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覚一本『平家物語』における文覚像 : その呼称か ら

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覚一本『平家物語』における文覚像 : その呼称か

著者 城阪 早紀

雑誌名 同志社国文学

号 79

ページ 14‑26

発行年 2013‑12‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013963

(2)

覚 一 本 ﹃ 平 家 物 語

﹄ に お け る 文 覚 像

そ ︱

の 呼 称 か ら ︱

城 阪 早 紀

はじ めに 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おい て文 覚が 登場 する 箇所 は︑ 巻第 五﹁ 文 覚荒 行﹂

﹁勧 進帳

﹂﹁ 文覚 被流

﹂﹁ 福原 院宣

﹂巻 第十 二﹁ 紺掻 沙汰

﹁六 代﹂

﹁泊 瀬六 代﹂

﹁六 代被 斬﹂ であ る①

︒ 物語 全体 から する と︑ その 説話 の分 量は 決し て多 くは ない

︒し か し︑ 文覚 は︑

﹃平 家物 語﹄ にお いて 重要 な人 物と 考え るべ きで ある

︒ 何故 なら ば︑ 巻第 五で 文覚 が後 白河 法皇 から 院宣 を受 け取 った こと をき っか けに 頼朝 の挙 兵を 描き

︑巻 第十 二で は︑ 頼朝 から 得た 信頼 を武 器に 斬首 直前 の六 代を 請い 受け ると いう よう に︑ 物語 の転 換点 で登 場し てい るか らで ある

︒こ れら 文覚 が登 場す る説 話群 は︑ 傍系 説話 では なく

︑﹃ 平家 物語

﹄の 構想 に関 わる 重要 な位 置を 占め る説 話と いえ るの では なか ろう か︒

この こと につ いて は︑ 既に いく つか の研 究成 果が ある

︒例 えば

︑ 山田 昭全 氏は

︑﹃ 平家 物語

﹄の 構想 と文 覚の 関連 につ いて 述べ てお られ②

︑五 味文 彦氏 も︑ 文覚 の存 在に よっ て﹁ 平氏 と源 氏と 朝家

﹂が

﹁有 機的

﹂に 結び つい てい ると 指摘 され てい る③

︒こ れら の指 摘は 重 要で はあ るが

︑そ の論 証は 十分 とは 言え ず︑ 本文 に即 した 調査 が必 要だ と私 は考 える

︒ また

︑延 慶本 にお いて

︑生 形貴 重氏 は文 覚が

﹁頼 朝に 挙兵 を教 唆 する とき

﹂に 語る 言葉 が物 語の 構想 に関 わっ てい ると 指摘 され てお り④

︑さ らに 中村 理絵 氏は

﹁京 から 鎌倉 へ首 を持 ち帰 る文 覚が 発し た 言葉

﹂が

﹁義 経と の骨 肉の 争い

﹂を 予言 する もの であ り︑ 物語 の構 想に 関わ ると 指摘 され てい る⑤

︒こ れら は延 慶本 では 文覚 の言 葉が 物 語の 構想 に関 わる とい う指 摘で ある

︒一 方の 語り 本系 諸本 の完 成形 とも いえ る覚 一本 では

︑文 覚の 何が 物語 の構 造に 関わ るの か︑ 検討

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一四

(3)

する 必要 があ るだ ろう

︒ さて

︑文 覚の 登場 する 説話 を追 って いく と︑ ある 違和 感を 覚え る︒ それ は︑ 巻第 五で は﹁ 文覚

﹂と 呼ば れる 文覚 が︑ 六代 救済 に関 わる とき

﹁聖

﹂と 呼ば れる とい う呼 称の 変化 であ る︒ これ に言 及し てい るの は岩 瀬博 氏の みで ある が︑ 呼称 や敬 語の

﹁待 遇表 現﹂ の違 いを 指摘 する のに とど まり⑥

︑踏 み込 んだ 考察 は行 って おら れな い︒ では

︑ど うし てこ のよ うな 呼称 の変 化が みら れる のだ ろう か︒ 一 人の 人物 であ りな がら

︑異 なる 呼称 で語 られ る文 覚は

︑一 貫性 がな いの だろ うか

︒そ して

︑覚 一本 の作 者は

︵あ るい は編 者は

︶文 覚を どの よう に描 こう とし たの だろ うか

︒こ れら の問 いに 答え るた めに

︑ 延慶 本⑦

の用 例と 比較 しつ つ文 覚の 呼称 の用 例を 具体 的に 検証 する こ とを 通し て︑ 客観 性の ある 論証 を行 って いき たい

︒ 一︑

﹃平 家物 語﹄ にお ける 呼称 研究 覚一 本及 び他 の諸 本に おい ても 文覚 呼称 の研 究は 今ま でさ れて い ない

︒﹃ 平家 物語

﹄の 人物 の呼 称研 究は

︑延 慶本 を対 象と した 早川 厚一 氏の 論考⑧

と武 久堅 氏の 二つ の論 考⑨

のみ であ る︒ 私は

︑﹃ 平家 物語

﹄の 人物 の呼 称を 論ず る上 で呼 称の 一貫 性と ば らつ きを どの よう にと らえ るか が︑ 重要 な点 にな ると 考え る︒ よっ て︑ この 点に 着目 して 先行 研究 を確 認し てい く︒

早川 氏は 延慶 本巻 十二 末

﹁丗 九 右大 将頼 朝果 報目 出事

﹂に おけ る頼 朝の 称賛 的な 見方 が部 分的 なも のか 全体 にわ たっ て見 られ る特 徴で ある かを 明ら かに する ため

︑呼 称の 用例 を検 討さ れた

︒ その 方法 は︑ およ そ七 十通 りの 呼称 のう ち使 用の 多い 八種 の呼 称 につ いて

︑長 門本 と比 較す ると いう もの であ る︒ 検討 にあ たっ て

﹁会 話文 にお いて は編 者よ りも 話し 手の 立場 が出 てし まう

﹂と して

︑ 地の 文を 重視 して おら れる

︒地 の文 の﹁ 呼称 一つ 一つ に︑ 頼朝 に対 する

﹃延 慶本

﹄の 編者 の見 方を 知る こと がで き﹂ ると する 早川 氏の 立場 は︑ 呼称 を考 える 上で 尊重 すべ きも ので ある

︒ 早川 氏は

︑﹁ 頼朝 の官 位の 昇進 に従 って

﹂呼 称が 変化 する こと

︑ それ らの

﹁呼 称で 語ら れる 頼朝 譚は

︑色 々な とこ ろで

︑そ の不 整合 面を 露呈 する

﹂こ とを 明ら かに され た︒ そし て︑

﹁頼 朝へ の賞 賛的 な姿 勢を

︑必 ずし も﹃ 延慶 本﹄ 本来 のも の﹂ とは 考え ず︑

﹁徐 々に 構想 され てき たも ので あっ て︑ その 間に 幾多 の段 階が あっ た﹂ とし

﹁頼 朝の 様々 な呼 称を 地の 文に 持っ た幾 つか の話 が書 き込 まれ てい たり

︑増 補さ れた りし た︒ その 結果

︑﹃ 延慶 本﹄ は非 常に 多面 的に 頼朝 像を 描く こと に成 功し てい る﹂

︒し かし

︑﹁ 一方 では

︑そ の不 整 合な 面を 露呈 する こと にも なっ た﹂ と述 べて おら れる

︒ では

︑﹃ 平家 物語

﹄の 構想 にも 深く 関わ って いる 文覚 は︑ どの よ うに 描か れて いる ので あろ うか

︒呼 称の 違い が︑ 人物 の﹁ 不整 合 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一五

(4)

面﹂ を示 すと いう 早川 氏の 結論 に収 まり きる ので あろ うか

︒ また

︑武 久氏 も延 慶本

﹃平 家物 語﹄ の高 倉宮 と宗 盛の 呼称 を検 討 され た︒

﹁﹃ 高倉 宮物 語﹄ の構 造﹂ にお いて

﹁﹃ 高倉 宮物 語﹄ に焦 点 を絞 って

︑延 慶本 本文 を中 心に 平家 物語 巻四 の遡 態を 究明 し︑

﹃高 倉宮 物語

﹄に 一貫 する 登場 人物 の人 物配 置を 解明 し︑ 遡態 の構 造把 握の のち に︑ それ らの 成長 過程 にお いて 次第 に増 補さ れた 高倉 宮批 判の 説話 と︑ 頼政 説話 に視 界を 拡大 して 考察

﹂さ れた

︒ 呼称 とい う観 点に 着目 した とき

︑重 要な 点は 以下 の二 点だ ろう

︒ 一点 目は

︑高 倉宮 の呼 称が 延慶 本の みな らず 語り 本系 諸本 にお いて も﹁ 高倉 宮﹂

﹁宮

﹂で 一貫 され てい るこ とか ら︑

﹁す べて の平 家物 語 が治 承四 年五 月の 動乱 を﹂

﹁﹃ 宮﹄ の物 語と して その 統一 的イ メー ジ を定 着せ しめ てい るこ とを 確認

﹂さ れた 点で ある

︒二 点目 は︑

﹁物 語が 現在 進行 形の 場面 から 一歩 はず れて

︑︿ 独立 的伝 承や 説話 物語

﹀ を編 み込 んだ り︑

︿作 者が 新規 にま とめ 上げ た著 述部

﹀や

︿評 言﹀ に移 行す ると き呼 称に 変化 のあ らわ れる こと

﹂を 明ら かに し︑

﹁事 件の 経過 を現 在進 行形 で伝 える 宮の 動静 を追 う物 語﹂ と︑

﹁そ こに 付加 され た宮 にま つわ る独 立的 伝承 や著 述部 や評 言﹂ によ って

﹃高 倉宮 の物 語﹄ が構 成さ れて いる こと を明 らか にさ れた 点で ある

︒ また

︑武 久氏 は﹁

﹃大 臣殿 物語

﹄の 主人 公︱ 宗盛 伝承 の様 式と 平 家物 語の 構想

﹂の 中で

︑宗 盛の 呼称 につ いて も︑

﹁一 門都 落物 語﹂

にお いて

﹁大 臣殿

﹂の 呼称 で語 り通 され るこ とか ら︑

﹁ほ ぼ一 貫す る視 座の 想定 が可 能﹂ であ り︑

﹁大 きな 振り 幅の ない 統一 性の ある 宗盛 像﹂ を結 ぶこ とが 出来 ると され た︒ さら に︑

﹁源 三位 入道 謀叛 之由 来事

﹂で は︑

﹁宗 盛﹂ と呼 び捨 てら れる こと

︑平 曲で は﹁ 宗盛 卿﹂ と敬 称扱 いに され てい るこ とか ら︑

﹁延 慶本 の呼 び捨 て﹂ から

﹁叙 述の 座を 一貫 して 伊豆 守と 呼び 続け た仲 綱に 引き つけ る﹂ こと が可 能で ある とさ れた

︒そ して

﹁宗 盛を 嘲弄 する 二つ の伝 奇譚 が敗 者源 三位 頼政 一統 の周 辺か ら発 生し

︑成 長を 遂げ て︑ その 一つ はや がて 頼朝 挙兵 譚に 不可 欠の 挙兵 由来 譚と なっ て定 着﹂ した と述 べて おら れる

︒ 官位 の昇 進に 従っ て呼 称が 変化 する とい う点 につ いて は︑ 早川 氏 と武 久氏 とも に認 めて おら れる が︑ 文覚 には その よう な傾 向は 認め られ ない

︒よ って

︑文 覚の 呼称 を検 討す るに は個 別の 分析 が必 要で あろ う︒ 続く 本論 では

︑そ の文 覚に 対す る﹁ 平家

﹂作 者の 見方 を知 るこ との でき る覚 一本

﹃平 家物 語﹄ の﹁ 地の 文﹂ にお いて

︑ど のよ うに 文覚 が呼 ばれ てい るの か確 認す る︒ その 上で

︑呼 称と 人物 像の 関係 と物 語の 統一 性に つい て考 察を 加え てい きた い︒ 二︑ 人物 の呼 称に つい ての 定義 論証 の前 に︑ 呼称 の定 義に つい て考 えね ばな らな い︒ ここ での 呼

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一六

(5)

称と は﹁ 物語 中で 文覚 とい う一 人物 を指 示し てい る名 詞﹂ を全 て取 り上 げる こと とす る︒ ただ し︑ 他の 人物 の呼 称の 一部 や場 所を 示す 語の 一部 と判 断し た用 例は 除い た︒ これ らの 呼称 を︑

﹁地 の文

﹂﹁ 会話 文﹂

﹁文 書﹂ に分 けた

︒﹁ 会話 文﹂ の呼 称は

﹁他 称﹂ と﹁ 自称

﹂に 分け られ る︒ 例え ば﹁ 他称

﹂に は︑

此 法師

︑奇 怪な り﹂ とて

︑や がて 獄定 せら れけ り︒

(

巻 第五

﹁文 覚被 流﹂ 三八 六頁

)

があ る︒ 文覚 が礼 儀も わき まえ ず院 の御 所へ 勧進 帳を 持っ て押 しか けた 時の

︑後 白河 法皇 の言 葉で ある

︒こ こで の文 覚は

︑後 白河 法皇 に﹁ 此法 師﹂ と呼 ばれ てい る︒ 早川 氏が 注目 され てい るよ うに

﹁他 称﹂ から は︑ 文覚 と文 覚を 呼ぶ 人物 との 身分 差や 立場 の差 を認 める こと がで きそ うで ある

︒﹁ 他称

﹂は 心内 語も 含め

︑覚 一本 に一 七例

︑延 慶本 に二 三例 確認 でき た︒

﹁自 称﹂ には

︑次 のよ うな 例が ある

﹁ ︒ いか にこ れほ どの 大願 おこ いた る聖 が乗 ッた る舟 をば

︑あ や また うど はす るぞ

︒た だい ま天 の責 かう むら んず る竜 神ど もか な﹂ とぞ 申し ける

︵巻 第五

﹁文 覚被 流﹂ 三八 八頁

)

文覚 が伊 豆に 流さ れる 途中 に嵐 に遭 遇し た場 面で

︑竜 神に この よう に語 りか けて いる

︒こ こで は自 らを

﹁こ れほ どの 大願 をお こい たる

聖﹂ と仰 々し く称 して いる

︒﹁ 自称

﹂か らは

︑そ の場 その 場に おけ る文 覚の 自己 認識 が窺 える とい える だろ う︒ この よう な﹁ 自称

﹂は 覚一 本に 一六 例︑ 延慶 本に 三二 例確 認で きた

︒ま た︑

﹁文 書﹂ の呼 称と は︑ 勧進 帳や 院宣 の中 にみ られ る呼 称の こと であ る︒ この よう な﹁ 文書

﹂中 の呼 称は 覚一 本に は五 例︑ 延慶 本に 七例 確認 でき た︒ 本稿 では

︑﹁ 会話 文﹂ 中や

﹁文 書﹂ 中の 用例 を除 いた もの を﹁ 地 の文

﹂の 呼称 とし て定 義し

︑考 察対 象と する

︒こ れを 便宜 的に

﹁一 義的 呼称

﹂と

﹁二 義的 呼称

﹂に 分け た︒

﹁一 義的 呼称

﹂を 具体 的に 挙げ ると

︑ 文覚 声を いか らか して

︑﹁ さて

︑明 王は いづ くに まし ます ぞ﹂

︵巻 第五

﹁文 覚荒 行﹂ 三七 九頁

)

聖六 波羅 にゆ きむ かッ て︑ 事の 子細 を問 ひ給 ふ︒

︵巻 第十 二﹁ 六代

﹂四 六八 頁

)

のよ うな もの であ る︒ 用例 に一 重棒 線﹁

﹂を 付す こと で示 す︒ 一方 の﹁ 二義 的呼 称﹂ とは

︑ 文覚 は天 性不 敵第 一の あら ひじ りな り︒

(

巻 第五

﹁勧 進帳

﹂三 八一 頁

)

文学 ハ昔 ヨリ サル イカ メシ キ者 ニテ

︑身 ノホ ドア ラハ シタ リシ 者 ゾカ シ︒

︵第 二末

﹁文 学伊 豆国 ヘ被 配流 事﹂ 四八 二頁

)

の二 重傍 線部

﹂で 示し た呼 称で

︑﹁ 天性 不敵 第一 の﹂ とか 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一七

(6)

﹁身 ノホ ドア ラハ シタ リシ

﹂と いう 語が 付随 して いる

︒こ れら は︑

﹁あ らひ じり

﹂や

﹁者

﹂と いっ た文 覚を 指示 して いる 名詞 が︑ 人物 の特 徴を より 鮮明 に描 くた めの 修飾 語を 伴っ てい る比 喩的 な呼 称と 考え る︒ その ため に﹁ 一義 的呼 称﹂ とは 区別 して 扱う

︒た だし

︑修 飾語 を伴 って いて も︑ 人物 名や 地名 の場 合は

﹁一 義的 呼称

﹂の 用例 とし て扱 うこ とと した

︒こ れを 表に まと め︑ 資料 とし て末 尾に 付し た︒

三︑ 覚一 本の 呼称 用例 の検 討 覚一 本の 文覚 呼称 は全 九二 例あ る︒ その うち

︑﹁ 地の 文﹂ の呼 称 は五 五例 であ る︒ 一義 的呼 称は 五二 例あ り︑

﹁文 覚﹂

﹁聖

﹂﹁ 高雄 の 文覚 上人

﹂﹁ 高雄 の聖

﹂﹁ 文覚 房﹂

﹁渡 辺の 遠藤 左近 将監 茂遠 が子

﹁遠 藤武 者盛 遠﹂ の七 通り の呼 称が みら れた

︒二 義的 呼称 は﹁ やい ばの 験者

﹂﹁ 天性 不敵 第一 のあ らひ じり

﹂﹁ もと より おそ ろし き聖

﹂ の三 例で あっ た︒ 覚一 本の 呼称 を章 段ご とに 追っ てい くと

︑次 のよ うな こと が認 めら れる

︒ 一義 的呼 称に つい て

① 巻第 五の 冒頭 と巻 第十 二の 冒頭 どち らも

﹁高 雄の 文覚 上人

﹂ とい う呼 称を 用い てい る︒

② 大枠 とし て︑ 巻第 五で は﹁ 文覚

﹂と 呼ば れ︑ 巻第 十二 では

﹁聖

﹂と 呼ば れる

︒し かし

︑巻 第十 二の 最後 の隠 岐国 に流 罪に なる 場面 では

︑再 び呼 称が

﹁文 覚﹂ に戻 る︒

③ 巻第 五の 文覚 登場 最後 の章 段﹁ 福原 院宣

﹂・ 巻第 十二 の文 覚 登場 最初 の章 段﹁ 紺掻 沙汰

﹂で は︑

﹁文 覚﹂ と﹁ 聖﹂ の両 方の 呼称 が用 いら れて いる

︒ 二義 的呼 称

④ 二義 的呼 称は

︑物 語全 体の 人物 造型 に関 わる

︒ 以下

︑こ れら の事 例に つい て︑ 個々 に検 討を 加え てい く︒

①の 事例

年ご ろも あれ ばこ そあ りけ め︑ 今年 いか なる 心に て謀 反を ばお こさ れけ るぞ とい ふに 高雄 の文 覚上 人の 申し すす めら れた りけ る とか や︒

︵巻 第五

﹁文 覚荒 行﹂ 三七 六頁

)

同八 月廿 二日

︑鎌 倉の 源二 位頼 朝卿 の父

︑故 左馬 頭義 朝の うる はし きか うべ とて

︑高 雄の 文覚 上人 頸に かけ

︑鎌 田兵 衛が 頸を ば 弟子 が頸 にか けさ せて

︑鎌 倉へ ぞ下 られ ける

︵巻 第十 二﹁ 紺掻 之沙 汰﹂ 四四 二頁

)

﹁高 雄の 文覚 上人

﹂と いう 呼称 はこ の二 例の みで ある

︒説 話の 冒 頭部 にお いて 文覚 が﹁ 上人

﹂と 称さ れて いる

︒で は覚 一本 にお いて

﹁上 人﹂ はど のよ うな 意味 を持 って いる のだ ろう か︒ 覚一 本に おい て﹁ 上人

﹂と 称さ れる 人物 は︑ 文覚

・法 然・ 智覚

・阿 証房 の四 人で

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一八

(7)

ある

︒法 然は 重衡 に十 戒を 授け る人 物︑ 智覚 は︵ 実際 は滝 口入 道の もと で出 家し たが

︶維 盛を 出家 させ る人 物と して 想定 され てい た人 物︑ 阿証 房は 建礼 門院 の御 戒の 師で ある

︒こ のよ うに

﹁上 人﹂ とは 戒を 授け

︑出 家へ と導 く人 物で ある

︒覚 一本 の文 覚は

︑戒 を授 けて はい ない

︒し かし

︑頼 朝に 義朝 の首 を託 し供 養さ せ︑ さら に六 代を 救出 し小 松家 の菩 提を 弔わ せる

︑と いっ た文 覚の 果た す役 割は

﹁上 人﹂ と言 って 遜色 ない であ ろう

︒巻 第五 と巻 第十 二の 文覚 にま つわ る章 段を

﹁高 雄の 文覚 上人

﹂と 同一 の呼 称で 語り 始め るこ とか ら︑ 一貫 した 人物 像を 描こ うと した 意図 が汲 み取 れる

②の 事例

しか るに 文覚

︑滝 つぼ にお りひ たり

︑頸 きは つか ッて

︑慈 救の 呪を みて ける が︑ 二三 日こ そあ りけ れ︑ 四五 日に もな りけ れば こ らへ ずし て︑ 文覚 うき あが りに けり

︵巻 第五

﹁文 覚荒 行﹂ 三七 七頁

)

彼文 覚と 申す は︑ もと は渡 辺の 遠藤 左近 将監 茂遠 が子

︑遠 藤武 者盛 遠と て︑ 上西 門院 の衆 なり

︵ ︒ 巻第 五﹁ 文覚 荒行

﹂三 七六 頁

)

聖六 波羅 にゆ きむ かッ て︑ 事の 子細 を問 ひ給 ふ︒

︵巻 第十 二﹁ 六代

﹂四 六八 頁

)

さる 程に 文覚 房も つと 出で きた り︑ 若公 こひ うけ たり とて

︑気

色誠 にゆ ゆし げな り︒

︵巻 第十 二﹁ 泊瀬 六代

﹂四 七六 頁

)

この きみ はあ まり に毬 杖の 玉を あい せさ せ給 へば

︑文 覚か やう に悪 口申 しけ るな り︒

︵巻 第十 二﹁ 六代 被斬

﹂四 九六 頁

)

巻第 五の

﹁文 覚荒 行﹂

﹁勧 進帳

﹂﹁ 文覚 被流

﹂で は︑

の よう に一 貫し て﹁ 文覚

﹂と 呼ば れる

︒例 外と なる のは

の みで

︑文 覚と 名乗 る前 の在 俗の 名を 挙げ た用 例で ある

︒巻 第十 二の

﹁六 代﹂

﹁泊 瀬六 代﹂ とい った 六代 救済 の場 面で は︑ のよ うに 一貫 して

﹁聖

﹂と 呼 ばれ

︑後 鳥羽 天皇 に謀 反を 起こ す場 面で は

のよ うに 呼称 が﹁ 文 覚﹂ に戻 る︒ 例外 とな るの は

の一 例の みで

︑六 代を 請い 受け た文 覚の こと を﹁ 文覚 房﹂ と称 して いる

︒﹁ 房﹂ とは

︑元 々僧 の住 まい 指す 語で あり

︑そ れが 名前 に続 いて 人物 の呼 称と なっ たも ので ある

︒ 覚一 本に おい ては

︑﹁ 額打 論﹂ に登 場す る﹁ 観音 房﹂

﹁勢 至房

﹂の よ うな 武装 した 僧侶 に用 いる 例も みら れる が︑ この

﹁文 学房

﹂の 場合 は本 来の 意味 を意 識し た例 で︑ 平氏 嫡流 の六 代を 請い 受け るに 相応 しい 高雄 に住 まい を持 つ人 物像 を強 調し てい ると 考え られ る︒

文 覚﹂ から

﹁聖

﹂に 変化 し︑ 再び

﹁文 覚﹂ に戻 るこ とで

︑人 物 の一 貫性 が強 まっ てい ると 考え られ るが

︑こ の呼 称の 変化 には どの よう な理 由が ある のだ ろう か︒

③の 事例 をも とに 考え てみ る︒

③の 事例

兵衛 佐殿 へ常 は参 ッて

︑昔 今の 物語 ども 申し てな ぐさ む程 に︑ 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

一九

(8)

或時 文覚 申し ける は︑

︵巻 第五

﹁福 原院 宣﹂ 三八 九頁

)

文覚 かさ ねて 申し ける は︑

﹁天 のあ たふ るを とら ざれ ば︑ かへ ッて 其と がを うく

︵巻 第五

﹁福 原院 宣﹂ 三九

〇頁

)

10 聖こ れを くび にか け︑ 又三 日と いふ に伊 豆国 へく だり つく

(

巻 第五

﹁福 原院 宣﹂ 三九 二頁

)

11 うる はし きか うべ とて

︑高 雄の 文覚 上人 頸に かけ

︵再 掲

)

12 東山 円覚 寺と いふ 所に

︑ふ かう をさ めて おき たり ける を︑ 文覚 聞き 出し て︑ かの 紺か きの 男共 に相 具し て下 りけ ると かや

(

巻 第十 二﹁ 紺掻 之沙 汰﹂ 四四 三頁

)

13 聖を ば大 床に たて

︑我 身は 庭に 立ッ て︑ 父の かう べを うけ とり 給ふ ぞ哀 れな る︒

︵巻 第十 二﹁ 紺掻 之沙 汰﹂ 四四 三頁

)

これ が︑ 巻第 五﹁ 福原 院宣

﹂と 巻第 十二

﹁紺 掻沙 汰﹂ の全 六例 で ある

︒﹁ 文覚

﹂と

﹁聖

﹂の 両方 の呼 称が 使わ れて いる こと が注 目さ れる

︒10 は︑ 後白 河法 皇の 院宣 を持 ち頼 朝の いる 伊豆 へと 向か う場 面で ある

︒頼 朝に 謀反 を勧 めた 文覚 であ った が︑

﹁抑 頼朝 勅勘 をゆ りず して は︑ 争で か謀 反を ばお こす べき

﹂と 断ら れる

︒そ こで 文覚 は︑ 自身 も流 人で あり なが ら新 都福 原・ 伊豆 間を 往復 し院 宣を 首に かけ て駆 けつ ける

︒こ こで 初め て﹁ 聖﹂ と呼 ばれ る︒

﹁平 氏の 一類 を誅 して

︑朝 家の 怨敵 をし りぞ けよ

︒﹂ と告 げる 院宣 は︑ 一流 罪人 であ った 頼朝 の立 場を 一転 させ るも ので あり

︑物 語の 転換 点に もあ

たる 場面 であ る︒ 13は

︑義 朝の 首を 頼朝 に託 す場 面で ある

︒謀 反を 勧め たと きに 見 せた

﹁白 いぬ のに つつ んだ る髑 髏﹂ が偽 物で あっ たこ とを 明か し︑ 紺掻 の男 が東 山の 円覚 寺に 納め てお いた

﹁か うべ

﹂を 鎌倉 へと 運ぶ

︒ ここ で再 び﹁ 聖﹂ と呼 ばれ る︒ この

﹁か うべ

﹂を 受け 取っ た頼 朝は

︑ 父の 菩提 を弔 うた めに 勝長 寿院 を建 立す る︒ これ を受 けて

︑朝 廷も 故左 馬頭 義朝 の墓 へ内 大臣 正二 位を 贈る

︒頼 朝は

︑﹁ 祖先 の霊 を祭 る役 目の 家の 総領⑩

﹂と なる ので ある

︒ 10と 13の 場面 にお いて

︑文 覚の こと を﹁ 聖﹂ と呼 び︑

﹁文 覚﹂ か ら﹁ 聖﹂ への 呼称 の変 化を 自然 かつ 段階 的な もの にし てい る︒ そし て︑

﹃平 家物 語﹄ の構 想上 から みて も重 要な この 場面 にお いて

﹁聖

﹂と 呼ぶ こと によ り︑ 文覚 の二 つの 行動 に︑ 頼朝 と信 頼関 係を 築き 六代 救済 者と して の資 格を 得た こと を示 すと いう 意味 を込 めた と解 釈で きる

︒覚 一本 は︑ 文覚 の行 動を 重視 して いる とい える だろ う︒

﹁聖

﹂か ら﹁ 文覚

﹂へ と呼 称が 戻る のは その 逆で

︑出 家を 惜し んだ ため に六 代が 文覚 のも とを 去り

︑拠 所で あっ た頼 朝の 亡き 後に 後鳥 羽天 皇に 対し て謀 反を 起こ した ため と解 釈で きる

④の 事例 14 都へ のぼ りた りけ れば

︑凡 そと ぶ鳥 も祈 りお とす 程の やい ばの 験者 とぞ きこ えし

︵巻 第五

﹁文 覚荒 行﹂ 三八

〇頁

)

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二〇

(9)

15 文覚 は天 性不 敵第 一の あら ひじ りな り︒

︵巻 第五

﹁勧 進帳

﹂三 八一 頁

)

16 ここ に文 覚も とよ りお そろ しき 聖に て︑ いろ ふま じき 事に いろ ひけ り︒

︵巻 第十 二﹁ 六代 被斬

﹂四 九五 頁

)

14は

︑那 智の 滝行 によ って 不動 明王 の加 護を 得た 後︑ 諸国 の修 験 道の 霊地 を巡 り都 へ上 った 文覚 を﹁ やい ばの 験者

﹂と 称し てい る︒ 従来 の注 釈は

﹁や いば

︵刀 の刃

︶の よう に効 験の 鋭い 修験 者﹂ で一 致し てい る︒ 例え ば﹃ 平家 物語 全注 釈⑪

﹄で 指摘 があ るよ うに

︑﹁ 修 験道 的自 力の 修行 を積 むこ とに よっ て不 可思 議な 神通 力を 得た 僧﹂ とし て描 かれ てい る︒ 自ら も流 人で あり なが ら頼 朝に 院宣 を届 け︑ 絶対 絶命 の六 代を 請い 受け ると いう よう に︑ 不可 能を も可 能に 変え るこ との でき る人 物と して 描く ため には

︑﹁ やい ばの 験者

﹂と 称さ れる こと が必 要な ので ある

︒ 15は

︑高 雄の 神護 寺修 造の ため の勧 進帳 を片 手に 法住 寺殿 へ押 し 入っ た文 覚を

﹁天 性不 敵第 一の あら ひじ り﹂ と称 して いる

︒天 皇が 相手 でも 恐れ るこ とな く︑ 目的 を遂 げる ため に手 段を 選ば ない

︑敵 なし の人 物と して 描い てい る︒ 16は 頼朝 が亡 くな った 後︑ 後鳥 羽天 皇へ 謀反 を起 こそ うと した 文覚 を﹁ もと より おそ ろし き聖

﹂と 称し てい る︒ ここ でも 天皇 に刃 向か う存 在を

﹁お そろ しき

﹂と 表現 して おり

︑後 白河 法皇 に﹁ この 世の 中は

︑只 今乱 れ︑ 君も 臣も みな ほろ

びう せん ずる 物を

﹂と 言い 捨て た﹁ 天性 不敵 第一 のあ らひ じり

﹂と して の文 覚像 と見 事に 重な る︒ この よう に︑ 二義 的呼 称は その 場面 だけ にと どま らず

︑物 語全 体 の文 覚像 の造 型を 決定 付け るも ので ある

︒こ れに より

︑一 義的 呼称 が﹁ 文覚

﹂か ら﹁ 聖﹂ そし て再 び﹁ 文覚

﹂へ と変 遷し ても

︑一 貫し た文 覚像 を描 くこ とが 出来 てい るの では ない だろ うか

︒ 四︑ 延慶 本の 文覚 呼称 延慶 本の 文覚 呼称 は全 二〇 五例 ある

︒そ のう ち︑

﹁地 の文

﹂の 呼 称は 一四 三例 ある

︒一 義的 呼称 は﹁ 文学

︵文 覚︶

﹂﹁ 聖︵ 聖リ

︶﹂ な ど一 八通 りの 呼称 がみ られ た︒ 二義 的呼 称は 一一 例で あっ た︒ 延慶 本の 呼称 を覚 一本 の呼 称と 比較 する と︑ 次の よう なこ とが 認め られ る︒

① 第二 末で は﹁ 文覚

﹂と 呼ば れ︑ 第六 末の 六代 救済 の場 面に お いて

﹁聖

﹂と 呼ば れる が︑ 隠岐 国に 流罪 にな る場 面で は再 び呼 称が

﹁文 覚﹂ に戻 ると いう 大枠 は︑ 覚一 本と 共通 して いる

② 複数 回用 例の ある

﹁文 覚上 人﹂

﹁文 覚房

﹂を 確認 する と︑ そ の文 覚像 に共 通点 がみ られ ず︑ ゆれ 幅が ある

③ 二義 的呼 称に

︑そ の場 その 場に 適し た呼 称が 豊富 にみ られ る︒ 以下

︑こ れら の事 例に つい て︑ 個々 に検 討し てい くこ とに する

︒ 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二一

(10)

①の 事例 17 此ノ 文学 ガ勧 進帳 ノ音 声ニ

︑調 子モ ソレ

︑拍 子モ 違テ

︑人 々皆 興サ メニ ケレ バ︑

︵第 二末

﹁文 学院 ノ御 所ニ テ事 ニ合 事﹂ 四七 四頁

)

18 聖︑

﹁少 キ人 ヲ取 ケム 武士 ヲバ 誰ト カ云 シ﹂ ト問 ケレ バ︑

﹁北 条 四郎 トコ ソ申 候ツ レ﹂ ト

(

第六 末﹁ 六代 御前 被召 取事

﹂四 八七 頁

)

19 文学

﹁及 杖冠 者﹂ トゾ 申ケ ル︒

︵第 六末

﹁文 学被 流罪 事付 文学 死去 事隠 岐事

﹂五 四七 頁

)

17の よう に︑ 第二 末の 修行 を積 み︑ 勧進 帳を 持っ て法 住寺 殿へ 押 しか け︑ 伊豆 に流 され るま で︑

﹁文 学﹂ と呼 ばれ る︒ ただ し︑ 覚一 本で は語 られ ない

﹁文 学ガ 道念 ノ由 緒事

﹂で は﹁ 盛遠

﹂と いう 呼称 に加 え﹁ 男﹂

﹁遠 藤﹂ など と呼 ばれ

︑呼 称の 乱れ が顕 著で ある

︒ 18の よう に︑ 六代 を救 済す ると きに 文覚 は﹁ 聖﹂ と呼 ばれ る︒ た だし

︑延 慶本 で﹁ 聖﹂ と呼 ばれ るの は︑ 六代 の母 や乳 母の 女房

・斉 藤五

・斉 藤六 とい った 六代 側の 人物 と関 わる 場面 に限 られ てお り︑ 頼朝 や北 条四 郎と 会話 する とき の文 覚は

﹁文 学﹂ と呼 ばれ ると いう 覚一 本に はみ られ ない 使い 分け が確 認さ れた

︒ そし て︑ 19の よう に︑ 後鳥 羽天 皇に 謀反 を起 こす 場面 では 覚一 本 と同 様に

﹁文 学﹂ と呼 ばれ

︑﹁ 聖﹂ と呼 ばれ るこ とは ない

②の 事例

25 義朝 ガ首 べヲ 蒔絵 ノ箱 ニ入 テ︑ 錦ノ 袋ニ 曩テ

︑文 覚

上人 ノ頸 ニ 懸タ リ︒

︵第 四末

﹁文 覚ヲ 便ニ テ義 朝ノ 首取 寄事

﹂一 四四 頁

)

26 サテ 上人 鎌倉 ヘ下 着ニ ケレ バ︑ 兵衛 佐冠 帯ヲ タヾ シク シテ

︑庭 上ニ ヲリ 向ヒ

︑只 今頭 殿ノ 入ラ セ給 ト思 准ヘ 給テ

︵第 四末

﹁文 覚ヲ 便ニ テ義 朝ノ 首取 寄事

﹂一 四四 頁

)

27 文学 上人 ハ元 ヨリ 怖キ 心シ タル 者ニ テ︑

﹁当 今ハ 御遊 ニノ ミ御 心ヲ

(

第 六末

﹁文 学被 流罪 事付 文学 死去 事隠 岐事

﹂五 四六 頁

)

28 十八 ノ年

︑道 心ヲ 発テ 本鳥 ヲ切 テ︑ 文学 房ト テ高 野粉 河山 々 寺々 迷ア リキ ケル ガ︑ 兵衛 佐ニ 相奉 テ︑ 勧奉 リタ リケ ルト ゾ聞 ヘ シ︒

︵第 二末

﹁兵 衛佐 頼朝 発謀 叛一

由ヲ

来事

﹂四 四九 頁

)

29 其後 十一 年ト 申ケ ルニ

︑ト ガノ 尾ノ 明恵 上人 ノ許 ニ文 学房 出来 ル︒

︵第 六末

﹁文 学被 流罪 事付 文学 死去 事隠 岐事

﹂五 四七 頁

)

25と 26は

︑義 朝の

﹁首 べ﹂ を首 にか けて 鎌倉 へ下 る場 面に おい て

﹁上 人﹂ と呼 ばれ る︒ しか し︑ 27で は後 鳥羽 天皇 が相 手で あっ ても 躊躇 する こと なく 謀反 を起 こす

﹁元 ヨリ 怖キ 心シ タル 者﹂ であ る文 覚を

﹁文 学上 人﹂ と呼 んで いる

︒ 28は

︑十 八才 に道 心を 起こ して から 修行 を積 んで いる 文覚 のこ と を﹁ 文学 房﹂ と称 して いる

︒29 は︑ 覚一 本に は語 られ ない 話で ある が︑ 明恵 のも とに 姿を 見せ た文 覚の 亡霊 を﹁ 文学 房﹂ と称 して いる

︒ 覚一 本で は︑ 義朝 と小 松家 の菩 提を 弔わ せる

﹁文 覚上 人﹂

・六 代

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二二

(11)

を請 い受 ける にふ さわ しい 寺に 住む

﹁文 覚房

﹂と いう よう に︑ 呼称 と人 物像 との 関係 が読 み取 れた

︒し かし

︑延 慶本 内で は︑ 同じ 呼称 で語 られ る文 覚像 には ゆれ があ る︒

﹁文 学﹂ と﹁ 文覚

﹂と

﹁聖

﹂と

﹁聖 リ﹂ とい うよ うに

︑し ばし ば表 記の 乱れ も窺 える こと から

︑物 語全 体の 呼称 一つ 一つ にま で気 を配 り統 一し よう とす る意 図は 汲み 取れ ない とい える だろ う︒

③の 事例 30 見レ バ︑ 腹巻 ニ太 刀脇 ニハ サミ タル 大童 一人

︑広 梃へ ツト ノボ リ︑

︵第 二末

﹁文 学ガ 道念 ノ由 緒事

﹂四 六三 頁

)

31 十八 才ヨ リ出 家シ テ︑ 一十 三

年之 間ハ

︑持 斎持 律ノ 行者 也︒

︵第 二末

﹁文 学ガ 道念 ノ由 緒事

﹂四 六七 頁

)

32 御前 ノ無 骨ト ハ思 ワデ

︑人 ノウ タテ キニ テコ ソア レト 思ケ ル故 ニ︑ 天性 ノ不 当ノ 者ノ

︑而 モ物 狂キ ニテ 有ケ レバ

(

第 二末

﹁文 学院 ノ御 所ニ テ事 ニ合 事﹂ 四七 一頁

)

33 文学 ハ昔 ヨリ サル イカ メシ キ者 ニテ

︑身 ノホ ドア ラハ シタ リシ 者ゾ カシ

︵第 二末

﹁文 学伊 豆国 ヘ被 配流 事﹂ 四八 二頁

)

ここ に挙 げた よう に︑ 文覚 の様 々な 姿が 二義 的呼 称に よっ て表 現 され てい る︒ 法住 寺殿 に乗 り込 む時 には

︑30 のよ うに 大柄 な体 つき を印 象付 けて いる

︒鳥 羽の 女の 供養 のた めに 仏道 修行 して いる 様子 は31 のよ うに その 熱心 さを 表現 する

︒相 手が 天皇 であ って も︑ 憚る

こと のな い態 度は 3233 のよ うに 大胆 不敵 であ ると する

︒ この よう に二 義的 呼称 をそ の場 の文 学像 に応 じて 用い るこ とに よ って

︑そ の場 面ご との 文覚 像を より 鮮明 に描 くこ とに 成功 して いる

︒ おわ りに ここ まで

︑延 慶本 を対 象と した 早川 厚一 氏の 頼朝 呼称 研究 と︑ 武 久堅 氏の 高倉 宮・ 宗盛 呼称 研究 にな らい

︑延 慶本 と比 較す ると いう 方法 をと りな がら 覚一 本の 文覚 呼称 につ いて 検討 して きた

︒ その 結果 とし て︑ 覚一 本・ 延慶 本と もに

︑一 義的 呼称 が﹁ 文覚

﹂ から

﹁聖

﹂そ して

﹁文 覚﹂ へと 変遷 する こと が確 認で きた

︒﹁ 聖﹂ の定 義は 諸説 ある が︑ その 特性 とし て︑

﹁寺 院に はい らず

︑私 的に 修行 して いる 隠遁 僧︒ また 修験 集団 など に属 し︑ 修行 して 験力 を得 た僧

︒行 者︒ 験者⑫

﹂や

︑﹁ 勧進 聖﹂ とい う語 から 勧進 活動 をす るこ と⑬

が挙 げら れる

︒ しか し︑ 荒行 に励 む文 覚も

︑勧 進帳 を読 み上 げる 文覚 も﹁ 聖﹂ と 称さ れる こと なく

︑覚 一本

・延 慶本 とも に六 代救 済に 関わ ると き

﹁聖

﹂と 呼ば れた

︒こ のこ とか ら考 える と︑ 文覚 を﹁ 聖﹂ と称 する 共通 の伝 承が 存在 して いた こと を想 定す るの が自 然で あろ う︒ 呼称 の異 なる 本文 を組 み込 むと

︑一 人の 人物 の呼 称が 急に 変化 し︑ 人物 の一 貫性 と物 語の 統一 感が 失わ れる よう な印 象を 受け る︒ 覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二三

(12)

延慶 本は

︑物 語全 体と して 呼称 を統 一す る意 思を 汲み 取る こと は 出来 ない が︑ むし ろ積 極的 に豊 富な 呼称 を用 いる こと によ って

︑そ の場 その 場の 文覚 像の 輪郭 を際 立た せて いる とい える だろ う︒ 一方 の覚 一本 では

︑物 語と して の一 貫性 を高 める ため に巻 第五 と 巻第 十二 の冒 頭に おい て文 覚の 呼称 を﹁ 高雄 の文 覚上 人﹂ と統 一し た︒ そし て﹁ 文覚

﹂が

︑頼 朝に 院宣 と義 朝の 首を 渡す とい う物 語の 転換 部に 当た る場 面を 用い て︑ 六代 救済 者﹁ 聖﹂ の資 格を 獲得 する 様を 描い た︒ この よう に︑ 呼称 の変 化が 人物 の﹁ 不整 合面

﹂を 示す とは 言え ず︑ むし ろ異 なる 呼称 を用 いて も人 物を 統一 的に 描こ うと した 姿勢 を読 み取 るこ とが 出来 た︒ さら に︑ 二義 的呼 称を 効果 的に 用い るこ とに より

︑物 語の 牽引 力と なる 人物 を確 立さ せて いる とこ ろに 覚一 本の 特徴 がみ られ る︒ 注

① 市古 貞次 校注

・訳

﹃新 編日 本古 典文 学全 集平 家物 語一

・二

﹄小 学館

︑ 一九 九四 年︒ 以下

︑覚 一本 の引 用は 全て 本書 によ る︒

② 山田 昭全

﹃平 家物 語﹄

﹁文 覚と 平家 物語

﹂角 川書 店︑ 一九 七五 年︒

③ 五味 文彦

﹃平 家物 語︑ 史と 説話

﹄平 凡社

︑一 九八 七年

④ 生形 貴重

﹃平 家物 語説 話と 語り

﹄﹁ 文覚 説話 の文 脈

延慶 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る説 話と 物語

有精 堂︑ 一九 九四 年︒

⑤ 中村 理絵

﹁延 慶本 平家 物語 にみ る﹃ 謀反 人頼 朝﹄ から

﹃将 軍頼 朝﹄ へ の転 換︱ 第四

﹃十 七 文覚 ヲ使 二テ 義朝 ノ首 取寄 事﹄ を契 機と して

﹃軍 記物 語の 窓 第二 集﹄

︑和 泉書 院︑ 二〇

〇二 年︒

⑥ 岩瀬 博﹁ 平家 物語 の文 覚説 話﹂

﹃軍 記と 語り 物﹄ 一号

︑一 九六 四年 二 月︒

⑦ 北原 保雄

・小 川栄 一編 集﹃ 延慶 本平 家物 語本 文篇 上・ 下﹄ 勉誠 社︑ 一 九九

〇年

︒以 下︑ 延慶 本の 引用 は全 て本 書に よる

⑧ 早川 厚一

﹁﹃ 延慶 本平 家物 語﹄ にお ける 頼朝 の呼 称に つい て﹂

﹃国 文研 究﹄ 六号

︑一 九七 八年 一二 月︒

⑨ 武久 堅﹃ 平家 物語 の全 体像

﹄和 泉書 院︑ 一九 九六 年︒

﹁﹃ 高倉 宮物 語﹄ の構 造﹂

︵七 三頁

~九 七頁

︶﹁

﹃大 臣殿 物語

﹄の 主人 公

宗盛 伝承 の様 式と 平家 物語 の構 想﹂

︵一 三四 頁~ 一九 三頁

︶︒

⑩ 注① に同 じ︒

⑪ 冨倉 徳次 郎﹃ 平家 物語 全注 釈中 巻﹄ 角川 書店

︑一 九六 七年

︵七 八頁

︶︒

⑫ 日本 国語 大辞 典第 二版 編集 委員 会・ 小学 館国 語事 典編 集部 編﹃ 日本 国 語大 辞典 第二 版﹄ 小学 館︑ 二〇

〇一 年︒

⑬ 佐伯 真一

﹃平 家物 語説 話と 語り

﹄﹁ 勧進 聖と 説話 或

は﹃ 説話

﹄と

﹃語 り﹄

﹂有 精堂

︑一 九九 四年

﹇付 記﹈ なお

︑校 正の 段階 で﹃ 平家 物語

﹄に おけ る人 物呼 称の 研究 とし て伊 藤一 重 氏の 論文 があ る︵

﹁平 家物 語に おけ る人 を示 す表 現に つい て︱ 覚一 本・ 自 称﹂

﹃豊 田工 業高 等専 門学 校研 究紀 要﹄ 第三 七号

︑二

〇〇 四年 二月 およ び

﹁平 家物 語に おけ る人 を示 す表 現に つい て︱ 覚一 本・ 対称

﹂﹃ 日本 語日 本文 学論 集﹄ 笠間 書院

︑二

〇〇 七年

︶が ある こと に気 付い たが

︑今 回は 論旨 に 反映 させ るこ とが 出来 なか った

︒記 して 謝意 を示 した い︒

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二四

(13)

資料 覚一本の「地の文」における文覚呼称の用例

一義 的呼 称

二義 的呼 称 計

文覚 聖

高雄の文覚上人 高雄の聖 文覚房

渡辺の遠藤左近将監茂遠が子 遠藤武者盛遠

やいばの験者

天性不敵第一のあらひじり おそろしき聖

巻第五 文覚 荒行

8 0 1 0 0 1 1 1 0 0 12 勧進 帳

2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 3 文覚 被流

11 0 0 0 0 0 0 0 0 0 11 福原 院全 宣 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 巻第十二

紺掻 沙汰

1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 3 六代

0 12 0 0 0 0 0 0 0 0 12 泊瀬 六代

0 2 0 0 1 0 0 0 0 0 3 六代 被斬

4 2 0 1 1 0 0 0 0 1 8 計

28 18 2 1 1 1 1 1 1 1 55 覚一

本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二五

(14)

資料 延慶本の「地の文」における文覚呼称の用例

一義 的呼 称

二義 的呼 称

計 文学(文覚)

聖(聖リ)

盛遠

盛アミダ仏(ブ)

男 文覚房 文覚上人 遠藤

遠藤武者盛遠入道 上人

文覚聖人 高雄文覚

遠藤右近将監茂遠ガ子 遠藤武者盛遠 渡辺ノ遠藤武者盛遠 腹巻ニ太刀脇ニハサミタル大童 持斎持律ノ行者 後代モ有ガタキホドノ木聖 天性ノ不当ノ者 物狂キ

長七尺計ナル大法師 スグレタル大力ノ心猛キ サルイカメシキ者 身のホドアラハシタリシ者 怖シゲナル木聖 元ヨリ怖キ心シタル者 第二末

兵衛 佐頼 朝発 謀叛 由来 事

1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 文学 ガ道 念ノ 由緒 事

2 0 21 1(2) 2 0 0 1 1 0 0 0 0 0 1 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 34 文学 院ノ 御所 ニテ 事ニ 合事

9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 1 1 0 0 0 0 13 文学 伊豆 国ヘ 被配 流事

15 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 17 文学 熊野 那智 ノ滝 ニ被 打事

8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 8 文学 兵衛 佐ニ 相奉 事

20 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 20 文学 上京 シテ 院宣 申賜 事

3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 第四

文学 ヲ便 ニシ テ義 朝ノ 首取 寄事

2(2) 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 7 第六末

六代 御前 被召 取事

3 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 17 六代 御前 被免 給事

0 4(1)

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 六代 御前 大学 寺ヘ ヲハ スル 事

1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 斎藤 五長 谷寺 ヘ尋 行事

1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 六代 御前 高野 ヘ詣 給事

2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4 肥後 守貞 能預 観音 利生 事事

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 文学 被流 罪事 付文 学死 去事 隠岐 事 3 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 6 六代 御前 被誅 給事

1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 計

73 21 21 3 2 2 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 143

覚一 本﹃ 平家 物語

﹄に おけ る文 覚像

二六

参照

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