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『法華玄義釈籔』における『大般浬禦経疏』の引用について松森秀幸

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『 法 華 玄義釈 籔 』 にお ける 『 大 般浬 桀 経疏 』 の引用 につ いて(139)

『 法 華 玄 義 釈 籔 』 にお け る

『 大般 浬 禦 経 疏 』 の 引用 につ い て

松 森 秀 幸

1.は じ め に

『法 華 玄 義釈 籔 』(以 下,r釈 籔』 と略す)は,湛 然(711‑782)に よ る天 台 三大 部 注 釈 書 の 中 で は,最 も早 くに完 成 し,ま た比 較 的 短 い期 間 で撰 述 され た著 作

と推 定 され て い る1。

筆 者 は 巳 前 に 『釈 籔 』 に お い て,具 体 的 な引 用 文 が み られ る文 献 を調 査 し た が2,そ の 際 に 『 釈 籔 』 は そ の分 量 の割 に,中 国 にお い て撰 述 され た仏 教 関 係 文 献 か らの引 用 が 少 な い,と い う特 徴 が あ る点 が 気 に な っ た 。 と くに 『 法 華 玄 義 』(以 下,r玄 義』 と略す)に お け る引 用 文 献 と関連 性 が な く,湛 然 独 自の 判 断 か ら引 用 され た こ とが 明 らか な 『玄 義 』 以 降 に成 立 した諸 文 献 に 関 して

は,そ の傾 向 が 顕著 とい え る。

た だ し,そ の 中 で も 『大 般 浬 葉 経 疏 』(以 下,r浬 桑経疏』 と略す)は 例 外 的 に 複 数 回 にわ た って積 極 的 に引 用 され る文 献 の 一 つ で あ る。

『浬 繋 経 疏 』 は,灌 頂(561‑632)の 著 した 『 浬 葉 経 』 の注 釈 書 で あ る。 智 顕 (538‑598)に よ る 『 浬 葉 経 』 の注 釈 書 は ない た め,『 浬 樂 経 疏 』 は初 期 天 台教 学 にお け る浬 葉 経 観 を検 討 す る際 の貴 重 な 資料 とい え る。 ま た湛 然 に は 『浬 葉 経 』 の注 釈 書 が な い が,湛 然 は 『 浬 葉 経 疏 』 に対 して再 治 を施 して い る こ と

か らも3,湛 然 が 『浬 葉 経 疏 』 に対 して肯 定 的 な評価 を加 え て い た こ とは 十分

に予 想 され う る。

(2)

この よ う に湛 然 にお い て 『浬 禦 経 疏 』 は比 較 的 高 い 評 価 を受 け て い た こ と が推 定 され るわ けで あ る が,本 稿 で は,『 釈 籔 』 に 引用 され る 『浬 樂 経 疏 』 の 引用 状 況 とそ れ に伴 う問題 点 を検 討 す る こ と に よ っ て,『 釈 籔 』 に お け る 『浬 樂 経 疏 』 の位 置 づ け を明 らか にす る こ とに した い。

2.『 大 般 浬 繋 経 疏 』 引 用 箇 所

は じ め に,本 稿 で 検 討 す る 『釈 籔 』 に お け る 『浬 葉 経 疏 』 の 引 用 箇 所 を 以 下 に示 す 。

① 章 安 釈 云,中 間 唯 有 識 等 。 云 何 言 老 死 。 答 。 下 文 云,現 在 世 識 名 未 来 生, 現 在 六 入 等 名 未 来 老 死 。(T33.848clg‑21)

② 章 安 云,諸 悪 獣 等,但 是 悪 縁,不 能 生 人 悪 心 。 悪 知 識 者,甘p詐 媚,巧 言 令 色,牽 人 作 悪 。(T33.853b9.11)

③ 疏 云,総 冠 諸 諦 。 世 情 多 種 束 為 世 諦 。 聖 智 多 知 束 為 第 一 義 諦 。 即 是 諸 教 随 情 智 也 。 … … 疏 云,名 無 名 二 諦 也 。 … … 故 疏 云,実 不 実 二 諦 也 。 … … 故 疏 云,定 不 定 二 諦 也 。 … … 故 疏 云,法 不 法 二 諦 也 。 … … 故 疏 云,焼 不 焼 二 諦 也 。 … … 故 疏 云,苦 不 苦 二 諦 。 … … 故 疏 云,和 合 二 諦 。 … … 後 乃 結 云,今 七 二 諦 来 錆 此 文 。 仏 旨 難 知 。 且 用 一 師 意 耳 。(T33.854b21‑855a1)

④ 疏 云,何 処 為 五 百 説 。 答 一 云 華 厳 中 如 聾 如 痘 。 又 云,西 方 経 何 量 。 又 云, 天 台 師 云 多 有 所 関 。(T33.856a10.12)

⑤ 章 安 釈 云,不 起 即 常,不 住 即 浄,不 去 来 即 我,不 語 言 即 楽 。(T33.881a26‑

27)

⑥ 疏 云,凡 養 嬰 児F‑1/N傷 多 。 尚 恐 夫 命 況 復 余 食 。 女 人 讐 慈,嬰 児 讐 信,乳 養 讐 聞 法,1‐.11fs讐 讃 歎 生 喜 。 喜 多 尚 妨 於 道 。 況 復 擬 怒 。(T33.897a9‑12)

⑦ 有 云,四 果 為 大,凡 夫 為 小 。 論 人 云,菩 薩 為 大,声 聞 為 小 。 章 安 云,人

天 為 小,析 空 二 乗 為 大 。 析 空 二 乗 為 小,体 空 二 乗 為 大 。 但 空 二 乗 為 小,

但 空 菩 薩 為 大 。 但 空 菩 薩 為 小,出 仮 菩 薩 為 大 。 如 是 大 小 皆 悉 不 知 。

(3)

『 法 華玄 義釈 籔 』 にお け る 『 大 般浬葉 経 疏』 の引用 につ いて(141)

(T33.898b6‑IQ)

⑧ 疏 中,古 有 三解 。 一 云,経 誤 。応 云 八 千 。 即 持 品 中,八 千 声 聞得 記 者 是 。 二 云,外 国 有 八 千 人 。 三 云,若 定 応 云 八 十 年 。 章 安 云,後 二 解 不 可 。 (T33.899c16‑19)

⑨ 章 安 云,或 以 七 方 便 根 性 為 七 子 。 謂 人 天 二 乗 三 教 菩 薩 。 是 七 子 中 有 起 過 者,心 則 偏 重 。(T33.gOlb25.27)

⑩ 章 安 解 云,味 俗 為 苦,沈 空 為 楽,沈 空為 苦,分 別 為 楽 。 常 我 浄 等 亦 復 如 是 。 乃 簡 云,恒 与 常 云 何 異 。 不 従 因縁 為 常,始 終 不 異 為 恒 。(T33.939a12‑

14)

⑪ 旧 云 娑 羅 是 双 隣提 是 鳥 。 然 娑 羅 翻 堅 固,不 応 云 双 。 或 云,娑 羅 一 双, 隣i提一 双 。 或 云,娑 羅 一 只,隣 提 一 只 。 引 文 云,鳥 有 二 種 也 。 或 娑 羅 翻 為 鴛 鴛 。 引証 云,間 中云 娑 羅,二答 中 云鴛 喬 。 類 異 義 同,故 以 鴛 喬 替 於 娑 羅 。 或 云,娑 羅 翻 為 天鶴 。 引六 巻 泥 疸 云,雁 鶴 舎 利 。 章 安 云,然 漢 不 善 梵 音,只 増p 。 意 在 況 喩,取 其 雌 雄 共 游 止 息 。 讐 一 中無 量,無 量 中一・ 。

問 。 為 凡 与 聖 共 。 聖 与 凡 共 。 凡 与 凡 共 。 他 云,若 観 常 時,不 識 生 死 無 常 。 若 観 生 死 無 常,不 識 浬 葉 常 住 。 二 解 不 分,如 識 金 不 識 鍮,識 鍮 不 識 金 。 精 識 二 物,是 名 双 観 。 余 三 亦 爾 。 凡 聖倶 然 。 故 云 双 游 。 此 釈 違 喩 。 一 鳥 窮 下 之 生 死,一 鳥 窮 高 之 浬 葉 。 升 沈 永 乖 。 双 游 何 在 。 又 有 人,約 半 満 以 明 双 游 。 夫双 游 者,生 死 浬 葉 各 有 常 与 無 常 。 取 生 死 浬 藥 中,双 常 為0双 満 。 取 生 死 浬 葉 中,一 双 無常 為 一 双 半 。 今 明不 爾 。 両 常 倶 起,乃 是 二 雄 。 両 無 常 倶 起,乃 是 二 雌 。 亦 与 喩 乖,是 故 不 用 。 今 言 双 游 者,生 死 浬 葉 中, 倶 有 常 無 常 。 在 下 在 高,双 游 井 息 。 事 理 相 即 。 二 即 中,中 即 二 。 非 二 中, 而 二 中。 事 理 雌 雄 義 並 成 也 。(T33.g56bl‑28)

以 下,本 稿 で は上 記 の 『 浬 葉 経 疏 』 引 用 箇 所 と,『 浬 葉 経 疏 』 の原 文 とを比

較 検 討 し,『 釈 籔 』 にお け る 『浬桑 経 疏 』 の 位 置 づ け を考 察 す る。

(4)

3.『 大 般 浬 藥 経 疏 』 の 引 用 部 分 の検 討

3.1引 用 文 ①

引用 文① は 『釈 籔 』 の釈 名 ・境 妙 を解 釈 す る 中 に引 用 す る 『浬樂 経 』 「 復 次, 善 男 子,生 死 本 際,凡 有 二種 。 一 者 無 明,二 者 有 愛 。 是 二 中 間,則 有 生 老 病 死 之 苦 。 是 名 中道 。 如 是 中 道,能 破 生 死 。 故 名 為 中。 以 是 義 故,中 道 之 法, 名為 仏 性 。」(T12.768a18‑21)に 対 す る注 釈 で あ る。

章安 は解 釈 して,「 中 間 に は,た だ 識 な どが あ る。 な に を老 ・死 とい うの か 。 答 え る。 下 の 文 に は,『 現 在 世 の 識 を未 来 の生 と名 づ け,現 在 の 六 入 等 を未 来 の 老死 と名 つ く』 とあ る」 とい う。

章安 釈 云,中 間 唯有 識 等 。 云 何 言 老 死 。 答 。 下 文 云,現 在 世 識 名 未 来生, 現 在 六 入等 名 未 来 老死 。(T33.848clg‑21)

こ こで は,「 章 安 釈 云 」 と して 『 浬 契 経 疏 』 が 引 用 され て い る。 引用 され た

『浬 禦 経 疏 』 は師 子 吼 菩 薩 品 の注 釈 にみ られ る。

た だ 中 間 に は,行 ・識 ・名 色 ・六 入 な どで あ る。 なぜ 生 ・老 ・死 が あ る とい うの か。 解 答 して い う。 後 の 文 に は,「 現 在 世 の 識 を未 来 の生 と名 づ け,現 在 の 六入 等 を未 来 の 老死 と名 づ け る」 とあ る。

但 中 間 只 是 行 識 名 色 六 入 等 。 何 以 云 有 生 老 死 耶 。 解 云,後 文 云,現 在 世 識 名 未 来生,現 在 六入 等 名 未 来 老 死 。(T38.176b14.15)

『 釈 籔 』 と 『 浬 彙 経 疏 』 の 記述 か らは,『 釈 籔 』 の記 述 の 方 が や や簡 潔 な表現 で あ る もの の,と くに大 きな相 違 点 を見 い だす こ とはで きな い。 した が っ て, こ こ で の 『釈 籔 』 の 『浬 葉 経 疏 』 の 受 容 に は指 摘 す べ き問 題 点 が な い とい え よ う。

3.2引 用 文 ②

引用 文② は 『 釈籔 』の釈 名 ・境妙 を解 釈す る中 に引用 される 『 浬禦 経』 「 菩

薩摩 詞薩亦 復如 是。錐 見是 身無量不 浄具足 充満,為 欲 受持大 浬葉経 故,猶 好

(5)

『 法華 玄 義釈 籔』 にお ける 『 大般浬 葉 経疏 』 の引用 につ いて(143) 将 護 不 令 乏 少 。 菩 薩 摩 詞 薩,観 於 悪 象 及 悪 知 識 等 無 有 二 。何 以 故 倶 壊 身 故 。 菩 薩 摩 詞 薩 於 悪 象 等 心 無 怖 催,於 悪 知 識 生 畏 催 心 。 何 以 故 是 悪 象 等,唯 能 壊

身,不 能 壊 心 。 悪 知 識 者,二 倶 壊 故 。 是 悪 象 等,唯 壊 一 身 。 悪 知 識 者,壊 無 量 善 身,無 量 善 心 。 是 悪 象 等,唯 能 破 壊 不 浄 臭 身。 悪 知 識 者,能 壊 浄 身 及 以 浄 心 。 是 悪 象 等,能 壊 肉 身 。 悪 知 識 者,壊 於 法 身。 為 悪 象 殺 不 至 三 趣,為 悪 友 殺 必 至 三趣 。」(T12.741b8‑1g)に 対 す る注 釈 で あ る。 『 釈 籔 』 は 『浬 樂 経 』 徳 王 品 の文 を引 用 した後,『 浬 藥 経疏 』 を次 の よ うに引 用 す る。

章 安 は,「 さ ま ざ な悪 獣 な ど は,た だ悪 縁 で あ り,人 に悪 心 を生 じさせ る こ と は で きな い 。 悪 知 識 とは 甘 く語 り詐 り媚 び,巧 言 令 色 で,人 を ひ っ ぱ り悪 を な させ る」 とい う。

章 安 云,諸 悪 獣 等,但 是 悪 縁,不 能 生 人 悪 心 。 悪 知 識 者,甘 諺 詐 媚,巧 言 令 色,牽 人 作 悪 。(T33.853b9‑11)

こ こで 『 釈 籔 』 が 引 用 す る 『浬 樂 経 疏 』 は,「 悪 獣 」 と 「悪 知 識 」 につ い て の記 述 で あ り,『 浬 桀 経 』 の 「 為 悪 象殺 不 至 三 趣,為 悪 友殺 必 至 三 趣 。(悪 象 に 殺 された の な ら三悪 趣 に至 らない が,悪 友 に殺 され たの な ら必 ず三 悪趣 に至 る)」

(T12.741b18‑19)と い う文 につ い て の注 釈 と して引 用 され て い る。 しか し,『 浬 葉 経 疏 』 の 原 文 と対 照 す る と,『 釈 籔 』 が 引 用 す る 『浬 葉 経 疏 』 の 「悪 獣 」 に つ い て の記 述 が,実 は湛 然 に よる改 変 で あ る こ とが わ か る。

『 釈 籔 』 の引 用 文 に該 当す る 『 浬 葉 経 疏 』 の文 は,『 浬 葉 経 』 徳 王 菩 薩 晶へ の 注 釈 にみ え る。

悪 象 や 悪 馬,さ ま ざ ま な悪 獣 た ちが 人 に危 害 を加 え る とい うの は,悪 念 が 生 じる こ とに よ っ て,身 ・口 の悪 を動 か す の で あ る か ら,悪 城 や悪 舎 とい う無 情 の 物 が ど う して 悪 を なす こ とが で きる の か 。[答 え る。]国 境 の 町 で,弓 を持 ち,箭 を握 り,ひ ょう し ぎで 警 告 し,道 を と どめ る よ う

な こ とは,人 に殺 害 の心 を生 じさせ るの で は な い だ ろ うか 。 悪 舎 も同様 で あ る。 これ は悪 縁 で あ る。 悪 知 識 と は,甘 く語 り詐 り媚 び,巧 言 令 色 で,人 を ひ っ ぱ り悪 を な させ るの で あ る。

謂 悪 象 悪 馬 諸 悪 獣 等 能 害 人 者,能 生 悪 念,動 身 口悪,悪 城 悪 舎 無 情 之 物

(6)

何 能 為 悪 。 如 在 辺 城,持 弓 執 箭,警 析 遇 道,r‑‑r不 生 人 殺 害 心 耶 。 悪 舎 亦 爾 。 此 是 悪 縁 。 悪 知 識 者,甘 談 詐 媚,巧 言 令 色,牽 人 作 悪 。(T38.161c10‑

13)

上 記 の 『浬 樂 経 疏 』 の 「悪 知 識 」 につ い て の記 述 は,『 釈 籔 』 が 引 用 す る

『浬 彙 経 疏 』 の 文 と一 致 して い る 。 しか し前 半 部 分 につ い て,『 釈 籔 』 の引 用 文 と 『 浬 桀 経 疏 』 の原 文 とを比 較 す る と,『 釈 籔 』 の 引 用 文 で は悪 獣 は悪 縁 で あ る が,人 に悪 心 を生 じさせ る こ とは で きな い と して い る の に対 し,『 浬 葉 経 疏 』 は悪 獣 に は ほ とん ど言 及 せ ず,悪 城 ・悪 舎 な どの無 情 が 悪 を な す こ とが あ るの か とい う問 題 を 論 じて い る 。両 者 の 記 述 が か み合 わ な い 原 因 は,そ も そ もの 『 浬 葉 経 疏 』 の 原 文 が 『浬 葉 経 』 の 「 為 悪 象 殺 不 至 三 趣,為 悪 友 殺 必 至 三 趣 」(T12.741b18‑19)を 注 釈 した もの で な い か らで あ る。 『浬 葉 経 疏 』 の 原 文 の 一・ 連 の 注 釈 は,同 じ徳 王 品 の 別 の 箇 所,す な わ ち 「所 謂 悪 者,悪 象 悪 馬 悪 牛 悪 狗 毒 蛇 住 処,悪 刺 土 地 懸 崖 瞼 岸 暴 水 洞 渡,悪 人悪 国悪 城 悪 舎 悪 知 識 等 。」

(T12.741a12‑14)を 注 釈 して い る ので あ る。

この よ う に注 釈 して い る箇 所 が 異 な っ て い る た め に,『 浬 葉 経 疏 』 の原 文 と

『 釈 籔 』 の引 用 文 との 問 に祖 語 が生 じて し ま った わ けで あ るが,こ れ は単 な る 引 用 の ミス とい う よ りは,湛 然 が 意 図 的 に 『浬 葉 経 疏 』 の 原 文 を改 変 した の で は ない か 考 え られ る。 こ こ で 問 題 と して い る 『釈 籔 』 の 引用 文 は,『 玄 義 』 の 「為 悪 友 殺,則 堕 地獄 。為 悪 象 殺,不 堕 地 獄 。(悪 友 に殺 されば,地 獄 に堕 ち る。悪象 に殺 されて も,地 獄 に堕 ちない。)」(T33.702a27)を 注 釈 す る段 落 で,『 浬 桀 経 』 の 「為 悪 象 殺 不 至 三 趣,為 悪 友 殺 必 至 三 趣 。」(T12.741b19)の 文 が 引 用 され た 直 後 に位 置 して い る。 湛 然 は 『浬 葉 経 』 の 「悪 友 」 を注 釈 す る の に,

『 浬 葉 経 疏 』 の 「悪 知 識 者,甘 談 詐 媚,巧 言 令 色,牽 人作 悪 。」(T38.161c13)と

い う悪 知 識 に つ い て の 記 述 を採 用 す る た め に,『 浬 樂 経 疏 』 の文 を 『 浬 繋 経 』

の 「為 悪 象 殺 不 至 三 趣 」 とい う記 述 に沿 っ た 内 容 に 改 め た の で は な い だ ろ う

か 。

(7)

『 法 華 玄義釈 籔 』 にお け る 『 大 般浬葉 経 疏 』 の引用 につ い て(145) 3.3引 用 文 ③

次 に引 用 文③ につ い て検 討 した い 。 『玄 義 』 釈 名 ・境 妙 の段 で は,七 種 の 二 諦 が 論 じ られ て い るが4,『 釈 籔 』 は この七 種 の二 諦 を解 釈 す る中 に,

も し[仏 の]教 え に よ ろ う と思 っ て も,こ の 七 つ 文(=七 種 の二諦)は 諸 経 に散 在 して い て,一 箇 所 に詳 し く見 出 す こ とは な い。 た だ 『大 経 』 だ けが 十 二 種 の 四 諦 の 文 の後 に八 種 の二 諦 を取 り上 げ て い る。 章 安 は七 種 の 二 諦 と して,こ れ(=八 種 の二諦)を 解 釈 す る。[八 種 の 二 諦 の]第 一

[の二 諦]は 総 で あ り,残 りの七 つ[の 二諦]は 別 で あ る。

若 欲 愚 教 者,然 此 七 文 散 在 諸 経,無 一・ 処 具 出 。 唯大 経 十二 四諦 文 後 列 八 二諦 。 章 安作 七 二 諦 錆 之 。初 一 是 総,余 七 是 別 。(T33.854b17‑19)

と して,続 け て 『浬 葉 経 』 の 八 種 の 二 諦 と 『浬 葉 経 疏 』 の七 種 の二 諦 との 対 応 関係 をそ れ ぞ れ の 文 を引用 しなが ら示 してい る。

そ して,最 後 に次 の よ うに 『 浬 樂 経 疏 』 を引 用 して い る。

後 に,そ の ま ま結 ん で い う に は,「 今,七 種 の二 諦 に よっ て この経 文 を解 釈 す る。 仏 の 意 図 は理 解 しが た い の で,し ば ら く0人 の 師(e智 顕)の 意

を用 い るだ けで あ る。」 と。

後 乃 結 云,今 七 二 諦 来 錆 此 文 。 仏 旨難 知 。 且 用0師 意 耳 。(T33.855a1)

七 種 の 二諦 につ い て の 一 連 の 『釈 籔 』 の注 釈 の 中 に は,「 章 安 作 七 二 諦 錆 之 」 とい う記 述 が あ る。 こ の記 述 は,七 種 の 二 諦 は 灌 頂 が ま とめ た もの で あ る と す る説 の根 拠 とされ てお り,し ば しば 問題 と され る箇 所 で あ る5。

本 稿 は,七 種 の 二 諦 が 智 頻 の 学 説 で あ る か ど うか を論 じる こ と を 目的 と し て い る わ け で は ない 。 しか し,「 章 安 作 七 二 諦 錆 之 」 とい う表 現 か ら,七 種 の 二 諦 が 灌 頂 に よ っ て 導 入 され た学 説 で あ る と湛 然 が 理 解 して い た の か とい え ば,必 ず し もそ う とは言 い切 れ ない 。

前 述 した よ う に,「 章 安 作 七 二諦 鎗 之 」 とい う記 述 の 後 に は 『浬 葉 経 』 と

『 浬 藥 経 疏 』 が 引 用 され て い る。 湛 然 が 引用 す る 『浬 葉 経 疏 』 の 原 文 は次 に示 す とお りで あ る。

「若 随 言 説 」 よ り下 は,第 二 に広 く説 く。 お よそ八 種[の 二 諦]が あ る。

(8)

0に は 世 出世[の 二 諦] ,二 に は名 無 名[の 二 諦],三 に は実 不 実[の 二 諦],四 に は 定 不 定[の 二 諦],五 に は法 不 法[の 二 諦],六 に は焼 不 焼 [の 二 諦],七 に は苦 不 苦[の 二 諦],八 に は和 合[の 二 諦]で あ る。 … … 今,明 か す 。 智 者 大 師 に七 種 の 二諦 が あ る。 名 称 が[『 浬 葉 経 』 の七 種 の 二 諦 と]同 じで は な い とい っ て も,そ の 意 味 は会 通 す る は ず で あ る。 一 は生 滅[の 二 諦],二 は無 生[の 二 諦],三 は禅 俗 復 真[の 二 諦],四 は禅 俗 禅 中[の 二 諦],五 は復 俗 禅 中[の 二 諦],六 は復 俗 復 中[の 二 諦],七

は 円 の 二 諦 と。 も し 『法 華 玄 文 』 に よ る な らば,名 相 は や や 異 な る が, 義 意 は必 らず 同 じで あ る 。 読 者 は知 るべ きで あ る。 一 種 の 中 に お い て, また そ れ ぞ れ三 種 が あ る こ と を。[そ の 三種 とは]随 情 ・随 智 ・随 情 智 と い う。今,彼(=智 顕)の 七 種 の 二 諦 に よ っ て この経 文 を解 釈 し よ う と思

う。 仏 の 意 図 は理 解 しが た い の で,し ば ら く一 人 の 師 の見 解 を出 す だ け で あ る 。 … … 「 八 種 の 二 諦 の]初 め に世 間 と出 世 間 の 両 種 の 人 に焦 点 を て て 二 葦 を"1{る の は 以 の 七 重 の 二 雪 に 土 涌 し て そ の 上 に 署 か れ る か らで る 。0つ 一 つ の 二 曇 そ れ ぞ れ に こ の 意 ・が る 。

・ 由に は 夕 の 想 念 が る が ま と め て 善 と る

。 聖 知 に は 彦 の が あ るが,ま とめ て真 諦 とす る。

若 随 言 説 下,第 二 広 説 。 凡 有 八 種 。 一 世 出 世,二 名 無 名,三 実不 実,四 定不 定,五 法 不 法,六 焼 不 焼,七 苦 不 苦,八 和 合 。 … …今 明 智 者 大 師有 七 二 諦 。 名 錐 不 同,其 義 可 会 。0生 滅,二 無 生,三 禅 俗 復 真,四 禅 俗 禅 中,五 復 俗 禅 中,六 復 俗 復 中,七 円二 諦 。 若 依 法 華 玄 文,名 相 梢 別,義 意 必 同 。 読 者 応 知,就 一 種 中,復 各 三 種 。 謂 随 情 随 智 随 情 智 。今 欲 以 彼 七 種 二 諦 来 釈 此 文 。 仏 旨難 知,且 出0師 之 見 。 … … 初 約 世 出 世 両 人 判 二 妻 涌 冠 七m二 量 此 意 。 櫨 家 想 槻 ま 。 聖 知 夕 束 為 真 諦 。(T38.131a10‑17下 線 は筆 者 に よ る)

こ の よ う に 『浬 樂 経 疏 』 で は,も と も と智 頻 は 七 種 の 二 諦 と い う概 念 を用

い て い た と い う こ と,『 玄 義 』 の 七 種 の 二 諦 と 『 浬 藥 経 』 の 七 種 の 二 諦 と は 名

称 は 異 な る が 意 味 に お い て は 同 じで あ る こ と が 示 さ れ て い る 。 つ ま り,こ こ

(9)

『 法華 玄義 釈 籔』 にお け る 『 大般 浬葉 経疏 』 の引用 につ い て(147)

で は,灌 頂 が 智 顕 の 七種 の 二諦 に よっ て 『浬 藥 経 』 の七 種 の 二諦 を会 通 して 解 釈 しよ う と して い るの で あ る。

た だ し 『浬 葉 経 疏 』 に は,湛 然 が指 摘 して い る 『浬 葉 経 』 の八 種 の 二 諦 を 明確 に 総論 と別 論 とに立 て 分 け る よ う な記 述 が な い た め に,『 浬 葉 経 疏 』 の原 文 は 『浬 葉 経 』 の 八 種 の 二 諦 につ い て の議 論 が,い つ の 間 に か,七 種 の 二 諦

につ い て の議 論 に変 わ っ て しま う とい う理 解 しづ らい構 成 に な って い る。

そ の た め,湛 然 は 『 釈 籔 』 に 『浬 葉 経 疏 』 を引 用 す る際 に,『 浬 葉 経 疏 』 の 論 述 順 序 で は最 後 に述 べ られ る下 線 部 の説 を,八 種 の二 諦 の 第 一,世 出 世 の 二 諦 につ い て の解 説 と して最 初 に 引用 した の で は な い か と考 え られ る 。 この よ う に,こ こ で は 湛 然 が 灌 頂 の 撰 述 意 図 を 明確 に し よ う と努 め て い た こ とが わか る。

以 上 の こ とか ら,『 釈 籔 』 の 「章 安 作 七 二 諦 錆 之 」 とい う記 述 は,七 種 の二 諦 の概 念 を灌 頂 が作 っ た とい う意 味 で は な く,灌 頂 が 『 浬 葉 経 』 の八 種 の二 諦 を解 釈 す る際 に,最 初 の 世 出 世 の 二 諦 を 総 論 と して 位 置 づ け,残 りの 七 種 の二 諦 を智 顕 の七 種 の 二諦 と会 通 させ た こ とを述 べ た もの と理解 で きる。

3.4引 用 文 ④

引用 文④ は 『釈 籔 』 の釈 名 ・境 妙 に引 用 され る 『 浬 樂 経 』 「 我 難 説 言 一 切 衆 生 悉 有 仏 性,衆 生不 解 仏 如 是 等 随 自意 語 。 善 男 子,如 是 語 者,後 身 菩 薩 尚不 能 解 。 況 於 二 乗 其 余 菩 薩 。 善 男 子,我 往 一 時在 誉 闇 堀 山,与 弥 勒 菩 薩 共 論 世 諦 。舎 利 弗 等五 百声 聞,於 是 事 中都 不 識 知 。何 況 出世 第 一 義諦 。」(Tl2.821c3‑8) に対 す る注 釈 で あ る。

『 疏 』 に 「質 問 す る。 ど こで五 百[の 声 聞]の た め に説 法 す るの か 。 答 え る 。 一 つ に 『華 厳 経 』 の 中 に は 『[五百 の声 聞 は]耳 の 聞 こ え ない 人 の よ うで あ り口が きけ ない 人 よ うで あ る』 とあ る。 また,『 西 方 の経 典 は ど う して 計 量 で き よ うか 』 とあ る 。 また,天 台 大 師 は 『多 く関係 す る と こ ろ が あ る』 とい う とあ る。」 とあ る。

疏 云,何 処 為 五 百 説 。 答0云,華 厳 中如 聾 如 痘 。 又 云,西 方 経 何 量 。 又

(10)

云,天 台 師云 多 有 所 関。(T33.856a].0‑12)

上 記 の引 用 文 の 原 文 は,『 浬 樂 経 疏 』 の 『浬 桑 経 』迦 葉 菩 薩 品 を注 釈 す る 中 にあ る。

質 問 す る 。 仏 は ど こで 世 諦 を説 き,五 百[の 声 聞]は 領 解 しな い の か 。 [答 え る。]一 つ に は,『 華 厳 経 』 の 中 に五 百[の 声 聞]は 耳 が 聞 こ えず 口 が きけ な い,と あ る。 二 つ に は,外 国 の 経 典 は多 く,こ こ(=中 国)に 伝 わ っ た もの は少 くな い 。 云 云,と あ る 。 天 台 大 師 は これ を,他 に 関係 す

る と ころ が あ る と解 釈 す る。 云 云,と 。

問仏 於 何 処 説 世 諦,五 百 不 解 。0云,華 厳 中 説 五 百 聾 唖 。 二 云,外 国 経 多 度 此 者 少 云 云 。 天 台大 師解 此 別有 所 関云 云 。(T3$.206b23‑25)

『浬 葉 経 疏 』 か ら 『 釈 籔 』 へ の 主 な変 更 点 は次 の 五 点 が挙 げ られ る。

1「 問仏 於 何 処 説 世 諦,五 百不 解 」 → 「 何 処 為 五 百 説 」 2「 答 」 の字 の挿 入 。

3「 五 百聾 唖 」 → 「 如 聾 如 痘 」

4「 外 国経 多 度 此 者 少 」 → 「 西 方経 何 量 」 5「 解 此 別 有 所 関」 → 「 多 有 所 関」

こ の よ う に 『 釈 籔 』 は 『浬 葉 経 疏 』 を 引用 す る際 に,原 文 か ら表 記 を変 更 して い る こ とが わ か る が,こ の変 更 に よ っ て意 味 が 大 き く変 わ る こ とは な く, これ らは要 約 の範 囲 内 とい え る。

3.5引 用 文 ⑤

引 用 文 ⑤ は,『 釈 籔 』 釈 名 ・行 妙 に 引 用 さ れ る 『浬 葉 経 』 「善 男 子,云 何 名 嬰 児 行 。 善 男 子,不 能 起 住 来 去 語 言 。 是 名 嬰 児,如 来 亦 爾 。」(T12.728c6‑7)に 対 す る 注 釈 で あ る 。

「 嬰 児 は 起 き る こ と,と ど ま る こ と,行 き 来 す る こ と,言 葉 を 用 い る こ と

が で き な い 」 と い う。 章 安 は[こ れ を]注 釈 し て,「 起 き な い の は そ の ま

ま 常,と ど ま る の は そ の ま ま 浄,行 き来 す る の は そ の ま ま我,言 葉 を 用

い な い は そ の ま ま楽 で あ る」 とす る。

(11)

『 法華 玄義 釈 籔』 にお ける 『 大 般 浬葉 経疏 』 の引 用 につ い て(149)

言 嬰 児 者 不 能 起 住 去 来 語 言 。 章 安 釈 云,不 起 即 常,不 住 即 浄,不 去 来 即 我,不 語 言即 楽 。(T33.881a26‑27)

上 記 の 引 用 文 は,以 下 に示 す 『 浬 葉 経 疏 』 の記 述 を要 約 した もの と考 え ら れ る。

[嬰児 の]讐 喩 を四 とす る。0に は起 きる こ とが で きな い,二 に は と ど ま る こ とが で きな い,三 に は 来 る こ とが で き な い,四 に は語 る こ とが で き な い。 起 きる こ とが ない の は常 を讐 え る。 辺 中 の諸 法 の 相 を起 こ さな い 。

と どま ら ない の は浄 を讐 え る。 生 死 浬 葉 に執 着 しな い 。 来 な い の は我 を 讐 え る。 浅 きか ら深 き に い た り彼 此 を動 揺 しな い 。 語 らな い の は楽 を讐 え る。 寂 滅 浬 葉 は言 説 で きな い。

警 為 四,一 不 能 起,二 不 能 住,三 不 能 来,四 不 能 語 。 不 起 讐 常 。 不 起 辺 中諸 法 之 相 。 不 住 者 警 浄 。 不 著 生 死 浬 葉 。 不 来 讐 我 。 不 従 浅 至 深 動 揺 彼 此 。 不 語 讐 楽 。 寂 滅 浬 葉 不 可 言 説 。(T3&152b4‑8)

上 記 の 『釈 籔 』 と 『浬 桀 経 疏 』 を見 比 べ れ ば 明 らか な よ うに,『 釈 籔 』 は

『 浬 樂 経疏 』 に お い て,起 ・住 ・来 ・語 と常 ・楽 ・我 ・浄 との対 応 関係 を述 べ た箇 所 を抜 き書 き して い るだ け で あ り,『 釈 籔 』 の 引用 文 と 『 浬 葉 経 疏 』 の 原 文 とは大 き く相 違 す る箇 所 は な い。

3、6引 用 文 ⑥

引 用 文 ⑥ は 『 釈 籔 』 釈 名 ・三 法 妙 に引 用 され る 『浬 葉 経 』 「 仏 説 法 時,有0 女 人 乳 養 嬰 児 。 来 詣 仏 所 稽 首 仏 足 。 有 所 顧 念 心 自思 惟 便 坐 一 面 。 爾 時,世 尊 知 而 故 問 。 汝 以 愛 念 多 含 児 麻 。 不 知 簿 量 消 与 不 消 。 爾 時,女 人 即 白仏 言,甚 奇 世 尊 。 善 能 知 我 心 中 所 念 。 唯 願 如 来 教 我 多 少 。 世 尊,我 於 今 朝 多 与 児 酢 。 恐 不 能 消 将 無 夫 寿 。 唯 願 如 来 為 我 解 説 。 仏 言,汝 児 所 食 尋 即 消 化 増 益 寿 命 。

女 人 聞 已 心 大 踊 躍 。」(T12.625b17‑26)に 対 す る注 釈 で あ る。

『 疏 』 に云 く,「 お よそ嬰 児 を養 うの に,蘇 を含 む の は多 す ぎる と傷 つ け,

そ の上,恐 ら くは短 命 と な る だ ろ う。 ま して や そ の 他 の 食 事 は なお で あ

る。 「 女 人 」 は慈 悲 を讐 え,「 嬰 児 」 は信 を讐 え,「 乳 養 」 は法 を聞 くこ と

(12)

を讐 え,「 含 蘇 」 は讃 歎 生 喜 を讐 え る。 喜 び は多 す ぎれ ば さ ら に成 道 を妨 げ る。 ま してや 瘍 か や 怒 りは な お さ らで あ る」。

疏 云,凡 養 嬰 児,嗜 蘇 傷 多,尚 恐 夫 命 。 況復 余 食 。 女 人 讐慈,嬰 児 讐 信, 乳 養 讐 聞 法,ロ 含蘇 讐讃 歎 生 喜 。 喜 多 尚妨 於 道 。 況 復 擬 怒 。(T33.897a9‑」.2)

『 釈 籔 』 が こ こで 引 用 す る 『浬 葉 経 疏 』 は,『 浬 彙 経 』 四相 品 を注 釈 す る 中 に 当 た る。

そ もそ も嬰 児 を乳 で 養 う に は,た だ酵 だ け を含 むべ きで あ る 。 も し柔 ら か っ た り固 か っ た りす る 食 物 で あ れ ば,食 べ る の は[柔 らか くて も固 く て も]と も に不 可 で あ る 。 他 を 正 す こ と も ま た 同 様 で あ る 。 か す か に [正 す こ と]か ら著 し く[正 す こ と]へ と,徐 々 に こ れ を正 す 。 「女 人 」 は よ く生 じ,慈 悲 は善 の元 で あ る こ とを 讐 え る。 「嬰児 」 は始 め て初 信 が 生 じる こ と を讐 え る 。 「乳 養 」 は法 を 聞 き 自 ら助 け る こ とを 讐 え る 。 「 含 酢 」 は 賛 歎,歓 喜 す る こ とを讐 え る。 賛 歎 逸 美 で あ る な ら,ま す ます さ

らに 病 と な る。 故 に 「多 含 児 酢 将 無 夫 寿 」 とい う。 醜 は や は り多 せ ず, ま して や 固 か っ た り柔 らか か っ た りす る食 物 は な お さ らで あ る 。 喜 び が 過 度 で あ れ ば成 道 を妨 げ る。 ま して や 生 善 と対 治 とは な お さ らで あ る。

夫 乳 養 嬰 児,止 可 含 酢 。 若 軟 強 食,食 倶 不 可 。 正 他 亦 爾 。 従 微 之 著,漸 而 正 之 。 女 人 能 生,讐 慈 是 善 本 。 嬰 児 始 生 初 信 。 乳 養 讐 聞 法 自資 。 含 酢 讐 賛 歎 歓 喜 。 賛 歎 逸 美,益 更 成 病 。 故 云 多 含 児 酢 将 無 夫 寿 。 酢 尚 莫 多, 況 強軟 食 。喜 逸 妨 道 。況 生 善 与対 治 。(T38.87c1‑6)

上 記 の 『浬 樂 経 疏 』 の 原 文 をみ れ ば 明 らか で あ るが,こ こで の 『 釈 籔 』 の 引用 文 は 『浬 藥 経 疏 』 をそ の ま ま引用 して い る わ け で は な く,湛 然 が 自 らの 言 葉 で 『浬 葉 経 疏 』 と ほ ぼ 同 様 の 内 容 を記 述 して い る こ とが わ か る。 ま た

『 釈 籔 』 の 引用 文 で は 「正 他 亦 爾 。 従 微 之 著,漸 而 正 之 」 と 「賛 歎 逸 美,益 更 成 病 。 故 云 多 含 児 酢 将無 夫 寿 」 とい う記 述 が省 略 され てい る。

3.7引 用 文 ⑦

引 用 文 ⑦ は,『 釈 籔 』 釈 名 ・三 法 妙 の注 釈 に み え る 『浬 葉 経 』 「讐 如,長 者

(13)

『 法 華玄 義釈 籔 』 にお け る 『 大般 浬 藥経疏 』の 引用 につ い て(151) 唯 有0子,心 常 憶 念 憐 愛 無 已 。 将 詣 師 所 欲 令 受 学 。 催 不 速 成 尋 便 将還 。 以 愛 念 故,昼 夜 盤 勲教 其 半 字 。 而 不 教 誇 毘 伽 羅 論 。 何 以 故,以 其 幼 稚 力 未 堪 故 。」

(T12.630c27‑631a1)に 対 す る記述 で あ るが,「 章 安 云 」 の前 に紹 介 され る他 の 学 説 以 降 が すべ て 『浬 葉 経 疏 』 か らの引 用 で あ る。

あ る 人 は 「四 果 を大 と し,凡 夫 を小 とす る」 とい う。 論 人 は 「菩 薩 を大 と し,声 聞 を小 とす る」 とい う。 章 安 は 「人 天 を小 と し,析 空 の二 乗 を 大 とす る。 析 空 二 乗 を小 と し,体 空 の 二 乗 を大 とす る。 但 空 の 二 乗 を小

と し,但 空 の 菩 薩 を大 とす る 。 但 空 の 菩 薩 を小 と し,出 仮 の 菩 薩 を大 と す る。 この よ うな大小 はみ な知 らな い。」 とい う。

有 云,四 果 為 大,凡 夫 為 小 。 論 人 云,菩 薩 為 大,声 聞為 小 。 章 安 云,人 天 為 小,析 空 二 乗 為 大 。析 空 二 乗 為 小,体 空 二 乗 為 大 。 但 空 二 乗 為 小, 但 空 菩 薩 為 大 。 但 空 菩 薩 為 小,出 仮 菩 薩 為 大 。 如 是 大 小 皆 悉 不 知 。

(T33.898b6‑19)

『 釈 籔 』 が参 照 した 『浬葉 経 疏 』 は以 下 に示 す とお りで あ る。

古 い説 で は,「 四 果 の 聖 人 を大 と し,三 界 の凡 夫 を小 とす る。 これ はみ な 知 らな い 」 と。 中 論 の 人 は 「た だ 菩 薩 を大 と し,た だ声 聞 を小 とす る 。

また み な知 らな い」 とあ る。 今,明 か す 。 「人 天 を小 と し,析 空 の 二 乗 を 大 とす る。 析 空 の 二 乗 を小 と し,体 空 の 二 乗 を大 とす る。 但 空 の声 聞 を 小 と し,但 空 の 菩 薩 を大 とす る。 但 空 の菩 薩 を小 と し,出 仮 の 菩 薩 を大

とす る。 み な また知 らな い」 と。(T38.102c29.a4)

旧解,四 果 聖 人 為 大,三 界 凡 夫 為 小 。此 皆不 知 。 中論 人 云,但 菩 薩 為 大, 但 声 聞為 小 。 亦 皆 不 知 。 今 明 人 天 為 小,析 空 二 乗 為 大 。 析 空 二 乗 為 小, 体 空 二 乗 為 大 。 但 空 声 聞 為 小,但 空 菩 薩 為 大 。 但 空 菩 薩 為 小,出 仮 菩 薩 為 大 。 皆 亦 不 知 。(T38.102c29‑a4)

引 用 文 ⑦ に 関 して は,例 え ば 『浬 葉 経 疏 』 の 「四 果 聖 人 」 と い う表 現 を

『 釈 籔 』 で は た だ 「四 果 」 と した り,「 中論 人 」 を 「論 人 」 とす る とい った 程

度 の省 略 は あ るが,文 の構 造 か ら内容 ま で 『浬 葉 経 疏 』 をそ の ま ま の形 で 引

用 してい る。

(14)

3.8引 用 文 ⑧

引 用 文 ⑧ は 『 釈 籔 』 釈 名 ・三 法 妙 の注 釈 の 中,『 浬 樂 経 』 の 「如 法 花 中八 千 声 聞,得 受 記 荊 成 大 果 実(『 法 華 経 』 の 中の 入 千 の声 聞 は,記 荊 を得 て大 果 実

を成 就 す る よ うに)」(T12.661b8)に 対 して施 され た 注釈 で あ る。

『 疏 』 の 中 に,古 い 説 に 三 つ の解 釈 が あ る。 一 に は 「経 典 の誤 りで あ る。

八 千 とい うべ きで あ る 。 す な わ ち勧 持 品 の 中 で八 千 の声 聞 が 記 別 を受 け る こ とで あ る」 とあ る 。 二 に は 「外 国 に は八 千 の 人 とあ る」 とあ る。 三 に は 「も し くは必 ず 八 十 年 とい うべ きで あ る」 と。 章 安 は 「後 の 二 つ の 解 釈 は不 可 で あ る」 とい う。

疏 中,古 有 三解 。0云,経 誤 。 応 云 八 千 。 即 持 品 中,八 千 声 聞得 記 者是 。 二 云,外 国 有 八 千 人 。 三 云,若 定 応 云 八 十 年 。 章 安 云,後 二 解 不 可 。 (T33.899c16‑19)

こ こで は古 い 学 説 の情 報 源 と して,『 浬 樂 経 疏 』 が 用 い られ て い る。 『 釈 籔 』 に引 用 され た 『浬 葉 経 疏 』 は 『 浬 葉 経 』 の菩 薩 品 を注 釈 す る中 にみ え る。

「 八 十 」 とは 三 つ の解 釈 が あ る 。0に は,「 八 千 とす るべ きで あ る 。勧 持 品 の 中の 八 千 人[の 学 無 学 が]記 別 を受 け る と は こ の こ とで あ る 。 出経 者 が 誤 っ て八 十 と した」 とす る。 二 に は,「 外 国 の 本 に八 十 人へ の 受 記 が あ るが,こ の 文 は伝 来 して い な い の で存 在 しな い」 とす る。 三 には,「 こ れ は 人 の 数 で は な い 。 す な わ ち老 声 聞 た ち を指 して,年 齢 が朽 適 して し ま い,『 法 華 』 の 中 で 信解 を得 る こ とで あ る」 とす る。 後 の 二 つ解 釈 は用 い るべ きで な い。

八 十 者 三解 。 一・ 云,応 言 八 千 。 如 持 品 中八 千 得 記 是 也 。 出 経 者 誤 為 八 十 。 二 云,外 国本 有 八 十 人 受 記 。 此 文 不 来 故 無 。 三 云,此 非 人 数 。 乃 是 指 於 諸 老 声 聞,年 已 朽 適,於 法 華 中,方 得 信 解 。 後 之 両 解 不 可 承 用 。 {T38.115a5‑8)

こ こ に示 した 『 浬 葉 経 疏 』 は,『 釈 籔 』 同 様,『 浬 葉 経 』 の 「 如 法 花 中 八 千

声 聞,得 受 記 荊 成 大 果 実 」(T12.661b8)に つ い て の 注釈 で あ る。 た だ し 『 浬 桀

(15)

『 法 華玄 義釈 籔 』 にお け る 『 大般 浬葉 経 疏』 の引用 につ い て(153)

経 疏 』 の用 い た テ キス トが 「 八 十」 とな っ て い た た め か,こ こで は 『浬桀 経 』 が 「八 千声 聞 」 で な く 「八 十 声 聞 」 とな っ て い る理 由 につ い て,三 つ の解 釈 を提 示 し,『 浬 樂 経 疏 』 で は 出経 者 が 「八 千 」 を 「八 十 」 に誤 った た め で あ る

とす る説 を採 用 して い る。 また,『 釈 籔 』 にお け る引 用 文 は,古 い学 説 と して

『 浬 彙 経 疏 』 が 紹 介 す る三 つ の説 を ご く簡 潔 に要 点 の み を提 示 す る とい う形 で 要 約 して い る6。

3.9引 用 文 ⑨

引 用 文 ⑨ は,『 釈 籔 』 の釈 名 ・感 応 妙 に引 用 さ れ る 『浬 樂 経 』 「讐 如,一 人 而 有七 子 。 是 七 子 中,0子 遇 病 。 父 母 之 心,非 不 平 等 。 然 於 病 子,心 則 偏 多 。 大 王,如 来 亦 爾 。 於 諸 衆 生,非 不 平 等 。然 於 罪 者,心 則 偏 重 。」(Tl2.724a24‑27)

に対 す る注 釈 で あ る。

章 安 は,「 あ る い は七 方 便 の根 性 を七 子 とす る。[七 方 便 と は]人 ・天 ・ 二 乗 ・[蔵 通 別 の]三 教 の 菩 薩 の こ と をい う。 この七 子 の 中で 過 ち を起 こ

す者 が い れ ば,[親 の]心 は偏 に[そ の子 を]重 視 す る」 とい って い る。

章 安 云,或 以 七 方 便 根 性 為 七 子 。 謂 人 天 二 乗 三 教 菩 薩 。 是 七 子 中 有 起 過 者,心 則 偏 重 。(T33.901b25‑27)

これ に対 し,『 浬 葉 経 疏 』 の原 文 は以 下 に示 す とお りで あ る。

今,円 家 の七 方 便 の根 性 を とっ て七 子 とす る。[七]子 の 中 で 逆 らっ た り 過 った りす る者 に,[親 の]心 は偏 に[そ の子 を]重 視 す る。云 云 。

今 取 円 家 七 方 便 根 性 為 七 子 。 子 之 中 起 逆 過 者,心 則 偏 重 云 云 。 (T38.149b16‑17)

こ こで の 『釈 籔 』 の 引用 文 と 『浬 樂 経 疏 』 の 原 文 との 相 違 点 は,『 浬 桀 経 疏 』 の 「円家 七 方 便 」 とい う記 述 が 『 釈 籔 』 で は 「七 方 便 」 と な り,か わ りに

『 釈 籔 』 に は 「謂 人 天 二 乗 三教 菩 薩 」 と七 方 便 の解 説 が 挿 入 され,ま た 『 浬 葉 経 疏 』 の 「起 逆 過 者 」 が 『 釈 籔 』 で は 「起 過 者 」 とい う記 述 に な っ て い る。

後 者 は単 に要 約 した だ け で あ る と考 え られ るが,前 者 は 灌 頂 が 自身 の 立 場 を

「円 家 」 と規 定 して い る の に対 し,湛 然 は 「円家 」 を省 略 して,具 体 的 に 「七

(16)

方 便 」 が示 す 内容 を明記 して い る とい う点 は興 味 深 い 。

3.10引 用 文 ⑩

引用 文⑩ は 『 釈 籔 』 顕体 ・実 相 門 に引 用 さ れ る 『浬彙 経 』 「 爾 時,復 有 二 恒 河 沙 諸 優 婆 塞 。 受 持 五 戒 威 儀 具 足 。 其 名 日威 徳 無 垢,称 王 優婆 塞,善 徳 優 婆 塞 等,而 為 上 首 。 深 楽 観 察 諸 対 治 門 。所 謂,苦 樂,常 無 常,浄 不 浄,我 無 我, 実 不 実,帰 依 非 帰 依,衆 生 非 衆 生,恒 非 恒,安 非 安,為 無 為,断 不 断,浬 葉 非 浬 葉,増 上 非 増 上,常 楽 観 察 如 是 等 法 対 治 之 門。」(T12.605c20‑26)に 対 す る 注 釈 で あ る。

章 安 は解 釈 して,「 味 俗 を苦 と し沈 空 を楽 とす る。 沈 空 を苦 と し分 別 を楽 とす る 。 常 ・我 ・浄 な ど もま た この 通 りで あ る」 とい う。 ゆ え に選 び取 っ て,「 恒 と常 と は ど う して異 な るの か 。 因 縁 に従 わ な い こ とを常 と し, 始 終 に異 な ら な い こ と を恒 とす る」 とい う。 他 の 文 に解 釈 しな い が,例

に準 じて 理解 すべ きで あ る。

章 安 解 云,味 俗 為 苦,沈 空 為 楽 。 沈 空 為 苦,分 別 為 楽 。 常 我 浄 等 亦 復 如 是 。 乃 簡 云,恒 与 常 云 何 異 。 不 従 因縁 為 常,始 終 不 異 為 恒 。 余 文 不 釈,

準例 応 知 。(T33.g3ga12‑15)

こ こで は,『 浬 葉 経 』序 品 につ い て の 『浬樂 経 疏 』 の注 釈 が 引用 され て い る。

次 に該 当 す る 『 浬 葉経 疏 』 を示 す 。

も し句 をへ て分 別 す れ ば,ま さ に味 俗 を苦 と し,沈 真 を楽 とす る。 沈 真 を苦 と し,分 別 を楽 とす る とい うべ きで あ る。 常 ・我 ・浄 な ど も また こ の 通 りで あ る。 ま た沈 空 を苦 と し,大 浬 樂 を楽 とす る。 沈 空 を 楽 と し, 大 浬 葉 を苦 とす る。 乃 至,増 上 と非 増 上 も また こ の 通 りで あ る。 質 問 す る。 恒 と常 とは ど う異 な るの か 。答 え る。 因縁 に従 わ な い こ とを常 と し, 始 終 に異 な らない こ と恒 とす る。

若 歴 句 分 別,応 言 味俗 為 苦,沈 真 為 楽 。 沈 真 為 苦,分 別 為 楽 。 常 我 浄 等

亦 復 如 是 。 又 沈 空 為 苦,大 浬 桑 為 楽 。 沈 空 為 楽,大 浬 桑 為 苦 。 乃 至,増

上 非 増 上 亦 復 如 是 。 問 恒 与 常 何 異 。 答 不 従 因 縁 為 常,始 終 不 異 為 恒 。

(17)

『 法 華 玄義釈 籔 』 にお け る 『 大 般浬 葉経疏 』の 引用 につ いて(155) {T38.49b1‑6)

引 用 文 ⑩ につ い て は,『 釈.zr13』 は 『浬 桑 経 疏 』 の原 文 を非 常 に正 確 に引用 し て い る。 引 用 さ れ た 部 分 に は相 違 が な い 。 な お,こ こで は 『 釈 籔 』 は 『浬 葉 経 疏 』 を中 略 して引 用 して い るが,そ の 内容 は 『 釈 籔 』 の最 後 に 「余 文 不 釈, 準 例 応 知 」 とあ る よ う に,最 初 に引 用 した 内容 と同様,機 械 的 に句 を分 別 し て い る箇 所 で あ る。 した が っ て 『 釈 籔 』 の 省 略 部 分 は と くに問 題 視 す る箇 所 で は ない 。

3.11引 用 文 ⑪

次 に引 用 文⑪ につ い て み て み た い。 この 引 用 文 は,「 二 鳥倶 遊 」(T33.806a4) とい う 『玄 義 』 の文 につ い て の注 釈 に み え る。 こ の 「二 鳥 倶 遊 」 につ い て の

『 釈 籔 』 の 注 釈 は,は じめ に 『浬 契 経 』 鳥 喩 品 の 冒頭 部 分 を引 用 す る以 外 は, そ の ほ とん ど を 『浬 葉 経 疏 』 に基 づ い て 記 して お り,湛 然 自身 の記 述 は非 常

に少 ない 。

は じめ に該 当 す る 『 釈 籔 』 の注 釈 を引 用 す る。

二 鳥倶 遊 者,a)去 経 篁 △轟 塗 晶云 一,一 一 善 黒 王9..鳥 有 ⊇ 種9。一 二 名迦 鱗 提L 二 名 鴛 喬 。 游 止 共 倶 不 相 舎 離 。 此 品 答 前 云 何 共 聖 行 。 娑 羅 迦 鄭 提 。b)

旧云 沙 日'日 臼,.。 。k沙 堅 ・応 云 或 云 沙 一

'日 一

。 μ'云 沙 一 ・只'日 一 ロ 。c

云ICU二 重 也 。 箆'沙

軸 "̲̀黙 。 証 云 。 云 沙,。 葱 云 顯 。'

・ 百

以 』 慧 な沙 域 云 沙a 蹴 天 。d 六釈 疸云一歴鶴趣L童 安

云 然 嚇 ・.:土 只 土 善"並 意 〜 喩 宜 丑 。 止̲。 腔 一 無

量 無 量 一 一 。 。.,,,

聖 土 。 珈 土 。 土 。 也 云

・識 生 無 脚 紬 生 鉦 当 ・識 浬 愚'。 二 ・ム ロ識 金 ・識 鍮

識 鍮 ・識 金 。b識 二 。 余 三 ノ・ 。 聖 旦 然 。 云 。 此

'違 喩

。 一.晩 之 生 一 、 、 、R之 浬 沈 オ 北

T̲'毅 以 日

O

生 浬 無 愚

愚 一

。 生 浬

一 ・ 無rte・ 躁 一'えA同 ・ 。 愚 目

(18)

起 日二f。 無 愚 旦起 日 二 。 ノ・ 喩 訂 。A量

生 浬 愚 無0土 土 高

' ,、、。 理 且 。 二 艮

艮 二 二 二 。 理f並'也 。 故 此 双 游 須 約 六 即 。 此 中具 有 凡 共 聖 等 。 如 前 三 句 。(T33.956b1‑28下 線 な らびに記号の挿入 は筆者 による)

a)の 下 線 部 は,『 浬 葉 経 』 鳥 喩 品 の 冒頭 部分 「鳥 有 二 種 。 一 名 迦 隣提,二 名 鴛 鴛 。 遊 止 共 倶 不 相 捨 離 」(T12.655b13‑15)と ま っ た く同 じ文 で あ る。b) の下 線 部 は,『 浬樂 経 疏 』 に お け る鳥 喩 品 の 品名 を注 釈 した 内容 を参 照 して書 か れ た 部 分 で あ る。 次 に湛 然 が 参 照 した と考 え られ る 『浬 葉 経 疏 』 の 該 当箇 所 を示 す 。

旧解 不 同 。 或 言,娑 羅 是 双,迦 隣是 鳥 。 然 娑 羅 翻 為 堅 固,何 得 言 双 。 或 言,娑 羅 是0只,隣 提 是 一 只 。 此 乃 両 類 不 得 是 双 。 或 言,娑 羅 一 一双,迦 隣i提0双 。 引 下 文 云,鳥 有 二種 。 一 名 鴛 鳶 。 二 名 隣i提。 … … 或 言,娑 羅 翻 為 鴛 鳶 。 間 中 問 娑 羅,答 中 答鴛 喬 。 類 異 義 同,乃 以 鴛,.於 娑 羅 。 或 言,隣i提 無 翻,或 翻 為 天 鶴 。 引 六 巻 云,雁 鶴 舎 利 。 然 漢 不 善 梵 音,只 増 争 競 。 意 在 況 喩,取 其 雌 雄 共 倶 飛 息 不 離,以 況 一 中無 量,無 量 中 一 。 …

… 問 。 為 凡 与 凡 共 行 。 聖 与 聖 共 行 。 凡 与 聖 共 行 。 他 解 云,観 生 死 無 常, 不 識 浬1ij。 観 浬 樂 常,不 識 生 死 無 常 。 二 解 不 明,如 但 識 金 不 識 鍮,但 識 鍮 不 識 金 。 若 精 識 二 物,乃 是 双 観 苦 楽 。 … … 一 鳥 窮 下 之 生死,一 鳥 窮 高 之 浬 桀 。 升 沈 碩 乖,双 游 不 顕 。 仮 令 二 鳥,但 双 游 下 不 双 游 高,游 高 不 游 下,双 游 不 成 。 又 一家,引 半 満 約 一 法,双 游 約 二 法 。 … … 観 生 死 中有 常 無 常 。 観 仏 果 中 亦 常 無 常 。 取 生 死 浬 葉 両 常,為 一 双 満 。 取 生 死 浬 葉 両 無 常,為 一 双 半 。 … …今 明,義 皆 不 爾 。 両 常倶 起,乃 是 二 雄 倶 飛 。 両 無 常 起,乃 是 二 雌 井 飛 。 与 讐 相 背,双 游不 成 。 今 言 双 游者,生 死 具 常 無 常, 浬 樂 亦 爾 。 在 下 在 高,双 飛 双 息 。 即 事 而 理,即 理 而 事 。 二 諦 即 中,中 即 二 諦 。 非 二 中,而 二 中。 … …事 理 双 游,其 義 既 成 。(T38.110b27‑c28)

上 記 の 『浬 葉 経 疏 』 と 『釈 籔 』 の参 照 部 分 との 問 に は,文 の 省 略 以外 に表

記 上,三 点 の 大 き な相 違 が あ る。 す な わ ち,『 釈 籔 』 引 用 文 中 に 示 したc)

(19)

『 法 華玄 義釈 籔 』 にお け る 『 大般 浬 禦経 疏』 の引用 につ い て(157)

「引 文 云 」,d)「 引 六 巻 泥 疸 云 」,e)「 章 安 云,然 」 の三 箇 所 が,『 浬 繋 経 疏 』 で は そ れぞ れ 「引 下 文 云 」,「引 六 巻 云 」,「然 」 とな っ て い る。

『 釈 籔 』 にお い て,「 引下 文 云 」 を 「引 文云 」 に改 め た の は,次 の よ うな理 由 か ら と推 測 で きる。 す な わ ち,上 記 の 『浬 葉 経 疏 』 は鳥 喩 品 の 品名 を注 釈 し た 箇 所 で あ るた め,実 際 の経 文 を 「下 文 」 と して い る の に対 し,『 釈 籔 』 の 注 釈 はす で に示 した とお り 『浬 藥 経 疏 』 で 「下 文 」 と して い る 鳥 喩 品 の 経 文 自 体 を 問 題 に して い る箇 所 で あ る。 そ こ で 湛 然 は 『浬 彙 軽 疏 』 の 「下 文 」 を

「文 」 と改 め,整 合 性 を とろ う と した と推 測 で きる。 しか し,こ れ に よ り注釈 して い る経 文 そ れ 自体 を注 釈 の 中 で 引 用 して しま う とい う新 た な矛 盾 を抱 え て しま うこ とに な った 。

次 に 『釈 籔 』 に お い て,『 浬 葉 経 疏 』 の 「引 六 巻 云 」 を 「引 六 巻 泥 疸 云 」 と して い る こ と は,『 釈 籔 』 が 経 典 名 を明 記 した 分,『 浬 葉 経 疏 』 本 来 の 記 述 よ り詳 し くな っ て い る わ け で あ る が,こ の こ とか らは,湛 然 が 『浬 葉 経 疏 』 の 情 報 を た だ写 して い るだ け で は な い こ とが わ か る7。 また,こ の こ とは,湛 然 の 『浬 葉 経 疏 』 の修 治 が 『 釈 籔 』 の 撰 述 され る段 階 で 終 了 して い た こ と を示 め す0つ の根 拠 と もな りうる8。

「章 安 云 」 の 挿 入 につ い て は,『 浬葉 経疏 』 の 文脈 か ら も旧説 と灌 頂 の 自説 と の 問 と判 断 で きる部 分 に挿 入 され てお り,妥 当 な補 い で あ る とい え る。

4.む す び に

最 後 に,『 釈 籔 』 にお け る 『 浬 葉 経 疏 』 の引 用 箇 所 と 『浬 葉 経 疏 』 の 原 文 と の 比 較検 討 を通 して 明 らか に な っ た点 を示 す 。

引 用 文 全 体 を通 してみ る と,『 釈 籔 』 にお い て 『 浬 桀 経 疏 』 が 引 用 され る の は,『 浬 禦 経 』 が 引用 され た場 合 で あ る点 に注 目 した い 。 こ の こ とか らは,湛 然 が 『浬 葉 経 』 の注 釈 書 と して 『浬 葉 経 疏 』 を重 視 して い た こ とが 看 取 で き

よう。 た だ し一 方 で,『 浬 葉 経 疏 』 単独 で の引 用 は確 認 で きず,ま た 『 浬 樂 経 』

(20)

の 引 用 頻 度 に比 べ る と 『 浬 葉 経 疏 』 の 引 用 頻 度 は か な り低 い もの とい え る9。

したが っ て,湛 然 が 『浬 桑 経 疏 』 に 『 浬 葉 経 』 の 注 釈 書 以 上 の 価 値 を見 出 し て い た か は疑 問 が残 る。 しか し,『 釈zr/3』にお け る 『 浬 葉 経 疏 』 の 引用 態 度 か

らは,湛 然 が 『 浬 葉 経 疏 』 に対 して.̲̲.の 敬 意 を払 っ て い る様 子 が伺 わ れ る。

す な わ ち,本 稿 で個 別 に検 討 した 引 用 文 に お い て,そ れ ぞ れ 表 記 上 の細 か な 相 違 は あ る もの の,基 本 的 に は 『浬 桑 経 疏 』 の 記 述 を忠 実 に引 用 した もの で

あ り,異 論 や反 論 を提 示 す る こ とは ない 。

また,『 釈 籔 』か ら確 認 で きる 『 浬 藥 経 疏 』 に対 す る教 理 的 な面 で の評 価 は,

『浬 樂 経 疏 』 にお い て,灌 頂 が 『浬 葉 経 』 の八 種 の 二 諦 を解 釈 す る 際 に,最 初 の 世 出世 の 二 諦 を総 論,残 りの 七 種 の 二 諦 を 別 論 し て位 置 づ け,そ の 中 で

『浬 葉 経 』 の七 種 の 二諦 を智 顎 の七 種 の 二諦 と会 通 させ た こ と を 「章 安 作 七 二 諦 錆 之 」 と評 して い る。 この よ う な 『 釈 籔 』 の 『浬 葉 経 疏 』 に対 す る評 価 は 概 ね 高 い もの とい え よ う。

た だ し本 稿 で扱 った 内 容 は,『 釈 籔 』 に 限 られ た もの で あ り,他 の湛 然 の著 作 にお け る 『浬 葉 経 疏 』 の引 用 状 況 や,『 浬 藥 経 疏 』 にお け る湛 然 の修 治箇 所 の状 況 な ど,よ り総 合 的 な視 点 か らの検 討 が 必 要 で あ る こ とは論 を待 た な い。

この 点 は今 後 の研 究課 題 と した い 。

<略 記 号 お よび使 用 テ キ ス ト>

T『 大 正 新 修 大 蔵 経 』(100巻)

〈 参 考 文 献 〉 日,比[1966]

塩 入[1968]

日比 宣 正 『 唐 代 天 台 学 序 説 湛 然 の 著 作 に 関 す る研 究 一 』, 東 京:山 喜 房 仏 書 林,1966年 。

塩 入 良 道 「「空 」 の 中 国 的 理 解 と 天 台 の 空 観:中 国 偶 の 取 り 扱 い を め ぐ っ て 」,『 東 洋 文 化 研 究 所 紀 要 』46,1968年3月,

pp.139‑2040

(21)

池[2005]

松 森[2006a]

[2006b]

『 法華 玄 義釈 籔 』 にお け る 『 大般 浬葉 経疏 』 の引 用 につ い て(159) 池 麗 梅 「『法 華 玄 義 釈 籔 』 の 成 立 過 程 に 関 す る一 考 察 」,『印 度 学 仏 教 学 研 究 』(54‑1),2005年12月,pp.94‑99。

松 森 秀 幸 「湛 然 に お け る 章 安 灌 頂 の 位 置 づ け 一 『法 華 玄 義 釈 籔 』 「私 録 異 同 」 に 対 す る 注 釈 を 中 心 に 一 」,『 東 ア ジ ア 仏 教 研 究 』4,2006年5月,pp.65‑77。

松 森 秀 幸 「湛 然 『法 華 玄 義 釈ar/3』 の 引 用 文 献 」,『 東 洋 哲 学 研 究 所 紀 要 』22,2006年12月,pp.176‑196。

1日 比[1966],池[2006]を 参 照 。 2松 森[2006b]を 参 照 。

3現 在,大 正新 修 大 蔵経 に収録 されて い る 『 浬葉 経 疏 』 の 冒頭 には 「 階 章安 頂 法 師 撰 。唐 天台 沙 門湛 然再 治 。 」(T38.42a23‑24)と 記 され てお り,湛 然 は本 文 中 にお い て 「私謂 」 「 私 言 」 な ど と断 った上 で約50箇 所 に わ た り,修 治 を施 して い る。(日 上 ヒ[1966]PP.454‑456)

4「 所 言七 種 二諦 者,一 者,実 有為 俗,実 有滅 為真 。二者,幻 有 為俗,即 幻 有 空為 真。

三 者,幻 有 為 俗,即 幻 有 空不 空 共 為 真 。 四 者,幻 有 為 俗,幻 有 即 空 不 空 一 切 法趣 空 不 空為 真 。 五 者,幻 有 幻 有 即 空 皆 名為 俗,不 有 不 空為 真 。六 者,幻 有 幻 有即 空 皆 名為 俗,不 有 不 空 一切 法趣 不 有 不 空 為真 。七 者,幻 有幻 有即 空 皆 為 俗,一 切 法 趣 有趣 空趣 不 有不 空為 真」(T33.702c12‑20)

5例 えば,塩 入[1968]P.179を 参 照 。

6な お,『 釈 籔 』が 用 い る 『浬禦 経 』 の テ キ ス トで は,「 文言,八 千 声 聞得 授記 別」

(T33.953b19),「 如 法花 中八 千声 聞」(T33.899c14)と な って い る ため,『 浬 葉経 疏 』 で な され て い た テ キス トの 問題 をあ えて持 ち 出す まで もない こ との よ う に思 われ る。 湛然 が この よう な不 用 と も思 え る注釈 を施 す 理 由 と して は,湛 然 の撰 述 当時 に も 「 八 十 声 聞」 とす る 『 浬 葉 経 』 の テキ ス トが 流 布 して い た可 能 性 が 考 え

られ るが,そ れ を裏付 ける確 た る根 拠 はない 。

7な お,現 存 す る 『 般泥 疸 経 』 にお い て鳥喩 品 は第五 巻 で あ る。 したが って 「 六 巻」

「 六巻 泥 疸 」 とは六 巻 本 の 『 般 泥 疸 経 』 とい う意味 で,「 六 巻 」 自体 は引用 元 の巻 数 を表 す もの で は な い と考 え ら れ る 。

8『 浬葉 経 疏 』の再 治 の年代 は未 詳 とされ る。(日 比[1966]p.457)

9『 釈 籔 』 にお け る 『 浬 禦 経 』 と 『浬葉 経 疏 』 の引用 状 況 は,松 森[2006b]を 参

照 。

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