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風景論の展開と景観論の限界

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風景論の展開と景観論の限界

菅 原 潤

1.地球環境問題における風景論の位置

1997年に京都会議で京都議定書が採択される前後より内外で環境問題に対する関心が高まり、

グローパルな視座で環境問題を論じる立場が確立しつつある。このことを大学での研究 ・教育の 面で考えれば、環境問題を論じる熱意が理系 ・社会系で大きいのに比して、人文系はその意欲が 低いように思われる。これは、地球規模の環境規模を測定する仕事が理系の諸学に任され諸学の 測定したデータに基づいて社会系の諸学が対策を講じるのに対し、人文系はそうした営みから排 除されているからである。

かといって環境問題を考察する上で人文系の諸学が不要かと言えば、そうとは言い切れない面 が多々ある。こと日本の事情にかぎって言えば、我が国における環境問題への関心は、古くは明 治時代の足尾銅山鉱毒事件までさかのぼり、少なくとも1950年代以降顕在化した水俣病事件を起 点とする。水俣病は食物連鎖により発生した事情もあり生態系を考察することの重要性が広く世 間に知られたが、患者に対する差別等の理由で水俣地方での生活 ・社会環境が破壊されたことも われわれは認識する必要があか。つまり水俣病事件は、水俣湾の海中の自然環境のみならず、

地域の人のつながりという人間的環境を破壊したのであり、後者の問題については人文系の諸学 の出番があるのである。

それでは水俣地方にかぎらず私たちの生活・社会環境を考察する上で重要なものは何なのか。

私はそれは「風景」だと考える。この場合の「風景」とは山々や海の美しさとはかぎらず、身の 周りの景色、町並みなども入るし、今はなくなったがかつては存在した「心のなかの風景」もこ れに加えて構わない。そうした「風景」がなくなると、私たちの問で人とのつながりがなくなり 人心が荒廃すると思われるのである。それゆえ以下では「風景」をキーワードにして人間的環境 の問題を考察することにしたい。

2 . 風景と景観の区別

風景を考察するためには、まず「風景」とほぼ同義語として用いられる「景観」との差異を論 じるべきだろう。このことを考える上で、農学者勝原文夫の次の言葉が参考になる。

ところで、「景観Jという言葉も「風景」と並んで、最近はかなり多方面で使用され、若干 の混乱をきたしているが、 ……「風景」との関連で「景観」という言葉を使用する場合の「景

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観j は、「地表面(水界も、空界も含む)上の一切のものの綜合集積されたものJで、「美醜 の理念を含まない」ものと考えたい。すなわち、「景観」とは、環境(風土の一部)の単な る「ながめ」と考えるu

つまり景観は、私たちの主観が「美しいj とか「醜いJとかいう価値判断を下す以前の、客観 的に視覚に与えられた知覚経験とされている。景観が単なる眺めという場合の「単なるj は、そ うした主観的判断以前の意味合いをもっている。

そうなると客観的な「景観Jとは対照的に、「風景」は主観的なものとなるであろう。ならば その主観性はどのようにして正当化されるのか。これを知るには、勝原自身も言及した哲学者沢 田允茂の次の言葉に注目すべきである。

私がいま海岸に立って青い海の上を帆に風を一杯はらんで走っているヨットを見ているとす る。私は首を横に廻して、今度は砂浜で石をひろっている子供たちを見る。知覚像の点から みれば、私が首を廻して砂浜をみた瞬間に海やヨットの知覚像は消失して、その代りに砂浜 の子供たちの知覚像が生じるだろう。勿論、そのときの知覚像も一つの風景として生じるけ れども、このばあい、前の風景は消失し、後の別の風景が見えているのである。更に私が後 をふりむけば松林とその背後の緑の山々が私の新しい知覚の風景としてあらわれてくる。し かし実際には、私はこれら三つの別々の風景を別々に見ているのではない。最初に見ていた 海上の知覚の風景は私が首を廻して砂浜の子供たちを見たときには知覚の風景としては消失 しているけれども一瞬前に見ていたものの記憶のイメージとして残っており、この記憶のイ メージによって補填されたより広い全体の風景のつづきにある砂浜の子供たちが、現在の私 の知覚の風景となっているのである。さらに後をふりむいて松林やその背後の山々の風景を 見ているときにも、海やヨットや砂浜や、そこに遊んでいる子供たちの風景は記憶のイメー ジとして私に現前しており、新しい松林やその背後の山々の知覚の風景の周囲の風景を補充 することによって全体としての、今私が立って見廻している海岸の風景を形成しており、こ のような私を取巻く風景のなかに私は自分自身をおいて見ているのである。私の知覚の風景 は部分的で、あり断片的にすぎないが、私のイメージの風景はそれらを補填し、つなぎ合わせ て私をとりまく環境の全体の風景をっくり上げているのである九

勝原と比べて沢田は風景を定義しないままに「知覚の風景」と「イメージの風景」を区別して 論じているが、前者が勝原の言う「景観Jに対応するものと見なせば、問題にすべき「風景Jは

「イメージの風景」と同一視すべきであろう。けれども「景観j と「風景」は全く別物ではない。

沢田の言い方にしたがえば、単なる眺めとしての景観に「記憶のイメージ」が付け加わることで、

「イメージの風景」、ここで話題にしている「風景Jが形成されるのである。言い換えれば、記 憶のイメージが付加されるかどうかで、「景観」と「風景」は区別されるのである。

それでは、記憶のイメージがあるとないとで眼前の景観の意味づけが全く違ってくることを、

少しSF的な例を挙げて考えてみよう。正常な知覚を有している誰かが、国際貿易センターピル 41 

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のことも20019月11日のニューヨークに何が起こったかも知らずに、同時多発テロの発生直後 の瓦礁の山のある場所を訪れたとする。そこで彼が眼にする光景は文字通りの瓦礁の山であり、

それ以外に感じられるのは火災後に感じられるむっとした熱気や異様な臭い、散乱する挨、周囲 のただならぬ雰囲気にとどまる。それゆえ彼は、この場所に居合わせても格別な感慨を感じない であろう。けれども彼が私たちのように、瓦磯のあるその場所に、ついさつきまで世界有数の高 層建築がそびえ立ちそこで沢山の人たちが働いていたこと、その人たちの命が一瞬の事件で奪わ れたことを知り記憶していれば、どうなるのか。彼は今目の前にある瓦礁とかつてあった高層建 築の記憶のイメージとの落差を感じ、悲嘆にくれるだろう。

このように同じ知覚経験をしても、記憶のイメージがあるとないとではそこで感じ取られる事 柄は全く異なってくる。それゆえ記憶のイメージを考慮しない風景論は、単なる快適な知覚空間

を論じる傾向があると思われる。

3.

風景化論の構造

こうした景観と風景の違いを踏まえた上で風景を成立させる「記憶のイメージJがどのような 機能をしているかを、勝原と勝原の議論を受けた主張をしている文芸評論家の加藤典洋の議論か

ら考察していこう。

まず勝原は、次のような具合に探勝的風景と生活的風景を区別している。

景観が環境 (風土の一部)の単なる「ながめ」であるとすれば、「風景」はそれに審美的態度 を加えるというか、重ねていくという関係にある。ところで、同じく人聞が審美的態度を持 つとして、旅行者の態度に立つ場合と定住者の態度に立つ場合とが考えられ、また、景観の 方でも、そのタイプとして、名勝等の非凡な探勝的景観と平凡な都市、農村景観から構成さ れる生活的景観とが考えられ、 一般的には、旅行者的審美の態度が探勝的景観に加わって探 勝的風景を、定住者的審美の態度が生活的景観に加わって生活的風景を成立させるといえる

そして探勝的風景と生活的風景を具体的にイメージするために、次のような興味深い例が挙げ られる。

探勝的風景と生活的風景とは、美術の世界でなぞ、らえるならば、前者は床の聞に飾られる純 粋美術品、例えば、鑑賞品としての在銘の絵画、後者は農家の台所に使われている容器とし ての無銘の水聾への感触に近いといえようか。雑器の水聾は、日々の使用で、その美しさに も、余り注意をしないが、ふと、あらためて、その水聾を眺めると、何ともいえない美しさ、

親しく温い美しさを感ずることがある。それは目立たないが、それなりの美しさを持ってい る。これが雑器の美、本来の民芸の美であり、風景でいえば、アノニマスな生活的風景の美 に通じるように思われるν

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ここで注意しなければならないのは「ふと、あらためて、眺める」という視線である。生活的 風景はしばしば日常のありふれた景色と思われているが、実は日常的な意味連聞から少し離れた

ところで見ると「何ともいえない美しさ、親しく温い美しさ」が感じ取られるということである。 こう考えれば、勝原の言うほど探勝的風景と生活的風景は対立的な構図を示すわけではなく、ど こか日常的な視点から離れたところで発見される点では一致すると言って良い。

このように日常性から脱却して日常的な美を発見する視線を、加藤は「風景化j と名づける。

子ども達は、よく「股のぞ、き」ということをやってふだん見慣れた町並や何かが見慣れない ものとして見えてくることを楽しむ。そういわなくても、わたし達自身が、何かの折り、ふ だん見慣れた情景がふっと未知の相貌をおびるということに驚くという経験をしばしばもっ。

そこではふだん見慣れた「現実jが別種のものとしてわたし達の前にある。既存の意味体系 を抜きとられ、あるいは情緒を喪失して、わたし達の前にある。その意味や情緒抜きでわた し達の前に現れる「現実Jを私は「風景」と呼ぴ、「現実」からそのような意味や情緒が抜 きとられること・それらを抜き取ることを指して「風景化Jされる 「風景化jする、と呼 んだ"。

ここでの加藤の論のポイントは「ふだん見慣れた町並や何かj でも「ふと、あらためて、眺め る」一一加藤の場合は「股のぞき」するーーと「ふっと未知の相貌をおびる」ことがあるという ことである。

このことを、沢田の議論を援用した風景の成立のロジックと併せて考えれば、次のようになる だろう。先に風景は眼前の知覚的景観と記憶のイメージが結合して成立すると述べた。この記憶 のイメージは当座は見る側の視線の変化でその都度変化する景観をつなぎ合わせるものとして想 定されたが、国際貿易センターピルの例でも分かるように記憶のイメージの有無により風景に対 する感慨が大きく変わることが打ち出された。こうした記憶のイメージが、眼前にある景観とは 別の文脈でふと見る主体に付け加わるとき、従来とは違う「相貌」が与えられる、と言えるので はないだろうか。このことを含めて「風景化j と言うことが許されるならば、風景化とは眼前の 景観をそれまでとは別のコンテクストに乗せるような記憶のイメージを付加する活動だと言って

も良いだろう。

4.

景観論の限界

こうした風景化が私たちの風景意識の変化をもたらしたことを加藤は詳しく述べてゆくが、こ の事情については既に論じた機会があるのでヘ風景化を前提しない風景論、つまり景観論がも っ難点をいくつか指摘しておこう。

まずは土木工学の立場から示される景観論である。この立場によれば、私たちにとって眺めの いい景観がどういう条件で成立するかは、すでに解答が出されている。例えば中村良夫は快い知 覚経験をするための仰観景、僻観景の数値を算出しておかヘ

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すればどこでも誰でも気持ちのいい眺めを満喫できる場所を制作することができる。けれども、

そういう場所で得られる眺めは確かに心地よいかも知れないが、何か感慨を抱かせるものになる とはいえない。後述するように、風景には「ここでなければ感じられないJ何らかの場所的要素 が必要であり、そういう条件は生理学的に算段できるものではない。

つぎに、少し意外な視点かも知れないが地理学からのアプローチも存在する。地理学者ジェイ・

アプルトンの「眺望隠れ場理論」というのがそれである。この理論は土木工学と違って風景の見 え方よりも風景を見る場所を考察する点で興味深い論点を提示している。この理論で問題になる のは、観察者が観察の対象から見られずに観察の対象を見るにはどうすればいいかである。観察 者が観察の対象をはっきりと見るのにいい方法だけを考えれば、それは観察者と観察の対象に一 切の障害を取り除くことである。けれどもそうすれば、観察者の姿が観察の対象からはっきりと 見えることになり観察に支障が生じてしまう。かといって観察者が観察の対象から何も見えない 所に隠れれば、今度は観察ができなくなる。そこで上述の課題を遂行するには、観察者の姿を隠 すが眼の部分だけを空ける状況を作り出すというのがこの「眺望隠れ場理論」である。このよう に「自分の姿を隠したまま相手を見る」ことは肉食動物が狩りをするのに好都合な状況に合致し、

それゆえ心地よい景観とされるとアプルトンは言う九

この議論は先ほどの中村の議論と比べれば、見る主体の利害関係を考慮している点で風景を考 察する上での主体的条件を深めているといえるだろう。けれども、心地よい場所を狩りをするの に好都合な状況に結びつけるのはいいとして、その裏付けをするためにわざわざ肉食動物の習性 に立ち返る必要があるのだろうか。立ち返るのであれば、同じ人間の生活、例えば農耕や牧畜を する以前の狩猟生活をしていた時分での人間の生活までで十分ではないか。アプルトンの議論の 難点は、動物の経験が種の異なる人聞に果たして継承されるのかという問題に答えていないこと にある。これが人間だけの事柄なら話は別である。いわゆる「未開」の部族の人たちの生活に私 たちが関心を抱くのは単なる物珍しさゆえだけでなく、どこか現在の自分たちの生活との関連を 見出せるからである。それゆえアプルトンの議論は、動物の行動の文脈から切り離して「自分の 姿を隠したまま相手を見るJ状況が風景を見る位置としては好都合である論点を提起したものと

して、評価されるべきであろう。

5 . 場所に対する愛着と没場所性

けれども、「自分の姿を隠したまま相手を見るj状況が成立するための条件が整えば、必ず心 地よい風景を堪能できるとは必ずしも言えないだろう。また景観を見るのに好都合な仰観景、傭 観景の数値を考慮した眺望の場所を制作すれば、どこでもいい景観が見えるともかぎらない。な ぜなら、私たちが経験的に知っているように、眺めのいいとされている場所は特定の場所にかぎ られているし、また個人的に思い入れのある場所というのもこれらの条件を全て満たしていると はかぎらないからである。よい風景を考察するためには、やはり記憶のイメージの契機が重要で ある。

この契機にアプローチするために、地理学者エドワード・レルフの議論を取り上げたい。レル

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フが風景を成立させる用件として重視するのは、眺めのよさよりも場所に対する愛着である。つ まりよい風景とは、例えば高見みに立って広々とした景観を堪能できる場所ではなく「場所に根 を下ろしているという感覚や、場所に参加しているという感覚Jxのある場所だと言うのである。 言うまでもなくここでレルフの強調する場所への愛着は、中村のような仰観景、怖観景の地平で なく、むしろアプルトンの言う「眺望隠れ場理論」の問題圏に近い。けれどもアプルトンが眺望 隠れ場の持つ心地よさの原因を動物や原始人の経験にまでさかのぼらせるのに対し、レルフはこ れよりもずっと近い時代の記憶、すなわち現代のように交通や物流の盛んではなかった近代以前 の記憶を頼りとしていることに大きな違いがある。

それでは、レルフの言う場所への愛着とはいったいどういうものか。このことを考察するには、

レルフの依拠するフランスの作家シモーヌ・ヴェイユの著書の次の言葉が参考になるだろう。

根づくということは、おそらく人間の魂のもっとも重要な要求であると同時に、もっとも無 視されている要求である。これはまた、定義することがもっとも困難な要求の一つである。 人聞は、過去のある種の冨や未来への予感を生き生きと保持している集団の存在に、積極的 に、かっ自然なかたちで参加することを通じて根をおろすのである。自然なかたちの参加と は、場所、出生、職業、境遇によって、自動的におこなわれた参加をさす。人間はだれでも、 いくつもの根をおろす要求をいだいている九

このように場所に「根づく」ことで場所に対する愛着が生じることになる。

私たちが最も愛着をもっ場所は、文字通り配慮の場、つまり私たちが多様な経験をもち、愛 情と感動が完全に複合しあったものを呼び起こすような場面である。場所に配慮するという

ことは、場所に対して過去の経験や将来の期待にもとづく関心をもっということ以上のもの を伴う。そこにはまた、場所それ自体、および自分自身や他者にとって場所が意味するもの のために、場所に対して本当の責任と尊重とをもっという姿勢がある

ここで重要なのは、場所に対する愛着を産み出す条件として「過去の経験や将来の期待」といっ た時間的要素が挙げられていることである。正確に言えば「過去の経験や将来の期待」以上のこ とが論じられているのだが、そうだとしても配慮を受けた記憶というのが愛着を産むのに不可欠 なことは疑い得ない。こうした配慮の記憶は、心地よい眺望の場所や隠れ場的な場所から導くこ とができない。

レルフが熱っぽく論じている現代人の根無し草的状況、彼の言い方からすれば没場所的な状況 は「配慮の場」が喪失したことを意味している。この場合に言われている「没場所性」とは見苦

しい場所のことではない。むしろ「どの場所も外見ばかりか雰囲気まで同じようになってしまい、 場所のアイデンティティが、どれも同じようなあたりさわりのない経験しか与えられなくなって

しまうほどまでに弱められてしまう」刷状況のことである。そのような状況としてレルフが挙げ るのは「メーカーや政府、専門的デザイナーによって処方され、マス ・メディアを通じて誘導さ

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れ伝達されるJI均質な製品や場所j';'である。彼はこうした没場所の例を次のようにまとめてい る。

A.場所の別世界的指向性

観光客のための景観づくり、歓楽街、商業地区。

代用品的で擬似的な場所一一ディズニー化された場所、博物館化された場所、未来主義者 の場所。

B.場所の均質性と標準化

即席のニュータウンや郊外地区、企業化された商業開発、新しい道路や空港など。

デザインや建築におけるインターナショナルな様式九

ここで挙げられている例をもう少し具体的に考えてみると、東京ディズニーランドとともに名 高いユニバーサル・スタジオ・ジャパン、ハウステンボスのようなテーマパーク、 主に地方に建 設されるジャスコなどの大型商業施設、 80年代に乱立したリゾート施設などが思い浮かんでくる。

これらに共通するのは手軽に消費が楽しめる一方で、、その外観の均質さゆえに自分が今どこにい るのか分からないような浮遊感のある場所である制。そのような場所としてもう一つ挙げられる のは、若者が夜間にたむろするコンピニであろう。いずれも私たちにはおなじみであり、そこに 行かなければ日常的な生活ができないような場所だが、まさしくこうした「没場所jにおいて、

さまざまな犯罪が多発しているのも事実である。

繰り返すが「没場所Jは私たちにとって見苦しいものではなく、むしろ誰でも快適に生活でき るように設計されている空間である。にもかかわらず、利便性を考慮してどこにでもあり得る均 質な空間にすることがかえって、私たちに土地に根差していない不安を呼び起こすのである。こ

うした不安の原因は、「没場・所」には「配慮の場」がないこと、また配慮を受けたという記憶や 配慮、をこれから受けるという期待がないことに基づく。こう考えれば、私たちにとって快い「風 景」は心地よい景観や知覚経験をする場ではなく、その上になんらかの「記憶のイメージJが付 加されるべき場所だと言えるだろう。そしてそういう場所は、そう簡単には創設できないものな のである。

[追記] 本論は20067月に聞かれた第l回文化環境コロキウムにて円頭発表したものである。 当日活発な議論が繰り広げられたことに深く感謝したい。そのなかで、特に印象に残ったいくつか の質問に答えることにしたい。

先ずは私の風景論は視覚的な経験に限定されているかに見えるが、 記憶のイメージに関する議 論を見れば実は聴覚的な要因、特にナラテイプ (物語り)的なものが風景論に介在しているので はないかという質問が出た。なるほど、親のふるさとへの思いを聞くことで子がまだ見ぬ親のふ るさとを自分のふるさとだと感じる話があるので、眼前の知覚経験と記憶のイメージの結合によ る風景の成立という論点は、視覚経験と聴覚経験の結合という枠組みに置き換え可能だと思われ る。

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次ぎに、風景と景観はそう簡単に区別できるのかという私の論点自体に疑問を投げかけた質問 があった。これについては、自然科学的に検証可能な心地よい景色のみを「風景」と論じれば、

いつどこにでも「風景」は制作できるという議論になり、記憶の問題が介在する「私だけの風景J、 あるいは「原風景」を論じられることができるのではないかと考える。さらにいえば、広島の原 爆ドームのように不快ではあるが記憶に留めるべき「風景」も存在するわけで、「景観」と「風 景j を同一視すれば風景の奥行きが見過ごされると思われる。これに関連して京都や奈良の風致 地区では歴史的景観の保存のみが叫ばれそこでは風景の出番がないという意見もあったが、この 指摘はかえって風景と景観を区別することの妥当性を一層確信させることとなった。例えば奈良 の大仏や京都の東寺の五重塔を見た瞬間に懐かしい「ふるさとJを思い出すのは、文字通り京都 や奈良をふるさととするひとを除けばごく少数で、それらはむしろ、記憶のイメージが醸し出す 私たちの自由な解釈を許さない「かくあるべしJという規範を示す景観なのである。あるいはレ ルフの言を借りれば、京都や奈良の景観は「配慮、の場Jの失われた博物館化された別世界的なも のである。

最後に私の風景論は和辻哲郎の言う風土とそんなに違いがあるのかという質問があった。これ を否認するのは肯定するより困難だというのが、率直な感想である。なぜなら和辻の議論には主 体の客体への関わりを考慮する論点が見受けられ、それが風景化論と合致する点が多いからであ る。にもかかわらず私の風景論が和辻との関連をことさら強調しようとしないのは、和辻の風土 論でしばしば指摘されるイデオロギー性と、風景のイメージを固定化する可能性があるからであ る。和辻はその風土論により日本と中国の異質さを強調するあまり、日中の長い間の文化的交流 を過小評価するきらいがある。最近台湾では和辻の風土論を評価する傾向があるらしいが、それ も大陸の共和国と島国台湾の異質さを際立たせる意図ゆえのことかと思える。また「ふと、あら ためて、眺めてみる」今日の風景化は、風土論のもとになっている主体の直接的な自然、経験より も、テレビ、映画といった映像メディアの媒介を受けることが多く、心地よい風景は日々流動化 していることをイすけ加えておきたい。

なおこの論考は近著『環境倫理学入門一一風景論からのアプローチJ(昭和堂)の第7講に所 収の予定である。

' 栗 原 彬 編 『 証 言 水 俣 病j岩波新書、 2

0年、 5152頁。

"勝原文夫『農の美学一一日本風景論序説』論創社、 1979年、 5o

m 沢田允茂『認識の風景j岩波書庖、 1975年、 69‑70頁。 川勝原前掲

m

19頁。

ν 問書、 20頁。

吋加藤典i羊

r r

風景J以後J、『現代思想、J9月号、 1992年、 183頁。

凶拙稿「風景/風景化と倫理J、安彦・佐藤編 『風景の哲学j ナカニシヤ出版、 2002年、 102124頁。

削中村良夫『風景学入門j中公新舎、 1982年、 46‑49頁。

U アプルトン(菅野弘久訳)

r

風景の経験一一景観の美についてj法政大学出版局、 2005年、 94103頁。 レルフ(高野岳彦・阿部隆・石山美也子訳)

r

場所の現象学一一没場所性を越えてj ちくま学芸文庫、 1999年、 14頁。

剖ヴェイユ(山崎庸一郎訳)

r

根をもつことj春秋社、 1967年、 63頁。 'レルフ前掲告、 103頁。

刷同容、 208頁。

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M 同容、 213賞。

"同舎、 247頁。

M 今日では格差社会論争の口火を切った『下流社会jの著者として知られる三浦展は、以前に大型商業施設の建 設のある地域の荒廃した状況を報告していることに注意したい (rファスト風土化する日本一一郊外化とその 病理』洋泉社新害、 2

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