目 次
分子細胞生物学
図解
浅島 誠・駒崎伸二 共著
裳 華 房
1・1 生体膜の基本構造
1.生 体 膜
ILLUSTRATED MOLECULAR CELL BIOLOGY
細胞は生体膜(細胞膜)と呼ばれる脂質の膜で外界と隔てられ,その内部に 特別な環境が形成されている.そして,その内部ではさまざまな種類の酵素反 応が行われている.原核細胞では,特殊な例を除いて,細胞膜以外の膜構造は 見られない.一方,真核細胞では,細胞膜の他にも細胞小器官と呼ばれる膜構 造が細胞内に存在する.真核細胞の細胞内に存在する核膜や小胞体などの膜構 造は,原核細胞と比べて,より複雑化した機能(たとえば,遺伝子発現やタン パク質合成などの複雑化)を効率よく行うために進化の過程で発達したものと 考えられる.その他にも,ミトコンドリアや葉緑体などのように,真核細胞の 進化の過程で外部から取り込まれた,原核細胞に由来すると考えられる膜構造 が存在する.
外界と細胞内を隔てる細胞膜には,さまざまな役割が必要とされる.その中 で最も重要な役割の 1 つが,細胞膜を隔てた物質のやり取りである.単純な 拡散による細胞膜の物質の通過には限度があるので,多くの物質に関して特別 な輸送機構が発達している.それらの役割を果たしているのが細胞膜に分布す るタンパク質である.
ここでは,細胞膜を中心とした生体膜の基本構造と,それらの膜に組み込ま れた物質の輸送機構について述べる.
1.生 体 膜 1・1 生体膜の基本構造
1・1 生体膜の基本構造 a.細胞内の膜構造
真核細胞を電子顕微鏡で観察すると,その細胞の内部 には生体膜からなるさまざまな構造(細胞小器官)が観 察される(図 1-1).細胞の生体膜全体の中で,それら の細胞小器官が占める膜の割合を動物の細胞で比較する と,ミトコンドリアと小胞体がその多くを占めているこ とがわかる(図 1-2).それらの膜構造についてみると,
細胞膜,小胞体,ゴルジ体などは1枚の膜構造から構成 されているが,ミトコンドリア,核膜,植物細胞の葉緑 体などは2枚の膜構造から構成されている.ミトコンド リアと葉緑体は,細胞内に取り込まれた原核細胞に由来 すると考えられているので,原核細胞自身の細胞膜と,
それが真核細胞に取り込まれた際に原核細胞を包みこん
だ宿主の細胞膜の2枚からなっている.一方,核膜は小 胞体が融合してクロマチンを球形に包み込むようにして形 成された膜であるために,2枚の生体膜からなっている.
生体膜で区画化された細胞小器官の中で,とりわけ動 的に変化しているのが小胞体である.小胞体はその形態 や分布を頻繁に変化させながら,小胞体どうしの融合,
小胞体からの小胞の遊離,そして,小胞体と小胞の融合 などを活発に行っている.このような性質は,後述する 細胞内輸送系をはじめとして,さまざまな細胞の機能に おいて重要な役割を果たしている.また,ミトコンドリ アも,細胞内の機能に応じて,その形態を変化させたり,
互いに融合したり,二分裂による増殖などをしたりして,
細胞の機能に合わせて活発に変化している.
b.脂質二重層の構造
細胞膜や細胞小器官を構成する生体膜は基本的に同じ 脂質二重層からなるが,それぞれの膜には機能に応じた さまざまな違い,たとえば,構成タンパク質や脂質成分 の違いなどが見られる.生体膜を構成する基本構造の脂 質二重層は厚さが3~5 nmであるが,実際の細胞の生 体膜は,膜に組み込まれたタンパク質などが加わり,そ れよりも少し厚く6~8 nm程度に見える(図 1-3). 生体膜の主要な構成成分は脂質とタンパク質である が,それらの割合は細胞の種類や細胞小器官の種類に より大きく異なる.たとえば,2枚あるミトコンドリア の生体膜の内側の膜では脂質とタンパク質の量比が1:
4,一般の細胞の細胞膜では1:1,神経線維のミエリン
鞘を構成する細胞膜では4:1である.これらの違いは,
それぞれの膜が果たしている機能の違いを反映したもの である.
生 体 膜 を 構 成 す る 脂 質 の 主 要 成 分 は リ ン 脂 質(phospholipid) で, そ の 他 に, コ レ ス テ ロ ー ル
(cholesterol)が含まれている.リン脂質には,グリセロー ルを構成要素とするグリセロリン脂質と,スフィンゴシ ン(sphingosine)を構成要素とするスフィンゴリン脂 質や糖脂質などがある.リン脂質は極性をもった親水性 の頭部構造と,極性のない疎水性の炭化水素鎖の尾部構 造からなっている.このような親水性と疎水性の2つの 性質を備えた分子の性質は両親媒性と呼ばれている.水 中に存在する両親媒性の分子は,親水性の部分を水の側 に向け,疎水性の部分で互いに向き合って凝集する性質 がある.そのために,水中に存在するリン脂質は,脂質 二重層やミセル構造を自動的に形成して安定した状態に なる.
生体膜を構成する主要なグリセロリン脂質は4種類あ る(図 1-4).それらの頭部の構造は異なるが,尾部は 共通した構造からなっている.頭部を構成しているのは,
粗面小胞体 ミトコンドリア 小胞 ゴルジ体 真核細胞
図1-1 細胞内の膜区画を示す電子顕微鏡写真
真核細胞の細胞内は,小胞体,ゴルジ体,核,ミトコンドリアなど,
生体膜で区画化された細胞小器官により満たされている.
ミトコンドリア内膜
(%)
30
20
10
0 粗面小胞体 滑面小胞体 ミトコンドリア外膜 細胞膜 ゴルジ体 リソソーム ピノサイトーシス小胞
図1-2 細胞を構成する生体膜の分布(核膜を除く)
細胞を構成する膜成分のほとんどが,ミトコンドリアと小胞体 に分布している.これらの割合は細胞の種類により異なる.
細胞外
細胞質
コレステロール
リン脂質
A.
B.
脂質二重層
図1-3 生体膜
A:四酸化オスミウムで固定された細胞膜.リン脂質のリン酸の 部分がウランにより染色されて黒く見えるので,細胞膜を構成 する脂質二重層が 2 本の黒い平行線として確認できる.B:生体 膜の分子モデル.リン脂質とコレステロールにより構成された 生体膜の基本構造を示す.
コリン
頭部︵極性・親水性︶
リン酸 グリセロール
炭化水素鎖
ホスファチジルコリン
尾部︵無極性・疎水性︶
コレステロール エタノールアミン セリン イノシトール
図1-4 グリセロリン脂質とコレステロール
生体膜を構成するグリセロリン脂質はグリセロールを介して結合した頭部(プラスとマイナスは極性を示 す)と尾部構造からなる.その頭部構造には異なる 4 種類のものがある.そして,尾部構造には 2 本の炭 化水素鎖が結合している.ホスファチジルコリン以外については,頭部構造の異なる部分だけが示してある.
1.生 体 膜
コリン,セリン,エタノールアミン,イノシトールの4 種類である.それらはリン酸を介してグリセロールと結 合し,そのグリセロールには疎水性で荷電をもたない炭 化水素鎖が2本結合している.炭化水素鎖は炭素が12
~24個連なった構造をしている.通常,炭化水素鎖の うちの1本は二重結合をもつ不飽和炭化水素鎖で,もう 1本は二重結合をもたない飽和炭化水素鎖からなる.そ の二重結合がシス型の結合をしている場合は,その部分 で炭化水素鎖が折れ曲がった構造をとる.
スフィンゴリン脂質のスフィンゴミエリンは,頭部が コリンからなる.しかし,グリセロリン脂質とは異なり,
グリセロールを欠いている(図 1-5).その尾部は,1本 の飽和炭化水素鎖からなるスフィンゴシンに,もう1本 の飽和炭化水素鎖がアミド結合している.このような尾 部の構造はセラミド(ceramide)と呼ばれている.この スフィンゴミエリンは,神経線維のミエリン膜に多く分 布しているのでその名が付けられている.
コレステロールは4つの炭化水素の環をもつ硬い(変 形しにくい)構造で,炭化水素の環の1つに水酸基が結 合している.その水酸基が親水性の部分を形成している ので,全体として両親媒性の性質をもっている.生体膜 におけるコレステロールの含有量は細胞や細胞小器官な どの種類により異なる.たとえば,含有量の少ないミト
コンドリア膜では脂質の約3%であるが,含有量の多い 神経線維のミエリン膜では約50%を占めている.コレ ステロールは動物細胞の生体膜に多く含まれているが,
植物細胞には少ない.一方,原核細胞の細胞膜にはコレ ステロールが含まれていない.
糖脂質には,セレブロシド(cerebroside)とガング リオシド(ganglioside)と呼ばれるグループがある(図 1-6).セレブロシドは荷電をもたない糖(ガラクトース やグルコース)がセラミドに1つ付いた構造をしている.
そして,セラミドにいくつかの糖が連結され,その糖に 負の荷電をもつシアル酸が付加されたものがガングリオ シドである.細胞膜では,これらの糖脂質は脂質二重層 の外側の層に分布して,細胞どうしの認識や接着などに 関与している.
c.膜タンパク質
生体膜にはさまざまな種類のタンパク質が存在し,膜 を隔てた物質の輸送,細胞内輸送,細胞どうしの相互作 用,細胞外からのシグナルの受容と伝達など,多様な機 能を営んでいる.それらのタンパク質が膜に分布する様 式には,いくつかのタイプがある(図 1-7).
よく知られているのが,膜を貫いて存在するタンパク 質である.これは膜貫通タンパク質と呼ばれ,物質を通 過させるチャネル(たとえば,イオンチャネルやポーリ
ンなど)や情報伝達分子の受容体などがある.また,膜 を構成している特定のリン脂質を認識してそれに結合し ているタンパク質や,膜内に疎水性の領域を差し込んで 膜に結合しているタンパク質などがある.前者の例には アネキシン,後者の例にはプロスタグランジン合成酵素 などが知られている.さらに,アンカーと呼ばれる炭化 水素鎖を特定のアミノ酸に結合して,そのアンカーを膜 の中に差し込んでぶら下がるように膜に結合しているタ ンパク質もある.このアンカーと呼ばれる炭化水素鎖に は,ミリストイルアンカー(myristoyl anchor,グリシ ンとアミド結合したmiristic acid),アシルアンカー(acyl anchor, シ ス テ ィ ン や セ リ ン と 結 合 し たmyristate,
palmitate,stearate,oleateなど),プレニルアンカー
(prenyl anchor,システィンと結合したisoplane グルー プとgeranylgeranylグループ)などがある(図 1-8). これらのアンカーの他に,リン脂質のグリコシルホス ファチジルイノシトール(glycosyl phosphatidylinositol)
をアンカーとして,それに結合した糖鎖を介して膜に結 合しているタンパク質もある.これはGPIアンカータ ンパク質と呼ばれている.
1・2 脂質二重層の性質
生体膜を構成する脂質二重層の性質は,その主要構成 成分であるリン脂質やコレステロールの性質に大きく依
生体膜
グリシン
タンパク質 アンカー
システイン
ミリストイル
アシル
プレニル
図1-8 タンパク質を生体膜に結合するアンカー タンパク質の特定のアミノ酸と結合し,そのタンパク質を膜に 結合させるアンカーと呼ばれる炭化水素鎖を示す.ミリストイ ル基はアミノ末端のグリシンと結合する.アシル基はシスティ ンやセリンなどと結合する.プレニル基はカルボキシル末端の システィンと結合する.
1・2 脂質二重層の性質
スフィンゴシン セラミド スフィンゴミエリン コリン
リン酸
図1-5 スフィンゴミエリン
炭化水素鎖が 1 本からなるスフィンゴシンに,炭化水素鎖をも う 1 本結合したものがセラミドである.そのセラミドにリン酸 を介してコリンが結合したものがスフィンゴミエリンである.
セレブロシド
セラミド
ガングリオシド 糖
図1-6 糖脂質
セラミドに糖が結合したものを糖脂質と呼んでいる.糖脂質の セレブロシドとガングリオシドを示す.ガングリオシドは,結 合している糖の種類の違いにより,数多くの種類が存在する.
細胞外
細胞内
(受容体など)
(酵素タンパク質など)
膜結合性のタンパク質
膜貫通タンパク質
GPI アンカータンパク質
イオンチャネル ポーリン
図1-7 膜タンパク質の種類
膜タンパク質はその存在様式により,たとえば,膜貫通タンパク質,膜結合性タンパク質,GPI アンカータンパク質などがある.
1.生 体 膜
存した性質を示す.たとえば,生体温度範囲内において も,その温度変化により脂質二重層の構造には顕著な変 化が見られる.また,脂質二重層を構成する脂質成分の 違いによってもその性質が大きく変わる.生物は,細胞 の機能を遂行する上でこれらの性質をうまく利用するこ とにより,高温や低温による脂質二重層の変性をさまざ まな方法により防いでいる.
a.温度による変化
脂質二重層は,温度の変化にともなって,その状態が大 きく変化する.脂質二重層は温度が低いときは結晶状 態(crystalline-state)であるが,温度が上昇すると,結 晶状態から液状態(fluid-state)へと移行する(図 1-9). それらの中間的な状態はゲル状態(gel-state)と呼ばれ ている.結晶状態のときの炭化水素鎖は,直線状に伸び た状態で互いが密に接している.その状態では,近接し
た炭化水素鎖の間に原子間引力のファンデルワールス相 互作用(3章参照)が働くために,脂質は動きにくい状 態になっている.そして,温度が上昇すると,生体膜を 構成する脂質の運動性が活発になり,脂質の炭化水素鎖 のねじれや折れ曲がりが生じて脂質どうしの結合力が弱 くなる.このように,脂質が動き易くなった状態が液状 態である.
結晶状態から液状態に移行する際の温度は,生体膜を 構成する脂質成分の割合,炭化水素鎖の炭素の数,炭化 水素鎖の二重結合の数などにより異なる.炭素の数が多 いと,ファンデルワールス相互作用がより強く働くため に,脂質は動きにくい.そのために,液状態になりにく い.その一方,炭化水素鎖の二重結合の数が多いと,炭 化水素鎖の折れ曲がりが多くなり,脂質は密に接しにく くなる.そのために,脂質は動き易く,液状態になり易い.
このような脂質の性質を利用して,外界の温度に合わせ て生体膜の状態が調節されている.たとえば,冬眠する 動物では,体温の下降により膜が結晶状態になるのを防 ぐために,二重結合のある不飽和状態の炭化水素鎖を増 加させて,膜を動き易い状態に保っている.また,大腸 菌でも,周囲の温度が下がると炭化水素鎖の二重結合を 形成する酵素を増産して,不飽和状態の炭化水素鎖の割 合を増加させている.
温度による生体膜の変化に対しては,コレステロー ルもいくつかの重要な役割を果たしている.コレステ ロールが膜に加わることにより,膜の性質は大きく変化 する.リン脂質の間の隙間に割り込んだコレステロール は,リン脂質どうしのファンデルワールス力を弱め,低 温でも膜が結晶状態になりにくくする.また,コレステ ロールの水酸基とリン脂質の頭部の間で水素結合をする ことや,コレステロール自身の構造の硬さから,コレス テロールが多く加わった膜は高温でも液状態になりにく くする.このような性質から,コレステロールが多く含 まれる生体膜では,結晶状態から液状態へのシフトが顕 著ではなくなり,幅広い温度域でそれらの中間的なゲル 状態をとることができる.また,細胞膜にコレステロー ルが多く存在すると,拡散により膜を通過する物質の透 過性が低くなる.それは,コレステロールがリン脂質の 隙間を埋めてしまうので,物質が通りにくくなってしま うためと考えられる.
一般に,結晶状態から液状態に移行する際の温度は体 温よりも低くなっているので,通常の動物細胞の生体膜
は液状態にある.この状態では,膜の中の脂質は活発に 運動することが可能である.それゆえ,この液状態にあ ることが細胞のさまざまな機能を遂行する上では重要で ある.液状態では,脂質二重層を構成する脂質が,回転
(spin),側方への拡散(diffusion),脂肪酸の炭化水素 鎖の屈曲(flexion)や揺れ(waggle)などの運動を活発 に行っている(図 1-10).これらの運動の他にも,脂質 二重層の片側の層から反対側の層に移動する反転(flip- flop)運動も稀に行われている.回転,拡散,屈曲運動 などは頻繁(毎秒10 6~109回)に行われているが,自 然発生的に起こるリン脂質の反転運動は非常にわずか
(10 4~10 5秒に1回程度)である.それは,リン脂質が 膜を横切って移動するためには大きなエネルギーが必要 だからである.
b.構成成分の違い
細胞膜を構成する脂質成分の割合を見ると,脂質二 重層の内層と外層の間に大きな違いが見られる(図 1-11).また,細胞小器官の種類によっても,それら の生体膜を構成する脂質成分の構成比が異なる(図 1-12).さらに,進化の過程で起源を異にし,その機能 も異なるミトコンドリアと葉緑体の膜の構成成分の間に も大きな違いが見られる(図 1-13).このような脂質成 分の構成比の違いは,それぞれの生体膜における機能の 違いを反映している.
生体膜を構成する脂質には,それぞれ異なる性質があ る.たとえば,ホスファチジルコリンやホスファチジル エタノールアミンは膜の不透過性の障壁に貢献してい
回転
屈曲 拡散
反転
図1-10 脂質二重層を構成するリン脂質の運動 生体膜を構成しているリン脂質は,温度の上昇にともなって活 発な運動性を示す.
PC
PE PS
SM
GL PI
内層 外層
図1-11 細胞膜の内層と外層を構成する脂質の 割合の非対称性
細胞膜を構成する脂質二重層の内層と外層の脂質の割 合は大きく異なる.その割合の違いは細胞の種類によ り異なるので,ここではその一例について,脂質の割 合の相対的な比較を示す.
PC;ホスファチジルコリン,PE;ホスファチジルエタ ノール,PS;ホスファチジルセリン,SM;スフィンゴ ミエリン,GL;糖脂質,PI;ホスファチジルイノシトー ルやその誘導体.
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0 細胞膜 ゴルジ体の膜 粗面小胞体の膜 核膜 リソソームの膜 ミトコンドリアの内膜 ミトコンドリアの外膜
CH SM PS PI PE PC その他
図1-12 細胞を構成する膜の成分の比較
生体膜を構成する脂質成分の比率は,細胞膜や小器官により異 なっている.CH;コレステロール,SM;スフィンゴミエリン,
PS;ホスファチジルセリン,PI;ホスファチジルイノシトール,
PE;ホスファチジルエタノール,PC;ホスファチジルコリン.
結晶状態
液状態
図1-9 脂質二重層の結晶状態と液状態
脂質二重層は,温度に依存して結晶状態と液状態の間を移 行する.結晶状態と液状態の間では,リン脂質の形態や運 動性に大きな違いがある.
1・2 脂質二重層の性質
1.生 体 膜
る.また,ホスファチジルイノシトールは細胞内の2次 情報伝達因子(10 章参照)として働くイノシトール3 リン酸の供給源にもなっている.そして,スフィンゴミ エリンは,水素結合を形成し易い親水性部分や,飽和状 態の長い炭化水素鎖をもつために,密に凝集し易い性質 がある.さらに,糖脂質は膜抗原として細胞認識に重要 な役割を果たしている.このように,脂質のもつさまざ まな性質にもとづいて,それぞれの膜の役割に応じた分 布がなされている.
生体膜を構成するリン脂質は合成された後,小胞体膜 の細胞質側の層に挿入されるので,その反対側の層にも リン脂質を移動(反転)させる必要がある.また,前述 したように,膜の内層と外層を構成する脂質成分の構成 比は,膜の種類により大きく異なっている.このような 膜の内層と外層の違いが,熱運動によるランダムなリン 脂質の反転運動だけにより成し遂げられると考えるのは 不可能である.そのために,膜にはその内層と外層の間 におけるリン脂質の反転を能動的に行うしくみが存在す る.
リン脂質の反転を行っているしくみには,エネルギー 依存的な反転機構と,膜貫通タンパク質が関与するエネ
ルギー非依存性の反転機構が考えられる(図 1-14).エ ネルギー依存的に行うリン脂質の反転は,ABC輸送体
(ATP-binding cassette transporter)と呼ばれる膜貫通タ ンパク質が行っている.このABC輸送体には多くの種 類が存在し,ATPの加水分解により得られるエネルギー を用いて,イオン,脂肪酸,ステロール,アミノ酸,金 属イオンなどを濃度勾配に逆らって輸送している.その 中で,リン脂質の反転を行っているものはフリッパーゼ と呼ばれ,そのタンパク質の一部に2つのATP結合部 位をもっている.一方,エネルギー非依存性のリン脂質 の反転は,αヘリックス構造をした膜貫通タンパク質 の疎水性の部分に沿ってリン脂質を反転させるもので,
ATPのエネルギーは必要とせず,熱運動のエネルギー により行われる.
c.細胞膜の特殊構造
細胞の形態を保持し,外力に抗して壊れないために は,細胞膜に一定の強度が必要である.また,細胞膜に
存在する各種の機能タンパク質は,その機能を効率よく 遂行するために,細胞膜上で一定の配置をとる必要があ る.しかしながら,細胞膜に組み込まれているだけでは,
その流動性ゆえに,細胞膜上で一定の配置を安定的に維 持することは難しい.このような中で,細胞膜の裏打ち 構造と呼ばれる特殊な構造が細胞膜の強度の補強ととも に,各種の膜タンパク質を結合して,それらを細胞膜上 の一定の部位に留めておく役割も果たしている.細胞膜 の裏打ち構造は,細胞質側の膜直下に存在する網目状の 繊維構造で,細胞骨格(6 章参照)を中心とした成分に より構成されている.そして,この裏打ち構造には,膜 貫通タンパク質のイオンチャネルや各種の受容体タンパ ク質などをはじめとして,さまざまな膜タンパク質が結
合している(図 1-15).
細胞膜には,特別な機能を果たしている構造がいくつ か見られる.その1つが,パッチ状(数10 nm幅)に 形成されたラフト(raft)と呼ばれる領域である(図 1-16).このラフトの部分では,膜を構成する脂質の成 分が他の部分とは少し異なっている.たとえば,膜の外 層にスフィンゴミエリンや糖脂質が多く集中して存在す るために,膜の構造が少し厚くなっている.また,コレ ステロールも多く分布している.さらに,この部分には GPIアンカータンパク質,細胞接着分子,情報伝達分子 の受容体などが集中して分布しており,特殊な機能を もった領域と考えられている.
もう1つの特殊な構造に,細胞膜がフラスコ型(直径
(%)
30
20
10
0 40 50 60
ミトコンドリア 葉緑体
PC PE CL PG PI MGDG DGDG 図1-13 ミトコンドリアと葉緑体の脂質成分の比較
PC;ホスファチジルコリン,PE;ホスファチジルエタノール,
CL;カルジオリピン,PG;ホスファチジルグリセロール,PI;
ホスファチジルイノシトール,MGDG;モノガラクトシルジア シルグリセロール,DGDG;ジガラクトシルジアシルグリセロー ル.
MGDG と DGDG はグリセロールに糖が直結したガラクト脂質で,
葉緑体やシアノバクテリアなどに見られる.
A.
B.
ABC 輸送体
(フリッパーゼ)
ATPase ATP+H2O
(赤い矢印は反転を示す)
ADP+Pi
膜貫通タンパク質
ATP+H2O ADP+Pi
図1-14 生体膜を構成するリン脂質の反転機構 A:エネルギー依存性で,能動的に引き起こされるリン脂質の反 転機構(左)と,分子運動によりランダムに引き起こされるリ ン脂質の反転機構(右).B:エネルギー依存性の反転を行って いる ABC 輸送体(フリッパーゼ)の分子モデルを示す.ABC 輸 送体は ATP を加水分解して得られるエネルギーを用いてその立 体構造を変化させ,膜を構成する脂質の反転を行っている.
細胞外
細胞膜
細胞内
アクチン
イオンチャネル (受容体,細胞認識分子など)膜貫通タンパク質
アンキリン
トロポミオシン
スペクトリン
スペクトリン A.
B.
図1-15 細胞膜の裏打ち構造
A:細胞膜の直下には繊維状の網の目構造が存在し,膜タンパク質と結合している.たとえば,赤血球の細 胞膜ではスペクトリンによる網目構造が形成され,その構造にさまざまな膜タンパク質や,それらと関連 したタンパク質が結合している.B:スペクトリンの網目構造を細胞質側から見た模式図.
1・2 脂質二重層の性質
0 1.生 体 膜
50~100 nm)の形をして細胞内部に陥入したカベオラ
(caveolae)と呼ばれる構造がある(図 1-17).その陥入 した構造の形成を引き起こしているのは,カベオリンと 呼ばれる膜タンパク質である.このカベオリンが細胞膜 に組み込まれることにより膜が歪められて,細胞質側に 球形の陥入が引き起こされる.このカベオラの陥入部分 の細胞膜には,細胞内の情報伝達系に関与するさまざま なタンパク質が分布している.これらのカベオラやラフ トに集中して分布する分子の種類を見ると,細胞外から のシグナルを細胞内に伝達するための特別な領域と考え られる.
1・3 生体膜を隔てた物質の透過性
細胞膜や細胞小器官を構成する生体膜は,物質の選択 的な透過性をもつバリアーとして,細胞のさまざまな機 能に重要な役割を果たしている.その役割を可能にして いるのが,生体膜を構成する脂質二重層の透過性と,そ の膜に組み込まれて物質の透過を制御している各種の膜 タンパク質である.
脂質二重層からなる生体膜には,物質の透過性に関し ていくつかの性質がある.たとえば,ガス(CO2,O2, N2など)や荷電をもたない小型の親水性分子(エタノー ル,グリセロール,水,尿素など)などは,拡散により 比較的容易に生体膜を透過することができる.また,少々 大きくても,疎水性の分子(脂溶性のステロイドホルモ ンやビタミンAなど)は拡散により生体膜を通過する
ことができる.一方,荷電をもった小分子(各種イオン,
アミノ酸,核酸など)や,荷電をもたない大型の親水性 分子(単糖類,二糖類など)などは拡散により生体膜を 透過することはできない(図 1-18).そのサイズが小さ いにもかかわらず,イオンが生体膜を容易に通過できな い大きな理由はその荷電性にある.水中のイオンは,そ A.
ラフト
B.
糖脂質
細胞質
細胞膜
細胞質 受容体や細胞認識分子
スフィンゴミエリン
コレステロール
アンカータンパク質
図1-16 ラフト
A:細胞膜のラフトと見られる領域の電子顕微 鏡写真.ラフトは細胞膜の海に浮かんだいか3 3 だ3(ラフト)のようなものとして考えられて いる.このラフトは細胞膜の中を移動するこ とができる.B:ラフトの分子モデル.細胞膜 にはスフィンゴミエリンとコレステロールが 豊富で,膜の外層には糖脂質が多く分布して いる.さらに,ラフトには情報伝達や細胞認 識などに関連した多くの種類のタンパク質が 分布している.
A. B.
カベオリン 細胞外
カベオラ
細胞膜
細胞質
図1-17 カベオラ
A:カベオラの電子顕微鏡写真.B:カベオラの弯曲した膜構造の分子モデル.カベオラの弯曲部には,
カベオリンと呼ばれるタンパク質が組み込まれ,その弯曲構造を形成している.
エタノール ベンゼン
水分子
ビタミンA
グリセロール グルコース
ATP
イオン
アミノ酸
透過 不透過
図1-18 細胞膜の物質透過性
拡散により膜を容易に通過できる物質と,通過できない物質とがある.
1・3 生体膜を隔てた物質の透過性
能動輸送
単純拡散 促進拡散 エキソサイトーシス
チャネル キャリアー
エンドサイトーシス 受動輸送
ポンプ
(赤い矢印は輸送の方向を示す)
ATP
図1-19 生体膜を隔てた物質の輸送
一部の物質は,単純拡散により生体膜を自由に通過することが できる.拡散で通過できない物質は,生体膜に組み込まれたチャ ネルやキャリアータンパク質を介して膜を通過する.その際の 物質通過には,濃度勾配に従った受動的な輸送と,濃度勾配に 逆らった能動的な輸送がある.ATP のエネルギーを消費して物 質の能動輸送を行っているのがポンプと呼ばれる膜タンパク質 である.エンドサイトーシスとエキソサイトーシスは物質を膜 に包み込んで輸送している.