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近代社 と す 流

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Academic year: 2021

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(1)

( 1 )  

原始の未開社会や古代の奴隷制社会や中他の封建制社会が︑大まかにみて︑

( 1 )

2

)

社会的移動

s o c i a l m o b i l i t y

や社会的周流を許さない封鎖的社会であるに対 し︑近代の資本主義社会は︑少くとも形式的には︑社会的移動や社会的周流

( 2 )  

を許す開放的市民社会であろ︒こうした近代の資本主義的市民社会は︑前近 代社会に対し︑いろいろ特異な構造や性格をもつていろのであろが︑近代に おける流行という社会現象ぱそうした近代の資本主義的市民社会の構造や性

格を︑善きにつけ︑悪しきにつけ︑顕著に示すものであろと恩う︒それで︑

私は︑この小論において︑そうした流行の本質を考察し︑またそれを手がか

りにして近代社会の構造と性格の若干を分析してみようと思うのである︒

nl

>

P.

S o r o k i n , S o   c i a l   M o b i l i t y

及び

C o n t e m p o r a r y S o c i o l o g i c a l   T h e o r i e s ,   p p .  

748

752参照

g e s c h l o s s e n

や開放的︒

f f e n

M . W e b e r ,   W i r t s c h a f t  

u .  

G e s e l l s c h a f t S . ,     2 3 f f .  

参照

我々は︑いま便宜上︑ます流行の社会学的や社会心珂学的な特質を一般的

に考察し︑次にそうした流行と前近代社会や近代社会との関係を分析し︑史

に最後に近代社会や現代社会におけろ流行の諸特徴を一層詳しく検討すろこ

とにしたいと恩う︒

先す流行の社会学的窪味や社会心珈学的特質を一般的に考察すろことから

流行は︑社会学的にみれば︑先す特定個人の︑あろいは叉特定階級の発案

(2

>}

1

せる︑特定の行為様式や生活様式が極めて迅速に模倣されろことにより一般

的社会的様式となり︑しかもこうした過程が不断に繰返して交替されろとい

うことを本質とすろものであろ︑と言えよう︒ところで︑流行のこうした概

念規定のうちには大休次の空つの事柄が強調されていろのである︒即ち︑流

行は(‑)先す特定個人︑あろいは又特定階級によつて発案されろものであ

り︑従つて常に言わば放射原点︑あろいは放射中心を有すろのであり︑(‑‑︶

次に︑慣齊や伝承などと共に︑一種の一般的社会的なろ行為様式︑あるいは

生活様式︑さらには共同窪識なのであり︑従って矢張り一種の拘束力や強制力を打すろものであり、

(111)[~

後に既に一般化せろ流行は不断に新たなろ流

行に取って代わられろために︑﹁はやり﹂は直ちに﹁すたり﹂となり︑こう

した﹁はやりすたり﹂の過程が極めて迅速に交枠すろものなのであろ︒こう

した一二つの事柄が一応流行の根本的特徴と恩われろのであろが︑次にこうし

た 一

1︱つの根本的特徴を更に詳しく分析すろことによって流行の本質を一層明

確にすることにしよう︒

(‑︶︑我々は先す流行は特定個人︑あろいは又特定階級によって発案され

ろものであり︑従つて常に言わば放射原点︑あろいは放射中心を有すろもの

であろと述べたのであろが︑一休何故に特定個人︑あろいは又特定階級が︑

やがて直ちにすたり︑速かに死滅すろ宿命にある︑新様式を発案し出さねば

ならないのであろうか︒曾つてジンメルは︑その含蓄あろ流行論において︑

流行の本質を構成すろものとして差別の喫機

A b s c h e i d u n g s m o m e n t

と模倣

(1 .

︶ 

N a c h a h m u n g s m o m e n

t

という二つの契機を指摘したのであろが︑今

上に述べた問題については正しく所謂恙別の契機︑あろいは差別の欲求

U n , 

‑9 1   ‑ ‑

(2)

C  2) 

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異なり︑自我の自覚を有すろ存在であり︑自己を我なりと息惟すろところの︑

自己自身の衣識︑あろいは自覚を有すろ存在なのであり︑この点にデカルト

やカントたどは人間存在の根源的な什在性を認めたのであろが︑然しこの団

じ人間存在の根源的なろ存在性格は︑例えばカントが指摘していろように︑

自我の精神的なス疾息の最も奥深い源泉にもたり果てろものなのであっ︵︒即

ち︑それは人間をして自己をすべて自己たらぬものから苑別して我Ich

. . . A

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び︑汝に対して我のみを主張しょうとすろ白己主義Egoism

(E

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額落せしめろ傾向をもつからであス︒このように︑もともと自已政虚や自覚

は人間存在の根源的存在性格なのであろが︑然しそうした人間の根源的什在

性格のうちにぱやがて我の年以識を愛し︑

r r i

久には自己を汝から恙別して主張せ

んとすろ自愛や自己︑主義の頻落態が生成すろ仰向や危険が潜んでいろのであ

ろ︒人間がいかに我の窪歳を愛すろかを︑カントは幼児の言梨において注邸

していろという︒即ち︑幼児は自己をます一一一人称の形において未だ素朴に感

じていろにすぎないのではあろが︑﹁カールが食べたい﹂︑﹁カールが行きた

C 3 ]  

い﹂と言う︑と︒既に幼少時からみられス自党の絃識︑そうした自愛丘識に

某すいて自己を他者から差別して目立たしめんとすス苑別欲求︑自己拡張欲︑

誇示欲︑優越欲︑こうしたものが人をして不断に別異にして新たなゥn様式を

発案し︑採用せしめろことになろのであろ︒というのは︑テンニースも指摘 していろように︑人から注目されろためにはum

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に新たにして別異なろneu

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ろと考えられ︑人から注

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されんとすろ肴は不断に新たなろneu

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h   様式を発案し︑採用せねばならぬ︹というのは︑あろ︱つの様式が常に新ら

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しいものであろことは不可能だから︶と感ぜられろからであろ︒つまり︑流

行は自愛紅識︑苑別欲求︑自己拡張欲︑誇示欲︑優越欲というものに駐すい

て生すろのであり︑己を他者から恙別し︑己が他者から注

H

され︑己を何ら

かの点において他者に誇示し︑他者より優越せしめんと望む者が︑まさにそ

のことのために︑生のいろいろの領域において不断に新たにして別異なろ様

式を発案し︑採用すろように駆り立てられろところに﹁はやりすたり﹂とし ての流行が発生すろのであろ︒だから︑流行は恙別欲︑あろいは優越のため の差別欲を動機とす芯と言っても︑それは決して単な巧個人的な過程なので

はたくして︑本来社会的なト・下関係︑あろいは上位下位の関係を却礎にして

始めて成り立つものであろことは注意さろべきであろう︒とにかく︑前に述 べたように︑ジンメルが流行の木質的契機の一っを差別の欲求であろとした

のはこうした琳情によろのであろ︒叉ギンスバークが︑流行は新考案inno

( 5 )  

vationとして始まろ︑というのも︑こうした事情を指すのである︒吏にはま

( 6 )  

たロッスやノイプルゲルが流行の存在判由を自我の個別化への熟望とし︑プ

ラットが流行の本質を競争competitionに求め︑その心迎的動機を称讃や差

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屯実を指摘していろものに外ならないのであろ︒だから︑我々は前に流行を

先す特定の個人によって発案されろものであり︑従つて常に言わば放射原点︑

あろいは放射巾心を行すろものであろと語ったのであろが︑そうした流行の

放射原点︑あろいは放射中心としての特定個人とは正しく顕著なろ程度の苑 別欲求を布すろ個人たのであり︑そうした類の個人が正しく流行を作り川し

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を作り出すのであろ︒勿論流行の放射原点としての個人が発案し︑採用すろ 新様式のうちには特に所謂睾別を底企せず︑単なろ個人的な趣味や嗜好や好 みから生すろものもあり得ろのであり︑そうした新様式が広く模倣されて流 行すろこともあり得るのであろが︑然し︑慣習や伝承と異つて︑流行をして まさに流行たらしめろもの︑あろいは叉近代や現代におけろ流行現象の根本

勁機は矢張り差別欲求に外ならないのであろ︒

このように︑流行の放射原点は一応顕著なろ程度の差別欲求を有すろ個人

であろと考えられろのであろが︑然し流行の放射原点は常にそうした類の個

人であろとは限らない︒流行の放射原点としては︑最初に簡単に規定したよ

‑ 9 2  ‑

(3)

( 3 )  

うに︑更に特定の階級が挙げられねばならたいのである︒即ち︑あろ特定の

階級が己の階級を他の階級と差別し︑己の階級を他の階級に対して誇示し︑己

の階級を他の階綴に優越せしめんとすろために︑生のいろいろの領域におい

て不断に新様式を発案し︑採用すろにいたるのであろが︑こうした特定階級に

ょって発案された知様式が他の階紋に模倣されて流行となろ場合もあり得ろ のであろ︒そして︑この場合そうした新様式を蜀案すろ陛級は主として社会

的に優越せろ地位を占めていろ上層階綬なのであ巧が︑この事は︑

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が時には

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y を謡味し︑上流社会の人々が

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と呼ばれ︑上流社会が

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f  fashion  と言われることによっても明らかであろう︒ところで︑こうした領域におけ

ろ流行親象を明白に指摘しているのはイェーリングであろ︒イェーリングに

よろと︑今日の流行は変化欲とか︑芙感とか︑派手好きとか︑模倣衝動とい

うような個人的な動機から生ずろものではたくして︑社会的た勁椀を持つて

いるのであろ︒即ち︑流行ば上胴の社会階級が己の階級を下屑の社会階級か

ら差別せんとする努力なのであり︑一層正しく言うたらば︑上胴陪綬と下屈 階級との混同の危険は一餃には起り難いのであろから︑上屑附絞が己の階級

を中間階級から差別せんとする努力

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のであり︑しか息そうした差別の埒は不断に破られ︑乗りこえられて

いくのであろから︑流行は断えず繰り返えして身分的虚栄心を追い求めろこ

8)

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に外ならたいのであろ︒だから︑こ

の場合においても︑流行は矢張り木来階級的上下関係︑あるいは階級的な上

位下位の関係を某礎として成立する忍のであろことは言う迄もたかろう︒こ

のように︑流行の放射原点としては単に個人のみたらず︑更に階級というも

のも考えられねばならぬのであろが︑然し︑後でも述べろように︑厳畜なろ身

分社会

S t i i

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においては夫々の身分には夫々特有の生活様式や

行為様式が法律や慣習によって規定され︑弛制されており︑それ等に闘反し︑

背反すろ場合にはさまざまの制裁が加えられろのであろから︑そうした各身

分毎に規定された生活様式や行為様式が各身分間を周流すろことは一般には

不可能︑あろいは困僻であり︑従つてそうした身分社会の各身分間には一般

に流行は行われにくいのであり︑唯僅かにそうした法律や慣習によつて規定

されていない類の領域や父そうした法祁や慣叩いの弛緩せろ時期に多く見られ

るのであろ︒従つて流行が屈々各階級間

i r もみられろと言っても︑厳密なる

身分社会は身分的にも︑父地域的にむ︑或は乖直的にも︐又水平的にも閉ざ

された封鎖的社会栴造を布すろために︑そうした身分社会においては流行は

快して熊制限に行われたものでないことは注詠さ‑ハベきであろう︒勿論近代

や蜆代の階級杜会

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tにおいては各階級徳

F

異なれる生活

様式や行為様式が法祁たとによつて規記されたb︑弥制されろということは

ないのであろから︑身分社全におけろような流行に対すろ制限は少くとも形

式上はたいのであろが︑然し︑後で指摘するように︑実質的にはその他のい

ろいろの制限が矢張りみられろことふ忘れられてはならないであろう︒

︵二︶︑我々は︑硫行を先す砕定個人い︑あ芯いは又特定階級の発案せろ︑

特定の行為様式や生活様式が極めて迅迎に校倣されろことにより一般的社会

的様式となろものであろどし︑紅つて流行は砕中に放射厭点︑あるいは放射中

心を有すろものであろと述べ︑しかふそうした放射肌点としての個人や階級 が新様式を発案し︑採用すろに平ろ動機を茉別︑あるいは優越のための差別

に求めたのであろが︑次にそうした鋳様式が枠めて迅速に模倣されろことに

より一般的社会的株式となり︑従つて机罰や伝承なとと共に︑一種

0

拘束力

や弧制力を布すろむ

0

であろ点を検討したいと息う︒

先に述べたように︑流行の対象どなろ料梯政を発案しだす佃人や階級は一

般に生の何らかい領域において社会的に佼位にあろ個人や階級であろことが

多いのであり︑そうした社会的に優越せろ個人や附級︑あるいは社会的優越

を望む個人や階級が不断に対たにして別

m

氏だろ様式を発案し︑採用すろに奎

ろのであろが︑このようにして発案された妍椋式は次に矢服り特に社会的優

趙を望む類の個人や陪飩によって先ず校倣ぎ

i l

ろのであろ︒ところで︑周知

のように︑模倣

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について合苦ある桐

‑ 93‑

(4)

( 4 )  

察をしていろのはタルドであるが︑このタルドは模倣に関すろ法則を先す論

珂的法則と論暉外的法則とに分け︑模倣の論珂的法則とは模倣の伝播が合理

9)的︑論狸的︑目的論的珂由によって決定されろ場合を烈味すろ法則であり︑

叉模倣の論踵外的法則とは校倣の伝播がそれ等以外の岬由によって快定せら れろ場合を慈味すろ法則であスとし︑而も更にこうした論判外的法則のうち

に一般に劣位者が優位者を模倣するという法則︑即ち優位と認められろ人や

階級や地域の模範が劣位な人や階級や地域によつて校倣されろという法則と

叉過去の時代が優位と認められろか︑或は現在の時代が優位と認められろか

に従つて︑古きものが模倣されろか︑或ぱ新しきものが模倣されろという法 則を指摘すろことによつて︑校倣を慣習校倣と流行模倣とに分けていろので

( 1 0 )  

あろ︒このタルドの言期に従つて言えば︑流行におけス校倣は正しく模倣の

論踵外的法則に該当し︑また劣位なろ個人や階級や地域が優位なろ個人や階 級や地域を模倣すろ楊合なのであり︑また更には凡て新しきものや新奇なも

のが尊重され︑校倣されろ揚合に外ならないのであろ︒又イHーリングの説

明に従えば︑流行は先す上層偕級に発生し︑上層階級が流行のさきがけをし︑

次に中間階級によって校倣されるのであり︑従って流行は上から下へ流れて

( n )  

いくのであって︑下から上へ流れていくものではないのであろ︒つまり流行

模倣においては︑タルドの言うように︑社会階層の上から下への模倣の落下 がみられろのであろ︒こうしたクルドやイェーリングの説明によつても明ら かなように︑流行は先す社会的優位者や優位階級︑あろいは特に社会的優位

を望む類の個人や階級によって発案された新様式がそうした個人や階級より

劣位にはあろが︑然し矢張り特に社会的優越を望む類の個人や階級によって 逸早く模倣されるのであろが︑そうした模倣によつて劣位者や劣位階級が優 位者や優位階級の新様式に配与し︑同化すろ場合︑劣位者や劣位階級は優位 者や優位階級と同一の社会的地位にまで上昇し︑優位者や優位階級と同様の 特権と待遇を受けろかの如き満足感をいだき︑あろいは又優位者や優位階級 に対し社会的平等を主張すろことによつて劣位感を補足し︑更には又己より

一層劣位にあろ個人や階級に対しては益々大なる社会的距離感をもつことに

よって己の優位感を益々確証せんとすろのであろ︒であるから︑流行は模倣

の過程をへて成立すろとしても︑それは決して単なろ個人的な模倣衝動や模

倣欲に某すいて成立するのではなく︑今述べたような社会的上下関係や社会

の階級的上下関係を背景として成立すろものに外ならないのであろ︒ところ

で︑こうした過程によつて︑既に可成りの範囲や程度にまで拡まれろ流行は︑

慣習や伝承などと同様に︑一般的普遍的なろ社会的様式

mo

du

s

として受け

とられろようになり︑従つて一種の独制力や拘束力をもつようになって来る

のであろ︒即ち︑例えば或ろ服装が既に社会全般から新様式として考えられ

ていろ際には︑既に模倣を完了した者は同類應識としての誇りと心安さを感

じ︑叉未だそれに同化せない者は社会全般から嘲笑や嫌悪をうけたり︑野暮 者とか変人という批評や非難をうけることになろ︒従って︑既に可成りの範

囲や程度にまで拡まれろ流行は︑平日遍的社会的様式として︑人により程度の

差はあろにはしても︑一般に何らかの形で︑それに同化し︑配与するように

個人を誘導し︑強制し︑拘束すろようになり︑そこに流行を追う

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ところの︑所紬明﹁流行の奴隷﹂

( 1 2 )  

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が生すろのであろ︒イェーリングが流行を︑慣習や道徳

や法律と共に︑一種の社会的命法︑あろいは規範であり︑従つて強制力を及

1 3

)

ぼすものであろと言い︑又テンニースも同様に流行を社会的意志の︱つの形 式であり︑従つて人々の批評や慈見によろ強制を伴ったものであり︑人々は

a )  

こうして流行の強制に屈服すろことになろのであろと語ろ所以であろう︒こ

のようにして︑流行は一種の強制力や拘束力を伴った社会的様式となり︑模

倣の過程を通ろことにより︑極めて迅速に広く一般に採用され︑﹁はやり﹂と

なろのであろ︒クルドは模倣の伝播の様式について︑模倣は正確性において

( 1 5 )  

増大し︑又次第に有意的から無窓識的となり︑更には等比級数的に伝播する

( 1 6 )  

傾向が認められろという事実などを挙けていろのであろが︑これ等の事実は

特に流行についても妥当すろものであろことは言う迄もなかろう︒前に述べ

たように︑ジンメルは流行の︱つの本質的契機をこうした模倣に認めたので

あろが︑叉タルド︵の社会学︑特に校倣の耶論︶が密接な関係をもつている

‑94‑

(5)

( 5 )  

と言われるバジョットも流行における模倣を強調して︑﹁一度流行が決まつ

てしまうと︑それが似合う人も似合わない人も凡てそれを用いろようになる︒

模倣性

i m i t

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e propensity

が直ちに割一性

un

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を俣証し︑確定

すろ﹂とし︑しかもそうした場合におけろ模倣が多くの場合無窪識的な模倣

( 17 )  

であるとし︑更には又ギンスバークが流行は新考案として始まり︑模倣によ

1 8

)

つて拡まろというのもこうした事情に碁すくものに外ならない︒流行はこう

した模倣の過程を通して極めて迅速に一般的普遍的なろ社会的様式となり︑

一種の強制力をもつて人々た拘束すろようになろのであろ︒

︵三︶︑我々は最初に流行を規定した際に︑流行は不断に新たなる流行に取

つて代わられろために︑﹁はやり﹂は直ちに﹁すたり﹂となり︑こうした﹁は

やりすたり﹂の過程が極めて迅速に交替すろものであろと語ったのであろが︑

最後にこの点を検討しておかねばならない︒流行は︑前に述べたように︑先 す特定個人や特定階級が優越のための差別を動機として発案せろ︑新様式が 更に極めて迅速に模倣されろことにより一般的社会的様式となろ過程なので

あろが︑然し︑既に明らかたように︑苑別のために発案された新様式が他の

人々や階級に広く模倣され︑他の多くの人々や階級がその新様式に同化する たらば︑その新様式はもはや特定個人や特定階級を他の個人や階級から差別 すス効力を失うことになろわけであろ︒即ち︑流行の動機や

H

的であろ︑新 たなろ様式によろ︑差別の確立はその新様式が一般化することによつてもは や維持されなくなろのであ巧︒前に繰返して述べたように︑流行は社会的上

下関係や社会の階級梢迎を却礎とし︑優越のための差別を動機とすろもので

あろが︑ある流行が劣位者や劣位階級に仏<校倣されて一般化すろことは劣 位者や劣位階級が優位者や優位階級の水準にまで社会的に上昇すろことであ ろと同時に優位者や優位階級が劣位者や劣位階級の水準にまで社会的に下降 すろことを意味し︑従つて優位者や優位階級と劣位者や劣位階級との間の上 下関係や差別が消滅し︑流行の本来の動機や目的であろ差別や上下関係が保 たれなくたろのであろ︒その結果︑優位者や優位階級︑あるいは社会的優位 を望む個人や階級が再び己を他の個人や階級から差別し︑優越せしめんとす

ろために更に新たにして別異なろ様式を発案し︑採用するに至るのであ

b

しかもそのようにして新しく発案された﹁はやり﹂も矢張りやがて一般化す

ることにより再び﹁すたり﹂となり︑こうして﹁はやり﹂﹁すたり﹂が不断に

繰返して迅速に交替するに至るのであろ︒そしてこの場合︑流行が模倣によ

り空間的に広く普及して一般化すろ速度に比例して︑それは時間的に速くす

たることにたろのであり︑従つて︑イェーリングの言うように︑流行の寿命

( n )  

はそれの普及の迅速性と反比例の関係にあろと言えるのである︒だから︑流

行は等比級数的にはやり︑又その速度と正比例にすたろのであろとも言えよ

う︒つまり︑流行ははやればはやろ程︑迅速にすたろのであり︑叉すたろこ

とが速ければ速い程︑新たたはやりがはやらねばならないのであろ︒流行は

全く﹁はやりすたり﹂なのであろ︒﹁はやり﹂はやがて必然に﹁すたり﹂とな

り︑叉﹁すたり﹂は同時に新しい﹁はやり﹂を呼び起すのであり︑親われて

は滅び︑滅びては現われ︑又現われては又滅びろのであろ︒流行が一般化し

てはやつて来る

co

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n

ことのうちには既に流行が流行はすれ

としてすたれ

go

ou

t  o

f   f a s h i o n

ねばならない悲劇的運命が平まれている

のであろ︒流行は︑こうした悲劇的連命や無常性のために︑永遠に流行せね

ばならないのであり︑無限の自己否定を繰返していかねばならないのである︒

それは正しくヘーゲルの﹁悪しき無限﹂に相応すろものであり︑更には﹁有限

なろもの﹂に相当すろものであろ︒ヘーゲルは﹁有眼なろもの﹂について言う︒

﹁有限なろものは:・:自己自身を否定的に取扱い︑⁝⁝その生誕の時は同時に

2 0)

その死滅の時であろ﹂と︒まことに流行の生誕は伺時にその死滅を含み︑そ

の始源が既に終末と結合していろのであり︑それば正しく自己矛盾的過程で

あると言わねばならない︒レオバルヂの言うように︑流行は﹁死の兄弟﹂であ

り︑﹁一っ所にじつと立つていろことの出来ない﹂﹁ディケイの子供﹂なのであ

翠昨年の流行は︑今年になろと︑実際﹁われわれが昨年使ったあの嫌わし

t h a t

h o

r r

i d

  thing w

e  w

or

e  l

a s t   year

と呼ばれるようになり果て

( 2 2 )  

ろのである︒流行の交替過程のこうした迅速性は既に多くの人々の指摘して

いるところであろ︒例えばイェーリングは︑慣習などが何百年の間も存続す

― ‑ 9 5  ‑

(6)

(.6) 

ろに反し︑流行は殆んど僅かに年毎に交替し︑極めて一時的

v o r i i b e r g e h e n d

なものであり︑しかも不断に消滅し︑不断に交枠すろもの

d e r u n a u s g e s e t z t e   W e c h s e l

であろから︑全く自殺者のような

s e l b s t m o r d e r i s c h

ものであり︑

2 3J

不断に身分的虚栄心を追い求めろこと

H e t z j a g d

も︑流行は広く一般に採用されろや否や︑それはその新奇性やその発案者に 結びついていろ威光を失うことになり︑従つてその持統期間は伝播の速度に よつて定まるのであろが︑その持続期間は︑他の行為様式と異なって︑一時

g24) 

t r a n s i t o r y

であると言う︒このように︑流行は︑特定個人や邸定階級が 優越のための差別を動機として発案し︑採用せろ︑新様式が極めて迅速に校 倣されて一般化すろことにより︑不断に一防新たにして別異なろ様式に取っ

て代わられ︑しかもこうした交枠過程が極めて迅速であり︑不断に迅速に﹁は

やり﹂﹁すたり﹂が繰返えされろことを本質とすろのであろ︒マルクスは曾つ

. 

てブルジョ一︶時代の一つの特徴をあらゆろ社会状態の間断たき動揺や永迎の

不安定と変動であろとし︑新らしく作られた関係が同まろ前に凡て古くさく

k :

なってしまう

v e r a l t e n , e h e   s i e   v e r k

n   c c

h e r n   o n n e n

よう

2 5

)

語ったのであるが︑流行も正しくそうした特徴を典型的に代表していろもの

と言ってよいであろう︒

我々は今までに先す流行の社会学的や社会心則学的な根本的諸砕徴を極め て一般的に検討してきたのであるが︑次に節を新めてこうした流行と前近代

ふ ︶

社会や近代社会との関係を分析することにしたいと思う︒

→ 上

S i m m e l ,   P h i l o s o p h i s c h e   K u l t u r , D   i e   M o d e  

. 

( 2 )

高坂正顕著︑カント︑四

OI

︿

3

久︶同上書︑四二頁

e 4 )   T o n n i e s , i   D e   S i t t e S . ,     7 6  

. 

5

M .   G i n s b e r g ,   S o c i o l o g y   1 9 5 3 ,   P . 1 5 2   e 6 )  

E .  

A .   R o s s ,  

S o c i a l   P s y c h o l o g y ,   1 9 2 5 ,   P . 9 6   0•

N e u b u r g e r , i   D e   M o d e ,   1 8 7

  0  , 

s .  

3 3   C .   P l a t t ,   T h e   P s y c h o l o g y   o f   S o c i a l   L i f e ,   C h a p t e r  

V J 

P P .   1 0 5

‑ ‑

1 0 6

( 7

>

 

n  n  n ,

26 25  24  23 22 

\ノ'‑‑‑''‑ノしノ V

( 2 1 )  

( 8 )  

J h e r i n g ,   D e r   Z w e c k   i m   R e c h t ,  

B a n d  

I l,  

S .   1 8 6  

; 9 )

 

T

a r d e ,   L e s   L o i s   d e   L ' I m i t a t i o n ,   C h a p .  

V

及び

L a L o g i q u e   S o c i a l e  

( 1 0

T a r d e , L e s   L o i s   d e   L ' I m i t a t i o n , ,   C h a p .   ¥ '

I , ' 1

J  

1 1

) J h e r i n g , D   e r   Z w e c k   i m   R e c h t ,  

B a n d

 

l ! , 

S .

 

` 

1 8 7  

⑮ げ

] I b i d . ,   S .   1 8 8  

籍 ︶

I b i d

・ "

 

s .

 

1 8

0 ,   1 8 1 ,   18~,

1 8 8  

1 4

T o n n i e s , i   D e   S i t t e S ,   .   7 5 ,   7 7  

( m

)  

T a r d e , e   L s   L o ; s   d e   L ' I m i t a t i o n ,   C h a p

・ =  

1 6 )

小林珍雄訳︑社会法則︑互ニー五四頁

谷 い ︶ B a g e h o t  

̀  P

h y s i c s n   a d   P o l i t i c s , P   .   8 9 9 ,   2

9 3 , 3 2

3 3

緑 ﹀

G i n s b e r g , S o c i o l o g y  

̀  P

. 1 5 2  

1 9

J h e r i n g , D e r   Z w e c k

  i m   R e c h t ,  

B a n d

 

I T , 

S ̲ .   1 8 7  

2 0

H e g e ' , W i s s e n s c h a f t   d e r   L o g i k ,  

B d .  

( G l ° c k n e r ‑ A u s g a b e : : , ,   S S .   1 4 7  

│ 

1 4 8   P .   M a x w e l l ,   E s s a y s , i     d a l  

g u e s n   a d   t h o u g

h t s   o f   C .   G .   L D i a e o p a r d i ,  

l o g u e   b e t w e e n   F a s h i o n   a n d   D e a t h ,   P .   : J 7   B a g e h o t , h   P y s i c s   a n d   P o l i t i c s ,   P . 9     S J h e r i n g , D   e r   Z w e c k   i m   R e c h t ,   B d .  

I l,  

S . I S : l ,   1 8 3 £ . ,  

0 0  

7 f

.   G i n s b e r g ,   S o c i o l o g y

P  ,  

. 1 5 2  

流行に閃すち邦語の文献としてげ︑臼井二尚︑地域的社会胴としての故郷と郷士

n

哲学研究、二さ九、二四一、二四二号、昭和十—+―年〕、社会学(桓

我々はこの節で流行と前近代社会や近代社会との関係を分析しようと恩う のであろが︑然し流行については前い節で単にそのごく一般的な根本的認特

徴のみを検討したのであつで︑そうした流行と近代社会や坦代杜会との関係︑

あろいは近代社会や現代社会におけろ流行の多少細かな語特徴については別

‑ 96‑

(7)

C  1) 

に次の節で簡単に検討すろはすであり︑又節近代社会と近代社会とに関する 充全な分析はこの小論の課源を逝かに超えたものであろから︑この節で流行

と前近代社会や近代社会との関係を分析するとしても︑それは僅かに両者の

関係をごく簡箪に概観すろという程康に止めておきたいと恩う︒

︵一︶︑先す流行と前近代社会との関係を分析すろことにしよう︒ところで︑

前近代社会

5

うちには︑大まかにみても︑原始の未開杜仝や古代の奴隷制社

会や中他の封廷制社会などが含まれろわけであろが︑ここではそれ等を一括

して考察すろことにしたい︒

一般に前近代社会は︑序文でも節単に述べたように︑地城的にも︑又身分

的にも︑社会的移動や社会的周流を許さたい︑閉ざされた封鎖的社会であろ︒

例えば︑中拙の封建的身分社会についてみれば︑そい杜会的生活園はそれぞ

n

足的であり︑又封鎖されていろ﹂

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ch

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のであり︑その社会構造は︑政治上︑経済上︑宗教上︑交通上

たどの課由により︑地域的にも︑叉身分的にも︑あろいは水平的にも︑又垂

f 2 )  

直的にも社会的移動を許さない封鉛性をもつていろのであろ︒ところで︑先 す社会が地域的に封鎖されていて︑地域的移動性が少く︑従って生活が定住 的なろ場合には︑その他の諸条件と相まつて︑その生活は一般に長い過去か らしつづけてきた仕来

b

を無自覚︑無反省に遵奉すろようにたり︑つまり慣 習的︑伝統的︑保守的となり︑その結果古きものを古きが故に愛し︑培重す るようになり︑所謂愛旧性や嫌新性という心理が支配すろようになろという 傾向がみられろのである︒即ち︑そうした社会においては︑人は生活様式や 行為様式を変えろことを嫌い︑祖先の定めた事は何事も祖法なればとの即

F l l

でたかなか変更せす︑従つて新様式を発案すろ気風に乏しいのみならす︑新

様式と言えば︑普い事でも︑蹄躇して容易に採用せす︑新様式の発案者や採

用者は却つて非雛や排斥をうけろことにさえたろ︒我が国の中祉社会におい

て﹁祖法墨守﹂や﹁新儀停止﹂が生活の合言葉であった所以でもあろう︒で あろから︑古いものが古いが故に価値ありとされる︑こうした社会は正しく 慣習模倣の支配すろ社会なのであって︑新しきものが新しきが故に価値あり

とされる流行校倣は生じにくいのであろ︒叉比較的狭小なる封鎖的社会は︑

その狭小性や詞一の生活条件などのために︑一般に各成員やその生活様式の

阿質性を生じ易く︑さらには各成員間の日々の直接的なろ面接的交渉関係の

ために︑相互の具休的なろ了解性や熟知性を生み易いのであろが︑各社会成

員が大なろ社会的同質性をもち︑しかも相互に具休的に︑あろいは全人的に

了解し合い︑熟知し合っていて︑机互の関係が競争的ではたく︑和合的であ

ろところにおいては特に自己を他の人々と苑別し︑己を他の人々に誇示する

ことは無烈味であり︑不必要であり︑或は無効なこととなるのであろ︒だか

ら︑差別を動機とし︑競争を零囲気とする流行はこうした社会においては比

較的小さな役割りをもつに過ぎないのであろ°ノイプルゲルが個人的差別ヘ

の欲求

Tr

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b

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  in

di

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du

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Un

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ch

ie

d

の小なる︑あろいは存しな

3)い原始社会には流行は存在し得ないと語っていろのも︑こうした事情による

っ4)

地城的に封鎖された社会はまた他の社会との接触交渉がなく︑人や物が他

の社会から移入することもないから︑新たにして別異なろ様式に接すろ機会

が少いのであり︑たまたま他の社会から新様式が移入せられても︑そうした

新様式の狂味や価値などを完全に了解すろことが因難であり︑叉そうした邸

味や価値などが了解せられろとしても︑先に述べたように︑そうした社会の

保守的伝統性のために︑そうした別異なる新様式を校倣し︑採用することは

反社会的行為︑あろいは不遊徳たろ行為として嘲笑や非難や排斥を受けねば

たらないために︑他の社会から移入された新様式を採用し︑それが流行模倣e5) の対象となろ機会は一層少いのであろ︒更にそうした嘲笑や非難や排斥をう

けないような場合においても︑そうした社会においては︑単にその俣守的伝

統性のためのみならず︑更にその生活の凡ゆる領域や様式が長年の間に相互

に有機的に連関し合い︑機能的に統合している

f u n c

t i o n

a l

i n t e

g r a t

i o n  

; J

が多いために︑ある新様式の採用は︑それと布機的に連関し︑統合している︑

他の諸様式の改変や靡止をも必要とし︑而もその事は一般に柩めて大なる努

力と困難を伴う結果︑そうした新様式の模倣や採用は一層困難となるのであ

‑ 9 7  ‑ ‑

(8)

C 8) 

る︒これ等の事情が︑例えば︑中枇社会において比較的に封鎖的生活をなせ

る女性におけろ流行を少なからしめた珊由なのであろ︒十七枇紀以前の西洋

においては女性は一般に家のなかに留まり︑家放外の人との社会的交渉は少

く︑従つて新たにして別異なろ様式に接すろ機会も少いために︑女性よりも︑

寧ろ男性に比較的流行模倣が多かったと言われろ︒又日本の中枇においても

女性︑特に中流階級以上の女性は滅多に外出すろこともなく︑外出しても︑

乗物の奥深くに潜んで︑街頭に姿をみせないようにしていたため︑衣裳など

も女性よりも︑寧ろ男性の方が派手であり︑町家の女性なども驚く程地味で

あろと言われる︒このように︑中祉の封鎖された女性の生活においては︑個

性を持った女性が生じにくく︑女性は一般に類型的規格的であると言われる

のと同じ瑯由に基すいて︑女性が︑近代や説代におけろように︑優れた流行

の担い手となることが困難であり︑少なかったのであろ︒

前近代社会は︑今まで述べてきたように︑一般に地城的水平的に封鎖され

ているのであろが︑然しそれは更に身分的垂直的にも封鎖されているのであ

ろ︒ところで︑例えば所謂身分社会においては︑上下の各身分は厳重に閉ざ

されていて︑批襲となり︑従って各身分間の垂直的なろ社会的移動が許され

す︑しかもそうした各身分には夫々固有の職業や特権が結びつけられろのみ

ならず︑多くの生活様式や行為様式が身分毎に特殊化されろのであり︑更に

そうした特殊化された生活様式や行為様式が慣習や法律によつて厳重に維持

され︑それに背反すろ時は︑法律の制裁をも受けろのが一般であったのであ

ろ︒例えば﹁江戸時代の士農工商たろものは各々法制的に区別づけられた集

6 6 )  

団であった︒そして各身分は法制︑又は憤習によってその関係が固定すろ﹂

といわれろ所以であろ︒特に現代流行の大なろ領域を占めろ服装品は︑こう

した封建的身分社会においては︑それぞれ階級毎に特殊化されていて︑それ

ぞれの身分はそれぞれの服装をしていたのである︒例えば徳川家康の法令に︑

衣裳の品混雑す可からすとして臣下の者は君主と同一の服装を為す可からざ

ること︑御免なき衆は白綾︑白小袖︑紫袷︑紫哀練︑無紋の小柚を梢用す可

からざる事︑郎従諸卒は綾羅錦繍を身に纏う可からざろこと等が詳細に規定

( 7 )  

されている︒武士には武士の服装があり︑町人には町人の服装があったので

あり︑武士にして武士の服装をせざろものは武士としての礼をか・き︑武士の

階級に対すろ反逝者としての非難をうけ︑町人にして武士の服装をすろもの

は武士の階級に対する挑戦者たるの制裁を受けたであろう︒又例えばローマ.

人は︑その文化の極めて高い段階に逹した時においても︑親在われわれが語

ろような意味の流行はもつていなかったと言われろ︒即ち︑彼等にはトーガ

T o g a

と呼ばれる一定の服装があり︑そのトーガを纏つていることがローマ

市民権を有すろ証なのであり︑市民権を奪われて追放者となったような場合

8)には︑そのトーガを纏うことを禁ぜられたのであろ︒更に単に服装のみに限

らす︑例えば︑徳川時代においては下層身分たろ農民や町人は日常生活にお

けろ衣食住の多くの領域において﹁揚子で重箱の端をほじくろ﹂ような

規定を加えられていたのである︒即ち︑幕府は農民や町人に対して奢移を禁

じ︑粗食を強い︑衣服は木綿ものに限り︑不似合なる家宅を作ろ事を禁じ︑

米食は平素でも奢修として禁ぜられていたのであり︑更には﹁みめかたちょ

き女房成共︑夫のことをおろかに存︑大茶をのみ︑物まいり︑遊山すきする

女房を離別すべし﹂とし︑私的な家庭生活のうちにまでも細い干渉を加えて

いるのであろ︒所謂﹁法度﹂は徳川時代の徹底的なる身分的固定政策のため

に︑各身分砕有の様式が他の身分︑特に下層身分に移動され︑校倣されるこ

とを法律的に厳重に禁止したものに外ならないのであろ︒更には又典型的な

ろ身分社会としての印度のカスト社会においては︑各々のカストが阿坐阿附

することや異なれろカストが通婚すろことは許されず︑各カスト特有の婚姻

の形式︑食物の喰い方︑身体の洗い方︑油の塗り方︑衣服の滸方から児童の

教育や宗教的行事等にいたろまでの一切の生活様式が極めて詳細に規定せら

れており︑特に下層カストたろ首陀羅の如きは市内に居住すろことを許され

ず︑市外の待殊部落に居住せしめられ︑市内へ川入すろには常に道路の左側

を通行せしめられろような状態であったのである︒このように︑身分的階暦

的に封鎖された社会においては︑各身分固有の生活様式が他の身分や階層に

移動することを禁じ︑特に下層身分が上層身分の生活様式を模倣し︑さらに

‑ 98‑

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