿佐阿米能 疑理迩多多牟敍 和加久佐能 都麻能美許登 許登能 加多理碁登母 許遠婆
曳歌の意味を次のように訳しておく。
真っ黒な衣を丁寧に身にまとい、沖の鴨がするように,胸のあたりを見る時、鳥が羽 ばたくように袖を上げ下げしてみると、これは似合わない。そこで岸に寄せる波が引く ように、そっと脱ぎ捨てる。青い衣を丁寧に身にまとい、沖の鴨がするように,胸のあ たりを見る時、鳥が羽ばたくように袖を上げ下げしてみると、これも似合わない。また 岸に寄せる波が引くように、そっと脱ぎ捨てる。今度は、山に蒔いた茜をつき、その汁 で染めた衣を身にまとって、沖の鴨がするように,胸のあたりを見る時、鳥が羽ばたく ように袖を上げ下げしてみると、今度はぴったりだ。さぁ、出掛ける準備は整ったよ。
私の愛しい妻よ、群れ飛ぶ鳥が群れ行くように、私が皆と一緒に行ってしまっても,引 かれて飛び立つ鳥が引かれ去ってしまうように、私が引かれてしまっても,決して泣か ないと、お前は意地を張っていうかもしれないが、しかし、本当に私がいなくなったら、
お前はきっと一人ぼっちになり、一本だけのススキのようにうなだれて、泣くだろうが、
そしてその泣き声も最終的には朝雨の霧のようになって絶ってしまうだろうね。私の妻 よ。事の次第の語りごととしてこれを語るよ。
要するに、この私オオクニヌシ ノカミにとっては、女は服装と同じようなものである。
ぴったり合うならそれを着る。でなければ、脱ぎ捨てるのである。今やっとぴったり合うよ
うな人を見つけたのであるから、 いでいくのである。 の発 次 、その をまた るかもしれないが、 らない可 性もないことはなかろう。つまり話す 要があると し たら、話すが、話さない自 もあるものである。とにかく をするなよと 告をしたので ある。また、妻のスセリビメにはっきりと 人の わない愛 を告げ、他所の女のところに 行く と 告したのである。自分の本音をはっきりと言ったのは すべきであるが、あま りにも女性に対して で、自分さえよければ、それでよい、相手の女性の気持ちを考えな いというような 度を取るオオクニヌシノカミにはその きを えない。
こういわれてしまったスセリビメは、オオクニヌシノカミを扶けて国作りの偉業を成し遂 げようとした自分のその高貴な出身を考えたためか、怒ったり、嘆いたりする気持ちは少し も見られない。逆に、非常に大きい度胸を見せて、これこそ、男らしいと思い、酒をいっぱ い注ぎ、歌を歌って、オオクニヌシノカミをヌナカワヒメのところに見送ったのである。
夜知富許能 加微能美許登夜 阿賀淤富久迩奴斯 那許曾波 遠迩伊麻世婆 宇知微流 斯麻能佐岐耶岐 加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 和加久佐能 都麻母多勢良米 阿波母与 売迩斯阿礼婆 那遠岐弖 遠波那志 那遠岐弖 都麻波那斯 阿夜加岐能 布波夜賀斯多尓 牟斯夫須麻 尓古夜賀斯多尓 多久夫須麻 佐夜具賀斯多尓 阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 曾陀多岐 多多岐麻那賀理 麻多麻伝 多麻伝佐斯麻岐 毛毛那賀迩 伊遠斯那世 登与美岐 多弖麻都良世
栄訳すと次のような意味になる。
八千矛神よ、私の大国主よ。あなたは男でいらっしゃるから、回られる島の崎崎、回 られる磯の崎崎、一つ漏れなく、若い妻をお持ちになるでしょうが、私は女ですので、
あなた以外に男はありません,あなた以外に夫はいません。(他所の女のところの)綾織 の帳のふわふわと揺れる下で、絹の夜具の柔らかな肌触りの下で、楮の夜具のさやさや と音を立てる下で、白い腕、そして雪のような酥胸を、十分に愛撫して、玉のように美 しい手を枕にして、脚を伸ばしてゆっくりとお休みなさい。さあ、このお酒を召し上 がって。
オオクニヌシノカミに対するこの上のない賛美と服従の気持ちを表したのであろう。自分 だけでなく、世の中の女性はすべてあなたの妻になるということまで言っているのである。
女性に対する支配の欲望を助長するだけでなく、男尊女卑の理念を繰り広げるための手助け そのものになったのである。男性に対する服従のレベルは、イザナミはいうまでもなく、ク シナダヒメやヤカミヒメをも超え、その頂点に立ったのである。他の女性に対する「嫉妬」
というより、男性に無条件に服従するばかりでなく、そのやり放題の行為を放縦させたので
ある。この点から見ても、母系社会における日本女性優位の伝統はきれいに消えていること は分かる。ある意味で言えば、「男尊女卑」理念の発祥の地としての古代中国をも、しのいで いるといえよう。
五.柔剛兼備の沼河比売(ヌナカワヒ メ)
スセリビメの許可により放埓なオオクニヌシノカミはヌナカワヒメのところに行って、歌 を歌って、告白というより、強要するような気持ちを表現した。
夜知富許能 迦微能美許登波 夜斯麻久尓 都麻麻岐迦泥弖 登登富富斯 故志能久迩迩 佐加志売袁 阿理登岐迦志弖 久波志売遠 阿理登伎許志弖 佐用婆比迩 阿理多多斯 用婆比迩 阿理迦用婆勢 多知賀遠母 伊麻陀登加受弖 淤須比遠母 伊麻陀登加泥婆 遠登売能 那須夜伊多斗遠 淤曾夫良比 和何多多勢禮婆 比許豆良比 和何多多勢禮婆 阿遠夜麻迩 奴延波那伎奴 佐怒都登理 岐藝斯波登与牟 尓波都登理 迦祁波那久 宇禮多久母 那久那留登理加 許能登理母 宇知夜米許世泥 伊斯多布夜 阿麻波勢豆加比 許登能 加多理其登母 許遠婆
永訳すと、次のような意味であろう。
八千矛神は、八島国に妻を見つけることが出来ないため、遥か遠い越の国に、賢い乙 女がいると知って、麗しい乙女がいると知って、求婚にしげしげと出掛け、求婚にしげ しげと通ってきたのだ。太刀の緒もまだ解いていない、 襲 をもまだ脱いでいない、私が
おすひ