茨城大学教育学部紀要(教育科学)41号(1992)17−23 17
子ども達の自然認識に関する研究 一異なる文脈におけるフレームワークについて
石川 豊*・高瀬 一男*
(1991年9月13日受理)
AStudy of Consistency in Children s Conceptual Frameworks
Yutaka IsHIKAwA and Kazuo TAKAsE
(Received September 13,1991)
は じ め に
子ども達がalternative frameworkを構成することは,多くの研究 )2)3)で明らかにされている。
これらの存在は,理科教育者にとって大きな意味をもつものである。もし,既有の考えや概念を指 ,
アによって変えることができるのであれば,子ども達が理科の学習以前にもっている考えや概念を 知り,それらを考える必要が出てくるからである。現在までに,概念を変化させようという学習モ デル4)が提案され,研究5)6)がなされている。そして,これらの多くは,科学者にとって同一な概 念を用いて説明できるいくつかの事象において,子ども達も常に同一な考えや概念を用いて説明す ること(子ども達の概念の一貫性)を暗黙の了解としている。しかし,「子ども達の概念は筋道が 通っていて,異なる文脈においても矛盾なく用いられている」という立場と「人は異なる文脈や社 会状況において,alternativeなものの見方をする」というsituatd cognitionの立場7)とでは対立が ある。また,はっきりした結果がでないとする報告8}もあり,いまだにはっきりとしていない。
我々は前報9}のなかで,水の凝結について子ども達がどう考えているかを報告した。そのさい,
調査問題の一部の表現を変えることによって,子ども達が異なる考えを用いる可能性を感じた。そ こで,本研究では水の凝結を例として,異なる文脈の問題でも子ども達の回答が変わらないものな のかどうかを調査,研究することにした。
調 査方 法
1.調査対象
調査対象は,茨城大学教育学部附属小学校の4年生120名である。
*茨城大学教育学部理科教育講座理科教育研究室(〒310 茨城県水戸市文京2丁目1−1).
2.調査時期
調査は,平成3年2月下旬に実施した。なお,調査対象は単元「水・氷・水蒸気」を履修済みで
ある。
3.調査問題
本研究における調査問題は次に示す通りである。
理科に関するアンケート年 組 番 名前
」」 o亀, 槍い
絵にかいてあるような氷の入ったコヲプがあります。このコップをしばら
● oめ馳ゐ,いて● , つ 伽んρ
く置いておくとコップの表面に水滴が付きました.どうして付いたのか、考え
じ■う 伽
たことを自由に書いてください.
じん ひん
自分の考え
A
@ 哨. ● ・ し T.. 「
B・:ヲ・
&. U2
図1 問題1
理科に関するアンケート年 組 番 名前
幽 ζ8り 瞳恥
絵にかいてあるような氷の入ったコップがあります.このコップをしばら
8 ゆようのん す験て9 つ ウ 瀞ん
く置いておくとコップの表面に水滴が付きました.どうして付いたのか、考え
じoう ,
たことを自由に書いてください.
じ8ん ,ん
自分の考え
フタがしてある
曜 ・ .亀 ● G ● . の
8.魅 : 亀 . ・
図2 問題2
調査には,教師にとって最も実践的であると思われる質問紙法(回答は自由記述)を採用した。
質問はなるべく分かり易い表現を心がけ,語彙や調査者の発言が科学的な考えや,法則を示唆する
石川・高瀬:子ども達の自然認識に関する研究 19
ことのないようにして与えた。なお,子ども達は問題11°}を先に実施するAグループと問題2を先 に実施するBグループに分け,それぞれに1週間の間隔をおいて2つの問題を与えた。
分析方法と結果
まず,アンケートの回答を個人ごとに記録し,問題1と問題2のうちどちらかが無回答または 判読不能なものは分析から除外した。そのため,母数は88名となった。つぎに,あらかじめ作って おいたわく組11)にしたがって,各回答をグループ分けした(わく組は前報の結果から得られたもの を参考にしている)。このわく組を次に示した。
A. 「空気中に存在する水分がコップで冷やされて水滴になった」等の一般に科学的な考え方 といわれるもの
B.コップのなかの水が,コップからにじみでて外側につく等の説明をするもの(コップの口 からこぼれるという回答はEに含む)
C.コップのなかの水が蒸発してコップの外側につくという考え方 D.「コップとまわりの空気の温度が違うから」等の温度差を用いるもの E.上記以外のもの
次に,AグループとBグループが等質であるかどうかを見るため,グループ,問題1の回答,問 題2の回答の3要因で3元クロス表分析12)を行なった。その結果,A, Bグループ間で差がないこ
とが分かった。よって,今後の分析はA,Bグループを1つのグループとして扱うことにする。集 計結果を表1に示した。
表1 問題1の回答と問題2の回答の関係① 問題2の回答
A B C D E
A 21 1 1 3 1
問題1 B 1 0 1 1 1
の回答 C 2 5 7 0 1
D 5 3 2 24 3
E 0 0 0 1 4
数値は人数を示す
ここで,問題1の回答と問題2の回答が同一であったものと,異なっていたものとを問題1の回 答別に表2にまとめた。子ども達の概念に一貫性があるならば回答は同一になるはずであるから,
理論値は表3に示すようになる。
表2の測定値と表3の理論値とが各回答で一致するという作業仮説のもとに,問題1の回答別に カイ2乗検定と残差分析等13)を行なった。その結果を表4に示した。
表2 問題1の回答と問題2の回答の関係② 表3 問題1の回答と問題2の回答の関係②
(理論値)
問題2の回答 問題2の回答
問題1と 問題1とは 問題1と 問題1とは
同一 異なる 同一 異なる
A 21 6 A 27 0
問題1 B 0 4 問題1 B 4 0
の回答 C 7 8 の回答 C 15 0
D 24 13 D 37 0
E 4 1 E 5 0
数値は人数を示す 数値は人数を示す
これによって,次のことが分かった。(1)問題1でA,B, C, Dの回答をした子ども達は問題2 で同じ回答をするとはいえない。(2)問題1でEを答えた子どもは問題2でもやはりEと答えた。
考 察
我々は本研究の問題を「コップのなかの水が蒸発してコップの外側に水がつく」という考え方(以 後Cの考えと表わす)の子どもにとっては矛盾が生じ,一貫性を保てない問題であると考えていた。
問題1でこのような考え方をした子どもは問題2でコップの口をふさがれているので,異なる考え 方を選択せざるをえない。しかし,いわゆる科学的な考え方の子どもや,「コップとその回りの温 度が違うから」 (以後D)と答える子どもは問題の影響をうけないはずである。しかしながら,結 果から「その他」の考え方をした子ども達以外は一貫性をもつとはいえないということが分かった。
「その他」に関しては,当然複数の回答がふくまれるので,本研究での統計の方法からするとあま り信頼のおけるものではない。よって,事実上子ども達の回答には一貫1生はなかったといえる。こ の理由の一つには,理論値の設定が厳しかったということがあるかもしれない(表4の特化係数を 参照)。しかし,理論値を他の値に設定することはできない。これから考えると,子ども達の概念 が異なる文脈でも一貫して用いられるという仮説はそうとう厳しいものであるといえる。
Aの科学的な考え方をした子どもたちが文脈によって回答を左右されるという結果は予想外であ った。しかし,調査の対象となった子ども達は水蒸気について学習したばかりであるため,子ども 達がこの科学的な概念を完全には理解できていなかったということが考えられる。これについては 調査をくり返し行なうことによって明らかにされると思うので,ここでは我々の考えを述べるのは 避けたい。
我々は当初, 竭閧PでCと考えた子どもが問題2で科学的な考え方をすることを期待していたカ㍉
実際にそうなったのは15名のうちのわずか2名だけであった。これは子ども達が自分の考えに矛盾 を感じて,新たに問題解決を試みても科学的な考え方に到達できるのはわずかであることを示して いる。水蒸気などのように,目に見えない抽象的なものについて考え出すのが非常に難しいことは 前報でも述べたが今回の結果はそれを裏付けるものとなった。矛盾を感じたものは15名中8名で,
石川・高瀬:子ども達の自然認識に関する研究 21
表4 問題1の回答と問題2の回答の関係における検定の結果
回答Aにおける検定 回答Bにおける検定 回答Cにおける検定
理論値測定値 理論値測定値 理論値測定値
AA 27 21 BB 4 0 CC 15 7 A〜 0 6 B〜 0 4 C〜 0 8 カイ2乗検定 カイ2乗検定 カイ2乗検定
有為水準 1%sign. 有為水準 1%sign. 有為水準 1%sign.
4寺イヒ4系装夕 特イヒ{系装女. 4寺イヒ{系委文
理論値測定値 理論値測定値 理論値測定値
AA 1.13 0.88 BB 2.00榊 0.Or− CC 1.36◆ 0.64−一
A〜 0.00噌 2.00榊 B〜 0・00一噛 2.00や◎ C〜 0.00−− 2.00鱒
残差分析表 残差分析表 残差分析表
理論値測定値 理論値測定値 理論値測定値
AA 2.60韓一2.60零零 BB 2.838°−2.83鱒 CC 3.30⑳一3.30輔
A〜 一2.60°° 2.60鱒 B〜 一2.83韓 2.83°・ C〜 一3.30騨 3.30鱒
回答Dにおける検定 回答Eにおける検定
理論値測定値 理論値測定値
DD 3τ 24 EE 5 4 D〜 O l3 E〜 0 1 カイ2乗検定 カイ2乗検定
有為水準 1%sign. 有為水準10%no sign.
特化係数
特{ヒ{系委文 4寺イヒ{系委女 +十 Tp>L5
理論値測定値 理論値測定値 +1.5≧Tp>1.25
。 1.25≧Tp>0.8
DD 1.2r O.79冒 EE 1.1r O.89° − 0.8 ≧Tp>0.67
D〜 0.00噂鞠 2.00斡 E〜 0.00− 2.00榊
一一〇.67≧Tp
c差分析 輯
P〈0.Ol ホ p〈0.05
残差分析表 残差分析表
理論値測定値 理論値測定値
DD 3.97韓一3.97鱒 EE 1.05 −1』5
D〜 一3.97鱒 3.97°° E〜 一1.05 1.05
彼らの大部分はBの考えに変わっている。これは,Cの考えに矛盾を感じて他の考えを推論したが,
目に見えない水蒸気の存在について完全に理解することができずに,Bの「コップから水がにじみ
出た」という考え方にたどり着くものが多かったと考えることができる。 し
さらに,Dの回答も相変わらず多かった。一般に,この説明は家庭などで子どもに質問されたと き親が用いるものである。子どもは授業以前から「氷の入ったコップに・・」という問いにたいし て「コップとその回りの温度・・」と答えるといったようなストリング14)をもっているものと思わ れる。これは概念に直接ふれることのない回答で,コップに水滴がつくときの状況だけ(正しい状 況である)を述べているところが特徴である。これなら自分の概念を変えることなく理由を説明で きるのだから,子ども達にとっては最高の回答なのかもしれない(一般に子ども達は考えを変えた がらないといわれている)。このストリングを用いた回答は中学生にも半数近く見られる9)が,科 学概念を学習するうえでこのようなストリングが大きな妨げになることも考えられるので,授業の 際には子どもがこの回答で済ませてしまわないような指導を工夫する必要があるものと思われる。
お わ り に
本研究では,同一内容で異なる文脈の問題における子ども達の概念の一貫性について調査し,そ れによって次の知見を得た。
(1)子ども達の科学概念を調査するのにあたり,いつでも一貫性のある回答を得られるとは限ら
ない。
(2)抽象的な思考のできない子どもにとって,目に見えない現象を推論し科学的な考えに到達す るのは難しい。
(3)約半数の子どもは自分の概念をおもてに出さずにストリングを用いて回答する傾向がある。
謝 辞
本調査を行なうのにあたり,ご協力いただいた茨城大学教育学部附属小学校田口守校長並びに先 生方に深く感謝の意を表します。また,アンケートの集計等にご協力いただいた理科教育研究室の 皆様方に厚くお礼申し上げます。
注
1)松浦典文・遠西昭寿「水の沸騰・蒸発・結露に関する子どもの認知」『日本理科教育学会研究紀要』28(3),
(1987),PP.1−10.
2)三島嶽志・前田健悟「電流概念の形成に関する研究一単一閉回路の電流の強さ」 『日本理科教育学会研究
紀要』25(1),(1984),pp.65−70.
石川・高瀬:子ども達の自然認識に関する研究 23
3)北村太一郎「中学生の力の概念の理解に関する調査」『日本理科教育学会研究紀要』22(1),(1981),pp.59−65.
4)P.W. Hewson, A case study of conceptual change in special relativity:The influence of prior know一 ledge in learning , Eμアoρ8αηノo配rηごz1ρプεc∫8ηcε E4配cα∫ oη, 4 (1982),PP.61−78.
5)J.A. Rowell and C. J. Dawson, Laboratory counterexamples and the growth of understanding in science , E配7ρρεαπ ノo麗zπα1qプ∫c 8ηc8 E4㍑cα oπ, 5 (1983),pp.203−216.
6)福岡敏行・増田衛「児童・生徒のオルタナティブフレームワークの一貫性について」 『日本理科教育学会 第41回全国大会香川大会要項』(1991),p.166.
7)J.Solomon, Learning about energyhow pupils think in two domains , E㍑roρε侃Jo駕rηα1 qf 3d8πc6 E4郡cα oπ, 5 (1983),pp.49−59.
8)E.Clough and R。 Driver, A Study of Consistency in the Use of Students Conceptual Frameworks Across Different Task Contexts 5d8ηc8 E4配cα∫ oη,70(1986),pp.473−496.
9)石川豊・高瀬一男「児童・生徒の科学概念の形成に関する研究」 『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』
40 (1991),pp.45−51.
10)前報のなかで用いた問題と同一のものである。
11)わく組は前報での結果を参考にしている。
12)岡本洋三『マイコンによる教育調査』 (青木書店,1985),pp.246−266.
13)同書,pp.179−197.
14)一つひとつが分離されず,全体としてまとまりをもった形で記憶されているひとつながりのことば,ある いは記号。例えば,百人一首の上の句と下の句のようなもの。