財務データによる日本の不良債権総額の推定
著者 中尾 武雄
雑誌名 經濟學論叢
巻 55
号 3
ページ 39‑61
発行年 2003‑12‑20
権利 同志社大学経済学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004642
【研究ノート】
財務データによる日本の不良債権総額の推定
中 尾 武 雄
1)1
は じ め に日本で不良債権企業が多く発生するのは,日本企業の利潤率に長期低落傾向 が存在するからであるという考え方に基づいて,不良債権総額を推定する2).具 体的には,過去10 年から25 年の各企業の財務データを用いて,長期的な趨勢 を推定し,10 年後に赤字となる企業を選定して,これら企業の負債総額を合計 するという方法をとる.また,いろいろな産業ごとの不良債権比率も推定する.
日本の金融機関がどれほどの不良債権を保有しているかは非常に重要である が,不良債権総額を推定するにはいろいろな問題がある.最も重要な問題は,
不良債権企業の具体的な選定である.元本を全額回収できないような貸付金が 不良債権の定義であるが,全額回収できるかどうかは未来の問題で,企業の財 務状態が将来どのようになるかに依存している.しかし,未来のことは誰にも 正確に知ることは不可能である.しかも,日本には会社企業(株式会社,有限会 社,合名・合資会社及び相互会社)が約160 万(総務省統計局統計センタ−のホームペ ージhttp://www.stat.go.jp/data/jigyou/sokuhou/09.htmより),法人事業所が約300 万,
個人事業所が約350 万ある(総務省統計局統計センター『日本統計年鑑』平成15 年
1)本稿の執筆に当たっては,平成14 年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大
学院重点特別経費(研究科分)の助成をうけた.
2)企業利潤率の長期低落傾向が不良債権の根元であるという考え方は,中尾(2003a)で主張され ている.この論文は,中尾(2003a)の考え方を,本格的に発展させたものである.
版第 5 - 7 表.ホームページはhttp://www.stat.go.jp/data/nenkan/zuhyou/y0507000.xls). これら約160 万の企業あるいは650 万の事業所のほとんどが資金を借り入れて いるであろうから,不良債権総額の推定には,厳密には,160 万の企業あるい は650 万の事業所すべての将来の財務状況を予測する必要がある.これは,勿 論,不可能である.その一番の理由は,財務データが入手可能ではないことで ある.現在の利用可能なデータ状況では,上場企業を対象に分析するしかない.
そこで,この論文では,原則として,上場企業を分析の対象とする.
次に問題となるのは,不良債権企業の選定方法である.不良債権企業とは,
将来倒産する企業とも言えるから,不良債権企業の選定は,倒産予測や倒産確 率の推定に基づかざるを得ない.倒産予測や倒産確率の推定に関しては様々な 考え方がある.しかし,日本の金融機関が全体として抱えている不良債権総額 を推定するためには,多数の企業(上場企業であれば,約2,000 社)が,近い将 来,例えば10 年後に倒産しているかどうか予測する必要がある.このような多 数の企業の将来を推定する実行可能な方法として,個々の企業の利潤率の趨勢 を推定するという方法が考えられる3).詳しい分析は本文で行うが,ある企業の 利潤率に長期的な趨勢が存在するなら,それが近い将来に必ず変化すると考え る積極的な理由はない.したがって,利潤率の趨勢で将来倒産すると思われる 企業を選定するのも1 つの合理的な方法と思われる.この方法で,不良債権企 業を選定できれば,日本の金融機関が抱えている不良債権総額の大きさを推測 することができると思われる.
次章では,利潤の趨勢を推定するモデルと分析対象企業と分析期間について 説明し,3 章では,個々の企業の趨勢の推定結果とそれから導出される不良債
3)倒産を予測する方法についての文献は非常に多い.例えば,財務データを用いて倒産確率を推定 している岩崎秀樹他(1998),ロジット・プロビット分析を使っている藤原裕之(2002),オプショ ン価格理論を使った預金保険料率の分析で倒産企業の特徴を分析している小田信之(1998),ニュ ーラルネットワークを応用している岡本大輔他(2000),比例ハザードモデルに基づく大上慎吾
(1998),財務データの様々な特徴を活用している大柳康司(1998)などがある.しかし,いずれ の方法も,1000 社から2000 社ものサンプルを分析するのに適していない.
権総額について分析する.4 章は,この研究のまとめとなる.
2
推定モデルとデータ2. 1 推定モデル
不良債権企業を選定するには,企業が近い将来に債務超過になるかどうかを 調べるのが最も直接的な方法であるが,そのためには,企業の今後数年から10 年以上の期間の利潤を予測する必要がある.例えば,企業の将来利潤を被説明 変数とする理論モデルを構築して財務データを用いて推定する方法が考えられ る.ある企業のt - 期後の利潤を,t - 1 期後及びt 期後のマクロ経済状況(経済 成長率,物価変化率,景気動向指数など)とその企業の売上高の変化率や単位費用 の変化率などの関数とするモデルを推定するわけである.この方法の問題は,
説明変数として財務データやマクロ経済データの未来の値を必要とすることで ある.例えば,今後10 年のマクロ経済データの値,あるいはその企業の財務デ ータの値を予想することは,その企業の将来利潤を予想することと同様に困難 である.
企業の再建計画のような経営方針や経営者の性格・哲学に基づいて,その企 業の将来を予測することも可能であるが,2,000 社もある上場企業すべてについ て行うのは困難であるし,客観的で明白な基準が存在しないため主観的で恣意 的になるのが避けられない.また,倒産した企業と倒産していない企業の財務 データの差から倒産企業独特の数値的特徴をピックアップして,その条件に近 い企業を不良債権企業として選定する方法もある.この方法は倒産寸前の企業 には有効と思われるが,例えば10 年後に倒産する企業を予測することは困難で ある.倒産10 年前の企業の財務データに共通の特徴があるとは考えにくいから である.
そこで,この論文では,企業の過去と現在の財務データの趨勢から将来利潤 を推定する方法を採用する.この仮説が正しいためには,
①企業の継続性がたたれるようなトップ人事がない,
②企業の短期的な趨勢を変えるような革新的な新製品がない,
③国の産業政策やマクロ経済政策で,根本的な方向転換がない,
という条件が必要である.これらの条件が満たされる場合には,個々の企業が 持っている長期的あるいは短期的な趨勢は将来的にも継続する可能性が高い.
その理由は,現実の企業というものは人間の集団によって構成されており,そ れらの人間の意識の在り方や行動パターンは簡単には変化しないことにある.
簡単に言えば,人間は同じ行動を繰り返す傾向があり,変化があるとしても,
通常の状況では,少しずつしか行われないからである.企業の利潤獲得力も,
結局は,その企業にどんな社員がいるかによって決まる.
以上の主張を,マーケットシェアの決定要因を例に説明する.ある企業のマ ーケットシェアは,その企業の営業担当者の数や広告支出額や研究開発支出額 の影響を受ける.企業の利潤とマーケットシェアに正の関係があり,マーケッ トシェアが営業担当者の数と正の関係があると仮定すれば,小規模企業も営業 担当者を増加すればマーケットシェアが増加し,利潤も増加することになる.
しかし,利潤を最大化するには,営業担当者の限界収入と限界費用が一致する ようにその人数を決定する必要があるから,マーケットシェアが小さいという ことは,(営業担当者の限界費用に差がないと仮定すれば)その企業の限界収入曲線 の位置が低いということを意味する.言い換えれば,企業の利潤が小さいのは,
営業担当者の限界価値生産性が低いためである.では,なぜ,その企業は営業 担当者の限界価値生産性が低いのか? 答えは,その企業の経営者を含む従業 員の能力が相対的に低かったことにある.あるいは,従業員の能力を十分に発 揮させることができなかった組織の在り方が原因とも言えるが,そんな組織の 在り方が変えられないのも,経営者を含む従業員の適応能力の不足が原因と言 える.どちらにせよ,企業の従業員の構成が大幅に変化しないかぎり,通常の 状況では,その企業の利潤獲得力が突然変化するとは考えにくい.したがって,
例えば,過去10 年間あるいは20 年間,利潤獲得力を徐々に失いつつある企業 が,突然,利潤獲得力を向上させるようになる可能性は低いと思われる.
過去の趨勢は未来も続くという主張が正しいためには,上記の①,②,③の 条件が必要である.例えば,危機に陥った日産が外国人の経営者を導入したケ ースは①の条件が満たされない.外国人は,過去のしがらみや日本社会の暗黙 の制約を無視できるが故に,過去の趨勢を変える可能性がある.②に該当する 典型的な例は,アサヒビールのスーパードライであろう.革新的なヒット商品 の登場も,企業の趨勢を根本的に変化させる可能性がある.国の政策が,企業 の利潤獲得力に大きい影響を与えた例としては,金融自由化がある.安定した 利潤を享受していた金融業界にも金融自由化で下降趨勢に陥った企業が現れて いると思われる.したがって,企業の過去の趨勢が将来も必ず続くとは言えな い.しかし,これらは例外的である.また,いろいろな分析期間を設定するこ とである程度避けることができる.例えば,金融自由化の影響を見るためには,
それが実施された1990 年代を分析期間に設定すれば良い.
以上のような理由から,この論文では,利潤率の長期的な趨勢を推定するモ デルを採用する.具体的には,以下のような推定式を用いる:
πt=α+βt (1)
ただし,πtはt 期の利潤率,αは初期時点の利潤率,βは利潤の1 期ごとの 変化分を示す.これは,単純な線形方程式であるが,これの代わりに,被説明 変数πの対数をとった関係も考えられる.この場合には,利潤率はマイナスに はならない.ところが,利潤率は当然マイナスになるし,この論文の目的は利 潤率がマイナスになって倒産する企業を選定することであるから,やはり,普 通の線形関係が良いと思われる.
推定方法は通常の最小自乗法を用いる.ただし,(1)式は,単純で説明変数 としては時間しかない.しかし,実際にはいろいろな変数が利潤率に影響を与 え得るので,重要な説明変数が欠如していることになる.その結果,残差項が 自己相関関係を持つ可能性が高い.そこで,ダービン・ワトソン値で自己相関 があるかどうかを調べて,10%水準で有意な場合には,最尤法で残差項の自己 相関係数を推定する.最尤法が収束しない場合には,Cochrane-Orcutt の手法を
用いる.
2. 2 分析対象企業と期間
既述のように日本には約160 万の企業がある.しかし,財務データ公表の義 務がある上場企業は 2,000 社程度しかない(2003 年2 月19日現在で第一部上場 1,501 社,第2 部上場企業586 社.東京証券取引所ホームページhttp://www.tse.or.jp/
listing/companies/index.htmlより).したがって,この論文では分析対象企業を上場
企業に限定せざるを得ない.ただし,実際にはデータは日経NEEDS の『財務デ ータファイル(CD-ROM)』から収集している.したがって,分析対象となった サンプル企業は,このNEEDS の『財務データファイル』に収録されている企業 となる.
分析対象を上場企業に限定することには大きい欠陥がある.1999 年で,『財 務データファイル』に収録されている企業は2,145 社である(ただし,この年内 に2 回決算を発表した10 企業は除いている).これらの企業について同ファイルか ら長期・短期借入金額を収集して合計すると約97 兆円となる.一方,NEEDS の『日経マクロ経済データ』の『金融経済統計月報』(日本銀行)より国内銀 行・業種別貸出残高の合計を収集すると,総額が約462 兆円で,大企業が約 104 兆円,中小企業が約315 兆円となっている.『金融経済統計月報』の定義 する大企業と上場企業が完全に一致するわけではないが,貸出残高と借入残高 を比較するとほぼ一致していると考えられる4).分析対象となる企業は,国内銀 行の全貸出残高の20%強でしかない.したがって,上場企業の分析から日本の 不良債権総額を推定するには,何らかの工夫が必要となる.
趨勢を推定する場合には,分析対象期間は重要である.分析対象期間が異な
4)『金融経済統計月報』の大企業の定義の1 つである資本金10 億以上について調べると,『財務デ ータファイル』の2,145 社のうちの1,912 社が条件を満たしている.ただし,大企業と中小企業の 詳しい定義はhttp://www.boj.or.jp/stat/exp/exyo.htm を参照(ただし,ホームページ・アドレスは変 更されるケースが多ので,該当頁がない場合には,日本銀行のホームページより『「預金者別預金,
貸出先別貸出金」の解説』という頁を検索する必要がある).
れば,推定される趨勢も異なるからである.そこで分析開始時期や分析対象期 間の長さによって趨勢に差があるかどうかを調べるために,1990 年から 1999 年の10 年,1986 年から1999 年の14 年,1982 年から1999 年の18 年,1975
年から1999 年の25 年の4 つのケースを分析する.これらは決算発表年である
が,ほとんどの企業が3 月決算であるため,実際の分析対象期間は,1 年ずれ ることになる.例えば,1990 年から1999 年の10 年は,実質的には1989 年度
から1998 年度をカバーしている5).
この『財務データファイル』で1999 年に収録されているのは2,155 社である が,分析対象期間中に上場したり,上場を廃止したりした企業については,す べてのデータが入手できないためサンプルから除く必要があるし,分析対象期 間中に決算発表月を変更している企業も決算データが異常になるためサンプル から排除した.その結果,10 年データでは 1,826 社,14 年データでは1,238 社,18 年データでは1,110 社,25 年データでは887 社となった.
被説明変数としては,営業利益を総資産で割った値,すなわち営業利益・資 本利潤率を用いる.企業の利益を示す変数として例えば,当期利益や経常利益 もあるが,当期利益は保有資産の価格低下のような外性的で一時的な変化の影 響を受けるし,経常利益も利子率変動のような外性的な要因の影響を受ける.
一方,営業利益は,企業が本業からどれほどの利益を得られるかを示すから,
企業の長期的な利益獲得力を反映すると期待される.
3
推 定 結 果3. 1 全体としての利潤率の趨勢6)
財務データを使った分析の前に,財務省の『法人企業統計』のデータで,日
5)会計制度変更のため,分析対象となる最新年が1999 年となっているが,これが分析結果に決定
的な影響を与えるとは考えられない.
6)マクロ経済データを使って,利潤率の長期的低下趨勢を時系列分析した論文に中尾(2003b)が ある.
本経済全体としての利潤率の趨勢を見る.『法人企業統計』では,金融・保険業 を除く資本金 1,000 万円以上の営利法人を対象に無作為抽出による標本調整を 行っているため,この論文で分析の対象となる上場企業よりは母集団のサンプ ル規模が大きい.例えば,2002 年第3 四半期の場合には約121 万社である(財 務省のホームページhttp://www.mof.go.jp/ssc/H14.10-12.pdf).このデータを使って,
いろいろな期間で(1)式を推定した結果が第 1 表 に示されている.ただし,
残差項に自己相関があることが確認されたため,最尤法で自己相関係数が推定 されている.
この推定結果から,日本産業には長期的な利潤率の低下傾向が存在するらし いことがわかるが,特に注目すべき点として以下の点がある:
①1999 年を最終年とする分析では,長期(1975 年からの25 年),中期(1982
年からの18 年),短期(1990 年からの10 年)共に,利潤率の長期低落傾向が
確認できる.ただし,2000 年を最終年とする短期分析では,時間の係数は マイナスであるが,15 %水準でしか統計的には有意でない.また,決定係
期 間 縦 軸 推定係数 自己相関
係 数 R2 DW−値
1975 - 1999
1986 - 1999
1990 - 1999
1991 - 2000
5.71
(11.71) 6.47
(11.93)
4.39
(9.35)
3.54
(10.66)
−0.11
(−3.47)
−0.18
(−3.75)
−0.19
(−2.69)
−0.07
(−1.46)
0.65
(3.92) 0.46
(2.28)
0.47
(1.41)
0.13
(0.28)
0.79
0.69
0.51
−0.02
1.58
1.46
1.38
1.45
*括弧内の数値は t - 値.また,推定係数とは(1)式の説明変数 t の係数推定値.
また,これらは以下の表でも同じである.
第 1 表 『法人企業統計』データによる趨勢推定
数も非常に低くなる7).
②決定係数の大きさは,分析期間を長くとるほど高くなる.したがって,分 析期間を長くとるほど,利潤率の低下傾向が明確になるといえる.
③1 年ごとの利潤率の下落率は,分析開始時期が早いほど小さくなる傾向が ある.したがって,利潤率の下落率はしだいに大きくなっているといえる.
3. 2 財務データによる利潤率趨勢の推定
前節の分析では,分析対象となったサンプル企業は年によって異なっている.
分析期間中に衰退産業の企業が抜け,新産業の企業が入るからである.ところ が,衰退産業の企業が抜けるのは分析期間の前半で,新産業の企業が入るのは 後半からである.また,衰退産業の企業の利潤率は低いであろうし,新産業の 企業の利潤率は高いであろう.したがって,分析期間を通してサンプル企業が 変化しない場合には,利潤率の下落率はもっと大きくなると思われる.不良債 権企業の予想には,明らかにこちらのほうが適切であるから,財務データを用 いて分析してみると,第 2 表のようになる.
7)短期分析で,最終年を1999 年とするか2000 年とするか,大きな差が出るのは,2000 年の利潤
率が高いためで,サンプル数が10 程度の場合には,起こりうることである.
期 間
サンプル数 縦 軸 推定係数 自己相関
係 数 R2 DW−値 1975 - 1999
18250 1982 - 1999
17332 1986 - 1999
19980 1990 - 1999
22125
7.01
(75.82)
7.06
(77.09) 5.92
(65.35)
5.61
(65.49)
−0.19
(−42.53)
−0.28
(−57.23)
−0.25
(−41.50)
−0.37
(−50.85)
0.72
(153.86)
0.76
(165.63) 0.75
(150.77)
0.75
(154.86)
0.55
0.61
0.60
0.59
1.98
1.94
1.92
1.93
− 第 2 表 財務データによる全体としての趨勢の推定
この推定結果は第1 表のものと異なる部分もあるが,長期(1975 年からの25 年),中期(1982 年からの18 年と1986 年からの14 年),短期(1990 年からの10 年)
共に,利潤率に低落傾向が存在することは明らかである.その他にも,以下の ような点が注目される:
①第1 表では,分析期間を長くとるほど,決定係数が高く,利潤率の低下傾 向が明確であったが,今回の分析ではそのような傾向は見られない.
②第1 表と同様に,利潤率の年下落率は,分析開始時期が早いほど小さくな る傾向があるが,下落率は第1 表よりも相当に大きい.これは,この節の 始めの部分で述べたように,『法人企業統計』データでは,衰退企業が分析 期間前半で抜け,新企業が後半入ることから,当然の結果であるが,それ にしても推定値の差が大きい.したがって,上場企業よりも小さい規模の 企業の利潤率の下落傾向は小さかった可能性もある.また,分析期間が長 期の場合には,分析期間の前半で参入してきた企業と後半に参入してきた 企業の利潤率を比較しても8),大きな差がなかったのかもしれない.
③初期利潤率は第1 表よりも大きい.これは,第1 表が上場していない比較 的規模の小さい企業を含むためと思われる.
これまでに行われた全体としての利潤率の趨勢の分析より,日本経済には利 潤率の長期的な低落傾向が存在することは明らかである.また,この利潤率の 長期的低落傾向こそが,日本に不良債権問題を引き起こしている最も重要な原 因と思われる.そこで以下では,個々の企業の利潤率の長期的傾向を推定する ことによって,日本の不良債権総額を推定する.
8)企業数は1996 年ごろまでは増加する傾向にあった.例えば,総務省統計局統計センタ−のホー
ムページhttp://www.stat.go.jp/data/jigyou/sokuhou/09.htm によれば,1981 年の企業数は約119 万で あるのに対して,1991 年には約156 万,1996 年には約167 万に増加している.したがって,年平
均約3 万の企業が増加していたことになる.ただし,2001 年には約162 万に減少している.
3. 3 利潤率の趨勢より見た不良債権企業
既に述べたように,1990 年から始まる10 年間分析では1,826 社,1986 年か ら始まる14 年間分析では 1,238 社,1982 年から始まる18 年間分析は1,110 社,1975 年から始まる25 年間分析では887 社を対象として,各社の利潤率の 趨勢を推定した.推定結果は膨大なものになるから,ここに表示することはで きない.そこで,第 3 表に推定結果をまとめてみた.この表では,以下のよう な点が注目される:
①趨勢の推定係数の平均値は,第2 表の値とほぼ等しくなった.したがって,
個々の企業で分析しても,利潤率の年下落率は,分析開始時期が最近にな るほど大きくなる傾向がある.
②長期,中期,短期のどの分析期間でも,趨勢の推定係数はマイナスが多く,
比率はどのケースでも80 %以上である.ただし,マイナスで,しかも統計
的に10 %水準で有意になるのは30 %程度であった.
次いで,これらの推定結果を用いて,2 つの仮説に基づいて,不良債権額に
分析期間 サンプル数 切片平均 推定係数 平均値 負比率 有意比率 R2平均値 不良企業比率 不良債権比率
1825 6.00
−0.36 0.81 0.58 0.39 0.52 0.62
1238 5.86
−0.25 0.81 0.54 0.43 0.50 0.66
1110 6.77
−0.25 0.86 0.58 0.48 0.55 0.78
885 6.70
−0.17 0.85 0.53 0.47 0.51 0.51
短期趨勢 中期趨勢 長期趨勢
10年 14年 18年 25年
第 3 表 趨勢の推定結果
関する予測を行った.1 番目の方法は,趨勢がマイナスで,しかも推定係数が 統計的に有意な企業は9),時間が経過すれば,結局は,債務超過に陥るという仮 説に基づいて,この条件の当てはまる企業を不良債権企業とみなした場合の,
不良債権企業のサンプルに占める比率(ここでは不良企業比率と呼ぶ)を計算し た.また,不良債権総額を推定するため,これら不良債権企業の借入金(短期 借入金と長期借入金の合計)の合計がサンプル企業全体としての借入金合計に占め る比率(ここでは不良債権比率と呼ぶ)も計算した.この方法の問題は,趨勢の推 定係数がマイナスで小さい値の場合でも不良債権企業と判定することになる点 である.利潤率が高い企業であれば,趨勢が小さい値でマイナスであっても,
長期的にプラスの利潤を確保することになるから,不良債権企業と判断するこ とには問題がある10).そこで,趨勢の推定係数の値の大きさも考慮した分析方
法を2 番目の方法として採用する.この方法では,短期分析,中期分析,長期
分析の3 つのケースで2010 年の利潤率を予測し,これらの値がマイナスになる
企業を不良債権企業とみなし,これに該当する企業に対して不良企業比率と不 良債権比率を計算した11).ただし,この方法の場合には,推定係数が統計的に 有意でないケースも含めている.それは以下の2 つの理由による:
(1)推定係数がマイナスの小さい値であるために有意になっていない場合に は,上記のシミュレーションによって,2010 年に利潤率がゼロ以下にな る可能性は低い.
(2)推定係数はマイナスの大きい値であるが,標準誤差も大きいため統計的 に有意でないケースは,利潤率が時間とともに大きく変動していることを 示すから,やはり不良債権企業に該当する可能性が高い.
不良債権企業の選択には企業の将来を予測する必要があり,そのためある程 度恣意的になるのは避けられない.例えば,2 番目の方法では,2010 年に利潤
9)時間の推定係数が統計的に10%水準で有意なケース.
10)次節で明らかにされるが,電気・ガス産業がこのケースになる.
11)不良債権企業の定義の問題については3. 5. 2 で説明している.
がマイナスになっている企業を不良債権企業としているが,この基準年度をも っと現在に近づければ,不良債権企業の数は減少するし,反対に,もっと先に 設定すれば増加する.したがって,これらの2 つの方法で行われる不良債権企 業の予測は,非常に信頼度が高いというわけではない.しかし,ある程度の目 安にはなると思われる.
これらの計算結果は,第3 表の下段と第 4 表に示されている.第3 表の趨 勢がマイナスで統計的に有意な企業の場合には,不良企業比率は,どの分析期
間でも50%程度であるが,不良債権比率は50%から80%程度までばらつきが
ある.一方,基準年を2010 年に設定して将来利潤をシミュレーションした第4 表の結果では,不良債権企業の比率は40%から60%程度となった.不良債権
比率も40%から60%程度である.したがって,現在の趨勢が続くかぎり,上
場企業の約40%から60%は不良債権企業となり,上場企業の総借入金の40%
以上が不良債権となる可能性があることが明らかになった.
以上の分析は上場企業の財務データを用いて行われたものである.したがっ て,これから日本全体としての不良債権総額を推定することは正確にはできな い.上場企業と非上場企業では,財務状況も異なる可能性があるからである.
例えば,利潤率と規模の間に負の関係があるかどうかを,以下のような式を使 って調べる:
πi=α+βLOG(Ki) (2)
ただし,Kは資産合計,下付のi は,i 企業であることを示す.1990 年から10 年の短期分析で使ったデータを用いて分析すると
趨勢分析期間 不良企業比率 不良債権比率
0.57 0.53
0.51 0.56
0.50 0.48
0.42 0.39
短期趨勢 中期趨勢 長期趨勢
10年 14年 18年 25年
第 4 表 不良債権企業比率と不良債権比率の予測値
πi=6.10−0.20LOG(Ki)
(26.00)(9.23)
となる.ただし,括弧内はt - 値である.これによれば,規模の推定係数はマイ ナスで有意となっている.したがって,上場企業については企業規模と利潤率 にはマイナスの関係が存在していると思われる.一方,短期分析で用いられた
上場企業1,825 社の平均利潤率(営業利潤/総資産)は3.95%であるのに対して,
金融・保険業を除く資本金1,000 万円以上の企業を対象とする『法人企業統計』
では3.86%となっている.中規模企業を含む後者のほうが利潤率は低く,この
場合には企業規模と利潤率の間にプラスの関係を示唆している.以上の分析よ り企業規模と利潤率の間には,単純で,明確で,著しい格差が存在するという わけではないらしいことが推測される.企業規模と利潤率趨勢の関係について も明確なことはわからないが,上場企業とは反対に,大部分の中小企業の利潤 率が趨勢的に上昇しているとも考えにくい.そこで,単純に,上場企業で得ら れた不良企業比率や不良債権比率が非上場企業でも妥当すると仮定して,日本 の不良債権総額を推計してみよう.日本銀行のホームページにある『日本銀行 関連指標及び主要金融経済指標』(http://www.boj.or.jp/siryo/sk/sk2.pdf)によれば,
2002 年末現在の国内銀行の貸出金総額は約432 兆円である.したがって,不良
債権比率を40%とすれば,国内銀行が抱える不良債権総額は約173 兆円とな る.
3. 4 産業別の不良債権企業比率
この節では,不良債権率を産業別で予測する.分析期間は,サンプル数の多
い1990 年から1999 年の短期期間とする.分析対象とする産業は,電力・ガ
ス,不動産,建設,金融,交通・サービス(鉄道・バス,陸運,海運,空運,倉 庫・運輸関連,通信,サービス業),小売業,製造,商社の8 産業である12).この
12)産業の定義や企業の所属産業ついては,NEEDS の産業分類に従っている.
推定結果は,第 5 表に示されている.
これらの表を見ると,電気・ガスの推定結果が,符号が負で統計的に有意な データによる推定と短期分析に基づくシミュレーションによる推定で大きく異 なっているが,その他の産業では問題はない.電気・ガスの場合には,ほとん どの企業で利潤率の低下傾向が確認できるが,その下落率が小さいため,10 年 程度の期間のシミュレーションでは,ほとんどの企業が不良債権企業とはなら ないという結果なのである.これは,符号が負で統計的に有意なデータによっ て推定不良債権企業を選択する方法の問題点が明確に出たケースである.すな わち,電気・ガス産業では,利潤率には下落傾向があるが,その下落率が0.26 と低く,また初期利潤率が6.7%と高いのである(全産業平均はそれぞれ0.36 と
6.0%).現在のペースが続いても25 年経過しないと利潤はゼロにならないし,
シミュレーションによる推定結果の値も非常に低くなっている.したがって,
電気・ガス産業のほとんどの企業は不良債権企業とするのは誤りであろう.
これに対して,不動産業と小売業では,どちらの分析でも,不良企業比率も 不良債権比率も高くなっている.特に不動産業では,企業の70%が不良債権企 業となり,しかも,大企業の比率が高いため,借入金のほとんどが不良債権と なるという予測になっている.
金融業の不良企業比率や不良債権比率の低さも注目に値する.ただし,この 分析では,収集可能なデータの限界のため金融機関のサンプル数は31 でしかな い13).しかも,銀行は全く含まれておらず,信販会社と消費者金融会社が中心 である.サンプルに偏りがあるとしても,やはり金融産業は相対的に安定して いると判断できる.金融機関は不良債権企業に融資しているため,金融機関の 破局もしばしば話題になるが,こと収益力に関しては相対的に優れているよう
13)全国銀行データ通信システム(国内の銀行間の振込等内国為替取引データ交換・資金決済を行う システム)には,銀行,信用金庫,信用組合,農業協同組合及び労働金庫等,すべての民間金融 機関が参加している.この数は平成11 年12 月末で2,521 となっている(全国銀行協会の2000 年 問題のニュースリリースのホームページhttp://www.zenginkyo.or.jp/news/11/news110615_1.htmlよ り).
サンプル数 切片平均 推定係数 平均値 負比率 有意比率
不良企業比率 不良債権比率
不良企業比率 不良債権比率
17 6.70
−0.26 0.94 0.82
0.82 0.98
0.24 0.01
34 7.33
−0.47 0.91 0.71
0.68 0.85
0.71 0.96
160 6.12
−0.36 0.88 0.68
0.64 0.80
0.59 0.76
30 2.00
0.02 0.43 0.53
0.17 0.17
0.33 0.35 符号が負で統計的に有意なデータによる推定
短期分析に基づくシミュレーションによる推定
電気ガス 不動産 建 設 金 融
サンプル数 切片平均 推定係数 平均値 負比率 有意比率
不良企業比率 不良債権比率
不良企業比率 不良債権比率
223 7.33
−0.38 0.81 0.60
0.55 0.73
0.49 0.44
113 6.97
−0.42 0.87 0.73
0.66 0.78
0.63 0.83
1062 5.88
−0.38 0.79 0.53
0.47 0.50
0.59 0.71
178 4.80
−0.26 0.84 0.63
0.56 0.68
0.54 0.61 符号が負で統計的に有意なデータによる推定
短期分析に基づくシミュレーションによる推定
交通サービス 小 売 製 造 商 社 第 5 表 趨勢の推定結果と不良債権比率の予測値:産業別
である14).
3. 5 幾つかの留意点
3. 5. 1 シミュレーションの安定性
シミュレーションがある程度正しい予測であるためには,シミュレーション の結果が安定的である必要がある.分析期間や予測年が異なれば,予測が全く 異なるようでは,シミュレーションに信頼性がない.これに関しては2 つの点 で恣意性が入る可能性がある.
まず,分析期間に問題がある.『法人企業統計』データによる趨勢推定では,
サンプル期間の最終年を1999 年にするか2000 年にするかで,相当な差が表れ た.そこで,分析期間を1999 年以外の年にすると結果が異なるかを見てみる.
例えば,長期分析の分析対象期間を1975 年から1995 年の21 年にして不良債 権比率を推定しなおしてみると,不良企業比率が0.42,不良債権比率が0.40 と なり,ほとんど変化は見られない.同様にして,中期分析として1986 年から
1997 年の12 年で推定すると不良企業比率が0.48,不良債権比率が0.53 とな
る.これも著しい差があるとは言えない.
シミュレーションで2010 年を予測する基準年にしている点にも恣意性があ る.ところが,基準年を2,3 年変更しても結果はそれほど大幅に変化しないこ とも確認できた.例えば,予測基準年を今年から5 年後の 2008 年にすると,
趨勢分析期間10 年で不良企業比率が0.54,不良債権比率が0.47,趨勢分析期
間25 年でそれぞれ0.38 と0.36 で,その差は最大でも0.06 程度である.したが
って,シミュレーションの結果は,分析期間や分析対象期間あるいはシミュレ
14)製造業の企業の営業利益に該当する銀行の利益は業務利益である.この業務純益の推移を見ると 1989 年から2001 年の間は(単位10 億円),3,224,2,762,3,483,4,342,4,109,4,231,6,212,
5,902,5,080,3,790,4,573,4,624,4,598と な っ て い る ( 日 本 銀 行 の ホ ー ム ペ ー ジ http://
www.boj.or.jp/down/siryo/dsiryo.htm#14 より).これらの数値からわかるように,資産価格の低下 による一時的な損失を別にすれば,日本の金融機関の利益は極めて高い水準で安定している.銀行 自身には高い収益力があるが,貸出先が利益があがらないために銀行の不良債権処理額がいつまで も高い水準にとどまっているというのが,銀行の現状である.
ーションの基準年に関して安定的と思われる.
3. 5. 2 不良債権企業の定義の問題
この論文では,趨勢としての利潤率がマイナスになった時点で,該当企業を 不良債権企業と定義している.しかし,企業の利潤がマイナスになったとして も,その時点では債務超過になるわけではないから,不良債権企業と決めつけ るのは問題があるという考え方もある.この考え方を取れば,企業が債務超過 になる時点を予測するのが最も望ましい.ところが,債務超過は必ずしも不良 債権企業を意味するわけではない.現在,債務超過で利潤もマイナスであって も,将来利潤が趨勢的に増加することが見込まれるなら,その企業は優良企業 である可能性もある.例えば,米国のアマゾンのような企業が債務超過で利潤 もマイナスでも,将来の利潤増加が予想されれば,誰も不良債権企業とは考え ない.反対に,債務超過でなくても,損失を出した企業が,将来的にも損失が 続きしかも損失が急速に増加してゆくと予想されれば,不良債権企業とみなす のが適当であると考えることもできる.損失を出していて,損失がどんどん拡 大している企業は,遠からず債務超過企業となると思われるからである.
この論文で採用された不良債権企業の定義のうち,第1 の方法は,利潤率の 長期的下落傾向が確実に存在するかどうかをチェックしている.この条件を満 たす企業は,不良債権企業の候補となる.第 2 の方法では,シミュレーション を行って,利潤率が趨勢的に下落し,かつ,2010 年に損失を出している企業を 不良債権企業とした.これは,債務超過でなくても,損失を出している企業で,
将来的にも損失が急速に拡大してゆくと予想される企業に該当するからである.
3. 5. 3 不良債権額の定義の問題
企業が損失を出し始め,将来,損失が拡大すると予想されても,直ちに債務 超過になるわけではないし,回収可能な資産がなくなるわけでもない.したが って,回収可能な資産が存在する時点で,将来が危ぶまれる企業から可能なか ぎり貸付金を回収すれば,貸付金の全額が不良債権化することを避けることが できる.したがって,この論文で予測されている不良債権の金額は多すぎると
言える.この主張は理論的には正しい.問題は,銀行に,どれほど実現できる 力があるかと,その結果どれほどの比率で不良債権を回収できるかである.
将来が危ぶまれる企業から貸付金を回収して倒産に追い込むような行動を,
日本の金融機関が日常茶飯事のように取るとは考えにくい.もし取ったとすれ ば,倒産や失業が増加して,政府などから批判される.例えば,2003 年2 月に は,みずほホールディングスが,中小企業向け融資を5 兆円以上減少させて,
業務改善命令を受けているし,UFJ ホールディングス,あさひ銀行,新生銀行 も過去に同様な業務改善命令を受けている(Yahoo の経済トピックス http://
headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030131-00000176-mai-bus_all).また,2002 年2 月にダ イエーが危機に陥ったときには,失業増加や不況の深刻化をおそれた政府が,
UFJ 銀行,三井住友銀行,富士銀行に対し計5,200 億円の金融支援を実施させ,
政府も産業活力再生特別措置法(産業再生法)をダイエーに適用して,救済を強 く 支 援 し た 例 も あ る( 日 本 経 済 新 聞 社 の NIKKEI NET の ホ ー ム ペ ー ジ http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt46/20020227DIII098727046001.html より).
いずれにせよ,この論文では,損失を出し,かつ将来的にも損失が急速に拡 大してゆくと予想される企業の借入金をすべて不良債権としている点で,不良 債権総額を過大に推定しているのは間違いない.この点を修正しない理由は,
不良債権企業の貸付金のどれだけの比率が回収可能かを推定するのが困難なた めである.回収率は,銀行が不良債権企業に対してどの時点で,どのような行 動を選択するかによって変わってくる.銀行の行動が迅速であればあるほど,
また,利潤最大化行動に近い行動であればあるほど,回収率は高くなる.しか し,これらはケースバイケースで異なるから,一般的に予測することはできな い.したがって,不良債権総額については最大限の値であることを強調してお きたい.
3. 5. 4 予測が誤る可能性について
この論文で予測される不良債権比率は非常に高い値になっているが,これが 誤った予測になる可能性がある.それには幾つかの理由が考えられる.まず,
分析期間の最後の年が1999 年である点が問題となる.第1 表の分析でも示し
たが1991 年から2000 年のマクロ経済的分析では,利潤率の低下傾向は明確に
は存在しない.したがって,利潤率の水準が低くなって日本経済の利潤率低下 趨勢が終わりつつあるのかもしれない.利潤率は限りなくゼロに接近するが,
ゼロを超えては低下しないというわけである.この主張には理論的な根拠はな いが,そうなるように希望したいものである.
ただし,個々の企業の利潤率については,趨勢に変化が起こる可能性はある.
例えば,日産のケースがその典型である.利潤がマイナスになって企業の存続 さえも危ぶまれるようになれば,外部あるいは外国の経営者が投入されて,過 去の趨勢を大転換させるようなことも可能になるからである.終身雇用を重視 していた松下電器がリストラを行ったケースにも15),同じようなことが言える.
リストラは,一時的な赤字は出るが,長期的にコストを引き下げてプラスの利 潤を一定の間,保証する方策である.しかし,リストラと同時に導入される経 営政策が,過去の趨勢を大転換させるような変化をもたらすかどうかは別の問 題である.例えば,松下電器は,リストラ後にV 字型回復を実現したが,ダイ エーは銀行の金融支援後も営業成績の改善にくるしんでいる(日経BP 社『日経 ビジネス』2003 年3 月3 日号,pp. 10-11).
予測が誤る可能性があるシナリオとして,日本政府が適切な経済・産業政策 をとって,平成の大不況から日本経済が脱出できる場合もある.日本経済が再 び目覚ましい経済成長の軌道に乗って,企業の利潤率も上昇趨勢に大転換する のである.このようなシナリオがすんなりと実現するとは思えないが,そうな るように希望したいものである.しかし,これまでの日本政府の経済政策の延 長上にある政策,例えば赤字国債発行による政府支出増や金融緩和あるいは小
15)朝日新聞のホームページの金融・経済の失業セクションの記事(URL はhttp://www.asahi.com/
business/situgyo/K2001102600124.html)によれば,松下電器産業は,希望退職を5,000 人募集し たが,締め切りまでに7,000 人近くになり,退職金上乗額が増加して,赤字は2,000 億円程度にな る見通しとなった.
泉政権で実施されている構造改革程度では,日本経済の趨勢が変化することは ない16).
4
結 語マルクス経済学には,利潤率の傾向的低下法則という考え方があるが,この 論文でも,日本で不良債権企業が多く発生するのは,日本企業の利潤率が傾向 的に低下しているためと考えている.少なくとも,過去30 年の日本経済では,
マルクスの主張は正しいというわけである.そこで,上場企業の財務データを 用いて利潤率の趨勢を推定し,この趨勢に基づいて,不良債権企業を予測する ことを試みた.不良債権企業を選択する方法として,趨勢がマイナスで,しか も推定係数が統計的に有意な企業とする方法と2010 年における各社の利潤率 がマイナスになると予想される企業を不良債権企業とする方法を用いた.その 結果,現在の趨勢が続くかぎり,上場企業の約40%から60%は不良債権企業 となり,上場企業の総借入金の約40%以上が不良債権となる可能性があること が明らかになった.非上場企業も上場企業と同じような状況にあり,かつ,不 良債権企業への貸付金がすべて回収できないと仮定すれば,日本の銀行が抱え る不良債権総額は170 兆円以上になるというのが結論である.このような結末 にならないように,国が適切な経済政策を実施して,日本経済が再び経済成長 の軌道に乗り,企業の利潤率が上昇趨勢に大転換することを期待したい.
16)日本経済が平成不況から脱出する方法については,高齢者資産の流動化などが中尾武雄他(2003)
で分析されている.
【参考文献】
岩崎秀樹・木島正明・小森林克也・鈴木英資,(1998)「財務データを用いた倒産確率の 推定」『南山経営研究』第13巻 第2号,pp. 159-167.
藤原裕之,(2002)「邦銀の倒産確率の推定とその有用性:ロジット・プロビット分析と オプション・アプローチによる推定」『リサーチ総研:金融・経済レポート』第6 巻,
pp. 1-24.
中尾武雄・清川義友・東 良彰,(2003)「日本経済社会の再生に向けて①:基本的な考 え方と幾つかの提案」『ワールドワイドビジネスレビュー』第4 巻 第3 号, pp. 14-65.
中尾武雄,(2003a)「日本経済社会の再生に向けて②:産業政策の変化と金融改革及び不 良債権について」『ワールドワイドビジネスレビュー』第4 巻 第3 号, pp. 66-89.
中尾武雄,(2003b)「利潤率のコインテグレーション分析:日本産業の1958 年から1999 年のケース」『経済学論叢』(同志社大学)第55 巻 第3 号, pp. 1 -17.
小田信之,(1998)「オプション価格理論に基づく適正預金保険料率の推定」『研究研究』
(日本銀行研究研究所)第17巻 第5号,pp. 127-165.
岡本大輔・古川靖洋・大柳康司,(2000)「ニューラルネットワークの経営学研究への適 用可能性(1)」『三田商学研究』第43巻 第1 号,pp. 13-44.
大上慎吾,(1998)「比例ハザードモデルを使った倒産確率推定の問題について」『一橋論 叢』第120巻 第5号,pp. 701-710.
大柳康司,(1998)「倒産診断モデルに関する一試案」『三田商学研究』第41巻 第3号,
pp. 161-185.
The Doshisha University Economic Review Vo.55 No.3
AbstractTakeo NAKAO, The Estimation of the Total Amount of Bad Loans in Japan The purpose of this paper is to estimate the total amount of bad loans in Japan. We predicted the profit stream of all the individual firms listed on one of the stock exchanges in Japan by estimating the model in which the firm s profit is the function of time. Then, we selected the firms whose profit becomes negative after 2010. By considering the loans of those firms as bad loans, we calculated the total amount of bad loans in Japan. Our estimates showed that more than 40% of the total loans could become bad loans.