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「情」の語義の展開と詩語「多情」の成立について

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(1)

北 陸 大 学   紀 要 第

23

号 (1999>  

PP.

45

66

1

展 開

多情」

成 立

 

  芳 

On

 

the

 semantic  

development

 

of

 

qing

 and  

poetical

 word  

duoqi

η

g

’s establishment

Yoshiki

 

Sakurada

* 1〜θσθゼ〃ed  

November

 

1

1999

は じ

 

とい

う詩語

は中

唐の

人によっ て

んで

使

わ れ定

した 用 語だ が, それ が 唐 文 化の 成 熟 あるい は爛 熟の 後に当る とい うこ と はこ の語の イメ

ジを

える上で示 唆 的で

る。

 

「情 」の語は記 載 文 献の始 ま りに已に見

有 情 」 「無 情 」 もその時 期に遡れ る。 し か し, 「

多情」

が 現れ るの は 六

, そ の

定着

中唐

を まつ 。

 

経 書に見 えた

情 」の語が次 第に多 様 化 して い き , その頂 点を示 す

多 情 」の成立が 中 唐 を まっ とい

こ と は, 「

情」

語義

展 開

, 人間の

感情

の豊

富化

とい

のは意

に長い

間 を

てい るこ と を示 して い る。 分

の 中で

次第

析 出

さ れて き た もの は,

本来 「

情」 自体

の 中 に包 含 されてい た とも言え ようが そ れを

識 化してい くのが 精 神 史の深ま り, 豊 富 化で あ ろ

う。

した

相 がこの 「

情」

語義

展開,

多情」

の成 立に見 ら れると 思

 

い ささか図 式 的に

情 」 という語 を 考

てみ るに

まず

とい う語 彙 が 原 点に据

ら れ

その有 無 を 問 題 として

更に その

少に

着眼

して

多情 ・

有 情

少 情

情」

の よ

に縦

本 線の上 に

示 され よ

。 実 際に もこれらの語の

れ方はその順を とっ て

た。

 

その原点に据 えた 「情

の由 来 は 古 く,

先秦

百 家の時 代 に人の本 性 を 見つ め た二 人 の儒

, 荀 子

孟 子典 型 的 用 例が見 えてい る。

1

もま た用 藷 として は,

経』

記』

など経 書に已に見

る。 しか し

が 詩

め ら れる の は, 六

にわ

その

定着

に下 っ て

中唐

とな る。 以下 こ

し た展 開の

をたどっ て, 「

情」

に まつ わ る詩 語 を考 え,

の 成 立 を

っ てみたい 。

倫 理

・詩歌 原 論

基底 と して

漢語大

典』

隋 」

感情」

とし て, その

典拠

名篇

好,

外 国 語 学 部

Faculty

 ofForeign  Languages

45

(2)

・喜 ・

・哀 ・

樂 謂 之 情 」を挙 げてい る。 また, その第二義に

本 性 」と して

孟 子 』 告 子

上の

若其情 ,則

可 以

爲善矣

, 乃

所謂善

也。

引 き

越の

群経

1

子二の

解釈

を示 す。

蓋 性,

二字, 在

人 言 之, 則

以 別

而在古

之,

則情即性

……

孟 子 以惻

, 羞悪

爲義

, 正是以

と。

 辞書

にこれ を

かつ

,性

れ とい

う意味

で は

表裏

引用

で ある。

苟子

樂 」には節 度 あるべ と倫 理の規 制 を

え, 孟

惻 隱の情 」や

悪の

情」

れ る

な る

を顕 現 すべ し と し て, 二者の性 説は

性善 ・性悪

の二

に分か れ て

くが, と もに性の

れ とし ての感

の異 なっ た 面に

目し てい たのである。

 

それが 人 間に生 まれなが らに

わっ た本 能で ある とい うこ と は

礼 記 』 礼 運 篇に

何 謂 人

情,喜 ・

懼 ・愛 ・

・欲 ,

者弗學而能

とい

 

韻 字に よっ て配 列 さ れた詩 語 辞 典

佩 文 韻 府

の 「情 」の

の用 例は ま ず 「性 情

六 情

情 ・

情」

の順に並べ ら れ てい る が,

情」

は本 体 とと

に い

性 情」,

子の よ

に数 え れば 「六 情 」, そ れ が 人に属 する もの であるか ら 「人 情

, それ を 『

礼記』

は 「七

情」

と も

えた。 い わ ば

辞典

の 冒 頭を

め る語 彙は, い

倫 理の 基 底を考 えた思 索に発 する語で ある。

 

その よう な 人 間の 本 性

その

れ とし ての

感情

とい

の 中で

使

わ れ て来 た 「

情」

とい

語は ま た

,「

と は何か

とい う 文 学の基 底を考 えるに も大 き な

割 を果して きた キ イ

ドである。

  『

篇をも とに

歌 原

を組み 立 てた

詩 大 序

」 を

詩発

生の

源 と

て 次の ように い う。

)詩者志之

所 之 也。

在心

, 發 言 爲

情動於

中,

言。 (二

情 發 於 聲, 聲 成 文, 謂 之 音。

)吟詠情性

風其

,……故變

發乎情 ,止乎禮義

。 發

乎情

民 之

也。

  (

の発生 を

,(

は歌わ れ る詩の音の発生 を

そ れ ぞ れ

」に お い た。 (三

は詩の諷 刺として の政 教 上の効 用 を 説 き,

風 諸 篇は民の

に発 する とした。

  「

詩は志 を

とい

う考

は 已 に 『書 経

』虞書 ・舜

『礼 記 』

記 篇,

子 』

儒効

篇 に も見

, そ れ ら先 行 儒 家 文 献の上に立て ら れた詩 歌 原 論で あるが, 「情 が 中に動い て言に形 わ れる

感情

発露

顕 現に おい たの は

毛 詩

大序」

まる そ れ が示 し た

詩は志 を言

う」

, 諷 刺が政 教を助 ける とい

儒 家の効 用

は, 歴 代の文 学 論に よっ て

第に そ

落 と さ れて ゆ くが

,詩

陦,情性

露,顕現

で ある とい

う見方

その

詩論

中核

ける。

詩 縁 情 而

賦 體 物 而 瀏 亮。 厂詩は情に縁 りて綺

に し

賦 は物 を

して瀏

にす。」

  (

陸 機

文 賦 」

)詩者,持

,持

情性,……

情,應物斯感,感物吟志,莫非 自然

。 「

とは

 

な り, 人の

性 を持 す る な り,

……

人は七

け,

に応 じて

に感 じ, 物に感 じて

 

志を吟 ず。 自然に非る は な し。」 (劉 鰓

文 心 雕 龍 』 明 詩 篇 )

(3)

「情 」の語 義の展 開と詩 語 「多 情」の成 立につ い て

3

)氣之動物,物

人。

故搖蕩性情,形 諸舞詠

か し,

は人を

ぜ しむ。

 

故に性 情 を 揺 蕩 し, これ を舞 詠に形わす。」

蠑 『

品』

 陸機

情」

に よ るこ との みを

,劉鰓

情」

の発

感 ず

とい

う契機

,鍾蠑

は 更にエ ルギ

源 と しての

と物の

変化

応の

関連

えてい が, い ず れ も

情 」

七 情

」 「

性 情 」の発 露, 顕 現 を 詩の基 底 と

考 え

て い る。 三

詩 とは何 か

とい

う考

えの

い は ここに

か ない 部 分

め て考 えねばな ら ない が

詩 歌 原 論の 共 通の キイ

ドが

であ ることは十 分に見て と れ よ

 

以上に見た ところ はい れ も思 索, 理 論の用 語として の

情 」であっ て,

理の基 底 を考え た

用語

,詩歌原論

に おい て もい か に重

く考

え られ て

た か を

り得る が その

が 些かの

陰影

を と

なっ て

品の 中で, 詩

と しては どの ように使わ れて来たのだろうか。 二,

詩 経

』 『

楚辞 』

見 る

 

古代

文 学における

情 」の語の使 用 例 を 見る に,

詩 経 』に は

国 風 」 諸 篇に諸 国の 人々 の 様々 な 感

が歌われるに も

らず, 隋

字その もの を

使

うの は

み で

之 湯 兮 宛丘之上兮 洵

情 兮 而 無 望

子の湯たる 宛丘の 上に まこ と

あ り

る ること なし

陳 風

丘」)       き み

 

「歌垣

われ る宛丘 に

舞 う

子の

舞姿

が, まことに

有 情 」であ り忘れ が たい とい う 白 川 静 氏の読 み が 最 も納 得 さ れる。 ω

有 情 」 と はい

あ りげ とえ ば 感 情 がこ もっ てい る ことを

う だろ

そ れを

に言 えば 「風情 あ り

とい

こ と に もな ろ

。 現

詩 経

j

には こ の

者の

姿

写 し た

」以

, 自らの心 情を

情 」 字を

使

っ た語

で示 した も のは

例 も見 ら れ ない 。 「悠

悠 哉

」 (

」)

の よ うに感

直叙

した ものや

,「

仲仲」

草蟲」)

」 (

泉水」)

の よ

に心の状 態と してい

の は数 多 くある が, それ を

情 」 として客 体 化 した表 現はまだ見 られ ない の であ る。

 

それ に くらべ て

,綿

々 と し て

国の

を述べ た

楚 辞 』に見 える

情 」 字の用 例は ほ と ん どが 「わが 胸の思い

と して の 「

情」

と言っ て よい それ も

屈原作

とさ れ るもの に限 れ ば

離 騒 」

六 例 )

九 章 」

十五例

中 してい る。 その 表 れ 方は懐 王に理 解 されぬ思い を述べ た       わが

, 「九

章」

の主題 に

応 し たもの で , 「

情」

とい い ,

中 情 」 とい い

,「

情 」 とい

が, い

れ も

わが

の 思い

な ら ない

 

情 」 (十

例 )

 情沈抑

兮 不

達兮 情沈抑

せ ら れ て

 

之 白

  

又蔽 わ れて之に

か にするなし

47

(4)

  (

章」惜

  中情 (

五例

 

薹 不 察 兮 余 之 中 情 兮

 鑿祭

中 情を察せず

 

信讒而齋怒    

反っ て

じて

齋 怒す

 

  余

情 (

こ例

情」

 

苟余情其信跨

練要兮

く も

余情

宿

し く

練要

な らば   長 頗 頷 亦 何 傷       長 く頗 頷 するも亦 何 ぞ 傷 ま ん

  (

」)

      わが

  「

沈抑

され て

し ない

」情

原の

であ

り,

そ れを

明示す

れば 「

余情」

とな

り,

その

所在

が心 中である

をい

中 情 」 とな る。

 

楚 辞

中の屈 原 作に見ら れ る

情 」の用 法は十

例を

える が, その

ち 四例は

情」

を 「

質」

と並

させてい る。       まこと

情與質信

保兮 情

に保つ べ

章」

恐 情 質 之 不 信 兮

 

情 質の信ぜ ら れざる を恐る

「九

章」惜

     

だ 懐

抱 情

    質

き情を抱 く

「九 章

懐 沙 )

 

荀 子

孟子の

えら れた

性」

情」

の関

が,

独 自

質」

情」

とい

う語

え られて い る。 荀

孟 子の

情 」の本 体 を考

る見 方は屈 原に もあっ た とい

る。 ち な み に 王逸の注に は

は志な

り,質

な り。

とある。 『詩

1

の感

,本体

分の 「心 」

我 心 」で捉

られた感 情の段 階 か ら

歩 進ん だ相 が 見

てい よう。

 

また

にも 『

楚辞』

にも

えない

無情」

の例 は

,『

礼記』大学篇

無情者

蠱       まこと 其 辭 」 (情 無 き ものは其の辞 を尽 くす を 得 ず。

とあるが, これ は

心 情 に実 な き ものは (裁 判 の

)十

分 な

明が

出来

ない

う意味

る。

無情」

につ

鄭玄

は 「

情猶實

とい うが 屈 原 流にいえば, 次の句となる。 言 與

其 可

 

言と

れ迹つ

情與貌其

章」

惜 誦 )     かお

  「

真実

であ る か ら

色 は

して

わ らない 。

とい

のは

礼記』

無情」

と 反 対の

有 情 」 (

情に実 あ り」)の描 写ともい える。 これ も また

わ が情と貌 」で あるが, 十

ち 必

わ が

ら れ な は こ

情」

使

わ れ 例 である。

(5)

f

情」の語義の展 開と詩語 「多 情」の成立につい て

5

情寃

之 日

 

情寃

わる るこ と 日に明ら か な る

宿 之

錯 置 列

宿の

置 する が

し (

章」

惜 往 日 ) 萬

其 情豈 可 蓋 兮

 

する も其の

     

つく                  ひ さ

之 可

長    孰

ん ぞ虚

しかるべ

「九

章」

悲 回 風

 

礼記』

が 「無

情」

とい

う語

提示

した 「

情」

の 「

実」

面 はこ こに もは ら まれ てい る。       あ らわ       う ち

 

ま た

「毛 詩 大 序

は 「情 中に動 きて言に形 る

と詩の発 生 を 説い たが

その理 論の言 葉に       わ が 先 駆 けて

,表

現の現 場を

情 」 に即 して 自述 したのが次の用 例である。 結 微 情 以 陳 詞

  

微 情を結びて以っ て詞 を陳べ

以 遺

夫美

  

げて以っ て

君)

 

章」抽

      こ こ      つら       の 茲 歴

陳辭兮  

茲に情 を歴 ねて以っ て辞 を

ぶ るも

      い

わ    ろ う 孫 詳 聾 不 聞

   

君 ) 詳 り聾 し て

かず

  (

「九

」 抽 思 )       あ き 願陳

白行

 

情 を 陳べ て以っ て

ない を

ら か に せ ん と 願

得 罪 過 之 不 意

  

罪 過 を得んとは

わ ざ り き。

  (

「九章

」惜往

      い た       う れ

惜 誦以

愍 兮

 

惜み誦して以 っ て愍を致 し,      

きどS 發 憤 以杼 情    憤 りを発 して以っ て情 を杼ぶ

  (

「九

章」

惜誦

      う ち       あ らわ い

れ も 「

情 中

い て

」 表現

の現

であ

り,自

己の

制作

動機

っ た

な ど は 「毛 詩 大 序 」の説を明 確に導 くもの と思 う。 介 眇 志之所 惑 兮 介た る眇 志の惑

所       ひ そ

賦 詩 之

 

か に詩を賦して之 れ 明 らかにする

「九

章」悲

風 )

 

原の

情」

の 用

には 巳に

孟 子の

本体

と現

の分

あ り

記」

無情 」

に 見 える 「情 」の 「実 」として の

面 を 宿 し, 「毛 詩 大 序

の詩 発 生の 原理 を 導 く ものであっ た。       わ が ただ, 芳 草に借 り, 歴

に借 り, 神

に借 りて繰 り返 し述べ られ る

情 」は, その

潔に の み焦 点の当てられた

で あ り

ま だ

開 する もの で は ない

 

以上で屈 原の

情 」の語 彙のあ り様 が 示せ た と思 う が, 「天 間 」 に

情 欲

が見ら れ

,後

情」

の語 彙の重 要な

翼と し て現れ る含

が示 さ れてい る。       きよ く   あ つ

何繁鳥萃棘  

何 ぞ 繁

に萃ま れ るに        

49

(6)

      ほ しいま ま 負 子 肆 情

  

子を負

る に情 を肆にするや

天 間

」)

 

の注に よれば 晋の大 夫

解居

父 が 陳の墓

を 通 りか か

り,子

背負

っ た

人に

み か か っ た が

地 とて人は

けれ ど 樹 上に はあんなに沢 山 鳥 が 見て い るで はあ りませ んか

無体

は おやめ な さ れ

と,

陳風 「

い て

拒絶

した とい

。   そこ で

肆情」

子 を 負

るに」 と読ん だが,

句作

り か ら は

理 な

み で, 他の伝

に 「

い て

ほし

まま を

」婦

人があっ た か

知 れ ない 。 と

あ れ

肆 情 」 を 王 逸は

其の情 欲 を肆にす

して い る。

 

情」

には

欲」

が数 えら れ

1

には

情 人 之 陰 氣 有 欲 也, 從 心

」 (

は人の

に して欲 あ る もの な り , 心に

声)

とい っ てい る。 陰

と は

に よっ て引

き起

こ さ れ る とい

消 極 面を言っ たものだ ろうが 同 時にその

欲 」に注 目 して い た。 欲に は利 欲 も情 欲 も

分 けて

え れ ば

々 にあろ うが

漢語大詞典』

情」

三 の

,情欲」

と し て

この

天問 」と王 逸 注を

拠 と して い る。 三,

文選 』

情」

 

文選』

は賦の

立てを

京都

, 甲

か ら

め, その

十番

目に

情,

を置い てい る。 そ こ に

品 は,

玉の

高唐

賦 」

」 「

登 徒 子

好色

賦 」 曹 植の

洛 神 賦 」である。       これ

 

「高 唐 賦 」は先 王 が 夢に 巫山の

女と出 会い 「

席 を薦め

られ, 「之 を

幸」

し たとい う

紹介

し て

山,高唐

山容

た も

王のた め に

その神 女の盛 美 と出 合い を描い たのが

神 女 賦 」である。

 

「登

徒子好

色 賦

は,

登徒子

好色

讒言

さ れた

玉が,

絶世

美女

い に 三

なびか な か っ た自分 と 醜 婦 と 五人の子 を な した登 徒 子 とい ずれ が好 色か と弁 明 する賦である。 曹 植の

洛神

は 巫山の

神女

洛水

神女

えた

継承作

る。

 

情」

には 巳に

情欲」

「色

情」

含意

さ れてい た が ,

文 選

か ら さまな

は使わ

r

情 」の

字をその部 立の名とした。

 

この

野には

神女

を 主

とし て

建 安詩

人 以 下に

継承作

ら れ る

他 ,漢

張衡 「

定情

, 蔡 畠

静 情 賦 」 など, 人 間 界に絶 世の美 女 を構 想 して, 情 を様々に蕩 漾 さ せ, 最 後にその情 を

め るとい

う艶情文学

を生み

その

集大 成

とし て

陶淵明

「閑情

られ た。 (3〕 いわ ば

の語のイメ

ジ に は, 「

」 「

情」

とい っ て

直接

的にす ぎれ ば,

男女

, 艶 情の

面が

きな

置を占め てい るのである。 こ と に晩 唐の

情 」に は このイ メ

ジ が深 く

影 さ れ るこ と にな る が, その

はこ こにある。

 

文 選 」 所 載の

情 」の語 彙は, 熟 語 も含めて 二 七 例が数

られ, 様々な もの が 見 ら れるが,

情」

微妙

えた

表現

と し て

,漢

武帝

えら れ る

風の

辞」

が ま

思い

こ され る。

極兮

哀 情

多  

楽極

ま りて哀

情多

壮 幾 時 奈

  

少 壮 幾 時 ぞ 老い をいか ん せ ん

(7)

「情 」の語義の展 開と詩 語 「多情 」の成 立につ いて

7

 感情

微妙

き を捉 え た

名句

とい っ て よく, 七

な が

面 を 捉 え

物極

まれば則 ち 転 ずとい っ た循 環 論の

考 え方

が 中 国 思 想 には深 く

づい てお り

注に引 く

列       きた

女伝

』には

樂 極 必

來 」 (陶

子の

曰 く, 楽 極 まれ ば

ず来

とい

見 え

る。 し かし, これは 理 をい っ た もの で , 「秋

辞」

と して の

表現

で この

を深めてい る。

感情

微 妙

な 変 化 と,

しさの

ちに潜む

しみ とい

うも

の が, 十二分に捉 え られ てい る。 芭

の 「お もし ろ

て や が て かなしき

鵜舟哉 (

鵜飼

と も

〔4 〕 が

名句

である

縁 も その

微妙

を捉

てい るか ら だろ

。 中

唐の

多情」

も春の 遊 び

,賞

春の 「

多情」

を しば しば 語る が, い

れ も

春 愁 」 と

な り,

情の隠 さ れ た

情 」で ある。

 

二七の例の

情」

の用 例 が

られ る

文選』

に も ま だ

多情

1

え ない

多情」

に は

思い 多 きこと」と解 さ れる

面 が あるが,

文 選 』で はそ れ らの意に は,

多 懐 」 「

念 」 が用い ら れ てい る。 遠 行

所 懐

  遠行

し 我 心

何怫

  

我 心

欝 たる

曹 操

苦 寒 行

」)

感物多所懷  物

じ て

懐 う

し 沈 憂 結 心 曲    沈 憂 心 曲に結ば る

張協

詩 十 首

その

      おも 征

  

征 夫 心 懐い

し 惻 愴

吾 悲

  惻愴

と し て吾を悲 し ま し む (王粲

從 軍

詩」

その 二

夜 幽 靜 而

   夜

は幽 静に し て懐い多 し 風 觸 楹 而 轉 響

  

風は楹に触 れ 響 き を

謝恵連 「

賦」)

      お も 傷

懷悽多念     懐

し め悽 と し て

し      

か      す くな 戚 貌

而 尠 歓

  

戚 貌 瘁 れて歓び尠し

機 「

歎 逝

賦」)

誰令

多念  

誰か

をし て

か ら し め       いだ 自

使

懷 百

憂   

自 ら百 憂 を懐 か し む

(曹 植

贈王粲

 

「多 念 」の 二例はいずれも 時の推 移 に感 じ たもの。 曹 操の 「

所 懐 」 王 粲の 「

懐 」は征 旅 に

じ た

の。

張協

懐」

れ に

遠役

を思

佳 人のそれで, 両 者の要 素が重 なる。 征 旅

・時

の推 移に悲 哀 をい う

い が, そ れを 「

多懐」

でい う例 は 『

選 』      

51

(8)

で はこれだけである。 謝 恵 連の

多 懐 」は雪の夜の 静 け さ を感 じたもので, やや 新 味を出 して い る。

 

ところ で

張協

は 「

に感じ て

懐 う所多

とい

,物

じ て動 くの が 情の特

で あっ た。 そ れは

の 王 充の

論 衡

稟篇

な どにも

情, 接 於 物

(情は物に接 して然る者 な り)とい わ れ てい る し

,先

に見た劉

鰓 『

文 心 雕

』, 鍾 蠑

詩 品 」にも説か れ てい る。 これ ら

多念」 「

多懐」

き起こ し てい る の も

情」

である。 その 目で みれ ば,

張協

の 「

詩 十

首」

その六の例は, 「

念 」

」と 「

をつ な ぐ例と見 られる。

感物多

情   

物に感 じて思

情多

く       かわ

險 易

  

険に

りて

心 易る

 

これ は遠 行の情を言っ た もの で, 張 協は

物に感じて」 起こ さ れ る

を 「

所 懐

とも

情」

と も

表現

した

成か らい え ば

思 情

言 す れば 「

思 」とも 「

と も な り, 中 唐以後に

れ る

思い多 きこ と」をい

う 「

多 情 」 誕生の

機を は ら んだ 表現とい えよ

。 四,

 

には

有 情 」

無 情

の用 例は 三例 ずつ

るが, 人 と して の

の有 無をい

例は 二例

つ , 『礼

記』

に見た,

ある

情,

実 な き情の 例が

例 ず 。 こ こに は人と して のそれの み見て お こ

。      

ぞ 然

有 情 然

らば

しく

も情

あ りとい わば       た れ       よ 孰 能 不 懷    孰か能 く懐わ ざ らん

謳 「

贈劉

首并書」)

有 情 知 望 郷   情 あ りて望 郷 を知る       くろかみ 誰

能績

變 誰

能 く績 変

らざら ん

謝 眺 「晩 登三山 還 望 京 邑」) 人 之

無情  

人の無 情 なる

何 至 此     何 ぞ 此れ る

任防 「

奏彈劉

」)

將 軍 獨

無情哉  

將 軍

情無

か ら んや

希範 「

伯 之 書

」)

  「

無情」

両者

と も 人 とし ての

情無

きこ と を

め た もの。

有情」

には 「

有情

孰能不

V

と共 通の句 作 りが 見 られ る。 これは, 「人は有 情で あるか ら,

V

せ ざるを 得 ない の だ

1

とい っ

(9)

「情 」の語義の展 開と詩語 「多情 」の成 立につ い て

9

た もの で , 「

有情

」 を 人の しかるべ き

姿

てい る。 だか らこそ 「無

は 人 とし て責め られ る こ と にも なる。

 

陳 伯に与

書」

用の 前の 部 分

, 「

廉 頗 将 軍が魏 侯に信 用さ れず, 趙の将 軍に復 帰 し たい と思っ た

起 が 失

の原

となっ た西

したの は

人の

である

っ て そ れなの に将 軍 あ なた は

情で あっ て い い もの で しょうか と

めたの で ある。 {5)

 

い わば人 は

有情

なるべ しとい

う考

こ の

有情」 「

無情」

れ に も反 映してい る。

 

そ れ が 当 然の よ うだが

,「

非」

を超 越 しよ う とす る 『荘

子』 的

思 想 か らは

人 は 宜しく

情な るべ し とする考 え も, 中 国に はある。 有 悲 則 有 情

   

悲 しみあ れば則 ち情 あ り,

情 亦

  情無

ければ

悲し み

な し

阮籍 「詠 懐 詩 」 その七 十 )

本に は 「無 悲 亦 無 思

 

鈴木修次 氏

に已に 「

有情

無情

多情」

稿

(5)が

っ て,

本稿

もその

大枠

の 中で書い てい るのだが, 氏は阮 籍の右の句を引い て, 「こ の考 えの裏に は, 人 間は有 情の存 在である か らこ そ お もしろい のだ, また, 悲 し み とい

の は, た しか に人間に とっ て不

なことで はある と は い え ,

し みとい

ことがあればこそ, か えっ て

有情

存在

る人 間

はい きい きと

発揮

で きるの だ とい う認 識 が ある ように思 う。」と言われる。       いつ              じ ん か ん            か え り

 

し か し

こ の

は 「心 を

に し て

宅に

せ な ば

,曷

くん ぞ人 間の

姿

を顧み ん。

め て       こ こ                        わす 我 難を忘る る を得て , 焉 に黙 して 自ら遣る る を知る」 と結ば れ る詩で, その主 題は心を死 灰 と し て

無情

なるべ

。 少 な く と も

面の意

は,

有情

なれ とは

わ ず, 「

無情」

値を説い てい る。 c7)

 

また, こうし た荘

的 見 方を

っ た阮 籍は, 「達 荘

論」

に性と情の 関 係を

じて

身 者, 陰 陽 之

積 (

范陳本,梅本 ,李本作精)氣

也。 性

者 ,

之正

也。

, 遊

欲 也。

し てい る。 こ こ に も鈴 木 修 次 氏は

情は欲だ と考 えるの は

説 文 」の 説と か よ

が,

遊 魂 』と い

の テ レ パ シ

の 『

であるとするそ の

独 創 的

,個性

的で ある。

と言 われる。

 

し か し

これも また 「

え 続 けた中 国思想

上 の発 言であ り

「物に感じて動 く

とい う

面 を捉

情は

遊 魂の 変 欲 」である と言われた もの と考

る。

易 』 繋 辞 伝の 「

精氣爲

物, 遊

為 變。

(精 気は物とな

, 遊 魂は

す。

とい

の は

体 と

の関

た もの で, 阮籍の

性 情 説 」 を

い て そ

だ た

 

ただ

阮 籍を

画期

の 人 と して

,「

入間に は

その

理の みで は

り切れ ない

を 問 題に し て 詩があ り文 学がある とい

こ と , そ れ が人 間を充

さ せて い るの だ。 阮 籍は ほ と ん どそ

し た

え まで

っ たの で は な かろ

か。 人

にお ける

文学

存在

を,

めて

自覚的

につ かん だ のが

中 国におい ては阮 籍で はなかっ た か。」と言われるのは, 阮 籍の作 品 全 体をふ ま えた論 と し て理

さ れ,

服 さ れ る。

 先

とて

阮 籍が 「

し切れれば

生 まれ る 必要 も ない の だ から

その

情は

面の主 題と は別にある ともい

, 無 情で あ りたい と願 う程, 有 情の悲 しみ は深 く, 作 品 その も のが矛

の産 物で あ る。 そ

し た矛

の諸

々 に取 り出し て み せたのが阮

籍 「

詠懐詩」

53

(10)

で あ り, 想 念と現 実に引 き裂かれる阮 籍の 「情

の描

に は

。 五,

然 の

「多

 

有 情

無 情 」に は人として のそれ と は別に, 人は有 情, 自然は無

とする見 方 が あっ て ,

唐詩

に は

名句

える

現 も

る。       た と      あ らわ 眼

即 見 骨

   

れて即 え

見す

と も

           つ

天 地

終無情  

天 地は終に無 情 な り (杜

甫 「

新安吏

永 結 無 情 遊     永 く無 情の遊び を結び       はる

相期

遡 雲

漢  相

す 雲

遡 か なる に (李

白 「

月 下 獨 酌 」)

 

「無 情

のイメ

ジの頂 点とも言

る句で 杜 甫のそ れは 壮 丁 絶 えてな お

兵役

に駆

出 さ れ る

い っ た

り若

す ぎる男

を,

青 山白水

背景

に涙 も

眼に穴が あ き, 骨があら わ れ る ほ ど見つ めて も, 天地はつ い に

無情

とは, 比

の領 域を突 き抜 けた

言の

び が

くであ ろ う。 ま た 李 白のそ れは, 山 中に月と自分 と影とが 乱 舞 するの を 無 情の遊 び と

い , 雲

漢 (

天 の川

は る か に そ れを

完結

さ せ よう と

る。 これ は も

の悲

な ど や わ な情 緒を超 えた月 光に浮か び 上 が る

種 夢 幻 劇 中の

コ マ で ある。

 

こ の よう な 名

を生んだ 自 然は無

とい

発 想は 『

に は ま だ見 えて お ら

ず,

類 想は

天 地

心 」

盧 謳 詩

」)

心 而 出 岫 」

帰 去 来 兮 辞 」)の ように

無 心 」の語で表 現 さ れる。

 

た だ 『

えぬが , その 編

昭 明 太 子 には恋の歌のい か に も軽い ものだ が, こ の義の

無 情 」 が 見 え,

玉 台 新

』 に引 く

古 絶

」 などが その 先 行 例としてある。 菟 絲 從 長 風   菟 絲 長 風に従 う も

無斷絶 根

断絶

無 情 尚 不 離   無 情 すら尚 お 離れず      

つく

有情安

別  有情安

んぞ 別るべ け ん

古 絶 句四首 」) その三 別 觀

葡萄

 

別 観の葡 萄 実 を

びて垂れ 江

荳 蒙生

連枝 

の荳 蒄

連枝

に生

無情

無 意 猶

 無情無

意 す ら な お か くの

し       いた ず 有 心 有 恨 徒 別 離   有 心 有 情に して徒 らに別 離せ ん や

簡文帝 「

和蕭侍

中 子 顕 春 別 四

首」

(11)

「情 」の語 義の展 開と詩 語 「多 情 」の成 立につ いて

11

   

昭 明の三

目は 五言を 七言に したま で で

ことは

らない

句」

風に

  

か れる

無情

のね なしか

ら も, 宿 主の

れ ない の だ もの ,

有情

私達

れてな る もの で

  

す か。

とい う。 昭 明のそれ は, 野の根 な しかずらに変 えて , 宮 中に房 を 垂 れる葡 萄, 枝を連

  

ねる荳 蒄と珍 しい

を綺 麗に 上

て, 同じ

詩境

を七言に示した

の 。 読み人

の素

  

斉梁体

けた もの とい えよ

。 丁

福保

は こ の

古 絶句

1

を全 漢 詩に

くが

斉梁

と そ

へ だ た ’

 

らない 六

風の恋の歌である。 こ

した恋の歌の言

遊び が 生 ん だ

現 だが, 唐 詩の時

に は

  

々 に

か れて つ い には

李杜

の よ

ジ を

ぶ よ

になっ た。

   

も 同様に東 晋 以 後の 呉 歌 民 間の歌 謡に見 られ, や はり恋の歌の言 葉 遊びに端を発

  

してい る。

情 ・

情」

の語の イメ

深め た

李杜 も

この

多情」

の語は

承せ

ず,

  

詩人 に よっ て

定着

する。

に その発

と思 える詩 を 見てみ よう。 春

多媚,春鳥

多哀,春

復多情,吹

羅裳

  (

「子夜四

時歌」春

歌 その十

O    O O O     O O     O O     O O    O O 春 花 綺 繍

色 春鳥

絃 歌

聲 

春 風

漾 

女亦多情 愛

鶯作友 憐傍

爲屏 

回 頭 語 夫

婿

ロ  o ム A   A      o o A  ム A      o  ロ A   A   A      o o ム A A

莫負

艶 陽 征

北 魏

 

王 徳 「春 詞 」) 悪 見

情 歡

 

罷 儂 不 相 語

 

 

 

 

王誕

襄 陽 曲

その九

祇 恐

情 月, 旋 來 照

  

文 帝

」)

  『

選 」に載ら ない こ れ ら

東晋

の用 例

自体

が 「

多 情」

誕 生の

様相

っ てい る と 思

。 東 晋の娘

夜 が 歌っ た とい う元 歌は伝わ ら ない が , その 曲に のせ た 「子 夜 歌 」四十二首,

時歌」

わ っ てい てい

れ も恋の

である

子夜

多情」

は 「

花,

春鳥

」「

多媚

多哀

多情」

と歌 詞 とし ての繰

返しとバ リエ

ンか ら 生 まれ た筋 道 が 見 える。

 

また

,「

風は

多情

な お

方,

私のス カ

き開 く

とい

う発 想

は 「

に も

で に も っ と素 朴 な 形で見 えて い る。 攬

帯 約 眉 出 前

羅裳

易 飄 颶 小 開 罵 春 風     とb

を攬て未だ帯 を 結ばず 眉を約し て前窓 に出づ

    ひ るがえり

羅裳

飄 颱やす く す

      しか 小 しく 開 け ば春 風を罵る

 

同じ

え 歌に して も,

自然

況の

風の

え た

素朴

歌 調 。 こ

した 民 歌の 発 想 を 捉 え

繰 り返し とバ

シ ョ ン 三つ 重 ねに し た文 人 調 か ら 「

情 」 が 生 ま れて きた事は, 次の署 名のある王 徳の

春 詞 」にも 明ら かで ある。 春 風の擬 人 化につ い て い え ば

,「

有情 ・無情」

比 で と りあ げら れた

な し かず らな ど は

本 来

とし て も

,幹

に ま とい つ く

に有

の風

を 見たか ら

りあ げたの であっ て

そ れ を進めれば 「

翠 似 知 節

含 芳 如 有 情 」 (庚 肩 吾

詠 長 信 宮 中 草 」

と も な り, 春 風 多 情の擬 人 化 も出て くる。 た だ その 出

55

(12)

方 が,

子 夜 歌 」は た く まず し て出てい るが, 「子 夜 四 時 歌 」の

春 風 復 多 情 」は語 呂 合せ の言

の遊

か ら生 まれ てい る。

 

隨 王 誕の 「

曲」

は 「浮

なぬ し に く あい し が に くい 。 わたしを すて て

 語

らい もせぬ 烏が林に

まるま

 

はや くわ た し を

 

連 れてっ て」と はたっ ぷ り俗 謡 調だが , 三

目は,

に取

天間

王逸

を出し て

い か にも文 人が作っ た俗 謠である。

  簡文 帝

もこ

した

歌 を

けて, 「

復有情

拂 幔

開楹」 (

戯作 謝恵 連体 十

韻)

の 中に応 用 した り 「夜 夜 曲」の よう な 歌 曲で も,

春 風 」 「春 女 」と春 情に発し た 「

情 」 を秋 の に まで及ぼ し てい る。 し か し

し た 工

も私の検 索 し た限

で は, 六

朝詩

に はこれだ けで

情 」

誕生の様 相 を

めてい る に過 ぎない 。 こ

して誕 生し た詩

多情」

は初

唐 ,

で は ほとん ど

使

われ

, その意 識 的継 承 発展は

居 易, 劉

錫 を待つ の で あ る。 六,

見 え

「多情」

 

王質 夫は

歌 」の 制 作を勧め て 「樂天深 於

詩,多於

情 者也」 (

歌 序 」)と 言っ た。 こ こにい う 「多 於 情 」は詩 人 と しての感

の豊 か さ をい っ たもの で

の 人は 「

を 六

詩の よ

な限 定された

味で のみ は使っ ていない 。

佩 文 韻 府 』はその早い例とし て韓 愈の次の句 を引 く。       お も

情 懷 酒 伴

  多

情に して酒 伴を懐い 余

為 詩人

  

は 詩 人 と為る

愈 「

和 席八十二

 韓愈

思い

」席蔓

酒の

ちに

語 り

切れ ぬ と こ ろ が詩 とな る とい 広 く感 情の豊か さを言っ た早い例で ある。 魏 晋の詩には先に見た ように 「思い 多 きこ と

と して 「

多懐 ・多

えた が, い

れ も

・時

推移

びつ い てその

を歌っ て い る。 しか し,

韓愈

多情」

は同

思 い

きこ と

をい

と して も,

悲哀

の みな らず 感 情の多 面 的 豊か さ までを包 含 してい る。 つ ま り, 白居 易を 厂

於 情 」 と評 した 王 質

夫,

それを

した

易 ,席蔓

多情」

とした

韓愈

れ にとっ ても

多情

」は

で に 感 情

般の 豊 か さ をい う 語として成 立 して い 。 ただ韓 愈の残 す 「多 情 」の使 用はこ の

例の みで , それ が

に振 り返れば

広義

用法

型 を示 し ていても, この語を

ん で

現を 工夫 し た と まで は

え ない 。 過

感傷

をい ま しめた

愈にこの用 例 が あ る とい

う事

にこそむし ろ

艶 情と切 断 され た

多 情 」の豊か な側 面の共 有が中 唐にあっ た こ と が見 えるの で はないか。 六

朝詩

との つ な が

を も

しつ つ そ れを 意

識 的

に 工

拡大

したの は

白居易,劉禹錫

である。 その 白居 易に は二 十

の 厂多 情 」の用 例 が あ り, 彼の友 人 劉 禹 錫に は十

例 が 数 え ら れる。 そ こ に は六

詩の用

け継 ぐ狭

のそれ

, その

拡大 も

, それ と は切れ た韓

の示 した広

の そ れも あっ て , 二人 が 互い を意

しつ つ

ん で この

を工

した

子が

てとれる。

觸僧付毳褐  僧

れ て

毛褐

き 留

冒 羅

裳   

妓 を留めて

裳 を 冒 す

(13)

「情」の語義の展 開と詩語 「多情 」の成 立につ い て 13 寡

春 曲  和

する もの

なし

陽春

多 情 騎 省

  

情 な り騎 省 郎

居 易

斐 常

以題

薔薇

架 十八韻 見 示 因 廣 爲三十 韻以和 之 」) 向 背 萬 態 隨

低昂  

背に向 か えば万 態

低昂

に隧 う

情 隱 羞 面

  

葉に映 じては

情に して羞 面 を隠 す

易 「

芳」)

 

薔薇架

に題した 返

には, 風に

るバ ラ の

び らが

僧侶

に, 妓

の羅

につ くこと をい っ て 「春 風 復

情 」の応 用で ある。 三 十 韻に広 げて返 詩 を 作っ て

修辞

様 さ を 示 し て みせる た め

連 想は二

に重な り, それ な りの諧

謔味

を 生 んで い る。 た だ こ この

情 」は

薔 薇 」 の

華麗

を歌 う散 騎

侍の か な趣

を 「騎 省 郎の豊か な趣

わ れ陽 春

に和 するも のは少 ない」と言っ て

春 風 復 多 情 」の

情 」よ り広い

味を持っ て い る。

 

「牡 丹

芳」

は 「新

樂府」

その主 題 は牡 丹ブ

ム の過熱を

まし

,農業

を 入 れ よ とい こ と だが, こ の部 分は朝 陽 を受 けた鮮 やかな 牡 丹の姿に春 女の多 情 を投 影 した もの で ある。 二

い ずれ も六

風の 拡

か ら生 まれ た。

 

同 じ応 用で も, 白 居

の バ ラ の花に引 き起 さ れ た 「

情 」に対して, 劉

錫の柳 絮の

情は 小 篇だけに凝 縮 され た印 象 が あっ て佳 篇とい

よう。 晴 天 闇 闇 雪     晴 天に闇 闇た る雪

來送青春暮  来 り

青春

れ を 送る 無 意 似 多 情

  

な るに多 情に似て 千 家

萬家去   

千 家 万 家に

く (劉 禹 錫

柳 花 詞 」)

 

れの空

 

く ら く もお お

う 

雪の ごと

 

き た

て送る

  春

の くれ

 無

意な るに

 多情

に も 似て

 

あ ちこちの

 

家に と び ゅ く」と柳の花 を雪に見 立て, 無 意に多 情を見た。 これ など は連 想の

自然

さ が あっ て く どさ がな く

,す

で に 六

風 を

脱化

し てい よ

 

柳 花 詞 」とい う題にちな んで い え ば 白居 易には

楊 柳 枝 詞 八 首 」,

楊 柳 枝二十 韻 」 が あ る が,

後者

に 「

楊柳枝

新聲

也。

之 小

有善歌

。 詞

章音韻

,故

賦 之 」とあ り, 洛 陽の妓 女の音 曲, 舞 踊 を楽 しんでい る。       な ん

 

  

りて

れん

 情多

自持   情多

くして

自持

 

(白 居 易 「

柳 詩二十 韻 并 序

」)

 

くず お れんばか りの舞い めの姿, 情 緒 たっ ぷ りの 曲の余 韻を歌

。 六 朝の遊 宴で も 「

情多舞態

意 傾歌

弄緩」 (

眺 「

」情 多

く し て

舞態

遅 く

 

意 傾 きて歌 緩を弄 す。) と同 じ 「情

多」

の情 趣 が 歌われてい る が

その 「

楊柳

の 曲に

せた八 首で は

の 風

情 ,曲

の風 情ば か りでな く

それ を美 妓に置 き 変 えた固 有 名 詞まで出て きて

無 限 情 」

多 情 」

57

(14)

情 」が

か れ る。 それ に

じて

劉 禹錫

揚枝

只 縁 嫋 娜

多情

じ, 更に

の 「

柳花 詞」

対置

した。 両

の応 酬の

で 六

風が歌い 広 げら れ てい く

が 見てとれ よ

。 依 依 嫋 嫋 復 青 青

若解多情尋

小 小     0 0 蘇

女舊

引 春 風 無 限情

 

雪 花 繁空撲 地

 

緑 絲 條 弱 不 勝 鶯 (その 三

        O  O O     O O O O

緑楊深

處 是 蘇 家

その 五

風前

有情 (

その 六

      o o

 

情」

春風

に なびく

柳条

の風

だが, 「

多情」

柳 条

の風

した

妓女蘇

小 小のそ れ,

有 情 」 も又 同 じ, 六 朝 風 を 拡 大 したこ う した遊 戯 世 界の

情 」

有 情 」は, こ とに晩 唐 の

けつ が れる 。

劉 禹

錫には

舞妓

を 歌っ た 「

憶 春草」 (

舞妓

名)

に も

處々

道」

とい い 共 通の遊

の中で , 艶 情 と して の

々 に工夫

大し てい る。

方 白 居 易 と風 流 をともに した劉 禹錫の 応 酬の 詩に は別に二 つ の 「

が 示 されて い る。

舊相臨戎非稱

 

詞人

本多情

和 樂 天 洛 下 醉 吟 太 原 令 孤 相 公 兼 見 懐 長 句 」) 槿 衰 猶 強

, 蓮 迥 郤

「酬

天感 秋

寄」)

 

バ ラ

牡丹

柳 絮

柳 条

,柳

条にも似 た

女 とい のは 六 朝 風の拡 大の 中で捉 え られる とし て, 軍 事を担 う太 原の令 孤 相 公の多 情は勿 論 風 流 韻

の それ だ が

辺 塵を静め

塞 下 曲を歌 う 人の

多情

で六

風 と は か な りへ だ たっ た

ら独 自の もの も あ ら わ れ

秋の風 情 を感 じる

多情

も 顔をのぞ か せ る。

 

易 「長

」序

は王

質夫

の言

を引い てすで に

多情

を 自

する もの だ が,

春, そ れ も 残 りの春

,遠

方の春を尋ね る

分を

情 」 と自 負 する詩がある。

忽憶芳 時頻酩

酊 郤 尋 醉 処 重 斐 回

春深後

誰 解

情 又 獨 来

重 尋

園 」)

芳時頻 り

酩酊

せ しこと を

ふ 郤っ て酔 処 を尋 ね 重 ねて斐 回 す     み

杏花

子 を

びて

き後

      きた 誰 か 解 さん

情に して又独 り来る を

の季 節 をめでる は通

, 残 りの春 を

する は我のみ と

を 自

する。

村南無限桃花發 唯我多情

自來

下邦 荘 南 桃 花

」)

参照

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