はじめに
iv ■ ホルモンから見た生命現象と進化シリーズ
はじめに
動物は,生活史の中のさまざまな段階で,さまざまな理由により,さまざ まな距離を移動する.たとえば,渡り鳥は,子育てや繁殖のために,一年の なかのある特定の時期に繁殖地と越冬地の間を行き来し,サケやウナギは,
孵化後,川と海をまたぐ何千 km にも及ぶ水域を回遊して一生を終える.渡 りや回遊における「移動」は,摂食,成長,生殖や体液浸透圧調節などの生 理機能に密接に関連し,季節の移り変わりに応じて起きている.また一方で,
人間活動や気候変動による餌や水の枯渇など,予期せずに起こる生息環境の 変化に対応するためにも,動物は移動する.いずれにしても,「移動」は動 物が生まれながらにもっている生存戦略の 1 つであり,「移動」を起こさせ る体のしくみは,動物の進化の過程で遺伝子に刻み込まれてきた.また, 「移 動」は,遺伝的な要因だけで起こるわけではなく,経験や学習によっても柔 軟に変化し,それが子孫に受け継がれていくなかで,その種に特異的な生物 現象として発達し,それが遺伝子にも新たに刻まれていくと考えられる.
では,「移動」は,どのように遺伝子に刻み込まれているのだろうか?
この問いに答えられる「移動」の例,すなわち,その遺伝子プログラムの全 貌が明らかになっている「移動」はまだない.ただ,その一端を明らかにし ようとする研究は,これまでに数多くなされてきた.本巻は,回遊と渡りに 代表される「移動」のしくみをホルモンという面から解明しようとする研究 の成果を基にして,水圏から陸,空のさまざまなフィールドで繰り広げられ る動物の生き生きとした「移動」の様を紹介しようと企画された.「移動」が,
生理機能と密接に関連した環境適応の働きの 1 つとすれば,内分泌系,神経 系や神経内分泌系で機能するさまざまな化学情報伝達分子が,その調節に重 要な役割を担っていることは間違いない.しかし,1 章で述べられているよ うに,内分泌機構まで研究が進んでいる「移動」の例は,実はまだわずかで ある.野外を巡っている動物を相手にして,その移動ルートを明らかにし,
その体の中で起こっていることを明らかにすることは容易ではない.
第Ⅵ巻 回遊・渡り -巡-■ v はじめに