高耐久性有機光応答分子材料の開発
泊有佐 ,竹内正俊 ,阪本尚孝 ,入江正浩 *1 *1 *1 *2
Development of Thermostable Photoresponsive Materials
Arisa TOMARI , Masatoshi TAKEUCHI , Naotaka SAKAMOTO *1 *1 *1 and Masahiro IRIE *2
我々は固体薄膜状態での光応答効率の向上を目指し,単一成分でかつ溶媒を必要とせずに固体状態で光応答でき る有機材料の設計・構築を行っている。本研究では,ジアリールエテンを基本骨格にもつ誘導体を調製し,良好な 製膜性を得るとともに光応答性を保持した無色透明な固体薄膜の形成を可能とした。また,X線構造解析,偏光顕 微鏡観察,示差走査熱量測定等の結果から,この固体薄膜は安定なアモルファスであることが確認された。
1 はじめに
高度情報化社会において記録媒体の高密度化,大容 量化,高速化が求められており,従来の記録方式に変 わる光による記録方式および新しい材料の出現が期待 されている。光記録方式のためのデバイスとして有機 光応答分子が注目されているが,熱安定性,繰り返し 耐久性が低いことから実用化に至っていなかった。し かし,有機光記録媒体のなかでもジアリールエテン構 造をもつものについては,熱安定性,繰り返し耐久性 が優れているため,デバイスとしての将来性は有望で ある。ただし,今までこの光応答分子を薄膜化する際 にはポリマーや溶媒に分散させており,光応答分子が 全体に占める割合が小さいことに起因する低い光応答 効率が課題となっている。 したがって,単一成分で1) 固体薄膜状態を形成し,その状態において光応答可能 な分子材料を設計・構築することにより,光応答の高 効率化が実現可能になると考えられる。この条件に対 し,単結晶薄膜が理想的であるが,実際にはほとんど の光応答性分子材料が多結晶膜しか形成できず,結晶 粒界が生じるため不均一で不透明な薄膜しか得られて いない。一方,マクロで均一なアモルファス薄膜は,
比較的作製が容易で,かつ光異性化に必要な自由体積 の確保が可能であるため,より有用な薄膜となること が推定される。そこで本研究では,単一成分でアモル ファス薄膜を形成できるジアリールエテン誘導体の調 製を目的として,分子設計を行うとともに,得られた 誘導体について解析を行った。
*1 化学繊維研究所
*2
九州大学2 分子設計
現在,アモルファス状態の有機固体膜を必要とする オプトエレクトロニクスデバイスの研究開発が多方面 で行われている。なかでも有機薄膜EL素子の正孔輸送 層にはアモルファス状態の固体膜が特に要求されてお り,材料のアモルファス化およびアモルファス状態の 安定化のために数多くの工夫がなされている そこで。 , 国内特許において現在公開されているものについて検 索を行い その結果を基にした分子設計指針を導いた, 。
有機薄膜EL素子の国内特許において現在公開されて いる主なアモルファス化の方法は,以下の4つに大別 できる。
a.分子量を増して高融点化を図る方法
b.立体障害となる置換基を導入して分子の再配列を 阻害する方法
c.芳香族化合物からなる複数の配位子が中心金属に 3次元的に配位したキレート錯体化する方法 d.分子の取り得るコンフォメーション数が多く,分
子の再配列を妨げる方法
アモルファス状態とは,溶液状態(ランダム状態)
から分子間距離が縮まっても規則的に再配列せず,そ のままの状態で固化したものである。したがって,前 述の4つの方法は,いずれも分子の規則的再配列を阻 害するような構造設計ということができる。そこで本 研究では,ジアリールエテン構造において規則的再配 列を効率的に妨げることができる次の2つの方法を分 子設計に取り入れ,アモルファス化を試みた。
①分子移動において立体障害となる置換基を導入す る方法。導入された置換基が立体障害となること で,分子の移動抵抗が大きくなり,分子の再配列
に必要な時間が長く結晶化開始が遅くなることが 推定される。
②配列パターン数を増やす方法。オクタフルオロシ クロペンテンを中心軸にとり,左右に異なる置換 基をもつ非対称型分子構造をとることにより,分 子の再配列が起こった際,分子のとりうる配列パ ターン数が多くなる。したがって,長距離規則性 が小さい固体,すなわちアモルファス状態が得や すくなると推定される(Scheme 1)。
Scheme 1
3 実験方法
3-1 対称型,非対称型ジアリールエテン誘導体の 合成
以下のような反応スキームに従って2,2'‑Dimethyl
‑3,3'‑(perfluorocyclopentene‑1,2‑diyl)bis‑[b]thi ophen(以下,対称型 ,(4‑buthylphenyl)2,4‑dimet) hylthiophene‑3‑yl]perfluorocyclopentene(以下,
非対称型)の合成を行った(Scheme 2)。目的物は,カ ラムクロマトグラフィーおよびHPLCによって精製し,
1
H‑NMRによって同定を行った。3-2 対称型,非対称型ジアリールエテン誘導体の 薄膜化
合成した誘導体について次の2つの方法で薄膜化を 行った。それぞれのヘキサン溶液を調製し,空気中15
℃で石英基板上に展開する方法(キャスティング ,)
Scheme 2
および誘導体を融点+10℃で融解し,氷浴にて急冷す る方法(クエンチング)を用いて製膜した。
3-3 評 価 3-3-1 光異性化
調製試料への光照射は,超高圧水銀灯500W光源を 用い,色ガラスフィルターにより任意の波長を選択し て行った。光異性化については,紫外光(313nm)また は可視光(532nm)を30分照射後,紫外可視分光光度計 D( U‑7400 :Beckman)を用いて吸収スペクトルの測定を 行い評価した。
3-3-2 アモルファス化の確認
得られた薄膜試料についてX線回折測定,および偏 光顕微鏡観察を行い アモルファス化の確認を行った, 。
3-3-3 状態変化
得られた試料について熱分析(示差走査熱量測定:D SC)を行い,アモルファス状態から結晶状態への状態 変化を解析した。
4 結果と考察
4-1 ジアリールエテン誘導体の薄膜化
対称型を用いてキャスティングによる製膜を行った 場合,溶媒の乾燥と同時に粉状化(結晶化)が観察さ れた。また,クエンチングによる製膜でも一時的に無 色透明なアモルファス膜が得られるものの,調製から 2日後には結晶化が確認されたため,対称型ではいず れの方法でも安定したアモルファス膜を得ることはで きなかった。一方,非対称型についてはキャスティン グおよびクエンチングによる製膜を行った結果,どち らも無色透明な固体膜を得ることができた。
また,得られた誘導体について光照射前後の吸収ス ペクトルを図‑1に示した。上図には非対称型の溶液状 態および固体薄膜での光照射によるスペクトル変化 を,下図には対称型の溶液状態でのスペクトル変化を
図‑1 ジアリールエテン誘導体の吸収スペクトル
それぞれ示している。これより,同じ溶液状態の対称 型と非対称型では光応答性に大きな違いがなく,非対 称型でも光応答が保持されていることが確認できる。
さらに,非対称型は固体薄膜になっても溶液と変わら ない光異性化能を保持していることが分かる。
対称型,非対称型の固体膜についてX線回折測定お よ び偏光顕 微鏡観察を行った(図‑2 。X線回折の結) 果,対称型では結晶化に伴う鋭いピークをもつプロフ ァイルが得られたが,非対称型にはピークは観察され ずブロードなハローパターンが観測された。したがっ て,この非対称型の固体薄膜がX線的にアモルファス 状態であることが分かる。さらに,偏光顕微鏡観察で は,対称型で結晶による島が認められるのに対し,非 対称型では均一な暗視野像が得られており,このこと からも非対称型による固体薄膜がアモルファス状態に あることが確認できた。
図‑2 薄膜試料のX線回折データと偏光顕微鏡 観察像
4-2 ジアリールエテン誘導体の熱物性
前述のように,対称型でもクエンチングによる製膜 で一時的に均一で無色透明な固体薄膜を得ることがで きた。その固体試料を用いてDSC測定を行った結果を 図−3に示す。これより昇温すると95℃に結晶化に基
づく発熱ピークが現れた後,154℃に融解に基づく吸 熱ピークが観察された。得られた結晶化開始温度およ び結晶化終了温度をもとに,横軸に時間,縦軸に温度 にとったTTT図を模式的に作成した(図−3下図 。図) 中 の曲 線は 結 晶化開 始 点カ ーブ を推 定し たもの であ る。この結果より,キャスト膜によるゆっくりとした 製膜速度でも結晶化が始まらないように結晶化開始点 が長時間軸側にずれる分子設計が必要であることが示 唆される。
図‑3 対称型クエンチング薄膜の熱分析
また,対称型,非対称型についてキャスティングで 作製した固体膜について,DSC測定の結果を図−4に示 す。非対称型では,‑1℃にガラス転移点が認められ,
過冷却液体となった後,24℃に融解に基づく吸熱ピー クが観測された。一方,対称型では結晶化に伴う発熱 ピークは観察されず,154℃に融解に基づく吸熱ピー クのみが観測された。
これらの熱分析の結果から,対称型は一時的にアモ ルファス状態になっても結晶開始点が時間軸に対して 短時間側にきているので結晶化が容易に始まると考え られる。また,非対称型の結晶開始点は対称型と比較 して長時間方向にずれているために室温でキャスティ ングしてもアモルファス状態が安定に得られるものと 推定される。
図‑4 キャスティング薄膜の熱分析
5 まとめ
光応答性を有する有機分子単一成分の薄膜調製を目 的として,ジアリールエテン誘導体のアモルファス化 について検討を行い,以下のような知見を得た。
①有機分子の結晶化(規則的再配列)速度をより遅く するために
・分子移動において立体障害となる置換基を持つ
・配列パターンが複数
という2つの分子設計指針に基づき非対称ジアリール エテンの合成を行った。
②対称型誘導体がキャスティングによる薄膜化では結 晶化したのに対し,非対称型誘導体は同様の方法で安 定したアモルファス薄膜化が可能であった。
③非対称型誘導体の固体薄膜は溶液状態と変わらない 光応答性を有しており,X線回折測定,偏光顕微鏡観 察によりアモルファス状態であることが確認された。
6 参考文献
1)入江正浩:応用物理,Vol.66,3号,p.228(1997)