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雑誌名 教育科学セミナリー

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[文献紹介] 小川正著『教育的真実の探究1「教育 の論理」の構築 : 「教育の再生」ヘの試み』

著者 鈴木 祥蔵

雑誌名 教育科学セミナリー

巻 19

ページ 55‑55

発行年 1987‑12‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00019508

(2)

小 川 正 著

『教育的真実の探究

1

「教育の論理」の構築

「教育の再生」への試みー』

著書の小川正教授は、関西大学の文学部のわ が教育学科のスタッフである。小川さんはすで に『学習過程の構造』、『授業創造の理論』並び に『自己教育の構築』などの労作を世に問うて いる。表記の今回の『教育的真実の探究1』は引 き続く四部作の第一号であって、著者の大きな 構想のはしがき、序論ともいうべきものである が、今日のわが国(いや世界中のくにぐに)の 教育荒廃の真の原因は何であるかを見つめ、「教 育再生への試み」として自己の見解を明かにし

ようとしたものである。・

学生の頃から師事してきた上田薫、重松鷹泰 の両先生の学問を受けつぎながら、それを乗り 越えるための格闘の跡が生々しくまとめられた 力作である。

第一に、著書は「生」における「知」の位置 を問題として西欧の近代認識論が基盤とした異 同。矛盾・因果といった関係把握にとどまるこ となく、「人間中心の思想」の超克の問題、「共 同存在性」の問題、「絶対者の位置」の問題を明

らかにしなければならないと主張する。

マルクス、フッサール、西田幾太郎、三木清、

ロレンス、フロイト、ュングなどの思想にふれ ながら、次第に西田哲学に近づき、鈴木享の「存 在者逆接空」を媒介にして親鷲の「自然法爾」に 至りつくことが必要なのではないかと提案して いる。

第二に、著者は、「教育学では知(識)の問題

(大阪書籍、 19874月刊、自費出版)

をどのように問うているのかを問題にする。

そこでは戦後に登場した五つの知(識)論の 分析と考察をなし、問題解決知、生活綴方の感 性的認識から理性的認識への主張、国民教育論 者の知、課題解決(発見)学習論者の知、高度 情報化社会への適応をめざす新能力主義者の知 という五つの立場を検討し批判して著者は「教 育学における新しい知の創出をめざさねばなら ない」としている。

それには1.知識と生の「一体化」の問題、 2. 価値の多元化の問題、 3.「超越」の問題、 4.共生 の問題の重要な課題を整理することによって可 能になるのではないかと主張している。

著者は、「存在の自覚」の哲学の立場を志向し ながら、現場の授業実践を通して、自らの授業 論を構築してゆくことを主題として、その前提 となる「存在の自覚」の在り様を展開したのが この著書だということができる。

この著書を一読して、著者の悩み、苦しみ、も がき、葛藤は私にはよくわかるのであるが、西 欧の合理主義を超える方向に「非合理主義」を 対置して、内へ内へともぐり込んで、それが神 秘主義へと向かうことで教育の再生は果せるの であろうか。実践となるときには、実は「住相 回向」と「還相回向」の問題、「無礫の一道」、の 問題、そしてさらに「地獄は一定」の問題が問 題にされざるを得ないのではないだろうか。

(鈴木祥蔵)

‑55‑

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