花嫁はとても美しく、まったく落ち着いていました。結婚式は横浜の日本人教会で開かれ、ブース 氏が司式しました。花嫁は生成りの縮緬を着て、高価な帯を締め、それに合うネッカチーフ(半襟 のことか?――筆者注)をしていました。式のあと、アメリカの女の子たちと同じように上手に夫 と腕組みしました。それは、花嫁が夫と対等に見え、夫が妻を誇りに思っていることが明らかな、
最初の日本人の結婚式でした
1。
島田かしと巌本善治の結婚式は、ユージーン・ブースの妻、エミリ・ブースによってこのようにアメリ カに報告された。
この年の年頭に島田かしは数度喀血していた。
彼女はたぶんもうすぐ結婚するでしょう。しかし、良くて数年しかもたないと思います。ああ、説 明のつかない摂理。誰が神の意図をはかれましょう! 喜んで従うのでなければ、人は絶望に追い やられます。愛兄、私たちのために祈ってください
2。
これは、ユージーン・ブースがRCAC(オランダ改革派)海外伝道局主事のヘンリ・コブに書き送った 手紙の一部である。結婚式に先立つ1889年6月1日、病み上がりの島田かしは、ヴァン・スカイック・
ホールの献堂式祝賀会で「昨日と明日」という演説をし、教員生活に区切りをつけた。6月18日午後5 時30分、結婚式が行われた海岸教会は、百合などの白い花で飾られていた。会場を葬儀と区別したのは、
オルガンの上に飾られた松竹梅の鉢であった。式はすべて英語で行われ、大勢の参会者に見送られ、巌 本夫妻は海辺の新婚旅行先に旅立った
3。
島田かしの結婚式のこの様子に、華やかさや幸福というより、重々しい決断と惜別の思いを感じるの は私だけだろうか。島田の病を知る多くの参会者が、この「対等」な夫婦の容易ならぬ未来を予感しつ つ、一時
とき