• 検索結果がありません。

第一、事実の概要等

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア " 第一、事実の概要等"

Copied!
42
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

第一、事実の概要等

 本稿は、iPod特許権侵害事件

について、その損害論とこれに関連 する秘密保持命令等について論ずることとするものである。

 本事件は,X(Apple Japan合同会社)が,入力装置等に関 する特許権を有するYに対し,Xの小型携帯装置(いわゆる「iPod」

なる製品である)の輸入販売がYの特許権を侵害しないと主張して,Y

(株式会社齋藤繁建築研究所)が上記特許権の侵害を理由とする損害賠償 請求権を有しないことの確認を求め,反訴は,Yが,Xに対し,Xの上記 輸入販売がYの特許権を侵害すると主張して,不法行為による損害賠償請 求権に基づき,損害金627億4800万円のうち100億円及びこれに 対する遅延損害金の支払を求めた事件である。

iPod特許権侵害事件

――侵害品の売上高と秘密保持命令

帖   佐       隆

1 知財高判平成26・4・24裁判所ウェブサイト(平成25年(ネ)第10086号)

  東京地判平成25・9・26裁判所ウェブサイト(平成19年(ワ)第2525号、

第6312号)

  なお、本事件は最高裁に上告されたが上告審として受理しない旨の決定がな され(最二決平27・9・9平成26年(オ)第1135号、および、最二決平27・

9・9平成26年(受)第1447号) 、上記の二審知財高裁判決が確定している。

  なお、本評釈における符号については、特許権者側をYとし、被疑侵害者側

をXとしている。本事件における裁判は当初Xによる損害賠償請求権不存在確

認訴訟の提起からスタートしているのだが、これに対して、YがXに対し、反

訴として損害賠償請求訴訟を起こしている。本事件においては、この両者が併

合されているため、判決による呼称の仕方を踏襲し、この形とした。したがっ

て、反訴たる特許権侵害訴訟としては、YがXに対して提起した形となってお

り、通常の符号のあり方とは異なる点に留意されたい。なお、当該訴訟の証拠

の符号についても、X(被疑侵害者側)提出によるものが甲号証、Y(特許権

者側)提出によるものが乙号証となっている。

(2)

 なお、本事件におけるYは、自然人A(齋藤憲彦氏)の親族の経営する 株式会社であり、本事件は事実上個人発明家たるAが、世界的な巨大企業 の日本法人であるXが輸入販売する著名商品(iPod)に対して、特許 権侵害であるとして、同企業に対して損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴し た点で注目を集めた事件である。

 Aの本件発明は、平成10年1月6日に特許出願されていたが(特 願平10-第012010号(原出願) ) 、これをYは、平成17年5月2日に 分割出願し、その後、同出願は平成18年9月15日に特許権の設定 の登録がされ、Yに特許権(本件特許権)が発生していた(特許番号第 3852854号) 。Yの当該特許権は、発明の名称を「接触操作型入力 装置およびその電子部品」とするものである。

 これに対して、Xは同特許権の技術的範囲に属するとYが主張する物件

(iPod)を日本国内において輸入販売した。この物件の入力装置部分 がいわゆる「クリックホイール」と呼ばれるものであるが、Yの特許権に 係る発明はその入力装置に係る物の発明である。

 なお、判決文にはないが、A(Y)は権利化段階からXにライセンス交 渉をしていたとされ、それが決裂していたとされる

第二、判旨

 Xによる不存在確認訴訟却下。Yによる反訴の特許権侵害訴訟の損害賠 償請求一部認容。

 地裁も高裁も特許権侵害は成立する旨の判示があり、以下、損害論の判 旨のみを示す。

1.地裁判決(一審)および高裁判決(二審)共通の説示

  「Yは,Xの平成23年5月26日付け準備書面( 24 )別紙1の記載を 根拠に,X各製品の売上高が5976億円であると主張するが,Xは,上 記の記載が誤記であると述べている上,そもそも上記記載が売上高の記載 2 新井信昭『iPod 特許侵害訴訟』 (2018年,日本経済新聞出版社) 113頁-132頁。

このことは訴訟記録からも確認され、訴訟でも主張されている。

(3)

であるかどうかも不明であり,他にXの上記主張を裏付ける的確な証拠が ないことに照らすと,これを採用することはできない。 」

  「また,Yは,計算鑑定の結果等は,製品別売上台帳等の取引別の詳細 データを用いていないから信用することができないと主張するが,X製 品別売上台帳等の取引別の詳細データを常備していないというのであり,

「…の追加陳述書」 (…)及び「…の補充的陳述書」 (…)の基となるデー タは米国のアップル・インクに対する監査報告手続において会計監査人が 依拠している会計データベース(…)から析出して得られたものであっ て,無作為に選択された25件の取引レベルのサンプルデータにより,上 記データベースから抽出した販売数量及び売上データが請求システムの データと一致することが確認されている上(…) ,鑑定対象期間である平 成18年10月1日から平成23年9月24日までの売上高については上 記データベースから抽出された製品別月次売上データとXの計算書類上の 売上高との整合性に特段の問題はないとされているから(計算鑑定の結 果) ,Xの上記主張は,採用することができない。 」

  「本件各発明の実施に対しYが受けるべき金銭の額に相当する額の金銭 を算出するに当たっては,前記消費税込みの売上高に相当な実施料率を乗 じる方法によるのが相当である。 」

  「実施料率〔第5版〕 (…)によれば, 「19.ラジオ・テレビ・その他 の通信音響機器」に含まれる「電気音響機械器具」には,録音装置,再生 装置,拡声装置及びそれらの付属品が含まれるところ,この分野の平成4 年度ないし平成10年度の実施料率(イニシャルなし)の平均値は,5. 7

%である。なお, 「20.電子計算機・その他の電子応用装置」の同様の 平均値は,33.2%であるが,これは主にソフトウエアの実施料率が高 率であることによるものとされているから,これを参考にすることは相当 でない。 」

  「Yが本件特許につき他に許諾した例はないことが認められる。 」

  「本件各発明の技術内容,程度は高度なものであるとは認め難いという

べきである。 」

(4)

  「X各製品の販売開始前に販売されていたiPodは,前記のタッチホ イール及びタッチホイールの上部(軌跡から外れた位置)等に配置してい るものがあり(…) ,そのような構成で代替することは可能であったとい うことができるものの,それを採用したのでは操作性に劣り先進性を欠く ことになると考えられるし(…) ,実際にX各製品の販売開始後にそのよ うな構成を採用したモデルがあることは窺えないから,この点を重視する ことはできない。 」

  「操作性の向上の点は,タッチホイールを採用していた従前のモデルの 後に,クリックホイールを採用したX各製品等が販売されたことやX自身 がクリックホイールによる操作性の向上を宣伝していること(…)からす ると,一定の寄与があるとは考えられるが,クリックホイールの機能の割 当てや本件各発明とは無関係のセンターボタンの存在の果たす役割も大き いと考えられるから,この点に関する本件各発明の寄与の程度が大きいと は認め難い。 」

  「そうすると,本件各発明の技術がX各製品に対して寄与する程度は大 きくないというべきである。 」

  「本件各発明がX各製品の売上げに寄与する程度について見るに,証拠

…によれば,X自身,クリックホイールをX各製品の操作性の要と位置付 け,新機能,セールスポイントとしてこれを積極的に宣伝し,好評を博し てきたことが認められる。 」

  「また,証拠…によれば, 『アップル』のブランドの価値は非常に高く,

X各製品のデザイン,カラーバリエーション,iTunes,ビデオ再 生,ゲーム,大型液晶,記憶容量,バッテリ容量,小型軽量といった点の 訴求力がかなり強いものであり,平成18年11月16日時点におけるデ ジタルミュージックプレーヤー市場におけるiPodの国内シェアは約 60%に達しているが,それにはXの販売努力が相当程度貢献しているこ とが認められる。 」

  「このような諸般の事情を総合考慮すると,相当な実施料率は,●(省

略)●%と認めるのが相当である。 」

(5)

2.地裁判決(一審) (のみ)での説示(高裁段階で改められる)

  「証拠…及び弁論の全趣旨によれば,平成18年10月1日から平成 25年3月30日までの間のX各製品の日本国内における売上高(消費税 抜き)は,●(省略)●円であり,消費税込みの売上高は,●(省略)●

円であると認められる。 」

  「タッチパネル…をもって代替手段となるとは認め難い。 」

  「 そ う す る と, Y が 受 け た 損 害 の 額 は, 次 の 算 式 の と お り,

3億3664万1920円(円未満切捨て)となる。

(算式)●(省略)●円×●(省略)●=336,641,920.824円」

3.高裁判決(二審) (のみ)での説示

  「証拠…及び弁論の全趣旨によれば,平成18年10月1日から平成 25年3月30日までのうちの各始期から各終期までの間のX各製品の日 本国内における売上高(消費税抜き)及び消費税込みの売上高は,本判決 添付の別表の該当欄記載のとおりであると認められる。 」

  「平成19年9月から発売が開始されたiPod touchではク リックホイールが採用されず,タッチパネルが採用されている(…) 。 タッチパネルはプッシュスイッチを有するものではなく,また,タッチパ ネルによる操作方法は,タッチパネル向けに最適化されており,コンテン ツをCover Flowで表示するには,iPod touchを横に回 転させ,アルバムカバーをブラウズするには,左右にドラッグするか,フ リックし,任意のトラックを再生するには,再生したいトラックをタップ する等というものであって,クリックホイールによる操作とは大幅に異な る(…) 。そうすると,タッチパネルとクリックホイールとでは,小型携 帯装置の入力手段であるという程度の共通性しか見出せず,両者が代替手 段の範疇にあるとは認められない。 」

  「そうすると,Yが受けた損害の額は,次の計算式のとおり,3億 3664万1921円(円未満四捨五入)となる。

(計算式)●(省略)●円×●(省略)●%=3億3664万1921円

(6)

…平成18年10月1日から平成25年3月30日までのうちの各始期か ら各終期までの間のX各製品の日本国内における売上高(消費税抜き)及 び消費税込みの売上高は,本判決添付の別表の該当欄記載のとおりである と認められるところ,各期間のうちのいつそれぞれの売上があったかを認 定するに足りる的確な証拠はないから,遅延損害金については,各期間の 終期から発生するとするのが相当である。 」

  「以上によれば,反訴に係るYの請求は,3億3664万1921円及 び…それぞれ年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるか ら,この限度で認容するべきところ,これと異なる原判決は変更するべき であるから,主文のとおり判決する。 」

第三、問題の所在等

 上記のように、地裁判決も高裁判決も本件では特許権侵害を認め、3億 円強の損害賠償を認容している。ただ地裁と高裁で判決は改められた形と なり、認容額は高裁で1円だけ増してそれが確定しているが、これは切り 捨てと四捨五入の相違によるものであり、損害額へのアプローチについて は地裁と高裁でほぼ変化はない。ただ、遅延損害金の計算方法は地裁と高 裁で違いが出ている。

 このような判決であったが、筆者はこれら両判決には大きく問題が内包 されていると考える。以下説明をしていきたい。

1.侵害論と無効論

 本事件では、東京地裁、知財高裁の二審級にわたり、綿密な侵害論(構 成要件の充足論)および無効論がたたかわされた。訴訟係属中に特許権者 により訂正審判による訂正も行われ、一方で、地裁で10個、高裁で13 個にもわたる無効の抗弁が主張された。本事件では、こういった経緯等に より熟議による審理が行われたといえよう。

 その結果、侵害論においては、権利範囲に包含されることが地裁判決・

高裁判決両方で認定され、また、すべての無効理由に対して、これは成り

(7)

立たず、特許が有効であることが認定された。結果、特許権侵害が認定さ れ、3億3664万円余の損害賠償請求が認容されたのである。

 侵害論、無効論については、きわめて精緻な形で熟議が行われたことが うかがわれ、きわめて妥当な判断がなされたのではないかと思われる。加 えて当然のことながら、この審理については、公開の裁判で行われ、判決 文には詳細な理由も記載されており、国民の検証に資するものとなってい る。

 筆者においては、この侵害論と無効論については、特に問題意識をもっ ていない。したがって、本稿においては、これらについては触れないこと とする。

2.損害論

 しかし、損害論であるが、これは、きわめて不透明なものとなっている。

 その理由であるが、まず、侵害品

・ ・ ・

の売上高等に秘密保持命令が発令され ており、また、当然ながら、これには第三者に対する閲覧制限も発せられ ていることがある。つまり、これらによれば、侵害品

・ ・ ・

の売上高等は営業秘 密だというのである。したがって、判決文や訴訟資料においてこの侵害品 の売上高等は秘匿されており、Xの関係者と裁判所以外では、Yの名宛人 たる代理人(弁護士及び弁理士)しか、この侵害品の売上高等を知ること ができていないのである(むろん筆者も知ることができていない) 。これ は裏を返せば、事件の当事者であるAやY(の代表者)ですら、この侵害 品の売上高等は知ることができていないのである。ましてや当然のことな がら、第三者はこれらを知りうる余地はまったくない。

 さらに問題なのは、本件は権利者が不実施の事件であり、特102条3 項による損害額の認定がなされているが、上記の反射的な作用として、裁 判所がその審理において認定・説示した同項の「受けるべき金銭」に係る

(相当)実施料率までもが、事実上秘密保持命令や閲覧制限の対象となり、

非公開となっているということがある。この点、最終的な認容額は公表し

なければならないのであるから、 (相当)実施料率を公表してしまえば、

(8)

たしかに、営業秘密とされた侵害品の売上高を公開することになってしま う。したがって(相当)実施料率は秘密にせざるをえないということにな るのであろう。

 しかしながら、この(相当)実施料率は、裁判所によるきわめて重要な 判断事項であるはずである。いうまでもなく、最終の賠償認容額とそこに 至る判断はきわめて重要な裁判所の判断事項である。また、(相当)実施 料率自体は営業秘密でもなんでもない。にもかかわらず、本事件では、裁 判所によるこの重要な判断事項が非公開となってしまっている。その結 果、事実上、損害論のほとんどがブラックボックスとなっているのであ る。これでは本事件における裁判所の判断が適切かどうか、国民は判断す ることができない。ひいては、当事者かつ最大の利害関係人であり、訴訟 を提起したY(の代表者)や最大の利害関係人であるAが裁判所の判断を 知ることができないということに帰する。このことは到底妥当であるとは いえまい。

 さらに考えていくならば、そもそも、侵害品

・ ・ ・

の売上高等は営業秘密なの であろうか。その結果、本事件において、秘密保持命令が発令され、閲覧 制限がなされることに果たして正当性があるのであろうか。本事件ではそ こにいきつくのである。よって、本事件においては、この侵害品

・ ・ ・

の売上高 を営業秘密として秘密保持命令の対象とした結果、事実上、判決が認定し た損害論の内容について、事実上すべて、刑事罰をもって秘匿する結果と なっている。

 よって、本事件において上記の情報が非公開になるということは、裁判 公開の原則(憲法82条)に反している疑いもある。また肝心な訴訟の当 事者等(相手方)までもがその内容を知ることができておらず、救済が不 十分な可能性も出てくる。これらのことに妥当性はあるのであろうか。

 本稿では、そのような問題意識に立ち、この秘密保持命令の妥当性を検

討しつつ、本判決の損害論の内容にも立ち入り、その妥当性を検討してい

くこととする。

(9)

第四、本事件と秘密保持命令そして訴訟記録の閲覧制限

 次に、本事件と本事件に付随する秘密保持命令について述べる。以下 に、本事件における秘密保持命令の内容等をみてゆこう。

1.本事件における秘密保持命令

 本訴訟における訴訟記録によれば、本事件においては次のように秘密保 持命令が発令されている。

(1)平成23年4月13日(地裁の審理中)にXは、その準備書面

(25)において、 「秘密保持命令の発令があれば、イ号物件の売上高につ いても開示を行う用意があることを、本書面をもって申し述べる」旨の主 張を行っている。これは第24回弁論準備手続で陳述された。

 なお、その他開示する意思のある情報として、 「イ号物件に使用される クリックホイールの部品代」 、 「総販売台数」 、 「総売上高」 、 「総販売台数の 機種別の内訳」 、 「イ号物件の総売上高の機種別の内訳」などを挙げている。

(2)これに先立つ平成23年3月25日に、Xは販売数量、実施料率、

部品の原価等について、相手側訴訟代理人らを名宛人として、秘密保持命 令の申立てを行っている。これにより、秘密保持命令の裁判が行われてい る(東京地裁平成23年(モ)第1162号) 。

 この秘密保持命令の申立てにおいて、Xは秘密管理性、有用性、非公知 性を充足する旨の一応の疎明を行っている。そして、疎甲1号証としてX 幹部からの陳述書、そして、疎甲2号証として社員秘密保持契約書を提出 するなどしている。

(3)これに対して、秘密保持命令についての裁判において、Yは秘密保 持命令意見書を平成23年5月25日付で提出している。ここでは対象情 報に有用性や非公知性を欠くなどの主張、および必要性についての疎明が ないとの主張がされ、営業秘密性はなく、秘密保持命令は成り立たない旨 の疎明をしている。

 有用性がないことについて、Yは、まず、有用性の意味について、下級

(10)

審裁判例

を引用し、 「不正競争防止法は,このように秘密として管理され ている情報のうちで,財やサービスの生産,販売,研究開発に役立つなど 事業活動にとって有用なものに限り保護の対象としている」とする同裁判例 の説示を根拠としている。Yはこの考え方により有用性を否定しようとして いるのだと思われる。この点については、Yは平成21年改正版逐条解説の

「 『有用な』とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業 活動にとって有用であることを意味する」

との部分をも引用している。

 そして、対象情報(侵害品の売上高等)に、保有による優位な効果が認 められない旨を理由としているようである。

 また、非公知性がないことについては、X自身が四半期毎に決算の開示 情報として対象物件(iPod)の販売台数を開示していることを理由と しているようである。

 この主張に対してYからは、疎乙1号証で「iPodの販売累計が1億 台を突破」したことを示すインターネット記事、疎乙2号証や疎乙3号証 やでも販売台数を示す外部記事、疎乙5号証、疎乙6号証で、Xからの業 績の発表の資料が添付されている。

 また、Yは、秘密保持命令の必要性がないことについても疎明している。

(4)一方で、Xは平成23年5月26日に「秘密保持命令申立て書補充 書」を提出し、関係者の陳述書を提出するなどしている。

(5)このような経緯の中で、裁判所(基本事件の合議体)は、平成23 年6月23日に当該東京地裁平成23年(モ)第1162号事件について秘密保 持命令を認める決定を出している。名宛人はYの代理人らである。Yの代 表者等やAは含まれていない。

 この秘密保持命令の決定については、特に理由も付されておらず、営業 秘密の三要件についての検討が十分に行われた形跡はない。

3 Xが引用する裁判例は有用性が否定された事例である東地判平14・2・

14裁判所ウェブサイト(平成12年(ワ)第9499号)である。この説示はきわ めて妥当であるが、この事例の詳細な内容を見るに、対象情報は、本件のそれ とは性質を異にするように思われる。

4 経済産業省知的財産政策室編著『逐条解説 不正競争防止法』 (平成21年改正

版,2010年,有斐閣)38頁。

(11)

(6)その後も本件訴訟に関係するいくつかの関連する秘密保持命令の申 立てがなされ、秘密保持命令の決定がなされている(以下、取下げられた ものを除き、示す。 ) 。

 ①東京地裁平成 24 年(モ)第 224 号   Xによる申立…平成24年1月20日

  秘密保持命令を認める決定…平成24年3月22日  ②東京地裁平成24年(モ)第245号

  Xによる申立…平成24年1月23日

  秘密保持命令を認める決定…平成24年3月22日  ③東京地裁平成 24 年(モ)第 537 号

  Xによる申立…平成24年2月16日

  秘密保持命令を認める決定…平成24年3月1日  ④東京地裁平成24年(モ)第266号

  Xによる申立…平成24年1月25日

  秘密保持命令を認める決定…平成24年3月22日

 ⑤東京地裁平成 24 年(モ)第 4665 号(本件に関する計算鑑定意見書)

  Xによる申立…平成24年12月4日

  秘密保持命令を認める決定…平成24年12月20日  ⑥東京地裁平成25年(モ)第1426号

  Xによる申立…平成25年4月26日

  秘密保持命令を認める決定…平成25年5月22日

 これらは訴訟の進行に応じて出てきた損害論に関する資料に対し、順次 秘密保持命令を申し立ててきたものである。

 なお、筆者が訴訟記録を調べたかぎり、侵害論や無効論における情報に 対して秘密保持命令が発せられた形跡はない。上記秘密保持命令の対象と なり、決定がなされたものは、すべて損害論に関するものであり、売上高 や売上個数等の損害額の計算の基礎資料となる情報ばかりである。

 これら秘密保持命令の決定については、いずれも裁判所による理由の説

示はない。営業秘密性についての裁判所による検討は充分にされているも

(12)

のとは言い難いのではないだろうか。

 加えて、上記の秘密保持命令についての①事件以降については、Yから の意見書なども見当たらない。最初の事件と同様の判断となるのを見越し てあえて反論をしなかったものと考えられる。また、Yとしてはその分判 決の遅れにつながる危惧もあったものと考えられる。そして、これらの秘 密保持命令の申立てと決定は地裁段階でのみ行われており、高裁段階では 行われていない。

(7)一方で、地裁段階で秘密保持命令の取消しの申立てが1件だけ行わ れている(平成24年(モ)第1492号、Yによる取消申立…平成24年4月 19日、その後取消しの決定があり確定) 。この取消しの申立てに係る情 報は、Xが開示した資料中、Yが侵害品の売上高ではないかと主張した部 分であり、この部分については営業秘密該当性の疎明がないとして、秘密 保持命令の取消しの決定がなされ(平成24年6月22日) 、確定してい る。

 この情報については、判決文の145頁-146頁で言及されている部分であ り

、この書面は秘密保持命令の対象となっているが、当該記述のみを秘 密保持命令から除外して、取り消すように求めたものである。この点につ いては取消しが認められ、判決文にもその記載である「5976億円」と の額は記載されている。

 なお、これらの秘密保持命令の取消しの申立てと決定は地裁段階の上記 1件のみ行われており、高裁段階やそれ以降には行われていない。

(8)上記秘密保持命令が決定され発令された部分については、当然、閲 覧制限もかけられており、その部分について、第三者が訴訟記録を閲覧す ることはできないこととなっている。

5 いわく「Yは,Xの平成23年5月26日付け準備書面(24)別紙1の記載

を根拠に,X各製品の売上高が5976億円であると主張するが,Xは,上記

の記載が誤記であると述べている上,そもそも上記記載が売上高の記載である

かどうかも不明であり,他にX

(ママ)

の上記主張を裏付ける的確な証拠がないこ

とに照らすと,これを採用することはできない。 」

(13)

2.秘密保持命令制度(特許法105条の4等)

 次に、本事件において活用された秘密保持命令の制度(特許法105条 の4等)と訴訟記録の閲覧制限の制度についてその内容等を述べておきた い。

(1)秘密保持命令制度の概要

 秘密保持命令の制度とは、特許権等の侵害等の訴訟において、当事者が 保有する不正競争防止法2条6項にいう営業秘密について、準備書面や証 拠に営業秘密が記載されたり含まれたりしている場合であって、これの目 的外使用により事業活動に支障を生ずるおそれがあり、これの防止のため に営業秘密の使用や開示を制限する必要がある場合に、当該営業秘密を訴 訟遂行の目的以外に使用することや命令の名宛人以外の者に開示すること を禁ずる命令を裁判所が発することができる制度をいう(特許法105条 の4) 。そしてその命令が秘密保持命令である。

 この命令違反には罰則がある点が大きく(特許法200条の2

) 、こ の刑罰による威嚇により秘密保持を強く義務付ける点が特徴である。した がってその威嚇力は非常に大きく、取扱いを誤れば事業活動に影響が出る ことにもなりうる。

(2)秘密保持命令制度の趣旨

 秘密保持命令制度の趣旨としては、 「当該訴訟の追行の目的以外の目的 への使用や訴訟関係人以外の者への開示を禁ずることにより、営業秘密を 訴訟手続に顕出することを容易にし、営業秘密の保護及び侵害行為の立証 の容易化を図り、併せて審理の充実を図る」

ということにある。つまり、

営業秘密を訴訟に提出すると公開され、第三者ないし相手方本人に知られ るがゆえに営業秘密を訴訟に提出できない。したがって、公開しないまま 敗訴するということを防ぎ、審理の充実と営業秘密の保護の両立を図ると いうことであろう。

6 5年以下の懲役または500万円以下の罰金であり併科もある(同条1項) 、 また親告罪であり(同条2項) 、加えて国外犯も罰することとなっている(同 条3項) 。

7 特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説』 (第20版,2017年,発

明推進協会)344頁-345頁。

(14)

 この点、髙部眞規子判事は、 「実務上、秘密保持命令は、特許権等の侵害 訴訟において特許発明 (主として方法特許) との対比のため又は先使用権の 抗弁の主張等の場面で適用が検討される」

とする。すなわち被疑侵害者に よる侵害/非侵害の確認のため、特許発明との差異があるかどうか、その 被疑侵害者の独自の技術かどうか、等を確認することが主目的の制度であ るのだと考えられる。特許法104条の2における具体的態様の明示義務 規定と相まって侵害かどうかの適切な判断と営業秘密の適切な保護を両立 させるための制度であるといえよう。むろんこの目的以外のためにも適用は 可能であるが、上記の主目的を意識して制定された制度であると思われる。

(3)秘密保持命令制度に関係する者ならびに要件・手続等について  なお、秘密保持命令の発令は申立てによって行う(特105条の4第1 項柱書) 。申立人となりうる者は「当事者」とあるが(同柱書) 、当事者の うち営業秘密の保有者のみであるとされる

 一方、秘密保持命令を受けるべき者(名宛人)は「当事者等、訴訟代理 人又は補佐人」である(同柱書) 、当事者等とは、当事者(法人である場 合にあってはその代表者)又は当事者の代理人(訴訟代理人及び補佐人を 除く) 、使用人その他の従業者となる(特105条3項) 。実務上は、コン ターミネーションの問題などがあり、事業への影響がありうるため、名宛 人については、どの範囲の者が知ることにするかを、原告側の意見を聞い て、事前協議において、調整しておく必要があるとされる

10

 秘密保持命令の申立ては基本事件の裁判所に行い、その裁判は基本事件 の裁判体が行うと解される

11

。その審理の内容(発令の要件)は

12

、①準 備書面の記載や証拠の内容に当事者の保有する営業秘密が含まれること

(特105条の4第1項1号) 。②目的外使用や開示により、当該営業秘密 8 髙部眞規子『実務詳説 特許関係訴訟』 (第3版,2016年,一般社団法人金

融財政事情研究会)62頁。

9 髙部・前掲注8 62頁。

10 髙部・前掲注8 63頁、69頁。

11 この点を明文で記した文献は見当たらないが実務上はそうなっているようで ある。特許法105条の4第1項柱書の「裁判所は、 」はそのように読むので あろう。

12 髙部・前掲注8 70頁以下。

(15)

に基づく当事者の事業活動に支障を生ずるおそれがあり、これを防止する ため当該営業秘密の使用又は開示を制限する必要があること(同項2号) 、

③その申立ての時までに名宛人が当該準備書面の閲読又は同号に規定する 証拠の取調べ若しくは開示以外の方法により当該営業秘密を取得し又は 保有していたものでないこと(同項柱書中但書) 、について行われる(特 105条の4第1項) 。営業秘密とは不正競争防止法2条6項の営業秘密 であり(特105条の4第1項柱書) 、秘密管理性、有用性、非公知性の 三要件を充足しなければならず、これについても審理されることとなる。

 なお、髙部判事は

13

、秘密保持命令の営業秘密性の要件の判断は民事訴 訟法92条1項2号の訴訟記録の閲覧等の制限の判断に比べて厳格に行わ なければならない旨をいう。訴訟記録の閲覧等の制限の判断はゆるやかに 解釈する運用が行われてきた傾向にあるのに対して、秘密保持命令は刑事 罰をも伴うものであることを理由としている。閲覧制限の判断の妥当性は ともかく、まったくもって妥当な意見である。

 申立てにあたっては書面でしなければならず、名宛人、対象営業秘密を 特定するに足りる事実、及び、上記①②の事実を記載して行わなければな らない(同条2項) 。

 秘密保持命令が発せられた場合には、その決定書を秘密保持命令を受け た者に送達しなければならず(3項) 、その決定書の送達の時から秘密保 持命令の効力が発生する(4項) 。

 秘密保持命令の申立てが却下された場合には即時抗告ができる(5項) 。 しかし、秘密保持命令が認容された場合には即時抗告による不服申立はで きない(5項反対解釈等) 。この点、制度として、秘密保持命令が認容さ れた場合には次に述べる秘密保持命令の取消しの申立てで争うことになる。

これは審理の迅速化のために、秘密保持命令の効力を早期に安定化させる 必要があるからであるとされる

14

。とはいえ、この場合は、一旦、秘密保 持命令が発せられた状態で争う、ということになる。

13 髙部・前掲注8 70頁。

14 阿部・井窪・片山法律事務所編長沢幸男監修『平成16年改正 裁判所法等を

改正する法律の解説』 (改訂版,2006年,発明協会)50頁。

(16)

(4)秘密保持命令の取消しとその申立て

 一方で、秘密保持命令の要件が充足されていないのに秘密保持命令が発 せられたなど、発せされたことに不服がある場合や、事後的に秘密保持 命令の要件を欠くに至った場合は、秘密保持命令の取消しの申立て(特 105条の5)を行うことによって争い、取消しを求めることとなる。し たがって、当初より要件を充足しない場合も、事後的に要件を充足しなく なった場合も同じ手続によって争うこととなる。

 この取消しの申立ては、訴訟記録の存する裁判所に対して行うのである

(同条1項) 。したがって、基本事件が係属している場合はその係属してい る裁判所に行い、事件が確定した後は第一審の裁判所(地裁)に対して行 うこととなる。ゆえに当然ながら地裁係属中は地裁に、高裁係属中は高裁 に対して行うこととなる。

 秘密保持命令を取り消す裁判は確定しなければ効力を生じない点に注意 が必要である(同4項) 。これは営業秘密の性格を考えるとやむをえない ところであろう。決定があった場合は決定書を申立人及び相手方に送達し なければならない(同2項) 。

 また、不服申立については、取消しが認められる場合も、認められない 場合も、即時抗告をすることができる(同3項) 。

3. 訴訟記録の閲覧制限の制度と本事件

 以上、秘密保持命令について述べてきたが、その秘密保持命令の部分に ついては第三者に対する閲覧制限もされているのが通例であり、その場 合、第三者は記録を閲覧してもその内容を見ることができない。

 本事件における閲覧制限部分もやはり損害論に関するものしかなく、売 上高、売上台数、等の損害賠償論に必要な情報のみしか閲覧制限の対象と はなっていない。本事件では発明が物の発明であることもあってか、侵害 論や無効論において閲覧制限はされていない。

 訴訟記録の閲覧制限の制度であるが、民事訴訟法92条2項1号に規定

があり、訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法2条6

(17)

項)が記載等されていること(この要件については秘密保持命令と同じ)

の疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定 で、当該訴訟記録中の秘密記載部分の閲覧等の請求をすることができる者 を当事者に制限することができる旨を規定する。この申立てが却下された 場合は即時抗告ができる(同4項) 。一方で、閲覧制限の申立てがあった ときはその閲覧制限の裁判が確定するまで当該記載部分の閲覧等の請求が できない(同2項) 。

 閲覧等の制限の裁判は基本事件に係る裁判体が行っている。したがって 閲覧等の制限の決定は基本事件の当事者双方がこれを認めれば比較的容易 になされているようである。おそらく、閲覧制限下でも当事者双方はすべ て情報を知ることが可能であるし、裁判の迅速のほうを優先させたい事情 もあるからであろう。

 前掲髙部判事が述べるように

15

、閲覧等の制限の決定は営業秘密性の認 定が緩やかに行われているようである。これは筆者も感じるところである。

筆者も第三者として調査などするときは、閲覧のみしかできないので、こ こで証拠を示すことが難しいが、訴訟当事者の企業の職務発明規程などに 閲覧等の制限が発令されている

16

のに触れたことなどがある。その他閲覧 等の制限に関しては、営業秘密性の判断が甘いことはしばしば感じている。

 とはいえ、その営業秘密性に疑義がある場合などは、閲覧等の請求をし ようとする第三者は、訴訟記録の存する裁判所に対して、決定の取消しの 申立てをすることができることとなっている(3項) 。したがって、閲覧 を希望する者はこれにより営業秘密性を争うことにより開示が認められる 可能性はある。よって、閲覧制限等部分の開示については、このときに精 査されることにはなるであろう。

15 髙部・前掲注13参照(髙部・前掲注8 70頁) 。

16 企業の勤務規程が営業秘密だとすると、企業を選ぶ側が処遇の厚い方に就職 する、という言説に偽りがあることになる。企業を選ぶ側が勤務規程を確認で きないのではないのだろうか。

  また、そもそも、企業の勤務規程が営業秘密だとするならば、これを従業員

に守らせることも難しくなるし、加えて勤務規程の適用をめぐって労使間で疑

義が生じた場合にその法的紛争を秘密裁判にせよということにもなってしま

う。それは妥当でない結論であろう。

(18)

4. 小括

 以上述べた制度に基づき、本事件は、損害論の基礎となる売上高、売上 台数等について、秘密保持命令と閲覧等の制限によって強固に秘密保持が なされている。本事件では単純に特許法102条3項の(相当)実施料率 を乗ずることにより損害賠償額を算定しているから、上記の結果、 (相当)

実施料率まで秘密となり、事実上損害論はほとんどすべて秘密となってい るに等しいのである。制度の意義や裁判公開の原則(憲法82条)に鑑み れば、やはり疑義の残る取扱いであるように思われる。以下さらに検討し ていくことにする。

第五、本事件における秘密保持命令等に係る対象情報の営 業秘密性

1.秘密保持命令等に係る本件の対象情報と営業秘密性

 それでは、次に、秘密保持命令そして閲覧等の制限に係る本件の対象情 報について、その適用の要件である営業秘密性の検討をしてゆくこととし たい。

 本事件の対象情報は、侵害品の売上高(総販売額) 、侵害品の売り上げ 台数(販売数量) 、販売品や部品の原価といった。損害論を展開するため の情報である。

 これらについて営業秘密性(不競法2条6項)は果たして存在するので あろうか。以下、みてみることにする。

2.秘密管理性(営業秘密であるための第一の要件)

 秘密管理性については、平成23年(モ)第1162号の事件において は、Xが対象情報について管理している内容を一応述べ、また、上述のと おり、社員(従業員)との間の秘密保持契約書について証拠として提出し ている。

 管理状況については、真実性の確認をするのが難しく、本当に秘密管理

(19)

をしているかどうか疑問は残る。しかしながら、一応秘密管理の状況を疎 明していることからすれば、Xの主張が正しければ秘密管理性は充足する 可能性はあると思われる。この点については結局わからないところが多 く、検討はこのへんで終わりたい。もしXが述べていることが真実であれ ば、秘密管理性は充足する可能性はあるということで一応の結論としたい。

3.有用性(営業秘密であるための第二の要件)

(1)結果としての数値と有用性

 しかし、これに対して、筆者がその充足性に疑問をもっているのは有用 性である。一般に製品の売上高や販売台数、加えて、原価

17

、そしてライ センス契約が行われた場合の実施料率というのは、果たして有用性がある のだろうかというのが筆者の疑問である。

 たしかにこれらは、特許権等の侵害に関係しなければ反社会的情報(ス キャンダル情報)ではない。したがって、秘密保持契約により民法上の保 護は受けることができるであろう。秘密保持契約を締結した場合などは情 報の内容を理由としてその契約が民法90条により無効とされることはな いと思われる。

 しかしながら、不正競争防止法2条6項が定める営業秘密の有用性はこ れらの情報には存在するのであろうか。

 有用性と一言で呼称しているが、法文上は、 「生産方法、販売方法その 他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」でなければならない。前 述したが逐条解説においては、 「財やサービスの生産,販売,研究開発に 役立つなど」

18

との解説が付されているのである。これは基本的には技術 上のノウハウ、販売上のノウハウなどにより、開発効率を上げるなどの優 位な効果を求めているのではないだろうか。

 加えて、この有用性というのは、不競法の営業秘密保護法制の根幹を占 17 渋谷達紀教授は、売買価格のようなものでも営業秘密に該当すると考えてい るようである。渋谷達紀『不正競争防止法』 (2014年,発明推進協会)155頁。

後述の田村説に近い考え方であろうか。

18 経済産業省知的財産政策室編著・前掲注4 38頁。

(20)

めていると筆者は考えるのである。つまり開発効率や経営効率を上げるな どの情報であり、優位な効果があるからこそ財産的な価値があるのであ る。そして財産的な価値があるからこそ営業秘密保護法制で保護するので はあるまいか

19

。営業秘密保護法制については概ねそのような説明がされ ているのである。

 この点、運用ではなく理論においては、この説明で一貫されているよう に思われる。営業秘密保護法制創設時の審議会報告書

20

では、 「財産的情報 を保護する利益は、当該情報を秘密として自らが保有することにより、経 済活動の中で有利な地位を占め、収益をあげることを可能とする利益であ る」とし、具体例として「当該情報により財・サービスの生産・販売、研 究開発、費用の節約、経営効率の改善等の現在又は将来の経済活動に役立 てることができるものであることが必要である」とする。よって、有用性 の要件としては上記の趣旨に沿った情報であることが必要であり、かつ、

この要件は司法においてしっかりと審査されなければならないのではない だろうか。

 これに対し、今回、Xによって営業秘密であると主張されている情報 は、売上高や売上台数の情報、原価の情報、ライセンスに対する実施料率 などである。これらは開発効率や経営効率を上げる情報であるのだろう か。疑問が残る。

 加えて、これらは結果としての数値(情報)にすぎない。これらは実際 に販売された結果、原価として最終的に定まった結果、あるいは実施料交 渉を経て最終的に交渉がまとまった際の結果にすぎない。これらは企業と して他者に知られたくないとする意思は理解できるが、営業秘密としての

19 なお、山本庸幸氏は、 「本法により保護されるべき営業秘密は、国民経済の

発展に役立つような社会的意義のあるものでなければならない」とするととも に、 「役立つ可能性が客観的に認められるもの」であるべき旨をいう。山本庸 幸『要説 不正競争防止法』 (第4版,2006年,発明協会)143頁。

20 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書) 「財産的情報に関する不正競争

行為についての救済制度のあり方について」 (平成二年三月一六日)通商産業 省知的財産政策室監修『営業秘密―逐条解説 改正不正競争防止法』 (1990年,

有斐閣)資料1査収 157頁〔178頁〕 。

(21)

保護価値とは別論であると思われるのである。

 もっともXはこれらの情報がマーケティング戦略や価格戦略に有用な情 報であると主張しているようである。しかしながら、このようなマーケ ティング戦略や価格戦略、市場調査、といったことまで主張できるのであ れば、およそどのような情報だって有用性ありとの論理づけができるので はないだろうか。ならば、およそすべての情報は有用性があることに帰し

(反社会的情報(スキャンダル情報)でさえ論理づけができるのではない か) 、営業秘密保護法制の上記趣旨と合致せず、保護が広きに失すること になるのではないだろうか。

 この点、例えば、マーケティング戦略や価格戦略に活用できるからと いってそれは戦略を立てられるにすぎず、実際の開発効率の改善や経営効 率の改善のためには、それを実現するための直接的な他の情報や状況が必 要であろう。ゆえに、上記のような情報までに保護を与えるのはいきすぎ ではないだろうか。

 よって、筆者の私見としては、売上高、売上台数、原価情報、実施料率 といった結果としての数値そのものについては、有用性はないのではない かと考えるのである。

 この点、対象情報の保有によっても優位にはたたず、費用の節約や経営 効率の改善にもつながらないため有用性を欠くとの旨のYの主張に賛成で ある。

(2)結果としての数値と田村説について

 これに対し、田村善之教授

21

は、スキャンダラスな情報等以外は、すべ て有用性ありと考えるべき旨をいう。有用性の要件は高く設定すべきでは ないというのである。情報の価値については人によって判断が分かれ、情 報の価値を吟味してから保護を与えるという制度は思考経済に反し、実際 の運用に困難が生じるからだという。また企業は財産的価値があるからこ そ秘密管理しているのであり、それを突破されるのはよくない行為である

21 田村善之『不正競争法概説』 (第2版,2003年,有斐閣)335頁-336頁。なお

同教授のいう「スキャンダラスな情報等」とは「反社会的情報」 「スキャンダ

ル情報」といった語を包含すると解される。

(22)

のだから、それほど有用な情報でないからという理由で法的保護を否定す る必要はない旨をいう。

 しかしながら、この意見には反対である。まず、不正競争防止法におい て営業秘密を保護するのは営業秘密の財産的価値を評価するからである。

これがないものは保護価値がない。そうなると真に財産的価値があるかど うかはやはり司法判断する必要があるのではないか。保有者自身としては 財産的価値がないものでも秘匿する場合もある。そのようなものは秘密保 持契約上の保護対象にはなりえてもやはり不正競争防止法において民事の みならず刑事罰まで擁して保護するには値しないと思われるのである。

 この点、反社会的情報とまではいかないが、他社に知られたくない情報 というものはたしかにあるであろう。しかしながら、そのようなもので あっても財産的価値の認められないものは営業秘密とは明らかに異なる。

そのようなものは不正競争防止法における営業秘密保護の趣旨からみて保 護の対象とは明らかに異なるのではないだろうか。

 これに関連して、通商産業省及びその後の経済産業省は営業秘密保護法 制創設の際から一貫して、 「 『有用性』とは、保有者の主観によって決めら れるものではなく、客観的に判断されるものである」

22 23

との旨を述べて いる

24

。ここでいう「客観的に判断」とは司法審査を受けるということで あろう。この点、田村説では、対象情報が反社会的情報(スキャンダル情 報)かどうかは司法審査を受けるのであろうが、反社会的情報以外の有用 性判断は主観でよいとする考え方になろう。だが、営業秘密保護法制の趣 22 通商産業省知的財産政策室監修『営業秘密―逐条解説 改正不正競争防止法』

(1990年,有斐閣)58頁(中村稔執筆部分) 。もっとも同書においては、保有者 が営業秘密でないと認識していなくても客観的に営業秘密たりうる場合を例と して挙げているが、認識していても客観的に営業秘密でない場合も当然ありう ると解される。営業秘密保護法制の趣旨にかかわるからである。

23 例えば、経済産業省知的財産政策室編著・前掲注4 38頁、経済産業省知的 財産政策室『逐条解説 不正競争防止法』 (2016年,商事法務)42頁。その他同 省同室編著の解説書各改訂版において同旨。

24 千野直邦教授は、 「ここでの有用性は,当該情報の客観的有用性を意味する

ことから,保有者が主観的に有用と判断していても,客観的に当該事業に役立

つ情報でない限り,その侵害から保有者を保護する必要はないことになる」と

する(千野直邦『営業秘密保護法』 (2007年,中央経済社)167頁) 。

(23)

旨から考えるならば、すべからく客観性を問うべきであって、有用性判断 はすべて司法審査の対象となるとするほうが正しいように思われる。

 よって、財産的価値が存在するかどうかについては、司法審査の対象に なるとしなければ不正競争防止法の営業秘密保護法制の趣旨が有名無実な ものとなろう。よって、そのような情報はいくら秘密管理していても営業 秘密(不競法2条6項)としては保護すべきではない。

 この点、小野昌延博士は、 「営業秘密が、法的意義においても営業秘密 であると評価しうるかどうか、すなわち客観的に秘密保持の利益の存在を 認めうるかどうかは、裁判所の判断事項である」

25

と断定する。同感であ る。そうでなければ、不競法2条6項が有用性として要件を定めた意義を 没却すると思うのである。

 そのように考えると、本事件で秘密保持命令の発令された情報、すなわ ち、売上高、売上台数、原価等は反社会的情報ではないが、やはり営業秘 密としての保護には値しない情報であるように思われる。これらは開発効 率の改善や経営効率の改善などにはつながりにくく、財産的価値に乏しい からである。これらのデータは単なる結果としての数値なのであって、財 産的価値はもたらさないのではないだろうか。

 なお、上述したが、Xの側はこれらの売上高や売上台数の情報等もマー ケティングや価格戦略に競争者が活かせることを主張している

26

。しかし

25 小野昌延『営業秘密の保護』 〔増補〕 (2013年,信山社)560頁。なお、小

野昌延 = 松村信夫『新 ・ 不正競争防止法概説』 (第2版,2015年,青林書院)

341頁は、小野・前掲書560頁がいう「その利益の保持が社会的に是認されるこ とが必要である」 ( 「その利益」とは「営業秘密保持の利益」と小野・前掲書で は読める)の部分を引用しており、同意見であると解される。また、小野昌延

(編著) 『新 ・ 注解不正競争防止法』 (第3版,2012年,青林書院) (下巻)852 頁〔小野昌延 = 大瀬戸豪志 = 苗村博子執筆部分〕は、上記小野の旧版である小 野昌延『営業秘密の保護』 (1968年,有信堂)560頁の上記小野=松村の引用と 同一部分を引用しており、これまた同意見であると解される。

26 なお、仮に、価格戦略等の情報も営業秘密であるとすることができるのであ れば、一定期間がすぎれば有用性はなくなり、事後的に営業秘密性を失うこと がありえよう。そうなると事後的な秘密保持命令の取消し(特105条の5)

等の対象にもなりうることになる。

  また、本件の場合、売上高等も概算額等は推定されているのであるから、実

情報を知ったからといって、競争者の戦略としてさして有益になるとは思われ

ないのである。

(24)

ながら、何らかの戦略等に利用できるということを主張すれば足りるので あれば、およそどのような情報であっても有用性があることになってしま う。これは妥当でないように思われる。

 ゆえに、Xが保有する売上高、売上台数等の損害論に必要な情報は結 果としての数値にすぎず、営業秘密性は存在しないのではないだろうか。

よって秘密保持命令の発令等については大いに疑問があるところである。

(3)本件情報は反社会的情報ではないのだろうか。

 上記のように、筆者の立場としては、一般に、製品の売上高、売上台 数、原価、過去の実際の実施料率といったものは、結果としての数値にす ぎず、これらの情報については有用性がなく不競法2条6項の営業秘密で はないとする立場である。一般に技術効率や業務効率を高めるといった類 のものではないからである。

 しかし、仮に筆者の説が採用されず、有用性とはすべての情報から反社 会的情報(スキャンダル情報)を除いた残りすべてだ、との説が採用され たとする。だが、この場合においても本件情報、すなわち、本事件におけ

る侵害品

・ ・ ・

の売上高、売上台数等は、営業秘密には該当しないのではないだ

ろうか。なぜならば、特許権を侵害

・ ・ ・ ・ ・ ・

した侵害品

・ ・ ・

の売上高なのであるから、

それは反社会的情報(スキャンダル情報)にあたることになるのではない か。

 つまり、X製品の売上高は、わが国国内においては特許法違反という違 法な手段により売り上げた売上高、売上台数であることに帰することにな る。したがって、これらは反社会的情報であり、侵害品の売上高等は不競 法2条6項の営業秘密としての保護は受けることができないのではないだ ろうか。法的保護に値する情報とはいえなくなるからである。

 この点、髙部眞規子判事は

27

、 「営業秘密を含む書類の提出」に関して、

「文書の一部に営業秘密が含まれている場合(例えば、侵害品の売上げの 立証に必要な売上元帳に、侵害品以外の製品の販売先・卸値や販売数量が 記載されている場合等)には、その部分を除いて提出を命じることが可能

27 髙部・前掲注8 92頁-93頁。

(25)

である」とする。髙部判事のこの「侵害品以外の」との説示からすれば、

侵害品以外についての販売先・卸値、販売数量といったものは営業秘密だ が、侵害品についてのそれらは営業秘密に該当せず、特段の配慮なく提出 させることが可能であると捉えているように感じられる

28

(この点、侵害 品に関する売上高等の数値は反社会的情報(スキャンダル情報)であると 捉えているのであろうか) 。

 このように、有用性について田村説等の説をとるにしても、やはり侵害 品の売上高は営業秘密ではないとして、営業秘密に対する措置をとらずに 提出させることが可能であると考えるのが妥当なのではあるまいか。

 ゆえに、本件X製品がYの特許権を侵害する以上、いずれにせよ、営業 秘密ではない扱いで侵害品の売上高、売上台数、原価、実施料率等を提出 させることが正しいのではないだろうか。

 したがって、裁判所が秘密保持命令および閲覧等の制限を発令したの は、まず、有用性の点で誤りであるように思われるところである。

4.非公知性(営業秘密であるための第三の要件)

 次に、本事件における侵害品の売上高、売上台数、原価等についての非 公知性を考える。

 Xは侵害品の売上高、売上台数、原価等については非公知性がある旨を 主張する。これらは妥当なことなのであろうか。以下検討していきたい。

(1)本事件におけるYの損害論の主張と提出証拠

 まず、非公知性の検討を行う前に、Yによる損害論の主張と提出証拠に ついてみてゆきたい。

 訴訟記録にみられるYからのY準備書面(14) (-損害論-) (平成 22年3月4日付)によれば、損害額を次のように算出している。

28 また、髙部判事は、損害算定の基礎となる数字のうち、被告製品の販売数 量、販売額、利益率などの被告側の事実について争いが残る場合には、被告に おいてその必要な証拠資料を提出すべきであるとする(髙部・前掲注8 251 頁) 。被告が任意に開示しない場合には文書提出命令の手続を利用することに なるという(同頁) 。このような説示からみても侵害品の販売数量、販売額、

利益率などは営業秘密ではないと考えていると思われる。

(26)

 まず、乙23号証において、X自らが発表したプレスリリースを証拠と して提出している。そのプレスリリースは「iPod国内シェア60%

に」というものであり、2005年(平成17年)11月16日付のX本 人によるプレスリリースにより国内シェアが60%になったことの発表資 料を証拠として提出している。

 次に、乙24号証において、JEITA(電子情報技術産業協会)によ る統計資料を提出しており、同資料は、携帯型音楽プレーヤーの市場にお ける平成18年9月以降平成21年3月末までの市場全体の総売上台数を 1717万5000台としている。

  こ の 両 証 拠 か ら

29

Y は、 こ の 総 売 上 台 数 に 0.6 を か け た 1030万5000台をX製品の総売上台数と推計し、かつ、これの 90%をクリックホイール搭載機であると推計し、侵害品の売上台数を 927万4500台であると推計している。

 この間のiPodシリーズのクリックホイール搭載機が5機種であっ たので、台数をこの5機種で均等だったとして、それぞれ(均等割りし た)185万4900台売れたと仮定している。これに単価であるとさ れる、P機23800円、Q機20800円、R機20800円、S機 24800円、T機40800円と、Yの特許権に対する(相当)実施料 率を10%として、Yが受けるべき金銭(損害額)は242億9919万 円であるとしている。

 これから考えるならば、侵害品の売上高は2429億9190万円とな ろう

30

 なお、Yはその後、侵害品の売上高についての主張を5976億円に変 更している。これは、 「Xの平成23年5月26日付け準備書面( 24 )別

29 その他の証拠として、Yは、 「携帯オーディオプレイヤー BCNランキン

グ」 (乙25号証)なる証拠と、iPodモデルの区別を示す乙26号証を提 出している。

30 なお、高裁判決で確定した認容額は3億3664万1921円なのであるか ら、上記Yの当初主張の侵害品の売上額と実際の認容額から導かれる(相当)

実施料率は0. 1385%となる。私見では、これは本件侵害に対する(相当)

実施料率としては低すぎるのではないかという印象をもつ。

(27)

紙1の『Saito』欄の『ロイヤルティ』欄に『5976億円(72億 ドル) [72億2100万円(8700万ドル) ] 』との記載があること」

を根拠にしている(上記第四、1. (7)の項に記した唯一の秘密保持命 令の取消しの対象となっている部分である) 。しかし、これは、Xに誤記 であると主張され、これを認めた裁判所にも根拠がないことにされてし まっている。だが、上記の約2430億円の数値についてはそれなりに算 出根拠があるように思われ、概算としては、これと同等かそれ以上程度の 売上高にはなると思われるのである。

(2)非公知性の検討

 損害額の立証責任は(一応)Yにあり、訴訟記録によれば、Yは、統計 資料等に掲載された売上台数データ等を根拠に、このように売上高や損害 額を計算し提出しているのである。Yの主張等は一応理解できるものであ り、決して理不尽なものではない。概ね客観性のあるものであろう。

 このような場合に、非公知性をどのように考えればよいのであろうか。

 たしかに、X製品の売上高や売上台数の厳密な1円単位1台単位の細部 にわたる値についてはたしかに非公知なのであろう。しかし、売上高や売 上台数の概算額(桁、オーダー)については概ね一致しているのではない だろうか。そのような場合に、非公知性を充足するとして秘密保持命令や 閲覧等の制限が認容されることには違和感を覚える。客観的な損害額の認 定に対する単なる阻害要因を作り出しているだけのようにも見えるのであ る。よって、非公知性ありとの立場をとるにしても、細部にわたるデータ についてはマスクをするなどの方法をとるにしても、少なくとも、概算額 がわかる部分だけでも秘密保持命令や閲覧等の制限の対象から除外すべき ではないだろうか。

 加えて、XはJEITAの統計と無関係なのであろうか。JEITAの

統計にいくばくかのデータを提供している可能性もあるし、現在はXの日

本法人はJEITAの会員でもある。また、JEITAとしてもXを無視

して荒唐無稽なデータを掲載することは不可能であるように思われる。し

たがって、この観点からも(厳密な)非公知性の成立は疑問に思われる。

参照

関連したドキュメント

LLVM から Haskell への変換は、各 LLVM 命令をそれと 同等な処理を行う Haskell のプログラムに変換することに より、実現される。

が解除されるまで断続的に緊急 事態宣言が発出される感染拡大 基調の中、新規外国籍選手の来

 食品事業では、「収益認識に関する会計基準」等の適用に伴い、代理人として行われる取引について売上高を純

は、これには該当せず、事前調査を行う必要があること。 ウ

我が国においては、まだ食べることができる食品が、生産、製造、販売、消費 等の各段階において日常的に廃棄され、大量の食品ロス 1 が発生している。食品

はじめに

(以下「令和3年旧措置法」といいます。)第42条の12

食品 品循 循環 環資 資源 源の の再 再生 生利 利用 用等 等の の促 促進 進に に関 関す する る法 法律 律施 施行 行令 令( (抜 抜す