鉛直アレー記録を用いた地震波動エネルギーの算定と表層地盤中の伝播特性
Evaluation of seismic wave energy and energy flow in surface layers using vertical array records土木工学専攻 27 号 鈴木 拓
Taku Suzuki1. はじめに
地震に対する構造物設計は,従来から慣性力に直結 した静的震度や加速度を用いる力の釣り合いによる設 計法が使われてきたが,地震による構造物の被害が必 ずしも加速度で決まらず,速度のようなエネルギーに 関連した指標のほうが被害に密接に結びついていると の認識がある.構造物の地震による破壊や残留変形は 支持部材の損失エネルギーで規定され,地震波動エネ ルギーがどのくらいそこに供給されるかによって決ま ると言えよう.最近では構造物の最終破壊に至るまで の保有すべき耐震性能の段階を規定した性能設計法が 取り入れられ,各段階に対応して地震時に発生する変 形やひずみの評価が重要となってきた.既に,建築の 上部本体については地動による建物内でのエネルギー の釣り合いに着目した耐震設計法が提案されている
1)が,地盤からのエネルギーの流れについては十分な検 討はされてこなかった.
そこで本研究では, 表-1 に示す過去に発生した
9つ の強地震における
31観測点の鉛直アレー記録に基づ き地震波動エネルギーを計算し,表層地盤中のエネル ギーフローと入射エネルギーの距離減衰について調べ た.また,波動エネルギーと他の震害評価パラメータ ーとの対比も行った.
2. 波動エネルギーの算出法
微小時間
t内に,ある深度を通過する
SH波の波動 エネルギーの増分
Eと,時間
tt1~t2でのエネルギー 累積値
Eは,運動エネルギー
Ekとひずみエネルギー
Ee
により
50%ずつ受け持たれ,その合計は粒子速度u
と地盤のインピーダンス
Vsによりそれぞれ次式 のように表わされる.
2 (1)
k e s
E E E V u t
2
1
2 (2)
t
k e s
EE E V
t u dtここで注意すべきは,
uはあくまで
1次元進行波の 速度波形であり,観測波から計算するためには,まず 上昇波と下降波の成分に分解する必要がある.地盤モ デルが既知で地盤物性が線形と仮定できる場合には,
地表記録を用いて重複反射理論により任意の深度での 上昇波・下降波が計算できる.しかし,軟質な地盤が 強い地震動を受けると,地盤物性の非線形性によって 波形が変化するため,地表記録から深部地盤でのエネ ルギーの流れを計算すると誤差が大きくなる.その場 合,鉛直アレー記録があれば深部の地震波の情報を使 用できるためエネルギーの信頼度が高められる
2). 3. 波動エネルギーの算定例
ここでは波動エネルギー算定の一例として,兵庫県 南部地震のポートアイランド
(以下PIと略)の主軸方向
(NSから反時計回りに
46度
)・主軸直角方向における解析結果を示す. 図-1 に
PIを含む兵庫県南部地震の
4つの解析対象観測点の位置を示す. 表-2 は
PIの鉛直 アレー設置地盤の概要で,地震計は地表付近を含めた
4深度に設置されている.
表-1 解析対象地震
地震名 発生日時 マグニチュード
兵庫県南部 1995/1/17 7.2 鳥取県西部 2000/10/6 7.3
芸予 2001/3/24 6.7
十勝沖 2003/9/26 8.0
新潟県中越 2004/10/23 6.8 福岡県西方沖 2005/3/20 7.0
能登半島 2007/3/25 6.9
新潟県中越沖 2007/7/16 6.8 岩手・宮城内陸 2008/6/14 7.2
図-1 ポートアイランド(PI)の位置
図-2 には,最深部の地震計が設置してあるGL-83.4m と地表での上昇・下降速度波形と,それらから計算さ れた上昇・下降エネルギーEu,Ed と損失エネルギー
Eu-Ed(Ew)が示されている.エネルギーを計算するに当たり式(2)で用いるインピーダンスは表-2 に示す値 を用いた.ここでの
Vsは逆解析で同定した値
3,4)であ る.図-3 は,地盤層境界の上端・下端について図-2 と 同様に波動エネルギーを算出し,各累積時刻歴の収束 値を深度に対してプロットしたものである.ここで地 表エネルギーには地表記録,
1層目下端から
5層目上 端までのエネルギーには
GL-32.4mでの観測記録を使用し,その以深では
GL-34.2mとGL-83.4mの記録より 算出したものであり,各計算区間の境界付近では多少 の計算誤差が表れている.
図-2, 図-3 より,
GL-83.4mでの面積1㎡当たりの上
昇エネルギーEu は主軸・主軸直角方向合わせて
308kJ/㎡,地表の上昇エネルギーEs は
50kJ/㎡と算定され,地表に近づくほど減少する傾向にある.また,
GL-83.4m
での下降エネルギーEd は
110kJ/㎡と算定されるため,この深度より上の地盤で
Ew=Eu-Ed=198kJ/㎡のエネルギーが内部減衰などにより失われたことに なる.さらに,
GL-83.4mに入射したエネルギーのうち
16%しか地表に到達していないことも分かる.また,図-3 を見ると深度が浅くなるに従い,一度減少したエ ネルギーが再び増加する場所があるが実際には層に捉 えられた地震波が境界面で重複反射を繰り返すため,
見かけ上このような結果になったと考えられる.
図-4 は
GL-83.4mでの上昇速度波形の主軸・主軸直
角方向,およびそれらを合計した「エネルギースペク トル」を示している.エネルギースペクトルとは速度 波形のパワースペクトルにインピーダンス
Vsを乗じ たもので,縦軸の単位は
kJ/m2である.横軸の各振動
数刻みごとのスペクトル値を合計したものは式(2)で 計算したエネルギー累積値に一致する. このことから,
エネルギースペクトルは地震波動エネルギーの振動数 分布を示していることが分かる. 図-4 より,
GL-83.4mでの入射エネルギーのうち
82%が1.0Hz以下(周期
1.0秒以上
)の振動数(周期)成分で運ばれ,それより短周期成分のエネルギーは少なかったことが分かる.
表-2 PI の地盤概要と逆解析結果
層 深度 層厚 密度
Vs h(%)
No. (m) (m) (t/ ) (m/s) Q 主軸直角 主軸 主軸直角 主軸
GL-0 2
25 2 25 2 25 1 50 1 50 1 50 1 50 1 50 1 50 1 50 1 50
初期線形モデル Main Shock 同定モデル
Vs(m/s) h(%)
50 50
1 4 1.7 170 77 81
GL-4.0
51 43
50
2 12.4 2 210
GL-16.4
3 1.1 2 210 160 43
GL-17.5
170 107
4 11.5 1.7 180
GL-29.0
5 3.4 2 245 170 159
GL-32.4
246 159 6.3
6.3
6 3.6 2 245
GL-36.0
7 13 2.2 246 244
GL-49.0
280 283 305
8 11.5 2.2 350
GL-60.5
9 21.5 1.8 303
380
260 245 GL-82.0
326 329 GL-83.4
11 基盤層 2.2
33.3 33.3 33.3
10 50
6.2 6.3 6.3 6.3 6.3 6.3
6.2 6.3 6.3
地震計
6.3 6.3 6.3
326 329
10 1.4 2.2 380
m3
0 10 20 30 40
-0.2 -0.1 0.0 0.1 -0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0 10 20 30 40 50
主軸直角方向 Upward,Downward Velocity(m/s)Velocity(m/s)Energy(kJ/㎡)
Time(sec)
主軸方向 Upward,Downward
Total Eu,Ed
0 10 20 30 40
-0.1 0.0 0.1 0.2 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0 100 200 300
Velocity(m/s)Velocity(m/s)Energy(kJ/㎡)
Time(sec)
主軸直角方向 Upward Downward 主軸方向
Upward Downward Total
Eu Ed Eu - Ed
図-2 GL-0mとGL-83.4m における 速度波形と波動エネルギー
0 50 100 150 200 250 300 350
-80 -60 -40 -20
0 エネルギー計算に用いた地震計の深度 Eu Ed Eu-Ed
Energy(kJ/m2)
Depth(m)
図-3 PI の各層におけるエネルギー分布
0.1 1 10
0 5 10 15
20 合計
主軸方向 主軸直角方向
Freqency(Hz)
Energy Spectrum(kJ/㎡)
図-4 GL83.4m でのエネルギースペクトル
4. 波動エネルギーの表層地盤中での伝播特性 ここでは上記のようにして算定した,
9地震・全
31観測点における波動エネルギーを基に,表層地盤中で のエネルギーの流れについて考察する.
図-5 では,地表への上昇エネルギーEs と基盤
(深度 83.4~260m程度)での
Euの比
Es/Euを縦軸に,横軸に
Vs比(基盤/地表)をとり対比している.この図から
Vs比の増加に伴い
Es/Euが急激に減少する傾向が読み取 れる.これは
Vs比が大きくなるほど多くのエネルギ ーが地盤の途中で反射して地中に戻ってきてしまい地 表まで到達できないこと,さらに
Vs比の小さな地点 は地表付近が軟弱で強震時に大きな損失エネルギーが 生じることが原因していると考えられる.
図-6 は,地震計最深設置深度における損失エネルギ ーEw の上昇エネルギー
Euに対する比
Ew/Euを縦軸に,
横軸には表層の減衰定数D をとり対比したものである.
ここでの減衰定数は逆解析
3,4)により求められた各層 の値の層厚による重み付き平均をとった. この図より,
両者には明らかに正の相関があり,減衰定数の増加に 伴い当然のことながらEw/Eu も増加する関係となって いる.しかし減衰定数が大きくなるにつれての
Ew/Euの増加割合は小さくなり,
0.7~0.8程度の一定値に収束 する傾向を示している.
5. 入射エネルギーと震源距離の関係
今回解析対象とした
31の観測点において算定した 入射エネルギーを両対数軸上で震源距離Rと対比した のが図-7 である.基盤(深度
83.4m~260m)と地表への単位面積当たりの入射エネルギーEu/A と
Es/Aを 比べるといずれも地表より基盤の方が大きな値を示し ており,また,両者共に震源から遠ざかるほど急速に 減少する傾向がある.そして,図中に直線で示す実体 波の球面波エネルギー拡散理論による式(3)が基盤で の上昇エネルギーのほぼ上限を与えることも分かる
3). ここに,E
0は
Gutenberg4)の式(4)によるマグニチュー ド
Mの地震の震源から放出される波動エネルギーで ある.
2
0 4 (3)
Eu AE R
logE01.5M11.8
(4)
図-7 より,新潟県中越沖地震と芸予地震で,式(3),
(4)で計算した
Eu /A(図中の実線)に比べて大きめの値となっている観測点がいくつか見られるが,これは式
(3),(4)では考慮されていないAsperity
や
Directivityなどの 震源メカニズムが,エネルギー集中効果を引き起こし たことが一因と考えられる.また,それらとは逆に理 論線よりかなり小さい値となっている観測点もあるが,
それも断層面の広がりや
Directivityなどの震源メカニ ズムの影響によるものと考えられる.
0 5 10 15 20 25 30 35
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
Vs比(基盤/表層)
上昇エネルギー比(Es/Eu)
兵庫県南部 岩手・宮城内陸 十勝沖 中越沖 中越 芸予 鳥取県西部 福岡県西方沖 能登半島
図-5 上昇エネルギー比と Vs 比の関係
0 5 10 15 20 25
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8
損失エネルギー比(Ew/Eu)
重み付き平均減衰定数(%)
兵庫県南部 岩手・宮城内陸 十勝沖 中越沖 中越 芸予 鳥取県西部 福岡県西方沖 能登半島
図-6 損失エネルギー比と減衰定数の関係
10 100
1 10 100 1000 10000
10 100
1 10 100 1000 10000
芸予(M6.7) Es Eu 中越(M6.8)
Es Eu 中越沖(M6.8)
Es Eu 能登半島(M6.9)
Es Eu 福岡県西方沖(M7.0)
Es Eu 兵庫県南部(M7.2)
Es Eu 岩手・宮城内陸(M7.2)
Es Eu 鳥取県西部(M7.3)
Es Eu 十勝沖(M8.0)
Es Eu M=6.7
M=6.8 M=6.9 M=7.0 M=7.3
M=7.2 M=8.0
Hypocentral distance R (km) Energy Es/A , Eu/A (kJ/㎡)
簡易評価式 M6.7
M6.8 M6.9 M7.0 M7.2 M7.3 M8.0
図-7 入射エネルギーと震源距離の関係
6. 他の震害評価パラメーターとの対比
ここでは,波動エネルギーと,現在使用されている 震害評価パラメーターとの関係を調べるため,両者の 対比を行う.今回,比較の対象とした震害評価パラメ ーターは
SI値と
Arias Intensityである.
SI値とは減衰定数20%
の速度応答スペクトルの周期
0.1~2.5
秒の平均値で,次式で表わされる.
2.5
0.1
1 (5)
2.4 v
SI
S T dtArias Intensity
とは
Arturo Ariasが定義した指標で次 式で表わされる.
2 0
2 (6)
t
AI a t dt
g
ここに,
a(t)は地震波の加速度,
gは重力加速度である.
図-8 と図-9 はそれぞれ,基盤での入射エネルギー
EuとSI値およびArias Intensityを対比したものである.これらの図より
SI値,
Arias Intensityの増加に伴い,入 射エネルギーも増加する傾向が読み取ることができ,
両者には比較的良い相関性があることが分かる.
7. まとめ
近年の
9つの強地震における
31観測点の記録から 算出した地震波動エネルギーについて,以下の知見が 得られた.
1)
兵庫県南部地震
PI地点の
GL-83.4mでの上昇エネ ルギーは
308kJ/m2であり,特に
1.0秒より長周期
側に
82%が集中していた.2) Vs
比(基盤/地表
)が大きくなるほど地表に到達するエネルギーは小さくなる.また,減衰定数が大 きくなるほど地盤中で失われるエネルギーは大き くなる.
3)
基盤に比べて,地表まで到達するエネルギーは多 くの地点で大幅に減少する.
4) GL-83.4m~-260m
での入射エネルギーは,震源距
離
Rと共に減少する傾向がある.また,R とマグ ニチュードを用いた簡易評価式は各地点での計算 値のほぼ上限となっており,それを上回る地点や 大幅に下回る地点はAsperityやDirectivityなどの震 源メカニズムの影響を受けていると思われる.
5)
波動エネルギーと
SI値,
Arias Intensityは比較的良 い相関関係にあることが分かった.よって地震波 動エネルギーによる地震被害評価の可能性が期待 できる.
[謝辞]
本研究に当たり,貴重な地震記録や地盤データを提 供してくださった関西電力
(株)土木建築室,東京電力(株),(株)ニュージック,関西地震観測研究協議会,防
災科学技術研究所の関係各位に深謝の意を表します.
[参考文献]
1) 秋山宏:エネルギーの釣り合いに基づく建築物の耐震設計,
技報堂出版,1999.
2) 國生剛治,本山隆一,万谷昌吾,本山寛:表層地盤におけ る地震波のエネルギーフローと性能設計,日本地震工学論 文集,第4巻,第4号,2004.9
3) Kokusho,T., Matsumoto,M. and Sato,K. : Nonlinear seismic properties back-calculated from strong motions during Hyogoken-Nambu EQ, Proc. World Conference on earthquake Engineering (Acapulco), 1996, CD-publication.
4) Sato,K., Kokusho,T., Matsumoto,M. and Yamada,E. : Nonlinear seismic response and soil property during strong motion, Soils and Foundations Special Issue for the 1995 Hyogoken Nambu earthquake, 1996, pp.41-52.
5) 石澤友浩,國生剛治:エネルギー法による地震時斜面変形量 評価法の開発,土木学会論文集C Vol.62,No.4,2006.
6) Gutenberg.B.:The energy of earthquakes, Quarterly Journal of the Geological Society of London, Vol.CXII,No.455,1-14,1955.
0 20 40 60 80 100
0 200 400 600 800 1000 1200 1400
SI値(kine) Energy Eu (kJ/m2 )
兵庫県南部 岩手・宮城内陸 十勝沖 中越沖 中越 芸予 鳥取県西部 福岡県西方沖 能登半島
図-8 基盤での上昇エネルギーと SI 値の関係
0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 0
200 400 600 800 1000 1200 1400
Arias Intensity(kine) Energy Eu (kJ/m2 )
兵庫県南部 岩手・宮城内陸 十勝沖 中越沖 中越 芸予 鳥取県西部 福岡県西方沖 能登半島
図-9 基盤での上昇エネルギーと Arias Intensity の関係