は じ め に
同種造血幹細胞移植
(allogeneic hematopoietic stem
cell transplantation:allo-HSCT)は,白血病などの血 液悪性疾患に治癒をもたらす治療法として確立してい るが,移植片対宿主病(graft-versus-host disease:GVHD)は,allo-HSCT において克服すべき重要な合 併症である.今回我々は,慢性 GVHD 発症のメカニズ ムとして Th
1・Th17細胞に着目し,これらを制御す
る合成レチノイドである Am80が,マウスモデルにお いて慢性 GVHD を抑制することを見出した1).本稿で
は,allo-HSCT の現状を概説した後,慢性 GVHD にお ける Th1・Th17細胞の関与と Am80による慢性 GVHD
抑制の機序について述べる.Allo-HSCTの現状と実際
白血病における allo-HSCT では,まず抗がん剤や全 身放射線照射など(前処置)により腫瘍細胞を減少,
死滅させた後に,ドナーから正常な造血幹細胞を移植 する.移植後約2〜3週間でドナー由来の造血幹細胞 が患者の骨髄に生着し,正常造血が回復する.ドナー 細胞にとって,患者の白血病細胞は「異物」と判断さ れ免疫反応(移植片対白血病 graft-versus leukemia:
GVL 効果)により,残存するわずかな腫瘍細胞も根絶 することで治癒が得られる.本邦では年間約2,600件
(2010年)の allo-HSCT が施行されており,岡山大学
病院血液腫瘍内科でも年間約40例の allo-HSCT を施 行している.しかし,allo-HSCT に伴う合併症は,し ばしば致死的となり,移植により白血病細胞は根絶さ れた(完全寛解)にもかかわらず,合併症により死亡 する患者が現在でも約20〜30%ともいわれており,今 日なお克服すべき重要な課題である.GVHD は,感染 症と並んで allo-HSCT 後の重要な合併症である.先に 述べた GVL 効果と同様に,ドナー細胞にとっては患合成レチノイド Am80は Th1と Th17を抑制することに より慢性移植片対宿主病を改善する
西 森 久 和
*,前 田 嘉 信,谷 本 光 音
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 血液・腫瘍・呼吸器内科学
キーワード:慢性移植片対宿主病,同種造血幹細胞移植,Th17細胞,Th1細胞,Am80
Synthetic retinoid Am80 ameliorates chronic graft-versus-host disease by downregulating Th1 and Th17
Hisakazu Nishimori*, Yoshinobu Maeda, Mitsune Tanimoto
Department of Hematology and Oncology, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences
岡山医学会雑誌 第124巻 December 2012, pp. 197ン201
平成24年5月受理
*〒700‑8558 岡山市北区鹿田町2‑5‑1 電話:086‑235‑7227 FAX:086‑232‑8226 Eンmail:[email protected]
平成23年度岡山医学会賞(林原賞)
プロフィール
西森 久和 昭和50年生まれ
平成13年3月 岡山大学医学部医学科卒業
平成18年4月 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程入学 平成24年3月 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了 平成13年5月 岡山大学医学部附属病院 第二内科 研修医 平成13年6月 呉共済病院 内科 研修医
平成15年6月 癌研究会附属病院(がん研有明病院)化学療法科 ジュニアレジデント 平成17年6月 岡山大学医学部・歯学部附属病院 血液・腫瘍内科 医員
平成22年6月 岡山大学病院 輸血部 医員 平成23年8月 岡山大学病院 腫瘍センター 医員
平成24年4月 岡山大学大学院医歯薬総合研究科 血液・腫瘍・呼吸器内科学 助教
る.GVHD とはこの反応によりドナー由来の免疫担当 細胞が患者の各種臓器を攻撃することにより発症す る.従って allo-HSCT 後には,シクロスポリンやタク ロリムスなどの免疫抑制剤の投与により GVHD を予 防するが,移植後早期に発症する重症の急性 GVHD は 約30%,100日以降に発症する慢性 GVHD は約50%に みられる.基礎研究から急性 GVHD については,レシ ピエント(患者)の抗原提示細胞によってドナーT細 胞が Th
1細胞へ分化・活性化し,
炎症性サイトカイン およびT細胞,マクロファージなどの細胞障害性細胞 によってレシピエントの組織が攻撃されることが明ら かとなっている2).
一方,慢性 GVHD は急性 GVHD と発症時期が異な るだけでなく,その病態も異なると考えられている.
慢性 GVHD は,ドナー細胞によりレシピエントの体内 で免疫が再構築される段階で,自己抗原反応性T細胞 が出現し自己免疫疾患に類似した臨床像を呈すると想 定されている3)
.
しかし,急性 GVHD に比べ慢性 GVHD はこれまで十分な基礎的研究がなされていないのが現 状である.臨床的にも,急性 GVHD の予防・治療に用 いられる免疫抑制剤では慢性 GVHD の発症を抑制で きていない.慢性 GVHD の治療には副腎皮質ステロイ ドが使用されるが,有効率は50〜60%にとどまり,ス テロイド治療後の再発難治症例はさらに治療が困難と なっている.Th17細胞とGVHD
ヘルパーT細胞は従来,サイトカイン産生パターン により Th
1細胞と Th 2細胞の2つに分けられ,自己
免疫疾患やアレルギー反応との関連について多くの研 究がなされてきた.2005年,Th1,Th 2細胞に続く第
三の免疫担当細胞として Th17細胞の概念が確立し,以来,Th17細胞と自己免疫疾患との関連が報告されて いる4,5)
.
Th17細胞は好中球遊走,抗菌ペプチドの産生,組織 修復などに関わる IL‑17A,IL‑21,IL‑22などの炎症 性サイトカインを放出するのを特徴とする.マウスに おいて,Th17細胞はナイーブ CD4+細胞から TGF-βと IL‑6の存在下での抗原刺激により分化する4)
.IL‑21,
IL‑22,IL‑23,IL‑17Fなどは Th17サイトカインと呼 ばれており,IL‑21は Th17細胞から産生され,ポジテ ィブフィードバックにより Th17免疫反応を促進す
導することにより Th17細胞の成熟を促進する
.転
写因子としては ROR-γt,ROR-α,STAT3などが Th17
細胞分化に必須であることが知られている8ン11).急性
GVHD における Th17の役割については,よく研究さ れており,Th17が急性 GVHD を誘導できることが明 らかとなっている12ン15).一方,慢性 GVHD における
Th17の関与を報告した文献は少ない.これまではマウ スモデルにおける検討から,慢性 GVHD には主に Th2を介した反応であると考えられていた
16).
我々は,慢性 GVHD が自己免疫疾患に類似する病態を示すこ とと,この第三の免疫担当細胞である Th17が自己免 疫疾患との関連が強いことより,慢性 GVHD において Th17が関与しているのではないかという仮説のもと,
以下の研究を行った.
慢性GVHDマウスモデル
まず,我々が用いた慢性 GVHD マウスモデルについ て概説する.主要組織適合性抗原(major histocom- patibility complex:MHC)は一致しているが,マイナ ー抗原が不一致であるドナーとレシピエントの組み合わ せ(ドナー:B10.D2(H-2d
),
レシピエント:BALB/c(H-2
d))を用いた.レシピエントに6.75Gy の全身放
射線照射の後,2×106個のドナー脾臓T細胞と8×10
6個のドナー骨髄細胞を尾静脈より輸注することに より慢性 GVHD を誘導した.このマウスモデルでは,図1に示すとおり,移植後 day21頃より慢性 GVHD を 発症し,所見としては後頚部を中心とした脱毛と皮膚 の痂皮化が観察される.また自家移植のコントロール
(ドナー・レシピエントとも BALB/c)に比べて体重
減少が著明となる.病理所見では皮膚脂肪組織の減少 と炎症細胞浸潤,表皮組織の肥厚が認められる.他に,唾液腺の萎縮,肺,肝臓における炎症細胞浸潤と肝内 胆管の肉眼的減少(vanishing bile duct)が観察され る.これらの表現型はヒトにおけるものとよく類似し ており,マウスモデルとしてはもっとも汎用されてい る系である.
Th17細胞は慢性GVHD発症で増加する
上記のマウスモデルにおいて我々はまず,移植後の Th
1/Th 2/Th17のサイトカイン産生を確認した.移
植後 day14,28の末梢リンパ節を採取し,このリンパ 球におけるサイトカイン産生を細胞内サイトカイン染色にてフローサイトメトリーを用いて測定すると,ま ず Th
1サイトカインである IFN-γ
+細胞は移植後早期(day14)から増加し,移植後後期(day28)も持続し
て増加していたのに対して,IL‑17A+細胞の発現は移 植後早期では減少していたが,慢性 GVHD を発症する 移植後後期に増加していた(図2).Th2サイトカイ
ンである IL‑13+細胞は IFN-γ+細胞と同様に,移植後 を通じて増加していた.IFN-γ+細胞と IL‑17+細胞は 移植後の肺,肝臓においても同様に増加していた.更 に,このマウスモデルと同様に MHC 一致,マイナー 抗原不一致である別のマウス慢性 GVHD モデル(ドナ
ー:DBA/2(H-2d),レシピエント:BALB/c (H-2
d))
においても,慢性 GVHD 発症群は自家移植のコントロ ールに比べて Th
1,Th17細胞が増加していた.以上
より慢性 GVHD マウスモデルにおいて,慢性 GVHD の発症に Th
2だけでなく Th 1細胞と Th17細胞も関
与している可能性が示唆された.ノックアウトマウスでの検討
次に,慢性 GVHD における Th17と Th
1細胞の関与
をさらに明らかとするために,IL‑17ノックアウト(IL‑17
−/−)マウスと IFN-γ
ノックアウト(IFN-γ−/−)
マウスをそれぞれ使って検討した.IL-17−/−マウスを ドナーにして骨髄移植を施行すると,野生型ドナーの コントロール群に比べて有意に慢性 GVHD が改善し た.この慢性 GVHD 改善は特に皮膚において著明であ り,組織学的にも炎症性細胞の減少や繊維化の軽減が 認められた.IFN-γ−/−マウスをドナーにして骨髄移植Am80は慢性 GVHD を改善する:西森久和,他2名
コントロール
慢性 GVHD
皮膚 唾液腺 肺 肝臓
図1 慢性 GVHD マウスモデル
下段の慢性 GVHD 発症マウスでは,脱毛,皮膚の痂疲化がみられ,皮膚,唾液腺,肺,肝臓に慢性 GVHD による変化が観察される.
(文献1より改変して引用)
IL-17+ (%)
10 8 6 4 2
0 Day 14 Day 28
*
*
IL-13+ (%)
25 20 15 10 5
0 Day 14 Day 28
**
* IFN-コ+
(%) 80
60
40
20
0 Day 14 Day 28
*
*
コントロール 慢性 GVHD
*: <0.05
**: <0.01
図2 慢性 GVHD マウスモデルにおける Th サイトカイン
慢性 GVHD マウスでは Th17サイトカインが移植後後期に上昇する.Th1,Th2サイトカインは移植後を通じて上昇している.(文献
1より改変して引用)
て有意に慢性 GVHD が改善し,組織学的にも慢性 GVHD 所見の軽減が認められた.以上から Th
1と
Th17細胞のいずれもが慢性 GVHD 発症に関与するこ とが示唆された.Am80について
Am80は,首籐らによって本邦で合成されたレチノ 安息香酸に属するレチノイドである17,18)
.
Am80は,レ チノイン酸α
/β
レセプター(RARα
/β)に特異的な合
成レチノイドあり,このレセプターに結合する生物学 的活性は all- retinoic acid(ATRA)の約10倍と されている19).現在 ATRA は,急性前骨髄性白血病
(APL)の治療薬として広く使用されている.Am80
はこの ATRA に比べ熱,光,酸化作用に対し安定で あるなどの薬学的特徴に加え,HL-60などの APL の cell line に対しても,ATRA に比べ非常に強力な分化 誘導能を持つ20).更に Am80は,ATRA 耐性の1つの
メカニズムとされる細胞内レチノイン酸結合蛋白(CRABP)に親和性がないことや長期連用によっても
血中濃度が減少しないことなど,ATRA 耐性の克服 と,ATRA を上回る治療効果が期待される20,21).
また,Am80には皮膚に分布する RAR
γ
に親和性がないの で,皮膚粘膜障害等の副作用が ATRA に比べ軽いこ とが推測されるなど効果・副作用両面で ATRA より も優れていると考えられ,現在本邦において APL に 対しての第Ⅲ相試験(Japan Adult Leukemia Study Group APL204)が行われている.ATRA や Am80などのレチノイン酸には,上記の APL 治療薬としての作用以外に様々な作用を有して おり,免疫学的には Th
1,Th17への分化を抑制する
作用が報告されている19,22).
そこで B10.D2→BALB/c の慢性マウスモデルにおいて移植後 day0より連日 ATRA を投与したところ,コントロール投与群に比べ 慢性 GVHD が抑制される傾向が見られ,Am80投与で はさらに明らかな慢性 GVHD 抑制作用が認められた(図3).Am80を投与せずに移植後 day14の末梢リン
パ節からリンパ球を採取し,Am80存在下で24時間培 養したところ,Am80は濃度依存的に IFN‑γと IL‑17 産生を抑制した.また,移植後 day0より Am80もし くはコントロールを連日経口投与し,day35で末梢リ ンパ節におけるリンパ球のサイトカイン産生を確認し たところ,Am80投与群で有意に CD4+IFN‑γ+細胞と,CD4+IL‑17+細胞の産生が抑制されていた.以上より,
Am80は
,
双方で Th1,Th17サイトカ
イン産生を抑制することにより慢性 GVHD を軽減さ せたと考えられた.さらに,このマウスモデルにおい て,移植後 day21,すなわち慢性 GVHD を発症しはじ める時期から,連日 Am80を投与したところ,コント ロール投与群に比べ有意に慢性 GVHD を改善し,治療 薬としての可能性が示唆された(図3).お わ り に
本研究の結果により,慢性 GVHD 発症の新たなメカ ニズムが解明されたとともに,これまでステロイド以
A
3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0
Skin score
自家移植 コントロール ATRA
ATRA
0 3 6 9 12 15 18 21 24 27 30 33 35 Days after BMT
B
3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0
Skin score
自家移植 コントロール Am80
Am80
0 2 4 6 7 10 12 14 16 18 20 23 25 27 29 31 34 36 38 Days after BMT
**: <0.01
**
**
**
**
C
3.5 4
3 2.5 2 1.5 1 0.5 0
Skin score
自家移植 コントロール Am80
Am80 0 3 6 9 14 17 20 23 27 31 34 36 38
Days after BMT
*: <0.05
*
図3 Am80による慢性 GVHD 予防と治療
移植後 day0より ATRA を投与すると,慢性 GVHD が経度抑制される(A).Am80を投与すると著明に慢性 GVHD を抑制する(B).
さらに,移植後 day21より慢性 GVHD の治療目的 にAm80を投与すると,慢性 GVHD が改善した(C).(文献1より改変して引用)
外に有効な治療法がなかった慢性 GVHD に対し,
Am80は全く新たな作用機序をもつ薬剤として臨床応 用される道が開かれた.現在我々は bench-to-bedside の研究として,再発難治性慢性 GVHD に対する Am80 治療の臨床第Ⅰ・Ⅱ相試験を計画中である.
文 献
1) Nishimori H, Maeda Y, Teshima T, Sugiyama H, Kobayashi K, Yamasuji Y, Kadohisa S, Uryu H, Takeuchi K, Tanaka T, Yoshino T, Iwakura Y, et al.:Synthetic retinoid Am80 ameliorates chronic graft-versus-host disease by down-regulating Th1 and Th17. Blood (2012) 119,285‑295.
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