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東南アジア低湿地の土地利用

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東南 ア ジア低 湿地 の土地利用

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Thisisareview paperonthepresentuseand the future potentialofswamp land in insular SoutheastAsia. Thoughmostswampareashave beenunutilizedorundemtilized,theyhavesome uses,traditionalasweuasrecent. Theseinclude the starch extraction from sago palm in lrian Jayaandotherislands,thepineapplecultivation on peatsin Peninsular M alaysla,and the rice cultivation by tidalirrlgation in Sumatra and Kalimantan. Inthispaper,thelandconditions, technologyemployed,theeconomyorproduction, the population involved and theirsocialback一 ground,and the limitations and potentials or f

uturedevelopmentof.theseusesarefirstdescribed anddiscussed. Next,variousexperimentalworks onpeatsoilarereviewed,whichincludestudiesor bothannualandperennialcrops.

Based on these,severalperspectiveviewsare presented. Theyareasfわllows:

(a) the equatorialswamp isso unique an ecosystem thateffortsshould bedirected

じ め

マ レー半 島 とボル ネオ, ス マ トラ, ニ ュー ギ ニ アの諸 島に, 未 利用 あ るい は極度 に利用 度 の低 い子毎岸低湿地 が広 が って い る こ とは よ く知 られ て い る。 小稿 は, これ らの低 湿地 の 利用 を考 え るので あ るが, その土壌 ,植 生, 地 形 に関す る概説 は,本 誌 の20- 22巻 .にみ ら *京都大学東南 アジア研究 セ ンター ;TlleCenter rorSoutlleaStAsian Studies,KyotoUniverslty

to devising similarly unique farming systems adapted to it rather than to bringlnglnSystemsevolvedelsewhereby drasticallymodifyingthelandconditions; (b) thedeep peatswamps,orwhich t heun-derlying mineral layer is so low that gravitydrainagewouldeventuallybecome impossible due to subsidence,should be leftuntouched given thepresentstateof theart;

(C) lowland rice could be planted in some parts,butproduction orsurplusrice in anysigni丘cantamountseemsunlikelydue to血einherentlylow labor,irnotland

,

productivityorswampyareas;and (d) the low productivity per unit area or

swamplandwouldnotitselfdeteritsuse,

and,therefore,suchfarmingsystemsthat mightbelow intermsorlandproductivity buthigh in termsorlaborproductivity shouldbesought.

れ る [古 川 1984;久馬 1982;1983;山 田 1983a;1983b;1984a;1984b]。こ れ らの概 説 にみ られ るよ うに,土地 利 用 を阻 んで い る ものが, その劣悪 な 自然環 境 で あ る ことは明 らかで あ る。 しか し,一 口に熱帯低湿地 とい って も, 利用を阻 む環 境要 因 の種 類 が ど こで も同 じとい うこ とはない。久馬 は, 熱帯低湿 地 の土壌 を マ ング ローブ下 の堆 積 物 に由来 す る土壌 と, 湿地 林下 の有機質 土壌 とに二 大 別 して い るが, この枠 組 は土地 利 用 を考 え るに 当た って も有 効 で あ る。 なぜ な らば, 利用 を 409

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東南アジア研究 21巻4号 阻 んで い る もっ と も顕 著 な要 因が, 前者 にお け る硫 酸酸性 土壌 と後者 にお け る泥 炭質 土壌 で あ るか らで あ る。 したが って, 土 地 利用 に 関す る考察 は この2種 類 の土壌 の それ ぞれ に つ いて個 別 に行 われ るべ きであ るが,実 際 に はそれが 困難 で あ る。 その理 由は ふ た つ あ る。 ひ とつ は,泥 炭層 の下 層 に潜在 的硫 酸酸 性 土層 が 出現 す る場合 がか な りあ り, しか も 今 日の利用 の大部 分 が この よ うな条件 の土地 にみ られ る こ とであ る。 もうひ と つ の 理 由 は,種 々の利 用形 態例 の記載 や栽培 試験 報告 の 中 に, 土壌 の性 質 に関す る記 載 が ないか, 不完全 で あ る場合 が多 い こ とで あ る。 と くに 表 層 の泥 炭 の厚 さ とその下 の無機質 土層 の性 質 とが報告 されて いない ので, その事例 を ど う評価 すべ きな のか判 断 に苦 しむ場合 が非 常 に多 い。以下 に作物別, 利用形 態別 に土地 利 用 を概観 す るが, この よ うなわ けで土壌 条件 を 明確 に示 す こ とがで きない場合 が多 い。 し か し, 利用 を考 え る場合, 基 本 的 には土壌 条 件 が もっ と も大 きな問題 で あ る こ とは明 らか で あ るので, それ を念頭 にお きつつ 諸事 例 の 意味す る ものを ど理解 願 いたい。 Ⅰ サ ゴ ヤ シ 小稿 が対 象 とす るのは島峡 部東南 アジアの 未 利用低湿地 で あ るが, ま った くの未 利用 と はい えない。 い くつ か の利用 の タイプが み ら れ るが, そ の中で もっと も古 くか ら行 われて い る と思 われ るのが サ ゴヤ シ(MelroxJlonsp.) の利用 で あ る。サ ゴヤ シは赤 道湿地 帯 に 自生 す る唯一 の有 用植 物 で あ る といわ れ て い る [佐 藤 1979:9]。 その分布 の東 限 はサ ン タ クル ス諸 島, 西 限 は南 タイ, 南 限 は カイ アル (Kai-Aru)諸 島,北 限は ミンダナオ島 といわ れ, もっ と も集 中 して み られ る ところは モル ッカ諸 島 とニ ューギ ニ ア島で あ る。 これ らの 地域 にはサ ゴヤ シを主 食 とす る人 々が み られ 410 る。 その主 な ものは, ニ ューギニ アのパ プ ア 族 ,モル ッカ諸 島 ,ス ラウ ェシ南東 部 ,Bang-gai-Sula列 島 (ス ラウ ェシの束 )の住民 , サ ラワ クの メ ラナ ウ (M elanau)人, ブル ナ イ とサバ の クダヤ ン (Kedayan)族 な どで あ る [Av6 1977]. 生 産 と消費 を 同一者 が行 う場合, 自生 のサ ゴヤ シを利用す る こ と もあ り, 栽櫨 を行 うこ と もあ る。 前者 はニ ューギ ニ ア に多 い。例 え ば, 西 イ リア ンの南緯 1044′と2016′, 東 経 132中と 133o30′の範 囲 の航 空写 真解 析 によ っ て ,約10

haに及ぶ サ ゴヤ シを主 体 とす る低 湿 地 林 が広 が って い る ことが 分 か って い る [Stellingwerr1957](Flach[1980:118-119] 中 に引用 )0 サ ゴヤ シを商業 的生 産 す る例 もあ る。 サ ラ ワ クの メ ラナ ウ人 によ る ものが有 名 で あ る が, これ につ いて はの ち に述べ る。 その はか に も,西 マ レー シアの ジ ョホール州 Bat uPa-hatで は,1895年 に早 くもサ ゴヤ シの栽培 が あ った と報 告 さ れ て い る [Ridley 1895] (Flach[1977:173] 中 に引用 )。 こ このサ ゴ ヤ シ栽培 は,1970年 には約 2,000haあ り,そ の後 も面 積 の増加 が続 いて い る といわれて い る. 同様 の栽 培 が東 ス マ トラの Benkalis,Li -ngga諸 島 に も存在 して い た とい う報 告 が あ るが, 現 在 ど うな って い るか は不 明 で あ る

lReep 1907;Scheffer and Holle 1873] (と もに Flach[1977] 中 に引用 )。 いず れ の 形 態 によ るサ ゴヤ シ利用 の場合 にあ って も, その利用面積 は大 き くな く,全 低湿地 の ご く 一 部 を利用 して い るにす ぎない 。例 えば サ ラ ワ クの場合,1966年 にお け るサ ゴヤ シ面 積 は 22,700haと推定 されて い るが , これ はサ ラ ワ クの全泥 炭質土壌 面積 の 1.5パ ーセ ン トに す ぎない [Tie and Lim 1977]。 サ ゴデ ンプ ンを得 る方 法 は以下 の通 りで あ る。幹 を倒伐 し,皮 を剥 ぎ と り, 内部 の髄 を 削 りと り,粉砕 す る。細 くな った髄 ほおが く

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ず様 にな る。 これ に水 を か けて デ ンプ ンを操 み だ し,節 を通 して 沈澱 槽 に沈 積 させ る。 用 い られ る道 具 や デ ンプ ンの歩 留 りに差 は あ る ちの の, 工 程 と して は共 通 性 が あ る。商 業 的 生 産 の場合 , 機 械 化 が 進 ん で い るが, 原 理 は 同 じで あ る。 ニ ューギ ニ ア の低 地 で サ ゴヤ シの利 用 を証 拠 づ け る道 具 (石 器 ) を 発見 す べ く, 考 古学 的 調 査 が行 われ て い る。 い まだ結 論 的 な こ と は い え ない が, サ ゴヤ シ利 用 の歴 史 は非 常 に 古 い もので あ る と考 え られ て い る [R】10ads 1977]。東 南 ア ジア にお け る穀 類 栽 培 に 先 立 って, サ ゴヤ シ, タ ロイ モ, 漁 務 に依 存 す る 生 活 形 態 が低 湿 地 に長 く存 在 した とい う考 え 方 もあ る [Av6 1977]。 もっ と も原 始 的 と思 われ るサ ゴヤ シ利 用者 は ,ニ ューギ ニ アの低 地 にみ られ る。彼 らは , そ の生 活 圏 の立 地 条 件 ,生 業 ,集 落 の大 き さ, 定 着 性 によ って, 次 のふ たつ の類 型 に分 か つ こ とが で き る。第 1の類 型 は, 大 河 川 ま た は 海 岸 に近 い沖 積 平 野 にみ られ る もので, サ ゴ ヤ シ利 用 の ほか に, 漁務 と 自然 堤 防上 の 園地 にお け る作 物 栽培 に よ って食糧 を確 保 して い る。 この よ うな場 合, 集 落 は200- 400人 の人 口が あ り, 移動 しな い。第 2の類 型 は, 大 河 川 や海 岸 か ら離 れ た低 地 にあ り, 狩 猟 と採 集 を生 活 基 盤 とす る。集 落 は 15- 150人 程度 で , 定 着 性 が な い [Townsend 1977]。 このふ た つ の類 型 の差 は,主 食 で あ るサ ゴの生 産性 の 相 違 に起 因す る もので はな く, サ ゴ以外 の食 糧 源 の種 類 と獲 得 方 法 の相 違 に帰 せ られ るべ きで あ る とされ て い る [Townsend 1974]。 Sepik Hill語 グル ープ は後者 の例 で あ るが, そ の平 均 的人 口密 度 は, 1平 方 マ イル 当 た り 2人 (0.78人/km2) といわ れ る。 し か し, Townsendが調 査 した同 グル ープ構 成 メ ンバ ー の ひ とつ で あ る Sanio-Hiowe族 の場 合 ,1 平 方 マ イル 当 た り 6人 (2.34人/km2)で あ っ た libid.]. Stellingwerrが, 西 イ リア ンの最 西 部 に約 10

haの 自生 サ ゴヤ シ林 が あ る こ とを報 告 して い る と書 い たが, それ 以 前 に この地 域 の 現 地 調査 が行 われ て い る。 それ に よ る と, こ の 自生 林 の潜 在 的 サ ゴ生 産 力 は, 乾燥 デ ンプ ンで 2.5トン/ha/年 といわ れ ,それ は 27,000 kcal/ha/日 に相 当す る。 この推定 値 は過 小 評 価 の き らい が あ るが, それ で もバ ナ ナの高 収 記 録値 に匹敵 す る。 1950年 当時, 地 域 内 の人 口は 15,000人 程 度 と考 え られ, 上 記 潜 在生 産 力 の 10パ ーセ ン ト程 度 しか利 用 し て い な い [Zwollo 1950] (Flack [1980:119]中 に引 用 )0 パ プ ア ・ニ ューギ ニ アの Oriomo地 方 に住 む サ ゴ利 用者 の調 査 によ る と, 50- 200人 程 度 の集 落 が, 10- 20km の隔 た りを もって 散 在 し, 人 口密 度 は平 方 キ ロ当 た り 1人 で あ る。 集 落 は 5- 10年 ご とに移 動 す る。 この よ うな状 態下 の住 民 ひ と り当 た りの カ ロ リー摂 取 量 の うちの約 70パ ーセ ン トが サ ゴ によ って 供 給 され て い る。 そ の他 は焼 畑 に栽 培 され る タ ロイ モやバ ナ ナ, それ に狩猟 の獲 物 な どか らな る0- 万 , 食 糧獲 得 に要 す る時 間 で は, サ ゴ と焼 畑 とにほ ぼ同 じだ けの労 働 力 が使 わ れ て い る。 これ は労 働 時 間 当 た りカ ロ リー獲 得 量 が サ ゴで は 3,160kcalで あ るの に対 し, 焼 畑 で は 1,020kcalに す ぎな い こ とに よ る [Ohtsuka 1977]。 この よ うに , ニ ューギ ニ ア低 地 のサ ゴヤ シ利 用 者 の生 活 は極 めて 原始 的 で は あ るが, そ の こ とは食糧 調 達 の た め の 労 働生 産性 の低 さを意 味 す る もので はな い。 表1 ニューギニア原住民によるサゴデ ンプ ンの労働生産性 種族名 実 ンFB/芙 霜 ]4 原 著 Sanio-Hiowe 24.6 4.1-4.9Townsend [

1

9

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4

]

Abelam Kwoma Emory 5 Lea[1964] 5 Whi恕 eadnE193。] 8.9-10.6Edwards[19

6

1

]

Townsend [1974]による。

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東南 アジア研究 21巻4号 Townsend が集 め た諸調査 例 は表 1の通 りで あ る [Townsend 1974

]。

以上 の よ うな生 産性 は, 100万kcalの食糧 獲 得 に要 す る人 日数 で表現す れば ,80- 188人 日とな る。 この値 は, 自給 自足 的経 済 の もと にお け る焼 畑民 のそれ と, ほぼ同 じ水 準で あ る。 また, この値 は, 4- 5日に 1日の割合 で働 くだ けで, 全 カロ リーの85パ ーセ ン トを 生 産 で きる ことを意 味 す る [ibid.]. サ ゴヤシ利用 が もっと も集 中 して い るのは モル ッカ諸 島 で あ る。 その 中 心 的 な 島で あ

る Seram 島南 部 ,Amhai地 区の Nualu族

の調査 によ る と,大人 の全摂 取 カ ロ リー3,085 kcal中, 1,958kcalが サ ゴに依存 して い る. サ ゴデ ンプ ンの約半 分 強 は, 自生 サ ゴヤ シか ら,残 りが栽 植 ヤ シか らと られ る。サ ゴ以外 の食糧 は, 焼 畑,採 集,狩 猟 によ る。 一方 , 労 働 時間 の配 分 で み る と, サ ゴデ ンプ ンを得 るに要 す る時 間 は, 1970年 の 4- 8月 の期間 中, 自生 サ ゴ166人 日,栽植 サ ゴ154人 日の合 計320人 目で あ り, 仝労 働時 間935人 日の34パ ーセ ン トで あ った。す なわ ち, 全労働 時 間 の 34パ ーセ ン トの労 働 で, 全 カ ロ リーの63パ ー セ ン トを得 て い る [Ellen 1977]。 以上 に述 べ た よ うに, ニ ューギ ニ ア低地 人, あ るい は モル ッカ諸 島 中で も自給 自足 的経 済 を営 んで い るサ ゴ利 用者 の場合, 人 口密度 は低 く, 自 坐 , 栽植 サ ゴ資 源 は豊 富 で あ り, かつ, デ ン プ ン採取 の労 働 効率 は高 い。 したが って,少 な くと もカ ロ リー獲得 は容易 で あ る。 カ ロ リ ー摂 取 の困難 さが,稀 薄 な人 口や原始 的 な生 活 を結果 して い る とは考 え られ ない。 貨 幣経 済 の浸透 して い る社会 で,定 着 した 村 落 に住 む人 たちの問 で も, サ ゴヤシが利用 されて い る。 ス ラウ ェシにお け る, その よ う な村 の事 例報告 を, ひ とつ紹介 しよ う [高 谷 1983

]

ス ラウ ェシにお け るサ ゴヤ シの 中心 はル ウ (Luwu)県 で あ る。 ス ラウ ェシ最 初 の王 朝 は 412 13世紀 のル ウのパ ロボ (Palopo) で あ った と いわれ, サ ゴ常食 圏 の権 力 が米 食 圏 の それ に 先 ん じて い た と考 え られ る。 ボ ネ (Bone)拷 の奥 の海岸 に面 して, ル ウ低地 が広 が る。 そ の海 岸 沿い にあ るペ ンカ ジ ョア ン 村 (Desa Pengkajoang)の伝 統 的生業 を支 え る ものは , サ ゴ と水牛 と魚 で あ る。 村 に伝 わ る伝説 に よ って も, またサ ゴヤ シの立地 状況 か ら判 断 し て も, この村 のサ ゴヤ シは栽植 され た もので あ る こ とは明 らかで あ る。 水 田 もわず か なが らあ る。 植 民地 政府 の政策, 日本 軍 政, カ-ル ・ムサ ッカカ-ル の 内乱軍 な どの外 部 的要 因 に よ って,水 田耕 作 が一時 期増大 した ことがい く皮 か あ ったが, 永続 しなか った。 その主 た る原 因 は, 水牛 その他 の野生動 物 が多 くて, 水 田耕 作 が 困難 で あ った ため と考 え られて い る。す なわ ち水 田は厳重 な柵 で防御 され ねば な らないか らで あ る。1982年 以前 の数年 問 を とる と,全戸 数484戸, 人 口2,994人 の この村 で,年 平 均 150頭 の水牛 が トラジ ャの仲 買人 によ って 買い と られて い る。村 は屋敷 地 林, サ ゴヤ シ園, 養魚池, それ に少 々の水 田 に囲 まれ, その外 側 に海 岸寄 りには マ ン グ ロー ブ, 内陸 側 には広大 な半湿性 の草地,潅 木 を 含 む二 次 林が あ る。 人 口密 度 は 30人/km2 に す ぎない。 サ ゴ と水牛 と養 魚 との組合 せ が, この村 のおかれ た 自然 ,経 済, 社会 的条件 に 適 応 した もので あ る こ とが分 か る。 ところで, 1978年 ごろか ら, この村 のサ ゴ 生 産 に大 変化 が起 こった。 それ は動 力粉砕 機 の導入 で あ る。 これ によ って生 産量 は飛躍 的 に増大 し,従来 は 自家 消費 用 が主 で あ ったサ ゴ生 産 が商業生 産 に変質 した。 1982年 の年 間 生 産量 は約 3,000 トンと推定 され, その80パ ーセ ン トが販 売用 で あ る といわれ る。 サ ラワ クの Oya, Mukah 川地方 に住 む メ ラナ ウ人 が,伝 統 的 なサ ゴ利 用民族 で あ る こ とは よ く知 られて い る。 しか も, ここで はサ ゴが古 くか らの交 易 品で あ った。 ブル ナ イの

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サ ル タ ンとサ ラワクのブル ックとの確執 の主 た る原 因 は, メ ラナ ウ人 のサ ゴ交易 を め ぐる ものであ った。 この地 域 は1861年 にブル ック を ラジ ャ とす る サ ラワク に 割 譲 され たが, 当時 の メ ラナ ウ人 は, 数 百 人 か ら千 人 ほ ど を単位 と しロ ング ・- ウスに住 んでい た。 そ の生 業 は,水 稲栽培,サ ゴ採 取 ,狩 猟 ,漁 携 , 採集 で あ った。 サ ゴの交 易 は奴隷 を もつ貴族 階級 の手 中 にあ った。 ブル ック統 治下 に ロ ン グ ・- ウスはな くな り, サ ゴ交 易 は マ レー 人, つ いで 中国人 の手 に渡 った。第2次 世 界 夫戦 後, サ ゴは ブーム期 を迎 えた。 しか し, 1947年 に動 力粉砕機 が導入 され るまで は, サ ゴ生産 はメ ラナ ウ人 によ る手労働 によ って い た。動 力粉砕機 に数年遅 れて,動 力節 も導 入 され た。 しか し, ブ ームが続 く問 はデ ンプ ン 抽 出作業 が生産 の制 限要 因で あ り, メ ラナ ウ 人 の生業 と して の意味を もって い た。 1955年 にブームは去 った。 輸 出は1950年 の3日,247ト ンか ら1955年 の 9,871トンに激減 した。 ここ にメ ラナ ウ人 による家 内工業 は壊 滅 し, サ ゴ 生 産 は少 数 の資本家 の手 に移 った。少 数 の メ ラナ ウ人 が末熟練労 働者 と して雇 われて い る にす ぎない [Morris 1977]。 以上 にサ ゴデ ンプ ン採 取 のい くつか の類型 を概観 して きたが, これ らに共 通 す る こ と は,土 地生 産性 が ほ とん ど問題 とな って いな い点 で あ る。 す なわ ち, 自給 自足 的経 済 を営 んで い る場合 には 自家 消費量 以上 のデ ンプ ン を得 よ うとす る動機 が な く, かつ人 口稀薄 で サ ゴの資 源量 は無 限大 で あ る と考 えて も差 し 支 えないか ら, ここで 問題 とな るのは労 働生 産性 であ る。 商業 的生 産 の場合,抽 出作業 の 機械 化が進んでい るが,少 な くと も今 日まで の ところ生産量 を制 限 して い る もの は,資源 量 よ りほ労働生産性 あ るい は需 要で あ る と思 われ る。 しか しなが ら,未 利用低湿地 の将来 を考 え るに当た ってサ ゴヤシを想 定 す る 場 令, その土地生産性 も問題 と しな ければ な る まい。 サ ゴの商 業 的生産 を行 な って い るサ ラワク の メ ラナ ウ人 の場合, い くつか の事 例調査 に よ る伐 採数 はエ ー カー当た り年 6本 (14.85本 /ha/午) を超 え る こ とな く,平 均 4本 (9.90 本/ha/午 )で あ る[Morris 1953:156-158]。 ニ ューギ ニ ア低地 人 によ る伐採 数 は,ha当 た り年 間 7本 と報 告 されて い る [Edwards 1961;Townsend 1969] (と も に Johnson [1977] 中 に引用 )。 このよ うに実 際の伐 採数 は年 間 たかだか 10本/ha程度 で あ るが,先 に 述べ たよ うに伐採者 に とって土地生 産性 は問 題 で はないか ら, 潜在 的生 産性 は もっ と大 き い と考 え るべ きで あ る。 西 イ リア ンのサ ゴヤ シ 自生地 の調査 によ る と, 主 幹 とさまざまな生 育段 階 の吸枝 とか ら な る株 は,約 50m2の面積 を 占めて い る。す なわ ち平 均 7m 間隔 で 自生 して い る。 これ は 205株/haに相 当 し,よ く管理 され た条件下 で は各 株 か ら 3年 に 2本 の幹 が収穫 され るで あ ろ うか ら, 136本/ha/年 の生産 力が あ る とい う 推 定 が あ る [Wttewaal 1954] (Flack [1980] 中 に引用 )。 さ らに古 くは ,330本/ha /年 とい う推 定 を した人 もい る とい う [Joll n-son and Raymond 1956]。一万 ,52本/ha/ 年 とい う値 を 出 して い る場合 もあ る [Barrau 1958](Johnson [1977] 中 に引用 )。 これ と ほぼ同 じ値 (40-60本/ha/午) が ,ニ ューギ ニ アの ほぼ純生 サ ゴヤシ 自生 林で も報告 され て い る [Zwollo 1950] (Flack [1977] 中 に 引用 )。 ス ラウェシ で 高 谷 が 調 査 した もうひ とつ の サ ゴ栽 培 村 で あ る, ル ウ県 の タ ッカ ララ (Takkalala) 村 のサ ゴ林 内で は , 10年生 の本 数 は30-50本/haで あ り, この値 は実 際の伐 採 量 とほぼ一致 す る とい う。 また, 同村 内の あ る屋敷 地 内に40年 前 に植 え られ た, 2本 の 木 の詳細 な報告 があ る。 それ による と, 2本 の木 は現在 では 7抹 とな り, その樹齢構成 は

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東南 アジア研究 21巻4号 次 の よ うにな って い る。 12年 生 1本 10 1 8 2 6 3 4 3 2 26 11年 生 0本 9 0 7 2 5 1 3 11 1 50 上 にみ られ るよ うに, サ ゴの吸枝 は3- 4 年 目に幹 (直径40-50cm) を 出す が , そ の 時 期 に個 体 数 が 自然 に調整 され る。 これ は林 内で も認 め られ る こ とで あ る。 この2本 の吸 枝 を40年 前 に植 え た家 で は, 13年 目以降 , 年 平 均 2本 程度 の伐 採 を して い る とい う [高 谷 1983

]。

マ ラヤ の ジ ョホ ール州 Batu Pahatで 古 く か ら商 業 的栽 培 が行 われて い た こ とは前 述 の 通 りで あ るが , ここの 栽 植 密 度 は 6× 6m2 (277株/ha)で , もっ と もよい条 件 の場 合 ,1 株 か ら2年 ご とに 1本 の収穫 が あ る とい うか ら,138本/ha/年 とな る [Flach 1977] 。 以 上 みて きた よ うに,年 間 収穫 可能 本 数 に 関す る推 定 値 には, 大 きな開 きが あ る。 した が って, サ ゴヤ シの大 規模 農 園方 式を考 え る に当た って, その収穫 可能 本 数 の仮定 は人 に よ って 大 き く異 な る。 す な わ ち , Flach は Batu Pahatの例 か ら138本/ha/年 と考 えて い る [Flach 1980]. 100本/ha/年 を前 提 と し た計 画 の具体 案 を 提 唱 して い る例 もあ る [菅 原 1979]。一 万 , 40本/ha/年 とい う控 え 目 な値 もあ る [佐藤 1979]。 ニ ューギ ニ ア低 地 の Sanio-Hiowe 族 が デ ンプ ンを採 取 して い る現 場 で の

,7

本 の木 の , 1本 当 た りデ ンプ ン収 量 の実 測値 は ,62-453 ポ ン ド (28-206kg)/本 ,平 均 87kg/本 で あ った。 この濡 れ サ ゴの水 分 含 量 を27パ ーセ ン トとす る と,乾燥 デ ンプ ン収 量 は平 均 64kg/ 本 とな る [Townsend 1974]。同 じ くニ ュー ギ ニ ア低 地 の Abelam 族 の場 合 ,1本 のサ ン プ ル樹 の収 量 は,濡 れ サ ゴで483ポ ン ド, 乾 414 燥 デ ンプ ン160kg で あ った [Lea 1964] (Townsend [1974] 中 に 引 用 )。サ ラワ クの メ ラナ ウ人 の間 で は, ふ つ う, 1本 当 た り濡 れ サ ゴ 8♪α∫∫" とい われ て い るが, い くつ か の作業 場 で の実 測 に よ る と平 均 6.9♪α∫∫即 で あ った [Morris 1953]。 1♪α∫∫〃 の濡 れ サ ゴ が25kg の乾燥 デ ンプ ンにな る とす れ ば, 辛 均 収 量 は 173kg/本 とな るoJohnson [1977] が種 々の文 献 か ら収集 した 1本 当 た り 収 量 は, 表 2の通 りで あ る。 表2 1本当たりサゴデ ンプン収量の報告例 デ ンプ ン収量(kg/本) 調査地 備 考 報 告 者 241-302 サ バ W heatle

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[19371 272 Seram Wallac

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[18851 Johnson【1977]による。 面積 当 た り収穫 可能 本数 の場 合 と同 じ く, 1本 当た りデ ンプ ン収量 の値 も大 きな差 が あ る。 この差 は, 生 育環 境 と伐 採 樹 齢 によ る こ とは もち ろん で あ るが, さ らにデ ンプ ン抽 出 の歩 留 りに もか な りの差 が あ るた め と思 わ れ る。 将 来 , 熱帯 低 湿 地 を サ ゴ園 によ って 利 用 しよ う とす る場合 に妥 当 と考 え られ る 1本 当 た り収 量 を,Flach は 185kg[1980],菅 原 は 120kg[1979], 佐 藤 は 200kg[1979] と して い る。 この3人 の収穫 可能本 数 と1本 当た り 収 量 に関す る仮定 値 によ って, 面 積 当た りデ ンプ ン収 量 の見 込 み値 が得 られ るが, それ ら は,Flach,25トン, 佐 藤 ,8 トン,菅 原 , 12 トン/ha/年 とな る。 サ ゴヤ シ利 用上 の問題 点 と して,労 働 生 産 性 と 土 地 生 産 性 とにつ いて 以上 に 概 観 した が, い ま ひ とつ の問題 は搬 出方 法 で あ る。 そ の生 育 立 地 が湿 性 の軟 弱地 盤 で あ るため, 大 きな丸太 を 長距 離 搬 出す る ことは極 めて 困難

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で あ る。 したが って, 原住民 がサ ゴヤ シを利 用 す る場合 は,原則 と してサ ゴヤ シ林 内でデ ンプ ン抽 出作業 を行 い,最終 産物 だ けを搬 出 す る。 幸 い,濡 れ サ ゴデ ンプ ンは泥 中 に埋 め て お けば 数 カ月 の貯蔵 に耐 え るので,搬 出を 急 ぐ必要 はない。 ニ ューギニ ア低地 人 な ど, すべて の作業 を手 労働 に頼 る場合 は, この よ うな方 法 で差 し支 えない と思 われ る。 サ ラワ クの メ ラナ ウ人 の場合,水 路 によ っ て集落 まで運 び, そ こで処理 をす る。 すべ て の処理 作業 が手作業 によ って い た1947年 以前 か ら, そ うで あ った といわれ て い る。機械 に よ る処 理 が進 んだ今 日で も,搬 出は水路 によ って い る[Morris1953]。ス ラウェシのル ウ県 で粉砕 機 の導入 が近年 には じま った こ とは, 前 述 の通 りで あ る。 高 谷 の調査 した タ ッカ ラ ラ村で は, 粉砕機 を林 内 に運 び込 み, その周 囲数 10m の範 囲 にあ る収穫 可能樹 (約70本 ) を処理 し, 場所 を移 す 。 また, もうひ とつ の 調査村 で あ るペ ンカジ ョア ン村 で は,林 内で 髄 を薪 状 に割 り, それを天秤, 自転車 な どで 井戸 のあ る場所 まで搬 出 して処 理 す る [高 谷 1983]。 マ ラヤの ク ランタ ンで はサ ゴが 菓 子 類 製造 に使 われて い るが, その際 の搬 出 には 水牛 が使 われて い る とい う [Tan 1977]。 自家 消費 用 のサ ゴ採取 にあ って は搬 出は さ ほど問題 とな らないが, 商業 的生 産 の場合 に は機械 処理 が必要 で あ り, また量 その ものが 大 きいので搬 出方 法 に何 らか の工夫 が必 要 で あ る。 メ ラナ ウ人 の場合 の よ うな水 路 利用 が 効 率 が よい よ うに思 え るが, ど こで も立地 条 件 が それ を可能 な ら しめ る とは限 らない。 ま た, ペ ンカジ ョア ン村 の場合 の よ うに, 処 理 用水 が林 内 に得 られ ない こ とが, 丸太 の搬 出 を必須 な ら しめてい る例 もあ る。 サ ゴヤシの項 の最 後 に, その生 育立地 を概 観 して お こう。 ニ ューギ ニ ア低地 のサ ゴ採 取 民 Sanio-Hiowe 族 は, 10種 以上 のサ ゴヤ シ の品種 (?) を識 別 して い る。 その うち, も っ と も一般 的 な品種 は JaPaiと呼 ば れ, 排 水 不良地 にあ る。デ ンプ ン収量 が もっ と も 低 く, ほ とん ど利用 され な い。 もっ と もよい と され る品種 は nau tauario と呼 ばれ , 湿地 周 縁 の排 水 良好 な場所 に生育 す る [Townsend 1974]。メ ラナ ウ人 は ,河 に近 い泥 炭 と無 機質 の混合 した 土壌 を iana\nabo\ と称 し, 河 か ら離 れ た深 い 泥 炭 を Ianalguun\と呼 んで 区 別 してい る。 サ ゴヤ シは前者 において よ りよ く生育 す る といわれ るが,面 積 的 には ほ とん どのサ ゴヤ シは後者 に栽培 されて い る。 後者 で は樹 高 は高 いが, デ ンプ ン含量 は劣 る。 ま た収穫 には前者 で15年, 後者 で は 18-20年 か か る といわれ る [Morris 1953]。この よ うに Morrisは 「河 か ら離れ た深 い泥 炭」とい って い るが, この地域 のサ ゴヤ シは河 か ら1.5マ イ ル (2.4km)以 内 にあ り, そ この 泥 炭 土 は 泥 炭 と して は浅 い方 だ といわれ る [Kueh 1977]。いずれ にせ よ ,表 層 が泥 炭 層 で あ る場 合, 真数 が少 な く, 養 分欠乏 状 態 を示 し,坐 育 は遅 い。収量 は よい ところで も60本/ha/午 といわれ, 幹 の太 さ も小 さい。無機質土壌 で は 8- 10年 で成熟 す る ものが,泥 炭質土壌 で は15- 17年 か か る とい う [JollnSOnandRay一 mon° 1956] (Flach l1977] 中 に引用 ).渇 炭 土壌 に5本,無 機質土壌 に4本 の,計 9本 の生育

の異 な るサ ゴヤ シのデ ンプ ン収量 の 実 測 による と, 1本 当た り乾燥 デ ンプ ンの収 量 は, 前者 で 83- 179kg,後者 で 123-415kg で あ った とい う [Sim andAhmed 1977]。 高谷 が報 告 して い るス ラウ ェシ, ル ウ県 の ふ たつ の村 のサ ゴヤ シ林 の土壌 は, と もに無 機 質 土壌 で あ る。 しか も, 必ず しも低湿 とは い えない。 タ ッカ ララ村 の場合,扇 状地上 の 自然堤 防 か ら後 背湿地 の中間 に位 置 し, ペ ン カジ ョア ン村 の場合 は, 自然堤 防 や海岸砂洲 上 にあ る。 ど ち らの場合 もよ り低位 に水 田が あ り, サ ゴヤ シ林か らの排水 が水 田に入 るよ うな と ころで あ る。 高 谷 が村人 の言 と して伝

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東南 アジア研究 え る と ころ に よ る と, サ ゴの立 地 と して高燥 地 , 多湿 地 ,海 水 浸入 地 の3種 が意識 されて お り, 高燥 地 サ ゴは樹 高 が10- 15mと多湿 地 よ り低 い が,髄 の水 分 含 量 が少 な く, デ ンプ ンは上質 で あ る とい う。 多湿 地 で は樹 高20m とな るが, 水 分 が多 く, デ ンプ ン収 量 は高燥 地 の もの と大 差 ない。 海 水浸 入 の お それ の あ る場所 で は, 樹 高 は 10m を 超 えず倭 生 とな り,髄 は しば しば黒 味 を帯 び, 収 量 は 低 い [高谷 1983

]

マ ラヤ, ジ ョホ ール州 の Batu Pahatの サ ゴ ヤ シ林 の土壌 は粘 土 質 で, 潮 汐 の影 響 を受 け るが海 水 の浸 入 はな い。 す なわ ち, 目に2 皮 , 河 水 が 10cm の深 さに湛 水 す る。前述 の 通 り,Flachは こ この潜 在生 産 力 を25トン/

ha

/年 と考 え るので あ るが ,そ の場合 の 養 分 収支 を表 3の よ うに試 算 して い る。 表3 BatuPahatにおけるサゴヤシの養分収 支試算 収穫物 中 河 水 の 収量維持に必要 の養分量 養分含量 な 河 水 か らの (kg/ha/年 ) (kg/ha/年 )吸 収 率 (%) チ ツ系 (N) 85 リン酸 (P205) 30 カ リ(K20) 170 石灰(CaO) 100 苦 土 (M gO) 40 763-903 10.5.- 8.9 161.・-301 18.6.I-10.8 1,883-2,772 8.5- 5.8 1,834-2,030 5.5- 4.9 1,295.-2,296 3.1- 1.7 河水分析値はTanandProwse[19721に, 吸収量はWoodmanetal.[1931]に よって いる【Flacll 1977]。 以上 にあ げ た諸事 例 か ら分 か るよ うに, サ ゴヤ シは低 湿 地 に 自生 す る植 物 で あ る とはい え, それ を 利 用 す る立 場 か らみ れば,泥 炭 土 壌 は お ろか低 湿地 で さえ も最 適 の立 地 とは い え な い。 自家 消費 を 目的 とす る場・合 も, 商 業 的生 産 の場 合 も, 排 水 の よい土 地 が 好 ま れ る。 とはい え,最 適 地 で な ければ 栽 培 が な り 立 たない わ けで はない 。未 利 用地 で あ り, ほ か に有 効 な利 用 法 が な い場合 , 最 適 条件下 よ り低 収 で あ って も商 業 的生 産 が可 能 な例 は ほ 21巻4号 か に もみ られ る。 以上 の よ うな考 慮 を した と して も,泥 炭 地 で のサ ゴヤ シ栽 培 には大 きな望 みを お くこ と はで きな い。 サ ラワ クの メ ラナ ウ人 に よ る商 業 的生 産 は確 か に泥 炭 土壌 で行 わ れ て い る が, あ ま り厚 い泥 炭 で はな い。硫 酸 酸性 土壌 で も, サ ゴヤ シが採 算 可 能 な 程 度 の 収 量 を あげ うる ことを示 す証 拠 は見 当た らな い。通 年 湿性 を保 つ ことによ って酸性 の発現 を 抑 え る こ とは 可能 か も しれ な い が,搬 出 の問題 な ど, そ の他 の経 営上 の条 件 が満 た され う るか ど うか は分 か らな い。 Batu Pahatの よ うな 潮 汐 作用 が あ りなが ら塩 水 浸入 のな い環 境下 で は,生 育 は良 好 で高 収 が 期待 され る。 しか し, その よ うな条 件 を満 たす土 地 が全 熱 帯 低 湿 地 のいか ほどを 占めて い るので あ ろ うか 。 現 在 の ところ,泥 炭 層 の厚 さが あ る限度 以下 で あれば, サ ゴ ヤ シの栽 培 は可能 とい え よ う [佐 藤 1979]。しか し, そ の限度 を示 す には さ らに研 究 が必 要 で あ る。有 機 質 含 量 が20パ ーセ ン ト以上 の土壌 で は 自生 サ ゴが み られ な い こ とか ら,有 機 物 含 量20パ ーセ ン ト以下 の 粘 土質 土壌 を もって サ ゴヤ シ栽 培 可 能地 とす る見 方 もあ る[Flach 1980]。 いず れ にせ よ , 熱 帯低 湿 地 の開発 の担 い手 と して サ ゴヤ シを 考 え る限 り, 良好 な条 件下 で得 られ て い る収 量 を前 提 とす る こ とは危 険 で あ る。 あ る厚 さ 以下 の泥 炭 層 の あ る土 地 を想 定 す るな らば , メ ラナ ウ人 に よ る商 業 的生 産 にお け る土 地 生 産 性 程 度 を前 提 と して 考 え るべ きで あ ろ う。 サ ゴヤ シは低湿 地 に 自生 し, か つ土地 生 産 性 が高 い と思 われ るが ゆ え に有 望 視 され て い るので あ るが, 以 上 の理 由 によ って, 少 な く と もその土 地 生 産性 につ いて は過 大 な期 待 を もつべ きで はな い。 しか し, 土 地 生 産性 が期 待 ほ どで はな くて も, そ の こ と 自体 がサ ゴヤ シの低 湿 地 開発 の担 い手 と して の可能性 を損 な う もので は必ず しもな い こ とは, 前述 の通 りで あ る。 む しろ問題 とな るの ほ,搬 出, 処

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理 用 水 の確 保 と廃 水 の処 理 な どで はな い か と 思 われ る。 ス ラウ ェシの例 にみ られ るよ うに,家 内工 業 規 模 で の商 業 的生 産 は, 粉砕 機 な どの導入 によ って 比較 的簡単 に実現 可能 で あ るよ うに 思 われ る。 この程 皮 の商 業 的生 産 の 場 合 に は, 林 内処 理 の一 部機 械 化 によ って 促 進 され うる ことは, タ ッカ ラ ラ村 の実 例 が示 す 通 り で あ る。 しか し, よ り規模 を大 き くし効 率 の 高 い生 産 を 目指 す な ら,搬 出方 法 を何 とかせ ねば な るまい。 水路 によ る方 法 が考 え られ る が, その掘 削 と維持 に要 す る費 用 は立地 条件 によ って大 き く異 な る。 ペ ンカ ジ ョア ン村 の よ うに陸路 によ る搬 出が可能 な場合 には問題 は簡単 で あ ろ うが, 低湿 地 のサ ゴヤ シ林 で は 望 むべ くもな い。 ペ ンカ ジ ョア ン村 の よ うに, 林 内 に処理 用 水 が得 られ ない場 合 には,水 源 まで の搬 出が 必須 で あ る。 この村 の場合, 水源 は井戸 で あ り, しか もそ の水 量 は乾 季 には不 足 す る。 事 実 , この村 のサ ゴ生 産 の季節 的変 化 は, 井戸 水 量 によ って 決定 されて い る [高 谷 1983]。 しか し,低 湿地 一般 で は水量 には 不 足 は な い。 問題 は水質 と環 境 汚染 とで あ る。 ifラワ クのサ ゴの処 理 に使 われ る泥 炭地 帯 の水 は, この地方 のサ ゴデ ンプ ンの品質 を低下 せ しめ て い る。 ま た, 廃水 の処 理 は,今 日の よ うに 大 湿 地 に孤 立 して い るサ ゴヤ シ生 産 の場合 に は問題 とな らな くて も, サ ゴヤ シ に よ る大 規 模 開拓 の場 合 には大 きな 問題 とな るか も しれ な い。 最 後 に, 大 規 膜 サ ゴヤ シ農 園 の モデ ル例 を 紹 介 して お こ う。 面 積 は 1万ha, 当初10年 間 の管 理 費を含 む 初期 投 資額 は 1,000米 ド ル/ ha(堤 防 ,道路 , 水 利 調 節用 水路 , そ の他 の 建 物 を含 む ), 収 量 は12トン/ha/年 ,価 格 は 80米 ドル/トン, 10年 目 以 降 の農 園基 盤施 設 維 持 費 は10米 ドル/ha/年 とす る と,内部 収 益 辛 (internalrateorreturn) は13.1パ ーセ ン トとな る [菅 原 1979]。 ⅠⅠ パ イナ ップ ル パ イ ナ ップ ルが硫 酸 酸性 土壌 に も, 有 機質 土壌 に も生 育 しう る こ とは よ く知 ら れ て い る。 ヴ ェ トナム領 メ コ ンデ ル タ の この よ うな 土壌 地 帯 に,パ イナ ップ ルが広 く植 え られて い る。 マ レー半 島で は泥 炭質 土壌 で商 業 的パ イナ ップ ル栽 培 が行 われ て い る。 熱帯 の泥 炭 土壌 を大規 模 に利 用 して い る, ほ とん ど唯 一 の例 とい って よい[Coulter1972]。熱 帯 低 湿 地 の開発 を考 え る際,極 めて興 味 あ る例 で あ る。そ の概 要 は次 の通 りで あ る[Wee 1970]。 マ ラヤ にお け る泥 炭 土壌 で のパ イナ ップ ル 栽 堵 は,1938年 ごろ には じま った と い わ れ る。 それ は第2次世 界 大戦 後急 速 に伸 び, 覗 在 で は西 マ レー シア のパ イナ ップ ル栽 培 の ほ とん どが泥 炭 地 で行 われ て い る。 かつ てパ イ ナ ップ ル はふつ うの無 機 質土壌 で栽 培 され て い たので あ るが,土 壌 の劣 化 が著 し く5年 以 上 の栽培 が 困難 な ので, 政府 が こ れ を 禁 じ た。替 って泥 炭 地 をパ イナ ップ ル用地 と して 指 定 したのが は じま りで あ る。 最 初 の指定 地 は ジ ョホ ール州 の海 岸 部 の88,000ェ - カーの 湿 地 林 で あ った。1970年 にお け る中心 的栽 培 地 は ジ ョホ ール州 とセ ラ ンゴール州 にあ り, と もに泥 炭土壌 地 帯 で あ る。 第 2次 大戦 後 ま もな くジ ョホール州 の ボ ン テ ィア ン(Pontian)地 区 に入 植 した中国人 の 場 合, その栽 培 の実 態 は次 の よ うな もので あ った。 まず, 中国人地 主 が大木 を伐 採 した の ち, 賃労 働 によ って排 水 路 を掘 る。 そ のあ と に, 小 作 人 が入 植 し, 整 地 す る。 当初パ イ ナ ップ ル とと もにサ ツマ イ モ, キ ャサノ㌦ ヤ ム イモ, 野菜 類 を植 え る。パ イ ナ ップ ル以外 の 作物 は小 作人 の 自家 消費 用 で あ る。 この よ う な混作, 間 作 は入 植 当初 だ けで あ って, 時 間 が経 過す る と, 中国人, マ レー人 農民 を 問 わ 417

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東南 アジア研究 21巻4号 ず,パ イナ ップ ルの単作 とな る。小 作人地 で も施肥 が行 われ る場 合 が あ るが, な お40パ ー セ ン トは無施肥 で あ る といわれ る。 ラ トゥ-ン栽 培1)が一般 的で,毎 年減 収す るが,10年 以上 も続 け られ る。 以上 の よ うな地主 一小 作 による栽 培 の ほか に, かんづ め工場 が直営す る農 園 も あ る。 1968年 には,小 農 によ る ものが23,000ェ- カ -,大 農 園方 式 による もの12,000ェ - カー と いわれ る。試験 ・研 究 は, ジ ョホール 州 の Pekan Nanas の300ェ- カーの試験 場を 中心 に行 われ てい る。 以上 にみ られ るよ うに,パ イナ ップル栽培 は泥 炭土壌 で も十 分経済 的 に成立 しう る もの と思 われ る。 しか も, そ の歴史 は長 く, 永続 性 もかな りあ るよ うに見受 け られ る。 しか し なが ら, その収量 は低 い。ふ つ うの無機質 土 壌 の場合,パ イナ ップル の収量 は15-20トン /エ ー カー (33-44トン/ha)といわれ るが, 泥 炭地 で は3- 5 トン/エー カー (6.6- ll.0 トン/ha) にす ぎない [Coulter 1972]。無機 質土壌 の1/4- 1/5の収量 で あ って も経済性 の あ る ところが, マ ラヤ におけ るパ イナ ップ ル 栽培 の注 目すべ き点 で あ る と恩 われ る。 もっと も,泥 炭地 の低 収 は施肥 によ って改 良可能 で あ る。と くに,カ リの肥効 が大 きい。 200ポ ン ド/エ ー カー (224kg/ba) の K20施 用 によ って, エ ー カー当た り収量 は17,000ポ ン ド(19トン/ha)か ら25,000ポ ン ド (28 ト ン/ha) にな るといわれて い る [Kanapathy 1958] (Coulter[1972]中 に引用 )。別 の試験 で も,100ポ ン ド/ェ - カー (112kg/ha) の K20施 用時 の収 量 は11.6トン/エー カー (28.7 トン/ha)で あ るが , それ が 300ポ ン ド/ェ -カー (336kg/ha) の増肥 によ って 13.8トン/ エ ーカー (34トン/ha)にまで増収 した [Tay 1) ラトゥーン(ratoon)という言葉が用いられ ているが,実際に塊茎芽 (ratoon)により増 殖されるのか,あるいは吸芽 (sucker)によ り増殖されるのか,その詳細な方法は不明。 418 c

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1968] (Coulter[1972] 中 に引用 )0 これ らの試験 結果 に基 づ き,表4の よ うな 施肥 基準 が示 されて い る [Dunsmore 1957] (Andriesse[1974] 中 に引用 )0 表4 西マレーシア泥炭地におけるパイナッ プル施肥基準 クリスマス島 リ ン 鉱 石 硫安 ;1ソ、㌻ 芸了、苧 KCl 初年目 200 120 140 (kg/ha) 2年目 145 170 170 (kg/ha) 3年目以降 +50 +50 +50 (形) 以上のはかに,硫酸銅 5-10kg/baを毎年ま たは隔年ごとに施用。 Dunsmore【1957]による。 マ ラヤで の施肥 試験 によ る と, カ リとチ ッ 素 の肥効 が大 き く, リン酸 のそれ があ ま りな い。 サ ラワ クの泥 炭地 で の施 肥試験 で は, チ ッ素 の肥効 は220kg/ha まで認 め られ る. ま た,300kg/ha の カ リ施 用 は収量 には効果 が なか ったが,果実 の酸 含量 を大 幅 に上昇 させ た [Andriesse 1974]

泥 炭土壌 の微量 要素欠乏 は温帯 で も多 くの 報告 が あ る。 マ ラヤのパ イナ ップル栽 培 にお いて も, 銅欠 乏 が報告 されて い る。 そ れ は Hgreen wilt" [Dunsmore 1957], ま た は "green dieback"と呼ば れ ,葉 が明緑色 とな り,薄 く, 幅 が狭 い。放置 すれば枯死 す る。 硫 酸銅 を他 の肥料 と混合 す るか, ボル ドー液 を散布 す る。 その はか ,"crookneck"と呼 ば れ る症状 もあ り,亜 鉛欠乏 の可能 性 が あ る と いわれ て い る [Coulter 1972]。 しか し, サ ラワ クの泥炭 地 の試験 で は,硫 酸 銅や硫酸亜 鉛 の施 用効果 はなか った [Andriesse 1974]. 泥炭地 のパ イナ ップ ル栽 培 で は雑草 がか な りの問題 とな って い るよ うであ る。小 農経 営 の場合 には, 2- 6カ月 に 1回 しか除草 が行 われ ないが, 大 農 園の場合, 1カ月 に 1回必 要 といわれ る。大 農 園の除草 は賃 労働 によ っ て お り, そ の 費 用 は 1カ月 エ ーカー当た り

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5.50マ ラヤ ドルで あ る[Wee 1970]。連 続 栽 培 に もかか わ らず, ネ マ トー ダ害 はみ つ か っ て い な

い。

これ が泥 炭 の特 質 に よ る もので あ るのか, あ るい は単 に低 収 ゆ え に 目立 たな い だ けな のか は不 明で あ る [Coulter 1972]。 マ ラヤ のパ イナ ップ ル栽 培 試験 の ほ とん ど が 行 われ た と思 わ れ る,PekanNanasの試験 場 の土壌 分析 結 果 によれば, 試験 場 内 の ほ と ん どの部分 で有 機 物 含 量90パ ーセ ン ト以 上 の 泥 炭 層 が少 な くと も表 層18イ ン チ (46cm)

を覆 って い る [ParberyandVenkatachalam 1964]。しか し,そ の深 さ と下 層土 の性 質 につ いて の報 'L]与は見 当 た らな か った。 西 マ レー シ アの5フ ィー ト (1.53m、)以下 の泥 炭層 の排 水 方 法 と して, 表 5の よ うな標 準 的設 計 が示 され て い る [Tay 1969]。 表5 西マレーシアの浅い泥炭地の排水路標 準設計 深さ 幅 費 用 (m) (m) (MS/m) ブロック(201 幹線排水路 ×603m2)の 1.5 1.2 1.24 外周 二次排水路 三是 ツクを .・2 0・9 0・84 末端排水路 ?,00,m/プロ o・9 0・6 0・70 二次排水路 壬ニ ッノ'亡 1.2 0.9 0.84 すべて芋掘 りで,壁面は垂直。 Tay[1969]による。 この排 水 路 設 計 の記 述 に続 いて, ジ ョホ ー ル の試験 場 で は水位 を 3フ ィー ト (92cm) に保 つ の にエ ー カー 当 た り44マ ラヤ ドルが必 要 で あ る との記 述 が続 いて い る と ころか らみ て ,PekanNanasで は少 な くと も0.9-1.5m の泥 炭 層 が あ る もの と思 われ る。 いず れ にせ よ, 西 マ レーシ アの泥 炭 地 パ イナ ップ ル栽 培 は, 比較 的簡単 な排 水路 の掘 削 で十 分 な よ う に思 われ る。 そ して,時 間 の経 過 に伴 う地 盤 沈下 や排 水 不 良 は ま った く報 告 され て い な い [Wee 1970]。 これ らの ことを考 え合 わせ る と, 西 マ レー シ アでパ イナ ップ ルが栽 培 され て い る泥 炭地 の泥 炭 層 の厚・さは, たか だ か2 m で はな い か と想 像 され る。 ⅠⅠⅠ 潮 汐 か んが い 開発 イ ン ドネ シアの ジ ャワ島 とそれ 以外 の外 島 との問 に,著 しい人 口密 度 の差 が あ る こ とは よ く知 られて い る。 ジ ャワ島 の過剰 人 口を外 島 に移 住 させ , ジ ャワ島の人 口圧 の軽減 と外 島 の開発 を図 る とい う政 策 は, 植民 地 時 代 以 来 の基 本 政策 で あ る。近 年 この政策 の一 環 と して, ス マ トラ, カ リマ ンタ ンの海 岸 低 湿地 へ の移 住 が と くに強調 され て い る。 これ らの 島の海 岸 低湿 地 には感潮 河 川 が 多 く, これ に 連 続 す る水路 を掘 削 す る こ とによ って 潮汐 を 利 用 したかん が い と排 水 を行 い,耕 地 化 す る こ とを 目指 して い る。 イ ン ドネ シア全 体 で泥 炭 林 地("peatswamp forest")は1,600万 haと も,1,700万 haと もい われ て い る。 この うち カ リマ ンタ ンには 970万 ha, ス マ トラに630万 haが 分布 す る とい う推 定 が あ る [SoepratohardjoandDri -essen 1976;Soeriaatmadja 1978](Collier [1979]中 に 引用 )。別 の推 定 で は, マ ング ロ ーブ林, 低湿 地 林 (かつ て森 林 で あ って,覗 在 は 草 地 , 耕 地 な ど にな って い る ものを 含 む )を合 わせ , カ リマ ンタ ンに610万 ha, ス マ トラに690万 ha, 西 イ リア ンに450万 haが あ り, イ ン ドネ シア全体 で は 1,770

haにな る とい う [I.B.R.D. 1974](Collier[1979] 中 に引用 )。これ らの低 湿 地 の うち ,潮汐 作 用 の及 ぶ範 囲 の面 積 は500-700万 haとい われ て い る[Soeriaatmadja1978](Collier[1979] 中 に引用 )。 イ ン ドネ シ アの低 湿 地 には現 在 すで にか な りの水 田が拓 かれ て い る。 そ の面 積 は以下 の 通 りで あ る。 非 潮汐 湿 地 ("lebak") 253,869ha

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東 南 ア ジア研 究 21巻4号 潮汐湿地 ("pasangJurul'') 557,823 輪 中

9

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0

イ ン ドネ シア全体 の水 田面 積 は約770万 ha で あ るか ら, 潮 汐湿地水 田は7.2パ ーセ ン ト に当た る (Haeruddin Taslim に よ る 推 計 [Collier 1979])

潮汐湿 地 水 田の地域 分布 とその開拓 方 式 の 別 は表6の通 りで あ る。 これ らの既存 水 田の耕 作者 と一 部重 複 す る が, 多数 の 内陸漁 民 が低湿地 に住 み,漁 業 を 営 んで い る。 その数 は表 7の通 りで あ る。 表6にみ られ るよ うに,既存 の低湿地水 田 のか な りの部分 が 自発 的開拓 民 によ って拓 か 表6 インドネシアにおける潮汐湿地水田の 分布 州 曇等 会 誓 雷 雲 監 要 望 (1976) (1978) (1979) リアウ 50 37 74

×

103ha ジャンビ 60 16 32 南スマ トラ 25 47 78 西 カリマンタン 25 18 36 南カリマンタン 90 中カ リマンタン 50 ‡ 17 ‡ 28

出所 DirektoratBinaProduksi1976 (Collier [1979]中に引用されているものによる) 表7 インドネシアの陸水面積と内陸漁民数 州 (讐ik.喝 内陸漁民数 リアウ ジャンビ 南スマ トラ 西カリマンタン 中カ リマンタン 東 カリマンタン 南カリマンタン 25 1,938 90 35,980 3,500 52,500 2,000 22,784 1,761 64,580 19,323 155,296 計 352,401 出所 Fishery Statisticsof lndonesia 1973 (Collier[1979】中に引用 されている ものによる) 420 れ た もので あ る。 自発 的開拓 民 とは, 地域 に 古 くか ら住 む人 た ちの場合 もあ り, 遠 く地 鳥 か らは るば る入 植 す る場合 もあ る。 と くにス マ トラで は, ス ラウェシを本拠 地 とす るブギ ス人 の入 植 が多 い。 南 スマ トラの ウパ ン (Upang)デ ル タ に入 植 した ブギ ス人 の小 関拓 集 団 の指 導 的立 場 に あ る人 か らの聴 取 を通 じて, その入植 の模様 を述 べ る [Collier 1979

]

まず,入 植地 の立地 の適 否 の判定 を行 う。 それ には木 の葉色 によ って肥沃 度 を知 る ( ja-wi-jawi樹 と nibongヤ シが あ り,その葉色 が よ ければ適 と判 断す る)。泥 炭層 が ま った く ない土地 が水 田適 地 で あ るが ,"one hand" 以下 の厚 さな ら構 わない。泥 炭 層 が 50cm以 上 あれば, 水 田 とせず, サ ツマ イモ, 大 豆 な どを植 え る。 適 地 を みつ け る こ とがで きる と,次 に排 水 路 を掘 る。 川 か ら直 角 に幅 3m, 深 さ2.5m の水路 を掘 る。 この主排 水路 を ``∫ungai" (川 の意 ) と称 す る。 この イ ンフ ォーマ ン トの場 令 , 3家族 が まず入 植 し,230m の主 水 路 を 掘 り, 同時 にその両 側 の森 林 を倒伐 した。 こ の作業 に5カ月 を要 して い る。 次 に,主 水 轄 に直 角 に二 次排 水路 を掘 る。 "PaTit''と呼 ぶ。 その間隔 は450m で あ る。あ とか ら続 いて入 植 した家族 は, それ ぞれ に主排 水路 を 450m 分延 長 し,二 次 水路 を分 岐 させ る。 この よ うに して拓 い た土地 に水 稲 を栽 培 す るので あ るが, それ は永 くは続 か ない。水 稲 収 量 が低下 しは じめ る と, ココヤ シ に切 り替 え る。 コ コヤ シの苗 木 と水 稲 とを間 作 し, コ コヤ シが大 き くな る と稲 をや め, コ コヤ シ園 と して のみ土 地 を利 用す る。 水 稲栽 培 の ため には, ほか の土地 を拓 く。 ときに拓 い た土 地 が水 田 とす るには乾燥 しす ぎ る場合 が あ る。 そ の と き に は コー ヒー, バ ナナ, サ ツマ イ モ, パ イナ ップ ル, トウモ ロ コシ,落 花生 , 大 豆, ココヤ シを植 え る。

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同 じウパ ンデ ル タで の別 の調 査 に よれば, ブギ ス人 入植 者 につ いて 次 の よ うに述 べ られ て い る [Wiggin 1979]。 ブギ ス人 は水 田を拓 くが, 開拓 の最 終 目的 は ココヤ シ園を経 営 す る ことで あ る。 資 金 が 不 足 して い る場 合 , 飯 米確 保 の た め水 酌 とす るだ けで あ る。水 田耕 作を続 け る と泥 炭 層 が 分解 し, 水 稲 栽 培 に不適 とな る。資 金 さえ あ れば コ コヤ シを植 え る。 水 田耕 作 は労 力 を 多 く要 し大 面積 を経 営 で きな い が, コ コヤ シ園 の経 営 は労 力 を 多 く要 しな い。 したが って, 新 たな土 地 の開拓 に労 力を割 いて も, な おか な りの面 積 の経 営 が可能 で あ る。 泥 炭 層 が深 す ぎ る と コ コヤ シを植 えて も倒 木 す る。 排 水 によ って泥 炭 層 が 収 縮 ・分解 し, 10- 25cm にな った の ち に コ コヤ シの苗 を植 え る。 コ コ ヤ シは高 畝 に栽 植 され る。 高 畝 で ない と根腐 れ を起 こす 。栽 植 密 度 は150本/haで ,畝 上 に 7m の間隔 を あ げて植 え られ る。収 量 は40個 /本/年 といわれ る。 次 に, 政府 開拓 の 場 合 の 様 相 を み よ う。 例 と して スマ トラ の カ ラ ンア ダ ン (Karang Agun)プ ロジ ェ ク トの 概 要 を述 べ る [Ver -meer 1979

]。

このプ ロジ ェ ク トの対 象地 域 の総 面 積 は20 万 haで ,その うち開 発対 象 面 積 は 13万 ha, 純 農地 面 積 は 10万 haで あ る。 受 入 れ 人 口は , 最 終 的 には30万 人 が見 込 まれ て い る。 事 業 の 内容 は大 き くい って3種 か らな る。第 1は処 女地 の開墾 で あ る。 第 2は, 排 水路 ,洪 水 防 御 堤 防,住 居 な ど の イ ンフ ラス トラ クチ ャー の整 備 で あ る。第 3は ,農 産 品加工 場 ,衛 生 , 教 育, 文 化, 行 政,交 通, 運 搬 の諸施 設 の建 設 で あ る。 プ ロ ジ ェ ク トの成 功, 不成 功 を決定 す るで あ ろ う要 因 はふ たつ あ る。 ひ とつ は, 入 植者 た ち 自身 が満 足 す るよ うな生 活 が保 証 され る か否 か で あ る。 もうひ とつ の要 因 とは, 政 府 が プ ロジ ェ ク ト全 体 の投 資 効果 を ど う評 価 す るかで あ る。 入 植 者 の所得 と して は, 225-300米 ドル/ 人/年 が 目標 とな って い る。 見 込 み所 得 に 幅 が あ るの ほ,泥 炭 層 の厚 さあ るい は硫 酸 酸性 土 層 の深 さに よ って所得 が左 右 され る と考 え られ るか らで あ る。 硫 酸酸 性 土 層 が浅 い と こ ろ に出 る場 合 には, そ の洗脱 に時 間 を要 す る ので ,土壌 条 件 に よ って入 植 農 家 に対 す る初 期補 助 金 の支 給 期 問 を調整 せ ねば な らな い。 泥 炭 層 の厚 さが90cm以 上 の場 合 には ,将 来 と も年 収 は無機 質 土 の それ に劣 る こ とは避 け られ な い 。 しか し, それ で もジ ャワ島 にお け る平 均 年 収 100米 ドル に較 べ れ ば高 い ので, 移住 の経 済 的動 機 とな りう る と考 え られ て い る。 全 般 に労 働 力 は不 足 気味 で あ る。 したが っ て, 入 植 時 まで に耕 地 の開墾 は政 府 によ って 完 了 して い な くて は な らな い。しか しな が ら, 機 械 に よ る抜 取 は下 層 の潜 在 的硫酸 酸性 土 層 を表 層 に もた らす危 険 が あ るので, 抜 根,哩 畔 づ くり, 均 平化 は入 植 農家 に任 さね ば な ら な い。入 植 の 当初3年 間 は, 1戸 当た り 2.7 人 の労 働 力 のす べ て が必 要 とされ る。 したが って入 植 者 の選抜 に当 た って は, 家族 労 働 力 の多少 を考慮 せ ねば な らな い。 1戸 当 た り2haの土 地 が与 え られ るが ,そ の うちの 0.25haは園地 , 屋 敷 地 と して集 落 内 にあ る。 集 落 は28-34戸 を単位 と し, 主 耕 地 へ の通 作距 離 が最 高 2km とな るよ う配 置 す る。 14集落 ご とに行政 村 を お き, 集 落 と行 政 村 問 の距 離 は 4.5km 以 上 にはな らな い。 行 政 村 には小 学 校, 保健 所 , 末 端 行政 組 織, 商 店 , モス クが あ る。 行 政 村 の上 に二 次 セ ン タ- 3カ所, 一 次 セ ンタ ー lカ所 を設 け, そ れ らの問 は道路 で往 来 で き るよ うにす る。 集 港 , 行 政 村 は水 利 を基 準 と して組 織 され る。 す な わ ち水路 ご とにま とま るよ うにす る。 一 方 , 政 府 の側 か らす れ ば, このプ ロジ ェ ク ト全 体 と して 17.5万 トンの余 剰米 生 産 を期

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東南アジア研究 21巻4号 待 で き る。政 府 の負 担 す べ き費 用 はha当 た り2,500米 ドルで あ るが, 内部 収 益 率 は 9-12パ ーセ ン トで あ る。 以 上 が カ ラ ンア グ ン ・プ ロジ ェ ク トの概 要 で あ る。 この計 画 作成 の基 礎 とな った土 地 評 価 の基 準 は, 次 の通 りで あ った

[Ma

t

o

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1979]。 土壌 の養 分 濃 度 ,排 水 怪 , 雑草 繁 茂 ,地 盤 沈下 , 水 不 足, 地 形 は重 大 な制 限要 因で は な い と考 え られ るので, 土 地 評 価基 準 と して は 考 慮 しな い。 もっ と も重 要 な判定 基 準 は, 港 在 的硫 酸酸性 土 層 の深 さ と推 定 酸 性 化度 ,渇 炭 層 の質 と厚 さ, それ に塩 濃度 で あ る。 これ らを第 一 次 的要 因 と し, 二 次 的要 因 と して土 壌 の成 熟度 と養 分 含量 を考 慮 す る。 す べ て の 評 価 は, 非 か ん が い, 低 い技 術 水 準 を前 提 と す る。 この よ うな基 本 方針 に よ る通性 評 価 の判 別 基 準 は, 以下 の通 りで あ る。 (1)水 田適 性 基 準 泥 炭 層 90cm以下,25℃ にお け る電 導度 8mmllO/cm 以下 , 置 換 性 ナ トリウム20 パ ーセ ン ト以下 ,n値 (土壌 の熟 成 度 指 数 ) 2以下 , 傾斜 5パ ーセ ン ト以下 . 以 上 の条 件 を 満 たせ ば 「適

と判 定 され る が, さ らに大 , 中, 小 の通 性 分級 に細 分 され る。 その基準 は表8の通 りで あ る。

(

2

)

畑地 適性 基 準 泥 炭 層200cm 以下 , 泥 炭 層 直下 に潜在 的硫 酸酸 性 土層 が存 在 しな い こ と,25℃ にお け る電 導度8mmho/cm 以下 , 置 換 性 ナ トリウム15パ ーセ ン ト以下,n値1.4 以下 。 以 上 の基 準 で 「適」と判定 され た もの は, さ らに表 8の基準 によ って,大, 中,小 適 性 分 級 に細 分 され る。 以 上 が

NEDECO

によ る 土 地 評 価基 準 で あ るが, この基 準 の妥 当性 につ いて 問題 が な い わ けで はな い

。Ma

t

o

nda

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[ibid・:223-225] 422 表8 水田と畑の適性分級基準 通 性 分 級 大 中 小 水 田 潜在的硫酸酸性 土層深 (cm) 泥炭層深 (cm) 100以上 50-100 50以下 40以下 40-90 40-90 (有機物が (有機物が 18- 38ノヾ 38ノヾ-セ ーセ ント) ント以上) 潜在的硫酸酸性 土層深 (cm) 泥 炭 層 深 (cm) (有機物含量38パ ーセ ン ト以 上) 100以上 50-100 50-100 (パイライ (パ イライ ト< 2%) ト> 2%) 40以下 40-90 90-200 ほ, 次 の4点 を指 摘 して い る。 (1)塩 濃度 の指 標 と して 置 換 性 ナ ト リ ウ ム

(

ES

P)

や電 導度

(

EC)

が考 え られ るが,両 者 間 の 関係 は必 ず しも明 らか で な い

。ESP

が 20ノヾ-セ ン トの と ころで も稲 が育 って い るの が観 察 され る し,

Lo

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地 区 で は ,

EC 1

6

mmbo/cm で も順 調 な生 育 が み られ る。 ど ち らの指 標 が よ り適 切 か, そ の適性 限界 値 を ど う設 定 す べ きな の か が問題 で あ る。 (2)潜 在 的硫 酸 酸性 をパ イ ライ ト含 量 に よ っ て 判 定 す べ きな のか, 過 酸 化 水 素 によ る pH 低下 によ るべ きな のか が問題 で あ る。 パ イ ラ イ ト含 量 が高 くと も水 稲 が よ く育 って い る例 もあ る。 (3)水 稲 の生 育 に とって泥 炭 層 の厚 さ 自体 が 重 要 な ので はな く,泥 炭 層 中 の無 機 物 含 量 が 重 要 で あ る と思 わ れ る。 厚 さ と無機 物 含量 と の相 関 が高 いので, み か け上,泥 炭 層 の厚 さ と生 育 とが 関連 して い るよ うにみ え るだ けで あ る。 (4)いず れ の判 定 基 準 も, 開拓 後, 時 間 の経 過 とと もにど う変 化 す るのか が実 証 され て い な い 。 次 に, 政府 開拓 地 にお け る入 植 後 の実 態 に

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つ いて述べ る。 潮汐 かんが い (…pasangJurut")とい う名 の 示 す通 り, 潮 汐 作 用 を 利 用 したかんが いが 想定 されて はい るが, 少 な くと も乾 季 作水 稲 は水 不足 のため不可能 で あ る。 政 府事 業 の当 初 の計 画で は水 稲2期作 が見 込 まれて い る場 合 が あ るが,乾 季作が実行 されて い る例 は ほ とん どない。 かんが いはお ろか,乾 季 には塩 水 が遡 上 して くる場合 もあ る。 雨 季作 につ い て みて も, かんが い 田 と天水 田 との収 量差 は 明 らかで ない。 潮 汐 か ん が い とはい う もの の,実 際 には, 感潮水路 によ る排 水促 進 とい うほ どの意 味 で あ る。 しか も, その排 水 さえ 十 分 で はな く, 開拓 地 内 に不均一 が生 じて い る [Collier 1979:102-106]。 筆 者 らの メ コ ンデ ル タの感潮 ク リー ク地 帯 の調査 の経験 か らも, あ るい は佐賀平野 の例 か らもこの こ と は十 分考 え られ る [Kaida 1974]。 す な わ ち,主 水路 の水位 が潮汐 によ って毎 日変化 し て も, 田面水 が 同 じ く変化 す る も の で は な い。潮汐 作用 の効果 は, 水 路 と田面 との標高 差 が小 さ くて も干 潮時 に重 力排 水 が可能 にな る ことで あ る。 水路 の水 を かんが い に利 用す るには, 大潮 時 以外 は揚 水 を必 要 とす るのが 一般 で あ る。 排 水 の不均一 性 につ いて, 次 の よ うな説 明 が な さ れ て い る [CIlambers 1979b:889 -894]。泥 炭 層 の下 に粘 土層 が あ るが,粘 土 層 まで の深 さは一株 で な

い。

泥 炭 層形成 以 前 の 堆 積状 況 を反 映 して,粘 土 層 の位 置 に高 低 差 が あ るためで あ る。現 在 の排 水路 は これ を無 視 して 直線 的 に掘 られて い るか ら,透 水性 の 小 さい粘 土 層 の高 みが排 水 を妨 害 した り, 逮 に過剰排 水 が起 こった りす る。 前者 の場合 に は, 通年湛水,低 pH が結果 し,河 川水 の流 入 もない。 後者 の場合 には, 雑草 が増 え,下 層 の硫 酸酸性 土層 の悪影響 が 出やす いO 雨 季作水 稲 の収 量 につ いて, い くつ かの調 査 報告 が あ る。 カ ランアグ ン地 区で の調査 に よ る と, 開拓 当初 の3年 間 は低収 で, 1.5ト ン/ha以下 しか とれ な いが, 4- 6年 目には 3.0-4.0トン/ha とな る。 しか し,8年 目 ぐ らいか ら収量 は減収 しは じめ, 農民 は替地 を 探 しは じめ る。 収量低下 の原 因 は,雑 草 の繁 茂 で あ る といわれて い る[Collier 1979:88]。 1977年 のス マ トラ各地 の潮汐 かんが い開発地 区 にお け る 1カ所 当た り10-30戸 のサ ンプ ル 農家調査 によれば, 平 均 収量 は0.62-2.45ト ン/ha, その範 囲は0.12-4.67トン/ha に も 及 んで い た [ibid.:90]。この よ うな大 きな収 量差 は, 地 区問 の土地 条 件 の相違 によ るば か りで はな く, 開拓 後 の経 過年 数 に もよ る と思 われ る。 いず れ にせ よ, 潮汐 かん が い 田の収 量 が年 を迫 って減少 す る ことは大 問 題 で あ る。 水 稲 によ る低湿地 開拓 の妥 当性 その もの に関わ るか らで あ る。 ス マ トラの ウパ ンデル タ に入植 した- 農民 の収 量記 録が残 って い る。 それ は以下 の通 り で あ る。 年 品種 名 収 量 ここで も収 量低 (トン/ha) 下 の 傾 向は明 らか 0 5 2 0 4 2 2 6 2 2 3 3 2 2 2 1 a a 5 5 5 5 5 ・lt it 4 B B B B B el e C p p nr p P P P o 1 2 3 4 5 6 7 7 7 7 7 7 7 7 7 9 9 9 9 9 9 9 9 1 1 1 1 1 1 1 1 で あ るが, この場 合 の低収原 因 は病 虫 害 と 雑 草 で あ る といわれ る。 農 薬 が Bimascredit program と呼 ば れ る政府 の現 物支給 援 助 によ って入手 可能 で あ ったが, それ で も病 虫害 によ る減 収 は避 け られ ない と い う[ibid.:89-90

]。

雑 草 の問題 は労 働 力不足 と関連 が あ る と思 われ る。政府 開拓 地 にお け る労働 力不 足 の傾 向 は先 に述べ た。各 入植者 に割 り当て られ た 2haの土地 の うちの lha Lか耕 作 されて い ない こ と も珍 しい ことで はない。 た と え 開 田,耕 作 され て いて も, 労働 力不足 の ため,

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東 南 ア ジ ア研 究 21巻4号 十 分 な耕 起 や くわ によ る除草 がで きな い とい われ る。 また,雑 草 との競 合 に強 い長梓 の在 来 品種 が好 んで使 わ れ る [Wiggin 1979: 1160-1164]。 潮汐 かんがい地 にお け る稲 作技術 の詳 細 に つ いて は報告 が見 当た らなか ったが, 雑草 問 題 に関す る上 述 の記 述 か ら推 測 して, お そ ら く不耕 起栽培 で あ ろ うと思 われ る。 この方 法 は,有 機質土 の低湿地で一般 にみ られ る もの で あ る。 筆 者 らも, スマ トラの コム リン川流 域 や サ ラワ クで実見 して い る [福井 1980a; 高 谷 1979]。不排起 水 稲 栽培 は ,いわば 陸 稲 焼 畑 耕 作 の 低 湿 地 へ の適 応 であ る [福井 1980b]。陸 稲焼 畑 で は森 林 を伐 採,乾燥 ,火 入 れす る ことによ って,耕 起せず と も雑草 を 抑制 す る こ とが で き る。 それ で もな お除草 作 業 は焼 畑 にお け る労働 時 間 の大 きな部 分 を 占 め, 焼 畑面積 の制 限要 因 とな って い る。 低湿 地 にお け る水 稲 不排起栽培 において は,湛水 が雑 草 抑制 に効果 が あ る とはいえ, 連 作すれ ば 開 田初年 目にあ った火入 れ によ る雑 草 抑制 効果 はな くな る。 したが って,一 般 の焼畑 と 同 じ く,年 を追 って雑 草 が多 くな り, つ い に は放棄せ ざ るを えな くな る ことは容易 に想像 で き る。 前述 の通 り,Wiggin は 不耕 起 の理 由を労 働 力 不足 で あ る と して い る。 しか し, この耕 作法 は赤 道気候下 の低湿地 に広 くみ られ る。 これ らすべ て の地域 で 同 じ く労 働 力 が不足 し て い る とは考 え難 い。 また, イ ラワジ河 や メ コ ン河 デ ル タの有 機質 土壌 地 帯 で は,耕 起 に よ る有 機物 の 過 剰 分 解 を意識 的 に避 けて い る。 ス マ トラ低湿地 水 田の不耕 起栽培 と雑 草 との関係 は,単 に労働 力不足 だ けの問題 で は ない。 潮汐 かん が い水 田 にお け る収量低下 の原 因 と して指摘 されて い る もの は, 雑草 と病 虫害 の両 方 で あ る。 後者 は薬 剤使 用 によ って 防御 可能 で あ るが, 年 を迫 って その費 用 が 増 大 424 し,経 済性 の点 か ら実 際 の使用 は疑 問視 され て い る。薬 剤 の多量使 用 は,環 境 汚染 の観点 か らも決 して望 ま しい もので はない [Collier 1979:86-88

]。

潮汐 かん が い とはい って も乾 季 の水 稲作 は 困難 で あ る と先 に述 べ た。 しか し, ス マ トラ や カ リマ ンタ ンの乾 季 の厳 しさは大 陸部 ほど で はない か ら, 乾 季 中 の水 田畑 作 は可能 で あ る。 しか し,実 際 にはそれ もほ とん どみ られ ない。 その主 た る理 由は ネズ ミ害 で あ る とい う [Wiggin 1979:1160-1164]。 政府 開拓地 の農家経 済調査 の例 を あ げ よ う。入植 8年 目の 1978年 のス マ トラ, ウパ ン デ ル タで の調査 によ る と, 5人家族 の年 収 は 343-600米 ドルで, 政 府計 画 の 750米 ドルを かな り下 回 って い る。 農業収入 は 全 収 入 の 76.3パ ーセ ン トを 占め, その ほ とん どが Ⅰ.75 haの水 田 にお け る雨 季作水稲 か らの も の で あ る。 そ の平均 収量 は2.3 トン/haで あ った

[Prawirodihardjo 1979:1129-1137]。 ス マ トラとカ リマ ンタ ンにお け る同様 の調査21例 を総括 して,Collierは次 の よ うに述べ て い る [1979:93-99]。経 営面積 は ジ ャワ島 の 水 田 耕 作農家 の それ よ り大 きいが,反 収 が低 く, かつ生 産 は不安 定 であ る。家族労働 に依存 す る割 合 が高 く, 地 代 は安 いか ら,生 産費 は安 く済 ん でい る。 しか し, 面積 当た り純収入 は 低 い。結局, 単 作, 低 収 で はあ るが, 面積 が 大 きい こ とで一 部補償 され,所得 は ジ ャワ島 の平 均 的農家 よ りやや劣 る程度 で あ る。 入 植 後5- 10年 を経 過す る と収 量 は低下 し,生 産 の不安定性 は増大 す るか ら所得 は さ らに下 が る。雑草 抑制 と病 虫害 防除 の ための費 用 も増 大 す る。 平均 的農家 の年 収 は約12,000ル ピア で, これ で は不足 で あ る。 以上 に低湿地- 自発 的 に入 植 したブギ ス人 の場合 と, 政府 開拓 地へ の ジ ャワ人入植者 の 場 合 とを概観 した。両 者 の相違 の 中で もっ と も重要 な点 は, 前者 にお け る水 田の替地, あ

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