奈良教育大学学術リポジトリNEAR
紀伊半島のKieslagerに関する諸問題
著者 梅田 甲子郎
雑誌名 奈良学芸大学紀要
巻 8
号 2
ページ 77‑83
発行年 1959‑02‑15
その他のタイトル On Some Problems Concerning Kieslager in the Kii Peninsula, Japan.
URL http://hdl.handle.net/10105/4854
C77)
紀伊牛島のKieslagerに関する諸問題
梅 田 甲 子 郎 (地学教室) (昭和33年10月31日受理)
KOshiro TJmbda : On Some Problems Concerning Kieslager in the Kii Peninsula, Japan.
I ま え が き
Kieslagerの成因については古くから世界の各地で研究され,各種の成因説が出されているに
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も抱らす定説とされるべきものはまだ認められていないO 最近, Ramdohr,渡辺武男氏らは地 向斜形成に伴う海底火山活動に起因する噴気‑堆積鉱床が変成したものであると提唱し賛同者が 多いが,一部の学者は変成過置中に形成されたと考えているし,他の研究者達は結晶片岩生成後 形成された裂醇充填性の交代鉱床であると信じている。またドイツのRammelsberg鉱床,四国の 別子鉱床などの如く同一の鉱床に対して化学的沈澱鉱床,交代鉱床,送入黄鉄鉱鉱床,噴気性沈
サtl
澱鉱床などの多くの説が発表されているような状態であるO ここにその成因論史を詳述する暇は ないが, Kieslagerの成因にはあよそ金属鉱床として考え得られろすべての場合がすでに繰返し 畢表し民されているQ なかには折衷案としてKieslagerは多種多様の原因によって生成されそれ らが変成して同一の形態を示すに至ったと説明されているo それも一つの見方ではあるが何の論 拠もなくそのような妥協的な結論に甘んじる訳にも行かない。さらにもうー歩進んで万人が認め るような基本的事実に立脚した成因説の確立‑の努力が望まれるO
紀伊半島には小規模ながら可成り多くのKieslagerが存在し,筆者はその実態を調査してレ、る。
まだ研究の序段に達したばかりではあるが,当地域のKieslagerに関してすでに判明している事 柄および将来の研究の焦点とすべき問題をこの際明らかにしておきたいと思うO
この研究に関して日頃より御教導賜っている京都大学袷原厚名誉教授,同弟抽可保郎助教授,同 上田健夫講師,同車Ltl勇氏,奈良学芸大学島倉巳三郎教授および現地で直接御懇切な御指導を賜 った名古屋大学志井田功教授,種々有益な御教示を賜った五条鉱山尾関規技師ならびに調査に際 して種々御配慮賜った五条鉱山国田治男所長,三井金属神田四男技師,奈良県庁商工課高野幹男 技師に対して厚く御礼申し上げる。なお本研究には文部省科学研究費を使用させて頂いた。
∬ 紀伊山地の地質
紀伊半島北部を東西に横断する中央構造帯の南は三渡川変成帯,秩父古生層帯,時代未詳中生 層帯をよび第三辛己層帯が北から南にほぼ帯状に分布している。ここにはそのうち主としてKiesト agerの分布していろ紀の川流域から紀伊山地‑かけての地域の地質の概要を述べる。
a.三波川帯
≡波川変成帯は北は中央帯に顔し,南は御荷鉾練を境として秩父系または未詳層群に接して東 西に細長く分布している。三波川系は中高生層の変成相であって,粘板岩,砂岩などから変成し たと考えられている黒色片岩項,塩基性火山岩ないしノ凝灰岩より変成したと考えられている緑色 片岩類患よびその中問の性質を有する片岩頭などの複雑な互層より構成されている。紀伊半島の
(帽)、17)!23)
三渡川系の部分的な調査は若干行われていて,半島の東部の片某・頑は四国の三細層に,中央部の
(註1)成因論史は参考文献(1)および(24) よくまとめて述べてある。
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ものは小歩危層に相当するのではないかと想像されているが,まだ全般的な綜合的層序は明らか にされていないo
b・秩 父 帯
紀伊山地中央部の秩父古生層は大峰山塊の主要部を構成して,奈艮県川上村一帯に分布してい
(18)(19)
る。志井田功氏の調査によれば,当地方の秩父系は主として粘板岩,砂岩,チャート,輝轟凝灰 岩,石灰岩よりなり,上位の川上層群と下位の大峰層群に大別し得る。全般的にみて走向は北西 一南東で北方へ1,5度ないし20度傾斜し,且つゆるやかな波状摺曲を示している。川上群層上部は 二畳紀に属するNeoschwagerinaなどの紡維虫化石を産し,当地域の古生層も二畳一石炭紀に属 する公算が大きいo秩父系は川上村相木南方で未詳中生層に低角衝上し,その衝上線が仏像練で あると考えられているO 柏木以西の仏像線は大峰山塊をとり巻くように北上して川上村北部で御
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荷鉾線に接し秩父系は雄大なDecken構造を示しているo c・未詳層群帝
仏像練または御荷鉾練を境として秩父系または三波川系に接する未詳中生層は奈良県大塔,天 川,十津川村一帯に広く分布し,十津川村平谷患よび折立の南で苗第三系であると推定されてい る東牟婁層群に被れているO 当層群は主として砂岩,頁岩およびそのK層よりなり,輝縁凝灰岩 患よび赤色チャートを伴う。輝縁凝灰岩は赤色チャートを密接に伴って各処に現出するが,その うち未詳層群地域の北部に分布する九尾(ツヅラオ)層,中央部に分布する栗平層および南部に 分布する折立層は平均層厚50ないし80mをもって非常によく連続し,圧砕をうけて構造層序の判 然とせぬ当層群の有効な鍵層となっている。この三鍵層により当層群の見掛上の層序は下位より 平谷層,折立層,風屋層,栗平層,和田層,丸尾層および赤穂層に分類し得るo また鍵層の追跡 により,当層群は全般的に破砕,擾乱を受けてはいるが,中央部は北‑の単傾斜構造を示し,北 部と南部はほぼ東西方向の軸を有するゆるやかな波状招曲をくりかえしつつ比較的水平に近い構
(20
造を有している。当層群は化石の産出に乏しいが,川上村柏木南方およびその他二ヶ所で局部的 に少量含まれている石灰岩中よりStromatopora sp.その他の上部ジニラ妃の鳥の巣系の化石が発 見されて患り,当層群は接ぼ四万十層群に相当するものと考えられる。
秩父系と未詳層群はともに主として砂岩,頁岩,輝線凝灰岩よりなり岩相的に類似点が多いが 秩父系の輝撮凝灰岩層は比較的大きな石灰岩体を数多く挟在してあり赤色チャートを伴うことが 稀であるのに対し,未詳層群の輝線凝灰岩層は殆んど常に赤色チャートを伴い石灰岩を挟むこと は極めて稀である Kieslagerは現在の資料では前者に皆無であり後者には多数存在するO また 層状マンガン鉱床は両者に少しずつ分布するが,秩父系の方が比較的多いc
d.大峰軟性岩類
紀伊半島中央部に南北に細長く石英斑岩,花嵐斑岩,花嵐閃緑岩などの大峰酸性岩類があるい は地表に露出しあるいは地下に潜頭して連続しているが,その分布形態の実体はまだ充分調査さ れていない.当岩類に由来するコバルト,鍋,アンチモニーなどの熟水性鉱脈が十津川村の所々 に存在する。
(註2)初荷鉾線と仏像線が接するとなると,両構造線に関して種々の問題が生じるので,両構造線は接
することなく秩父系が狭く介在するとの見方もあるが,ここでは一応接するとしておく。この問
題に関しては志井田功氏が研究中である。
紀伊半島のKieslagerに関する諸問題
紀伊半島のキースラーガ‑の分布図
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Ⅹ‑ キースラーガーの位置 A.三波川変成胃に分布するもの
a.三縄層C?) b.小歩危層(?) 1禰 宜 10 黒 石
蒔 Bfl 頭 3 神 路 4 :iL; St
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6 丸 山 7 花 坂 8 細 川 9 K, '"ll
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14 金 原 15 戸運母 10 ,i> ^ 17 4t;蛋 18 平 城 19 大 杉
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名称不明 小栗須 大 盛 三 尾
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a・九 尾 層 24 桧川迫 25 笠 木 26 銅ケ峰 27 川 股
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29 紫 園 30 金屋淵
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32 天 城 33 天 和 34 赤 倉
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b.栗 平 層 35 栗 平
C・折 立 層 36 名称不明 37 竹の岡 38 大津呂 39 瓜 根
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(80) 梅 田 甲 子 郎
fKieslagerの位置と状態
紀伊半島のKieslagerは秩父系には存在せず,大別して三波川系のものと未詳層群のものとが ある。そのうち稼行中のものは飯盛,三尾,五条(金屋淵および立里)などの数鉱山にすぎず大 部分は休(IJLているQここに現在手許にある資料にもとづいてその概況を述べるOなお今後の調 査によりさらに若干の資料を追加し得る見込である。
a.三波川系のKieslagerの屠序的位置
三波川帯には和歌山県の禰宜,貴志,飯盛鉱山を中心とした飯盛,神路,丸山および赤m田の 鉱床群,葛和,花坂および細川の鉱床群,奈艮県白銀村の大和,八宝,光陽および金原の鉱床 群蝣T市町恒十ら対:ラ:,‑‑U∴L.品,食紅‑/‑‑
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葉須の鉱床群などの多数のKieslagerが存在するが,当地域の三波川系の綜合的な層序がまだ判 明していないので,これらの各鉱床群の間に如何なる層序的醇係があるのか確言する段階に至っ ていないOただ飯盛附近の鉱床は三沌層相当層に,三尾,大和,戸連母などの鉱床群は小歩危層 相当層に腫胎されていると想像されている。しかしいづれの場合も鉱床は例外なく緑色岩美削こ密 接に伴って現われているo
b.未詳官許のKieslagerの屠序的位置
未詳層群にもKieslagerが多数存在し,一見不規則に分布しているように見えるが,すべて前 .∴・・:一二、∵・'!*t∴
層には立里,金屋淵,紫園,字井,JU股,銅ケ峰,槍川迫,笠木,天和,天城および赤倉の各鉱 床,栗平層には栗平鉱床,.折立層には赤滝,瓜根,大津呂および竹の岡の各鉱床が存在するo c.Kieslagerとしての共通的性質
上述の如く当地域のKieslagerは三波系のものと未詳層群のものがあり,さらに未詳層群のも のは三つの帯に分け得られるOこれらの各帯に属する金鉱床に共通した特徴は(1)緑色岩額に 密接に伴ってはぼ層、Lrr、こに現れる(2)鉱石の鉱物組成は比較的単純で主として黄銅鉱を含む細 粒樹密な黄鉄鉱よりなり,局部的に小量の閃亜鉛鉱を伴うことがある(3)脈石は主として石
英であるが一般に少量であるQ d.三波川系のKieslagerの特徴
三波川系のKieslagerは母岩とともに変成されて怠り,母岩の片矧′こ沿って比較的整然と層状 をなして歴胎されている.鉱体自身も多少の片理を有し,再結晶あるいは流状構造を呈し圧砕の 跡は消失した場合が多いO鉱体母岩を通じて練泥石の努達が著しく,練泥石と黄鉄鉱の細かい縞 (註3) 状構造が各所に認められる。晶洞などは極めて稀である。
e.九尾暦のKieslagerの特徴
丸尾層に属するKieslgerはほぼ層状とはいえ,膨縮甚しく芋状の構造を呈しているo全般的に 母岩も鉱体も圧砕を受けてはいるが変質の程度は低いO縁泥石もさほど多くはなく圧砕のため母 岩と鉱体との境界が比較的明瞭な部分の境界面に沿って線妃石の薄膜が生じている程度であるO .I'蝣蝣・,iIここ‑.こ・
し、ヽ る原構造が残存してレ、るのがよく認められ,東元定雄氏は当鉱床の鉱石にコロイド組織,メルエ コバイト黄鉄鉱,石英の偏圧臥鉱化バクテT)ヤなどが認められることを報告しているo
(註3)筆者は戸運母鉱山で明瞭な黄鉄鉱と石英の結晶を有する晶洞を発見した。(21)しかしこれは三波川
系のKieslagerに・ほ誠に珍らしい例であるO
紀伊半島のKieslagerに関する諸問題 (8i;
栗平層のKieslagerに関する資料は末だ不充分であるが,丸尾層のものと後述する折立層のも のとの中間的な状態のように想像される。
f.折立居のKieslagerの特種
折立層のKieslagerは輝線凝灰岩層中またはそれに伴って不規則な形態で腫胎され膨縮甚しい。
主として細粒,樹密な黄鉄鉱よりなり,黄鉄鉱粒の圧砕の跡は殆んど見られない。輝綴凝灰岩中 には石英,黄鉄鉱の結晶を有する晶洞が判然と見受けられ,コロイド組織を示す鉱石もあり,変
し訂‑ll
質の度は極めて低い。また赤滝,瓜根の両鉱床にあいてpumiceらしき石英が存在しているO すなわち上記の三波川系,九尾層,折立層に属する各KieslagerはいづれもいわゆるKieslager としての共通的性質を有する反面,各帯によって母岩,鉱体の様子が異なり,三波川系のものは 強度に変成されており,九尾層のものはやや変成されており,折立層のものは殆んど末変成であ って,南のものほど変成度が低いO
Ⅳ 考 察 a・物質源の問題
小島丈児氏らは緋国の三波川帯のKieslagerが三縄層などの緑色岩類よりなる地層にのみ含ま
(3)れていることを明らかにしその物質源は海底火山活動に密接な関係のあるこ.とを指摘しているo 当地域のKieslagerに患いても,三波川系のものについては緑色岩薫別こ関係が深いと云えるのみ であるが,未詳層群中のKieslagerは明らかに輝縁凝灰岩層中またはそれと密接に伴ってのみ現 出し,当地域のKieslagerは地向斜時代の海底火山活動によって供給された物質によって生成さ れた母岩と同生的な鉱床であると云い得る。
b.変成産の問題
胃a:
Zavaritskyはウラル地方の強変成帯と弱変成帯の黄鉄鉱鉱床の形態的差異は変成条件の差を反 映したものであって鉱床生成条件CL)差によるものではないと努表しているO 同様に,紀伊半島の 三波川系,九尾層,折立層の各Kieslagerも変成慶という点を除けば酷似しているから,すべて 同一の生成条件のもとに生成し,鉱床形成後の変成度の差によりそれぞれの状態を示す至ったも のであると直ちに結論づけるのは早計かもしれないが,その可能性は充分にあるO この裏附けに は各帯に属する鉱床の具体的な変成状況,すなわち圧砕,流動,再結晶などによる鉱体および鉱 石の構造組織,組成鉱物,微量成分の変化を母岩の変成状況とあわせてさらに明瞭にしてあかね ばならない。
C.生成機構の問題
前述の如くKieslagerは海底火山活動に物質源を依存し,鉱床の形態はその後の変成によって差 異があるものならぼ,その生成機構の研究にはまづ未詳層群に歴胎されているような変成度の低 い鉱床に調査の中心を置くべきであろう。未詳層群のKieslagerは火山作用と前後して比較的低 温の状態で原物質がやや急激に冷却して生成されたものであろうことはその状態より推察し得る。
(註4) Kieslagerのpumiceの存在は末だ発見された例がなく,鉱石から硫化物が脱出した残りの石
英がpumiceらしき形態を示すことが多い。しかし赤滝鉱床では鉱石が極めて新鮮であるのに主
として石英よりなるpumiceらしき物質が1m以上の層となって鉱石と漸移しつつ母岩の如く鉱
体を駈胎していてpumiceである疑いがあり,目下検討中である。もしpumiceであるならば,
石英'黄鉄鉱の混合液より揮発物質が急激に発散した状態を如実に示すものであって,誠に注目
すべき事実である。しかし現在の所単なる黄鉄鉱のぬけがらである可能性の方が大きい。
(82) 梅 田 甲 子 郎
しかし弱変成と思われる折立層の鉱床,五条鉱山の鉱床は大部分は結晶質であってコロイド組織 の認められる部分は鉱体の極く一部で結晶質部と漸移してありその部分のみが原構造を残存して いるとは云い切れない。すなわち結晶質部も原構造そのものかも判らない。それゆえ鉱体の一部 にコロイド組椿,鉱化バクチリヤが存在したからとてその生成条件がすべて温泉一噴気性である と断定することは危険である。あるいは硫化物に富むOreLavaが直接冷却固結して鉱床の主体を 形成し,噴気‑沈澱はその附随的なものであったかもしれない。またOre Magmaによる交代作用
もあったかも知れない。互に相反するように見えるRamdohrの温泉一噴気性鉱床説とZavaritsky の交代鉱床説とこのOreLavaの考えとの差も結局原物質が鉱床の主体を形成する際に,主として
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質の状態に対する見解の差にすぎないO この間題を解決するためには上述のあらゆる場合の原物 質の状態の可能性の検討と未変成鉱床の精査が必要であることは勿論のことであるが,他の鉱床
(芸左5)
こ t.‑ "・V ∴! ・ : ・、・∴ .蝣I蝣 ‑ :.:
灰岩などの生成機構を関連的に研究することも有意義であろうと思われる。
d.輝線凝灰岩に関する問題
地向斜海底火山活動を推察するに最大の鍵であり, Kieslagerの姉妹岩であり母岩でもある輝
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可成り存在するものと思われるo また,密接に伴うチャートとの因果関係,秩父系の凝灰岩との本
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とKieslagerのそれとは極めてよく類似している。最近の志井田功氏の九尾層の調査によれば, 九尾層の輝練凝灰岩層は完全な層状ではなくて雁行性を示して不連続の場合も多いとの由である が,これは各地のKieslagerに認められる鉱体の雁行性との何らかの関係を暗示するものではな かろうか。輝縁凝灰岩はまたKieslagerの成因を解く有力な鍵でもある。
e.変成分化の可能性の問題
(3)
Kieslagerの原物質が変成過程中に流動積したことを無視できないと説く小島丈児氏の変成分
(12)
化・渡辺万次郎氏の深層分泌などのいわゆるOre Migmaによる鉱床形成の可能性は変成作用を 研究する立場から一応注意すべき問題であるが,当地域においてはこの過程は鉱床の二次的富化 の役目を果すかもしれないけれども鉱床生成の主因とは考え難いo
V む す び
紀伊半島のKieslagerの原物質は地向斜時代の海底火山活動に伴って供給されたものである。
しかしその原物質が如何なる状態で鉱床を形成したか,換言すればすべての原物質が噴気‑沈澱 して鉱床を形成したか,噴気を伴いつつOre Lavaが直接固結して鉱床の主体を形成したかある いは交代作用を伴ったかということは今後あらゆる角度より検討しなければならない大問題であ る。
参 考 文 献 (1)渡辺武男編, 1956 =鉱床学の進歩 富山房
(註5)堀越義一氏はW Kieslager と黒鉱鉱床との類似性を説き同一の成因によることをほのめかしてい
るoまた渡辺武男氏は Kieslager と層状マンガン鉱床とは類似の成因によるものではないか
と暗示している。
紀伊半島のKieslagerに関する諸問題 (83) ( 2)堀越義一・木村正・小林幸二郎, 1954 :日本の層状含銅硫化鉄鉱床総覧,鉱山地質特別号1 (3)小島丈児・原敬・富野言生1956 =四国三波川帯におけるキ‑スラ‑ガ‑の層序的位置,地質学雑
誌 LXll, 724, 30‑45
( 4) Zavaritsky A.N., 1948 : Metasomatism and Metamorphism in the Pyrite Deposits of the Urals, Internat. Geol. Cong. Rep. of XVI Session partffl, 102‑108
( 5 ) Ramdohr, P., 1953: Mineralbestand, Strukturen und Genesis der Rammelsberg Lagerstatte.
Geol. Jb., 67, 367‑494
( 6 ) Kraume, E. , 1951: Neue Erkermtnisse fiber das Rammelsberger Erzlager. Erzmetall, 4> 45
‑55
( 7 ) Matsubara, A, 1952: Differentiation of Ore Magma in Tsuchikura and Eiesshi Mines,地質 学雑誌, LIX, 79‑
(8)東元定雄, 1958 :奈良県五条鉱山産鉱石のコロイド組織について,岩鉱雑, 3, 136‑144 (9)堀越義一, 1953 =層状含銅硫化鉄鉱床と黒鉱々床,地球科学 4‑i
(10)堀越義一, 1953 :別子型鉱床の雁行性とその探鉱について,鉱山地質. m, 7, 15‑20
(ll)渡辺武男,ユ957 :日本の層状含銅硫化鉄鉱鉱床並びに層状マンガン鉱床の成禍について,鉱山地 質サ M, 24. 87‑97
<12)渡辺万次郎, 1952 = 日立鉱床に関する諸問題,鉱山地質 n, 5> iユ3‑119
<13)牟田邦彦, 1957 :三ヶ所型合銅硫化鉄鉱床に伴う輝緑岩とその成因について,鉱山地質, 1, 26.
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