研究報告書の発刊にあたって
地球環境は人口増加や化石燃料の大量消費に伴って徐々に悪化している。特に、最近は
アフリカの干ばつに代表される砂漠化、アザラシやペンギンなどの大量死、奇形魚にみら
れる海洋汚染、森林や湖沼の死を招く酸性雨、温暖化およびオゾン層の破壊などの環境変
化が世界各地で我々に直接感知されるようになった。このような環境変化が人間の健康に
どのような影響を与えているのであろうか。人間以上に環境の悪化に最も密接に係わって
いる野生動物の病態を含めて、生態観察は人に対する健康障害の指標として有力な手段で
ある。
我が国(環境庁)では、平成8年度の環境白書の中で、野生動物の保護管理対策の資料不
足を挙げ、その強化を指摘している。本研究は野生動物の病態を多角的に解析し、また生
態学的アプローチによる野生動物の生息密度や生息環境などを調査研究して、野生動物の
保護管理対策の基礎的資料を提供することである。これは国の方針に沿う獣医学領域から
の緊急課題でもある。
これまでの研究成果、種々の野生動物における細菌、ウイルスや寄生虫などの各種人獣
共通病原体や抗体の分布状況、家畜由来のカモシカのパラボックス感染症の発生、重金属
および薬剤耐性細菌の保有状況、脂肪組織における環境ホルモンなど化学物質の蓄積、肺
におけるジーゼル排気微粒子由来の炭粉沈着などから、人間社会の環境変化か野生動物に
も反映していることが明らかになった。また、ツキノワグマのラジオテレメトリー法によ
る生態調査によって、その行動は天候(樹木の実り)と密接に関連していることが判明し
た。したがって、これらの野生動物の長期的モニタリングは、環境変化を早期に予察する
指標として極めて重要である(中部山岳地帯における野生動物の生態と病態からみた環境
汚染に関する研究、平成3-5年度科学研究費補助金、研究代表者平井克哉)。
本研究の目的は、これまでの野生動物の病態調査や生態観察を基に、我が国で最も自然
環境に恵まれている中部山岳地帯の野生動物及び飼育環境下にある野生動物すなわち動物
園動物の病態と生態変化を獣医学の各領域から総合的に調査研究し、環境汚染との因果関
係を明らかにする。即ちこれまでの成績を比較解析し、野生動物の保護対策を確立する。
野生動物の病態と生態学的変化を明らかにする■ことは、植物、■魚類や昆虫の変化以上に人
間の健康障害の早期予察になり得ると共に、野生動物の保護管理対策にとっても重要なこ
とである。
本研究は、中部地区に位置する岐阜大学農学部獣医学科の各専門分野の研究者が、これ
までに得られたニホンカモシカ、ツキノワグマ、ニホンサル、鳥類、特にライチョウなど
に関する研究成果を基に、さらに各種の野生動物について英知を結集して、基礎から応用
まで組織的寧プロジェクトで推進することが大きな特色である。従来、野生動物の生理・
生態に関する基礎的研究は行われてきたが、本研究のように「歩押し進めた病態学からの
応用的な研究は他に例を見ない。さらに、野生動物から環境へのアプローチは近年徐々に
行われるようになったが、その方向性は未だ確定していない。このような観点から、本研
究はこの分野での方向性を指し示す先駆的な研究である。また、中部山岳地帯は、未だ野
生動物が豊富に残っている学術上貴重な地域の一つであり、今後保護していかなければな
らない。
本研究班の班員、共同研究者及び研究協力者の精力的な研究によって明らかにされた研
究成果が多数含まれています。研究代表者として、これらの先生方に厚く感謝致します。
平成13年3月
研究代表者
柵木
利昭