文部省科学研究費 基盤研究A課 題番号06301089
「異 な る学校 段階 での理数 の学 習 と関心 ・態度 の質 的変 容 に関 す る継続 調 査研 究 」研 究資 料
理 数 長 期 追 跡 研 究 半 生 記
−理数 長期追 跡研究 の昭和61年 度 か ら平成9年 度 まで−
平 成9年(1997年)3月
研究代表者
松 原 静 郎
(国 立 教育研 究所)
は し が き
私 た ち理 数 長 期 追 跡 研 究 グ ル ー プ は,小 ・中 ・高 等 学 校 か ら大 学 お よ び 社 会 人 に 至 る ま で の 理 科 や 算 数 ・数 学 に 関 す る 学 習,そ れ に 科 学 的 態 度 な ど の 学 習 が 影 響 し そ うな 諸 因 子 に 対 す る寄 与 や そ の 変 容 に つ い て の 分 析 を 試 み る こ と を 目 的 と し,国 立 教 育 研 究 所 科 学 教 育 研 究 セ ン タ ー の 科 学,数 学,化 学 の 各 教 育 研 究 室 を 中 心 と して プ ロ ジ ェ ク ト 「理 科 お よ び 算 数 ・数 学 の 到 達 度 と そ れ に 影 響 を 与 え る 諸 因 子 と の 関 連 に 関 す る長 期 的 追 跡 研 究 」 を 昭 和61年 に 発 足 さ せ ま し た 。
そ の 後,今 日 ま で5回 の 予 備 調 査 と8回 の 本 調 査,3回 の 郵 送 票 調 査 を 実 施 し,小 ・中 ・ 高 等 学 校 の 児 童 ・生 徒 達,さ ら に は,卒 業 生 ま で も対 象 と した 調 査 を 継 続 して き ま した 。 そ して,来 年 度 は 休 み で す が,そ の 後 も2003年 ま で5回 の 郵 送 票 調 査 を 予 定 して い ま す 。 と こ ろ で,今 年 度(平 成8年 度)は,学 校 段 階 で の 調 査 が 終 了 す る年 に 当 た り ま し た 。 そ こ で,こ れ ま で の 研 究 の 過 程 を 振 り返 っ て み る よ い 機 会 と な る もの と思 い,毎 年 書 い て い た 雑 文 を 集 め て み る こ と に しま し た 。 そ の 中 に も 出 て 来 ま す が,こ こ ま で 順 調 に 研 究 調 査 が 遂 行 で き た の は,多 くの 方 々 の ご 協 力 の 賜 物 で す 。
ま ず,果 た して 最 後 ま で 実 施 で き る の か ど うか わ か らな い 状 況 で あ り な が ら,各 県 セ ン タ ー の 先 生 方 に は 調 査 地 域 の 選 定 や 学 校 と の 折 衝 な ど,多 く の ご 協 力 を い た だ き ま した 。
特 に,山 梨 県 の 小 林 先 生 と栃 木 県 の 石 塚 先 生 に は,私 が 恐 る恐 る電 話 した 折 り に,素 晴 ら し い 研 究 だ と励 ま して く だ さ い ま した 。 個 人 的 に は,こ れ に 意 を 強 く して こ の 研 究 の 遂 行 を 決 心 した の で す 。 そ の ほ か,結 局 は 参 加 で き な か っ た 先 生 方 も,多 くの 時 間 を 裂 い て 何 とか 実 施 で き な い か と奔 走 して くだ さ い ま し た 。
次 に,調 査 対 象 と して ご了 解 い た だ い た 学 校 の 先 生 方 に は,毎 年3校 時 の 貴 重 な 授 業 時 間 を この 調 査 の た あ に 使 わ し て い た だ き ま し た 。 予 備 調 査 か ら も う10年 が 立 ち ま す が,こ の 間,同 じ学 校 に 勤 務 さ れ て い る 先 生 は 何 人 い ら っ し ゃ る の で し ょ う か 。 幸 い 科 学 研 究 費 補 助 金 の 交 付 を 受 け,わ ず か な 謝 金 を お 支 払 い す る こ と は で き ま した が,も ち ろ ん 先 生 方 の ご尽 力 に 適 う もの で は あ り ま せ ん 。
そ れ に,こ の 調 査 を 長 年 受 け て い た だ い た 児 童 ・生 徒 諸 君 に もお 礼 申 し上 げ な け れ ば な り ま せ ん 。 卒 業 して か ら も ま た ア ン ケ ー トが 来 た と 悲 鳴 を あ げ た 方 も き っ と い ら っ し ゃ る と思 い ま す 。
そ して,調 査 用 紙 の 発 送 や デ ー タ の 処 理 を 手 際 よ く片 付 け て くだ さ っ た 方 々 。 こ れ ら多 く の 方 々 へ の 感 謝 の 気 持 ち を 込 め て,こ の 雑 文 集 を 捧 げ た い と存 じま す 。
平成9年3月 研究代表者
松 原 静 郎
平 成8年 度 研 究 委 員 一 覧
【国 立 教 育 研 究 所 】 名 誉 所 員
科 学 教 育 研 究 セ ン タ ー
[座長]
科学教育研究室長 数学教育研究室長 主任研究官 物理教育研究室長 化学教育研究室長 地学教育研究室長
小 島 繁 男 三 宅 征 夫 長 崎 榮 三 瀬 沼 花 子 猿 田 祐 嗣 松 原 静 郎
下 野 洋
【文部省】
初 等中等教育局 教科調査官 初等 中等教育局 教科書調査官
吉 川 成 夫 鈴 木 康 志
【教 育 セ ン タ ー 】
岩 手 県 立 総 合 教 育 セ ン タ ー 理 科 教 育 室 長 研 修 主 事 宮 城 県 教 育 研 修 セ ン タ ー 指 導 主 事 福 島 県 教 育 セ ン タ ー 主 任 指 導 主 事 茨 城 県 教 育 研 修 セ ン タ ー 指 導 主 事 指 導 主 事 山 梨 県 総 合 教 育 セ ン タ ー 研 修 主 事
沢 田 金 吾 照 井 一 明 小 野 寺 恭 一
阪 路 裕
海 老 澤 誠 谷 田 部 佳 見 小 俣 民 男
【小 ・中 ・高等学校】
東京都江戸川 区立江戸川小学校 教頭 東京都杉並 区立荻窪小学校 教諭 追手門学院小学校 教諭
東京都 目黒区立油面小学校 教頭
五 十 嵐 裕 和
大 谷 明
宮 本 直 和 吉 本 一 幸
東京都新宿区立四谷第一 中学校 教諭 神奈川県茅 ヶ崎市立北陽 中学校 教諭 東京学芸大学附属大泉 中学校 教諭
新 田 正 博 野 木 直 樹 福 泉 悦 也
東京都立神津高等学校 教頭 東京都立南高等学校 教諭
千葉県立船橋古和釜高等学校 教諭 東京学芸大学附属高等学校 教諭 東京都立 目黒高等学校 教諭
井 田 良 克 越 智 景 三
川 上 純
丹 伊 田 敏 原 誠 一 郎
【大 学】
神戸大学 発達科学部 助教授 中村学園大学 家政学部 教授 横 浜国立大学 教育学部 助教授
広島大学 学校教育学部 講師 横浜国立大学 教育学部 助教授 島根大学 教育学部 助教授 東京理科大学 理学部 講 師
稲 垣 成 哲 梅 埜 國 夫 森 本 信 也 山 崎 敬 人 石 田 淳 一
富 竹 徹
長 野 東
血
旧 研 究 委 員 一 覧
(所属 ・職名 は当時)
岩手県立総合教育 セ ンター 研究主事 研究主事 研究主事 理科教育室長 理科教育室長 研修主事 宮城県教育研修 セ ンター 科 長
科 長 科 長 福島県教育 セ ンター 理科教育係長
理科教育係長 茨城県教育研修 セ ンター 研究主事 指導主事 指導 主事 指導主事 山梨県総合教育 セ ンター 主幹研修主事
研修主事 研修主事 研修主事 研修主事 北海道立理科教育 セ ンター 化学研究室長 栃木県教育研修 セ ンター 第一部長補佐 東京都立教育研究所 主任指導主事
主任指導主事 日本私学教育研究所 研究室長 駒場東邦中 ・高等学校 教諭
追手門学院大手前 中 ・高等学校 教諭 富 山大学教養部 助教授
高 橋 泰
岡 山 侑
篠 田 宣 道 柿 澤 雅 邦 佐 藤 利 美 金 野 二三男 久 保 田 斉
渋 谷 修
白 幡 勝 美 佐 藤 輝 夫 塩 田 義 隆 久 保 美喜男
増 山 弘
田 口 定 一 吉 田 洋 幸 小 林 街 佼 荻 原 昌 郎 輿 石 順 一 平 嶋 寛 策 山 本 秀 彦 宮 下 正 恪 石 塚 二 郎 買 手 屋 仁 犬 丸 章 門 宮 田 光 男 齊 藤 幸 一 横 井 貞 弘 藤 田 正 春
も く
は し が き ・ ・ 研 究 委 員 一 覧
理 数 長 期 追 跡 研 究
01は じ ま り は じ ま り 記 ・ … 02は じ め の1年 記 ・ ・ ・ … '03本 番 前 の1年 記 ・ ・ ・ …
04い よ い よ 本 番1年 目 記 … 05い よ い よ 追 跡 は じ ま り 記 ・ ・ 06ホ ッ プ ・ス テ ッ プ ・ジ ャ ン プ 記 07調 査 も4年,一 巡 り 記 … 08と う と う 中 学 卒 業 記 ・ … 09高 等 学 校 第3周 記 ・ ・ … 10祝7周 年 記 ・ ・ ・ ・ … 11学 校 調 査 も こ れ で 終 わ り 記 ・
旧 研 究 委 員 の 先 生 方 の 近 況 ブ ッ ク レ ッ ト等 一 覧 ・ ・ 研 究 の 概 要 ・ ・ ・ …
V
じ
●
1 11
2 4 8 12 16 20 24 28 32 36 40
44 46 50
理 数 長 期 追 跡 研 究 半 生 記
一理 数長期 追跡研 究 の昭和61年 度か ら平 成9年 度 まで 一
「
理科 お よび算 数 ・数 学 の到達 度 とそれ に影 響 を与 え る諸 因 子 との 関 連 に 関 す る長 期 的 追 跡 研 究(略 称:理 数 長 期 追 跡 研究)
小 島 繁 男(座 長;国 立教育研 究所次長) 長 崎 栄 三(数 学 教 育 第 一 研 究 室 長) 瀬 沼 花 子(数 学教育第一研究室研究員) 三 宅 征 夫(科 学 教 育 研 究 室 長) 猿 田 祐 嗣(科 学 教 育 研 究 室 研 究 員) '松 原 静 郎(化 学 教 育 研 究 室 研 究 員)
SAM
国 立 教 育 研 究 所
科 学 教 育 研 究 セ ン タ ー
㊦153東 京 都 目 黒 区 下 目 黒6‑5‑22 何(03)714‑0111(代 表)
内 線251,249,244,245,352
S87‑01
理 数 長 期追 跡 研 究 は じま りは じ ま り記
(松原 静 郎 、 国 立 教 育研 究 所 、 昭和62年4月1日)
そ もそ も上 記 の よ うな 研 究 を しよ う と した 発端 は、 昭 和61年10月 の科 学 研 究 補 助 金 (科研)の 申請 が 始 ま った と きで した 。 当 セ ンター教 材 教 具 開 発 室(当 時)の 猿 田 さん と科 研 の話 を して い る うち に、 長 期 にわ た って 追 跡 調 査 が で き な い ものか とい う話 にな って き ま した。 とい い ます の も、 少 し前 に第3研 究 部 の 田 村 先 生 の 所 内研 究 発 表 会 が あ り、 そ の 内 容 が長 期 にわ た る郵 送 法 に よ る追 跡 調 査 だ ったか らで す 。
私 はそ の 年 の4月 まで オ ー ス トラ リア の メ ル ボ ル ンで 、 オ ー ス トラ リア教 育 研 究 所 に第 2回 国 際 理 科 調 査 の 国 際 デ ー タの 分 析 の手 伝 い に行 って い ま した 。 そ こで調 べ た お もな こ とは、 科 学 に対 す る生 徒 の態 度 尺 度 の 分 析 で した。 お も しろ い こ とに も、 日本 とオ ー ス ト ラ リア の生 徒 で は、 理 科 の成 績 は 日本 の 生 徒 の方 が良 い で す が、 オ ー ス トラ リア の 生 徒 の 方 が科 学 に対 す る態 度 が好 ま しい こ とで した。 これ は以 後 い ろい ろ な欧 米 の研 究 者 にお話 す る こ と に驚 き と興 味 を もって感 心 され ま した。 そ して 私 の興 味 は成 績 と態 度 ・興 味 との
関係 に と移 って き ま した 。
さ らに、5月 か ら6月 に は米 国 ノー スカ ロ ライ ナ州 立 大 学 に滞 在 しま した が、 そ この準 教 授 の トル ス ト博 士 か ら態 度 尺 度 に関 して 次 の よ うな す て き な仮 説 を 披 露 して戴 き ま した。
それ は、 同 じ学 校(例 え ば 中学 校)に い る間 は成 績 の方 が態 度 ・興 味 に及 ぼす 影 響 が 大 き い こ とはわ か って い るが、 上 の学 校 に進 学 す る折 りに は態 度 ・興 味 が成 績 に大 きな 影響 を及 ぼ す で あ ろ う と い う もの で した 。
猿 田 さん は異 な った 面 で の 興 味 を持 って い ま した が、 いず れ に して も追 跡 研 究 で よ り深 い考 察 が で き る こ とは明 白な よ うで す 。 しか し、・私 達 の興 味 はや は り理科 との結 び付 きの 上 に あ ります の で、 郵 送 法 で はで き ませ ん 。 ど う して も学 校 で の調 査 が 必要 です 。 我 々の
一2
話 は、 大 学 の付 属 校 の 生 徒 だ った ら追跡 調 査 が で き るだ ろ う とい うと こ ろ まで きて 急 に現 実 味 を お び て き た ので す 。 とな って くる と、 も うや れ る と こまで や って み た い とい う気持
ち で い っぱ い とな りま した 。
それ に追 跡 調 査 とな れ ば 、 長 い 年 月 が か か りま す。 やれ る ものな らす ぐにで もや りた く な って き ま した。 計 算 して み る と、 小 学 校6年 生 が大 学 を卒 業 して 就 職 す る まで12年 、 浪 人 す る こ とを考 え に いれ る と13年 か か って や っ と児 童 の大 多 数 が 社 会 人 とな る こ とに な ります 。 それ に準 備 の 期 間1年 、 ま とめ に も1年 とれ ば15年 で す 。 早 く計 画 を立 て ね ば な りませ ん 。 で も、 ほか の 人 の 中 に も興 味 を も って い て、 参 加 して くれ るか も しれ ませ ん 。 共 同 研 究 者 が 増 え れ ば 、 予 算 も余 計 に 使 え るで しょ う。 もち ろん 、 研 究 と して も よ り 良 い もの とす る こ とが で き ます 。 そ こで 方 策 と して 、若 い人 か ら打 診 す る こ と と しま した。
数 学 教 育 第1研 究 室 の 瀬 沼 さん が 最 初 の 相手 で す。 す ぐOKで す 。 同 研 究 室 主 任 研 究官 (当 時)の 長 崎 さん とち ょ っ と前 に追 跡 調 査 の こ とを話 して い た ばか りだ った との こ とで し た。 だ った ら話 は簡 単 で す 。 早 速 、 長 崎 さん に も了解 を取 りま した。 す で に長 崎 さん は こ れ ま で共 同研 究 員 と して 国 研 に来 られ て い た 中 学校 の 先生 と共 同で3年 間 の 詳 細 な追 跡 研 究 を しよ う と考 えて い たん だ そ うで す 。 詳 細 な 追跡 研 究 は我 ら合 同 で の研 究 に は適 さな い
の で 、 今 回 は一 歩 譲 って 加 わ って 戴 き ま した 。
そ して 科 学教 育 研 究 室 長 の三 宅 さん で す 。 実 は三 宅 さん も前 か ら、 就 職 を決 め る時 期 と 成 績 の 関 係 や 職 業 観 とい った もの に関 心 が あ った との こ とで、 す ぐ参 加 して くだ さい ま し た 。 そ して 、 科 学 教 育 研 究 セ ンター長(当 時)の 小 島 先生 に は座 長 と して ご指 導 戴 け る こ と
とな り、 メ ンバ ーが そ ろ い ま した。
こ う して メ ンバ ー を集 め て い る最 中 に も情 勢 は刻 々 と変 わ って い き ま した 。 始 め 、 大学 の付 属 校 で と思 って いた の も、 例 え ば杉 並 区 な ど1地 区 の全 学 校 を対 象 とす る こ とが 主 流 とな りま した 。 対 象 とな る母 集 団 もそ の年 代 だ けの 要 因 を排 除 す るた め 、調 査 実 施 初 年 度 に小 学 校5年 、6年 、 中学1年 で あ る3母 集 団 を考 え る こ とに しま した。 そ して、 で きれ ば来 年 度 の科 研 費 も申請 しよ うとい う こ とに な りま した 。
しか し、 三 宅 さん は継 続 の科 研 を持 って い ます し、 長 崎 さん と瀬 沼 さん は 申請 した い課 題 がす で に あ る との こ とで した 。残 るは猿 田 さん と私 で す 。 相 談 の 結 果 、猿 田 さん が、I
EA(第2回 国 際 理 科 教 育 調 査)で は翻 訳 な どに よ る等 質 性 の 保 持 が 疑 問 視 され る こ とか ら 日本 が参 加 しなか った、 「読 み 能 力 」に関 す る調 査 を加 え、 科 研 費 を 申 請 す る こ と とな りま
小 島 長 崎 瀬 沼 三 宅 猿 田 松 原
理科お よび算数 ・数学の到達度 とそれ に影響を与え る諸 因子 との 関:連に関す る長期 的追跡研究(略 称:理 数長期追跡研究)
繁 男(座 長;国 立教 育研究所次長) 栄 三(数 学 教 育 第 一 研 究 室 長) 花 子(数 学教育第一研究室研究員) 征 夫(科 学 教 育 研 究 室 長) 祐 嗣(科 学 教 育 研 究 室 研 究 員) 静 郎(化 学 教 育 研 究 室 研 究 員)
SAM
国 立 教 育 研 究 所
科 学 教 育 研 究 セ ン タ ー
@153東 京 都 目 黒 区 下 目 黒6‑5‑22 母(03)714‑0111(代 表)
内 線350,(348,352,246,257)
588‑02 理 数 長期 追 跡 研 究 は じめ の1年 記
(松 原 静 郎 、国 立 教 育 研 究 所 、 昭和63年4月1日)
一 昨年10月 に発 足 した理 数 長期 追 跡 研 究 グル ー プ も、 最 初 はそ の研 究 期 間 が15年 に及 ぶ こ とか ら、 十 五年 研 究 と仮 称 して い ま した。 で すか ら、 発 足 当 時 の 昭和61年11月 か ら62年
1月 まで の研 究 会 メモ に は 「15年 研 究 メモ 」 と残 って い ます 。 そ の 名称 が現 在 の 「理 科 お よ び算 数 ・数 学 の到 達 度 とそ れ に影 響 を与 え る諸 因子 との関 連 に関 す る長 期 的 追 跡 研 究 (略 称:理 数 長 期 追 跡 研 究)」 とい う長 〜 い名 前 にな った の は、62年 の1月29日 か らで した。
そ の 時期 に なぜ 名 称 を変 え たか とい い ます と、 そ れ は研 究 の進 捗 状 況 と関連 して い ま す。
61年11月 か ら検 討 会 と勉 強 会 を 合 わ せ た形 の研 究 会 を 月1回 、 た だ し、1日 中 み っち り開 き ま した。 そ して、12月 に は国 研 所 内 の科 学 教 育 研 究 セ ンター研 究 会 で研 究 計 画 につ いて 先 生 方 に聞 いて 戴 き、 数 学 第2教 育研 究室 長(当 時)の 沢 田先 生 か らは地 域 を東 京 と限 らな い方 が良 い との ご助 言 を、 また 、 物 理教 育研 究 室 長 の板 倉 先 生 か らは小学 校 で の成 績 と高 校 で の成 績 や、 中学 校 で の成 績 と大 学 入 試 で の成 績 な ど これ まで 調 査 され て い な い関 連 が わ か る と と もに 、進 学 率 の高 い高 校 へ 無 理 して 行 か な くて も大 学 入 試 で の 成 績 が 同 じとい う結 果 が も し出 た な らば 、受 験 戦 争 が緩 和 され る ので はな い か との ご示 唆 も戴 き ま した。
次 の 年(昭 和62年)の1月 か らは調 査 対 象 地 域 を山 梨 を 含 む 関東 地 域 に決 め、 い よい よ 各 県 教 育 セ ンター の 知 り合 い の 先生 方 に連 絡 を取 り始 め ま した。 しか し、 各 県 セ ンタ ーの 先 生 方 へ の 説 明 書 の 標 題 は まだ 「15年 研 究 メ モ」 とな って い ま した 。 これ で は 内容 が す ぐに はわ か らな い とい う意 見 が 出 され 、1月 末 に三 宅 先 生 の案 を 中 心 に ワイ ワイ ガ ヤガ ヤ の 中で ど うにか 現 在 の名 称 に決 ま りま した 。 そ れ と並 行 して研 究 協 力 者(研 究委 員)の 候 補 者 との 連 絡 も取 り始 め、 さあ ス タ ー トで す 。
しか し、 こ こで も大 き な問 題 が あ りま した 。 予 算 の 件 で す。 も と も と若 手研 究 員 の 自発
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的 な 研 究 で す か ら、 各 研 究 員 の研 究 費 を 少 しず つ 出 し合 うに して も予 算措 置 が完 全 に確立 され るわ けで は あ りませ ん 。 そ こで 、 虫 の い い話 で す が 、調 査 実 施 校 に は一 切謝 金 を支 払 わ な い こ とを 前提 に して参 加 して戴 くこ とに しま した。 そ の代 わ り、 調 査 結 果 を で き るだ け調 査 校 に利 用 で き る よ うな形 で返 す よ う努 力 す る こ とに しま した。 実 際 、 この 方 が わず か な謝 金 を 出 して 笑 わ れ る よ り、 本 質 的 な お礼 とな る もの と考 え た の です 。
2月 に は対 象 地 域 を 新 潟 県 も含 め た関 東 地 区 教 育 研 究所 連 盟 の範 囲 に広 げ、 ま た、 東 京 近 県 の幾 つ か の教 育 セ ンター に は手 分 け して この研 究 につ い て の ご意 見 を伺 い に あが りま した。 私 は栃 木 県 と群 馬 県 の セ ンター に伺 い ま した。 驚 い た こ とに 、群 馬 県 で は も うその 時点 で調 査 地 域 の具 体 案 まで 示 して戴 きま した。 しか し残 念 な こ とに 、 この積 極 的 に参 加 の意 志 を示 して くだ さ った 先 生 は転 勤 とな り、 引 き継 ぐ人 もな く計 画 は実 現 しな い こ と と な りま した。 つ くづ く研 究 も人 の つ な が りだ な あ と感 じた次 第 で す 。
そ の 後 、快 く参 加 して くだ さる意 志 を 示 して くだ さ った先 生 、 残 念 な が ら難 しい と返 事 を くだ さ った 先生 、 な ん と もいえ な い といわ れ た 先生 、 い ろ い ろで す 。'3月 に入 る と、本 プ ロ ジ ェク トの全 体 会 議 が開 け る こ とにな り、 急 き ょ東 北 新 幹 線 沿 いの 岩 手 県 、 宮城 県 、 福 島 県 に も会 議 に参 加 を お願 い しま した。
そ うそ う、 研 究計 画 で は1987年(昭 和62年)が 予 備調 査 、88年 か ら本 調 査 実 施 とな って い ま した が、3月 の 研 究 会 で あ れ や これ や と検 討 の末 、 本調 査開 始 を1年 ず ら して89年 か ら実 施 と しま した。 検 討 しな けれ ば な らな い問 題 が山 とあ る こ とが わ か って き たの で す 。
まず 、理 数 問題 や質 問 紙 の項 目を 決定 す る こ と。 長 崎 先 生 に よれ ば、 ア メ リカで もSM SGと い う団体 が数 学 教 育 に関 す る調 査 を5年 間 に わ た って 実施 して い た ので す が 、 そ の 結 果 は、 い くつ か の重 要 な事 項 が見 い 出 され た一 方 で 、 研 究計 画 が しっか り して い な か っ た た め に問題 や 質 問項 目を途 中 で変 えて しまい 、11万 人 もの生 徒 を対 象 に調 査 した こ とが 生 か され な か った よ うで す 。 しっか り検 討 して お か な けれ ば二 の 舞 で す。
次 に、 調 査 地 域 の選 定 の た め の 時 間 が必 要 で す 。 これ は各 県 セ ンタ ーの 先 生方 にお 願 い しな けれ ばな りませ ん 。 余 裕 を 持 って … いや 、 余裕 を持 ちす ぎ てせ っか く進 ん で 参 加 して くだ さる先 生 が 転 勤 され て は困 ります。 しか し、 な に しろ先 の長 い話 な らぬ調 査 で す か らや っぱ り地 域 選 定 に は余 裕 が あ った方 が安 心 で す 。
さ らに 、 基礎 調 査 と して の 「読 み 」 は最近 の資 料 が あ りませ ん 。 実 際 に調 査 を して み な い こ と には どの よ うな項 目 を入 れ る のが 良 い の か も判 断 が難 しい状 況 で す 。 また 、科 学 観 調 査 に ど うや って数 学 の項 目を入 れ るか 、 そ の他 科 学 観 調 査 に入 れ るべ き適 当 な項 目が あ
るか な どな ど検討 の余 地 ば か りで、 固 ま って い る こ との方 が少 な い くらいで す 。
そ れか ら、調 査 時 間 の 配 分 や デ ー タバ ン クにつ い て も問題 は残 って い ます 。3校 時 とい う限 られ た時 間 内 に ど うや って で き るだ け多 くの 調 査項 目を入 れ て い け ば よい か 。 ま た 、 そ れ を効 率 よ くコ ン ピュー タ に入 力 す るに は ど う した ら良 い か。 予 備 調 査 を して み な け れ ば よ くわ か らな い部 分 もた くさん あ ります 。
とい うわ け で、 予 備 期 間 を2年 間 と して、1年 目 は 「読 み調 査 」 と東 京 近 郊 で 実 施 す る
「小 規模 調 査 」 、2年 目 は 「郵 送 票 に よ る調 査 」 と本 調 査実 施 県 で行 う 「予 備 調 査 」 を 実 施 す る こ とに な りま した 。 そ して3年 目の1989年 が 待 望 の 本調 査1年 目で す 。 も う後 へ は 引 けませ ん 。 若 さで 前進 あ るの み で す。
第1回 会 議 に は、7県 の教 育 セ ンターか ら7名 の 先 生 が 、 小 ・中 ・高 等 学 校 か ら9名 、 大 学 か ら3名 、 そ して 国研 か らは6名 、 計25名 の 出席 者 が あ りま した。 第1回 会 議 の 後 、 協 力 戴 け る県 は、 北 海道 、岩 手 県 、宮 城 県 、 福 島県 、 茨 城 県 、栃 木 県、 東 京 都 、 山 梨 県 の 8都 道 県 とな りま した 。4月 には岩 手 県 の高 橋 先 生 か ら、6月 には 山梨 県 の小 林 先 生 か ら 候 補 地 域 を早 速 知 らせ て 戴 き ま した 。 そ の他 の県 で もそれ ぞ れ の事 情 に照 ら して 最 も良 い 方 法 を検 討 して くだ さい ま した 。
しか し、実 は私 の説 明 が悪 く、 多 くの 県 で1000名 の追 跡 対 象 生 徒 の確 保 を ご検 討 戴 く始 末 、 とん だ手 数 を お掛 け して しま い ま した 。 本 当 は全 体 で1000名 の つ も りだ った の です 。 そ こで 、県 に よ って 人 口の差 は あ ります が 、 最 低100名 の追 跡 対 象 者 の 確 保 を お願 い す る こ と と し、8月 の第2回 会 議 で各 県 に再 検 討 を お 願 い し、 年 度 末 まで に一 応 の め どをつ け て 戴 くこ とにな りま した 。 た だ し、 毎 年5%の 欠 席 率 考 え る と8年 間 でな ん と約3分 の1 減 って しま う ことが わ か り、計 画 時150名 で や っ と100名 が 残 る計 算 とな ります 。 そ の こ と の考 慮 も合 わ せ て お願 い しま した。 そ うそ う、 山 梨 県 で は小 林 先生 を は じめ セ ンター 皆様 の ご尽 力 で 、 第2回 会 議 の 時 点 で な ん と実 施 校 決 定 寸 前 に まで こ ぎつ け て い た ので す 。
9月 に入 り、 各 県 の 教 育 セ ンター 所長 お よび教 育 長 宛 に正 式 の 地域 選 定 協 力 依 頼 状 を発 送 しま した 。 北 海 道 で は宮 下 先 生 の ご尽 力 に もか か わ らず 、9月 に調 査実 施 は難 しい との 結 論 に達 しま した。 その 後 は一 部 の 県 を 除 き、着 々 と準 備 が進 ん で 調 査校 が決 ま って い き ま した が、 それ は なん とい って も、 研 究 委 員 と して参 加 して 戴 いて い る先生 方 の ご尽 力 は もと よ り、 所 長 先 生 を は じめ教 育 セ ンタ ーの 多 くの 先生 方 の ご理 解 、 そ して積 極 的 な ご協 力 の賜 物 で した。 た とえ どん な に研 究 計 画 が 立 派 で あ った と して も、 調 査 の 実 施 が お ぼつ か な い よ うで は、机 上 の空 論 、絵 に か い た餅 で 終 わ って しまい ま す。 改 めて 、 本 プ ロ ジ ェ
s一
ク トの調 査 実 施 の た め に ご尽 力戴 い て き た す べ て の先 生 方 にお 礼 申 し上 げた い と思 い ます。
さて、 理 数 問 題 や 質 問 紙 の 項 目に つ い て は、 第1回 会 議 の 後 、 小 ・中 ・高 ・大 の先 生 方 に手 分 け して原 案 作 成 の 段 階 か ら参 加 検 討 して戴 き ま した 。 そ して 、 国研 側 の 対応 が手 薄 とな って い た生 物 、 地 学 につ い て は 、生 物 教 育 研 究 室 長 の 梅 埜 先生 と地 学 教 育 研 究室 長 の 下 野 先 生 に相 談 役 と して 参 加 して戴 け る こ と とな りま した 。 これ で 、読 み に関 す る相 談 役 の藤 田先 生 を含 め、 一 応 万 全 の態 勢 が整 い ま した。
項 目原 案 作 成 と並 行 して 、 国研 側 研 究 委 員 は猿 田先 生 と瀬 沼 先生 を 中心 と して読 み能 力 につ い て の問 題 作 成 を 急 ピ ッチ で進 め 、6月 か ら7月 にか けて 、 小 ・中 ・高 等 学 校 計10校 39ク ラ スで 読 解 調 査 が 実 施 で き ま した。 この調 査 結 果 は 「読 解 調 査 第1次 報 告 書 」 と して 10月 に発 行 し、 山 梨 県 教 育 セ ンター主 催 の関 東 地 区 教 育研 究所 連 盟 の研 究 会 で長 崎 先生 が 発 表 しま した。 本 プ ロ ジ ェク ト最 初 の記 念 すべ き報 告 で す 。 実 は この9月 か ら10月 にか け て は、 小 規 模 調 査 用 紙 の印 刷 期 日 と も重 な り、 てん や わ ん や の 大騒 ぎ、 特 に猿 田先 生 の大 活 躍 が あ って で き あが りま した 。 申 し訳 な い こ とに も、 私 は この一 番 忙 しい とき に外 国 出 張 で のん び り と中南 米 旅 行 を 楽 しん で い た の で した。
一 方、 理 数 問 題 や 質 問 紙 の項 目作 成 につ い て は、 担 当 毎 に会議 を開 くな ど精 力 的 に進 め て い った の です が、 担 当 者 の 日程 が 合 わ な か った り して 、 ど う して も進 み具 合 は芳 し くあ りませ ん。 遅 れ に遅 れ 、 最 初 の 予 定 よ り2か 月 過 ぎて もまだ 完 成 に は至 りませ ん で した。
8月 の 第2回 会 議 に ど うにか 草 稿 を 間 に合 わ せ、 そ の場 で 参 加 者 全 員 で の検 討 を して 戴 き ま した が 、項 目数 の多 い こ と多 い こ と、 宿題 を ど っ さ り持 って 帰 って戴 きま した。 結 局 、 小規 模 調 査 は 予定 の調 査 時期 よ り1か 月 遅 い11月 〜12月 の実 施 とな りま した。
小規 模 調 査 で は、 今 後 の検 討 課 題 とな る点 、つ ま り、 どん な 点 が 回答 す る側 に と って問 題 とな るの か、 調 査 実 施 上 不 都 合 な 点 はな い か な どを見 い 出 して い か な け れ ば な らな い の で す 。 そ こで 、 な るべ く研 究 委 員 と して参 加 して戴 いて い る先 生 の 所属 す る学 校 で 調 査 の 実 施 を お 願 い しま した。 小 ・中 ・高 合 わ せ て6校 で調 査 が進 み 、 回 収 はや や遅 れ ま した が、
年 末 に は調 査 完 了 で す。
年 が改 ま る とす ぐ大急 ぎ で コ ン ピ ュー タ入 力 の た め のIDの 書 き込 み を 始 め、1月11日 に素 集 計 を打 ち 出 して 、12日 に は分 析 を担 当 して 戴 く各研 究 委 員 宛 、 デ ー タを送 付 しま し た。 後 は研 究 委 員 の 方 の 腕 の 見 せ所 です 。 で も、 都 合 の つ か な い研 究 委 員 が 出 た場合 の ピ ンチ ヒ ッ ター は必 要 で す か ら、 国研 側 研 究 委 員 は補 欠 の 役 で す。 とい うわ け で、 しば ら く は手 を こま ね い て見 て いれ ばい い の で 、 ら くちん ら くちん 、 果報 は寝 て 待 て です。(了)
理 科 お よび 算 数 ・数 学 の 到 達 度 とそ れ に影 響 を与 え る諸 因 子 との 関 連 に関 す る長 期 的 追 跡 研 究(略 称=理 数 長 期 追 跡 研 究)
SAM
[国立 教育 研 究所]
(座 長)小 島 繁 男(相 談 役) 猿 田 祐 嗣 梅 埜 國夫 瀬沼 花 子 下 野 洋 長 崎 栄 三 藤 田 正 春 松原 静 郎
三宅 征 夫
[教育 セ ンタ ー]
犬丸 章 門 久 保美 喜 男 久保 田 斉 小 林 術 佼 佐藤 輝 夫 宮 田 光 男 理 数調 査 協力 委 員 会(岩 手)
(幹事)高 橋 泰
(事 務 局)国 立 教 育 研 究所 科学 教 育 研 究室 面153東 京 都 目黒区 下 目黒6‑5‑22 [小 ・中 ・高 等学 校]
五 十 嵐 裕和 井 田 良 克[大 学]
大 谷 明 越 智 景 三 稲 垣 成 哲 川 上 純 鈴 木 康 志 森 本 信也 新 田 正 博 野 木 直 樹 吉 川 成 夫 原 誠一 郎 山 崎 敬 人
吉 本 一 幸
盈(03)714‑Ol11内 線350 589‑03
理数長期追跡研究 本番前の1年 記
(松原静郎 、国立教育研究所、平成元年4月1日)
さ きお と と しの10月 に始 ま った理 数 長 期追 跡 研 究 も、今 年 は い よ い よ本 調 査1年 目 とな ります 。 これ は、 く しく も平 成 時 代 と歩 みを と もに して い く こと とな りま した。順 調 に進 あば 平 成15年 に本 調 査 が すべ て終 わ る こ とに な ります。 「調 査平 らか に して研 究成 る」 よ うに私 共 も益 々力 を注 い で い きた い と思 い ます の で、先 生 方 に もな お一層 ご協 力 くだ さ い ま す よ うお 願 い致 します。
さて 、 去年1年 間 の進 み具 合 を振 り返 って み ます と、1月 始 め に小 規 模調 査 結 果 の分析 を担 当 の委 員 に お願 い した ことか ら始 ま ります 。締 め切 りは3月1日 で す。 と ころが その 期 限 に間 に合 った原 稿 は約3分 の1。 その後 原 稿 の形 式 等 で か な り書 き直 して も らった こ
と もあ り、 原稿 が そ ろ った の は3月 も後半 で した。 しか し、 そ の後 もす ぐ印 刷 に回 せ る訳 で は あ りませ ん。 さ らに、数 値 の確 認 や形 式 の統 一 な ど結 構 や るべ き こ とは思 い の ほか多 いの で す。 そ う して い る うちに、猿 田先 生 が結 婚 、 そ して ドイ ッはハ ンブル グへ2か 月 の 出 張 、結 局 ま とめ は瀬 沼 先生 と私 とな り、 報告 書 が 出来 上 が った の は予定 を二 月近 く遅 れ て5月 下 旬 で した。
しか し、 この経 験 は貴 重 だ った よ うに思 い ます。 といい ます の は、 分析 担 当 の先 生方 に して も、1次 集計 の ま と めで すか ら最 初 は一 日あ れ ばで き ると思 って いた方 も多 か った の で はな いで し ょ うか。 で も、実 際 にや って み る とな か なか一 筋縄 とは い きませ ん。 次 回 か らは少 な くと も二 日は か けて い ただ け るで しょ う。 私 共 も形 式 の統 一 だ けで もか な り時 間 を費 や す ものだ とい う こ とが わ か りま した。 それ に不 十 分 なが ら一 応 形式 もで き ま したの で 、今 後 は この経 験 を ふ ま えて 、 よ り手 際 よ くな る もの と考 えて い ます 。
一8一
この 間 に もい ろい ろな こ とが あ りま した。 茨城 では 各学 校 との顔 合 わせ を計 画 して いた だ き、2月 始 め には猿 田先 生 が 出 向 いて各 学校 へ あ い さつ に行 くと と もに ご意 見 を拝聴 し て き ま した。一 部 本 研究 へ の参 加 にっ いて難 色 を しめ され た先生 もい ら っ しゃ った との こ とで す が、 概 ね協 力 いた だ け る との ことで した。 まず は順 調 な滑 り出 しで す。 同 じ頃 、久 保 田先 生 、 佐 藤先 生 か ら実 施上 の問 題点 にっ いて の ご意 見 と説 明 資料 を作 るよ うに とい う 宿 題 とを頂 戴 しま した。 買 手屋 先 生 か らは、 東京 で の調 査 にっ いて50の 高 校 を対象 と して 小 中 との関連 を調 べ た結 果 を いただ きま した。 それ を見 る と実 施 は … う〜ん難 しい。
月 が改 ま って3月 の始 あ には私 が福 島 と岩手 の セ ンターを訪 ね、 ご協力 い ただ いて きた 先生 方 に御礼 を 申 し上 げ ま した。 この研 究 は先 生 方 の おか げで、 ど うや らこ うや らこ こま で こ ぎつ けた の です。 ま た、栃 木 に も情 況 を伺 い にあ が りま した。話 は飛 び ます が、初 心 者研 修 は なか なか 大変 な よ うで、 栃 木 に は影響 が大 との ことで した。 そ の こ と もあ って、
本 研 究 に なか な か協力 で きなか った との お話 で した 。
3月17日 第3回 研究 委 員 会議 開 催 。 うれ しい こ とに も岩手 県 、 宮 城 県 、福 島 県、 茨城 県 、 山梨 県 で一 応 調 査 が実 施 で き る こと とな りま した。 そ して 、各 県 の調 査校 へ直接 説 明 に来 て ほ しい との要 望 が で ま した。 それ に したが って 、研 究 委 員会 議 は年1回 と し、調 査校 へ の説 明 に年1回 あが る こと にな りま した。5月 山梨 県 に は三 宅 先 生 と下 野 先生 が、岩 手 県 には私 が 出張 して 、各 学 校 に ご協 力方 お願 い しま した。7月 に は三宅 先 生 と猿 田先生 が茨 城 県 に、8月 に は長 崎 先生 が宮 城 県 と福 島 県 に 出張 しま した。
しか し、 この間 に栃 木 県 と東 京 都 で は研 究委 員 の先 生 が 異動 とな り、実 施 は益 々難 しい 状況 に な りま した。難 しい とは知 りつ つ も、 や は り東京 で も調 査 を した い。 さ らに もう1 年 希 望 を捨 て ず に東京 都 立 教育 研 究所 の犬 丸先 生 に研 究 委 員 を お願 いす る こ とに しま した。
そ れ か ら、東 京 に は多 くの私 立 学 校 が あ るで は な いで すか 。小 中高一 環 教 育 の学 校 も興味 の あ る と ころ です。 も しで き るな らば、 と日本 私 学教 育 研究 所 の宮 田先 生 を訪 ね ま した。
大 い に賛 同 して いた だ き、早 速 対 象 とな る学 校2校 に連 絡 して くだ さい ま した。 結果 と し て は、 残念 な が ら実 施 不可 能 とい う ことで した が、 そ の ご協力 に は感謝 してお ります。
い よ い よ岩 手 県 、宮 城 県 、福 島県 、 山梨 県 の計4地 域 で の予 備 調 査 で す。 まず、 なん と い って も依頼 文 書 を 山 ほ ど出 さね ば な りませ ん。 それ に、 各 県 で で きるだ けや りやす い よ うに して いた だ くた め に県 に よ りその方 式 が異 な ります。 三 宅先 生 の出番 で す。 これ まで の 経験 を元 に して、IEA国 際理 科 調査 よ り も繁 雑 だ とい う今 回 の依 頼文 書 ですが、 無事 調 整 で きま した。 しか し、 その作 業 には た っぷ りと時 間 が かか り、 夜 は夢 にまで出て きて
ま い った との こ とで した。
それ か ら、発 送 で す。調 査 用紙 の印刷 も予 定 よ り遅 れ気 味 で したが 、 発送 で は今回 は本 調 査 に比 べ て約半 分 か ら3分 の1な の に、猿 田先 生 と私 、 それ に ア ルバ イ トの人 ふ た りの 計4人 がか りで三 日か か り、9月 の第2週 に入 ってや っ とす べ て発 送 で きま した。 本 調 査 が思 いや られ ます。 それ で も、 価格 の面 で は郵便 代 に比 べて宅 配 便 が いか に安 いか、 重量 で は郵 送 は10kgが 限 度 、 ク ロネ コヤ マ トは20kg、 ペ リカ ンは30kgと い うこ とが判 明 し、収 穫 はい ろい ろ あ りま した 。 そ して、 早 い学 校 で は9月 に実 施 、10月 始 め には返 送 して くだ さいま した。 中 には行 き違 い もあ りま したが 、12月 末 まで に調 査 実 施 校 す べ てか ら返 送 し て戴 きま した。 今年 の1月 に入 り、 分析 担 当の研 究 委 員 に1次 集 計 を 配布 し、2月 上 旬 ま で に前 回 同様 分析 を して もらい ま した。予 定 をや や遅 れ は しま したが 、 理数 長 期追 跡 研 究 ブ ック レ ッ トー004「4地 域 調 査 」 の原 稿 は3月 中旬 に無事 印 刷 にま わす ことがで き ま した。
さて この間 、算 数 ・数学 班 で は懸 案 とな って いた算 数 ・数 学30題 調 査 を 、主 と して瀬 沼 先 生 の長 期 にわ た る努 力 と格 闘 の末 、5月 か ら6月 にか けて小5か ら高3ま で を対象 と し
て小 中高 各2校 で実 施 す るに至 りま した。7月 には第3回 の算数 ・数 学 班 全体 会 を開 いて 研 究委 員 の方 達 に は算 数 ・数 学 問題 全 般 にっ いて検 討 を重 ねて戴 き ま した 。 そ して算 数 ・ 数 学30題 調 査 の結 果 は 日本 科 学教 育 学 会第12回 年 会論 文 集 に載 せ 、理 数 長 期追 跡 研究 ブ ッ
ク レッ トー003(研究 用)と して発 表 しま した。 ま た、 そ の後 の分 析 お よ び問 題 と反 応率 な ど は、 これ もお もに瀬 沼 先生 の努 力 の賜 物 で す が、 一般 用 の理 数 長期 追 跡 研 究 ブ ック レ ッ ト ー005と して刊 行 しま した。
理科 班 で は、4月 か ら10月 にか けて月1回 東 京 の小 ・中 ・高 の現場 の先 生 方 と勉 強 会 を 開 き、理 科 問 題 の検 討 と分析 の仕方 にっ いて勉 強 して きま した。 また 、12月 には理 科班 の 小 ・中 ・高 の先生 方 と国研 の理 科 関係 の委 員 によ る全体 会 を 開 いて 、 よ り詳 細 に理 科 問題 や そ の分析 につ いて検 討 しま した。 っ い で に、母 集 団1が 中学 で新 課程 とな ります ので 、 新 指 導要 領 につ いて も三 宅 、下 野 両先 生 に説 明 して いた だ きま した。
と ころで 、去 年 は この ほか に も調 査 を実 施 しま した。一 っ は当初 の計 画 に は入 って い ま せ ん で した が、 中1と 高1に っ い ての調 査 が な され て なか った こと と、2年 間 の予 備 調 査 全体 と して の意 義 を よ り高 くす るよ うに と考 え、小 規 模調 査[2]を 前 回 の小 規 模調 査[1]と 同一 の中 ・高 等 学校 で実 施 す る こ とに し、実 施 校 の研 究委 員 の方 に は突然 で ご迷惑 を おか けす る ことに な りま した。 それ に もか か わ らず、 皆 さん快 く引 き受 けて くだ さい ま して、
調 査 時期 も前 回 と同様11月 か ら12月 にか けて実 施 で きま した。
さ らに加 え て、郵 送 票 調 査 が予 定 され て い ま した。 これ は前 回 の小 規 模調 査 で当 時高3 と して調査 対 象 とな った卒 業 生 に対 して 行 う予 備 調 査 です。 回 答 を た くさん もらえ そ うな
一10一
時 期 とい う と、 そ う多 くは あ りませ ん。 大 学 の文 化 祭 が終 わ った 頃 に照 準 を合 せ て、11月 末 か ら12月 末 まで とす る こ とに しま した。 その返 送 にっ い て も後納 郵 便 の方 が安 い とか、
い ろ いろ議 論 が あ りま したが 、長 崎先 生 の切手 を貼 った方 が 回 収率 が良 い とい う話 と今回 は その対 象 者数 が少 な い ことか ら、切 手 を貼 る こ とに しま した 。 そ の結 果 は、最 後 に送 ら れ て きたの は年 も改 ま った今年 の1月4日 で したが 、回 収 率46%と な り、 まあ まあ の と こ ろだ った と解 釈 して います 。
と ころで 、 この郵 送 票 調査 につ いて は第3回 研 究委 員 会 議 で 、調 査 を隔年 に し母 集 団2 と3で は そ の かわ りに調 査期 間 を長 くす る こ とを提 案 した と ころ各 県 セ ンターの先 生方 か
ら強 い反対 意 見 が 出 され ま した。 そ こで そ の後 の検 討 で 、郵 送 票 に よ る調 査 を6回 か ら2 回(母 集 団1)〜3回(母 集団2と3)に 減 ら し、高 校 卒 業2年 後 とその4年 後 、母 集 団2と
3で は さ らに その4年 後 に実 施 オ るよ うに変 更 しま した 。
これ らの時 期 は、高 校卒 業2年 後 が就 職 な り大 学 短 大 、専 門 学 校 な りに多 くの人 の落 ち 着 く時期 、 そ の4年 後 は進 学 した人 を含 め その ほ とん どが就 職 した か 、 ま たは、 女 の人 な ら家 庭 に入 る人 もで て くる時 期 と考 え られ ます。 さ らにそ の4年 後 は職 場 で もか な り仕 事 が で き るよ うにな り、家 庭 で は子 供 を持 った人 も出て くる と考 え られ る時期 で、生 涯学 習 や 生 涯 スポ ー ッ とい った面 や性 差 の面 、特 に女 の人 に と って は生 活 上 で大 きな変 化 を受 け る人 が多 く現 れ て くる もの と思 われ 、社 会 生 活 に お け る理 数 の影響 とい う点 で も大 変 興味 あ る時期 です 。調 査 実施 の折 は回 答 率 が高 い よ うに と祈 るばか りで す。
さて 、本 プ ロ ジ ェ ク トは全 体 と して順 調 に進 ん で い ます が、残 念 なが ら うま くい って い る面 ば か りで はあ りませ ん。9月 か らは国 研 内 で の研 究会 が い ろい ろ な研 究 の忙 しさな ど か らほ とん ど ス トッ プ して しまい ま した。 その結 果 、理 数 での意 志 疎 通 が欠 けて い る こと が 目立 ち は じめ、 些 か ま とま り不 足 とな って しま い ま した。 しか し、 そん な繰 り言 を い っ て も しか たが あ りませ ん。 この チ ャ ンスを逃 した ら、 わ た した ちの手 で は この よ うな長 期
にわ た る研究 は も うで きな いで しょ う。
泣 い て も笑 って もあ と半年 で本 調 査 に突 入 で す。 マ ー クカ ー ドも新 し く理 数長 期 追跡研 究 用 の ものが で きあが りま した。 調 査項 目 に関 す る最 後 の改 定 も、 も う少 しで終 えね ば な
りませ ん。 そ して、 わ た した ちは これ か らの4年 間 が 正念 場 と考 え て い ます。1年 目、2 年 目は小 ・中 ・高 の3学 年 で実 施 、3年 目は中 ・高 の2学 年 のみ とは な ります が、相 変 わ
らず本 調 査 と して は初 め て の学 年 が対象 で す。4年 目 は第1回 の郵 送 票 調査 の年 とな りま す 。 もち ろん そ の後 は どん どん と分 析 な どの面 で複 雑 にな って い く訳 で す か ら、 気 は抜 い て い られ ませ ん が、 そ こまで行 き着 けば先 が 見 え て きそ うです 。(了)
理 科 お よび算 数 ・数 学 の到 達 度 とそ れ に影 響 を 与 え る諸 因 子 との 関 連 に関 す る長 期 的 追 跡 研 究(略 称:理 数 長 期 追 跡 研 究)
SAM
[国立 教 育 研究 所][教 育セ ンター]犬 丸 章門[小 ・中 。高 等 学 校]
(座長)小 島 繁 男(相 談 役)久 保 美喜 男 久 保 田 斉 五 十嵐 裕和 井 田 良 克 〔大 学]
猿 田 祐嗣 梅埜 國 夫 小 林 術 佼 佐 藤 輝 夫 大 谷 明 越 智 景 三 稲 垣 成 哲
瀬 沼 花 子 下 野 洋 塩 田 義 隆 渋 谷 修 川上 純 鈴 木 康志 森 本 信 也
艮 崎 栄 三 藤 田 正 春 増 山 弘 宮 田 光 男 新 田 正 博 野 木 直 樹 吉 川 成 夫 松原 静 郎 理 数調 査 協 力 委 員 会(岩 手)原 誠 一 郎 山 崎 敬人
三宅 征 夫 柿沢 雅 邦 篠 田 宣 道 吉 本 一 幸
(事 務局)国 立 教 育 研究 所 科学 教 育研 究 室 面153東 京 都 目黒 区 下 目黒6‑5‑22鯉(03)714‑Om内 線350 S90‑04 理 数 長 期 追 跡 研 究 い よ い よ 本 番1年 目 記
(松 原 静 郎 、 国 立 教 育 研 究 所 、 平 成2年4月20日)
昭 和61年10月 に ス ター トした理 数 長期 追 跡 研究 も、平 成 と と もに本 調 査 の年 度 を迎 え、
昨年 度 は記 念 す べ き本 調 査 第1年 目 とな りま した。
さて 、本 調 査1年 目平 成 元年 の進 行情 況 を振 り返 って み ま し ょ う。 前 年 昭和63年12月22 日付 けで4地 域 調 査 の分析 を研究 委 員 の方 にお願 い し、1月 は その分 析 結 果 を送 って も ら う こ とか らは じま りま した。 理科 の分析 で は前 回調 査 の分 析 時 の経 験 か ら、1月 は じめ ま で に表 を 作 って も らい、1月 下 旬 まで にそ の表 を もとに分 析 して も らう とい う2段 階 の締 め切 りを設 け ま した。 は た して、 その結果 は どの先 生 も調 査 の分 析 に2日 か け る ことがで き、 分析 も うま くい った よ うで した。
また 、4地 域 調 査 で は学校 数 が多 いの で、 小規 模 調 査 で は分 析対 象 に な らな か った学 校 質 問 紙 と教 師質 問紙 も分 析 対象 とな り、 これ に加 え て履 修状 況 調 査 もマ ー ク カー ドを使 っ
て い ない の で コ ン ピュー タに打 ち込 まな くて は な りませ ん。 で も、理 数 の事務 を担 当 して も らって い る坂 本 さん に打 ち込 み の コー ドを作 って も らい、支 障 な くで き ま した。
この年 は、この間 に も小 規 模調 査[2]と 郵 送 票 調 査 の分 析 が並 行 して行 われ た ので す。 な んだ か ず いぶ ん欲 張 って しま った よ うな感 じが しますが 、 た った1か 月 のず れ で行 わ れ た 2調 査 の分 析 は ほ ぼ順 調 に進 み ま した。 しか し、一 部 の調 査 につ いて の分 析 は結 局 期 限 内 に終 わ らず、 報 告書 は4地 域 調査 の みが予 定 通 りに出て 、 み な さん にお送 り しま した が、
小規 模 調 査[2]に 関 して は約1年 後 の この3月 に他 の予 備調 査 の結 果 な ど とと もに、三宅 先 生 が代 表 者 とな って い る科 学 研 究費 補 助 金(以 下 、科 研)の 研 究 成 果 報告 書 と して刊 行 され
る こと とな りま した。
一12一
i
ま た、米 国 は北 イ リノイ大 学 か ら3月 に 日米 共 同研 究 の 申 し入 れ が あ りま した。 ち ょう ど我 々 と同様 な調 査 研 究 を北 イ リノイ大 学 で もや って いた ので す。 慎重 な検討 の結果 、調 査項 目に違 いが あ る こ とや我 々 の デ ー タの公 開 は す ぐには で きな い こと、人 員 が少 ないの で対 応 が む ずか しい こ とな どで、 残念 なが ら今回 の共 同研 究 の 申 し入 れ は断 る こ とに な り ま した。 しか し、調 査 報 告書 は刊 行 の た び に交 換 し、 協力 は これ か ら も続 けて い くことに しま した。 と ころで、 この 間 の や りと りか ら米 国 で は 日本 円 に して億 単 位 の予 算 で動 いて い る こ とを知 り、我 々 の百 万 の単 位 との差 を感 じさせ られ ま した。
さて、我 々 の研 究 で すが 、予 備 調 査 に つ いて の ま とめ も含 め、8月 の 日本 理 科 教 育学 会 第39回 全 国大 会(静 岡大 学)で(1)研 究計 画 と(2)学 年 間 共通 問 題 にっ い て 口頭 発 表 しま した。
続 いて開 か れ た、 日本 科 学 教育 学 会 第13回 年 会(早 稲 田大学 所 沢 校舎)で も(1)態 度 と(2)背 景 お よび学 習環 境 につ い て論 文 発表 しま した。 さ らに は、11月 の 日本 理 科 教育 学 会 第28回 関 東 支部 大 会(千 葉 大学)で も科 学観 にっ いて 口頭 発表 しま した。 その前 の年 の学 会 発 表 は 数 学 関係 だ けで したが 、 昨年 は理科 関 係 が が ん ば りま した。 今 年 は ど うな るで し ょう … お たの しみ に。
と ころ で話 を調 査 実施 へ向 けて の活 動 に戻 しま し ょ う。 各県 での調 査 実 施説 明 会 は6月 か ら9月 にか けて開 か れ ま した 。6月8日 の 山梨 の セ ンターで の説 明会 に松原 が行 った の を皮 切 りに、7月14日 には猿 田 先生 と瀬 沼先 生 が茨城 へ、 同 月21日 は長 崎 先生 が福 島 へ 行 き、 その後 は、8月 の24日 に松 原 が岩 手 へ 、9月 の12日 に猿 田先 生 が宮 城 へ 行 きま した 。 こ こまで は も うす で に前 の年1回 説 明会 を開 いて い ます ので いず れ の学 校 も調 査 に協 力 的 で、 お陰 を持 ち ま して会 はす べて 順調 に進 め る こ とが で きま した。
実 は その間 、 す で に述 べ ま した とお り、6〜7月 に大 阪 の私 立 へ は三 宅 先 生 、東 京 の国 立 小 ・中学 校 に は松 原 が 出 向 い て説 明 会 を開 き、最 後 の国 立高 等 学 校 へ は梅 埜先 生 と松 原
とで伺 い、 この説 明会 が 行 わ れ た のは10月 の ことで した。
調 査 の実施 に関 して は、 その前 の調 査項 目 の最終 決 定 でっ まず きま した。 年 々仕 事 が多 くな り、 最 近 で は年 中忙 しい忙 しい と嘆 い て い る こ とが増 えて しまい ま した。 突 然 へ ん な こ とを言 い出 しま したが、7月 か ら8月 に か け て国研 内外 の担 当者 で児 童 ・生 徒 質 問紙 の 検 討 会 を開 き、調 査 の最終 項 目を検 討 した に もかか わ らず 、調 葦 項 目の提 出 は調 査 種 に よ
って は3週 間 も遅 れ、 ま とめ役 の猿 田先 生 が て ん て こ まいの状 態 とな りま した。
それ か ら、 発送 で す。前 回 の4地 域 調 査 で は3日 か か りま した。 今度 は も っとかか るは ず で す。 とい うわ けで、調 査校 の先 生 や児 童 ・生 徒 の諸 君 に は ご迷 惑 を か け る結 果 とな り ま したが、 調 査 時期 の9月 始 めか ら11月 末 を9月 下 旬 か ら12月 末 に変更 して も らいま した・