「純な心」における俗な要素
著者 中谷 拓士
雑誌名 人文論究
巻 62
号 4
ページ 93‑112
発行年 2013‑02‑10
URL http://hdl.handle.net/10236/11020
「純な心」における俗な要素
中 谷 拓 士
は じ め に
ギュスターヴ・フロベールの『トロワ・コント』(Trois Contes)は,題名 どおり三作品から成るが,題材は独立的であり,現代(=同時代),中世,古 代と,異なる時代が扱われている。この中で歴史的な事実に関わりのあるのは 古代ユダヤを扱った「ヘロディア」(Hérodias)だけで,中世の「聖ジュリア ン伝」(La Légende de Saint Julien l’Hospitalier)は,『黄金伝説』に記載さ れてはいるものの,主人公は架空の聖人だとされている。そして,あのサロメ の母であるヘロディアと聖ジュリアンは実在,架空の違いはあれ,人に知られ た存在である。それに比べれば,フロベールが「純な心」(Un cœur simple) で同時代を描き,そのヒロインとしたのは,ノルマンディーの田舎町で働きつ づけた名もなく貧しい女中フェリシテである。
三作品にとくに共通するものはない。強いて言えば,どの作品にも,目立っ た上昇運動が見られ,それがどれも死に関わる点である。典型的なのは聖ジュ リアンで,さいごにイエス・キリストと合体して昇天する。女中のフェリシテ は,死の間際に大空を舞う巨大な鸚鵡をみたと錯覚する。「ヘロディア」では すこし事情が違って,斬首されたヨカナーン(洗礼者ヨハネ)の首が地下牢か ら地上へと昇る。
本稿は,そもそもどうでもいいような上昇あるいは下降の動きを見せるディ テールが気になったところから派生している。それはフェリシテの部屋にある アルトワ伯の肖像画をめぐるものである。なぜアルトワ伯の肖像画が女中の部 屋にあるのか? かつては「旦那さま」の所有物だったものが,そこに来てい
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るという推測はつくものの,なぜこの肖像がわざわざ持ち出されるのか? そ れなりの理屈はつけられるだろうが,この問題設定だけでは,あまり発展性が 望めない。そこで,もうすこし範囲を広げて,この作品における卑俗な構成要 素と歴史的な要素とを関連づけて述べることとした。
この作品では,草稿時から決定稿までの間に,年号つきのいわゆる「歴史」
が追いやられていったと見る向きが多い。簡単に言えば,本来なら書かれてし かるべき歴史が削除されていったという指摘である。故意の言い落としも含め て,それが作者の意図によると考えられている。だが,そもそもこの作品に見
は い し
られるのは歴史(正史)というより稗史に近いものである。パリの出来事なら 歴史に組み込まれやすいが,舞台となるポン=レヴェックという地方の町を,
そうしたパリの「歴史」が支配するという構図がないだけのことである。つま り,国事的,官報的な視点がないのである。
また,別の観点から言えば,ある出来事を歴史の枠におさめ,しかるべき位 置を与えるとすると,書き方までが変わって来ざるをえない。つまり,歴史の 色合いを濃くすれば,語り手はどうしても一種の展望を示し,全体像の中で出 来事を捉えることになる。だが,ほぼフェリシテの眼に寄り添って語るという この作品は,その構造上,必然的に歴史を等閑に付してしまうのである。
だからこそ,この作品は,冷静で客観的な叙述に貫かれているように見えて も,実のところきわめて内密な語り方なのである。そして,公的な性格をもつ 要素を排除した身のまわりのものに基づく事実性とでもいうべきものが,貧し さ,田舎町,獣性など,個人的な存在にかかわる否定的な要素から成っている ために,それが根本的に俯瞰的な歴史記述とは相容れないのである。その間の 事情を,作品に見られる卑俗で些末な構成要素をめぐって取り上げて行きた い。
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第一章 歴史と地方性
1)背景──歴史の問題
この作品の「歴史」の扱い方は,アルベール・チボーデがその『ギュスター ヴ・フロベール』で,とっくの昔に述べており,その後何十年にもわたって,
同工異曲の論が蒸し返される。チボーデは何と書いたか。まずこの作品が「実 にシ!ン!プ!ル!な!現実の分析」だとし,それを「社会的な持続と歴史的な過去とい う海をなす一滴の水」に喩えている。そしてこうつづける。「フェリシテが存 在している取るに足りない世界では,個的な存在の生活など歴史(l’histoire)
に属することなどなく,それ自体が一個の歴史(une histoire)なのであ る。」同じ語が使われているが,定冠詞つきと不定冠詞つきとで区別されてい るから,前者はいわゆる(大きな)「歴史」で,後者は来歴や身の上話の意で ある。フロベールは繊細微妙なやり方で,この二つのhistoireを交錯させる とチボーデは指摘する。
しかしながら,チボーデはさらにl’histoire de Félicité et l’histoire tout
courtという表現を加え,両者を並べている。一見同等の扱いのように思える
が,後者の歴史は限定辞なしの,い!わ!ゆ!る!「歴史」の意である。言い換えれ ば,個別のものと一般的なもの,私的なものと公的なものが並列されているの である。接続詞の「と」で結ばれる前後の二要素が同等でないことは周知の事 実でもある。とうぜん公の方に重点が置かれている。その意味では,両者が交 錯すると言っても,チボーデの意識の中では,大きなものに小さなもの入りこ むという事態が自明のことのように想定されていると思われる。だが,「純な 心」では,それが逆転している。個的,私的な身の上話に,大きな歴史が時 折,ささやかに顔をのぞかせるだけなのである。そのことからすれば,ここで は女中の歴史が公的な歴史を食っていると言ってよい。大きな「歴史」は一介
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の女中の個人的な歴史から,できるかぎり排除されるいるのである。
それは作品にあまり公的な年号があらわれないことからも明らかである。大
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事なのは個人の日付けなのだ。そうした事実をあらためて確認するために,も うすこし詳しく背景となる大枠を見て行きたい。
舞台となるポン=レヴェックは,ノルマンディー地方にある。現在のカルヴ ァドス県の町である。19世紀中葉の旅行ガイドブックによれば,1854年時点 で,人口は2100人。パリからはほぼ190キロのところに位置しており,パリ における政治情勢など,あまり届いて来ないような土地柄でもある。もちろ ん,作者がそのように設定している可能性もないわけではない。
「オバン夫人は財産のないハンサムな男と結婚したが,夫は1809年の初め,
年端もいかない二人の子供と多額の借金を残して死んだ。」夫人には,ときど き訪ねて来る落ちぶれ果てた伯父のグルマンヴィル侯爵がいることから,いち おうは貴族の家柄に属していると推測される。その点では『感情教育』の主人 公フレデリックの母親のモロー夫人と同類である。オバン夫人は小地主であっ て,ほとんどブルジョワ的な生活を送っている。
ところで,1809年だと,ナポレオン1世の統治による第一帝政時代であ る。ただ,この年号が意味をもつのは,帝政下を暗示するよりも,作品冒頭に ある言葉,「半世紀もの間,ポン=レヴェックの奥さん連中は,女中のフェリシ テがいるオバン夫人をうらやましがった。」と関連するからである。フェリシ テが雇われたとき,「旦那さま」はすでに死んでいた。ただし,それからさほ ど間をおかずフェリシテはオバン家に住みこむことになる。仮に,1810年頃 に雇われたとすれば,冒頭の記述がなされる時点は1860年あたりだから,ナ ポレオン・ボナパルトの没落後,王政復古,七月王政,二月革命後の短い第二 共和制と3つの体制を経て,ナポレオン3世の第二帝政下ということになる。
フェリシテは何歳になっているのだろう? テオドールに出会ったのが18 のとき。プロポーズされ,裏切られたのは,おそらくその年のことである。夜 が明けるまで野原で泣き,呻いて,朝になると,その足で農場主のもとに行 き,辞めると告げ,スカーフ1枚にすべてを包めるほどしかない身の回りの ものをもってポン=レヴェックに向かう。この町に着くと,さいしょに「未亡 人のかぶりもの」をしたオバン夫人に働き口はないかと声をかける。すると,
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うちに来るようにと言われ,運良くそのまま住みこむことになる。そのときか ら半世紀後なら,フェリシテは70歳くらいになっている。もっとも,その時 にはすでにオバン夫人は死んでいるから,半世紀云々はややオーバーな概数で ある。
いずれにせよ,フェリシテは10代の終わりからオバン夫人のために,年収 100フランで律儀に働きづくめの生活を送ることになる。この年収額にも地方 性は顕著である。バルザックが描くパリ住民と比べれば,それがよく分かる。
『ゴリオ爺さん』に描かれるヴォケー夫人の下宿屋にいる学生のラスティニャ ックは,貧乏貴族の子弟だとはいえ,親から年に1200フランの仕送りを受け ており,これは当時の平役人の年俸に匹敵する。肉体労働者でも年に700〜
800フラン程度の収入を得る。安いとはいえ,女工の年収が300フランであ る。それに比べれば,信じられないような低さ(1フランを1000円で換算す れば,フェリシテの年収は10万円相当)である。
もちろん,住み込みで寝る場所と食事が保証されている。もともと「料理 女」がいないからと言って雇われたのだが,フェリシテは「料理に掃除,縫い
ば ろ く
物に洗濯,アイロンかけ,馬勒の装着をこなし,家禽を肥らせ,バターまでつ くる」上に,パンも焼けば,鍋などの台所用具はぴかぴかに磨きあげるし,な により「感じの良い人物ではなかったが」と,語り手がわざわざ記しているよ うな女主人にどこまでも忠実だったのである。
淡々と述べられて行くこうした女中の生活は,およそ政治といった歴史的な 動きと接点をもたない。オバン夫人の口から政治的な考えが洩れることもない ので,大きな歴史に属する出来事が,どこかに影を落とすとしても,それはい わば裏面から透かし見るような形で,作品にあらわれるだけである。あくまで フェリシテの暮らしに沿ってすすむ語りからして,歴史の表舞台の出来事は,
遠くから聞こえてくるようなうわさ話程度にすぎないのである。
もちろん,歴史的な状況が暗に示されることもある。年代こそ記されていな いが,フェリシテによる亡命ポーランド人の世話やコレラ患者の介抱などがそ うである。ポーランド人の亡命は1830年の対ロシア蜂起以後のことだし,コ
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レラの流行は1832年である。また,悪童たちに石を投げられながら,廃屋と なった川べりの豚小屋に横たわり,フェリシテの介護を受けながら亡くなるコ ルミッシュ爺さんは「93年に残酷なことをしたと言われている」から,恐怖 政治下の匂いが漂っている。しかし,どれをとっても,歴史的な日付けが問題 なのではない。この惨めな境遇にある者たちは,もっぱらフェリシテが無条件 に世話をする対象であって,ただフェリシテ個人にかかわる事柄なのである。
つまり,外側にある歴史的な日付けは,筆者のような読み手が勝手につけ加え るものにすぎない。
一方で,一つのパラグラフで複数の年号が取り上げられることもある。1825 年には何があり,1827年にはこれこれが,1829年には……と,簡略そのもの の叙述に具体的な年号が3つ出て来るが,この年号の羅列は,「とりたてて変 わったエピソードもなく」過ぎて行く時の流れを示しており,さして長くもな い一つのパラグラフに日常的な反復の場面を封じこめてさっさと切り上げる機 能を果たしている。このパラグラフひとつで,フェリシテの30代が瞬く間に 過ぎ去るのである。オバン夫人の死後になると,「もう鎧戸が開くこともなか った。何年もが過ぎ去った。だが,家に借り手はなく,売れもしなかった。」
と,一気にフェリシテの最晩年まで飛ぶが,日付けがあろうがなかろうが,時 間処理の仕方は同じである。
この間も,パリにはパリの出来事があった。1825年にはサン=マルタン運河 が開通し,1827年にはエジプトのパシャから贈られたキリンが到着して人々 を仰天させ,1828年には廉価な乗合馬車が創設されている。文学にかかわる 事象としては,ロマン派の台頭が見られる。「キリン」はやがてエピナル版画 に登場し,全国に広まることになるが,さしあたり地方の貧しい女中には,ど れもなんら意味を持たない出来事であり日付けである。ただ,自分にとってか けがえのないものの日付けは,のちに触れるヴィクトールの時とおなじように きちんと明示されている。ルールーが死んだのは1837年の冬で,オバン夫人 は1853年3月に亡くなる。フェリシテにとって重要な日付けは,大きな「歴 史」の外を流れている。もっと正確に言えば,「歴史」がフェリシテの意識の
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外を流れているのである。
2)背景──地方性
フェリシテの給金に地方性が顕著だと上で述べたが,都会と田舎の対立は,
レアリスムの根幹に関わると以前から筆者は考えている。極端に言えば,いさ さか粗野な形で都会に割り込んで来た,洗練とはほど遠い地方の見方やものの 考え方が,レアリスムに深く根を下ろしていると思っている。その場合,地方 とは経済的にも精神的にも,つまり物心両面で,ある種の貧しさを共有する場
なま
であり,華やかさとは無縁の,粗野で直截的な生の心性が醸成される場でもあ った。そういうこともあってかどうか,ともに地方の出身者である画家のギュ スターヴ・クールベと作家のシャンフルーリが,19世紀のフランスにおける レアリスムの主導者とみなされたのは理由のないことではない。二人の前に立 ちはだかったのは都会の官制的な価値観だったからである。
それゆえ,ポン=レヴェックにおけるフランスの歴史的な出来事は,ポン=レ ヴェックに相応しく縮小され,さらにはオバン家で働く女中のフェリシテの寸
み の う え ば な し
法に合わせた一個の歴史に解消される。そもそもシンプルな心の持ち主に,自 分につゆほども影響を与えない国の歴史など,何ほどの意味があるだろうか。
かみ
この作品では,お上中心の歴史としての年代記など,それと無縁な一人の女中 の来し方行く末の前では,無に等しいと言ってよいのである。国の歴史という 視点に立てば,この作品でナポレオン・ボナパルトの没落以降,つぎつぎに変 わる政体が取りあげられず,第二帝政にすら言及がないのは不自然きわまりな い。しかし,それらはしょせんフェリシテにとってよその出来事でしかないの である。
しかし,稀にこの女の上にも国の歴史の影がさすことがある。1830年の七 月革命がそれである。もっとも,その日付けが記されることはない。この時 は,フェリシテの与り知らぬところで,大きな歴史が女中の個人史に絡んでく る。とはいえ,この革命の知らせですら,郵便馬車の御者によってもたらされ るのである。この七月革命への言及が必要なのは,誰もが指摘するように,こ
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お う む
れが作品にとって不可欠の構成要素をもたらすから,つまりこの革命は鸚鵡の ルールーと関係しているからである。
パリでの政変が御者の口から伝えられた直後につづく文は,「ほどなくして 新しい副知事が任命された」というものである。それが元アメリカ領事のラル ソニエール男爵で,一家はこの赴任先である田舎町に居を定めることになる。
そしてこの家族とオバン夫人との表面的なつき合いが始まる。さらりと書かれ ているが,この新しい副知事就任はとうぜんのこと,王政復古に取って代わっ たルイ=フィリップによる新政府,七月王政下における人事による。そして,
最終的にフェリシテのものとなるアメリカ産の鸚鵡は,この家族が飼っていた のである。
やがて,夫が知事に昇進した,ついては敬意のしるしとして記念に鸚鵡を受 け取って欲しいという手紙とともに,この鳥は体よく厄介払いされてオバン夫 人に贈られる。オバン夫人はオバン夫人で,鸚鵡に手を焼き,うんざりしたあ げく,フェリシテに押しつけるのである。二度にわたって厄介払いされた鸚鵡 は,肉親に捨てられ,恋人にも見捨てられたフェリシテのもとにおさまる。そ して,役割を果たせばそれでお終いとでもいうかのように,ラルソニエール一 家は町を去って行く。
七月王政下の人事による副知事の就任,その家の鸚鵡というのは,作品構成 上欠くことのできない構成要素として重要な機能を果たすが,そこでも新政府 樹立の日付けは欠落したままである。故意の放置と言えるだろう。それだから こそ,希薄きわまりない国の年代記は,とうていフェリシテの個人史における 日付けには勝てないのである。「1819年7月14日(フェリシテはこの日付け を忘れなかった)」と,わざわざ補足的にかっこ書きされた日付けは,あざと いほど露骨にフランス革命勃発の日に合わせてあるが,だからこそよけいにフ ェリシテの日付けが大きな歴史を越えてしまうのである。それはル・アーヴル から遠洋航海に出る愛する甥を,オンフルールまで見送りに行った日である。
そのくだりはこう書かれている。「もう一度さようならを言おうと,水曜日の 晩,奥さまの夕食がすむと,彼女は木底の靴を履いて,ポン=レヴェックから
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オンフルールまでの四里の道を一気に歩いた。」と。
フェリシテはおよそ16キロの道を,おそらくは早足で歩き抜く。しかも,
夜を徹して往復し,明け方,宿の女中たちが起き出す時刻に戻ってくる。この 日付けが彼女にとって忘れられないのは,港でみたヴィクトールの姿が見収め になってしまうからである。オンフルールに向かうとき,心せくように道を急 ぐフェリシテは,路傍のカルヴェールを横目で見ながら通り過ぎたに違いな い。だから,帰り道ではそのカルヴェールの前でヴィクトールの無事を祈るの である。そのかいもなくヴィクトールは異国の地で病に倒れ,帰らぬ人となる が,このカルヴェールもフェリシテにこそふさわしい祈りの場である。周知の ように,カルヴェールは大きな寺院を建てる資力のないような貧しい地域,そ れも町を外れた辺鄙な場所にこじんまりと散在しているからである。
3)芥子粒のようなフェリシテ
大きな歴史的状況の中では,芥子粒ほどのフェリシテだが,登場人物として は,逆説的に大きな歴史に拮抗しうる,あるいは凌駕する単独性の輝きを放 つ。それは疎外されつづける存在自体の純一性から来る。
そのフェリシテはないないづくしの女だった。まず幼い頃にふた親を相つい でなくした孤児である。姉とも幼くして離別した。そのため家庭ももたない。
恋らしいものも経験するが,男を知らない。とりたてて美人と言うわけではな い。連れ合いもいない。読み書きができない。晩年には耳が聞こえない。寡黙 なうえに,しゃべっても紋切り型の決まり切った言葉しか発しない。最晩年に はろくに目もみえなくなる。それだけではない。マイナス要素はさらにいろい ろある。25歳で40に見え,50を過ぎると年齢不詳となるし,自分が愛する ものを次々に失って行く。オバン夫人からは子供たちにキスするのも控えるよ うに言われ,子供も大きくなるにつれ,親しみを込めたtuで話すことができ なくなる。
否定的な要素がこれでもかと言うほど積み上げられて主人公が創り出されて いる。そこには2つのことが見てとれる。ひとつはフェリシテが「歴史」と
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いった大仰なものから疎外されるさだめにある存在だということである。彼女 がかかわるコルミッシュや亡命ポーランド人,コレラ患者たちもみな同じ存在 である。そしてなにより鸚鵡もそうである。もう一つは,こうしてフェリシテ から奪われて行くものが,彼女の属性として彼女を支えているということであ る。彼女の生涯は,その支えをすこしずつ喪失してゆく過程なのだ。したがっ て,ひと言でいえば,フェリシテは否定性の産物,否定性によって造形された 人物なのである。そして,この否定性がプラスに転じるとき,彼女は獣にな
ばか
る。「おまえはほんとに獣(bête)だね」というオバン夫人の言葉が比喩表現 でなく,字義通りになって行くのである。それに対して耳が聞こえなくなった 女中はこう答えるのだ──「はい,奥さま」と。しかし,この動物性こそがフ ェリシテのもつ最大の取り柄,つまり身体能力と表裏をなしている。
たとえば,さきほど述べたように,オンフルールまで歩いて一夜のうちに往 復する。帰ればまた一日の仕事が始まるはずなのにである。さらには,死んだ ルールーを剥製にするために,もういちどオンフルールへと出向く。もう耳が 聞こえず,後ろから来る馬車の音にも平気で,街道の真ん中を歩き,あやうく 馬車にはねられそうになり道ばたに放り出されて気絶するのだが,ルールーの 死が1837年の冬とあるから,このときにはもう50歳近い。もっと若い頃に は,ヴィルジニーの容態が急変し,オバン夫人が娘のいる修道院へと馬車を走 らせたとき,フェリシテは教会に駆け込んで大蠟燭に火を点し,そのあと馬車 を追いかけ,1時間後に追いつくと,身軽に後ろに飛び乗るものの,中庭を閉 め忘れたことを想い出し,すぐに跳び降りて引き戻したことがある。おそらく どちらも走り続けたことが想像できる。そこに見られる果断な行動力と,判断 をとっさに実行に移せるその身体能力は並外れていると言えるほどである。
その中でも,もっとも彼女の身体性が見事に展開されるのが,オバン一家が 牛に襲われる有名な挿話の場面である。そこにおけるフェリシテの対応の仕方 には,動物性としか言いようのない彼女の身体性がみごとなまでに発揮されて いる。突進してくる雄牛に対して,土の塊を投げつけ,夫人や子どもたちを柵 の外へ逃がそうとする行為の敏捷性もさることながら,この場面でフェリシテ
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の身体性の本質がうかがえるのは,三番目の牧草地で,牛の群が円陣を組むよ うにして彼らの前に立ちふさがったときである。こう書いてある。──〈「何 も怖くはありませんよ!」とフェリシテは言った。そして嘆き節のようなもの を呟きながら,いちばん近くにいる牛の背を撫でた。〉すると牛は向きを変え,
他の牛もそれにならえをするのだが,ここの「嘆き節のようなものをぶつぶつ 口にしながら」というところが凄いのである。
オバン一家の者をおびえさせまいとするなかで,フェリシテはいわば鼻唄を 口ずさみながら,動物に対処する。ここでフェリシテは相手との間合いをはか っている。動物との親和性も身にそなえているとはいえ,とっさにどうさばけ ばいいか,彼女自身,理知的にというより動物的な勘を働かせているのであ る。フェリシテの行動はしばしば速断即決に見えるが,それはいわば動物的な 本能がそうさせるのである。これが思い込みと重なるとき,また別の局面が浮 上するが,それについては先で述べることにする。
第二章 作品に登場する版画
1)聖霊の鳩をめぐって
この作品には,民衆版画にかかわる素材が,さりげなく使用されている。俗 っぽい要素ではあるが,フロベールによるその用い方はなかなかあざやかであ る。すでに言及したが,雄牛を相手にする場面で,フェリシテは嘆き節(com-
plainte)を口ずさんでいた。嘆き節が多く見られるようになったのは19世紀
からだと言われているが,多くは1枚ものの民衆版画に,歌詞がついていて,
一般に知られている曲を指定し,それに合わせて歌うようになっている。当時 の行商人にはバイオリンを弾く者もいて,市の立つ日に人を集めて歌唱指導を しながら版画を売ったりしていた。フロベールはただune complaineと書い ているだけなので,その種の唄であればよいのである。古くからある宗教的な 民衆版画では,たいていが讃歌もしくは霊歌だったが,この種の版画は,題材 に日常的な出来事が取り入れられるようになると,どんどん世俗化が進む中で
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登場してきたものである。
フェリシテがどんな嘆き節を口にしていたか,それは不明である。嘆き節の 付加された版画が無数にあるわけではないし,年代的なことも加味し,さらに は行商の地理的な条件も考えて行けば,どんな種類のものか推測がまったくで きないわけでもないだろうが,この場面で重要なのは,どこかで聞き知った嘆 き節を,フェリシテが,まわりの者を落ち着かせ,自身も冷静さを保とうする おりに口ずさむことだから,むしろ曖昧なままでいいのである。
これはさりげなく出て来る例だが,もうすこし明確に登場するのが聖霊の鳩 である。司祭の説教にも時には眠気をおぼえるようなフェリシテにとって,教 会における聖霊をあらわす鳩の存在は,いずれ鸚鵡のルールーがそれに取って 代わるだけに重要である。これは作品の3章にはじめて登場する。この章は 最初からフェリシテの眼を通して描かれている。祭壇を見わたし,聖書の話を 聞いて,イエスの受難に涙する。「種まき,取り入れ,ぶどう搾り器など,福 音書が語る身近な馴染みのものはすべて自分の生活に見出される。」それは神 さまのおかげだと思い,神の子羊への愛ゆえに子羊たちを愛し,「聖霊ゆえに
ペ ル ソ ナ
鳩たち」を愛したとある。しかし,「聖霊の姿かたち」は想像できなかった。
それが具体的な形を取り始めるは,可愛がっていた鸚鵡のルールーが死んで剥 製にされてからである。
「教会では,フェリシテはいつも聖霊を眺めていた。」そしてついに鳩と鸚鵡 の類似に行き当たるのである。その箇所に「フェリシテにはその類似は,われ らが主の洗礼を描いたエピナル版画だともっと明白だと思えた」と書かれてい る。「その赤い羽根,エメラルド色のからだなど,それはまさしくルールーの 肖像だった」と。「主の洗礼」という言葉が版画の題名として明示されている わけではないので,一般にはイエス・キリストの洗礼のことを指すが,この種 の民衆版画は意外に少ないとはいえ,具体的にこの版画を特定するのは少々難 しい。だが,特定はできなくても,重要なのは,このけばけばしい色彩の鳩 が,鸚鵡のルールーと同一視されていくことである。
このエピナル版画という言葉が出たあとの次のパラグラフの出だしはこうな
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っている。逐語的に訳すと,「それを買うと,彼女はそれをアルトワ伯のあっ た場所にかけた。」原文はL’ayant acheté, elle le suspendit[...]だから,代 名詞は男性名詞を受けている。フェリシテが主の洗礼を描いた民衆版画を入手 したのは間違いないが,彼女が意識の中で買ったのは,直前に書かれている
「ルールーの肖像画」(le portrait de Loulou.)なのである。それはどんな語彙 をもちいても女性名詞である版画に対して,ここがportraitを受ける男性名 詞になっていることからしても明らかである。
「奥さま」の部屋にある「旦那さま」の肖像は,ロベスピエールたちを処刑 したテルミドールのクーデターの後,派手で奇抜な服装を誇示した急進王党派 の若者たち,いわゆる伊達男(muscadin)のいでたちをしていた。それゆえ,
大革命から第一帝政期まで英国に亡命していたアルトワ伯,のちに王政復古期 にブルボン朝さいごの国王となるシャルル10世の肖像画を「旦那さま」がも っているのは自然である。フェリシテはおそらくこの亡き主人の部屋から,ア ルトワ伯の肖像を彼のフロックコートともども自分の部屋にもらい受けたので ある。
もっとも,あまりにも簡単にこの肖像を外すところからみて,これも版画の 類であることは想像がつく。アルトワ伯と明示された民衆版画がないわけでは ない。しかし,1809年に亡くなった「旦那さま」の所有物だったとすれば,
どれも国王に即位する以前のアルトワ伯のものだから,油彩による肖像画が,
おそらくはモノクロの版画として刷られたものと考えるのが自然である。ちな みに,フェリシテの部屋には他にも何枚か聖母マリアさまの像があるが,これ も彩色された民衆版画,ないしはそれに類する一般的なものと考えていいだろ う。
ともあれ,フェリシテはとくに考えもなく,自分に都合のいいように,大き な歴史の肖像画を外して,個人的な思い入れの強い肖像画と取り替えたのであ る。たしかに,この時点でアルトワ伯(シャルル10世)の王政復古期はとう の昔の話であるし,いとも簡単に取り外されても不自然ではないから,これは 取りたてて言いつのるほどのこともない,ありふれた行為である。とはいえ,
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いかにも自然に,無意識にそうなされるかのように,「歴史」的なものが一人 の女中のフェティッシュなものに入れ替えられて行く,そのことでフェリシテ の生活のありようがいっそう的確に浮き出てくるのである。
2)フェリシテの部屋
フェリシテが否定性の産物だとはすでに述べた。ただ,この言い方の問題点 は,何を基準に否定性と言うのかにある。実は,それは世間一般の,あるいは 当時の時代背景からすればブルジョワ的な観点からのことである。それを拡大 すれば大きな歴史に行きつく。だが,そうした一般性の外にこそ,彼女は女中 部屋に自分だけの「もの」を集めていた。それで身の回りを埋めていた。とい うことは,それこそが彼女個人の,独自の,彼女を支える属性的な要素群だっ た。その意味では,フェリシテの部屋だけがフェリシテなる存在をつくりあげ る場であり,それは外の世界とは異質な世界だったとも言える。
1837年の冬に死んだルールーは剥製にされ,そこに飾られる。「礼拝堂と雑 貨屋がひとつになったような様子」を呈するフェリシテの部屋は,4章になっ てはじめて登場する。雑多なものとはいえ,フェリシテにとってかけがえのな い品物で埋まったはこの部屋は,彼女の思い出から尊崇の念までをも含んでい る。このガラクタの山こそが,フェリシテの生涯の写し絵だった。フェリシテ と同じように,捨てられる運命にあったようなものの中で,壁には数珠が掛け られ,マリアの像が貼られ,椰子の実でできた聖水盤まがいのものまで備わ り,箪笥は祭壇のようにラシャで覆われていた。聖と俗がごった煮のように混 在していたのである。
そこにルールーが加わる。するとこの部屋はひときわ聖性を帯びてくる。彼 女一個の歴史を形成してきたかのようなこの部屋に蝟集する「もの」の堆積 が,ルールーの仲間入りによって,比喩的に言えば,ある種の飽和点に達す る。最晩年のフェリシテは,この飽和点を越えた次元で,つまり量的なものが 質的に転換された空間で生きることになる。こうして,部屋はしだいにフェリ シテの聖域となり,そこで彼女はいつしか偶像崇拝にいたり,ついには自分の
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中で聖霊と化した鸚鵡の前にひざまずいて祈るようになるのである。
ところで,生前のルールーは妙な鳥で,代訴人のブレ氏を見るとけたたまし い声で笑う。それが近所にも響き渡る。ブレ氏はとうとうオバン家に出入りす るのに,鸚鵡に見られないよう帽子で顔を隠し,裏口へまわって家へ入るので ある。このとき,鸚鵡は飼い主のフェリシテと正反対の振る舞いを見せてい る。ブレ氏はラテン語ができることが自慢のインテリで,フェリシテに版画の 地理の本を買ってきて彼女にはじめて地理的な観念を植え付けた人物でもあ り,フェリシテの無知の対極にある存在である。そのブレ氏を鸚鵡はいつも笑 い飛ばす。理由があるのだろうが,鸚鵡が答えるわけはない。ブレ氏からすれ ば,意味不明の理不尽なあざけりのように思われる。もちろん,作品にも理由 が書かれているわけではない。しかし,フロベールの作品では意味づけの困難 な存在は,いつも獣の匂いを漂わせている。問題にするとすれば,なぜこの鸚 鵡がブレ氏のことを笑うのかという理由ではなく,なぜこんな鳥の振る舞いが 書かれるのかである。それはおそらくブルジョワの卑俗さへの本能的な反応だ と思われる。だが,この本能的な反応は,フェリシテにも見られると筆者には 思われてならない。それは以下のようなことだ。
フェリシテはブルジョワ的な夫人にずっと仕え,ブルジョワ的な考えに従う ことは当たり前だとして生きてきた。女性の自立などとはまったく無縁で,フ ェミニスムの観点からすれば,既存の価値観を疑うことも知らない,どうしよ うもなく無知な召使いである。一方,ブレ氏はオバン夫人の財産管理を任せら れながら,それをごまかしていて,最後には自殺してしまうものの,代訴人と いえば,訴訟手続きのできる資格をもち,法廷で弁論しかできない弁護士など とは格が違う。言ってみれば,ブルジョワの典型とも言うべき人物である。こ うしたことを考えれば,きわめて間接的ながら,ルールーのけたたましい笑い は,地上の日常生活に存在するブルジョワ的な価値観,その秩序を,文字通り 笑い飛ばしているように聞こえる。
そして,このブレ氏へのあからさまな嘲笑は,もう一方のフェリシテの部屋 のありようと同一線上にある。どういうことか。この部屋はブルジョワ然とし
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た秩序を保つこの家の中で,唯一ブルジョワ的な秩序に順応しない場所だとい うことである。だからこそ,のちにルールーが剥製となって祭られるに相応し い部屋となりうる。それゆえ,オバン夫人が死に,家が売りに出されたとき,
売却が決まれば自分の部屋を明け渡さなければならないということがフェリシ テにはたまらなく辛い。だが,そのつらさは自分のためであるのもさることな がら,せっかく最上の居場所を得たルールーのために聖域を守りたいという一 心から来ている。だから,あれほど働き者だったフェリシテが家の修理も放置 する。朽ちて行く家と朽ち果てて行く自分とがひとつであることを,おそらく は無意識に願ってのことである。そんなふうに読み取れる。これは裏を返せ ば,この家を覆っていたブルジョワ性が荒廃にゆだねられるということにほか ならないのである。
3)フェリシテは幻視者か
鸚鵡はフェリシテの中で聖霊へと格上げされて行く。それはもう地上の現実 を離れて行く。それにつれて,フェリシテもいっそう激しい思い込みの世界へ と突入して行く。その結果,鸚鵡と聖霊が一本の線で結ばれる。その点をすこ し振り返っておきたい。
鸚鵡が登場するのは3章からであるが,冒頭はフェリシテの眼に焦点をあ わせた教会内部の描写からはじまり,まずは聖霊が出て来る。「後陣のステン ドグラスでは,聖霊が聖母マリアを見下ろしている。」司祭の話すかいつまん だ聖書物語にフェリシテは引き込まれるが,その話の延長線上で,鳩(colom- bes)が出て来る。ついで,聖霊は単なる鳥ではないこと,しかしその実際の 姿は想像しがたいことなどが述べられ,「夜,沼地あたりを飛び回っている
(voltige)のは,おそらくその(=聖霊の)光だろう(後略)」とフェリシテ は思う。のちに,隙を見て一時的に逃げ出したルールーを探し回ったフェリシ テは,「突然,水車小屋のうしろの丘のふもとに,緑色のものが飛び回ってい る(voltigeait)のを見たように思った。」のである。実際には見ていないのだ が,そう思ったのである。
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やがてフェリシテは耳が聞こえなくなる。幻聴もはじまる。カリヨンの音も 牛の鳴き声も聞こえなくなる。「いまや彼女の耳に届く唯一の声は鸚鵡の声だ った。」フェリシテの考えがどんどん狭くなる。すると,今度は鸚鵡がいろん な音の真似をして,彼女の気を紛らすかのように寄り添ってくる。言葉を交わ せない人間と鳥が対話する。「孤独の中にいて,ルールーはほとんど息子であ り,恋人だった。」という風に,両者の一体化が進む。そしてフェリシテがル ールーに顔を寄せると,「ボネの大きな縁(ailes)と鳥の羽根(ailes)がいっ しょに揺れるのだった。」というところまで行く。あきらかに人間と鳥とが合 体するのである。
ルールーはもはやただの鸚鵡ではない。もうかつて彼女自身の「息子であり 恋人」だった鳥などではない。そうした日常性を越えた高みに存在する。その 高みを,フェリシテはいよいよ息を引き取る間際になって,大空を舞う巨大な 鸚鵡として見るのである。これは幻視である。哀切だが錯覚である。しかし,
その自分をもあざむく思い込みのなかでフェリシテは恍惚となる。老いた女が 官能性に身をゆだねるのである。sensualité mystique(神秘的な官能性)と 語り手は述べている。sensualitéとは快楽であり,宗教的にも肉欲を指す。
そこでは見事なまでに聖と俗,天上と地上とがひとつの絶対的な空間に昇華さ れている。
こうした錯乱あるいは忘我のたぐいこそ,動物的な勘の延長上にあるものだ と筆者には思われる。肉体的な器官は老いとともに衰えて行き,獣の勘だけが 逆に冴え渡る。フェリシテの最晩年は,そうした状況ではなかったか。身体が 衰えれば衰えるほど,感官は鋭くなって行き,耳が聞こえなくなれば,幻聴を 聴く。目が見えにくくなれば幻視を見る。身体器官を通して視覚的に見るので はなく,心の中で見てしまうのである。聞こえないものも聞いてしまうのであ る。精神はすでに異常が正常を侵蝕するあたりにあるのかもしれない。
こうしたことの予兆はかなり前からあった。自分の愛する対象への執着が,
強い思い込みによって,ある境界線を越え,異次元へと移るのである。たとえ ば,司祭が語る聖書的な事柄──天国やノアが蒙る大洪水,バベルの塔,ソド
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ムやゴモラと推測できる炎上する町々,打ち倒された偶像など──を,「目の 当たりにしていると思うのだった」(Elle croyait voir[...])とある。この
「見るように思う」(croire voir)という表現は,フェリシテの最期の場面で巨 大な鸚鵡が出現する箇所でも使われている。
またヴィクトールの航海のことを案じながら,想像の中で甥の体験(と彼女 が勝手に思い込む状況)を,語り手は,フェリシテが太陽の陽ざしには喉の渇 きを覚え,嵐が来れば折れたマストのてっぺんで,「彼がこ!の!同!じ!嵐!に!打たれ るのを見!て!い!た!」(elle le voyait battu par cette même tempête)と述べる
[強調は筆者]。そのあとは,「彼が未開人たちに食べられたり,森で猿たちに 襲われたり,人気のない浜辺沿いで死に瀕していたりした。」(il était mangé par les sauvages, pris dans un bois par des singes, se mourait le long d’une plage déserte.)と,フェリシテ自身が目の当たりにした事実であるか のように叙述されるのである。彼女の中では,想像から始まった出来事がほと んど事実化する。だから,ハバナにいる甥は「煙草のもうもうたる中を,黒人 にまじって歩き回っていた」のである。
このことはベッドに横たわりながら,外部と同調して行くフェリシテの臨終 に近い場面でも同じである。「行列に思いをはせながら,フェリシテは,まる で自分もそれに連なっているかのように,行列を見ていた。」(En songeant à la procession, elle la voyait, comme si elle l’eût suivi.)何気ない語り方だ が,ここには行列を見るフェリシテがいる。幻視が身体性そのものとして動い ている。この行列は,聖体祭の折り,仮祭壇の一つに選ばれたオバン家の中庭 に向かってくる。仮祭壇では,鸚鵡のルールーが花に埋め尽くされて首だけ出 している。もう折れた片方の羽根も,虫食いだらけの体も,腹からはみ出た詰 め物も見えない。読んでいれば誰もが認めるだろうが,これはそれまでのフェ リシテの似姿だと言ってもよい。そこに見られるのが純な心だというのは読み 手の誰もが感じる思いだが,それは同時に,フェリシテの洗い清められたよう な世俗性と聖なるものがひとつになって据えられた一個の心だと言えるだろ う。
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いずれにせよ,フェリシテはさいごに,外部なるものを何一つ必要とせず,
自己充足的な自分の領域の中で,大空を舞うルールー,すなわち聖霊にみずか らの一切を預けて身罷る。そこで彼女の世界と作品の世界が完結して閉じられ るのである。
結びにかえて
以上,地方の町の取るに足りぬ女中の身の上話が,大きな「歴史」を排除し ながら自ら純化されて行く過程を見てきた。この個人史が,人も物もふくめ て,フェリシテをとりまくものの喪失の過程からなることを考えれば,否定性 の産物であるヒロインが,無意識にではあれ,外部すなわち自分と無縁な現実 を排除し,ついには自分自身をも現実から排除して異次元へと至る物語でもあ ったと言える。それは文字通り,多くを失いつつ純化してゆく過程だった。そ う考えるとき,フロベールがこの「純な心」をTrois Contesという作品に収 めた意味合いが垣間見えるように思われる。あくまでも現実世界に立脚したヌ
ーヴェルnouvelleを書く意識は,そこにはなかったということである。conte
は現実の次元をこえてゆくジャンルの謂いだからである。その意味で,フェリ シテのも!の!への執着をフェティシズムと呼ぶとしても,そこにみられる卑俗で あって静謐なレアリスムの行き着く先は,も!の!を突き抜けたその先にあった。
愛着のある鸚鵡に自らの魂を乗り移らせ,ついには眼に見えぬものをも見てし
フェリシテ
まう点で,フェリシテは,その至福という名前ともども,すぐれて象徴化の道 を辿ると言えるのである。
注