資本所得課税の効用コスト--移行経路上の課税変更
の分析
著者
大野 裕之
著者別名
Ohno Hiroyuki
雑誌名
経済論集
巻
30
号
2
ページ
59-70
発行年
2005-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005342/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止1.は じ め に
資本所得課税の効用コストの定量的分析を動学的枠組みで分析しようとの試みは,租税論の分 野で今日まですでに長い歴史をもっている.初期の研究はアドホックなモデルを用いてそれぞれ 異なった結論を導いてきたが1),Chamley(1981,1985)ははじめてこの問題を,今日では標準的 な分析ツールとなっている効用最大化型の新古典派成長モデルで取り上げた.彼は,課税変更後 に達成される新しい均衡の近傍における一次近似を用いて,変更前と変更後の均衡での効用を比 較している.そして,コブ・ダグラス型効用関数の場合,税率 20 %の資本所得課税の効用コスト は,1ドルの追加税収あたり 68 セントにも上る大きなものとなりうることを示した.全く異なっ た手法を用いつつ,Judd(1987)も同様に,資本所得課税の効用コストは大きいとの結論を導いている.一方,King and Rebelo(1990)の研究では,初期税率 20 %から 30 %への増税は,均衡 経路上の消費を直ちに 1.6 %押し下げるに等しい程度の大きさしかないことが示されている.また
資本所得課税の効用コスト
―移行経路上の課税変更の分析―
大 野 裕 之
目 次 1.はじめに 2.わが国マクロデータによる問題点の指摘 3.分析手法 4.分析結果 5.結語と今後の展開1)Atkinson and Sandmo(1980), Auerbach et. al.(1983), Feldstein(1978), Summers(1981)など.これらは新古典派モ デルの範疇に属するものの,貯蓄率を外生的に与えていたり,2期間モデルを用いたり,あるいは移行経路上の効用変化を 全く考慮していないなどの点で,以下の研究とは異なる
Islam(1995)は,Judd(1982,1985)の手法に依拠しつつ,50 %の現存税率からわずかに税率を 上げた際,効用コストが負の領域に入るまでに 25 年もの長い時間がかかりうることを示し,大き な効用コストの実際上の重要性は過大に評価されるべきではない旨主張する2).これらの研究は いずれも完全予見下の新古典派成長モデルを前提としたものであるが,こうした結果の違いは, 用いた効用コスト測度やパラメータ値の違いによるところが大きい.その意味でこれら研究が提 供する政策含意は,具体的にどの経済を前提に,どのように効用コストを捉えるかによって個別 に判断されるべきものであろう.一方で,こうしたモデルを確率的環境下や内生成長へ拡張する 試みが鋭意進められている3). しかしながら,完全予見下の新古典派成長の前提にたっても,今日までいまだ十分に探求され ていない問題がある.すなわち,これまでいずれの研究も課税変更前に経済は均衡経路上にあっ たとの仮定の上に行われているが4),現実的な政策含意を導こうとの実証的見地に立った場合, この仮定を緩和することには十分な研究的関心が存すると思われる.というのも,実際のデータ によって calibrate された経済が,モデルの均衡状態とかけ離れている可能性があるからである. つまり,もっともらしいと思われるパラメータ値のもとで,モデルが想定する生産,消費,資本 ストックなどの主要変数の均衡値と,現に分析を施そうという現実経済の実際値の違いが,測定 誤差として片付けるにはあまりに大きい状況がありえよう.その場合パラメータの値を多少なり とも変更し,両者の違いを「十分に」小さくする方便は考えられようが,そうでない場合には, 経済は現在均衡にあるのではなく,そこに向かって移行経路を移動中であるとみなすことが必要 になる5).確かに,いくつかのパラメータについては,そのもっともらしい値に関してコンセン サスが存在しない6).そのため,前者のような方便を採用することも,ある程度正当化されるで あろう.しかしながら,当初選択されたパラメータの値を維持しつつ,経済が既に均衡にあると の前提を放棄することも,少なくとも同程度には正当化されるに違いない. そこでこの論文は,経済が均衡を遠くはなれ,そこに向けて移動中である場合の資本所得課税 の効用コストを定量的に分析する.この仮定にたった場合,これまでの研究が何らかの形で行っ ている一次線形近似は,もはや採用することが不可能になる.そのため,モデルを数値計算によ って直接に解く必要が生じる.ただし,この解法には副次的利点がある.課税変更前に経済が均 2)Boadway(1978)は貯蓄率外生のモデルで同様の結果を示している.
3)たとえば,前者の例として Chari, Christiano, and Kehoe(1994)を,後者の例として Jones, Manuelli, and Rossi(1993) をあげることができる.
4)内生成長モデルを扱う Jones, Manuelli, and Rossi(1993)はこの例外であるが,技術的理由から,分析を課税後均衡経 路へ到達前の期間で打ち切るという ad hoc な手法を用いている.
5)無論,第3のオプションとして,モデルそのものを,たとえば新古典派モデルから内生成長モデルに変更することが考 えられるが,ここではそれは度外視している.
6)端的な例として,後にも触れられるように,資本所得課税率をあげることができる.その推計は一見平易に思えるが, 複雑な課税制度がそれを困難にしている.一例として,たとえば田近・油井(1990)を見よ.
衡にあったと仮定する分析は,その変更は多かれ少なかれ微小な(infinitesimal)ものとの仮定に 限定されるが7) ,この数値計算による方法は微小な変更のみならず,そうではない離散的な(dis-crete)変更にも同様に有効である.この利点は,現実の税制改革を評価しようとの観点に立った 際,決して取るに足らないものではない.というのも,言うまでもなく現実の税制改革における 税率変更は,通常数パーセント程度の大きさをもったものであるからである8).したがって,こ こで採用する数値計算法を用いた場合,たとえば,実施された 5 %の税率変更が果たして,モデ ルで想定される微小な変更といえるかどうかを問題とする必要はなくなるわけである. ひとたび,経済が均衡ないしはその近傍にあるとの仮定を放棄すれば,初期状態の均衡からの 乖離(以下ではこれを「初期位置」と称する)が課税の効用コストの大きさにいかなる影響を与 えるかという興味深い問題を扱うことが可能になる.この論文ではスタンダードな新古典派モデ ルをベースに,まず,一定値に固定された既存税率および課税変更幅のもと,資本ストックの初 期値をさまざまに変更させ,shooting algorithm を用いてその含意する初期位置を見つける.次に, 既存税率ならびに課税変更幅は大きいほど効用コストが大きいが,それらの大きさは経済の初期 位置とどのような関係にあるかを,2つの異なった初期位置で効用コストの変化を比較すること により探る.以下が,本論文の主要な結果である.まず,課税変更時に経済が移行経路にあった 場合には,均衡経路にあった場合に比べて,資本所得課税の効用コストは大きい.したがって, 後者の仮定にもとづいて政策含意を導く場合,効用コストを過小に評価する危険がある.次に, 効用コストの大きさは,初期位置が均衡からは離れれば離れるほど大きい.第3に,既存税率が 高ければ高いほど,変更幅が大きければ大きいほど,課税変更の効用コストは大きいが,それら は初期位置が均衡から離れれば離れるほど大きい.こうした結果を総合すると,家計の効用の観 点からは,初期位置が均衡から遠く離れ,既存税率が高く,増税幅が大きいときに,資本所得課 税の増税はもっとも避けられるべきであることを示唆する. 本論文の構成は以下のとおりである.まず次節で,3節以降の分析を motivate するべく,わが 国のマクロデータで課税変更前経済を常に均衡にあるとみなすことの問題点を指摘する.3節は, 数値計算にもとづく本論文の研究の手法を概説し,4節はその結果を報告する.最終節は若干の 結語と継続の研究の方向について言及し,本論文を締めくくる. 7)Chamley(1981, p477-479)は例外的に 50 %ポイントもの課税変更を分析しているが,その場合得られた結果がどの程度 の精度で評価されるべきかは不明である. 8)例えば,わが国の法人税率(基本税率)は 1999 年の税制改革で,34.5 %から 30 %に引き下げられた.
2.わが国マクロデータによる問題点の指摘
もっとも単純な,非弾力的労働供給の新古典派成長モデルを,離散時間で考えよう.効用関数 および生産関数はそれぞれ,ut≡ ct 1−σ/1−σ,Y t= AtKtθNt 1−θとする.ただし,ここで c は一人当 たり消費,σは異時点間代替率であり,Y,A,K,N,およびθはそれぞれ,総生産,全要素生産 性(TFP),資本投入,労働投入,所得に占める資本のシェアである.通常の家計予算制約式を条 件として上記の効用最大化にとりくむと,要素市場均衡条件と併せて,以下の2つの連立・非線 形階差方程式を得る. (2-1) (2-2) ただしここで,βは家計の時間選好率,τは資本所得税率,nt≡ Nt+1/Ntは労働供給増加率,γt≡ At+1/Atは TFP 成長率であり,これらはすべて外生的に決まるものとする.当該モデル経済は,こ の2式によって完全に描写される.ct並びに一人当たり資本ストック ktは,このモデル経済が以下 の2式で示される均衡へ収束することを担保するために,それぞれ ≡ ct/At 1/(1−θ), ≡ k t/At 1/(1−θ) のように再定義される.すなわち, 変数に付された asterisk は,その変数の均衡経路上の値を示す.この完全予見下の単純な成長モ デルでは,ひとたび と の初期値が決まれば,そこからこれら均衡に向けた,経済の成長経路 が完全に特定される. 前節で言及された問題点を指摘するため,まず「初期」時点を 1997 年に定めよう.これは,同 年が大きな税制改革が行われた年であるからである.国民経済計算によれば,同年すなわち t = 1997 においては,nt= 0.993,γt= 0.980,δ= 0.082 である.もしこの年に日本経済は長期均衡経 路上にあったとするならば,n*= 0.993,γ*= 0.980 となる.これらの意味するところは,わが国 c k = + k* k* k* k* = c* *n* * 1 1/ 1 1 1 kt ct t t tnk +1=kt + 1 kt ct +1 +1 t tc /ct= 1 rt +1経済は労働供給,TFP とも長期でマイナス成長となることを意味するため,これをそのまま用い ることには多少なりとも議論の余地はあるが,とりあえずこのように仮定してみる.θおよびβ については文献で,それぞれ,0.3 から 0.4,0.97 から 0.98 までの値が用いられることが多いので, ここでは切のいい数値としてθ= 0.35 およびβ= 0.975 を仮定してみる9).τの選択は容易ではな い.というのも,わが国の資本所得関連の税制はきわめて複雑であり,平易な推計を許さないか らである.国税たる法人税の基本税率は 1997 年時点では 34.5 %であるが,地方税率や企業の納め る消費税そのほかの間接税や,複雑な控除や原価償却を反映した課税ベースの変動も考慮する必 要がある10).さらに,モデルが想定する「資本所得課税」は家計の支払う税である以上,それに 対応する値を推定する上では,配当・利子支払い・キャピタルゲイン等々の個人段階での課税も 視野に含める必要がある.これらをすべて含めた場合,τの適切な推計値は 50 %を超えるとも考 えられる.ここでは,やはり切のいい数値としてτ= 0.5 を選択する. さて以上の値を(2-1)式に代入すると = 6.60 を得るが,これは実際のデータから得られる値 の 2 倍以上の違いがある.また, および もそれぞれ 1.64,2.05 となり,実際値を 93 %, 31 %も上回る.これらモデルとデータの大きな開きは,1997 年時点でわが国経済が均衡経路ない しはその近傍にあったとみなすことを容易に許さない.このような状況で,実証研究者はどのよ うに両者の開きを埋めるであろうか.ひとつには,パラメータの値を変更して差を縮小させ,均 衡経路にあるとの仮定を維持する.たとえば仮に,より受け入れられやすい n* = 1,γ*=1を選 択した場合, の値は依然として大きいものの, と は実際値よりもそれぞれ約 27 %,7 % 大きいに過ぎなくなる.しかしながら,こうした値を選択した場合,もはやτ= 0.1 という,しば しば文献で用いられる値を使ったシミュレーションを行うことはできない.というのも,その場 合モデルとデータの差が再び, で 68 %, で 18 %と拡大してしまうからである.同様に, θ= 0.33,γ*= 1.01 なる値が選択された場合には, と の値はτ= 0.5 のもとで実際値を下 回ってしまう11). 以上の議論は,新古典派成長モデルを用いて現実経済を calibrate する場合,分析時点で経済が 均衡経路にあったと不用意に仮定することは妥当でないことを指摘する.いうまでもなく,当該 モデルでは変数の均衡値はパラメータの値に敏感に依存して決まるため,モデルとデータのこう y* k* y* k* y* k* c* y* c* k*
9)たとえば,Hayashi and Prescott(2002)は,90 年代の日本経済を描写する値として,θ= 0.362,β= 0.97 を用いてい る.θに関し深尾他(2003)は,僅かに小さいものの,ほぼ同程度の値を推計している.
10)内閣府(2002)によれば,国税・地方税を合わせ,課税ベースの変化も加味した場合の企業段階での法人税率は,1997 年時点でおよそ 50 %となっている.
11)このような違いが果たしてどれくらい重要な意味をもつか依然懐疑的な読者のために,King and Rebelo(1993)などで 展開される「ライフ・タイム分析」を行った.その結果は,第4節図1のパラメータ値でα= 0.9 のとき,均衡と初期位置の 違いの 50 %,75 %,90 %が埋まるまでに,それぞれ7年,12 年,20 年の長時間を要するというものであった.これらの結 果は,均衡と初期値の違いは簡単に無視できるものではないことを示唆する.もしモデリングに関して厳密であろうとすれ ば,そのもたらす違いについても厳密でなくてはならない.
した違いは驚くに値しない.しかしながら重要なことは,このことが,両者の違いが小さくなる よう,必ずパラメータの値が選択されなくてはならない理由とはならないことである.逆に,も し経済を現在均衡にはなく,移行経路を移動中であるとの仮定にたてば,研究者は元来のパラメ ータ値を維持し,かつ欲する税制変更分析を行うことができる.もし,課税変更時点での経済を そのようにみなすことが,モデルとデータと差異を埋めるにあたってより問題の少ないやり方で あると考えられる場合には,それが積極的に採用されるべきであろう.
3.分 析 手 法
本論文の分析手法は,線形近似によることなく数値計算により,連立・非線形階差方程式(2-1), (2-2)を解くというものである.分析は実験ベースで行われる.すなわち,用いられるパラメータ の値は,ある特定の国を calibrate したものではなく,経済成長や実物的景気循環の文献において 一般的に用いられている値を採用する.具体的には,θ= 0.33,δ= 0.1,β= 0.975 である.簡 単化のために,TFP および労働供給の成長率は 0 と仮定し,すべての時点 t においてγt= nt= 1 とおく.これらの値は以下の分析を通じて,上記の値に固定される.というのも,本論文の主た る関心が課税変更時点における経済の位置が及ぼす効用コストへの影響であるからである12).そ れは,α なるパラメータ 0< α≦ 1 にさまざまな値を当てはめることで,変更する.それとと もに,既存税率τおよび課税変更幅 dτの効用コストへの影響を考察するために,これらにもいく つかの値を試みる.α として決定される の初期値それぞれについて,shooting algorithm によ ってそれに対応する の初期値が探索される.以下すべての数値計算には,MATLAB© Version6.5 を用いた. 文献でしばしば課税変更の効用コスト測度として用いられるのが,効用変化分の税収変化分 (ともに現在価値の総和)に対する比である.これは,追加税収 1 円当たり何円分の効用の損失が あったかという,直感的にわかりやすい効用コストの大きさを提示するため,多くの先行研究が これを用いている.しかし,これらの研究ではこの測度を課税変更時点で経済が均衡にあったと の仮定の上に導いている.したがって,ここでの分析で同じ測度で結果を比較しても,かえって 誤った結論に導かれる可能性がないとはしない.そこで,ここではより直接的な測度といえる, 課税変更前後での効用の変化そのもののを用いることとする. ここでは,課税変更に関する仮定は可能な限り簡便なものとし,Chamley(1981)のように, 一回きりの,永続的な,即時すなわち非予見的の増税のみを分析対象とする.したがって,Judd c k k* k* 12)無論,効用関数の定式化は効用コストの大きさに影響をあたえうるであろうが,ここでは分析を可能な限り単純にする ため,効用関数は第2節で設定したようなログ型に固定している.(1985,1987)で扱っている,永続的増税と一時的増税,予見的増税と非予見的増税の違いなどは, 分析対象からはずした.こうした問題は無論いずれも興味深いが,本論文の主たる関心点を浮き 彫りにするため,ここではこれらは扱わない.
4.分 析 結 果
最初に,課税変更時点における経済の位置すなわち初期位置が,課税変更の効用コストの大き さとどのように関係するかを分析する.キーとなるパラメータはαであり,これに 0.75 から 1.0 ま でのいくつかの数値をあてる.α= 1.0 は課税変更時点で既に経済は均衡にあったことを示し,こ れを他のケースのベンチマークとして用いる13).既存税率(τ)は 0.3 に,課税変更幅(dτ)は 0.1 に固定する.図1は3つのαの値に対応する,消費(c)の時間経路を示す.1と2が,ベン チマークの,経済が均衡状態にあったケースである.課税変更とともに消費額はジャンプし,そ の後ゆっくりと下降し,たどり着く先の新たな均衡では,課税変更前よりも低い消費額が実現し ている.3と4,5と6がそれぞれ,課税変更時点で,資本ストックが均衡値にその 10 %,20 % 満たないレベルであった ケースである.いずれのケースも,ベンチマーク同様,消費額のジャン プ,なだらかな下降を経て,新しい均衡は課税変更がなかったら到達していたであろう「古い」 均衡よりも低い水準となっている.いうまでもなく,同じτの値には同じ均衡水準が対応する. したがって,3と5はτ= 0.3 の均衡水準を示す1に収束しているし,またτ= 0.4 の3つの経路13)これは,King and Rebelo(1990)の図1の左側の図に対応する.そこでは正の技術進歩率を仮定しているため,正の傾 きを持ったグラフとなっている.しかしながら,彼らの研究では効用コストの定量的測定は行っていない. 図1 消費の時間経路 1.20 1.15 1.10 1.05
1. before tax change(α=1) 3. before tax change(α=0.9) 5. before tax change(α=0.8)
2. after tax change(α=1) 4. after tax change(α=0.9) 6. after tax change(α=0.8) 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25
(2,4,6)はみな同じ均衡水準に収束している.しかしながら,消費が課税前水準に戻るまで の時間は,3つのケースで異なっていることがわかる.したがって,効用コストの数値計算は, こうしたペアごとに行われなければならない. 表1がそうした効用コスト数値計算の結果である.図2はそれをグラフに表したものである. 数値はいずれも,課税変更が行われなかった場合に得られる効用の大きさに対する,課税変更に よって得られることとなった効用の大きさ(いずれも現在価値の総和)の比であることを想起さ れたい.真中のコラム1(τ= 0.3)が上記に課税変更に対応する.課税変更時点で経済が均衡か ら離れていればいるほど,すなわちコラムを下に下がれば下がるほど,課税変更の効用コストは 大きくなっている.第1,第3コラムは,それぞれ既存税率が 0.1,0.5 であった場合のシミュレー ション結果である.変更幅(dτ)は 0.1 である.ここでも同じく,課税変更の効用コストはその 時点で経済が均衡から離れていればいるほど大きいという,傾向が検出される. この表からは,さらに別の2つの傾向が観察されるであろう.まず,任意のαについて,表を 右に移動するほど数値は小さくなる.これは,同じ幅(0.1)の課税変更であっても,それが施さ れる時点での既存税率が高いほど効用コストは大きいことを示しているが,これは驚くに値しな 図2 初期位置・既存税率と効用コスト 1.00 0.99 0.98 0.97 0.96 0.95 0.94 0.93 0.92 1.00 0.95 0.90 初期位置(α) τ=0.1 τ=0.3 τ=0.5 0.85 0.80 0.75 α 1.00 0.95 0.90 0.85 0.80 0.75 τ=0.1 0.9982 0.9979 0.9977 0.9976 0.9974 0.9971 τ=0.3 0.9876 0.9867 0.9860 0.9851 0.9842 0.9831 τ=0.5 0.9458 0.9431 0.9398 0.9361 0.9320 0.9272 表1 初期位置・既存税率と効用コスト
い.なぜなら当該税は歪曲税であり,歪曲税の効用コストは税率に関して凸であると考えられる からである.より興味深いのは,既存税率が高ければ高いほど,経済の初期位置の及ぼす効用コ ストの大きさがより大きくなることが観察されることである.たとえば,真中のコラムを見よ. 経済が均衡にあった場合(第1列)に税率を 0.3 から 0.4 に引き上げた際,効用は約 1.24 %低下す る.経済が均衡を 20 %下回っていた場合(第 5 列)には,同じ課税変更は効用を 1.38 %低下させ, その差は 0.34 %(= 0.9842 − 0.9876)に過ぎない.しかし,同様の比較をτ= 0.5 について行う場 合,すなわち第3コラムを見た場合,その差は 1.38 %(= 0.9320 − 0.9458)にまで拡大する.こ のことは,経済がすでに均衡にあったとする従来の分析とここでの分析の差は,より高い既存税 率からの課税変更を分析する場合ほど大きいことを示唆する.したがって,そのような場合ほど, 課税変更時点で経済が均衡にあるかどうかの判断には慎重でなくてはならない. 次に,課税変更幅の影響を考察しよう.τを 0.3 に固定して,dτを 0.01 から 0.05 まで変化させ た場合の結果が表2で,図3はそれをグラフに表したものである.あるαをとった場合,効用コ ストは課税変更幅とともに上昇する.すなわち図のグラフはいずれも右下がりで,表においては いずれの列でも数値は右に行くほど小さくなっている.これは上述のとおり,当該税が歪曲税で あるから当然といえる.注目すべきは,図で言えば,αの下降に伴ってグラフは下方へシフトす 図3 初期位置・課税変更幅と効用コスト 1.000 0.999 0.998 0.997 0.996 0.995 0.994 0.993 0.992 0.01 0.02 0.03 課税変更幅(dτ) α=1 α=0.9 α=0.8 0.04 0.05 dτ 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 α=1.0 0.9992 0.9983 0.9972 0.9961 0.9949 α=0.9 0.9990 0.9979 0.9968 0.9955 0.9941 α=0.75 0.9988 0.9975 0.9960 0.9945 0.9929 表2 初期位置・課税変更幅と効用コスト
るが,その幅は dτが大きくなるほど大きいことである.このことは,より大きな増税の「痛み」 は,その時点で経済が均衡に近ければ近いほど小さく,遠ければ遠いほど大きいことを意味する. これを表の数値で確認すれば,たとえば,経済が既に均衡にあった場合(第1コラム)には 3 % の増税は,効用を 0.28 %引き下げ(第3行1列),5 %の増税も 0.51 %引き下げる(第5行1列) に過ぎず,その差は 0.23 %(= 0.9972 − 0.9949)程度である.しかし,経済が 25 %均衡に満たな い場合(第3コラム)には,0.3 %の増税は効用を 0.4 %(第3行3列),5 %の増税は 0.71 %(第 5行3列)引き下げ,差は 0.31 %(= 0.9960 − 0.9929)に拡大する.このことは,経済が均衡か ら離れていれば離れているほど,一度に大きな幅の増税は効用コストの観点からは避けられるべ きであることを含意する.すなわち,そうした状況ではより漸進的な増税が選択されるべきであ る.
5.結語と今後の展開
本論文は,課税変更時点で経済が均衡にあったとする仮定を緩めたうえで,租税論の分野でこ れまで長く議論されてきた資本所得課税の効用コストの分析を行った.線形近似の手法を用いる ことなく,コンピュータによる数値計算により,課税変更時点での経済の均衡からの乖離の程度, 既存税率,課税変更幅を変化させつつ,効用コストを定量的に分析した.その結果,いくつかの 興味深い結果が得られた.まず,経済が均衡から離れていればいるほど,同じ課税変更でも大き な効用コストをもたらす.そのため,経済が均衡に遠く達していないにもかかわらず,従来の分 析枠組みに従って均衡に達しているとみなして施した分析は,効用コストを過小評価する可能性 がある.そしてこの効用コストは,均衡からの乖離幅に関して凸であるため,それが大きいほど 過小評価の度合いは無視し得ないものとなる.また,そうした過小評価の大きさは,既存税率が 高いほど大きくなる.さらに,大きな幅の課税変更のコストは,経済が均衡から離れれば離れる ほど大きいとの示唆も得られた.これらを総合すると,経済が均衡から依然遠く離れているとき に行われる,高い既存税率からの大幅な課税変更は,効用コストの観点からは最も避けられるべ きものとなる. 本論文の分析の最大の難点は,扱ったモデルが単純すぎることであろう.ここでは主張を可能 な限り明確にするために,敢えてそうしたモデルで分析を行ったわけであるが,実際の税制変更 を評価しようとする場合には,ここでの結論がより一般的・複雑なモデルでもあてはまるかを探 ることは重要なテーマである.したがって,後続研究のひとつの課題は,ここで扱った単純なモ デルをよりよく現実経済を模倣するよう,いくつかの追加的な構造を付与することであろう.そ うした構造の中でもっとも重要と思われるのは,労働供給の内生化である.こうした構造を加えることにより,労働所得税や消費税などのより広い税制変更を分析することもまた可能になる. 税制変更の仮定が極めて単純であることも,今回の研究の不足点といえる.ここでは,一回き りの,恒久的,予見されない税制変更のみを対象としたが,現実の税制変更はしばしば,漸進的 で前もって予見されることが多く,また時限付の一時的変更であることも少なくない.したがっ て,現実的な政策評価の見地にたてば,こうしたいくつかの税制変更を分析し,それらの結果の 違いについての知見を得ることもまた,価値ある後続研究のテーマといえよう. [参考文献] <欧文>
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