アカデメイア
スポーツの高度化と用具
スポーツ科学部長 田 口 正 公
スポーツは用具とともに進化する。スポーツ競技 のパフォーマンスはここ十数年間、急速に高度化、
高速化してきている。特に記録系の競技種目である 競泳や陸上競技は、オリンピックや世界選手権大会 毎に驚異的な記録更新である。これは新素材の開発 によるスポーツウェアー、シューズなど用具の高品 質化、さらに施設、設備の改善によってもたらされ ているところが大きい。
北京オリンピックでは競泳の水着問題がクローズ アップされ話題になった。世界記録25個のうち23個 がイギリスのメーカー製新素材水着であったと報道 された。この水着は一着数万円する。おそらく開発 費に巨額の資金を投入したためであろう。素材開発 費、多くの選手に着用させての流体力学実験などに 要した費用は厖大であろう。また、この水着を着用 するのに20分近い時間を要する。従来の水着は選手 の体型に合わせて製作するコンセプトであったのに 対し、新素材の水着は、水着の機能に身体を合わせ る型枠コンセプトである感が否めない。水着自体が 極めて低抵抗であり、推進のためのボディポシショ ンもストリームラインが取りやすい補強水着で、こ れも形状抵抗を低減する機能を持つ。
7月末からローマで開催された世界水泳選手権で は北京オリンピックを上回る43個の世界記録ラッ シュであった。北京オリンピック時よりもさらに進 化したポリウレタンやラバー素材を使用した高速水 着が開発され、ほとんどの選手が着用している。こ の水着は透水性と通気性がないため皮膚と水着の間 に空気層ができ浮力が助長されるといわれている。
水着は他のスポーツ用具とは異なり使いこなすため の長期間トレーニングが不必要で、直接的に記録に 影響を及ぼす。100分の1秒を争うトップクラスの 競泳選手にとって頼りになる用具である。しかし、
公平性や物理的に過度のパフォーマンスへの影響で 大きな問題となった。この素材の高速水着は来年度
から規制され、織物素材の水着となる。
水着に限らずテクノロジーの急速な進歩はスポー ツ技術に大きな変化をもたらす。新しい用具に対応 した技術を習得するために選手は長期間のトレーニ ングが必要である。
スポーツパフォーマンスの高度化は用具によるも のだけではない。アスリートのフィジカル、メンタ ル、スキルなどの向上は、今やスポーツ医科学を抜 きにしては考えられない。マラソンや競泳選手らが 実施している2000!近いあるいはそれ以上の標高で の高地トレーニング(低酸素、低圧)はその有効性 も証明され、オリンピック、世界選手権大会の前に は今や当たり前のように行われている。マラソンの 野口選手や高橋選手、競泳の北島選手、柴田選手ら も高地トレーニングでの成果が一要因で金メダルを 獲得している。技術の高度化はスポーツバイオメカ ニクス手法と機器の進歩、導入により動作解析が飛 躍的に向上し、新しい技術の習得と改善に貢献して いる。
また、球技などのチームゲーム、テニスなどの対 人ゲームは映像による高度なゲーム解析ソフトの開 発により、多様な技術、戦術分析が可能で実践への 応用が容易になった。
このような科学的知見を駆使したコーチ法も進歩 し、アスリートも回り道なく、高度なパフォーマン スが追求できる。また、科学的なトレーニング、コー チングに加えて、スポーツ障害やコンディショニン グに関わるトレーナーの支援もある。これらのプロ ジェクトチームによる連携・支援体制なくして世界 の頂点には立てない時代が到来している。
しかし、アスリートやコーチは日々厳しいトレー ニングで心身を限界まで追いつめながらオリンピッ クや世界選手権に挑む。それ故、人に与える感動も 大きい。このアスリート達の努力とトレーニング法 が何よりも注目され評価されるべきである。
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