最近、韓国で論文の捏造、東京大学で論文内容の非再現性が問題になった。当然、周囲への影 響は大きく、信頼と期待を裏切った事実は誰もが心を痛めたことと思います。また、その責任の 重さに対する処罰の態度が韓国と日本では異なり、韓国は厳重な処罰が与えられているのに対し、
日本では容認している雰囲気さえ感じられました。
論文を書くことで緻密性、論理性を高め、創造力を養い、そして学び方を学びます。そこでは 当然、倫理的規範や人が人として育まれるべき素養が磨かれるものです。しかしながら、捏造や 偽造はその作成者の人間性と人格が問われるものであり、今までの彼らの育成された素養は何 だったのかと不思議に思いました。
大学医学部における研究は、臨床と教育と三位一体であるべきでしょう。そこには患者を診る という人間性と、人を育てるというこまやかな情緒、そして研究という「形」が整い、尊敬され るべき医師が育つものと思います。
近年、うつ病患者が多く救急室(ER)を訪れます。時には世を儚んで見切りをつけ、自損行 為で来院されます。病的である場合は少なくないのですが、半分は心因性のものが多いようです。
先ほどの捏造、偽造も精神の病であり、うつ病も心の病であります。なぜそのような病に陥るか といえば、以前から心に代表される情緒の欠如と「形」を大切にする習慣が現代人に欠けてきた ためと考えておりました。そんなある時、書店で「国家の品格」なる本を読み、同じようなこと を考えている先生がいるものだと感激しました。そこには、「ならぬものはならぬ」という会津日 新館の訓示が載っておりました。「1. 目上の人の言うことを聞きなさい。」から始まり、「1. う そをついてはなりません。ならぬものはならぬものです。」で締めくくります。とても勇気付けら れる内容でした。これは理屈ではありません。情緒です。論理を超えた「形」です。生きていく 上での原則といっても良いかもしれません。医師としては、さらに、忍耐力や協調性、指導力な どが求められるのでしょうけれども、人としての原則「ならぬものはならぬものです。」は是非、
継承していきたいと思います。
編集委員 川 前 金 幸(平成18 年2月)
編 集 後 記