博 士 ( 水 産 学 ) 吉 仲 桃 子
学 位 論 文 題 名
伝染性造血器壊死症ウイルス(IHNV) の迅速検出法 の開発と生態学的研究への応用
学位論文内容の要旨
サケ科 魚類にお いて極めて致死性の高いウイルス疾病のーっに伝染性造血器壊 死症(IHN)が ある。こ の原因ウイ ルス(IHNV)を採 卵用親魚が保有している場合、成 熟に伴 い卵巣腔 液や精液中 にウイルスが出現し、生殖産物としての卵や精子の表面 を汚染 すること により、孵 化後の抵抗カを持たない稚仔魚への感染が起こる。その た め本疾病 防疫対策上 、親魚がIHNVの感染を 受けてい るか否か の調査お よび飼育 用水の 管理が重 要な課題と なってい る。また 、IHNは抵抗カの弱い稚仔魚期の疾病 である ため病気 の進行・伝 播が早く多大な被害をもたらすことから、迅速かっ正確 な検出 ・診断が 望まれてい る。さらにIHNVの自然界での挙動に関しては未だ不明で あ るため、 完全な防疫 対策を立 てること が困難な 状況にあ る。そこ で本研究で は IHNVの分離 培養法と 遺伝子を標的とした検出法に着目し、迅速かっ正確な検出、診 断法の 確立とIHNの 抜本的な防 疫対策に 必要であ る本ウイルスの魚体を離れてから の生存性について検討した。
第1章では、分離培養法の検討としてIHNVの分離に最適な細胞の選抜を試みた。
IHNVに高い 感受性を 有する細胞 としてFernandez(1993)の報告をもとに、サケ科魚 類 由来 細 胞のCHSE―214、KO−6、RTE、RTG―2、RTH、RTT、SEH、STE、RTE―2細 胞 の9種 類 と サ ケ 科 以 外 の 魚 類 由 来 細 胞 のFHM、EPC、EPG細 胞 の3種 類 、 計12 種類を 選んだ。 次にこれま での親魚の検査結果から親魚の保有しているウイルス量 が 低いこと から、M.〇.I.を0.001とし てIHNVを接種 し、各細 胞におけ るIHNVの 増殖量を比較した。その結果、ウイルスの増殖が早く、かつ増殖量の多いサケ科魚類
由 来 のRTG−2お よ びRTEー2細 胞 、 サ ケ科 魚 類 以 外 の 魚 類 由 来 のEPC、EPG、FHM 細 胞 の計5種類 を選 抜し た。 さら に実 際の ウイル ス検 査を 考慮 し、 事前 の調 査で IHNV陽 性と なっ たサク ラマス卵巣腔液を供試して選抜した5種類の細胞での検出状 況を比較した。その結果RTE−2とRTG―2細胞が毒性の発現が少なく、かっウイルス 検 出 率 が 高 く サ ケ マ ス 類 のI王‑rNV検 査 に 適 し て い る こ と が 明ら かに なっ た。
第2章では、遺伝子検出法のーっとしてReverse Transcription(RT)―Polymerase Chain Reaction (PCR)法tこよるIHNVの検出を検討した。設計したプライマーは、
IHNVN―geneの オ ー プ ン リ ー デ イ ン グ フ レ ー ム の212〜231、669〜688番目 に位 置 し 、こ れら のプラ イマ ーに より 増幅 され るPCR産物 は510bpであ った 。RT―PCR の 反 応 条 件 は 、 逆 転 写 反 応23℃20分 、50℃30分 、99℃10分 の 反 応 を 行 い cDNAを 合成 し、 上流プ ライマー、Taq Polymeraseを加えて、94℃2分処理した後、
94℃30秒 、45℃30秒 、72℃1分 の 反 応 サ イ ク ル を40サ イ ク ル 行い 、最 後に72℃ 10分間 処理 してcDNAを 増幅 させ た。 今回 決定 した 条件下での検出限界は、ウイル ス 感染 価が101.8TCID̲n/mlであり、増幅産物がIHNVに特異的であることをサザン ノヽイブリダイゼーションにより確認した。また最近問題となっている混合感染への 対 応と してIPNVとIHNVの同 時検 出法 を検 討し 、血 清学的診断法の代用として利用 できることを明らかにした。
次 に本 法を 実際の ウイルス検査に応用するために、直接生体試料からRT−PCR でIHNV遺伝 子の 検出を 試みたが、培養法に比べ検出感度が低くかった。これはRNA の 抽出 ある いはRT―PCRを阻害する物質が存在したためと考えられた。前述のよう にIHNV感 染培 養細胞 から のRTーPCRに よる 検出感 度が 高い こと から まず 培養 細胞 に生体試料を接種して培養させることにより、ウイルス核酸量を増幅させるととも に 、RNAの 抽出 阻害 とし て働 く物 質が 希釈 される もの と想 定し 、細 胞培 養とRTー PCR組合せた方法を検討した。その結果、検出感度が上昇し、現段階では最も早く、
簡便、確実に診断できる方法と結論づけられた。
第3章で は、 細菌 の生菌数測定法のーつである最確数(MPN)法と第2章で検討し たIHNVのRT−PCRを 組 合 せ て 飼 育 水中 のIHNV定 量法 につ いて 検討 した 。まずMPN 法 をウ イル スの 定量に 用い るこ とが 可能 かど うか を検討した。TCIDso法とMPN3本
法による感染価の比較を行ったところ、両方法でのウイルス感染価は同じであった。
そ こで試料 の10倍希釈 液列を培 養細胞に 接種して ウイルスを 増殖させ 、PCRによる 検 査 結 果 からMPNを求 め る 方法(PCR−MPN一 細 胞 培養 法 ) と希 釈 液列 毎 に フア ル ター上に,ウイノレスを捕捉して、フィノレターからウイノレスRNAを抽出し、PCRlこよる 検 査 結 果か らMPNを求 める方 法(PCR―MPN−フ ィルター 法)によ り環境水 中のウイ ル スの定量 検出につ いて検討 した。PCR−MPN―細胞培養法では接種ウイルス量とほ ぼ 一致する 値となっ たが、PCR−MPN―フィル ター法では、1/10しか検出できなかっ た 。この理 由として 、フィル ターの捕 捉率、フ アルターか らのRNA抽出 率や阻害物 質の存在などが考えられる。
次にニ ジマス稚魚 人工感染 実験にお ける飼育 排水中および人工感染魚が放出する IHNV量をPCR‑MPN‑細 胞 培養 法 を用 い て 検討 し た。 飼 育 排水 か らIHNVは 検 出 でき なかっ たが、人工 感染によ る異常遊 泳魚は24時 間飼育で平均して31感染粒子/100ml を放出 することが 確認でき た。これ により、 飼育水中にIHNVが放出されていること が明ら かとなった 。この結果から推定すると、本実験での日問最大死亡数7尾から、
止水状 態で280感染粒 子凡が排出されたことになる。しかし、感染実験は流水で行っ たことから、常に水槽中に本法の検出限界であるl00.8TCID;。/ml以上のウイルスが存 在 し た と は 限 ら ず 、 飼 育 排 水 か らIHNVを 検 出 す る の は 困 難 で あ っ た 。 第4章では、有機または無機の微細粒子に対するI王‑rNVの吸着、吸着条件、吸着 後のウ イルスの感 染性につ いて検討 した。ま ず、細菌、粘土鉱物、けいそう土など の微細 粒子とIHNVとの 混合実験 を行った 結果特に 、カオリン、酸性白土、ベントナ イト、 けいそう土 などに非 常によく 吸着した 。これら微細粒子に対するIHNVの吸着 量は微細粒子量が多くなるにっれ増加し、pH、温度とは相関関係がみられなかった。
また吸 着したIHNVは感 染性を保 持し、そ の感染性 は少なく とも9週間 は持続した。
次に微 細粒子に吸 着したIHNVを 微細粒子 から離脱 させるために攪拌、超音波処理、
100Vの電圧 を負荷した が、いず れも離脱 には至ら なかった。しかし、魚類株化細胞 とIHNVを 吸 着 させ た 微 細粒子 を接触さ せると感 染が成立 し、さら に微細粒 子吸着 H‑n.rvによるニジマス稚魚への感染も成立した。このことは粒子に吸着したウイルス の感染性の保持がマウスヘの感染実験により確認できたというSchaub&Sagik,(1975) の報告 を支持する ものであ った。以 上の結果 は環境水中でIHNVはけいそう土、カオ −1239ー
リ ン、酸性白土等の表面に吸着し、泥の中に潜んでいて感染のチャンスを待ってい る 可能性が示唆され、微細粒子を介したIHNV感染が自然環境下での重要な感染経路 のーっと考えられた。今後、魚体から放出されたウイルスの行方を詳細に探索し、環 境 水 中 で のII‑n¥rvの 動 態 を 明 ら か に し て い く 必 要 が あ る と 考 え る 。 以上、 本研 究で は魚 類お よび 環境 水か らのIHNVの迅 速検 出法確立のため、IHNV の 分離培 養に 最適 な細 胞の 選択 とRT‑PCRによ るIHNVの 検出 法を検討し、細胞培養 とRT‑PCRを 組合 せる ことでIHNの迅 速な 確定 診断 が行え るこ とを 明ら かに した 。 ま た 最 確 数 法 とRT‑PCRを 組 合 せる こ と で 水 中か らのIHNVの 定量 検出 を可 能と し た 。さら に環 境水 中で のI王‑rNV感染環解明の手がかりとして、微細粒子へのIHNV の 吸着と 吸着 後の 感染 性に っい て検 討し 、IHNVが 環境 水中 の泥に含まれる粘土鉱 物 などに 吸着 し、 次の 感染 の機 会を 待っ てい る可 能性 を示 した。これらの結果は IHNVの防 疫、 防除 対策 を講 じる 上で 重要 な知 見で ある と考 える。今後、微細粒子 に 対 す るIHNVの 吸 着 様 式 の 解 明と 微 細 粒 子 に吸 着したIHNVの魚 体へ の具 体的 な 感 染様式 の解 明、 飼育 およ び環 境水 中で のIHNVの 動態 に関 するさらなる研究が必 要であると考える。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
絵 面 良 男 猪 上 徳 雄 古 水 守 田 島 研 一
学 位 論 文 題 名
伝 染性 造血 器壊 死症 ウイ ルス (IHNV) の迅 速検 出法 の開発と生態学的研究への応用
本 論 文 は 、 ア メ リ カ 西 海 岸 に 端 を 発 し 、 現 在 極 東 お よ び ヨ ー ロ ツ ノ く に ま で 広 が っ た 、 極 め て 致 死 性 の 高 い サ ケ 科 魚 類 の 国 際 伝 染 病 、 伝 染 性 造 血 器 壊 死 症 (IHN)ウ イ ル ス の 分 離 培 養 法 と 遺 伝 子 を 標 的 と し た 検 出 法 に 着 目 し 、 迅 速 か つ 正 確 な 診 断 ・ 検 出 法 の 確 立 と 抜 本 的 な 防 疫 対 策 に 不 可 欠 な 本 ウ イ ル ス の 魚 体 を 離 れ て か ら の 生 存 性 に つ い て 検 討 し た も の で あ る 。 特 に 評 価 さ れ る 成 果 は 以 下 の と お り で あ る 。
1. IHNVの 分 離 に 適 し た 細 胞 の 選 抜 を 試 み 、 ま ずIHNVに 高 い 感 受 性 を 有 す る 細 胞 と し て サ ケ 科 魚 類 由 来 のCHSE‑214、KO−6、RTE、RTG‑2、RTH、 RTT、 SEH、 STE、 RTE‑2細 胞 の 9種 類 と サ ケ 科 以 外 の 魚 類 由 来 の FHM.
EPC、 EPG細 胞 の 3種 類 、 計 12種 類 を 選 出 し た 。 次 い で 、 こ れ ま で の 採 卵 親 魚 の 調 査 結 果 で 、 親 魚 の 保 有 ウ イ ル ス 量 が 少 な い 例 も 多 い こ と か ら 、 感 染 の 多 重 性 (M.O.I. ) を0.001と し てIHNVを 接 種 し 、 各 細 胞 に お け るIHNV の 増 殖 量 を 比 較 し た 。 そ の 結 果 、 ウ イ ル ス の 増 殖 が 早 く 、 か っ 増 殖 量 の 多 い 細 胞 と し て サ ケ 科 魚 類 由 来 の RTG‑2と RTE‑2細 胞 、 サ ケ 科 以 外 の 魚 類 由 来 の EPC、 EPG、 FHM細 胞 の 計5種 類 を 選 抜 し た 。 さ ら に 実 際 の ウ イ ル ス 検 査 を 考 慮 し 、IHNV陽 性 と な っ た サ ク ラ マ ス 卵 巣 腔 液 を 供 試 し て 、 選 抜 し た 5種 類 の 細 胞 で の 検 出 状 況 を 比 較 し 、RTE‑2と RTG― 2細 胞 が 毒 性 の 発 現 が 少 な く 、 か っ ウ イ ル ス 検 出 率 が 高 い こ と を 示 し 、 両 細 胞 が サ ケ マ ス 類 の IHNV検 査 に 適 し て い る こ と を 明 ら か に し た 。
2. 遺 伝 子 検出 法 の ーっ と し て、Reverse Transcription (RT) ‑ Polymerase Chain Reaction (PCR)法 に よ る IHNVの 遺 伝 子 検 出 の た め に 、IHNV N‑geneの オ ー プ ン リ ー デ イ ン グ フ レ ー ム の212〜 231、669 u688番 目 に 位 置 す る プ ラ イ マ ー を 設 計 し た 。 RT‑PCRの 反 応 条 件 は 、 逆 転 写 反 応 23℃ 20分 、 50℃ 30 分 、 99℃10分 の 反 応 を 行 いcDNAを 合 成 し 、 上 流 プ ラ イ マ ー 、Taq Polymerase を 加 え て 94℃ 2分 処 理 し た 後 、 94℃ 30秒 、45℃ 30秒 、 72℃ 1分 の 反 応 サ イ ク ル を 40サ イ ク ル 行 い 、 最 後 に72℃ 10分 間 処 理 し て cDNAを 増 幅 さ