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Academic year: 2021

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マリア様ミニ黙想会

*マリア様にすがった体験の紹介

第一黙想.マリアの生涯を祈る(聖書を中心に)

○ナザレのマリア マリアは、ガリラヤ地方のナザレという村の出身です。今でもイスラエルの北にこの村は残って いて多くの観光客が訪れています。人口は 5 千人に満たない規模なので、マリアの時代には数百人 程度だったかもしれません。 マリアは恐らく、土曜日ごとに村の会堂で開かれる聖書朗読の集会に出席していました。その説 教の中で「イスラエル民族を助ける救い主が間もなく誕生する」という預言を何度となく聞いてい たと思われます。 マリアは、他の娘たちと同じように、家事をしたり、畑仕事を手伝ったりして、貧しいながらも 信仰深く、また現実的に物事を考え、思慮深く育ちました。この地方の習慣に従い、15 歳ごろに ヨセフとの結婚が決まりました。 ○天使ガブリエルのあいさつ(ルカ 1:26~38) 天使がマリアに神のみ旨を告げる最初の言葉は「おめでとう」でした。ラテン語で「アヴェ」、 日本語で「めでたし」と訳されていましたが、元の意味は「喜びなさい」です。マリアの天使から の言葉は、「こんにちは」というあいさつではなく、喜びへの招きでした。そのことは、続く「民 全体に与えられる大きな喜び」(ルカ 2:10)として救い主の誕生が天使から告げられていること からもわかります。 天使は続いて「マリア」ではなく「恵まれた方」(ルカ 1:28)と呼んでいます。マリアは、全 人類の中でもパーフェクトな恵み(神への完全な信頼)に満たされたのでこのように呼ばれていま す。 神はマリアに、人類の救い主が生まれることを望まれましたが、マリアの自由意志を尊重しました。 神は私たちにも「あなたは賛同してくれますか?」と呼び掛けています。 Q. 洗礼を受け、あなたは神様からどのような呼びかけを感じましたか? また、どのように応え ましたか? ○神の子の誕生のお告げ(ルカ 1:29~37)

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2 ルカ 1:29 「マリアはこの言葉を聞いて、胸騒ぎがした」 「胸騒ぎ」(ギリシア語でディエタラクテエ)は、非常に強い言葉です。お告げの場面で使ったの は驚くべきことです。この言葉は、神様が示す新しい世界に接して、マリアが受けた衝撃の大きさ を表現しています。 他に同じ言葉が使われている箇所: マタイ 2:3「ヘロデのろうばい」 マ タイ 14:26「水上を歩くイエスを幽霊と見間違った弟子」 ルカ 1:12「ザカリアは天使の出現で 恐怖の念に襲われた」 天使のお告げに、マリアも「一体何事が起こるか?」と「胸騒ぎ」がしました。もちろんマリアは、 祈りの生活、聖書を読む習慣を身につけていました。しかし、今、神様が別の次元に連れて行こう としているのを感じます。アブラハムと同じように、手にしている確実さを手放して、神様の新し い計画に自分を委ねる必要を感じました。 天使は、マリアの恐れを取り除くために「マリア、恐れることはない」(ルカ 1:30)と励まし ます。 続く天使のことば(ルカ 1:30~33)から、マリアはいつも会堂で聞いている救い主が間もなく 生まれること、しかも自分がその母親になることを悟ったはずです。驚きながら天使に尋ねます。 「どうして、そのようなことがあり得ましょうか。私は男の人を知りませんのに」(ルカ 1:34) 「胸騒ぎ」と同じように「どうして」という言葉からも、マリアの衝撃を汲み取れます。 Q.マリアは、「まさか自分の身に・・・どうして?」と驚きを感じました。あなたにも似た体験が ありますか? Q.それでもマリアは「神様のために」人生を委ねることができました。あなたは神様から新しい計 画・招きに応えたことがありますか? ○この身になりますように(ルカ 1:38) 会堂で聞いてきた救い主がこの世に来られるのは素晴らしい出来事としても、自分はまだ婚約中 です。マリアの中にもさまざまな不安がよぎったでしょう。「お腹が大きくなったら周囲がどう思 うでしょう?」「聖霊によって身ごもったなどという話を信じるでしょうか?」・・・。マリアの 置かれた状況は、普通なら姦通の罪で石殺しにされかねない状況です。簡単に「はい」と答えられ るでしょうか? しかし戸惑いの後にマリアは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になります ように」(ルカ 1:38)と神のみ旨を受け入れます。ギリシア語の文法学者によると「なりますよ うに」は「希求法」で書かれているため“嫌ですが、仕方ないので受け入れます”という意味では なく“是非、そうなりますように”と訳せるといいます。

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3 つまり、マリアは自分の身に降りかかりそうな困難を脇に置いて、神の救いの到来を喜んで受け 入れます。後先のことを考えていません。身に余ると感じても、自分にできることは何でも「主の はしため」として奉仕する覚悟を一瞬で決めてしまいます。 Q. 「自分には身に余る、無理だ!」と感じても「神様の思い」と受け入れたことがありますか? そのことを喜びに感じたことがありますか? ○エリザベト訪問(ルカ 1:39~45) 天使からのお告げを受けたマリアは、急いで親類のエリザベトを訪ねました。天使が「神にでき ないことは何一つない」と言われた証拠として高齢のエリザベトの妊娠を知らせたからです。マリ アは、同じ喜びを分かち合うために彼女が住んでいた「ユダの町」に出かけました。ナザレから「ユ ダの町」までは、100キロにもわたる、早足でも 3~4 日の道のりでした。マリアが先にあいさ つをすると、エリザベトも聖霊に満たされて大きな声で告げました。(ルカ 1:42~45) 「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。 わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。 あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」 Q.あなたはマリア様のどの部分に一番憧れを感じますか? 私の場合・・・ロザリオの“よろこびの奥義”の第2の原義 –ご訪問– マリアは大天使から、親戚のエリザベトが神の恵みによって子を宿したことを知り、ユダの山地に エリザベトを訪問する。 この一連をささげて、自分のことよりも、いつもよろこんで他人のため に奉仕する愛の心を深めることができるように、聖母マリアの取り次ぎを求めましょう。 ○マリアの賛歌(ルカ1:46~55) エリザベトの言葉を聞いたマリアの心に喜びが湧きおこり、その口からは神への賛美の言葉が流 れ出ます。「教会の祈り」の晩の祈りとして毎日唱える「マグニフィカト」と呼ばれるマリアの賛 歌です。マリアは、神からの特別な恵みを感じていますが、特権意識は全くありません。自分の貧 しさを自覚しています。

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4 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。 身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわ たしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名 は尊く、 その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。 主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分 の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。 その 僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」 Q.マリアのように、信仰に喜びを感じ、神を賛美していますか? Q.自分を卑しいはしためと、自覚したことがありますか? そんな自分を神様が大事にしてくださ っている、と感じたことがありますか? ○神殿での奉献(ルカ 2:22~38) イエスが生まれて間もなく、ヨセフとマリアはモーセの律法に従い、幼子イエスをエルサレムの 神殿に連れて行き、初子の奉献をします。その時、神殿にいたシメオンとアンナの二人は、聖霊に 導かれてイエスが救い主だと宣言します。 「シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多く の人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定めら れています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにさ れるためです。」(ルカ 2:34~35)と告げます。 マリアはきっと、自分の子に何か大変なことが起こり、自分も大きな苦しみに巻き込まれること を予感したでしょう。 Q.これまでの信仰生活で、マリアのように剣で心を刺し貫かれる経験がありますか?

第2講話 マリア様に倣う

1.カナの婚宴

(ヨハネ 2:1~11)全体に目を向ける・深入りする・主を信頼して動じない

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5 婚宴には、台所で働く人、給仕する人、祝宴を盛り上げる人などが必要でした。マリア様にも役 割はあったでしょう。でも、マリア様は全体を見て、ぶどう酒が足りなっていることに気づきまし た。マリア様は、自分の役割だけでなく全体を見まわしています。 そのことに気づいた後、マリア様だけが「ぶどう酒がありません」の一言が言えました。他にもぶ どう酒の不足に気付いた人がいたかもしれません。でも、知らぬふりをしたか? どう対処してい いのか分からず黙っていました。そんな中、マリア様一人、厄介なことに深入りしました。 けれども、自分の力では手に負えません。マリア様は、自分に力が及ばなければ、誰かに助けを 求める心の自由さをもっていました。 息子イエスに声をかけます。 ところが「ぶどう酒がない」というマリア様の知らせに、イエスは すぐに対処するとは言われません。 でも、マリア様は召使たちに「この人が何か言いつけたら、 その通りにして下さい」と言います。 マリア様は自分の息子を信頼しています。私たちはこの信 頼をすぐになくしてしまいます。 苦しい状況にひるみがちです。手近なところで手を打とうとし てしまいます。でもマリア様は、置かれた状況から逃げません。状況が悪くても動じません。 マリア様は、全体に目を向け・深入りし・主を信頼して動じません。この態度を倣いましょう。 教会・社会全体を見回し、弱っている人・困っている人を見つけ、気がついたことを知らせましょ う。どうすればいいか適当な人に報告し力添えを求めましょう。 自分たちだけで祝宴を楽しむの ではなく、加わりたくても加われない人、ぶどう酒の喜びに与れない人に恵みを届けましょう。

2.マリア様も完全ではなかった

(神殿での少年イエス ルカ 2:41~52) 神殿でイエスを見失った出来事は、マリア様の生涯を思い起こす上でとても重要な体験で、実は 十字架の下にたたずむマリア様にもつながっています。マリア様は神のことばに「はい」と答えた 時に、神の計画を受け入れる覚悟を決めました。しかし、神の計画は簡単には理解できません。そ の難しさをマリア様も経験しています。 「祭りの期間が終わって・・・少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気付 かなかった。」(ルカ2:43)「残る」の語源は「住む」「留まる」です。イエスが神殿に「残る」と いうことは、神殿に「住む」ということです。エルサレムを住まいとするのは、そこがイエスの居 場所だということです。イエスと神殿との間の親近感がすでにこの出来事の中にほのめかされてい ます。 イエスの感じる、神殿への親近感と両親の無理解は対象的です。少年イエスを見失ったマリア様 の戸惑いは、小さなことではありません。普通、母親は子どもが何に興味を示すか勘づいています。 親の監視の目を逃れていく先さえ熟知しているものです。しかし、その場でマリア様はイエスの行 動を予測できませんでした。 マリアとヨセフは、「イエスが・・・いるものと思い」と、イエスがエルサレムに居残ったかも しれないことに全く考えが及んでいません。「それから・・・探し回った」という訳から、二人が イエスのことを心配もせず、1 日のんびり過ごしていたことを想像させます。両親はこのとき、イ エスの頭にあることが全く理解できていませんでした。 私たちも同じ過ちを犯します。自分の仕事にかまけて大切なことを見落としてしまいます。あと

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6 になって、もっと相手のために力になるべきだったと反省します。 いつもは全体的な状況をつか むマリア様でしたが一時的にしろ見失っていました。 それは、私たちのもろさを一緒に担って下 さっていることを意味するのでしょう。 マリア様にだってこういうことが起きた。彼女だっていつもうまくいくわけではなかった。「ど うしたらいいかわけが分からない。こんなことってあるんだろうか?」という戸惑う時にアリア様 は「わたしたちと共」にいて下さいます。 マリア様は、私たちには理解できないことが沢山あることをご自身の経験を通して私たちに分か らせてくれます。 Q.神様の計画を見失った、と思えたことはありますか? Q.自分は弱く貧しい、と感じた時にマリア様が共にいてくださった体験がありますか?

3.母としての苦しまれたマリア様

マリア様への親近感は、苦しみを理解してくださることでも生まれます。わたしたちは、イエ スが十字架につけられたにもかかわらず三日後に復活したことを知っています。しかし、マリア様 はそうなるとあらかじめ知っていたわけではありません。 受胎告知(ルカ1:26~38)からイエ スが十字架上で死を遂げ、3 日目に復活するという神の計画をすべて知っていたわけではありませ ん。 神殿奉献でのシメオンの「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」(ルカ2:25~35)、12 歳 の時のエルサレム巡礼でのイエスの「どうして自分が父の家にいるのは当たり前だということを、 知らなかったのですか。」(ルカ2:41~50)という不可解なことばなど・・、マリア様は、受胎告 知以来の数々の不思議な出来事を心に留めます。 普通の母子の関係でないことにうすうす気が付 きながら、息子イエスの将来を案じつつ大切に育てました。 弟子たちがイエスを放り出して逃げ 去っても、マリア様は息子から離れませんでした。 最愛の子イエスが亡くなるとき、マリア様の 苦しみは、どれほどだったでしょう? しかし、その時も、マリア様は「み言葉どおり、この身に なりますように」の言葉を心の中で唱え続けたに違いありません。 マリア様は信仰のまなざしで 悲しい出来事を心に留めてきました。 戸惑いと苦しみにあいながらも、信仰から離れることはあ りませんでした。 マリア様は決して順風満帆な人生を歩んだ女性ではありませんでした。すべての苦しみからあら かじめ逃れられたわけでは決してありませんでした。むしろその逆に、普通の人以上に困難の伴う 生涯を、信仰を支えに生きた女性でした。だから、私たちの苦しさを理解し、そばにいてください ます。 Q.悲しみの母マリアを意識したことがありますか? 苦しみの時に、マリア様をそばに感じた体験

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7 がありますか?

4.生涯繰り返す「はい」

マリア様の「おことばどおり、この身に成りますように」という言葉は聖書には 1 度しか出てき ません。でも、息子イエスについて起こる様々な出来事のたびにこの言葉を繰り返していたでしょ う。私たちが主に従うにも、一度だけの「はい」では足りません。生涯、「神の計画がこの身にな りますように」と願い続けなければなりません。神様のために、より良いものを選択し続けなけれ ばなりません。 「はい」を繰り返す意識がなくなるとマンネリ化を生みます。マンネリに陥ると、精神を緩ませ、 この程度のことをやっておけば大丈夫だろう、と安易な方向に流されます。また、「はい」の心が 薄れると、不安や恐れへの囚われが生まれ、新しいことへのチャレンジに躊躇します。 マリア様の「はい」は決断の刷新です。霊的刷新がなければ、よどんだ水になります。マリア様 の「はい」は張りつめた心・澄んだ心にします。神が喜ばれることを最優先にします。マリア様の 「はい」は、私たちが「臨終のとき」まで追い求めるものです。 Q.「お言葉通り、この身になりますように」と祈ったことがありますか? 苦しい時でもそう祈ったことがありますか?

5.まとめ

今回のマリア様のミニ黙想会は、マリア様を身近に感じた体験を振り返り、「マリア様のどこに 憧れ、これからどのように歩んでいくか?」を祈ることで、霊的な糧を与えたいと思い準備しまし た。 マリア様は常に人々と共に歩まれました。マリア様の生涯を黙想することで、霊的に潤い、活力 ある信仰生活を送れることを願っています。マリア様の信仰の歩みは、神がどのように私たちを救 って下さるかをわからせてくれます。 過去の歴史を振り返ると、教会の中に、マリア様の存在の本当の意味が回復されるたびに、信徒

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8 と教会に力がみなぎってきました。広島教区もこの黙想会をきっかけにさらに活気付くようにと願 っています。 Q.この黙想会を通じて最も響いたことはなんですか? 参考文献 『宣教者を育てるイエス』 カルロ・マリア・マルティーニ著 女子パウロ会 1993 年 『人々と共に歩むマリア』カルロ・マリア・マルティーニ著 女子パウロ会 1988 年

広島教区のファティマの聖母像(レプリカ)にまつわる行事

2017 年 10 月 25 日(水) 幟町のカテドラルで設置式 が執り行われる。時間は未定。 2018 年2月 11 日(日) 午後 4 時にカテドラルで 記念ミサと講演会。 ファティマの聖母についての参考資料 ・https://ja.wikipedia.org/wiki/ファティマの聖母 w・http://ja.radiovaticana.va/news/2017/05/13/教皇、 ファティマで聖母に捧げる祈り/1312043 ・http://www.cathoshin.com/news/fatima-tokyo/11494 カトリック新聞 オンライン

参照

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