念仏信仰の諸相
法然上人とその門流
E
阿弥陀仏の浄土をどのように理解してし喝か 本尊としての阿弥陀仏をどのように理解しているか 極楽浄土に往生するために何をすべきか 浄土宗・西山浄土宗・浄土真宗本願寺派 真宗大谷派・真宗高田派・時宗浄 土 宗 総 合 研 究 所
総研叢書…...・H ・-…H ・H ・-………....・H ・...・...………第4集
念
仏
信
仰の
諸
相
法然上人とその門流 E はじめに 第一章 阿弥陀仏の浄土をどのように理解しているか 第二章本尊としての阿弥陀仏を どのように理解しているか 第三章極楽浄土に往生するために何をすべきか あとがき 浄土宗総合研究所は じ め に 先日、このようなジョークにお目にかかった 。 哲学の授業で神の存在について議論していた 。 教授は言った 。 ﹁誰か、神の声を聞いたことがありますか?﹂誰も何も言わない 。 ﹁誰か、神に触れたことはありますか?﹂再び沈黙 。 ﹁誰か、神を見たことはありますか?﹂静寂のまま 。 ﹁ゆえに神は存在しない﹂と教授は言った 。 すると、ある学生が手を挙げて発 言 を求めた 。 教授は好奇心にかられて、発 言 を許可し た 。 彼女は次の質問を出席者にした、 ﹁ 誰 か、教授の脳が何かを 言 うのを聞いたことがありますか? ﹂ 誰も何も 言 わ な い 。 ﹁ 誰 か、教授の脳に触れたことはありますか?﹂再び沈黙 。 ﹁ 誰か、教授の脳を見たことはありますか? ﹂ 静寂のまま 。 ﹁ ゆえに教授の脳は存在しない﹂と学生は 言 っ た 。
その学生が成績 A をもらったのは 言 うまでもない 。 ン ・ ジョーク集 ・ 中公新書ラクレ ・ 回 年
7
月 ) というのである 。 ( 坂 井 博 通 著 ﹃ 大学教授コテンパ もう 一 つ紹介したい 。 これは第四回小林秀雄賞を戴いた茂木健 一 郎著 ﹁脳と仮想 ﹂ ( 新 潮社・倒年9
月)という、いわば最先端科学の現場から意識の問題に切り込んだ本である 。 筆者は、羽田空港の食堂で、五歳くらいの女の子が、隣の妹に﹁ねえ、サンタさんてい ると思う? ﹂ と話しかけているのを聞いた 。 ﹁脳から心がどのように生み出されるかとい う謎に取り組み始めてから七年が経過していた﹂筆者は、この話題から説き始めて、最後 の﹁仮想を生きる﹂の項で、こう述べている 。 五歳の女の子にとってのサンタクロースから、臨終を迎えるファウストにとっての﹁永 遠にして女性的なるもの﹂まで、この世界のどとにも存在しないものたちを思い描くこと なしでは、おそらく私たちの魂はこの世界の現 実 には堪えられない 。 私たちの命を支え、この世界のリアリティを支える、身体や現実自体も、その私の魂の 中での現れにおいてはまた仮想であるとするならば、私たちは仮想を生きるしかないとい うことになる 。 3一一一一ーはじめにと 。 最初のジョークと、この論考とには、おのずから質感の相違はあるが、 の存在をめぐ っ て の 話 であることには違いがない 。 こういう話は、昔から今まで絶えることなく論じられている 。 ﹁神はあるかないか、仏 は あ る か な い か 、 天 国は、極楽は﹂という問いである 。 それが絶えることがないというこ とは、これは人間にと っ て ﹁ 永遠の課題﹂であるということなのであろう 。 と 言 っ て こ の 状態をいつまで続けるのであろうか 。 答 えがすぐ出るわけではないが、せめてなぜ、この問題が永遠の課題なのか、なぜ解決 がつかないのかを考えてみたい 。 思うにそれは、神の存在を問う立場と、それに答える立 場とが、同じ土俵上で相撲を取 っ ていないからであろう 。 問う方は、世俗世界に足を踏ま え て 尋 ね て い る が 、 答 え る 方 は 、 宗 教世界のことを話しているのであるから、相撲になら な い 。 両者の間には大きな山がある 。 その山が世俗世界と、 宗 教世界とを隔てている 。 山 のこちらと向こうとで考え合 っ ているの で あるか ら 噛み 合 うわけはない 。 それでは山のこちら側の考え方とは、どういうものであろうか 。 そのことを ﹃ 脳と仮想 ﹂ は、こう 言 っ て い る 。 いずれも神 近代科 学 の下での世界観は、さまざまな物質からなる現 実 の世界こそが、この世で唯 一
の確実な存在であるというものだった 。 私たちの身体が存在し、脳が存在する 。 目の前のコ ッ プが存在し、机が存在する 。 地部 が存在し、太陽系が存在し、宇宙が存在する 。 そのような物質的存在が、方程式で記述で きる自然法則で変化していく 。 これこそが、この世界で確実なことである、と考えられた ( ﹁ こ の 世 で 確 実 な こ と ﹂ ) 。 というのである 。 世俗世界ではこれが﹁この世で確実なこと﹂と考えられているという ことである 。 ところが宗教世界では、西方十万億土の彼方に極楽があり、そこに教主阿弥陀仏がいて、 南無阿弥陀仏と称えた人をすべて極楽に摂取するという 。 およそ世俗の考え方からすれば、 考えられないことを言っている 。 宗教世界 も、このことは十 分に分かっていて、﹁阿弥陀経﹂では、﹁ 一 切世間難 信 の 法 ﹂ と 言 い﹁不可思議の功徳である﹂と述べている 。 世俗の思惟では信じ難く、思議し難い教 えであり、功徳であるというのである 。 これでは両者は平行線であり、噛み合うわけはない 。 それならい っ そのこと世俗は、 ﹁この世で確実なこと﹂と思 っ ていることに頼って、それだけで生きていけばよさそうな 5一一一ーはじめに
ものであるが、そう突き放すと、﹁この世界のどこにも存在しないものたちを思い描くこ となしでは、おそらく私たちの魂はこの世界の現実には堪えられない﹂という 。 とすれば両者はどこかで交わらなければならない 。 交わるには、両者を隔てている大き な山を越えなければならない 。 越えない限り山の向こうを見ることはできない 。 どうすれ ば越えられるであろうか 。 宗教はその越え方を説いてきた 。 祈りといい、坐禅といい、念 仏といい、みんなその越え方に関わる教えである 。 本会は先に﹁法然上人とその門流 ﹄ と題して、法然を初め、聖光、証空、親驚、 一 遍上 人の歴史的側面を説いてきた 。 こんどは ﹃ 法然上人門下の念仏﹂と題して、いわばその越 え方に取り組もうとしている 。 これは私の個人的意見であるが、人の信仰は千差万別であると思う 。 お互い機根も違う し、生活も違うのであるから、教えの受け取り方も違って当然だと思う 。 それを 一 つ に 規 定して、こうでなければならないとするのは、信仰の押しつけというものだと思う 。 ここでも法然上人の教えを聞いて、聖光、証空、親驚、 一 遍、各上人みんなそれぞれに 受け取られた 。 それでよいのではないかと思う 。 そこで本書も、その教えにつながる人々 が、その教えに基づきながら、それぞれの立場に立って、 一 つの問題を考えてみようとし
た 。 決して︿この宗は、こうでなければならない﹀などと 言 っ ているのではない 。 一 つの問題を浄土教のそれぞれの宗派の人々が、それぞれの﹁立場に立って﹂論じると いうことは、ありそうでなかなか無いものである 。 本 書 の特色というものがあるとすれば、 まさにこのことであると思う 。 なおそれぞれのテ l マ は 、 浄 土 宗 に 、 所求(しょぐ ・ その求めるところ ・ 西方浄土) 所帰(しょき ・ その帰するところ ・ 阿弥陀仏) 去行(こぎょう・その行ずるところ・念仏) という 言 葉があるので、それに基づいて分けてみた 。 信仰とは総合的 ・ 全生命的なもの であるから、こうした分析的に論ずべきものではないかも知れないが、それこそ世俗の浅 はかな知恵の仕業である 。 本書が少しでもお役にたてば、執筆、編集に当た っ た者にと っ てまことに幸いである 。 平成十九年 三 月 二 十日 梶 村 昇 7一一一一ーはじめに
は じ め 梶 村
念仏信仰の諸相
一
覧表
第
一
章阿弥陀仏の浄土をどのように理解しているか
-浄土宗の立場に立って : ・j
i
-:
-j
i
-- :
: :
・:
j
i
-:
j
i
-:
:
:
:
:
贋 川 尭敏 ・ 西 山 浄土宗の立場に立って:
j
i
-:
:
;
:
:
j
i
-:
:
j
i
-j
i
-:
:
中西随功 ・ 浄土真宗本願寺派の立場 に立 っ て:
:
j
i
-:
:
j
i
-j
i
-:
j
i
-:
浅井成海 . 真宗大谷 派の 立場 に 立って :-JJ ・-j
i
-
-・
:
-j
i
-:
:
j
i
-j
i
-:
田代 俊孝 . 真宗高 田派の 立場に立って:
:
:
j
i
-・:
-j
i
-j
i
-:
:
:
・:ji
-: -:
栗原贋海 ・ 時宗の立場に立って・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 長島尚道第
二
章
本尊としての阿弥陀仏をどのように理解しているか
-浄土宗の立場に立って ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 贋 川 尭敏 . 西 山 浄土宗の立場に立って:
:
:
j
i
-:
・:
:
:
:
:
:
:
:
j
i
-j
j
i
-: -:
中西 随功 昇5
5
4
7
4
2
3
3
3
0
1
6
76 66-浄 土 真宗本願寺派の立場に立って : : : : : : : j i -: ・ j i -: : : : : : : 浅井成海 . 真宗大谷派の立場に立って : : : ・ ji -: : : -j i -: j i -: ・ : : : : : : 田 代 俊 孝 . 真宗高田派の立場に立って ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 栗 原 贋 海 . 時 宗 の 立 場 に 立 っ て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 長 島 尚 道
第三章極楽浄土に往生するために何をすべきか
- 浄 土 宗 の 立 場 に 立 っ て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 虞 川 尭 敏 .西山浄土宗の立場に立って・ : j i -: ・ : : : : : : : : : : : : : : : j i -: ・ 中 西 随 功 . 浄土真宗本願寺派の立場に立って : : : -j i -: : : : : : : : : -j i -: : : 浅井成海 . 真宗大谷派の立場に立って : : : : : : : : : : : : : : : j i -: : j i -: : : 田代俊孝 . 真宗高田派の立場に立って : : : : : : -j i -: : : : : : : : : : : : j i -: 栗原贋海 ・ 時 宗の立場に立って・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 長 島 尚 道 執筆者 一 覧 -m n, , あ と が き ・ ・ ・ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ・ ・ 日 10395 89 81 150 138 134123117 108護 空 の 教 説 に 基 づ き 、 十方の浄 一 議空の立場により、法身・報一謹空の教説 により、ただちに念 土 を ﹁ 通の浄土 ﹂とするのに 対 一 身 ・ 応身の ﹁通 三 身門﹂におけ 一 仏を口称念仏であるとするので 宗 一 し、弥陀の浄土を ﹁ 別の浄土 ﹂ 一 る 報 身 と 、 ﹁ 別 願酬因﹂の報身一はなく、 阿弥陀仏が成仏した国 土 一 と す る 。 法界に遍満し限られた 一 との立場で理解する 。 そ し て 、 一 縁 を知ることが大事であり、念 出 一西方のみに有るものではなく、 一阿弥陀仏は通 三 身門の仏の 一 切 一仏を衆生の立場で捉えてはいな 西 一 西方にあるという説は ﹁ 観 門 ﹂ 一 の功徳を内包し、しかもそれを一い 。 阿弥陀仏が成仏した時点で 阿 弥 陀 仏 の 浄 土 本 尊 と し て の 阿 弥 陀 仏 往 生 す る た め に 一法然の教説にもとづき、衆生の 一 法然の教説にもとづき、衆生の一法然の教説にもとづき、多念を 一身や裟婆の中にではなく、西方 一 救済に直接かかわる有相の報身一はげみ念仏の功を積む口称 三 昧 一 十万億土の彼方に実在する有相 一 仏であるとする 。 また、四十八一の常念の念仏を説く 。 また、決 宗 一 の報土であるとする 。 また、浄 一 願を成就した仏身には活動性 一 定往生信をとくに強調し、雑行 社 一 土は裟婆の苦楽相対の楽を超え一(立撮 即行)と親近性 (人格的一として廃捨された行も決定往生 た絶対楽の世界であり、かつ念 一 呼応関係)とをそなえていると 一 信 が確立した後には、往生の助 仏者が帰り往き、再会できる場 一 説 か れ る 。 一 業(異類の助業)として生まれ としてとらえている 。 かわるとも説かれる 。
念仏信仰の諸相
一
覧表
真宗大奇派 浄土真宗本願寺派 い き い 親 」 桐 で な 実 さ あ と 阿 弥陀仏 土 る 親 の 、 る 矯 倶 い 体 と る 表 不 。驚 説 相 自 教 が の の に 。的 り と 現 二 阿弥陀 の 由 条 、教説 世 会 し な の す し 」 と な 的 主 界 う か 筆 世 る 、 の で
義
す 学 、 体 に と 事 し 界 。限 主 あ 仏 ー る 風が定固救的基づ しが 、 を で 阿 在仏 り と L 。 あ 的 済 い る な に て 説 る 世す 、 光 い 。解 重 理 か の の つ 土 て 金釈を き 解 れ主2
雇方浄の界で霊的浄土世界E
叩 は 理 子 を し 大 嫌 置 て 立 土 は ・ は で 2tE一身「一す 弥 よ ま 親 陀 の 無 仏 如 し 二 安行信 土 る 親 の 超 陪 る で 驚 仏 仏 色 で き て 願 不 。驚 報身と たえ 仏 と も の の が 無 あ 説 二 弥陀仏阿 の lま 、 な 教 形 る と く 十 」 教 尊本 い 説 形を 「方便法 のと理解が、願三 #巴 で 譜山 喜す 根在
E
万 。に 表す ー法 説 も さ ま に 「仏土 ホ山とい真 , 便と益院 基 法 し づ る し 身 て く 。て 礼 恵 こ 理学 と る 無 不 し 巻 い の 拝 空 と し 。色 可 た 」 つ 土 て 51U ; す の は そ て とi
無 思 報 で2
は 理 願 る 説 言 弥岡 、,=形議光身は.Q ~身 解 酬因q
阿 に う そ コ の と 十 。 す さ 信 つ親 す L芙信一一も 往 を 向 か 行 芙F 陀身が親驚 る 衆の 生 れ 心 て 驚 る 衆 で な を 如 たを死後 の か 生 の 扇 衆 ど っ 宝 来 称 の が の 不獲得 説 ら 側 生 生 生 望 め の え 喜警
2
退 で にむ
U口 と が 困 正 の る で 行 る 転 し は よ 式 発 に 害2
説 に あ が も よ の が の 、 な り は 、 す 信 が つ る ま の り 教説 決定 位 浄 く高
も 心 が あ い と で に 土 現 称 芙 の が と 定 る て す に あ 念 の し 至生往 生 名 と」行 あ い ま 。名る廻向 る 仏 特徴 てい る に 念 為 : り え つ 如 号 。 が は べ が お 仏 て を 、 た 来 か こ さ 、 衆 で る き 約 い に 信 聞 な こ ま 状 の 称 名 の れ 弥阿 生 あ と で 束 て よ く、れ 介工 態 廻 大 た 自 売 す 11 念仏信仰の諸相一覧表親鷺の教説に基づき、真の浄土 一 本 尊 は ﹁ 阿弥陀如来 一 仏 ﹂ で あ は、選択本願の正因によって完 一 るが、本寺専修 寺 のみは、親 驚 成 し た ﹁ 無 量 光 明 土 ﹂ ﹁ 諸 智 土 ﹂ 一 が 善 光寺より拝受されたとする (真宗大谷派) 栄 氏 は 、 ﹁ 観 念 の 浄 土 ﹂ で あ り 、 真 の浄土は現 実 を照らし出す鏡 と し て の 純 粋 観 念 の 世 界 で あ り 、 現 実の苦 悩を 実 感 すればするほ ど、浄土が願生される 。 藤原幸 章 氏 に 依 る と 、 ﹁ 指 方 立 相﹂の浄 土は、下凡の我々を法性真如に 連ならしめる為に意味をなすも の と す る 。 曽我量深氏は阿弥陀 仏の本願によ っ て浄土が荘厳さ れたのであり、浄土もまた象徴 化したものとして理解する 。 さ らには、方便としてあらわれた 事象とその成立根拠としての究 極的真理が不一不異という ﹁ 広 略 相 入 ﹂ の点からも論じられる 。 また来迎仏ではなく、 ﹁ 観経 ﹄ に説かれる章提希の前に空中住 立した阿弥陀仏であるとされ る 。 基本は親驚のとった﹁法性 法身﹂と﹁方便法身﹂ 二 身 説 、 ﹁ 法身﹂﹁報身﹂﹁応化身﹂の 三 身説の理解に基づき、悩めるわ れわれがいかに救われるかとい う主体的立場から、様々な角度 から阿弥陀仏を捉えようと研究 が行われている 。 あるとする 。 称名念仏は如来よ り廻向された ﹁ 大 行 ﹂ で あ り 、 如来より廻向された信心を ﹁ 大 信﹂とする 。 また、曽我 量 深 氏 によると、名 号 は衆生が仏に向 か っ て 名を称えると同時に仏が 衆生にむか つ て 称名する感応道 交するものであるとされてい ス v。 ﹁ 念 仏高田 ﹂ と の 言葉 が 伝 わ り 、 また、高田派中興 真慧の 著 ﹁ 顕 正流義紗 ﹂ にも書かれているよ
時宗 真宗高田派 一 週土人の教説を基本とする 。 二 遍により、法蔵 菩 薩の 誓 願 一 信心が確立しなくても口に任せ ﹃ 阿弥陀経 ﹂ に説かれる極楽との 一( 因 ) に よ っ て人々が救われた 一 て念仏を称えれば往生が可能で 間にある西方十万億土の距離は 、 一 報い(酬)で仏とな っ た報身仏 一 あるとする 。 また、念仏を称え 実際に十万億土の距離があるので 一 として理解し、報身仏であると 一 る瞬間にこの世にいながら往生 はなく、衆生の執着による心の距 ↑ する 。 本 堂等 に 安 置 す る 本 尊 は 、 一 するのであり、この世を浄土に 離 で あ る と い う 。 ま た 、 浄 土 は 十 一 阿弥陀仏であることが多いが、 一 変質させるとする 。 今称える念 万 億 土 先や衆生の心の中にあるの 一 正 し く は 一 遍以来 ﹁ 南無阿弥陀 一 仏 を ﹁ 初 一 念の念仏﹂とし、こ で は な く 、 こ の 世 が 浄 上 で あ る と 一 仏 ﹂ の 六 字 名号を本尊とする 。 一 れで往生が定まり、この﹁初 一 す る 。 名号を称えるその場所が浄 一 一 念の念仏 ﹂ の繰り返しが生涯の 士 で あ る と す る 。 一 念仏となるとする 。 と理解する 。 つまり 真実 の 浄 土 一﹁ 一 光 三 尊阿弥陀如来﹂を本尊 一 うに、極楽浄土に往生するため とは﹁光明 ﹂ であり ﹁ 智 慧 ﹂ で 一 としている 。 こ の 一 光 三 尊仏の 一 には、信行 具 足の称名念仏が大 あ っ て、それは阿弥陀仏と不 二 一 脇侍である勢至菩薩は智慧を、一事であるとする 。 称名念仏は 信 の世界である 。 これに対し、こ 一 観 音菩 薩は慈悲を代表する 。 親 一 心を得た後の報恩行であると とばによ っ て表現される浄土は 一 驚は阿弥陀如来の救済の具体的 一 し、念仏よりも信心を重視する ﹁ 化土﹂であ っ て 、 真 の浄土に 一 なはたらきを両菩薩に托し、 三 一 考え方は 、 高田の 宗 風ではない 。 導くための方便の浄 土 で あ る 。 尊を 一 体として拝しておられた 一 こ と が ﹁ 和讃 ﹂等 からうかがえ 一 ヲ 匂 。 13一 一 一 一念仏信仰の諸相l一覧 表
。 第 音
T
│
阿弥陀仏の浄土をどのよ
うに理解しているか
浄土宗の立場に立って
贋川尭敏 一、唯心浄土の否定 │ 法然による浄土観の転換 法然上人(以下敬称略)における浄土観の特色は天台本覚法門の絶対浄土(唯心浄土) から相対浄土(心外・有相の浄土)へと浄土観を転換せしめた点にあるのではなかろうか 。 法然は中古天台本覚思想の文献である ﹃ 真 知観 ﹄ に つ い て 、 これは恵心のと申て候へとも、わろき物にて候也 。 おほかた真知観をは、われら衆生 は、えせぬ事にて候そ、往生のためにもおもはれぬことにて候へは、無益に候也 。 と い い 、 ﹁ 真知観 ﹂ に説く観法は浄土願生の凡夫にと っ ては全く無益であると批判してい る 。 しかも法然はただ観法としての 真 如観を批判するにとどまらず、中古天台の浄土観そ のものをも批判する 。 例 え ば 、 ﹃ 観心略要集 ﹂ に は 、 我身即ち弥陀、弥陀即ち我身なれば、裟婆即ち極楽、極楽即ち裟婆なり 。 : ・ 中 略 : ・ 一 念の妄心を翻して、而して法性の理を思うは、己心に仏身を見、己心に浄土を見ん 。-( 中 略 ) ・ :浄識はただこれ迷悟の差別なり 。 迷者のためには極楽即ち裟婆、 前には裟婆即ち極楽なり 。 といい、己心の中に浄土を見、裟婆の中に極楽を見ている 。 天台宗の開祖智顛は浄土に四 種の浄土をたて、そのうちの最高の浄土を常寂光土(永遠 ・ 絶対の浄土)と称する 。 常 寂 光土とは無相 ・ 絶対の浄土であって、ただ今、この裟婆世界おいて、この 一 心の中に感得 される世界である 。 この常寂光土は心に観ぜられた無相・観念の浄土(唯心浄土)であっ て、具体的な有相の荘厳相をともない、此土を超えた他方世界に実在する浄土ではない 。 このような中古天台における絶対浄土(唯心浄土)に対して、法然は相対浄土(心外・有 相の浄土)を勧説する 。 す な わ ち 、 ﹁ 逆 修 説 法 ﹂ ( 六 七 日 ) に 、 即身頓悟の旨をも明かさず、歴劫迂廻の行をも説かず 。 裟婆の外に極楽あり、我身の 外に阿弥陀ましますと説いて、しかも願うべきはこの界を厭い、彼の国に生まれて、 無生忍を得んとの旨を明かすなり 。 といい、弥陀の浄土は﹁裟婆の外﹂に実在し、阿弥陀仏も﹁我身の外﹂にましますと説い て い る 。 ま た ﹁ 百四十五箇保問答 ﹄ にも、真言宗の阿弥陀仏観と浄土宗の阿弥陀仏観とを 対 比 し て 、 覚 悟 の 17一一一一第一章阿弥陀仏の浄土をどのように理解してL、るか
真言教の弥陀はこれ己心の知来、ほかをたつぬへからす 。 この教の弥陀はこれ法蔵比 丘の成仏也 。 西方におはしますゆへに、その心おほきにことなり 。 といい、己心の弥陀と西方浄土の弥陀、両教の立場は大きく異っていると指摘している 。 このように法然は自らの滞土観を、中古天台所説の絶対浄土から、心外 ・ 有相の相対浄 土へと大きく転換せしめたが、しかしそのことは同時に中国唐代の 善 導の浄土観を忠実に 継承することでもあった 。 すなわち、善導の ﹃ 観経疏 ﹄ の 、 また今この観門等は、ただ方を指し相を立てて、心を住めて境を取らしむ 。 すべて無 あ は る か 相離念を明かさず 。 如来、懸に知りたまう 。 末代罪濁の凡夫の、相を立てて心を住す るすら、なお、得ること能わじ 。 何にいわんや、相を離れて事を求めば、術通無き人 の空に居して、舎を立んがごとしと 。 という釈文を読むと、法然による浄土観の転換と全く軌を 一 にしているということができ よ ・ っ 。 二 、 西方十万億土の世界 絶対浄土より相対浄土へと自らの浄土観を転換せしめた法然は、浄土とは西方十万億土
の彼方に実在する世界であるととらえている 。 す な わ ち 、 ﹃ 阿弥陀経 ﹂ に 、 これより西方十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽という 。 とある 。 なぜ方角が西方といわれるのであろうか 。 道紳は﹃安楽集 ﹄ に 、 か な ら お も て も ち 問うて日く、何が故に要ず面を西に向け坐礼念観することを須うるや 。 答 え て 日 わ く 、 え ん ぶ だ い い ず よ 閤浮提には、日の出る処をいいて生と名づけ、没する処を死と名づく 。 死地に籍るに 神明の趣入、その相助便なるを以てなり 。 この故に法蔵菩薩、願じて成仏し、西に在 りて衆生を悲接したまう 。 坐観礼念等に面を仏に向うは、これ礼儀に随うに由るなり 。 もしこれ聖人は飛報 自在を得れば、方所を弁 ぜず 。 但だ凡夫の人は身心相随う 。 も し ゆ 余方に向かわば、西に往くこと必ず難からん 。 という 。 つまり、西方とは太陽の没する方角であると同時に、人生の帰趣である死をあら わす 。 他の方角ではなく、西方に浄土が 実在することは凡夫にとって受 け入れやすい 。 法 蔵菩薩はそのような凡夫の人情に即して西方を選んで、その方角に浄土を建立したのであ ると 。 法然は客観的な方角としての西方に極楽浄土の実在を純粋に認め、それへの敬慶な 思慕の情を熱烈に説いている 。 西方の語はしばしば極楽浄土の代名詞として使われている 。 そ む て い だ べ ん り h u け 故に法然は伝慈思撰 ﹃ 西方要決﹄の﹁行住坐臥に西方に背かず 。 沸 睡 便 痢 、 西 方 に 向 、 ず 。 ﹂ 19一一一一第一章阿弥花仏の浄土をどのように埋解しているか
ふ は い の文をとくに尊重し、自らも不背西方を実行している 。 すなわち、﹁或人に示す詞﹂に、 おほかたうちゐたらんにも、うちふさんにも、かならず西にむかふべし 。 もしゆゆし く便宜あしき事ありて、西をうしろにする事あらは、心のうちにわがうしろは西也、 阿弥陀ほとけのおはしますかた也 。 只今あしざまにて向はねども、心 、 たにも西方へや む か りつれば、そそろに西に向いて、極楽を思はぬ人にくらぶれは、それにまさる也 。 おも というように、いかに西方(浄土)に対して、法然は熱烈かつ純粋な敬慕の念いを持 っ て くまがい れんせい ぼう傘お いたか、を知ることができる 。 この不背西方の教誠を忠 実 に 実 践した弟 子 が熊谷蓮生 房 直 実である 。 ﹃ 四十八巻伝 ﹂ 巻 二 十七によると、日ごろから師の法然より不背西方の教誠を 聞いていた直 実 は、ある時、京都から関東に下る際に、西に 当 た る 京 都に背を向けないよ うに、馬の鞍をさかさまに置かせ、馬の頭の方に背を向けて乗馬し、馬子に馬の口を引か せて関東に下向したという 。 い わ ゆ る ﹁ 逆馬﹂のエピソードである 。 その時兼 実 は 、 浄 土 に も 剛 の も の と や 沙 汰 す ら ん 西 に 向 ひ て と歌を詠んだという 。 うしろ見せねば
浄土の荘厳功徳 浄土の荘厳功徳について、法然による組織的な論述はあまりみられない 。 そこで、しば らく世親の ﹁ 往生論 ﹂ ・ 曇驚の﹃往生論註﹄等によって浄土の世界について述べてみたい 。 インドの世親(四 │ 五世紀ころ)は ﹃ 往生論﹄(正しくは ﹃ 無量寿経優婆提舎願生偏 ﹂ ) に浄土の世界を 三 種に分け、合計 二 十九種の荘厳功徳を数えている 。 三 種 二 十九種の荘厳 とは浄土の国土の荘厳功徳が十七種、阿弥陀仏の荘厳功徳が八種、浄土の諸菩薩の荘厳功 徳が四種である 。 まず十七種の国土の荘厳功徳には、すなわち、 ( 一 )荘厳清浄功徳成就(清浄功徳とは国土のみならず、仏も 菩 薩 も 含 め て 、 三 種 の 荘 厳 す べ て が 汚 れ て い て 無 常 な る 迷 い の 三 界を越え勝れて清浄であることをあらわす 。 ) ( 二 )荘厳量功徳成就(浄土は狭苦しい所ではなく、広大無辺である 。 ) ( 三 )荘厳性功徳成就(性とは弥陀の本願を意昧し、その願心によって荘厳された世界が浄土 で あ る こ と を あ ら わ す 。 ) (四)荘厳形相功徳成就(これから浄土の具体的な相と形の荘厳功徳を説くにあたり、浄土の 21一一一一第一章阿弥花仏の滞土をどのように理解しているか
有相荘厳を照らす光明の功徳を述べる 。 ) (五)荘厳種種事功徳成就(浄土は種々の珍宝によって飾られている 。 ) (六)荘厳妙色功徳成就(浄土のあらゆるものは金色に作られ輝いている 。 ) (七)荘厳触功徳成就(浄土の宝は身体に触れて軟らかく、精神的にも安楽の心を生ぜしめる 。 ) ( 八 ) 荘 厳 三 種功徳成就(浄土に流れる水は八功徳水のようであり、浄土の大地はどこまで行 た え ひ び き っても平らかであり、浄土の空中には宝網がかけられており、鈴が妙なる響を発している 。 ) (九)荘厳雨功徳成就(天から華や衣服があめ降ってきて、意のままに仏を供養することがで き る 。 ) (十)荘厳光明功徳成就 (十二荘厳妙声功徳成就 ( 十 二 )荘厳主功徳成就 ( 十 三 )荘厳審属功徳成就 (十四)荘厳受用功徳成就(食事の楽しみが意のままに得られる 。 ) (十五)荘厳無諸難功徳成就(浄土には抜苦与楽の功徳がある 。 ) (十六)荘厳大義門功徳成就(浄土は仏果へ至る入口である 。 )
( 十 七 ) 荘 厳 一 切所求満足功徳 等があり、次に八種の阿弥陀仏の荘厳功徳には、 ( 一 )荘厳座功徳成就 ( 二 )荘厳身業功徳成就 (三 )荘厳口業功徳成就 (四)荘厳心業功徳成就 (五)荘厳衆功徳成就(弥陀をとりまく大衆はすべて清浄なる智慧から生まれる 。 ) ( 六 ) 荘 厳 上 首 功徳成就 ( 七 ) 荘 厳 主 功徳成就 (八)荘厳不虚作住持功徳成就(浄土は虚妄ならざる智慧・本願力によって保持される 。 ) 等があり、最後に四種の菩薩の荘厳功徳には、すなわち、 ( 一 )荘厳不動而至功徳成就(浄土を離れないで 、 す な わ ち 、 そのままで十方の世界で利他の活動に従事 す る 功 徳 ) ど う じ へ ん し ( 二 )荘厳同時遍至功徳成就(浄土の菩薩が十方の国に同時に応化身を現じて利他活動を行う 功 徳 ) 23一一 一 一筋-f,'i:阿弥陀仏の浄土をどのように理解しているか
む し ん く ぷ っ つ 二 )荘厳無心供仏功徳成就(浄土の 菩 薩 が 一 切のとらわれの心を去 っ て十方世界の仏を供養 す る 功 徳 ) (四)荘厳示法如仏功徳成就(浄土の菩薩が好んで無仏の世界に現れて、仏法を示して仏の役 割を果たす功徳 ) 等がある 。 以上、国土・仏 ・ 菩 薩 の 三 種荘厳功徳を法然はどのように受用し、展開させているであ ろ う か 。 法然の著述・法語に散説される国土荘厳観の中から 三 項目を取り上げ、世親 ・ 曇 鷺 ・ 源 信等 の浄土観とのかかわりについて考えてみたい 。 ま ず 、 第 一 に法然は浄土の荘厳は根源的には本願力所成の功徳であるとする 。 す な わ ち 、 ﹃ 逆修説法 ﹂ に 、 惣じて此の国の中に有る所の依正 二 報は併ら法蔵 菩 薩の願力に答えて成就し給える 也 。 と い い 、 ﹃ 選択集 ﹂ に は 、 およそ四十八願、浄土を荘厳す 。 華池宝問、願力にあらずといふことなし 。 とも述べ、ともに浄土が願力所成の功徳であるとしている 。 これはおそらく ﹃ 論註 ﹂ の 影
響と思われる 。 まず国土荘厳の第 三 荘厳性功徳成就では浄土とは正道の大慈悲たる出世の 善 根より生起したものであるといい、また仏荘厳の第八荘厳不虚作住持功徳成就では﹁蓋 し是れ阿弥陀知来の本願力なり﹂といい、浄入願心章では﹁この 三 種の荘厳成就はもと四 十八願等の清浄願心の荘厳したもう所﹂であると述べているからである 。 は か h q ご と 第 二 には浄土の荘厳は離苦得楽の計であるという 。 す な わ ち 、 ﹃ 無 量 一 寿 経釈﹄に せんごう 極楽に往生するの後、身心に諸楽を受け、眼に如来を拝見し、聖衆も膳仰せん 。 見る ごとに眼根の楽を増し、耳に深妙の法を聞く 。 聞くごとに耳根の楽を増し、鼻に功徳 の法香を聞いて、聞くごとに鼻根の楽を増す 。 舌に法喜禅悦の昧を嘗め、嘗むるごと こ お む こ こ ろ に舌根の楽を増す 。 身には弥陀の光明を 蒙 り、触るるごとに身根の楽を増す 。 意に楽 の境を縁じ、縁 、 ずるごとに意根の楽を増す 。 極楽世界の 二 の境界、皆離苦得楽の ほ か EE 計なり 。 といい、極楽浄土において往生人が享受でき得るもろもろの諸楽について 具 体的に述べて い る 。 浄土の楽は裟婆の苦楽相対の楽を超えた絶対楽である 。 法然の右の記述は、 ﹃ 論註 ﹂ の国土荘厳の第十五荘厳無諸難功徳成就の影 響 であろう 。 浄土における無諸難功徳につい て 、 25 第
-
'
1
阿弥陀仏の浄土をどのように恩解しているかひま この故に願じて 言 わく、我が国土は安楽相続して畢寛じて間無からしめん、と 。 身悩 とは飢渇 ・ 寒熱 ・ 殺害等なり 。 心悩とは是非・得失 ・ 三 毒等なり 。 この故に﹁永く身 ひ ま の た ま 心の悩みを離れて、楽を受けること常に間無し﹂と 言 えり 。 といい、浄土の絶対楽そのものについての具体的な記述はないが、浄土では身心の悩みが なくなり、常に楽のみを受けることを説いている 。 し か し 、 ﹁論註 ﹂ の名義摂対章では、 楽に外楽(物質的な感覚の楽しみ)・内楽(精神的知的な楽しみ) ・ 法楽楽(仏の功徳に よ っ て得られ、悟りの智慧から生まれてくる楽しみ)の 三 種をあげて、浄土の絶対楽は法 楽楽にあたるとしている 。 したが っ て、浄土の絶対楽についての法然の記述は ﹃ 論 註 ﹂ か らではなく、源信の ﹁ 往生要集 ﹄ 所説の浄土十楽の影響かもしれない 。 浄土の十楽とは聖 し ん そ う じ ん ず う け ら く hu た い い ん じ よ う け ち え ん し よ う じ ゅ く え ず い 衆来迎 ・ 蓮花初開 ・ 神相神通 ・ 五妙境界・快楽無退・引接結縁 ・ 聖衆倶会 ・ 見仏聞法 ・ 随 し ん く ぷ つ 心供仏 ・ 増進仏道の十種であるが、このうちの第五快楽無退の楽に、 ふけ d 拶 も あ そ て ん 旬 ん の う 快楽無退の楽とは、今この裟婆世界は枕り玩ぶべきものなし 。 天輪王の位も七宝久し ご す い き た う ち ょ う り ん ね か ぎ り い わ ん からず、天上の楽も五衰早く来る 。 乃至有頂も輪廻の期なし 。 況や余の世の人をや 。 い の ち な が い の 弘 正 が 事と願とは遣い、楽は苦と倶なれり 。 富める者必ずしも寿からず、寿き者必ずしも富 あ る い き の う き ょ う あ し た ゆ う べ ま ず 。 或は昨 富 んで、今貧しく、或は朝に生れて、暮に死す 0 ・ : 中 略 : ・ 彼の西方世界
き わ ま は楽を受くること窮りなし 。 といい、浄土の絶対楽についてきわめて具体的に描写されている 。 源信の浄土十楽の文が 法然の浄土観に与えた影響はきわめて大きいといえよう 。 第 三 は浄土は衆生に欣求心を起こさせるために荘厳されたとする 。 ﹃ 逆 修 説 法 ﹄ に 、 讐巻経に﹁七宝為地﹂と説くことは、この裟婆世界の習いは金銀等の七宝を以て殊勝 の宝と為せり 。 故に世界の衆生の為に楽欲の心を起さして欣求の心を進ましむと欲し て、この土の勝れたる宝を挙げてかの国の地相と為る事を説き給えるなり 。 といい、極楽の大地を飾るのに、金銀等の七宝を用いることは、衆生をして欣求浄土の 想いをいだかせるためであるとしている 。 この欣求浄土の思想はすでに源信が ﹃ 往生要集 ﹂ 大文第 二 欣求持土において浄土十楽を説き、勧説しているところである 。 以上、法然は浄土の荘厳功徳について世親・ 曇驚 ・ 源信等の浄土観を継承しつつも、凡 夫にとってより親しみ易い説き方に工夫がなされているといえよう 。 四 倶会一虚の世界 法然にとって浄土とはこれから往くべき所ではなく、帰り往くべき所であるという 。 す 27一一ーー第一f,1.阿弥陀仏の浄土をどのように埋解しているか
なわち ﹁ 四十八巻伝 ﹄ 第 三 十七に われもと極楽にありし身なれば、さだめてかへりゆくべしとのたまふ 。 しようずいき と い い 、 ﹃ 臨 終 祥 瑞 記 ﹂ に 、 極 楽 、 五 口 が 本 邦 な り 。 なんぞ帰去せざらむや 。 とも述べている 。 また浄土往生が、法然は極楽の聖衆にあいまみえるのみなららず、先に 往生した父母・師長・知識 ・ 替属等に直接に再会できるという独創的な解釈を展開した 。 す な わ ち 、 ﹃ 阿弥陀経 ﹂ の 原 文 に は 、 舎利弗よ、衆生聞かんものはまさに発願して、かの国に生れんと願ずべし 。 ゆえんは も ろ も ろ い か ん 。 かくの如きの諸の上善人と共に 一 慮に会することを得ればなり 。 といい、往生後に極楽の聖衆のみに会うことができると説くのに対して、法然の ﹃ 阿弥陀 経釈 ﹂ で は 、 またこれらの聖衆に会するのみにあらず 。 またよくわれら無始よりこのかた、父母・ あ 師長・朋友・知識 ・ 妻子 ・ 寄属、前だて去れる者あり 。 あに相いみえざらんや 。 こ れ あ ま み をもってこれを思う 。 往生世世の父母 ・ 師長 ・ 妻 子 ・ 寄属 ・ 朋友 ・ 知識に相い見えん と欲はば、極楽世界に往生すべきものなり 。
という 。 明らかに法然は凡夫の愛別離苦の心情に訴えながら、離別した父母・妻子・親族 等との再会の場として、持土を実有的に理解し、うけとめているといえよう 。 29 第-i;i阿弥陀仏の浄土をどのように埋解しているか
西
山
浄土宗
の
立場
に
立って
中西随功 浄 土 宗 西山派祖の 誼 空 上 人 ( 一 一 七 七i
一 二 四七、以下敬省略)は阿弥陀仏の極楽浄土 について、どの よ うに理解されているかを 尋 ねてみたい 。 誼 空は師の法然( 一 一 三 三l
一 二 三 一 )が偏依 善 導 一 師 の 立 場 か ら 、 善導 ( 六 一 三l
六 八 一 )の疏の注釈に傾注されてい る 。 このことから﹁浄土 三 部経﹂のなかでも ﹃ 観無 量寿 経 ﹄ を中心としている 。 この注釈 の な か に 誼 空の信 仰 や思想がみられる 。 善 導 は ﹃ 般舟讃 ﹄ に ﹁ 専 読 弥陀観経法文文句句説 西方﹂(専ら弥陀観経の法文を 読 む べ し 。 文文句句に西方を説く)と釈 し ていることから も窺える 。 この釈文について 謹 空は ﹃ 般舟讃自 筆 御紗 ﹄ 巻 三 に 次 の よ うに明かしている 。 専 読 弥陀観経法とは、救われ難い衆生が ﹃ 観無 量寿 経 ﹂ に説かれる 他 力往生の教えに依 っ て救われることを釈している 。 また文文句句説西方とは、 ﹁ 観無 量寿経 ﹂ に説かれるとこ ろの五濁悪世の凡 夫 が仏力に依って浄土に往生すると心得れば文文句句にこの謂われがあ る 。 然れば浄土の荘厳はみな阿弥陀仏の願力を説いていると、凡夫は釈尊の ﹃ 観無 量寿 経 ﹂の経説に依り阿弥陀仏の済度を得ると述べている 。 だが、もとより﹁浄土 三 部経﹂に説かれる阿弥陀仏と極楽浄土のすがたは分別の世界に 生きている衆 生 においては不可説・不可思議である 。 このことについて 善 導 は ﹁ 往生礼讃 偏 ﹄ に﹁弥陀仏国能所感西方極楽難思議﹂(弥陀仏国は能所感なり 。 西方極楽は思議し難 してまた、 ﹁ 観彼世界相勝過 三 界道究寛知虚空広大無辺際 ﹂ ( 彼 の 世 界 の 相 を 観 ず る に 、 三 界の道に勝過せり 。 究寛して虚空の知く広大にして辺際無し)と釈している 。 だ か ら 、 我が心にてどのように極楽浄土を観想しでも及 、 ばない世界である 。 この﹁及ぼそうとする 観想﹂(自力修行門 ・ 諸 経 ) を 捨 て て 、 ﹁ 及 ば な い ま ま に ﹂ 一 切を阿弥陀仏の本願力(弘 願・無量寿経)に打ち任せていける心境(観門・観無 量 寿経)を勧めているのが謹空の教 旨である 。 さらに詮空は浄土について、通の浄土と別の浄土とに分別する 。 先ず通の浄土とは 善 導 の ﹁ 法事讃﹄巻下に﹁ 一 切仏土皆厳浄、凡夫乱想恐難生﹂( 一 切の仏土皆厳浄なれども、 凡夫の乱想恐くは生じ難し)と釈される浄土である 。 護空は ﹁ 往生礼讃自筆御妙 ﹂ 巻 四 に 、 十方の浄土はその荘厳が微妙ですばらしい 。 だが凡夫が容易に往生する所ではないことを 述べている 。 阿弥陀仏の極楽滞土についても、通の浄土として釈される場合がある 。 こ の 31一一一一第一章 阿弥舵仏の浄土をどのように理解しているか
立場では荘厳精華の浄土と言われる 。 これに対して別の浄土とは別願成就の浄土のことである 。 さらに誼空は阿弥陀仏の極楽 浄土が唯 一 罪悪の凡夫を見捨てることがない 。 必ず摂取される拠り所がある 。 それは本願 が成就されて念仏衆生摂取不捨の謂われが他に勝れている故である 。 この故に諸仏の浄土 の中にまず極楽浄土は本願を成就された結果であると述べている 。 この立場では垢障の凡 夫を救済する為に建立された浄土である 。 もとより別願は総願を離れることがないから極 楽浄土は荘厳精華の調われをも包含するのである 。 また極楽浄土は西方に在りという経説について、西山派においては、これは弘願に帰入 せしむる観門の説相とする 。 誼空は ﹃ 往生礼讃自筆御紗 ﹂ に次のように述べている 。 ﹁ 阿 弥陀経 ﹂ にここを去ること西方十万億の仏土を過ぎて極楽浄土が在り、阿弥陀仏が今現在 説法されている。これは衆生の分別心に応対するために釈迦が施設された観円である 。 実 は阿弥陀仏は法界に遍満していて、決して有限な西方のみに限られるのでないとの説から も窺える 。
浄土真宗本願寺
派の
立場
に
立
っ
て
浅井成海 は じめに 親驚聖人(以下敬称略)は 二 十年間に及ぶ 比 叡山での修行を経て、 = 一 ヵ月間六角堂に参 飽され、さらに コ ヲ 月間吉水の草庵に通われて法然上人のお念仏のこころをうけ入れてい か れ た 。 そして 三 十五歳の時に流罪になり、越後で恵信尼様と結婚されたと伝えられてい る 。 (最近は京都・結婚説もある)その後、家族とともに関東に移住され、 二 十年間生活 され、六十 二 歳頃帰浴された 。 晩年は執 筆 生活が中心で、主 著 ﹃ 教行信証 ﹄ をはじめ次々 と著述を発表されて 九 十年の生涯を終えられたのである 。 これから親 鷺 の浄土の見方や、阿弥陀仏の見方、念仏と信心の見方について述べていく が、親 驚 の生涯とその教義は深く関わ っ ている 。 比叡山の仏教より、法然のみ教えをうけ 入れたと 言 うことは、さとりの教えより、阿弥陀仏の救いの教えに帰入されたと 言 うこと で あ る 。 33- - -;:(¥-:0:~"I';~柁仏の浄土をどのように理解しているかま た 、 京都だけの生活ではなく、越後、関東へと移住し、しかも家庭 生 活 を 営 まれたと いう事は、全ての人の救いを明らかにした ﹃ 教行信証 ﹂ のような難しい理論をふくみなが ら 、 つねにわかりやすく説 示 してい っ た 。 法然門下時代は 善 導の著述について 学 ばれた 。 では、いつ頃から 天 親や 曇鷺 の著述を 学 ばれたのであろうか 。 関東時代か、帰洛されてか らであろうか 。 ﹁ 教行信証 ﹂ の中にはたくさん引用されて、その教義の特色とな っ ている 。 直 接 、 つ け た 善 導 ・ 法然の教 義 の流れと、龍樹 ・ 天 親 ・ 曇驚 各師の教義の流れとの 二 系統の 流れを受容して親 驚 教義は成立している 。 このように法然の教えをそのまま継承されなが ら、親 驚 の受けとめ方には、法然をこえたとか、批判するという想いは 全 く無く、どこま でも法然の教えを聞き続けていく中で、あきらかにされた教えであり、そこに特色がある 。 親 鷺 の 浄 土 の 見 方 は 、 主著 ﹃ 教行 信 証 ﹄ の ﹁ 真 仏土巻 ﹂ に述べられている 。 そこでは浄 土が語られながら、阿弥陀仏についても述べられている 。 それぞれ異なりながら、 一 つ な の で あ る 。 これを身土不 二 (阿弥陀仏と極楽浄土は 一 つ)とあらわしている 。 な ぜ な ら 、 すべてを救いたいと 言 う法蔵 菩 薩の願心が 完 成して阿弥陀仏となり、すべてを救いたいと 言 う極楽浄土が完成されたのである 。 もともとは願心よりその願心のままに完成された結 果なのである 。 従 っ て ﹁ 真 仏土巻﹂には、仏は南無不可思議光仏、 土 は 無 量 光明土と説か
れて、かぎりなき光の仏、かぎりなき光の世界と表わされている 。 そして十 二 願、十 三 願 の誓いによって、成就された仏であり、世界であると、どこまでも因願がそのまま完成さ れた仏身仏土であることを示している 。 従って、今は浄土とはどんな世界か、阿弥陀仏とはどのような仏なのかと、別々に論じ て行くが、すべては 一 切の生きとし生きるものを仏にならしめたいと 言 う願いが、そのま まはたらきとなって、私のところに届いているとみることが出来るのである 。 極楽は悟りの世界 浄土三部経には法蔵菩薩の願心のままに完成された世界が説かれている 。 それは金銀に みちみち、あらゆる願いがみたされた世界として説かれている 。 特に ﹃ 阿弥陀 経 ﹂ には西 方十万億仏土をすぎたところに極楽世界があると説かれており、楽しみの極わまる世界が 詳しく説かれている 。 しかし、﹁極楽﹂という表現より、この世は苦しみに満ち満ちている 。 早く極楽の世界 に往生したいと願うことは﹁為楽願生﹂と 言 っ て現実を逃避する事になる 。 現実を逃避す るために極楽が説かれているのではないと 言 う考え方は、早くより注目されている 。曇 矯 35一一一一第一章 阿弥舵仏の浄土をどのように理解しているか
﹁ 往生論註 ﹂ にこの事が述べられ、親 驚 はこれを﹁信巻﹂に引文している 。 若し人、無常 菩 提心を発せずして、ただかの国土の受楽間なきを聞きて、楽のための ゆゑに生ぜんと願ぜん 。 またまさに往生を得ざるべきなり 。 ( 信 巻 、 菩 提心釈) (若し人が、自らさとりを得て、他の人びともさとりにいたらしめたいと 言 う、最高 のさとりを求める心を発さずして、ただ彼の国は、楽のみちみちた世界で、つねに楽 しみが得られると、そのために、彼の国に生まれたいと願う者は、往生は出来ない 。 ) このように説かれている 。 これはとても厳しい内容である 。 つまり、願作仏心、度衆生心 の 大 菩 提心を発して極楽に往生し、他の人々が浄土に往生する よ うにはたらくために往生 を願うのである 。 早 く極楽に生まれて、楽しい想いをいたしましょうと願う人は、往生は 不可であると述べている 。 従 っ て 親 鷺 はあまり極楽と き 守 つ 言 葉を用いない 。 浄 土 真宗 の朝晩のお勤めに用いられ、 親しまれている ﹁ 正 信 念仏偏 ﹂ (行巻の結びにある偏 頒 ) には、極 楽 という 表 現は 一 度 も 用いられず 、 ﹁ 大 浬 繋 ﹂ ﹁ 安楽園 ﹂ ﹁ 蓮華蔵世界﹂﹁無 量 光明土﹂﹁寂静無為の楽(みやこ) ﹂ な ど と 表 わされる 。 極楽園とは 、 おさとりの世界 で ある、私たちが極楽に生まれると 言 う ことは、仏とな っ て人びとの利他のはたらきかけをするということなのである 。 大 浬 繋 界 の
に往生するということなのである 。 この点については、さらに後述したい 。 なお﹁極楽﹂についての解釈が ﹃ 唯信紗文意 ﹂ において次のように述べられている 。 極楽と申すはかの安楽浄土なり 。 よろづのたのしみつねにして、くるしみまじはらざ るなり 。 ( ・ : 中略 : ・ )浬繋界といふは無明のまどひをひるがへして、無常浬繋のさと りをひらくなり 。 ﹁界﹂はさかひといふ、さとりをひらくさかひなり 。 大浬繋と申す に 。 その名無量なり 。 くはしく申すにあたはず、おろおろ(ざっと)その名をあらは すべし 。 ﹁浬繋﹂をば滅度といふ、無為といふ、安楽といふ、常楽といふ、実相とい ふ、法身といふ、法性といふ、真如といふ、 一 如といふ、仏性といふ 。 仏性すなはち 加来なり 。 この如来、微塵世界にみちみちたまへり 。 と述べている 。 極楽とは、あらゆる楽しみが絶えず、苦しみ無き世界であり、それを大浬 繋界と表現するのである 。 感覚的な欲望を満す世界ではなく、最高の楽しみが満たされる 世界をさとりと表わしている 。 その浬繋の異名をここでは、滅度、無為、安楽、実相、法 身 、 法 性 、 真 如 、 一 知、仏性と表わし、さらに論理をこの仏性が微塵世界にみちみちると 表わすのである 。 これを最もよく示しているのは、﹃教行信証 ﹂ ﹁ 真 仏土巻﹂である 。 後に阿弥陀仏の見方 37一一一一一第一章 阿弥申E仏の浄土をどのように理解しているか
について述べるところでもふれる事になるが、 ﹃ 浬繋経 ﹂ を引いて仏身、仏土を表すが、 その引文の中、特に浬繋とは大楽の世界であると述べ、普遍的な大安楽を表している 。 今 、 こ の ﹁ 浬繋経 ﹂ の引文によれば、﹁四楽﹂をあげて、我われが、 一 般にうけとめる感覚的 な、苦・楽をこえる﹁無苦無楽﹂と、煩悩を滅して得られる﹁大寂静楽﹂、真実を知る知 恵の﹁覚知楽﹂、この身の永遠性を知る﹁不壊楽﹂が説かれている 。 このような浬繋の特 色を示す文を引くことによって、極楽浄土がさとりの世界であることを示している 。 こ れ は、我われの感覚的、実体的で、欲望を満す世界では無いと 言 うことを表しているのでそ の 他 の ﹃ 浬繋経 ﹄ の引文でも浬繋の永遠性(常)、我を超えた大我の世界、清浄性が述べ られているのである 。 倶 に あ い 会う世界 極楽浄土はおさとりの世界であることを述べると同時に、つねに指方立相の世界として 凡夫が往生していく世界として説かれている 。 ﹁ 浄土和讃 ﹂ では、浄土 三 部経に説かれる 美しい表現をもとに 宝林宝樹微妙音 自然清和の伎楽にて
哀腕稚亮すぐれたり 清浄楽を帰命せよ 七宝樹林くににみつ光耀たがひにかがやけり 華果枝葉またおなじ本願功徳緊を帰命せよ と説かれている 。 実に美しい和讃である 。 経典に説かれている通り七宝荘厳の世界であり、 風が渡ると自然清和の微妙な 音 が響き、それがすべて光り輝く世界であると讃えている 。 また ﹃ 無 量寿経﹄上巻 に は ﹁ 極楽浄土には青色青光赤色赤光の蓮が各ぞれ調和して 三 十六 百千億の光を放つ、それは、 三 十六百千億の仏が出現されて、あまねく十方の衆生のため に微妙の 宝 を説く﹂と述べられている 。 こ れ を 、 つ け て 親 驚 は 、 一 一 のはなのなかよりは はさらになし 。 一 一 のはなのなかよりは ごとくなり 。 三 十六百千億の光明てらしてほがらかに 三 十 六百 千 億 の 仏身もひかりもひとしくて いたらぬところ 相好金山の 39一一一一一第一章 阿弥舵仏の沖土をどのように埋解しているか
相好ごとに百千の にいらしむる 。 ひかりを十方にはなちてぞ つねに妙法ときひろめ 衆生を仏道 と説いている 。 無量の光と仏が調和して金山のごとき大きな姿ともなり、十方の世界にいたって十方の 衆生に仏道に入らしめるべくはたらいてくださると讃えている 。 経典の華麗な表現をその まま具体的に表わし、これが極楽浄土であると示している 。 つまり浄土経典に説かれる彼 岸の世界をそのまま受け入れているのである 。 さらに注目すべき点は、 ﹁ 阿弥陀経 ﹂ に説かれる ﹁ 倶会 一 処﹂に説かれる内容を、手紙 の中ではくりかえしくりかえし説いている 。 ﹁有阿弥陀仏へのお返事﹂( ﹃ 末灯紗 ﹂ 第十 二 通 ) で は この身は、いまはとしきはまりて候へば、さだめてさきだちて往生し候はんずれば、 浄土にてかならずかならずまちまいらせ候ふべし、あなかしこあなかしこ 。 (この私はいよいよ年をかさねておりますので、きっと私の方が先に浄土に往生する ことになるでしょうから、必ず、必ず浄土にてお待ち致しておりましょう 。 )
と述べ、浄土での再会を約束している 。 同じように﹁高田入道殿へのお返事﹂で、覚念房 が往生の知せを聞かれて、﹁親鷺この私が先に往生すると待っていましたのに、覚念房が 先に往生された事は、 言 葉では表わすことが出来ま せ ん 。 覚信房、あなたは日頃より、先 に往生してお待ちしますとおっしゃっておられたので、必ず必ずお浄土に参りあうことに なるでしょう﹂と記され、覚信房のおおせも親驚のうけとめ方と異ならず、 かならずかならず 一 つのところへまゐりあふべく候ふ 。 ( 必 ず 必 ず 一 処であい会う事になりましょう 。 ) と述べている 。 すでに往生した覚念房、つねに浄土の往生を語っておられる高田入道、覚 信房、それに親驚のいずれも 一 処に参りあいましょうと記している 。 このように親鷺の極楽浄土の見方は、あくまでおさとりの世界、浬繋界であることが説 かれ、同時に浄土経典に説かれる有相の浄土や凡夫が、愛しい人を送ってその人とあい会 う事の出来る、この私が生まれさせていただく浄土が説かれている 。 このような無相の極楽浄土を説き、有相の極楽浄土が説かれると 言 うことは、矛盾する ことでは無く、ただ念仏申し、念仏にきくところに聞かれてくる事になる 。 これは念仏や 信心の事に関る為、後述 したいと思う 。 41 第一章 阿 弥 陀 仏 の 浄 土 を どのように埋解しているか
真宗大谷派の立場に立って
田 代 俊 孝 真 宗 大 谷 派 ( 東 本 願 寺 ) に お い て は 、 ﹁ 阿弥陀仏の浄土について﹂も、また、次 章 以下の テ l マについてももちろん親鷺聖人(以下敬省略)の理解に基づいて、理解していること し ん ぶ つ し ん ど し ほ う り っ そ う はいうまでもない 。 なかんずく、阿弥陀仏の浄土については、古来、 真 仏 真 土 、 指 方 立 相 、 広略相入、報化 二 土などのテl
マで多くの先学が研究してきた 。 しかし、そのことについ て教団としての定ま っ た解釈が統 一 的になされたということはない 。 特に、主体的な救済 ﹄うがついんじんれい に重きを置く大谷派教団は、江戸期の高倉学寮の香月院深励( 一 七四九l
一 八 一 七 ) ら の 講 者たちから、近現代の清沢満之( 一 八 六 三i
一 九O
三 ) 、 曽 我 量 深 ( 一 八 七 五1
一 九 七 一 ) 、 金子大栄( 一 八八 一 i 一 九七六)、さらには現役の学者にいたるまで、解釈の特徴はあれど も、教条的、固定的な解釈を嫌い、自由な学風がある 。 したが っ て、ここでは、近現代の 先学の所説や特徴を紹介しながら、筆者の理解を述べることとしたい 。 $ 註 { l ) 江戸期の実在的浄土理解に対し、 一 石を投じたのが金子大栄の﹃浄土の観念 ﹂ である 。これによって引き起こされた論争は、教義解釈に新しい視点を提示し、真宗のみならず、 宗教界全般に大きな影響を与えた 。 これより先に、大谷派教団では、清沢満之の実存的理 解、鈴木大拙( 一 八七
0
1
一 九六六)の即非の論理による浄土理解など伝統的解釈とは 一 線 を画した新しい解釈が提示され始めていた。その中で金子は、浄土を、 一 、 観 念 の 浄 土 、 二 、 理 想 の 浄 土 、 三 、実在の浄土に分け、﹁実在の浄土﹂は今日的にはそのまま信じるこ とができない 。 ﹁理想の浄土﹂、つまり理想社会としての浄土は、現実の自己を振り返って 見るとき、とうてい実現し得ないものである 。 その意昧で﹁観念の湾土﹂こそ論じられね ばならないとする 。 しかし、それが、人間の考えたものに過ぎないとするならば、現実を 超える浄土とはならない 。 真の浄土は現実を照ら し出す鏡としての純粋観 念の世界であり 、 現実を明らかにするために必要なもので、その意味において﹁実在界としての浄土﹂であ るとする 。 経典に説かれる浄土は人間の願望にそった形で説かれており、現実世界の実相 を映し出す鏡でもある 。 それゆえ、人聞が現実の実相を正しく認識するに従って、いよい よ浄土説 示の意義が より 深く理解され、現実の苦悩を実感すればするほど、浄土が願生さ れる 。 そして、現実と浄土、此岸と彼岸は絶対に断絶している 。 橋を架けようとすれば、 彼岸が真の彼岸でなくなり此岸の延長になる 。 絶対に超えることが出来ないとする自覚が 43一 一 一 一第一章 阿弥干吃仏の浄土をどのように理解してL、るか橋である 。 その橋が念仏である 。 知来の招喚としての念仏が我々にとどいたとき、われわ れは此岸の存在に気づき、彼岸への思いをつのらせる 。 しかし、彼岸にはいたれない 。 両 者の隔たりを意識するとき、純粋な念仏があらわれる 。 これが彼岸より回向された、知よ り来生した念仏である 。 以上のように金子大栄は理解する 。 この所説により、金子は当時、 宗 義 違 反 と さ れ 、 一 時僧籍を削除されたが、その後、名誉は回復され、大谷派﹁講師﹂に $ 註 ( 2 ) なったことは周知のとおりである 。 そして、その後同様の浄土理解を﹃彼岸の世界﹂で発 表している 。 この立場は、現代という時代認識のなかで、やがて多くの支持と共鳴を得、 逆に大谷派における中心的な浄土理解となった 。 次に、浄土が西方に具象的な様相をもって説かれることの意昧、つまり、指方立相論か らいえば、浄土の 三 厳 二 十九種は阿弥陀の願心の具象化として説示されたものである︹柏 原 祐 義 ( 一 八 八 四
1
一 九七四)︺、との理解があり、さらに、藤原幸章( 一 九 二 四1
一 九九九) は、指方立相については、勿論、大乗仏教の基本原理である法性真如は諸法存立の根源的 原理ではあるが、しかし、無辺の実知や色形を超えた法性法身は、それがそのままである ならば、我々凡惑の境涯を超えたものであり、我々とは何のかかわりもないものとなる 。 ここにおいて、浄土教広開の必然性は、念力の及ばない下凡の我々も西方 一 処に念を懸けほ っしょうし んによ ることによって、法性真知に連ならしめるものであり、その指方立相の意味は、我々が出 * 注 { 3 } 離の縁あることなき身と信知するところにあるとする 。 し ん じ っ ほ う ど 一 方、田辺元、西谷啓治らに大きな影響を与えた曽我量深は、阿弥陀仏の真実報土を ﹃浄土論﹂から解釈 し、衆生の願生と浄土の荘厳の呼応を説き、阿弥陀仏の本願成就とは 如来の回向成就にほかならず、信心の根底たる阿弥陀の本願によ って浄土が荘厳されてあ ることを明かす 。 また、法蔵菩薩は純真なる欲生心の象徴化したものであるという立場か ら、それが阿弥陀仏に成仏する過程に救済の原理を見る 。 その意味で、浄土もまた象徴化 したものとして見る 。 しんによほっしょう さらに、浄土の 二 十九種荘厳を﹁広﹂、真如法性の 一 法句を﹁略﹂とし、広と略が相通 じていること、つまり、方便として形相にあらわれた事象とその成立根拠である究極的真 理とは、不 一 不異の関係にあるという、いわゆる、広略相入の点からも浄土は論じられる 。 つまり、浄土を単に静止する彼岸としてではなく、﹁西方浄土﹂としての超越的世界から お う そ う げ ん そ う 光としての浄土が、現実的我々の世界に関係して入ってくる 。 すなわち、住相・還相 二 回 じ り り た え ん ま ん 向の中で浄土は将来してきでいるとの理解がある 。 なぜなら、自利利他円満という点から 考えれば当然そう理解せざるを得ないというのである 。 親 鷺 聖 人 は 、 ﹁ 論註 ﹄ に 導 か れ て 、 45一一一一一第一章 阿弥舵仏の浄土をどのように理解しているか
ほ っ し ょ う ぼ う し ん ほ う ぺ ん は っ し ん は う じ ん ぷ つ 法性法身から方便法身、つまり報身仏としての阿弥陀仏、そして阿弥陀仏のまします浄土 ほうじんぷっ との関係で浄土を理解している 。 報身仏としての阿弥陀仏が、ひかりとみ名として衆生の 前に浄土を来現させているというたいへんダイナミ ッ クな解釈をしておられるのである 。 また、親驚は、阿弥陀仏の浄土が化土ではなく、報土であることを ﹁ 教行信証 ﹄ の﹁真 仏土巻﹂で明かし、﹁化身土巻﹂では、懐感の﹁群疑論 ﹂ 、源信の ﹃ 往 生 要 集 ﹂ か ら ﹁ 報 化 ぶ っ ち ぎ わ く ほ う ぺ ん け ど 二 土﹂を分判し、報土往生を勧める 。 ここでも、報土に対して仏智疑惑の方便化土の自覚 しんじつ ほ う ど をとおして 真実 報土に帰入することを説いている 。 加えて、近年は識者によ っ て 、 宗 教哲 学 的 立 場 か ら 、 る 意 昧をもつものかも、自由に論じられている 。 人間の 実存 に と っ て浄土がいかな 註 ( l ) 金子大栄 ﹁ 浄土の観念 ﹄ ( 文 栄 堂 大 正 一 四 年 ) 参 照 ( 2 ) ﹁ 彼岸の世界 ﹂ 害 波 書 庖 大 正 一 四 年 ) 参 照 ( 3 ) 藤原幸章 ﹁ 指方立相論 ﹂ ﹃ 親驚教学 ﹄ 第 一 四 号 ( 大 谷 大 学真宗 学 会 ﹃ 善導浄土教の 研 究 ﹂ 窪 蔵 館 昭 和 六 O 年 ) 参 照 ( 4 ) 曽我量深 ﹁ 浄 土 荘 厳 の 原 理 ﹂ ﹃ 大谷学報 ﹄ 第 二 巻第 一 号 ( 大 谷 学 会 昭 和 五 年 ) 参 照 昭和四年)