「生徒の意欲を高め、実社会への活用能力の育成を目指す指導の工夫 −体験的な学習により実感的な理解をもたせる指導を通して−」
①
研究主題「生徒の意欲を高め、実社会への活 用能力の 育成を目 指す指導 の工夫
−体験的な学習により実感的な理解をもたせ る指導を 通して− 」 東京都教職員研修 センター研修部 専門教育向上課 府 中 市 立 府 中 第 四 中 学 校 教 諭 一 色 真 史
Ⅰ 研究のね らい 1 研究主題 設定の理由
平成 18 年に改正さ れた教育基本法では、教育 の目標として新 たに「公 共の精神に基づき、主 体的に社会の 形成に参画し、 その発展に寄与する態度を養うこと」が規定され た。生徒が「主 体的に社会の 形成に参画」す るためには、習得した知識・技能 を、自分の生活 や 将来その一員 となる実社会 の中で 、どのよ うに活用するか生き生きと感じて理解すること が重 要である。特 に社会科は、「社会の形成 者として必要な公 民的資質の基礎 を養う」という学習 指導要領の目標 に照らして、 習得した知識・ 技能を実社会で活用する力の育成に、大きな役割を 担っている。
生徒に興味 ・関心をもたせ、知識・技能の 活 用を 実感的に理解させるに当たっ ては、本物を 実体験させる 指導が大切であ る。しかし 、国立教育 政策研究所教育課 程研究センターが 平成 15 年度に実施し た小・中学校教 育課程実施状況調査によ れば、体験を 意図的・計画 的に指導計画 に位置付けて いる中学校社会 科教師は全体の2割弱となっている。社会科の学習 を通じて、知 識基盤社会に 主体的に参画す る生徒たち を育成するためには、知識・技能を実社 会で活用する 力の育成を目 的とした、教室で行える体験的な学習課題 及びカリキュラムの開発 が必要で ある。
特に公民的分 野においては、 知識の活用が重 要である と考え、本研究主題を設定 した。
2 研究の仮説
中学校社会 科公民的分野の学習において、 基礎的・基本的な 知識の 実社会での 活用を目的と した体験的な 学習を実施する ことによって、 生徒は以下の力を 付けるだろう。
・ 社会的な見 方や考え 方の基礎となる概 念的な知識や、基 本となる具体的な知 識を実感的に 理解することで、 その確実な 定着 を図ることができ る。
・ 学校で学んだこと が実社会で役に立つ ことを実感的に理 解することで、既習 知識を実社会 で活用しようとする意欲が向上す る。
・学ぶこと の楽しさを味わ うことで、自ら学 び自ら考える力を高められる。
Ⅱ 研究の内 容と方法 1 基礎研究
教育基本法 、学習指導要領、 中央教育審議会 分科会報告、 教育課程実施状況調 査及び体験的 な学習に関す る先行研究の整 理と分析を行った。 また、中学校学習指導要領社会 公民的分野 の内容から、 基礎となる概念 的な知識と基本となる具体的な知識を区分・整理 し た。
2 検証授業
基礎研究を踏まえ、中 学校社会科公 民的 分 野の政 治の 単元 におけ る、実社会で 活用する視点 で確実に定着 させるべき基礎 的・基本的な知識の具体例を明らかにし、 それを実 感的に学べる 体験的な学 習 課題の開発を行 った。それを基に、 検証授業を実施し、授業の 分析 を踏まえて 考 察を行った。 考察に 当たって は、 検証授業の前後及び2 か月後の 、生徒の意識の変容や知識の 定着に焦点を当て 、アンケー トや生徒の記録 、定期考査などから分析を行った。
「生徒の意欲を高め、実社会への活用能力の育成を目指す指導の工夫 −体験的な学習により実感的な理解をもたせる指導を通して−」
②
Ⅲ 研究の結 果と考察 1 基礎研究から
平成 20 年1月に出された中央教育審議会の「幼稚園、小学 校、中学校、高等学校、特別支援 学校の学習指 導要領等の改善 について(答申)」によれば、「改正教育基本法や学 校教育法の一 部改正は、 『 生きる力 』を支 える『確かな学 力』、『豊かな心 』、『健やかな体 』の調和を重 視するととも に、学力の重要 な要素は、①基礎的・基本的な知識・技能の習得、 ②知識・技能 を活用して課 題を解決するた めに必要な思考力・判断力・表現力等、③学習意 欲、であること を示した。 」 とし、基礎的・ 基本的な知識・ 技能の習得及びそ れを活用する力と 学習意欲の重 要性を述べて いる。さらに、 義務教育段階に おいて習得すべき 基礎的・基本的な 知識・技能に ついて、「社 会において自立 的に生きる基盤として実生活において不可欠であ り常に活用でき るようになっ ていることが望 ましい知識・技 能」という類型を挙げている。
そこで、本 研究では、 「学習の土台となる概 念や原理・原則 及びその価値」を 「基礎的な知 識」とし、「単 元の学習の骨格 となる具体的な知識」を「 基本的な知識 」と定義 付け た。そして、
これらの知識 を活用できる力 を実社会・実生活への「活用能力」と定義し、 中学 校社会科公民 的分野の学習 において、その 育成を目指した。
活用能力の 育成のためには、 活用すべき基礎 的・基本的な知識・技能の確実な 定着が必要で ある。また、公 民的分野の政治の単元において学んだ 基礎的・基 本的な知識 を、実社会で活用 する機会に直 面するのは、少なくとも数年後と予想され るため、知識の確実な定着 はもとより、
活用意欲の持 続が重要となる。 さらに、習得した知識を 将来的に 活用するに当た っては、それ を応用できる 思考力や判断力 、行動力を含む表現力など、自ら学び自ら考える力 の向上が必要 とされる。 そ こで、中教審の答申 で示された学力の 3点の重要な要素 を、実社会 ・実生活での 課題解決に向 けた基礎的・基 本的な知識・技 能の活用能力を育成する条件と とら えた。
2 体験的な 学習課題の開発
中学校学習 指導要領社会 公民的分野「現代 の民 主 政 治と これ か らの社 会」に おける内容か ら、基礎とな る概念的な知識 と基本となる具体的な知識の区分・整理を行い、実 社会で活用す る視点で 確実 に定着させるべ き基礎的・基本的な知識の具体例を明らかにし、 そ れを実感的に 学べる体験的 な学習課題の開 発を行 い、下のような表(一部抜粋) にまとめた。
3 検証授業
中 学校 学 習指 導要 領 社 会 公民 的 分 野 「現 代の 民 主 政 治とこ れ から の社 会 」 に お ける
実 社会 で活 用 する 視 点 で 確 実に 定着 させる べき 基 礎 的 ・ 基本 的な 知 識と 体 験 的 な 学習 課題 の例に つい て
内
容 基礎的な知識 基本的 な知 識 ( 実社 会で活用 すべ き根 拠や 背景 ) 体験 的な 学習 課題 の例 イ
民 主 政 治 と 政 治 参 加
① 多数決の原理
② 住民自治を基 本 とする地方 自 治の考え方
① 多数 決は 民主 的な議決方法であるが、十 分な 説得 と討 論が前 提 とされること。
( 与野党伯仲の国会 審議が行 われ る今 、多 数決 には反対意見 や 少 数意見が十分に尊 重さ れる こと が必 要で ある)
② 住民 が直 接地 方自治に参加する方法とし て、直接 請求 権や住 民 投票があり、住 民自らの生活向上のた めに 、様々な住民運 動 が 行われていること 。
( 平成の大合併とい われ る近 年の 市町 村合 併の動きの中 、平成 15年5月には長野県 で全 国初 の中 学生 以上 を対象とする 住民 投 票が実施され、地 方自 治へ の意 識が 高ま っている)
① 少 数 決 ゲ ー ム を し よ う 。
( 少 数 意 見 の 尊 重 に つ い て 考 え る )
② 身近 な願 いを 実現 す るために署 名活 動 を してみよう。
( 直接請求権につい て 知る)
「生徒の意欲を高め、実社会への活用能力の育成を目指す指導の工夫 −体験的な学習により実感的な理解をもたせる指導を通して−」
③
府 中市の住民として 、自 分た ちの 願い を実現さ せ る方法を実感的に理解する。(回 答数 145 人)
よ く 達 成で き た 94% ( 137 人)
ま あ ま あ 達 成 で き た 6 % ( 8 人)
達 成で き な か った 0 %
3 検証授業
(1) 検証授業 のねらい
基礎的・基 本的な知識の 実社会での活用を目 的とした体験的な学習を、地方自 治の単元で実 施した。具体 的な学習のねら いは以下のとおりである。
① 身近な題材を教材 化した体験的な 学習により、 地方自 治に関する 基礎的 ・基本的な知識 を実感的に理解さ せ、その確実な定 着を図る。
② 直接請求権など 学 校で学んだ 知識が 実際に役に立つこ とを実感的に理解 させることで、
将来、地方自治に 対して自ら積極的に参加していこ うとする 意欲を 高 めさせる。
③ 体験的な学習によ り、学ぶことの楽 しさを味わわせ 、 新たな課題や視点 の発見につなげ るなど自ら学び自 ら考える力を高 めさせる。
(2) 検証授業の 内容
中 学校生活への要望 を基に、市に対し 自分 たちの願いを実 現させるための署 名活動シミュ レー ションを行った。 具体的な内容は以下の とおりであ る。
① 条例の制定を 始め 、直接請求権を行使するのに必要 な署名数を計算 する。
② 署名を集める方 法を考え 、自分が集められる署名数 を予想し、学級で集計する。
③ 署名簿を作成し 、署名に 必要な条件を考える。
(3) 教材及び 指導方法の工夫
① 将来、 生徒が実社会に出て、社会科で学 んだ知識を実際に活用できるかど うかは、授業 内容に 対しての興味・関 心をどれだけ長 く持続させられる かがポイントとなる。そこで、
生徒の 興味・関心を長く 持続させるため に、生徒にとって 距離的又は心理的に身近な題材 を教材 化した。具体的に は、 中学校生活 への要望を地方自 治の仕組みを活用して 実現させ るため のシミュレーショ ンを実施した。 また、政治の単元 の導入として、テ レビ番組やハ ンバー ガーを教材として取り上げた少数 決ゲーム を実施し た。
② 生徒が 学習した知識を将来活用する必 要性を感じる ためには、 生徒にとっ て実社会で活 用すべ き根拠や背景を実 感できる学習課 題を扱うことが大 切である。具体的には、 地方自 治に関 して、平 成 15 年5 月に長野県で全国初の中学生以上 を対象とする住民 投票が実施さ れ、地 方自治への意識が 高まっているこ とを 単元の中で お さえた。
③ 体験的 な学習 中に「なぜ、そ う考えたのか(感じたのか)」と問うことで、基礎的な知識 の理解 を深めさせる。具 体的には、署名 簿を作成する際の氏名以外の 必要項目(住所、生 年月日 、印鑑)を答えさ せ理由を問う中 で、住民自治とい う概念の理解を深 めさせた。
(4) 結果と考察
右図が示す ように、検証授 業において
94% の生
徒が「実感的に よく理 解できた」と回答した。また、本時や単元導 入時の少数決ゲ ームについての 生徒 の感想からは 、身近な題材を 教材化した実社会で の活用を目的 とした体験的な学習 が、社会的事象 と生徒自身と のつながりを深 め、実感的な理 解を
させることに 大変有効であっ たことが検証された。 図 1 本時の目標に 対す る自 己評 価結 果
「生徒の意欲を高め、実社会への活用能力の育成を目指す指導の工夫 −体験的な学習により実感的な理解をもたせる指導を通して−」
④
96% 83%
58%
88%
0 20
40 60 80 100
基 本的 知 識 基 礎 的 知識
︵正答率%︶
実 感的 に よ く 理 解 で きた 生 徒 137 人 実 感 的 に まあ ま あ理 解で き た 生 徒 8 人
社 会 科 全 体 の 平均点
71%
図2 実 感的 理解 と知識の定着との関連
図 4 生徒の検証授 業の感想(一 部抜粋)
地 方自治に対して、 自ら 積極 的に 参加 して い こうとする意欲を もつ 。( 回答数 145 人)
ま あ ま あ 達 成 でき た 4 2 % ( 61 人 )
よ く 達 成 でき た 5 8% ( 84 人 ) 達 成 で き な か っ た 0 %
図3 本 時の 目標 に対する自己評価結果
① 実 感的な理解による 知識の定着
基礎 的・基本的な知識 が体験的な学習 を通し実感 的に理解 されたことと、その確実な定着 と の関連 に ついて、 授業1か月後の期末考査で検証し た。社会 的な見方 や考え方の基礎 となる 概念的知識 に関する 問題の正 答率は 96% に達し、具体的 な基本 的知識に 関する問 題の正答率は 81%であった。検証 授業直後 の自己評 価と知識の定着について調べた結 果、実感 的理解と 知識の定着には関連があることが 分かった。
② 実感的 な理解による政治参加意欲の向上 右図 が示すように、検証授 業において 58%
の 生 徒が 「地 方 自 治に 対 す る 参 加 意 欲 を 強 く もった」と回答した。意欲の 向上がみられた生 徒の感想 には、「署名はす ごいということが わ かった」 などの知識の実 感的理解から一 歩進 んで、「使 ってみよう」とか「〜 したい」とい う将来へ の活用意欲が伺 えた。
また 、単元の前と検証 授業2 か月後に行った政治参加意 欲を問うアンケートの比較分析 の結果で も、全体的に意欲の向上がみら れ た。しかし、地方 自治に対 する参 加意欲を強く もった生 徒が 検証授業直 後に 58%いた のに対し、2か月後には、政治参加意 欲を強くもっ ている生 徒は 11%に 減少してしまった。個人の変容をみても、政治参加意欲 の向上は検証 授業の2 か月後までおお むね継続してい るが、逆に 意欲が低下し てし まった生徒が 44 人中 3人いた。
③ 実感的 な理解による自ら学び自ら考え る力の向上 検証授 業後の生徒の感 想には、 右図が示 す
ように、 知的好奇心が刺激されたと読み 取れ る記述が 多かった。これ がきっかけとなり、
違う社会 的事象や立場に も目が向き、新 たな 課題や視 点を発見する生徒が現れた。
(5) まとめ
本検証 授業を通じて、生徒は学習内容を 実感的に理解した ことで、活用す べき知識が確 実に定着 し、将来におけ る活用意欲の向上 がみられ、自ら学 び自ら考える力 の向上も図ら れた。実 社会への活用を目的とし、身近な 題材を教材化した 体験的な学習が 、活用能力を 育成する に当たって有効であることが検 証された。
Ⅳ 今後の課題
生徒が 関心・意欲を継続 し、将来の行動 目標をもち続ける ためには、意図的・計画的に活 用意欲を喚 起させるような 体験的な学習を含 むカリキュラムを開発する必要が ある。今回実 施した政治 の単元だけではなく 、他の単元に おける体験的な学習課題も開発す る。
・ 「( 住 民 の 力や 署 名 の力 は ) すご い 」(32人)
・ 「( 署 名 の 力に ) 驚 いた 」 (21人)
・「自 分 た ち の 力 に と ても 驚 き 、地 方 自 治 に よ り 強 い 興 味 と 親 近感 を 覚 えた 。 自 分 た ち に 何 が で き て 何が で き な い の か 、 も っ と 知 りた い 」
・「子供 の 権 利 条 約 に はこ の よ う な こ と は書 い て な い の だ ろ うか 」
・ 「人 の 仕 事 を 奪 う こ と も で き ると考 え る と 、本 当 に 真 面 目 に考 え な け れ ば い けな い テ ーマ だ 」