南アジア研究 第28号 023学会近況・藤田, 浅田, カマル・ ヴァッタ, 佐藤, スレッシュ・ クマール「英語テーマ別セッションI 現代インドにおける資源環境問題」
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(2) 学会近況 英語テーマ別セッション I Resources and Environmental Issues in Contemporary India 現代インドにおける資源環境問題. 至った。ムスリム移民はそれまで在来民が居住していなかったブラマプ トラ川河岸の氾濫原地域に住みつき、独自の生業活動を行っているとさ れてきた。そこでアッサム州中部のナガオン県において、聞き取り調査 を実施しムスリム移民が多数を占める村落を地図化したところ、その分 布は生態環境区分とほぼ一致することが明らかになった。つまり、ムス リム移民はブラマプトラ川の河川水が季節的に氾濫する地帯に主とし て暮らしており、ローカルな生態環境に適応する形で生業活動を営んで いるのである。彼らの生業活動の特徴は、在来ヒンドゥー教徒住民のも のとは大きく異なり、所与の自然を改変して自分たちにとって都合のよ い環境を人為的に生み出し、土地生産性を高めるという点にある。在来 民の居住地ではみられない、雨季の養魚およびジュート栽培と乾季のボ ロ稲栽培の組み合わせによって経済的な利益をあげている。 ムスリム移民は高い生産性を背景に、在来民の土地や生活を脅かして いるという言説が広く信じられてきた。しかし調査を進めるうちに、ム スリム移民と在来民は必ずしも常に対立関係にあるわけでなく、異なる 生態環境を暮らしの場としているがゆえに経済的にはむしろ補完的な 関係にあることが分かった。ムスリムは水田内で飼育した魚を在来ヒン ドゥー教徒の祭りであるビフの時期に合わせて出荷することで多大な 利益を得ている。在来民は魚や蔬菜類がムスリム移民の村落で生産され たものであることを知った上で好んで消費している。またムスリム移民 と在来民の村落では稲作の作期が異なることから、牛の飼料となる稲藁 の売買などもみられる。経済的な観点から互いの存在を利用してきたと いうのが、アッサム州におけるムスリムとヒンドゥーの関係といえよう。 質疑では、ムスリム移民とは対照的に、なぜ在来民の村では外部技術 の導入が進まないのかという質問がなされた。この点に関して報告者は まだ明確な答えを持ち合わせていないが、社会構造だけでなく土地や水 など生態資源の利用法も考察に含めることで、今後明らかにされていく だろう。. 2 Sustainability of Groundwater Use in Punjab Agriculture:. Issues and Options. Kamal VATTA. パンジャーブ農業における地下水利用の持続性 ―問題と解決の選択肢―. カマル・ヴァッタ. 211.
(3) 南アジア研究第28号( 2016年). パンジャーブ州における地下水位低下の現状とその要因を豊富な統 計資料を用いて描くとともに、複数の栽培技術による節水効果を比較検 討することで、地下水の持続的な利用に向けた具体的方策について検討 したものである。 パンジャーブ州はインドにおける「緑の革命」の中心地である。作付 集約度・灌漑面積率・施肥量・単位面積当たりのコメ・コムギ生産量と いった指標は、いずれもインド全体の平均値を大きく上回り、カリフの 稲作とラビの小麦作により構成される作付体系が、全作付面積の80 .5 %. を占めている。このような集約的農業の展開は1960 年代半ばに始まり現. 在まで続いているが、特に90 年代以降、カリフ稲作が一般的なパンジャ ーブ州中央部において、地下水位の急激な低下が顕在化している。これ は、年間降水量および水路灌漑面積の減少による地下水涵養量の減少 と、管井戸導入および電動ポンプ利用の増加による揚水量の増加という 需給バランスの悪化によるものである。地下水位の低下は、管井戸の深 化や揚水能力の高いポンプ導入を目的とした農家による借入金の増大、 農業用電力補助金の増大、 飲料水の水質悪化など様々な悪影響をもたら している。2009 年 3 月、パンジャーブ州政府は5 月10日以前の苗代播種 と6 月10日以前の移植を禁止した。その結果、地下水位の低下速度は減 少したものの、依然として低下傾向は続いており、新たな節水栽培技術 の導入が地下水の持続的な利用には不可欠である。 節水栽培技術の具体例としては、レーザー均平技術、不耕起栽培や 直播栽培などが挙げられるが、要水量の高いコメから要水量の低いトウ モロコシ、ワタ、マメ類などへの作物転換も有効である。慣行農法と比 較した結果、作目転換と節水栽培技術を組み合わせることによって、パ ンジャーブ州全体で地下水の利用が 2300 万㎥も減少する可能性がある ことが明らかになった。しかしながら、これを実現するには農民の意識 改革と適切な技術普及が不可欠であり、協同組合の農業情報ハブとして. の利用や、ICT 技術の利用が有効なのではないかと考えられた。. 質疑では、インド最大の穀倉地帯であるパンジャーブの現状につい. て、様々な観点から意見交換が行われた。 3 Livelihood Transformability in Villages with Poor Water. Resources in India: Case of Tamil Nadu. 212. Takahiro SATO.
(4) 学会近況 英語テーマ別セッション I Resources and Environmental Issues in Contemporary India 現代インドにおける資源環境問題. インド・水資源不足農村における生業転換の可能性 ―タミル・ナードゥ州の事例―. 佐藤孝宏. インド・タミルナードゥ州にある季節河川下流部の一農村を対象とし て、政府統計資料と悉皆調査の分析結果をもとに、半乾燥地における生 業転換の可能性について論じたものである。 調査対象流域は西ガーツ山脈の東側に位置し、平均年降水量が 840 ㎜ 程度の半乾燥地である。限られた降水を有効に活用するため、溜池灌漑 を用いた農業が古くから営まれてきた。しかし、 「緑の革命」が開始し た1960 年代半ば以降、州政府により地下水の農業利用が推進され、2000 年代には井戸灌漑面積が溜池灌漑面積の 4 倍を占めるに至っている。た だし、井戸灌漑農地の分布には空間的偏りが認められ、水資源の豊富な 上流村では井戸灌漑を用いた商業的農業が展開した一方、下流村では 依然として溜池灌漑による自給的農業が行われており、耕作放棄も進ん でいるのが現状である。調査対象の下流村では、全農地面積の7 割強で 耕作が行われておらず、高い再生能力と強い耐乾性・耐塩性を有する侵 略的外来種プロソピス(Prosopis juliflora)が繁茂している。 悉皆調査の結果から、耕作放棄拡大にもかかわらず、土地なし層及び 小農の平均所得が 2000 年以降上昇傾向にあることが明らかになった。 これは、プロソピスのエネルギー作物としての利用拡大によるものであ る。2003 年の電力法改正により、民間企業の発電事業への参入が認め られたが、政府による小規模発電への補助金支給の効果もあって、調査 村周辺にいくつかの小規模バイオマス発電所が建設され、プロソピスが 発電資材として利用されるようになった。また、州外の製鉄業や繊維業 においてプロソピス炭の利用も増加している。このような需要増大はプ ロソピス生木および木炭の価格上昇と、土地所有者に対するプロソピス 伐採権料の増加をもたらし、結果として耕作放棄による農業所得の減少 を補償していたことが明らかになった。これらの点から、本研究は、半 乾燥地においても適切な技術および制度の導入により、水資源利用の拡 大を伴わない経済発展の可能性があることを示していると考えられた。 質疑では、半乾燥地が多くを占めるインドにおける本事例研究の普遍 性に関する質問がなされた。プロソピス被覆面積の拡大はタミル・ナー ドゥ州以外でも多くの報告が認められるが、各州の経済発展段階や電力 政策は多様であるため、本研究で示されたよう事例が一般化できる否か. 213.
(5) 南アジア研究第28号( 2016年). は不明である。近年、国際的に注目を集めている食料-水―エネルギー 連環のような学際的研究の蓄積により、この問いに対する答えは明らか になるものと考えられる。. 4 Growing Manufacturing Industries and Water-related Issues. in India: Case of Tiruppur, Tamil Nadu. Kouichi FUJITA, Suresh KUMAR. . インドにおける製造業発展と水資源関連問題 ―タミル・ナードゥ州ティルプールの事例― . 藤田幸一、スレッシュ・クマール インド最大の輸出ガーメント生産基地であるタミル・ナードゥ州のテ. ィルプール(Tiruppur)のガーメント産業、とりわけその漂白・染色工 程に必要な水の確保と汚染水の処理問題に焦点を当てた報告である。. 漂白・染色工程では織地1 ㎏当たり40リットルの大量のきれいな水が 必要である。企業は当初、水を市内の河川や地下水のくみ上げで賄った が、すぐに不足し、周辺農村に進出した。市中心部から半径 30 ㎞以内. の農村で、灌漑用掘り抜き井戸(bore well)の水を農民から買うか、な. いしは掘り抜き井戸が掘削できる小さな土地を買い、そこに井戸を掘っ. て取水するか、いずれかの方法で、企業全体として容量1 万 2000リット ルのタンクローリー 235 台を毎日8 ~ 12回往復させることで水を調達す る事態になった。 市から約13 ㎞離れた1つの調査村での調査(2012 年)の結果、以下. のことが判明した。元来灌漑用水は、開口井戸(open well)で賄われ. ていた。しかし地下水位の低下に伴い、1994 年に農民は掘り抜き井戸の 掘削を開始していた。地下水位が急激に低下を始めたのは、 1997 年に企 業が小片の土地を買い、そこに大きくて深い掘り抜き井戸を掘削して取 水を始めてからであった。2001年頃には10 社が所有する計 50 基の井戸 があり、1000フィートの深層地下水を毎日大量にくみ上げる状況になっ た。1999 年には飲料用の開口井戸に塩分が混ざるようになり、 2000 年に は開口井戸から水が消えた。農業も深刻な影響を受け、水稲は作付不能 となり、雑穀作などに転換した。こうした危機的状況は、2005 年にティ ルプール地域開発公社が、大河川から遠く水路で水を引っ張って来て、 ティルプールのガーメント産業に供給する体制が整備されるまで続い た。調査村ではその後地下水位の低下が止まり、回復したが、その頃に. 214.
(6) 学会近況 英語テーマ別セッション I Resources and Environmental Issues in Contemporary India 現代インドにおける資源環境問題. は工業化の進展に伴う労働力不足が深刻で、水稲栽培は復活せず、バ ナナ栽培が広がっていた。 一方、染色工程から出る汚染水は、浄化されずに長年排水されてきた。 市内を流れる河川の汚染は非常に深刻となり、2011年 2 月、チェンナイ 高裁は、浄化装置をつけない工場体の強制閉鎖の判決を出した。その影 響は甚大で、調査時 2012 年には多くの中小企業が閉鎖され、出稼ぎ労 働者の大量帰還も確認される状況であった。 なお質疑は、時間切れで行われなかった。 ふじた こういち ●京都大学 あさだ はるひさ ●奈良女子大学 カマル・ヴァッタ ●パンジャーブ農業大学 さとう たかひろ ●弘前大学 スレッシュ・クマール ●タミルナードゥ農業大学. 215.
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