Allyn A. Youngと内生的経済成長理論
著者 二村 重博
雑誌名 同志社商学
巻 57
号 5
ページ 38‑52
発行年 2006‑03‑10
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007330
Allyn A. Young と内生的経済成長理論
二 村 重 博
蠢 はじめに
蠡 内生的経済成長理論の背景
蠱 Youngの内生的経済成長理論
蠶 新しい内生的経済成長理論との比較 蠹 おわりに
Ⅰ は じ め に
経済の発展ないし成長の問題は,古くて新しい問題である。そのメカニズムを解明す るための試みは経済理論の出発と同時になされ,言葉によりあるいは定式化されたモデ ル分析により,今日まで多くの研究がなされてきた。その中で,経済の内部に発展のメ カニズムを求める収穫逓増を重視した最近の内生的経済成長理論は,1980年代より始 まった。その内生的成長理論に先鞭をつけた
Paul M. Romer
は次のように述べている。「長期成長の説明において収穫逓増が中心的なものであるという考え方は,少な くとも
Adam Smith
のピン工場の話と同じくらい古い。Alfred Marshallが内部経済 と外部経済の区別を導入することで,矛盾のない競争均衡の説明がなされだした。最も卓越したそのような試みは,1928年に
Allyn Young
によって,the Economicsand Statistics section of the British Association for the Advancement of Science
の会長 講演でなされた。続く経済学者(例えばHicks 1960 ; Kaldor 1981)は,Young
が 成長について基本的な洞察をもっていると信じたが,議論の言葉による説明と明示 的な動学モデルを定式化することの困難さのために,その洞察を組み込んで定式化 したモデルは発展しなかっ1
た。」
このことからも,収穫逓増に基礎をおく内生的経済成長理論の発展に対し,1928年
の
Young
と1980
年代のRomer
の研究が,経済成長理論の歴史の中で大きな位置を占めていることがわかる。このため本稿では,1928年の
Young
の内生的経済成長理論と1980
年代に始まる新しい内生的経済成長理論がどのような背景から生まれてきたのか を調べ,そしてYoung
と最近の内生的経済成長理論の共通点と相違点を考察すること────────────
1 Romer[10]pp. 1004−5.
38(254)
により,経済成長理論がどのような問題をもっているのかをみてみることが課題であ る。
次節では,それぞれの考え方が出てきた背景をみてみる。第蠱節では
Young
の内生 的成長理論の考え方を整理し,第蠶節ではRomer
の1990
年の論文を取り上げ,Young の理論との類似点と相違点を明らかにし,最後に分析の結果を整理しつつ内生的成長理 論の意義と課題を提示する。Ⅱ 内生的経済成長理論の背景
1 Young
の内生的経済成長理論の背景ここで取り上げる
Young
の理論は,1928年に書かれた「収穫逓増と経済進歩」の論 文であ2
る。Blitchは,この論文は「比較静学の均衡分析に代わるものを開発しようとす る
Young
の苦闘を反映している。それは,Frank Knightの論文‘The Theory of Business
Profits’
の欄外のコメントから始まったものであ3
る。」という。
Blitch
によれ4
ば,Knightは「静学」と「動学」の間に明確な区別をしなければならな いと議論し,マーシャルの外部経済と収穫逓増の概念は「動学」の領域に入るものと考 えていた。これは,マーシャルがしたような静学の価格理論の中で用いるのは論理的に 矛盾したものとなる。Knightの博士論文は
Cornell
大学のスーパーバイザーであったYoung
のもとで完成し5
た。Youngは
Knight
の論文の欄外に,「増加した供給が増加し た需要に呼応すれば,費用は増加しない。ある種の『外部経済』は実現するだろう。……問題は,ある経済性は大きな需要を伴ってのみ可能であるということである。もちろ ん,生産量の増加はより多くのプラントを意味するが,重要なことは,それらは『類似 した工場』ではなく,一般により高度に専門化されたものである,ということである。
……それらは大部分
Adam Smith
が観察したように,『市場の大きさ』によって制限さ れる分業の経済性の問題であ6
る」と書いている。
他方,イギリスでは
1922
年のJ. H. Clapham
の論7
文を出発点として,外部経済,収 穫逓増と競争均衡に関連した「費用論争(cost controversy)」が行なわれていた。論争 は「Piero Sraffa(1926年)のマーシャル経済学の有名な批判の発表で頂点に達した。
……教室の講義や講演や学者の論文の形で,反論や確認や修正が蓄積され始めていた。
────────────
2 Young[16].
3 Blitch[2]p. 169.これは,Youngの生涯について書かれたものである。
4 Blitch[1]pp. 361−362, Blitch[2]pp. 169−170.
5 これは,KnightのRisk, Uncertainty and Profit(1921)の基になったものである。
6 Blitch[2]pp. 169−170.これは1920年に書かれたものだが出版されていないなので,Blitchの引用から
のものである。
7 Clapham[4].
Allyn A. Youngと内生的経済成長理論(二村) (255)39
Allyn Young
がLondon School of Economics
の政治経済の教授職を引き受けて(アメリ カから)ロンドンに着いたのは,この理論的混乱の中であった。……Youngは『外部 経済』と競争に関する彼の見解を再考察しつつあった。この関係を研究するためには静 学的方法を放棄する必要があると結論付け8
た。」そして,まもなく会長に選ばれて
Glas- gow
大学で講演することになり,その内容がここで取り上げる論文である。このようにして,後に見るように,マーシャルの外部経済と収穫逓増および競争均衡 の問題を,Youngはミクロ経済の問題でなくマクロ経済の問題として考え出したこ と,その考えの基礎はすでに
Knight
へのコメントの段階からあったこと,収穫逓増は 需要と関係して生まれること,生産量の増加に伴うプラントは前のものとは異なったも のであるというように構造変化を重視していたこと,などを指摘することができる。そ して,イギリスでのコスト論争の環境がYoung
の考え方をさらに発展させたものと思 われる。2 Young
の影響Romer
の引用でも述べられているように,Youngの考え方は,Nicholas Kaldor を除 けば,1980年代まで他の経済学者には大きな影響を与えてこなかった。一方Kaldor
は,Youngの考えを1966
年のCambridge
大学の教授就任講演でVerdoon
の法則として 示し,その後収穫逓増の分析の重要さを説いたがモデル化したものではなかっ9
た。
Young
の考え方が比較的に重視されなかった理由として,Buchanan and Yoonは次の4
つの要因を挙げてい10
る。先ず,Youngは
1929
年に逝去したがこの時期尚早の死のた めに議論の拡張ができなかったこと,次に,Youngは収穫逓増と競争均衡の関係を詳 しく述べなかったこと,第三に,Youngの考え方はYoung
の学生であったE. H. Cham-
berlin
による独占的競争モデルの中に間接的に現れたが,収穫逓増の含意を離れてブランドネームやトレードマーク競争の観察されるものに注意を逸らしたこと,第四に,不 況が誘発した
Keynes
派のマクロ経済学が多くの経済学者の心を捉えたこと,である。それでは,1980年代に入ってなぜこの収穫逓増と経済進歩の問題が新しく見直され だしたのだろうか。その背景を以下で見てみる。
3
新しい内生的成長理論の背景これには,新しいデータの蓄積と現実に対応しようとする経済学者の努力があった。
それまでは,主流派の新古典派経済成長理論は
11
Solow
等によって開発されたモデルが────────────
8 Blitch[1]p. 364.
9 Kaldorは,LSEでYoungの学生であった。なお,Youngの理論とVerdoonの法則の関係については拙
稿[6],[7]参照。なお,その後の研究成果のサーベイとしてはMcCombie[8]が詳しい。
10 Buchanan and Yoon[3]p. 44.
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40(256)
基礎となり,実証分析にも応用されてきた。そこでは,経済全体を集計した生産関数が 用いられ,その生産関数は,規模に対して収穫不変,各生産要素に対して収穫逓減,お よび完全競争市場が前提されて各生産要素はその限界生産物が支払われ,経済成長は技 術進歩によって起こるものとされている。そして,この技術進歩は外生的に与えられた ものとみなされている。ところが,この理論では現実のデータを説明できないという問 題が生じてきた。Romerはその要因を
2
つ挙げてい12
る。
その
1
つの要因は,収斂論 争(convergence controversy)で あ る。世 界 の 異 な っ た 国々の一人当たりの所得は経済成長とともに収斂するかどうかということである。もっ とも単純な新古典派成長論では,世界の国が技術進歩を共有できる,つまり技術進歩率 がどの国でも同じであるとすると,資本―労働比率の上昇とともに収穫逓減に導く。し たがって,比較的貧しい国は比較的豊かな国よりもより低い資本―労働比率をもつから 豊かな国より速く成長し,成長とともに資本―労働比率は上昇する。このようにして,長期を見れば世界の国々の一人当たり所得は同じ方向に収斂するはずである。ところ が,現実のデータはこれを支持していない。つまり,「平均してみれば,貧しい国々は 豊かな国々よりも速く成長はしていな
13
い。」このことから,「新古典派モデルの中心的な 二つの仮定:技術変化は外生的である,ある技術の機会は世界の全ての国で利用でき る,という仮定を取らな
14
い」ことにより内生的成長理論が発展してきた。特に労働に対 する産出量の弾力性の値が大きすぎることから,この値を減少させるような理論が発展 してきた。
もう一つの要因は,「1950年代,1960年代,1970年代を通して利用できる全ての成 長モデルを退けるに十分な証拠を持ったという観察か
15
ら」内生的成長理論が開発され た,というものである。
Romer
は,経済学者が長い間認めてきた成長についての基本的事実(basic facts)として次の
5
つを挙げてい16
る。
(1)市場経済には多くの企業がある。
(2)発見は多くの人が同時に利用できるという意味で他のインプットとは異なる。
つまり,通常の財は競合的だが,発見は情報のように競合的ではない。
(3)物理的な活動を繰り返すことは可能である。
これが意味していることは,通常の競合的な投入物に対し競争市場での集計され た生産関数は
1
次同次を示すということである。────────────
11 Solow[14],[15]. 12 Romer[12]. 13,14 Ibid., p. 4.
15 Ibid., p. 11.
16 Ibid., p. 12.
Allyn A. Youngと内生的経済成長理論(二村) (257)41
(4)技術進歩は人々がことをなすこと(things that people do)から起こる。発見は 個々には偶然でも,経済全体の発見の割合は(例えば市場のインセンティブによ り)人々がことをなすから決定される。
(5)多くの個人や企業はマーケットパワーをもち,発見に対して独占地代を得る。
新古典モデルは(1),(2),(3)をカバーしているが,(4)と(5)を先延ばしにして きたという。そして,Romerの
1990
年のモデルは,この5
つの事実を含んだものだと し,そのモデルは,Schumpeterがイノベーションの過程で動機付けの力として一時的 な独占力を強調したことから,Neo-Schumpeter派のモデルとよばれることがあるとい う。この理由から第蠶節の新しい内生的経済成長理論の典型として,Romerのこのモ デルを取り上げることにする。Ⅲ Young の内生的経済成長理論
Young
の世界を見るために,次の文章から出発しよ17
う。
「初期の印刷業者の継続者たちは,自分の専門化した会社を持っているような今 日の印刷業者というだけでなく,木材パルプ,各種の紙,インクとさまざまな材 料,活字合金や活字の生産者でもあり,イラストを作り出すことの技術的な面にも 関係した産業のグループでもあり,印刷やそれを補助するさまざまな産業に使用す るために特化された道具や機械の製造業者たちでもある。現在の印刷業に直接補助 的に関わる他の産業を数え上げ,さらに印刷業に供給している産業に供給しながら も,本や新聞を印刷すること以外の他の最終生産物を生産する準備段階に関係して いる産業にまで遡れば,このリストはさらに増える。この印刷業は例外的な例だと は思わないが,論文を記述経済学の入門書や製品調査のレポートの目録のようにし たくないので他の例は挙げない。とにかく,充分に明らかなことは,産業の分野の 大部分で特化された事業の入り組んだ結びつきが増えてきて,これが原料生産者と 最終生産物の消費者の間に入り込んできている,ということであ
18
る。」
この例からも分かるように,Youngの問題とした経済は「産業のオペレーションは 相互に関係した全体(an interrelated whole)としてみられ
19
る」経済である。
────────────
17 Youngの理論については,拙稿[6],[7]でも取り上げたが,ここでは内生的成長理論という観点か
ら再構成したものである。
18 Young[16]pp. 537−538.
19 Ibid., p. 539.
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42(258)
1 Marshall
の外部経済との関係Young
は,収穫逓増と競争均衡を両立させようとしたMarshall
の内部経済と外部経済の考え方に対して,そこに含意された「産業の進歩過程の性質をみるという見解は必 然的に部分的な見解であ
20
る」とする。企業は,その競争相手と同様に毎年毎年ある製品 を製造し,最終財に向かって製品を送り出すある段階にいる。個別企業の操業は生産増 加に対して前進的に適応するという意味で変化しているが,その範囲は制限される。企 業は外部経済を得ているが個別企業には分からないような新しい変化が起こっている。
つまり,「新製品が現れて,企業は新しい仕事を引き受け,新しい産業が存在するよう になる。この外部の分野の変化は量的であるばかりか質的でもあ
21
る。」のである。した がって,この節の冒頭に引用した例からも分かるように,個別企業の費用や価格に収穫 逓増を見ようとしても多くを得られない。このような理由から,Youngは
Marshall
の 方法を離れて,収穫逓増の問題をAdam Smith
の「定理」に求める。2 Adam Smith
の定理「分業は市場の広さに依存するという
Adam Smith
の有名な定22
理」に理論的な根拠を おくことになるが,Adam Smithと違うのは,Adam Smithが分業をピン工場の例で説明 したのに対して,引用した例からも明らかなように,経済全体の分業を問題にしている ということである。
ここでいう分業とは迂回生産方法の経済性を指す。この迂回生産方法を通じて収穫逓 増が実現されることになる。Youngは「収穫逓増の中で現れる経済性は,資本主義的 あるいは迂回生産方法の経済性である。この経済性は最も重要な現代的形態での分業の 経済性とほとんど同じであ
23
る。」とし,個別企業の大規模生産や大量生産や合理化など では捉えられないものであるとする。したがって,分業(迂回生産方法の経済性)は市 場の広さに依存する,ということになる。
つぎに,市場の広さの意味である。Youngは,市場を「購買力,つまり年間の財の 大きな産出量を吸収する能
24
力」とし,この購買力は生産能力に依存するから,「市場を 特定の産業の製品の販路としてではなく,したがってその特定の産業には(市場は)外 部的になるが,財一般の販路として考えるならば,市場の規模は生産量によって決定さ れ,定義され
25
る」という。これは,生産活動を集計した包括的な意味での市場の概念で ある。
市場を生産能力と考えれば,これは迂回生産の経済性によって規定され,迂回生産の
────────────
20,21 Ibid., p. 528.
22 Ibid., p. 529.
23 Ibid., p. 531.
24,25 Ibid., p. 533.
Allyn A. Youngと内生的経済成長理論(二村) (259)43
経済性は分業の経済性でもあるから,「市場のこのより広い視点から見れば,
Adam Smith
の見解は,分業は大部分が分業に依存しているという定理にな26
る。」
3
内生的成長理論Young
は,分業は分業に依存するということはトートロジー以上のものがあるという。つまり,「外部から来る新しいあるいは偶然的な要因ばかりでなく,財の生産方法 が変わらない特性を持っているような要素も連続的に変化している。生産組織の重要な 進歩は,それが狭義のあるいは技術的な意味での新しい『発明』と呼ばれるものに依存 しているか,科学の進歩の果実を産業に応用したものを含んでいるかどうかに関係な く,産業活動の条件を変えて産業構造のそのほかでの反応を引き起こし,これがさらに 不安定な効果をもたらす。このようにして,変化は進歩的になり,累積的な方法でそれ 自体を増大させ
27
る」という。さらにこの過程は,「人口が一定で,純粋科学や応用科学 に新しい発見がないときでも,拡張のプロセスは,需要が弾力的でなくなり収穫が逓増 しなくなるという制限を除けば,制限なく続
28
く」,つまり,「分業は市場の広さに依存し ているが,市場の広さはまた分業に依存している。この状況で経済進歩の可能性があ り,この進歩は,……新しい知識の結果として起こる進歩とは別のものであ
29
る」という ことになる。
これは,分業と関係して生み出された収穫逓増の帰結であり,Youngの内生的経済 成長理論といえるものである。
このとき,各企業はどのようになっているかは明らかでないが,「個別企業の産出量 は一般的に産業の総産出量の比較的小さい割合である。自分の操業規模をより迂回的に して経済性を確保しようとする程度は限られてい
30
る。」というとき,産業での企業数は 多数であるとみなしていたと考えてもよいだろう。さらに,「利益が全産業の産出量に 広が
31
る」ような迂回生産方法は可能であるという。そして,このような潜在的な経済性 は区別されて新しい産業を形成するというとき,公共財的なものを生み出す産業をも考 えていたと思われる。
Ⅳ 新しい内生的経済成長理論との比較
ここでは,Youngの内生的成長理論に対し,1980年代以降に発展してきた新しい内 生的成長理論にはどのような特徴があるのかをみてみる。そのために本稿では,内生的
────────────
26,27 Ibid., p. 533.
28 Ibid., p. 534.
29,30,31 Ibid., p. 539.
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44(260)
成長理論の代表的モデルである
1990
年のRomer
の理32
論を取り上げる。Romerの経済 は,Youngの「産業の分野の大部分で特化された事業の入り組んだ結びつきが増えて きて,これが原料生産者と最終生産物の消費者の間に入り込んできている」という世界 と類似している。
1 Romer
のモデルRomer
は経済を,最終財部門,中間財部門と研究部門の3
つの部門に分ける。生産要素としては,資本,労働,人的資本と技術水準の指標を挙げ,労働と人的資本は一定 であると仮定する。この前提の下で経済成長が起これば,Youngの人口が一定で科学 に新しい発見がなくとも,経済発展は起こりうるという考え方と類似することになる。
Romer
は,数式モデルの展開を容易にするためにいろいろな前提を置くが,それらは問題の本質から離れるものではない。
研究部門では,これまで蓄えられてきた知識のストック
A
があり,これは誰でも自 由に利用できる公共財である,つまりこの知識のストックは競合的でなく(nonrival)排除不可能(nonexcludable)である。この知識のストックと研究部門に投入される人的 資本
H
Aを用いて新しい知識が生み出される。これを新しいデザインとよぶ。j 番目の 研究者が新しいデザインを生み出す関係は,A は公共財なのでA
j=A からδ H
jA
の関 係にあると仮定する。ここでδ
は生産性のパラメータである。この新しいデザインは 競合的ではないがそれを生み出した者が所有権を持つという意味で排除可能である。し たがって,新しいデザインの研究者は所有権を持っているので,このデザインを市場で 売買できる。このデザインの購入者は中間財部門の企業である。しかし,この新しいデ ザインはストックA
にも付加されるので公共財となる性格を持っている。つまり,「こ のデザインの最初の生産的役割から生ずる便益は完全に排除可能であるが,次の生産的 役割からの便益は完全に排除不可能である。全体的な意味では,競合的でないデザイン の投入は,部分的には排除可能であるということを意味す33
る。」
中間財部門では,多数の企業が存在し最終財部門の企業に販売するための耐久生産財
x
i(i はi
番目の中間財を示す)を生産しているが,販売する代わりに賃貸料p
(i)で最 終財生産企業に賃貸すると仮定されている。この部門の企業i
は資本K
iと研究部門か ら購入したデザインで耐久生産財x
iを生産するが,資本と産出量の技術的関係はη
と 仮定されている。生産を始める前にデザインを購入しそれから生産を行なうので,デザ イン購入のために支払った費用は固定費用になる。このデザインについては他の企業は 所有できないという意味で,中間生産財の各企業は,その生産物の最終財生産企業への────────────
32 Romer[11].ここではRomer理論の構造を見ることが目的なので,数式の紹介は最小限にとどめる。
33 Ibid., p. 84−85.
Allyn A. Youngと内生的経済成長理論(二村) (261)45
販売において独占力をもっている,つまり,右下がりの需要曲線を持つことになる。こ の耐久生産財は新しいデザインを体化させて生産するので,その種類の可能性は無限に ある。どれを採用するかは企業が決めるが,1企業が一つのデザインを採用するとし て,採用するデザインの数が増えればこの部門は成長を生み出す。この部門の耐久生産 財の合計は
!
∞i=1
x
i で示され34
る。
最終財部門では多数の企業があり,中間財部門から購入した
x
に労働L
と最終財部 門に投入された人的資本H
y を組み合わせて最終財を生産している。競争市場なので最 終財生産の企業はプライステーカーであり,長期的には最適規模の最小費用で生産して いるから利潤はない。したがって,この市場を合計した生産関数は規模に対して収穫一 定を示している。コブ=ダグラス型の生産関数で示すと,最終財部門の集計した生産関 数は以下のようになる。Y
(Hy, L, x
)=HyαL ∫β 0∞x
(i)1−α−βdi
(1)
ここで,Y は最終生産物,Hyは最終財部門に投入された人的資本,α と
β
は技術 的に決まるパラメータである。この最終生産物Y
は,消費に使われる部分C
と消費に 使われないで中間財の生産のための資本として使われる部分に分かれる。つまり,資本K
! は次の関係にある。K
!(t)=Y(t)−C(t) (2)ここで,K=η
!
∞i=1
x
i=η!
Ai=1
x
iである。また,研究に従事している研究者が生み出した全ての新しいデザインを合計すれば
A=δ
!H
AA
(3)で示される。
最終財生産部門は,簡単化のためにプライステーカーの
1
企業で表せるとし,最終財 の販売価格を1
とすれば,利潤は,最終財に価格をかけた収入から中間財部門から購入 した(ここでは賃借した)さまざまのデザインが含まれた生産物に賃貸料をかけた費用 と労働と人的資本の費用(ここではL
とH
y を一定として固定費用と考えられている)を差し引いたものである。企業の利潤最大化行動から,次のような逆需要関数が導かれ
────────────
34 中間財部門の企業が研究部門を持っていると考えてもよい。Romer[11]p. 258.なお,以下の数式展開 では取り扱いを容易にするために連続で考えられている。(1)式参照。
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46(262)
る。
p
(i)=(1−α−β)H
yαL
βx
(i)−α−β (4)中間財部門の企業の利潤は,最終財部門に
x
財を賃貸した収入から利用した資本の 費用を引いたものであるから(ここでは,デザイン購入の費用はサンクコストになって いる),利子率をr
とすれば,π
=p(x)x−rη x
(5)となる。中間財部門の企業は最終財部門の企業の需要に独占力を持っているから,それ を考慮して利潤最大化の条件を求めれば,この企業の利潤は
π
=(α+β)px
になる。この企業が研究部門から新しいデザインを購入してそれを体化させた新しい投入物を作 るかどうかの条件は,デザインに対する初期投資の費用
P
Aと独占企業の純収入の現在 価値が等しいときに決まる。PAを一定とすればこの条件は以下のようになる。π
(t)=r(t)P
A (6)さらに,消費者の効用関数を
U
=∫
0∞┌ │ └ C
1−σ−11−σ
┐ │ ┘ e
−ρtdt
とし(ここで
ρ
は時間選好率,−σ は一定で消費に対する限界効用の弾力性),異 時点間の最適条件を求めれば,消費の増加率はC
!/C=(r−ρ)/σ で表される。ここで,中間耐久財はみな同じ水準で−
x
とすれば,資本の定義からK
=ηAx
− (7)となる。したがって,(1)式は次のように書き直される。
Y
(HY, L, x)
=(HYA
)(LAα )(Kβ )1−α−βη
α+β−1 (8)「均斉成長経路では,K の
A
に対する比率は一定であるは − 35ず」なので,(7)式から
x
────────────
35 Romer[11]p. 90.
Allyn A. Youngと内生的経済成長理論(二村) (263)47
も一定になる。また,K と
A
が蓄積されているから,最終財部門の人的資本と研究部 門の人的資本の生産性は同じ率で増加している。したがって,PAが一定ならばH
YとH
Aは一定のままである。(3)式から
A
はδ H
Aの率で成長しているのでK
の成長率も同 じである。HYとL
が一定なので,(8)式からY
の成長率も同じになる。A とK
とY
の成長率が同じならば,(2)式から消費の成長率も同じになる。したがって,均斉成長 経路上での成長率をg
とすれば,! ! ! !
g=C
/C=Y
/Y=K/K=A/A=δH
A (9)となる。
さらに,(5)式から得られた利潤に(4)式からの−
p
を代入したものを均衡条件であ る(6)式のπ
に代入してP
Aをもとめ,最終財部門の人的資本の賃金(限界生産物)と研究部門の人的資本の賃金(PA
δ A)が等しいという均衡条件から,P
Aを消去すれば つぎの式を得る。H
Y=Λr/δ
(10)こ こ で,Λ=α/(1−α−β)(α+β)を 示 す。(10)式 を
H
Y=H−HAを 考 慮 し て(9)式に代入すれば,
g=δ H
A=δH
−Λr
(11)あるいは,消費の増加率の条件を利用して,
g=
(δH
−Λρ)/(σΛ+1) (12)となる。
(11),(12)式から明らかなように,人的資本のストック
H
が成長率を決める。つ まり,人的資本の大きい国ほど成長率が高くなる。2 Young
の理論との比較経済成長に対して,
Young
はその大枠を定式化しないで言葉で説明した。一方,Romer
は,その大枠の中身について企業行動を導入し定式化して説明した。二人の経済に対す る問題意識は類似しているようにみえるが,その方法論は異なるように思える。以下,同志社商学 第57巻 第5号(2006年3月)
48(264)
類似点と相違点を比較してみる。
両者の類似点
まず,単に集計されたマクロ経済ではなく,最終生産物とそれを生み出す中間生産物 を考慮して経済を捉えているという視点が同じである。
次に,収穫逓増が経済成長を生み出すという考え方が同じである。
第
3
に,収穫逓増のプロセスを通して,新しい企業や産業が生まれるという点も類似 している。(Romerは産業について触れていないが,新しく生み出されたデザインを産 業分類にしたがって割り当てることができるだろう。)第
4
に,市場経済が経済成長を生み出していくという点も類似している。Romer は,デザインに対する所有権や独占利潤を認め,利潤を求めてデザインが生まれる点を モデル化している。Youngについては,Blitchは,「Schumpeterのように,Youngは多 くを経済変化における『企業家精神』に帰してい36
る」という。
第
5
に,製品の多様化を重視している点も類似している。Romerモデルではデザイ ン変化を通じて製品が多様化していく世界である。Youngも「消費者の市場に提供さ れた多様な財の増加によって示されるような生活用具の複雑さの増加が注目されるよう に,中間生産物の多様化の増加や,特別の製品や製品のグループを製造する産業の多様 化の増加がさらに進んでき37
た」と述べている。
第
6
に,人口が一定で,純粋科学や応用科学に新しい発見がないときでも,経済が成 長していることは同じである。Romerのモデルは労働力と人的資本が一定の世界であ り,Youngはこのような状態でも「生産を組織する新しい方法や,ことをなすという 知られた方法(known ways of doing things)を単に取り入れるような新しい『発明』が あ38
る」ことをあげているが,この「発明」が人的資本に関係しているとすれば
Romer
モデルでも成長が持続することになる。両者の相違点
まず,収穫逓増のあり方が違っている。Romerでは,研究部門が収穫逓増を示しそ れが新しいデザインを通して中間財部門に波及していくことにより成長が起こる。他方
Young
は,産業間の分業(これは迂回生産の経済性と同じ)が収穫逓増を引き起こしているものである。確かに新しいデザインの採用も分業を引き起こす要因の一つになる かもしれないが,Youngの場合は,需要と供給を通して産業間に波及していくことか
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36 Blitch[2]p. 173.
37 Young[16]p. 537.
38 Ibid., p. 534.脚注2.
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ら生じる分業である。
このことは,Adam Smithの定理として取り上げられた市場の広さの意味と関係す る。Romerのモデルでは,人的資本が新しいデザインを一定率で生み出しているが,
それが全て採用されるかどうかは分からない。市場が大きくなれば,新しいデザインが 採用されて新しい耐久生産財が生産されることになり,これがまた市場を拡大させる。
このようにして市場の広さと関係しているとみることができる。このように捉えると,
需要側重視の立場から新古典派成長論を批判する,例えば
Rima
のような主張「Young は,分業の対になるものとして拡大する市場の役割が必要であると強調した。……新し い成長論者が認めないように思えることは,Smithの分業に固有な費用節約を可能にす るのは総需要の力であるということだ。この見落としは驚くべきことである……産出量 の成長は増大した要素供給にだけ依存しているが,総需要へのフィードバックがな39
い」
は,必ずしも妥当しないだろう。問題は,Adam Smith の定理の解釈である。
Buchanan and Yoon
は,「分業あるいは労働の特化は市場の広さと関係しているというスミス派(Smithean)の命題は,一! 般
!
化
!
さ
!
れ
!
た
!
収
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穫
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逓
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増
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(generalized increasing re-
turns)の概念によって最もよく捉えることができる。それが意味することは,利用さ
れた特化の程度は経済の相互作用の全体の結びつきの大きさとともに増加し,それによ って投入に対する産出量の比率を増加させている,ということだけであ40
る。」という。
この見解に立てば,市場の規模が重視され,交換の連鎖や交換のネットワークを通じて 収穫逓増が生み出されることになる。Romerモデルでの市場の役割については前項の 類似点でも指摘したように,デザインの多様化は重視されたが,市場の交換がもつ連鎖 から生まれるこの一般化された収穫逓増という概念は無いように思われる。
次に,市場の役割についてである。Youngは市場の役割を重視する。18世紀の産業 革命も産業組織の変化と市場の拡大があったからこそ可能だった,という。「産業資本 主義」が起こって以来,商業は工業の代理人に過ぎないというとき,市場を見出すこと が現代産業の役割の一つであるとするならば,これは正しい,しかし販売されなければ ならないものは生産されたものだとすれば,これは間違っている,として需要の要因を 重視する。「市場の探索は……潜在的な生産物の販路を見出すことであ
41
る」として,潜 在的な市場や潜在的な需要の拡大を重視している。Sandlandsは「Youngの収穫逓増の 需要側の理論の核心は,成長が成長を生み出すことである。……Youngの内生的成長 は,成長自体が依存する成長の部分と関係し,存在している知識の十分な活用と採用を 許し鼓舞する方法と関係している。彼はこのことと現代の新古典派の中心となってきて
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39 Rima[9]pp. 181−182.
40 Buchanan and Yoon[3]p. 45.
41 Young[16]p. 537.
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いるもの,つまり……R&D チームによって生み出された新知識の発見に依存する成長 とを区別してい
42
る。」と指摘しているが,このように見てくると,内生的成長理論を均 斉成長経路で分析する意味が
Young
とRomer
では,まったく違ったものになってく る。最後に,他部門モデルへの発展の可能性について触れておく。Colacchioは
Young
の 論文の最後の「ノート」を分析し「Youngの分析の論理は,質的・量的な変換を受け 入れた,つまり構造変化を受け入れた他部門モデルに基づいてい43
る」という。これまで の内生的成長理論を取り入れて産業構造の変化をも組み込んだ他部門の成長理論の発展 が必要になってきていると思われる。
Ⅴ お わ り に
以上,Young(1928)と
Romer(1990)の内生的経済成長理論が生み出された背景と
その理論構造を中心に見てきた。Youngの背景には「費用論争」が,Romerの背景に は「収斂論争」があり,二人共そこから得た現実認識を理論化しようとしたものと思わ れる。二人共,市場の役割を理論の中で重視するという意味では
Adam Smith
に従うが,Young
は需要側を重視し,Romerは新古典派経済成長理論の枠組の中の分析なので供給側を重視することになり,この意味で,経済を見る視点が違うように思われる。
収穫逓増については,Youngは経済全体の中で市場が各部門に伝達する一般化され た収穫逓増を取扱うが,Romerの場合には技術変化に応じて生み出された新製品生産 と関係させた収穫逓増であるという違いがある。
この違いの中には,20世紀初頭は工業製品を中心にいろいろな製品が発明される大 きな技術変化がありより私的財中心の経済であったが,20世紀後半には情報技術の進 歩がありより公共財的性質の技術が重視されるようになったことにあると思われる。
本稿では,Youngと
Romer
のみに絞り,その後の内生的成長理論の発展については 見てこなかった。この二人の理論がその後どのような影響と発展をもたらしたかを整理 することと,最近の経済成長のデータを整理しながらより現実を説明する理論を構築す るという課題が残っている。特に,前節の最後でも述べたように,産業構造変化を説明 する内生的経済成長理論の展開が待たれる。────────────
42 Sandlands[13]p. 325.
43 Colacchio[5]p. 321. さらに「このような見解は,(1)均斉的な経済拡張を確保するために必要な異な
った生産部門の間の比例性を強調していること,(2)部門間に異なった成長率がある経済システムのダ イナミックを説明しようとする試み,を理解させてくれる。」(pp. 321−322)と指摘している。重要な 指摘だが,この点のモデル化は今後の課題である。
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