代数学 2 の配布資料など
川口 周
大阪大学理学研究科数学専攻
代数学2は,3年生2学期の選択科目(演義付き)で,環と環上の加群の講義です.私は,2010年度と2011 年度に代数学2を担当しました.2011年度1学期に代数学序論の科目を担当したこともあり∗,2010年度と比 べ2011年度では,環の準同型定理あたりまでを少し軽くして(レジュメ1の内容をだいたい2回半ぐらい),講 義を進めました.このファイルはそのときの配布資料などをまとめたものです.講義で十分に扱えなかった部分
(Zornの補題の使い方,ネター環の準素イデアル分解の例,アルティン環,可換と限らない環での扱いなど)は,
演義で扱ってもらいました.(2012年1月31日)
このファイルには以下のものが含まれています.(一部加筆訂正済みです.)
• この資料の説明:このページ(2ページ)
• レジュメ1:環の基礎(復習)(6ページ)
環の定義と例・体・多項式環・整域,部分環・イデアル・素イデアル・極大イデアル・剰余環,環の準 同型写像・準同型定理
• レジュメ2:中国剰余定理(Chinese remainder theorem)(2ページ)
単元・べき零元,イデアルの和・積,環の直積,中国剰余定理
• レジュメ3:商環S−1Aと局所化(2ページ)
商環・局所化,S−1AのイデアルとAのイデアルの関係,局所環
• レジュメ4:ユークリッド整域,単項イデアル整域(PID),一意分解整域(UFD)(4ページ)
ユークリッド整域,単項イデアル整域(PID),一意分解整域(UFD),UFD上の多項式環はUFD,UFD と正規環
• レジュメ5:ネター環(4ページ)
昇鎖条件・ネター環の定義, ネター環上の多項式環はネター環(ヒルベルトの基底定理)・準素イデア ル分解,補足:有限群に関するC上の不変式環の有限生成性,補足:演習問題
• レジュメ6:環上の加群の基礎(6ページ)
加群の定義と例,部分加群・有限生成加群・剰余加群,加群の準同型写像・準同型定理,加群の直積・
直和・自由加群,行列式のトリック(ケーリー・ハミルトンの定理と中山の補題)
• レジュメ7:単項イデアル整域(PID)上の有限生成加群,単因子論(6ページ)
PID上の有限生成加群の構造定理・単因子論,有限アーベル群・有限生成アーベル群の基本定理,行列 の単因子に関する定理・有限生成加群の構造定理などの存在部分の証明,一意性の部分の証明につい て,補足:演習問題
• レジュメ8:加群の完全列と可換図式, テンソル積,Hom(4ページ)
加群の完全列と可換図式, テンソル積,Homと完全列・テンソル積と完全列
• 試験問題(8ページ)
∗代数学序論の配布資料は,同じフォルダ内の˜/11IntroAlgebra.pdfにあります.
2010年度(中間試験と略解,期末試験),2011年度(期末試験)
• Appendix:授業評価アンケート,自分のための覚書き(4ページ)
2010年度,2011年度
この講義は,教科書の指定していませんが,参考書として以下の本を挙げました.
[AM] Atiyah, MacDonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley, 1969.
[堀田] 堀田良之『代数入門』裳華房, 1987.
[桂] 桂利行『代数学1,2』東京大学出版会, 2004.
[森田] 森田康夫『代数概論』裳華房, 1987.
このレジュメの作成には,上にあげた本の他に,以下の本を参考にさせて頂きました.
[松村] 松村英之『可換環論』裳華房, 1980.
[向井] 向井茂『モジュライ理論1』岩波書店, 1998.
[渡辺] 渡辺敬一『環と体』朝倉書店, 2002.
2011年度 代数学2 レジュメ1
環の基礎(復習)
1学期の代数学序論の講義で,群,環,体という言葉が出て来た.環については,部分環,イデアル,剰余環,
準同型定理などを習った.ここでは,復習をかねて,このような環の基礎事項について述べる.いろいろな概念が でてくるが,抽象的に感じたときは,具体的な環,例えばZや体K,あるいは多項式環K[X1, . . . , Xn](あるい は,それの剰余環)でどうなっているかを考えるとよいかもしれない.
1.1 環の定義と例,体,多項式環,整域
おおざっぱに言って,環は和+と積·とよばれる二つの演算が定まっている集合で,これら二つの演算によっ て和差積が考えられるようなものの集まりである.
定義1.1(環). 和(加法)+と積(乗法)·の定まった集合Aが環(ring)であるとは,次の条件をみたすときに いう.
(i) 任意のa, b, c∈Aに対して,(a+b) +c=a+ (b+c)である.(和の結合則)
(ii) 任意のa, b∈Aに対して,a+b=b+aである.(和の交換則)
(iii) 零元とよばれる元0∈Aが存在して,任意のa∈Aに対して,a+ 0 = 0 +a=aである.(零元の存在)
(iv) 任意のa∈Aに対して,a+b=b+a= 0となる元b∈Aが存在する.このbを−aと書く.(和に関する 逆元の存在)
(v) 任意のa, b, c∈Aに対して,(a·b)·c=a·(b·c)である.(積の結合則)
(vi) 任意のa, b, c∈Aに対して,a·(b+c) =a·b+a·cおよび(a+b)·c=a·c+b·cが成り立つ.(分配則)
注意. (a) 環は,集合AとAの二つの演算+,·の組(A,+,·)である.(A,+,·)を略して,Aと書いている.
(b) 条件(i)–(iv)は,「Aが加法+に関して,アーベル群をなす」と一言でいえる.零元(和に関する 単位元)は唯一存在する
ので,0で表している.また,a∈Aの和に関する逆元は(aに応じて)唯一存在するので,それを−aで表している.
(c) a·bをしばしばabと書く.
定義1.2(単位元をもつ可換環). 環Aが単位元をもつ可換環(commutative ring with the identity)であるとは,さ らに次の条件をみたすときにいう.
(vii) 任意のa, b∈Aに対して,a·b=b·aである.(積の交換則,積の可換性)
(viii) 単位元とよばれる元1∈Aが存在して,任意のa∈Aに対して,a·1 = 1·a=aである.(1の存在)
注意. 環の単位元は存在すれば唯一である.単位元を1で表している.
例1.3. (a) 整数全体Zは単位元をもつ可換環である.実数を係数とする多項式全体R[X],複素数を係数とする多項式全体 C[X]も単位元をもつ可換環である.
(b) mを0でない整数とし,Z[√
m] ={a+b√
m|a, b∈Z}とおく.(a+b√
m) + (c+d√
m) = (a+c) + (b+d)√ m, (a+b√
m)·(c+d√
m) = (ac+mbd) + (ac+bd)√
mという,通常の和と積で,Z[√
m]は単位元をもつ可換環である.
(c) Rnの開集合U 上で定義された連続関数全体C0(U)に,(f+g)(x) :=f(x) +g(x),(f·g)(x) := f(x)g(x)(f, g ∈ C0(U), x∈U)で,和+と積·を定める.このとき,C0(U)は単位元をもつ可換環である.零元は定数関数0,単位元 は定数関数1である.
例1.4(「単位元をもつ可換環」ではない環の例). (a) 偶数全体2Zは,単位元を持たない可換環である.
(b) n≥2とする.複素数を成分とするn×n行列全体Mn(C)は,単位元をもつ非可換環である
(c) n≥2とする.偶数を成分とするn×n行列全体Mn(2Z)は,(行列の和と積に関して)単位元を持たない非可換環で ある.
問1.1. 単位元をもつ可換環において,条件(i)–(viii)から,(−1)·(−1) = 1が従うことを示せ.
例1.5(零環). 一つの元からなる集合A={0}に,0 + 0 = 0と0·0 = 0で和と積を定めた環を零環(zero ring)という.零 環は単位元をもつ可換環である(1 = 0である).零環は例外的なことが多い.
零環でない単位元をもつ可換環の定義に,「積に関する逆元の存在」の条件を加えたものが体である.おおざっ ぱに言って,体は和差積商(四則演算)のできるようなものの集まりである.
定義1.6(体). 零環でない単位元をもつ可換環Kが体(field)であるとは,0でない任意の元a∈Kに対して,
ab= 1となる元b∈Kが存在するときにいう.このbをa−1と書く.(講義では,体の積は可換と仮定する.)
注意. Aが体のとき,0でない元a∈Aの乗法に関する逆元は(aに応じて)唯一存在するので,それをa−1で表している.
例1.7. 有理数全体Q,実数全体R,複素数全体Cは体である.整数全体Zは単位元をもつ可換環であるが,体ではない.
注意. 環を表す記号としてA,Rを用いることが多い.これは環を表すフランス語のanneau,英語のringの頭文字から来てい ると思われる.体を表す記号としてF,Kを用いることが多い.これは体を表す英語のfield,ドイツ語のKörperの頭文字か ら来ていると思われる.
この講義では,以下,単に環といえば 単位元をもつ可換環と仮定する.
多項式環
定義1.8(1変数多項式環). Aを環とする.Xを変数(不定元)とする.a0, a1, . . . , an∈Aに対して,形式的に f(X) =a0+a1X+· · ·+anXn
を考え,これを Aを係数とする変数 X の多項式という.a0, a1, . . . , an をf(X)の係数(coefficient)という.
an 6= 0のとき,nをf(X)の次数(degree)とよび,degf またはdeg(f(X))で表す.ただし,f(X) = 0に対し ては,deg 0 =−∞とおく.
二つの多項式が等しいのは,二つの多項式の対応する係数がそれぞれ等しいときと定める.また,二つの多項 式の和+と積·を,通常のように(つまりA=R,Cのときと同じように)定める.Aを係数とする変数Xの多 項式全体をA[X]で表す.A[X]は上の和と積に関して,環になることがわかる.A[X]をA上の1変数多項式環
(polynomial ring in one variable overA)という.
定義 1.9(n変数多項式環). A を環とする.n個の変数X1, X2, . . . , Xn を変数(不定元)とする A係数の多 項式全体のなす環A[X1, X2, . . . , Xn]は,帰納的に,A[X1, X2, . . . , Xn] := (A[X1, X2, . . . , Xn−1])[Xn] (環 A[X1, X2, . . . , Xn−1]上のXnを変数とする1変数多項式環)で定義される.A[X1, X2, . . . , Xn]の元は,
f(X1, X2, . . . , Xn) = X
有限和
ai1i2...inX1i1X2i2· · ·Xnin
の形で表される.ただし,i1, i2, . . . , inは0以上の整数を動き,ai1i2...in∈Aである.A[X1, X2, . . . , Xn]をA上 のn変数多項式環(polynomial ring innvariables overA)という.
例1.10. Kを体とする.定義1.8,定義1.9の特別な場合として,K[X],K[X1, X2, . . . , Xn]が考えられる.またZ[X], Z[X1, X2, . . . , Xn]が考えられる.
整域
定義1.11(整域). 零環でない環Aが整域(integral domain)であるとは,Aの任意の元a, bに対して,「ab = 0 =⇒ a= 0またはb= 0」が成り立つときにいう.
環Aの元a∈Aに対し,0でない元a0 ∈Aが存在して,aa0 = 0となるとき,aをAの零因子(zero divisor) という.零環でない環Aが整域であることは,Aは0以外の零因子をもたない と言い換えられる.
例1.12. Zは整域である.体は整域である.
命題1.13. Aが整域のとき,1変数多項式環A[X]も整域である.
例1.14. Kを体とする.K上のn変数多項式環K[X1, X2, . . . , Xn]は,帰納的に(K[X1, . . . , Xn−1])[Xn]として定義され たから(例1.9参照),命題1.13を繰り返し用いて,K上のn変数多項式環K[X1, X2, . . . , Xn]は整域である.また,命 題1.13を繰り返し用いて,Z上の多項式環Z[X],Z[X1, X2, . . . , Xn]も整域である.
問1.2. 有限個の元からなる整域は体であることを示せ.(ヒント:aを整域Aの0でない元とする.写像A→A, x7→x·a は単射であることを示せ.Aが有限個の元からなるとき,さらに何がいえるか.)
1.2 部分環,イデアル,素イデアル,極大イデアル,剰余環
部分環
定義1.15(部分環). Aを環とし,BをAの部分集合とする.BがAの部分環(subring)であるとは次の条件を みたすとき単位元にいう.
(i) Aの和と積をBに制限したものによって,Bは環になる.
(ii) Bの単位元1BはAの単位元1に一致する.
注意. (a) テキストによっては,部分環の定義を,条件(i)のみで(ii)は仮定しないこともある.
(b) (i)が成り立っても(ii)がなりたたない例がある.例えば,A=Z×Z:={(n, m)|n, m∈Z}は成分ごとの和と積により
環となり,その単位元は(1,1)である.Aの部分集合B={(n,0)|n∈Z}は,Aの和と積をBに制限したものによっ て環になる.しかし,Bの単位元は(1,0)であり,Aの単位元とは異なる.(ちなみに,Z×Zはレジュメ2で扱う環の 直積の例である.)
例1.16. ZはQの部分環である.ZはRやCの部分環でもある.
次の補題は,環Aの部分集合Bが部分環になっているのを確かめるために使える.
補題1.17. Aを環とし,BをAの部分集合とする.Bが次の条件をみたせば,BはAの部分環である.
(i) 任意のa, b∈Bに対して,a+b, −a, ab∈Bである.
(ii) 1をAの単位元とするとき,1∈Bである.
定義1.18. Aを環とし,Bを部分環とする.a1, . . . , an∈Aとする.このとき,
B[a1, . . . , an] =
X
有限和
bi1i2...inai11ai22· · ·ainn
¯¯¯¯
¯¯ i1, i2, . . . , inは0以上の整数を動き,bi1i2...in ∈B
とおき,B上a1, . . . , anで生成された部分環という.
例1.19. ZをCの部分環とみなし,√
m∈C(mは整数)をとる.このとき.Cの部分環として,Z[√
m] ={Pn i=0ci(√
m)i| n≥0, ci∈Z}={a+b√
m|a, b∈Z}である.これは,例1.3(b)の書き方と合っている.
イデアル,素イデアル,極大イデアル
定義1.20(イデアル). 環Aの空でない部分集合Iがイデアル(ideal)であるとは次の条件をみたすときにいう.
(i) 任意のa, b∈Iに対して,a+b∈I.
(ii) 任意のx∈Aとa∈Iに対して,xa∈I.
注意. (a) 上で約束したように,環といえば 単位元をもつ可換環と仮定している.可換とは限らない環Aの場合には,左イデ アルと右イデアルが考えられる.ここで,Aの部分集合Iが左イデアルであるとは,上の条件(i)と(ii)をみたすものであ る.Aの部分集合Iが右イデアルであるとは,上の条件(i)に加えて,「(ii)0:任意のx∈Aとa∈Iに対して,ax∈I」 をみたすものである.Aが可換環のときには,xa=axなので,左右の区別は必要ない(単にイデアルという).
(b) イデアルの定義は,線形代数ででてくる部分ベクトル空間の定義に似ている.環上の加群を扱うときに,この類似につい てもう少し述べる.ちなみに,イデアルという言葉は数学者クンマー(Kummer)の考えた「理想数」に由来するそうで ある.
補題1.21. Iを環Aのイデアルとする.このとき,0∈Iである.また,a, b∈Iに対して,−a∈I,a−b∈Iで ある.
定義1.22. Aを環とする.
(a) U を A の 空 で な い 部 分 集 合 と す る .こ の と き ,(U) := {x1u1 +· · ·+xnun | n ≥ 1, u1, . . . , un ∈ U, x1, . . . , xn∈A}とおくと,(U)はAのイデアルになる.(U)をUで生成されるイデアルという.
(b) n個の元a1, . . . , an∈Aに対して,
(a1, . . . , an) :={x1a1+· · ·+xnan |x1, . . . , xn∈A}
とおくと,(a1, . . . , an)はAのイデアルになる((a)でU ={a1, . . . , an}の場合).このように有限個の元 a1, . . . , anで生成されるイデアルを,有限生成イデアル(finitely generated ideal)という.
(b) Aの1個の元aによって生成されるイデアル(a) ={xa|x∈A}を,単項イデアル(または,主イデアル)
(principal ideal)という.
例1.23. (a)環Aについて,(0) ={0},(1) =Aである.これらは単項イデアルである.
(b)体Kのイデアルは(0)かK= (1)である.逆に,環Aのイデアルが(0)と(1)の2つしかないとき,Aは体である.
(c)m6= 0∈Zとする.mで割り切れるような整数全体は(m)だから,Zのイデアルである.逆に,Zのイデアルは(0) か(m)(mは0でない整数)である.
問1.3. 体K上の2変数多項式環K[X1, X2]のイデアル(X1, X2)は,単項イデアルではないことを示せ.
定義1.24(素イデアル). 環Aのイデアルpが素イデアル(prime ideal)とは,p6=Aで,Aの任意の元a, bに対 して,「ab∈p =⇒ a∈pまたはb∈p」が成り立つときにいう.
注意. 素イデアルの条件としてp6= (1) =Aを仮定するのは,整数環Zにおいて,1を素数と呼ばないことに似ている.
定義1.25(極大イデアル). 環Aのイデアルmが極大イデアル(maximal ideal)とは,m6=Aで,m(I(Aと なるイデアルIが存在しないときにいう.
例1.26. Zの素イデアルは(0)と(p)(pは素数)である.Zの極大イデアルは(p)(pは素数)である.
命題1.27. 環Aの任意のイデアルI((A)に対して,Iを含む極大イデアルmが存在する.
注意. 命題1.27の証明の大筋を述べる.M:={J|JはI⊆J(Aをみたすイデアル}とおき,Mの包含関係に関する極 大元mをとってこればよい.このような極大元mの存在には,選択公理と同値なZornの補題を用いる.Zornの補題とその 使い方については,代数学演義の方で,もう少し詳しく扱われる予定である.
剰余環
Aを環,IをAのイデアルとする.x, y∈Aに対し,x∼y ⇐⇒def x−y∈Iと定めると,∼は同値関係に なる.同値類のなす集合をA/Iと書く.x∈Aを含む同値類はx+I:={x+a|a∈I}で与えられる.同値類
の集合に,
(x+I) + (y+I) := (x+y) +I (1.1)
(x+I)·(y+I) :=x·y+I (1.2)
で和と積を定義する.((1.1)の2つ目の+が新しく定義した和の記号であり,(1.2)の1つ目の·が新しく定義し た積の記号である.)
定理1.28. (1.1),(1.2)は同値類の代表元の取り方によらずに定まり(well-definedという),A/Iはこの和と積に
関して環になる.A/Iの零元は0 +Iであり,単位元は1 +Iである.x+Iの和に関する逆元は−x+Iである.
A/IをAのIに関する剰余環(residue class ring)という.
注意. 同値類x+Iをxと書くこともある.この書き方に従うと,(1.1),(1.2)はそれぞれ,x+y:=x+y,x·y:=x·yと なる.また,A/Iの零元は0,単位元は1となる.
例1.29. mを正の整数とし,Zのイデアル(m)に関する剰余環Z/(m)を調べよう.aを整数とする.aをmで割ったときの
余りをrとすると,a−r∈(m)である.よって,整数aを含む同値類a=a+ (m)はr=r+ (m)に等しい.0≤r < mだか ら,Z/(m)はm個の元0,1, . . . , m−1からなる環である.Z/(m)の和と積は,例えば,Z/(5)では,2 + 3 = 2 + 3 = 5 = 0, 2·3 = 2·3 = 6 = 1である.
イデアルIが素イデアル,極大イデアルであることは,剰余環A/Iの性質で言い換えることができる.
命題1.30. Iを環Aのイデアルとする.このとき,以下が成り立つ.
(a) Iは素イデアル ⇐⇒ A/Iは整域.
(b) Iは極大イデアル ⇐⇒A/Iは体.
体は整域なので(例1.12参照),命題1.30より,極大イデアルは素イデアルである.(直接示すこともできる.)
1.3 環の準同型写像,準同型定理
環Aから環Bへの写像を考える.A, Bにはそれぞれ和と積が定まっているので,和と積に関してよく振る舞 う(「演算を保つ」)写像を考えるのは自然だろう.
定義1.31(準同型写像). A, Bを環とする.写像ϕ:A→Bが(環の)準同型写像(homomorphism)であるとは,
次の条件をみたすときにいう.
(i) 任意のa1, a2∈Aに対して,ϕ(a1+a2) =ϕ(a1) +ϕ(a2). (ii) 任意のa1, a2∈Aに対して,ϕ(a1a2) =ϕ(a1)ϕ(a2).
(iii) ϕ(1A) = 1B.ただし,1A,1BはそれぞれA, Bの単位元とする.
注意. テキストによっては,環の準同型写像の定義を,(i), (ii)のみで,(iii)は仮定しないことがある.
環の準同型写像ϕ:A →Bが全単射のとき,ϕを同型写像(isomorphism)という.これは,ある準同型写像 ψ:B→Aが存在して,ϕ◦ψ= IdBかつψ◦ϕ= IdAとなることと同値である(Idは恒等写像を表す).2つの 環A, Bの間に同型写像が存在するとき,AとBは同型であるといい,A∼=Bと表す.
例1.32. (a) 整数を有理数の元とみなす自然な写像Z→Qは単射な準同型写像である.
(b) Kを体とし,ϕ:K[X]→Kを,ϕ(f(X)) =f(0)(多項式f(X)にその定数項を対応させる写像)で定める.ϕは全射 な準同型写像である.
(c) Aを環,IをAのイデアルとする.π:A→A/I,a7→a+Iは全射な準同型写像である.
問1.4. QからQ への環の準同型写像ϕは恒等写像であることを示せ.(ヒント:まず,任意の正の整数n に対して,
ϕ(n) =ϕ(1 + 1 +· · ·+ 1) =nϕ(1) =nであることが分かる.) 定義1.33(核と像). ϕ:A→Bを環の準同型写像とする.
(a) ϕの核(kernel)は,Kerϕ:={a∈A|ϕ(a) = 0}で定義される.
(b) ϕの像(image)は,Imϕ:={ϕ(a)∈B|a∈A}で定義される.
例1.34. A1をA2の部分環とし,a1, . . . , an∈A2とする.ϕ:A1[X1, . . . , Xn]→A2を,ϕ(f(X1, . . . , Xn)) =f(a1, . . . , an) で定める.このとき,ϕは準同型写像で,Imϕ=A1[a1, . . . , an]である.ここで,A1[a1, . . . , an]は(定義1.18にある)A1
上a1, . . . , anで生成されたA2の部分環である.
命題1.35. ϕ:A→Bを環の準同型写像とする.JをBのイデアル,A0をAの部分環とする.
(a) ϕ−1(J) ={a∈A|ϕ(a)∈J}はAのイデアルである.特に,KerϕはAのイデアルである.
(b) ϕ(A0) ={ϕ(a)∈B|a∈A0}はBの部分環である.特に,ImϕはBの部分環である.
問1.5. ϕ:A→Bを環の準同型写像とする.IをAのイデアルとする。
(a) ϕ(I) ={ϕ(a)∈B|a∈I}は,Bのイデアルとは限らないことを示せ.(ヒント:例えば,ϕ:Z→Qを考える.) (b) ϕが全射ならば,ϕ(I)はBのイデアルであることを示せ.
定理1.36(準同型定理). 環の準同型写像ϕ:A→Bは,環の同型写像 ϕ:A/Kerϕ−→∼= Imϕ を導く.ϕは,ϕ(a+ Kerϕ) =ϕ(a)で与えられる.
例1.37. (a) R[X]からRへの全射な準同型写像ϕ:R[X]→Rを,ϕ(f(X)) =f(0)で定める.このとき,Kerϕ= (X)で
ある.従って,準同型定理より,同型R[X]/(X)∼=Rを得る.ところで,Rは体だから,命題1.30(b)より(X)はR[X]
の極大イデアルである(直接示すこともできる). (b) i =√
−1とする.R[X]からCへの全射な準同型写像ϕ : R[X] → Cを,ϕ(f(X)) = f(i)で定める.このとき,
Kerϕ= (X2+ 1)である.従って,同型R[X]/(X2+ 1)∼=Cを得る.Cは体だから,命題1.30(b)より(X2+ 1)は R[X]の極大イデアルである(直接示すこともできる).
(c) Z[X]からZ[√
2]への全射な準同型写像ϕ :Z[X]→ Z[√
2]を,ϕ(f(X)) = f(√
2)で定める.このとき,Ker ϕ = (X2−2)である.従って,同型Z[X]/(X2−2)∼=Z[√
2]を得る.Z[√
2]は整域だから,命題1.30(a)より(X2−2)は Z[X]の素イデアルである.一方,Z[√
2]は体ではないから,(X2−2)はZ[X]の極大イデアルではない.
定理1.38. Aを環,Iをイデアル,π:A→A/I, a7→a+Iを全射準同型写像とする.
(a) {AのイデアルJでJ ⊇Iであるもの} ←→ {1:1 A/I のイデアルJ0}という自然な全単射がある.左の集合の Jに右の集合のJ0 =π(J)が対応する.右の集合のJ0に左の集合のJ =π−1(J0)が対応する.
(b) 上の対応を素イデアルに制限して,{Aの素イデアルpでp⊇Iであるもの}←→ {1:1 A/Iの素イデアルp0}と いう自然な全単射を得る.
問1.6. ϕ:A→Bを環の準同型写像とする.
(a) pがBの素イデアルのとき,ϕ−1(p)はAの素イデアルであることを示せ.
(b) mがBの極大イデアルのとき,ϕ−1(m)は必ずしもAの極大イデアルではないことを示せ. (ヒント:例えば,自然な 埋め込み写像ϕ:Z→Qを考える.)
問1.7. Kを体,a, b∈Kとする.
(a) ϕ:K[X]→Kをf(X)∈K[X]にf(a)∈Kを対応させる写像とする(Xにaを代入する写像).このとき,ϕは全 射な準同型写像で,Kerϕ= (X−a)を示せ.これから,環の同型K[X]/(X−a)∼=Kを示せ.さらに,(X−a)は K[X]の極大イデアルであることを示せ.
(b) ψ:K[X, Y]→Kをf(X, Y)∈K[X, Y]にf(a, b)∈Kを対応させる写像とする(Xにa,Y にbを代入する写像). このとき,ψは全射な準同型写像で,Kerψ= (X−a, Y−b)を示せ.これから,環の同型K[X, Y]/(X−a, Y−b)∼=K を示せ.さらに,(X−a, Y −b)はK[X, Y]の極大イデアルであることを示せ.
2011年度 代数学2 レジュメ2
中国剰余定理( Chinese remainder theorem )
3〜4世紀の中国の本『孫子算経』に次の問題がのっている.
ある数を3で割った余りが2,5で割った余りが3,7で割った余りが2であるとき,ある数は何か.
答えは,23 (mod.105)である.これは,環の同型Z/3Z×Z/5Z×Z/7Z ∼=Z/105Zで,左辺の元(2,3,2) ∈ Z/3Z×Z/5Z×Z/7Zに右辺の元23∈Z/105Zが対応させるものの存在の系と思える.このような環の同型の 存在は,中国剰余定理(Chinese remainder theorem)と呼ばれる.ここでは,イデアルの和と積,環の直積を説明 し,環の準同型定理の応用として,中国剰余定理を証明する.最初に,レジュメ1で言い残した,単元とべき零元 の説明もする.レジュメ1で約束したように,環といえば単位元をもつ可換環と仮定する.
2.1 単元,べき零元
定義2.1(単元,べき零元). Aは零環でない環とする.
(a) u∈ Aに対し,uv = 1となる元v ∈ Aが存在するとき,uをAの単元(unit)または可逆元(invertible
element)という.Aの単元全体のなす集合をA×と書く(A∗やU(A)と書かれることもある).
(b) a∈Aに対し,n≥1が存在してan= 0となるとき,aをAのべき零元(nilpotent element)という.
例2.2. (a) Z×={1,−1}である.Kを体とするとき,K×=Kr{0}である.
(b) Aを整域,A[X]をA上の多項式環とする.このとき,(A[X])×=A×である.(実際,f(X)g(X) = 1とすると,f(X) とg(X)の最高次の係数に注目して,f(X) =a∈A, g(X) =b∈Aで,ab= 1となることが分かる. )
(c) (a)(b)より,Kを体とするとき,(K[X])×=Kr{0}である.帰納的に,(K[X1, . . . , Xn])×=Kr{0}である.
(d) A=Z/8Zのとき,23= 0だから2はAのべき零元である.また,(1 + 2X)(1−2X+ 4X2) = 1∈A[X]となるから,
1 + 2XはA[X]の単元である.(よって,(b)はAが整域でないときは,必ずしも成り立たない.) 問2.1. (a) 環Aの元a, bがam= 0, bn= 0をみたすとき,(a+b)m+n−1= 0を示せ.(ヒント:二項定理)
(b) √
0 :={a∈A|aはべき零元}はAのイデアルになることを示せ.√
0をAのべき零根基(nilradical)という.
問2.2. Aを環とし,a∈Aとする.1次式1 +aXが多項式環A[X]の単元であるための必要十分条件は,aがAのべき零元 であることを示せ.(ヒント:例2.2(d)参照.)
2.2 イデアルの和,積
定義2.3(イデアルの和,積). Aを環,I, JをAのイデアルとする.
(a) I+J:={a+b|a∈I, b∈J}をイデアルの和という.
(b) IJ :={a1b1+· · ·+anbn|n≥1, a1, . . . , an∈I, b1, . . . , bn ∈J}をイデアルの積という.
命題2.4. Aを環,I, JをAのイデアルとする.このとき,IJ,I∩J,I+J はいずれもAのイデアルである.
また,IJ ⊆I∩J ⊆I⊆I+J である.
問2.3. a, b,a1, . . . , am, b1, . . . , bnを環Aの元とする.
(a) (a) + (b) = (a, b),(a)(b) = (ab)を示せ.
(b) (a1, . . . , am)+(b1, . . . , bn) = (a1, . . . , am, b1, . . . , bn),(a1, . . . , am)(b1, . . . , bn) = (a1b1, . . . , a1bn, . . . , ambn)を示せ.
問2.4. m, nを正の整数とする.m, nの最大公約数をd,最小公倍数を`とおく.このとき,ZのイデアルI= (m),J= (n) について,IJ= (mn),I∩J= (`),I+J= (d)であることを示せ.
2.3 環の直積
環A, Bに対して,直積集合A×B={(a, b)|a∈A, b∈B}に和と積を
(a, b) + (a0, b0) := (a+a0, b+b0), (a, b)·(a0, b0) := (a·a0, b·b0)
と成分ごとの和と積で定める.このように和と積を定めた直積集合A×Bは環となる.A, Bの単位元をそれぞ れ1A,1Bで表すとき,A×Bの単位元は(1A,1B)である.A×BをAとBの直積(direct product)という.同 様に,n個の環A1, . . . , Anに対して,環の直積A1× · · · ×Anが定義される.
問2.5. 環Aの元xはx2=xをみたすとする.(このようなxをべき等元(idempotent)という.)y= 1−xとおく.
(a) xy= 0,y2=yを確かめよ.
(b) A1={ax|a∈A}とおく.和ax+bx:= (a+b)x,積(ax)(bx) := (ab)xにより,A1は環になることを示せ.A1の単 位元はx= 1xであることを示せ.(注意:x6= 1のとき,A1の単位元xはAの単位元1と異なるので,A1はAの部分
環(定義1.15(ii)参照)ではない.)
(c) A2={ay|a∈A}とおけば,A1と同様にA2も環となる.このとき,環の同型A∼=A1×A2を示せ.
2.4 中国剰余定理
定理2.5(2個のイデアルの場合). I, Jを環Aのイデアルで,I+J=Aをみたすとする.このとき,I∩J=IJ である.さらに,環の準同型写像ϕ:A→A/I×A/J, a7→(a+I, a+J)は,次の環の同型を導く:
A/IJ∼=A/I×A/J.
証明の概略. I+J=Aならば,IJ=I∩Jとなることは次のように見ればよい.IJ⊆I∩JはIJの定義とI, Jがイ デアルであることからすぐに分かる.逆の包含関係を示すために,任意のa∈I∩Jをとる.I+J=Aより,x+y= 1と なるx∈Iとy∈Jが存在する.すると,a= 1·a= (x+y)·a=xa+ya∈IJとなる.よって,IJ⊇I∩Jも分かる.
ϕに準同型定理を適用すると,環の同型A/(I∩J)∼=A/I×A/Jを得る.実際,Kerϕ=I∩Jである.ϕが全射である ことには,I+J=Aを用いる.
n個のイデアルの場合は次のようになる.(I1+I2· · ·In=Aが示せ,nに関する帰納法で証明できる.) 定理2.6(n個のイデアルの場合). I1, I2, . . . , In はAのイデアルで,任意のi, j(i 6=j)に対し,Ii+Ij =A をみたすとする.このとき,I1 ∩I2 ∩ · · · ∩In = I1I2· · ·In である.さらに,環の準同型写像 ϕ : A → A/I1×A/I2× · · · ×A/In, a7→(a+I1, a+I2, . . . , a+In)は,次の環の同型を導く:
A/I1I2· · ·In ∼=A/I1×A/I2× · · · ×A/In.
例2.7. (a) m, nを互いに素な整数とする.このとき,xm+yn= 1となる整数x, yが存在するから,(m) + (n) =Zとな る.また,(m)∩(n) = (m)(n) = (mn)である.このとき,定理2.5は,環の同型Z/(mn)∼=Z/(m)×Z/(n)を述べて いる.(mn) =mnZなどで表せば,Z/mnZ∼=Z/mZ×Z/nZとも書ける.
(b) m=pe11· · ·perrを正の整数mの素因数分解とすると,定理2.6より,環の同型Z/mZ∼=Z/pe11Z× · · · ×Z/perrZが成り 立つ.特に,m= 105 = 3·5·7のとき,環の同型Z/105Z∼=Z/3Z×Z/5Z×Z/7Zが成り立つ(『孫子算経』の場合). (c) 例1.37(b)より,環の同型R[X]/(X2+ 1)∼=Cが存在した.ここでは,イデアル(X2+ 1)を(X2−1)に変えたとき,環の
同型R[X]/(X2−1)∼=R×Rが存在することを見よう.実際,A=R[X],I= (X−1),J= (X+1)とおけば,I+J=A でI∩J=IJ= (X2−1)となる.中国剰余定理より,環の同型R[X]/(X2−1)∼=R[X]/(X−1)×R[X]/(X+ 1)が 成り立つ.問1.7(a)より,R[X]/(X−1)∼=R,R[X]/(X+ 1)∼=Rだから,環の同型R[X]/(X2−1)∼=R×Rを得る.
作り方より,この同型はf(X) + (X2−1)∈R[X]/(X2−1)に(f(1), f(−1))∈R×Rを対応させることで得られてい る.(中国剰余定理でなく,ϕ:R[X]→R×R, f(X)7→(f(1), f(−1))に準同型定理を用いても,この同型を示せる.)
2011年度 代数学2 レジュメ3
商環 S − 1 A と局所化
慣れ親しんだ分数(有理数)を考えよう.例えば,24 = 12である.また,和については,24+13 =2·3+44·3·1 = 1012 であり,この値は 24を 12と約分して計算した 12+13 = 1·3+22·3·1 = 56 に等しい.積についても同様である.これを 環の言葉で見直すと,Zの二つの元m, n(n6= 0)から,新しい数 mn をmn0 =m0nのときには mn = mn00 である ように作り,和や積も定めて,ZからQを構成しているとみなせる.環Aと商環S−1Aの関係は,おおざっぱに いって,このZとQのような関係である.(正確には,A=Z,S=Z r{0}のときに,S−1A=Qとなる.)
3.1 商環,局所化
定義3.1(積閉集合). Aを環(つまり,単位元をもつ可換環)とする.Aの空でない部分集合Sが (i) s, t∈S=⇒st∈S
(ii) 1∈S, 06∈S
をみたすとき,Sを積閉集合(multiplicative set)という.
注意. (a) 商環の構成に関して,(ii)の 1 ∈ S は本質的でない.実際,A の部分集合T を (i)をみたすものとすれば,
S:=T∪ {1}は積閉集合になる.そして,AのTに関する商環は,AのSに関する商環と一致する.
(a) テキストによっては,積閉集合の定義に06∈Sを含めないものもある.ただし,(i)をみたす集合Sが0を含むときは,A のSに関する商環は零環になる.ここでは簡単のために,積閉集合の定義に06∈Sを含める.(特に,Aは零環ではない.) 例3.2. (a) A=Zとする.Z r{0}は積閉集合である.
(b)Kを体,A=K[X1, . . . , Xn]とする.K[X1, . . . , Xn]r{0}は積閉集合である.
(c) Aを整域とすると,Ar{0}はAの積閉集合である.(AがZ, K[X1, . . . , Xn]のときが(a)(b)である.)
(d) 環Aの非零因子全体のなす集合は積閉集合である.(Aが整域のときは,非零因子全体のなす集合はAr{0}なので,(c) の場合となる.)
(e) pを環Aの素イデアルとすると,Arpは積閉集合になる.
定義3.3(商環). Aを環,SをAの積閉集合とする.
S−1A= na
s
¯¯¯ a∈A, s∈S o
とおく.ここで,asと btが等しいというのを,
(3.3) a
s = b
t ⇐⇒ あるu∈Sが存在してu(at−bs) = 0
で定義する*2.さらに,S−1Aに次のように和+と積·を定義する(well-definedである).
(3.4) a
s+b
t := at+bs st , a
s· b t := ab
st. S−1AをAのSに関する商環(quotient ring)という.
注意. Aが整域のときは,(3.3)は「at−bs= 0」とも同値である(「あるu∈Sが存在して」の部分がいらない). 命題3.4. (a) 上の和と積に関して,S−1Aは環になる.S−1Aの零元は 01であり,単位元は11 である.
*2正確な定義は以下の通り.A×Sに関係∼を,(a, s)∼(b, t) ⇐⇒ あるu∈Sが存在してu(at−bs) = 0で定める.∼は同値関係 になる.asは元(a, s)を含む同値類であり,S−1Aは商集合(A×S)/∼(同値関係∼に関する同値類全体のなす集合)である.
(b) 自然な写像ι:A→S−1A, a7→a1 は環の準同型写像である.
問3.1. ι:A→S−1Aが単射であるための条件は,Sが零因子を含まないことであることを示せ.
例3.5. (a) A=Z,S=Z r{0}のとき,S−1A=Q(有理数体)になる.
(b) Kを体,A=K[X1, . . . , Xn],S=Ar{0}のとき,
S−1A=
f(X1, . . . , Xn) g(X1, . . . , Xn)
˛˛
˛˛ f(X1, . . . , Xn), g(X1, . . . , Xn)∈K[X1, . . . , Xn], g(X1, . . . , Xn)6= 0 ff
になる.このS−1AをK(X1, . . . , Xn)と書き,K上のn変数有理関数体という.
(c) Aを整域,S=Ar{0}のとき,S−1A={ab |a, b∈A, b6= 0}は体になる.この体S−1Aを商体(quotient field)とい う.(a), (b)は(c)の特別な場合(つまり,A=ZとA=K[X1, . . . , Xn]のとき)である.
(d) Aを環,SをAの非零因子全体のなす積閉集合とする.このとき,S−1AをAの全商環(ring of total quotients)という.
(c)は(d)の特別な場合(つまりAが整域のとき)である.
(e) Aが環,pが素イデアル,S=Arpのとき,S−1AをAのpにおける局所化(localization)と呼んで,Apで表す.
例3.6. (a) A=Z,S={2n|n≥0}とする.このとき,S−1A=˘m
2n ∈Q |m∈Z, n≥0¯
である.
(b) A=Z,p= (2)とする.このとき,Ap=˘m
n |m∈Z, nは奇数¯
である.
商環S−1Aでは任意のs∈Sについてι(s) = s1 は単元になっている.実際,ι(s)·1s = 11 である. 商環S−1A はこのような性質をもつものの中で,次の意味で普遍的である.
命題3.7(普遍性). 環の準同型写像ϕ:A→Bが与えられ,任意のs∈Sについてϕ(s)がBの単元になってい るとする.このとき,環の準同型写像ψ:S−1A→Bでϕ=ψ◦ιとなるものがただ一つ存在する.
S−1AのイデアルとAのイデアルは次のように関係している.
定理3.8. Aを環,Sを積閉集合とする.ι:A→S−1Aを命題3.4(b)の環の準同型写像とする.
(a) AのイデアルIに対して,S−1I:=©a
s ∈S−1A¯¯ a∈I, s∈Sª
はS−1Aのイデアルである.逆に,S−1A の任意のイデアルJに対し,I:=ι−1(J) =©
a∈A ¯¯ a
1 ∈Jª
とおくと,IはAのイデアルであリ,さらに,
J=S−1Iが成り立つ.
(b) {Aの素イデアルpでp∩S =∅であるもの}←→ {1:1 S−1Aの素イデアルP}という自然な全単射がある.左 の集合のpに右の集合のP =S−1pが対応する.右の集合のPに左の集合のp=ι−1(P)が対応する.
問3.2. Aを環,I6=Aをイデアルとし,π:A→A:=A/Iを自然な環準同型写像とする.SをS∩I=∅であるAの積閉 集合とする.このとき,S:=π(S)はAの積閉集合で,環の同型S−1A/S−1I∼=S−1Aが成り立つことを示せ.
3.2 局所環
定義3.9(局所環). 極大イデアルがただ一つしかない環を局所環(local ring)という.Aを局所環,mをその極大 イデアルとするとき,Aが局所環と書く代わりに,(A,m)が局所環と書くこともある.
例3.10. 例3.5(e)のApは,定理3.8より,pAp ={as |a∈p, s∈Arp}を唯一の極大イデアルにもつ局所環である.
環Aの性質が,各素イデアルpでのApの性質(または,各極大イデアルmでのAmの性質)から分かること がある.
問3.3. a ∈ Aは,全ての極大イデアルm に対してιm(a) = 0 ∈ Am をみたせば,a = 0であることを示せ.ここで,
ιm:A→Amは自然な写像(命題3.4(b)の写像)である.(ヒント:I={x∈A|xa= 0}とおく.IはAのイデアルにな る.I31(つまりI=A)をいえばよい.そこで,仮にI(Aとすると,Iを含む極大イデアルmが存在する.)
問3.4. Kを体とし,K上の1変数べき級数環K[[X]]をK[[X]] =˘P∞
i=0aiXi|ai∈K¯
で定める.K[[X]]は,(X) = XK[[X]]を唯一の極大イデアルにもつ局所環であることを示せ.
2011年度 代数学2 レジュメ4
ユークリッド整域,単項イデアル整域( PID ),一意分解整域
( UFD )
整数環Zはさまざまな性質を持つ.(a)Zにおいて,余りのある割り算ができる.(b)Zの任意のイデアルは単 項イデアル(適当な整数m∈Zが存在して(m)の形)である.(c)Zにおいて,素因数分解の存在と一意性が成 り立つ.以下でみるように,(a), (b), (c)は互いに無関係な性質ではなく,(a)が一番強く,(b), (c)と順に続く.
おおざっぱにいって,(a), (b), (c)の性質をみたす整域を,それぞれ,ユークリッド整域,単項イデアル整域
(PID),一意分解整域(UFD)という.以下では,これらの整域の定義と例,基本的な性質を説明する.特に,
ユークリッド整域 =⇒ 単項イデアル整域(PID)=⇒ 一意分解整域(UFD) が成り立つことをみる.また,AがUFDのとき,多項式環A[X]もUFDになることをみる.
4.1 ユークリッド整域
有理数 72 は整数ではないので, Zにおいて,7を2 で割りきれないが,余り1という概念を持ち出せば,
7 = 3·2 + 1と書ける.ユークリッド整域は,おおざっぱにいって,このような余りのある割り算(division with
remainder)ができるような整域である.以下の定義で,Z≥0は0以上の整数全体のなす集合を表す.
定義4.1(ユークリッド整域). Aを整域とする.次の二つの性質(i)(ii)をみたす関数d:Ar{0} →Z≥0が存在す るとき,Aをユークリッド整域(Euclidean domain)という.
(i) 任意のa∈Aと0でない任意のb∈Aに対して,q, r∈Aが存在して,
a=qb+r, r= 0またはd(r)< d(b) が成り立つ.
(ii) 0でない任意のa, b∈Aに対して,d(a)≤d(ab)が成り立つ.
注意. (a) Z≥0のかわりに,整列集合Wへの写像d:Ar{0} →Wを用いてユークリッド整域を定義することもある.
(b) 条件(ii)は本質的でない.実際,(i)をみたす関数d:Ar{0} →Z≥0が存在するとき,dを適当に変えて,(i)(ii)をみたす 関数de:Ar{0} →Z≥0が構成できることが知られている.テキストによっては条件(ii)を定義にいれないものもある.
(c) 2つの整数a, b(|a|>|b|>0)の最大公約数を求める方法に,aをbで割った余りrを求め,今度はbをrで割った余り を求め,と繰り返していくユークリッドの互除法がある(代数学序論などで習ったかもしれない).ユークリッド整域の名 前は,ユークリッドの互除法から来ているそうである.
例4.2. Zはユークリッド整域である.実際,d:Z r{0} →Z≥0として,d(a) =|a|(絶対値) をとると,(i)(ii)をみたす.
例4.3. 体K上の一変数多項式環K[X]はユークリッド整域である.実際,d :K[X]r{0} →Z≥0として,d(f(X)) = deg(f(X))(多項式f(X)の次数) をとると,(i)(ii)をみたす.
例4.4. Z[√
−1] ={a+b√
−1∈C|a, b∈Z}をガウス(Gauss)の整数環という.α=a+b√
−16= 0∈Z[√
−1]に対し,
d(α) :=|α|2=αα= (a+b√
−1)(a−b√
−1) =a2+b2とおく.dは(i)(ii)をみたし,Z[√
−1]はユークリッド整域である.
実際,α, β∈Z[√
−1],β6= 0に対し,α/β=e+f√
−1(e, f ∈R)とおく.e, fに最も近い整数をm, nとする.このと き,|m−e| ≤1/2,|n−f| ≤1/2である.q=m+n√
−1∈Z[√
−1],r=α−qβ∈Z[√
−1]とおくと,α=qβ+rで,
r= 0またはd(r)< d(β)が確かめられ,(i)が分かる.(ii)も確かめられる.
問4.1. ρ=−1+2√−3とおく.Z[ρ] ={a+bρ|a, b∈Z}はユークリッド整域であることを示せ.(ヒント:ρはX2+X+1 = 0