• 検索結果がありません。

南アジア研究 第29号 023学会近況・菅野 美佐子「日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "南アジア研究 第29号 023学会近況・菅野 美佐子「日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代」"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)学会近況 日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代. 学・会・近・況. 高齢女性のナラティブに見る家族と生活世界. 日本語テーマ別セッション. 私たちが生きた時代 ―高齢女性のナラティブに見る家族と生活世界―. 菅野美佐子 本セッションでは、インドにおける国家建設期から急激な経済成長と グローバル化が進行しつつある現在までを視野にいれて、女性たちが経 験してきた家族、教育、労働、消費と生活状況などの変化を高齢女性の ライフヒストリーを手掛かりに考察した。 対象としたのは、デリー近郊都市、マハーラーシュトラ州、ウッタ ル・プラデーシュ州の三地域の都市およびその周辺農村に居住する高齢 女性である。これらの地域はそれぞれ経済発展やグローバル化の影響、 社会規範、家族形態などにかなりの幅があるだけでなく、対象となる高 齢女性の階層、居住場所、教育水準といった社会的属性も多様である。 インドの高齢女性たちが経験した変化を分析するにあたり、各報告の共 通の視点として想定したのは、①地域的な社会経済発展の諸条件、②個 人・世帯レベルでアクセス可能な資源の質と量の程度、③個人・世帯レ ベルの志向性の主に3点である。 本セッションでは、高齢女性のライフヒストリーに対するナラティブ 分析という手法を通じて、インド社会全体の歴史的流れと女性たちの過 去に関する語りの内容を照らし合わせつつ、変化と対峙する女性たちの 内面の「揺らぎ」にも言及した。女性たちのナラティブ分析というアプ ローチ法は、分析資料そのものを彼女たち自身の記憶や認識に依拠せざ るを得ないため、その恣意性や不確定性を否定できない。だが一方で、 親子、夫婦、兄弟などの家族関係や女子教育の普及、衣食住に関わる物 質的側面、女性就労など、人々の生活全般にまつわる変化の歴史を、個 人や世帯のレベルで明らかにする可能性をもつ。個人の視点がこれまで の社会史全体のなかでは看過される傾向にあったことを踏まえると、意 味のあるアプローチ法だといえる。 事実、それぞれの報告者がこれまでに収集してきた高齢女性のナラ 277.

(2) 南アジア研究第29号(2017年). ティブからは、女性たちが人生で築き上げてきた多様な社会関係、ある いは、おもに家内領域での活動に従事してきた女性であるからこそ知り うる、日常生活に根ざした価値規範や労働形態、消費行動などの変化を 読み取ることができる。各報告では、ライフヒストリーの分析資料とし ての限界を踏まえつつも、個人史と社会史が交差する結節点として浮か び上がる日常世界の比較を通して、インド社会の重層的かつ錯綜した変 化の諸相を考察した。 第一報告である菅野美佐子の「生きる意味としての「仕事」 高齢女 性のライフヒストリーを手がかりに 」は、ウッタル・プラデーシュ州 ワーラーナシー近郊農村の高齢女性のライフヒストリーを手がかりに、 高齢女性のライフコースにおける「家の仕事(ghar ka kam)」のもつ意 味について論じた。菅野が対象としたのはおもに SC や OBS といった 下位カーストの60歳以上の女性であり、1960年代の二度の大飢饉とそれ に続く慢性的な食糧不足や貧困によるきわめて困窮した生活を経験した 世代である。対象地域では人口のおよそ8割が農業を生業とし、貧困層 の男性は地主の土地での小作や日雇いで働く一方、多くの女性は家内領 域における労働の全般を担ってきた。その労働には、炊事や育児といっ たいわゆる家事労働に加え、畑仕事、家畜の世話、儀礼の準備や礼拝な ども含まれ、現金収入にこそ結びつかないが、女性たちは家族や親族の なかで重要な働き手となってきた。 対象となった高齢女性のライフヒストリーには、機械や家電もない当 時を振り返り、例えば農作業であれば、播種、収穫、脱穀、精米や製粉 にいたるまで全てが手作業であった苦労が語られるなど、労働が女性た ちにとって心身ともに大きな負担であったことがうかがえる。他方、心 身の苦痛をともないながらも献身的に働くことは、嫁ぎ先の家族や地域 の一員として認められるために必要なプロセスであり、自己の存在価値 や生きる意味を生み出す手段ともなっていた。ここでは、高齢女性が多 くの責任や負担を所与のものとして受動的に受け入れつつも、家族や親 族との関係性や家族内で自らの立場を確立するために能動的に仕事に関 わる語りが確認された。 高齢女性たちがこなしてきた 「家の仕事」は、1990年代以降、家電や 機器の導入や農作業の外注化、さらに「家事の欧米化」により大幅に変 化している。学校教育を受け、新しい技術を使いこなす若い女性の知識 278.

(3) 学会近況 日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代. 高齢女性のナラティブに見る家族と生活世界. の価値が高まり、また近年では、農村でも女性規範が緩み、若い女性た ちは嫁ぎ先でも積極的に発言するなど、振る舞いにも変化が見られるよ うになった(八木の第2報告も参照) 。元来、規範や役割のもとで生き てきた女性たちの経験値は、年齢を重ねる過程で自己内部に集積され、 知識や技術、あるいは女性規範を娘や嫁、孫に伝えることでそれらが再 生産されてきた。だが急速な変化の中で、若い世代のライフスタイルや 価値観がよしとされ、高齢世代の女性が価値を見出してきた生き方は 「時代遅れ」となりつつある。菅野は、現代農村における高齢女性たち には、家族との関係性の築き方や家族内での役割、ひいては自らの存在 の意味や意義との向き合い方に変化が求められていると指摘した。 つづく第2報告は八木祐子の「アンガンのない家 北インド農村にお ける家族と住まいの変化 」である。八木はウッタル・プラデーシュ州 アザムガル県農村における高齢女性のライフヒストリーを踏まえ、家族 関係や生活様式の変化を「住まい」という観点から論じた。 「住まい」 は、人々が暮らす家屋だけでなく、そこに住まう人々の暮らしのありよ うを示すものであり、空間と時間という2つの軸から、家族の歴史、関 係性を検証できる場となる。調査農村は、牛乳販売を伝統的な職業とし、 独立後、この地域で社会・経済的に頭角を現した後進カーストのヤーダ ヴと、皮革処理を伝統的な職業とし、現在そのほとんどが小作農である チャマールという主に二つのジャーティで構成される。報告では1950年 代に生まれた60歳以上の高齢女性から収集したライフヒストリーおよび 語りが分析対象として示された。 調査農村では1970年代から徐々に電気が普及し始めたものの、1980年 代半ばまでは光源にはランプが使用され、手押しポンプは少なく、3∼ 4世帯が共同で井戸を利用していた。1990年代に入るとヤーダヴを中心 に土壁の家屋から焼成レンガ積み家屋への建て替えが進み、ほぼ全世帯 に電気が通じ、ハンドポンプが設置された。幹線道路の舗装により土地 の価格が高騰する一方、生活消費財が農村にも流入し、現金収入の必要 性が増していった。1990年代後半には、大都市への出稼ぎが増え、送金 によってテレビやバイクが普及し、2005年頃には携帯電話が導入された。 さらに八木は、家屋自体の変化やその使いかたにも着目する。 「伝統 的」に拡大/合同家族形態を踏襲してきた対象社会では、家屋は、アン ガンと呼ばれる台所のある吹き抜けの中庭を中心とした共同空間を前提 279.

(4) 南アジア研究第29号(2017年). とする造りとなっていた。しかし2000年代後半以降、家屋が二階建てに 増築され、コンクリート製の均質的な家屋が新築されるなど、出稼ぎの 送金による新築ブームがおきている。また、2010年代頃からアンガンの かわりにキッチンが登場した。アンガンのない家の担い手は若い世代で あり、世帯の中心は姑世代から、教育を受け、マネージメント能力のあ る嫁世代へとシフトしつつある。20代∼30代の女性たちは、高等教育を 受け、新型の家電や携帯電話などの機器を使いこなすほか、子どもの教 育を支援する役割も担っている。また、高齢女性が揶揄的に語るように、 20代の若い夫婦は夫婦単位で行動し、若い嫁は嫁ぎ先でもベールで顔を 隠さず、実家にも頻繁に帰るなど、行動規範が変化している。八木の報 告からは、とくに経済自由化以降、農村では消費社会化が進み、それに ともなって、出稼ぎによる送金や教育への投資といった生存戦略、家族 関係のあり方や家族の機能、ジェンダー規範が大きく変化していること が見て取れる。 第3報告は押川文子の「大都市低所得層中間層の家族 インタビュー 調査を通して 」である。上記の2名による農村の事例報告に対して、 押川の報告は対象地域を大都市へと移し、デリー西部地域に定住した中 間層および低所得層の女性を対象に、定住過程において、家族や親族、 出身地の人々とのつながりがどのような意味をもっていたのか、さらに その関係のあり方が都市社会のなかでどのように変遷していったのかを 論じた。 デリーでは、1970年代前後から、旧市街地や独立前後に開発された住 宅地の外側に、新たな開発地区や、不法占拠地や再定住地などが拡大し た。こうした都市拡大は、人々が帰属していた地域やコミュニティから 離れて、新たな環境で混住しつつ家族を形成し、人生のサイクルを送る ことを意味する。当然のことながら人々の都市への流入と定住の過程は、 階層やコミュニティなど様々な要因によって一様ではなく、定住過程に おける偶発的な要素も絡み合っている。そのなかで、きわめて不安定な 流動状況が生み出される一方で、新しい機会を模索する可能性をも生み 出していたといえる。押川の報告では、女性たちが、不安定な状況の中 で翻弄されながらも、一面では変化や上昇の担い手として一家を支えて いたこと、また妻方の親族を含む家族・親族間の関係が都市における生 活を支えたこと、家族・親族の重要性が家族イデオロギーの再編をもた 280.

(5) 学会近況 日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代. 高齢女性のナラティブに見る家族と生活世界. らしていることなど、複数の論点からの議論がなされた。 ライフヒストリーの対象は、デリー中心部から西北へ延びる幹線道路 と鉄道に沿った S 地区と RB 地区の女性たちである。S 地区は1970年代 半ばに、スラム撤去政策にともなう再定住地区として、移住してきた 人々の居住区である。当初、平屋の小屋だった家屋は80年代∼90年代に かけて、2階∼3階建てに増築され、現在では一部を賃貸ししている世 帯も多い。高齢世代は建設労働などを主たる就業としていたが、子世代 は商店や中小企業の雇人など職業選択が多様化し、現在就学期を迎えて いる孫世代では顕著な子供数の減少と高い教育への関心が見られる。 RB 地区も1970年代に開発された地域だが、住民の過半はインフォーマ ルセクターのなかでも比較的所得水準の高い層である。一部には公企業 に雇用を得ているケースもあるが、主力は商店主、様々な「エージェン ト」など不安定な職域が多く、高齢女性の語りにも一家の浮沈が示され た。押川は、両地区の高齢女性のライフヒストリーの語りには共通して、 「私」と「家族・親族」の語りが重なり交差する特徴があることを指摘 した。すなわち、それは「個」の未成熟というよりも、家族・親族との 密接な関係が「私」そのものの存在を可能にするという、現代インドの 都市状況のもとでの女性のエージェンシーの在り方に関わっているとい えよう。 最後に松尾瑞穂の第4報告、 「女学生、良妻賢母、意義ある仕事 高 カースト高齢女性にとっての公的領域」では、チットパーヴァン・バラ モン(以下 CP)の高齢女性のライフヒストリーを通して、ポスト植民 地期以降の社会変動期に、高カースト女性が経験した私的領域と公的領 域の交差と、そこでの女性役割が論じられた。松尾が分析の対象とした のは、おもにマハーラーシュトラ州に居住する CP 女性10名のライフヒ ストリーである。その多くはインド独立期前後に生まれ、1950年代∼60 年代に青年期を過ごした世代であり、大学卒業以上が8人と、この年代 の女性にしてはかなり高い学歴をもつ。就労状況は、公務員、教職、医 師、専業主婦である。CP は、マラーター王国時代は宰相を努め、独立 期には社会運動の活動家も多数輩出しており、独立後は、都市へと移住 しながらもその社会階層を保持してきた。 松尾は、CP 女性にとっての公的世界を教育と仕事、家族外関係の三 つの観点から考察した。調査対象女性の教育水準の高さの背景には、彼 281.

(6) 南アジア研究第29号(2017年). 女たちの親世代の教育水準や教職という職業などが有利に働いたと考え られ、これらは当時のバラモンが有していた社会資本だと指摘する。ま た、彼女たちは結婚前に学生という青春時代を謳歌したまれな階層であ り、友達との余暇やボランティア、スポーツなどの課外活動に従事する など、学生時代にすでに私的領域を超えた活動を経験している。 この世代の CP 女性にとって、公務員は教師と並んで最も一般的な職 種であった。拡大家族における義母や義兄弟の嫁、家事使用人などのケ アワークの担い手の存在や、公的機関での就労という性質が、彼女たち の就労を支えてきた。定年まで勤め上げ、自身の貯金や年金を持つこと が、彼女たちの高齢期の主体的選択の可能性を広げている。松尾は、公 的領域における経験をもつ女性の語りにあらわれるのは、家族や親族と ともに大学、近隣、職場を通して得られた同性の友人の存在であると指 摘する。高齢女性たちは今も、家族以外の友人と集う機会が多く、余暇 の過ごし方にも家族外関係が反映されている。これらの友人関係は、そ の成員構成にはコミュニティ的性質が強く表されているものの、義務と 責任からなる親族関係から自由な社会関係である。一方、職業婦人であ ることが評価されたこの世代において、ケアワークを担ってきた専業主 婦に対しては、積極的な意味づけはなされていない。だが、彼女たちの 子ども世代にあたる20歳後半∼30歳の年代においては、専業主婦の増加 傾向が見られる。それには経済自由化に伴う労働市場の変化や、中間層 にとっての家族形態や子どもの教育の変化などが反映されている。松尾 の報告から見えてきたのは、高等教育や公的機関への就労を可能にする 社会資本の存在であり、また、この階層にとっては近代化が必ずしも専 業主婦化をもたらさず、公的領域と関わることが評価されたこと、それ が次世代になって大きく二極化しているということであろう。 以上、高齢女性たちのライフヒストリーの考察にもとづく4報告には、 地域や社会的背景は異なるが、各時代の局面において彼女たちがどのよ うな立場で何を経験してきたかが豊かに映し出された。また、インド女 性の役割・規範や家族関係、社会関係など、いくつものファクターが複 層的に連関し合い、連続と断絶、引き戻しと躍進を繰り返しながら変化 していることが明らかとなった。ことに近年では、知識や使用するマテ リアル、そしてライフスタイルそのものが従来とは異なる若い世代の女 性たちが出現し、家族・親族関係や女性が担ってきた役割、さらに女性 282.

(7) 学会近況 日本語テーマ別セッション 私たちが生きた時代. 高齢女性のナラティブに見る家族と生活世界. たちがよしとしてきた価値観にも変化があらわれている。すなわち、現 在高齢期を迎え、ケアを必要とするようになった女性たちは、急速な社 会変化のなかで自らの生き方にも転換を求められているといえよう。本 セッションの最後には、高齢女性の現状とその方向性について活発な質 疑応答および議論が交わされた。 かんの みさこ. ●人間文化研究機構. 283.

(8)

参照

関連したドキュメント

 音楽は古くから親しまれ,私たちの生活に密着したも

90年代に入ってから,クラブをめぐって新たな動きがみられるようになっている。それは,従来の

〃o''7,-種のみ’であり、‘分類に大きな問題の無い,グループとして見なされてきた二と力判った。しかし,半

私たちは、私たちの先人たちにより幾世代 にわたって、受け継ぎ、伝え残されてきた伝

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

❸今年も『エコノフォーラム 21』第 23 号が発行されました。つまり 23 年 間の長きにわって、みなさん方の多く

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ

 講義後の時点において、性感染症に対する知識をもっと早く習得しておきたかったと思うか、その場