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北シリアにおけるスンナ派優遇策の開始 : 十二世紀前半のハラブ

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Academic year: 2021

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  シ : ア 派 が ハ ラ ブ の 多 数 派 に な った 経 緯 に つ い て は 幾 つ か 意 見 が あ る が 、 bd日 ド 60 の伝 え る 伝 承 に 基 づ く 次 の 説 が 最 も 信 憑 性 が 高 い で あ ろ う 。 そ れ に よ る と 、 三 五 一 / 九 六 九 年 に ビ ザ ン ツ 帝 国 の ニ ケ フ ォ ロ ス 日 フ ォ ー カ スが ハラ ブ を 占 領 し た 時 に 減 って し ま っ た 人 口 を 回 復                                             す る た め に、 ハ ム ダ ー ン朝 の サ イ フ ・ア ッダ ウ ラ が ハ ッ ラ ー ン の シ ー                                                   ア 派 住 民 を 移 住 さ せ 、 以 後 同 派 が ハラ ブ の 多 数 派 と な っ た 。 サ イ フ ・ ア ッダ ウ ラが シ ー ア 派 の 住 民 を 選 ん だ の は 、 彼 自 身 が 同 派 を 奉 じ て い た か ら で あ った 。 そ し て サ イ フ ・ア ッダ ウ ラ の 後 を 継 い た 息 子 サ ァ                             く ド ・ア ッダ ウ ラ ( ω 鋤 .亀 鋤 憎 U 鋤 乱 鋤 ω 偉。 嵩h ) の 治 世 ( 三 五 六 ー 三 八 一 / 九 六 七 ー 九 九 一 年 ) に 、 シ ー ア 派 式 の ア ザ ー ンが 導 入 さ れ た 。 具 体 的 に は 、 ア ザ ー ン に ﹁ い ざ や 最 良 の 務 め の た め に 来 た れ 。 ム ハ ン マド と ア

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ー 彡 鼕 趁 簍 聖隷 趁 聖蒹 豢 ︹鬟冷 嵩箪 鬱靉盞 廷 瓢琢瑳 誤乎蕁鼕 諦 採窄莓 キ篷 笙 7 北 シ リア にお け るス ンナ派 優 遇 策 の開始

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  第 一 節   ス ン ナ派 優 遇 策 の さ き が け   親 イ ス マ ー イ ー ル派 政 策 を 推 進 し た セ ル ジ ュク 家 の 君 主 リ ド ワ ー ン ( 男 鋤 ゲ N  簿 一撃 ζ ¢ 一犀   男同 氏 毒9 1 謎 ) が 五 〇 七 年 六 月 / 一 一 = 二 年 十 二 月 に 没                                 ⑥ す る と 、 そ の 息 子 ア ルプ ・ ア ル ス ラ ンが 若 く し て ハラ ブ の 支 配 者 と な った 。 彼 は 当 初 父 親 の 政 策 を 継 承 し た が 、 住 民 か ら の 圧 力 も あ って、 即 位 し て ニ ケ月 の後 に イ ス マ ー イ ー ル派 の 弾 圧 に 踏 み 切 った 。 こ う し                                     て 十 ニ イ マ ー ム 派 が 再 び 勢 力 を 回 復 し た 。   し か し 、 さ ら に そ の 二 ヶ月 後 の 五 〇 七 年 十 月 / 一 一 一四 年 三 月 に ア                                                           ⑧ ルプ ・ア ル ス ラ ン の 後 見 人 と し て ハラ ブ に 到 来 し た ト ゥグ テ ィギ ン に と って は 、 十 ニ イ マ ー ム 派 も イ ス マー イ ー ル派 と 同 じ く 嫌 悪 す べ き シ ー ア 派 で あ った よ う だ 。 彼 は ﹁ハラ ブ 人 の 状 態 と 彼 ら の 礼 拝 を 非 難 し 、 王 タ ー ジ ュ ・ア ル ム ル ー ク ・ア ル プ ・ ア ル ス ラ ン を 彼 ら に 対 し て け し か け 攻 撃 さ せ 、 ハラ ブ 人 が 彼 ら の 宗 派 ( ミ 魯 蟻 ぎ ㍗ ぎ ミ ) を 実 践 し て い る こ と を 非 難 し た ﹂ の で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 ハラ ブ の 住 民 は ト ゥ グ テ ィ ギ ン の行 動 を 重 大 視 し 、 い く つ か事 件 が 生 じ た 末 に 、 ト ゥグ テ ィギ ン は デ ィ マ シ ュク ( ダ マ ス ク ス ) へ去 る こ と と な った [ ↓ Uζ ド 師趨 び 為 ω 凸 。   ト ゥグ テ ィ ギ ン は 礼 拝 方 法 な ど シ ー ア 派 の 儀 礼 に つ い て 非 難 し た よ う で あ る が 、 そ れ 以 外 に 彼 が お こ な った こ と に つ い て は 、 残 念 な が ら 不 明 で あ る 。 い ず れ に せ よ 、 彼 の シ ー ア 派 弾 圧 は 短 期 間 で 挫 折 し た 。 し か し 、 支 配 者 に よ る ス ン ナ 派 優 遇 策 は 断 続 的 に 続 く 。                                                   ⑨   五 〇 八 / 一 一 一四 年 に ハ ラ ブ の 支 配 者 と な った ル ゥ ル ゥ は 、 五 〇 九 / 一 一 一五 ・ 一六 年 に ハラ ブ で 最 初 の ハー ン カ ー フ ( 冒 蕊 寒 ) す な わ ち ス ー フ ィ ー 達 の 修 道 施 設 を 建 設 し た [ 諺 出 韓Φ ω ] 。 こ の ハー ン カ ー フ は 、 建 設 さ れ た 場 所 の 名 を と って ハ ー ン カ ー フ ・ ア ル バ ッ ラ ー ト ( 転 ぎ ρ 91 げ 巴-じd鋤 = 碑 ) と 呼 ば れ た 。   そ の 位 置 は ハラ ブ の ジ ャ ー ミ ィ の東 側 で 、 今 日 で は ジ ャ ー ミ ィ ロ ア ス ラ ー ン ・デ デ Q 鋤 8 陣、 諺 牲 餌 昌 Uo 伍 p。 ぴ ) が ス ー ク の 中 に 埋 も れ る よ う に し て 建 っ て い る 場 所 に 当 た る 。 当 時 の 建 物 は 残 って い な い よ う で あ る [ ○⇔ 信 び ① H ⑩ ○。 冊 ω ① 討 昌 ρ H お 旧 B 巴霧 6 0 9 謡 ゲ ト。 α ω ] 。   ハー ン カ ー フ の建 設 が 始 ま る と 、 ハラ ブ の シ ー ア 派 住 民 Q 昌 ミ " 、ミ ミ ー冒 N導 鬯 § §§ 緊 寳. 魯 ) は 反 対 を 唱 え た 。 ス ー フ ィ i達 異 邦 人 ( 時 ミ 越 ) の 流 入 が ハ ラ ブ の伝 統 を 乱 し て 子 女 に 悪 影 響 を 与 え 、 党 派 主 義 ( ミ .禽 黎 い ) や 騒 乱 を 引 き 起 こ す と い う の が 彼 ら の 言 い 分 で あ っ た 。 こ れ に 対 し て ル ゥ ル ゥが 建 設 を 急 が せ た の で 、 一 群 の ハ ラ ブ 人 達 が 夜 間 に ハ ー ン カ ー フ を 破 壊 す る と い う 妨 害 活 動 に 出 た 。 そ こ で ル ゥ ル ゥ は ハ ラブ 人 の 一団 を 拘 留 し て よ う や く ハー ン カ ー フ を 完 成 さ せ 、 そ こ に ユ ー ス フ ・ マ ル ワ ズ ィ ー ( 諺ぴ 口 ⇔ 磨 切 ε寅 ﹂ 団 口 ω 亀 び ゜ 鋤 一-菊⇔ 露 . 鋤 緊 ζ 錠 ≦ § 圃) と い う ス ー フ ィ ー を 任 じ た 。 彼 は ハラ ブ に 入 った 最 初 の ス ー フ ィ ー の シ ャイ フ で あ った と い う [ ↓Uζ H "⑩ ○ 鋤 ー び ] 。   ハー ン カ ⋮ フ 目 ア ル バ ッ ラ ー ト の建 設 か ら 数 年 後 の 五 一五 / 一 一 二 27

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一 ・ 二 二 年 頃 に 、 今 度 は ハ ラ ブ で 初 め て の マド ラ サが 設 立 さ れ 、 建 物               ⑭ の建 築 が 始 ま った 。 こ の マド ラ サ は、 建 設 さ れ た 街 区 名 に 因 ん で ザ ッ                                                             ⑪ ジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 ( 巴 ・ζ ⇔ 脅 霧 鋤巴・ N 鋤 ご 豊 同団 9 ) と 呼 ば れ る こ と が 多 い 。 建 物 は 現 存 し な いが 、 そ の 位 置 は 、 ジ ャ ー ミ ィ と 市 街 の 南 部 の キ ン ナ ス リ ー ン門 と の 中 ほ ど に あ った ハー ン " ア フ マド ・ パ シ ャ ( 転 鋤 口 諺 ケ 營 鉱 切 皺 鋤 ) 跡 に 相 当 す る と 思 わ れ る [ O餌 ロ び ① H ⑩ G。 貸 。。 "。 " 鐸 9 お 出 。 同 学 院 は 、 ア ジ ャ ミ ー 家 の シ ャ ラ フ ・ア ッデ ィ : ン ・ア ブ ド ・ア ッ ラ       ⑫                                                           ⑬ フ マ : ンが 、 当 時 の 支 配 者 .ハ ド ル ・ア ッダ ウ ラ ・ ス ラ イ マ ー ン に 働 き か け て 創 設 さ せ た も の で あ る 。   ザ ヅ ジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 ・建 設 の 際 に も 、 ハ ー ン カ ⋮ フ ーー ア ルパ ッ ラ ー ト の 時 と 同 様 に 、 シ ー ア 派 住 民 に よ る 破 壊 活 動 が 発 生 し た 。 設 立 者 の パ ド ル ・ア ッダ ウ ラ ・ス ラ イ マ ー ン は、 ワ ク フ を 設 定 す る と と も に 、                                     建 設 に 対 す る 反 対 運 動 を 抑 え に か か った 。 彼 は ハラ ブ 住 民 の 有 力 者 達 ( 罎 ミ, § ) を 詰 問 し た り 、 内 城 の 守 備 隊 を 建 設 現 場 に 配 置 し て 、 建 築 を 続 行 し た が 、 反 対 派 は夜 襲 を か け て 兵 士 を 殺 害 し 妨 害 活 動 を 続 け た 。                                                               そ こ で パ ド ル ・ア ッダ ウ ラ は、 シ ャ リ ー フ のズ フ ラ ・ プ ン ・ア リ ー に 賜 衣 な ど を 与 え て マド ラ サ の保 護 を 請 け 負 わ せ た 。 彼 が 立 ち は だ か る と 、 反 対 派 も マド ラ サ に 近 づ け な か った と い う 。 し か し そ の 後 、 破 壊 活 動 が 再 発 し 、   ハ ラブ の名 望 家   ( ミ 魯 .丶 ミ ) 達 が 二 五 日 間 拘 留 さ れ る に 至 った 。 お そ ら く こ の よ う な 妨 害 活 動 の ゆ え で あ ろ う 、 建 設 工 事 は イ マ : ド ・ア ッデ ィ ー ン ・ザ ン ギ ー の 治 世 に な る ま で 完 了 し な か っ   た 。 一 方 、 シ ャ ラ フ ・ア ッ デ ィ ー ン は 、 こ の マド ラ サ の 教 授 と ナ ー ズ ィ ル ( 管 理 老 ) に 就 任 し 、 以 後 ア ジ ャ ミ ー 家 は 、 こ れ ら の 職 を 独 占 す べ く 努 力 を 重 ね る こ と に な る 。

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  第 二 節   ザ ン ギ ー 朝 前 半 期   五 一 八 / 一 一 二 四 ・ 二 五 年 に マ ウ ス ィ ル ( モ ー ス ル) を 領 有 し た ブ ル ス キ ー 家 は、 当 主 ア ク ・ス ン ク ル ( 諺 ρ ω § ρ 篝 巴畆 霞 ω二 ρ 圃) の暗 殺 に 続 い て 、 そ の 息 子 マ ス ウ ー ド ( ζ 霧 .口 鮎 ) も 急 死 し た こ と に よ って 、 五 一 二 / 一 一二 七 年 に 事 実 上 断 絶 し た 。 同 家 に 代 わ って マウ ス ィ ル に                                             ⑰ 任 命 さ れ た の が イ マー ド ・ア ッデ ィ ー ン ・ ザ ンギ ー で あ る。 彼 は セ ル ジ ュク 朝 ス ル タ ー ン H マ フ ム ー ド ニ 世 の 息 子 フ ァ ッ ル フ ・ シ ャ ー フ           く ( 句 霞 讐 ゲ ω 聾 ) と ア ルプ ・ア ル ス ラ ン ( 諺 凄 諺附 巴9 1 ⇔ ) を 伴 って 、 同 年 マウ ス ィ ル に 入 った 。 こ う し て 、 以 後 約 一 世 紀 に わ た って 存 続 す る ザ ンギ ー 朝 が 成 立 す る こ と に な った 。   五 一 八 / 一 一 二 五 年 に ハラ ブ も ブ ル ス キ ー家 の支 配 下 に 入 った が 、 同 家 の 断 絶 後 は 、 混 乱 状 態 が 続 い て い た 。 イ マ ー ド ・ア ッ デ ィ ー ンが 派 遣 し た 軍 隊 は 、 五 二 一 / 一 = 一七 年 の 末 に こ の 混 乱 を 収 め 、 ハラ ブ                             ゆ は ザ ン ギ i 朝 の 領 土 に 編 入 さ れ た 。   ザ ン ギ i 朝 が 大 き な 勢 力 を 誇 った 期 間 は約 半 世 紀 に 過 ぎ な い が 、 イ ク タ i 制 を は じ め と す る さ ま ざ ま な 制 度 や 慣 行 な ど に つ い て 、 セ ルジ ュク 朝 と 後 の ア イ ユ ー ブ 朝 を つ な ぐ 存 在 と し て 常 に 言 及 さ れ る 。 し か し 実 の と こ ろ 、 ザ ン ギ i 朝 自 体 の 施 策 に つ い て は 、 あ ま り 具 体 的 に

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重 ,`ー 垂≧ 彫密 蓮 萋該 建 ー 羹 麺 鬚 尊勘鬟 ﹂篝 彰 蕘 蒹 影 耋 ー 鬟鬟 爵μ耋 峯 無 爨 藪 が幾" 蕁ー p嚢 -蕣 舞 北 シ リア にお け る ス ンナ 派優 遇 策 の開 始                     ⑲ は 論 じ ら れ て こ な か った 。 王 朝 の創 始 者 で あ る イ マ ー ド ・ア ッデ ィー ン ・ ザ ンギ ー に つ い て も 、 十 字 軍 勢 力 と の戦 い や セ ル ジ ュ ク 朝 の 内 部 抗 争 へ の 参 加 と い った 軍 事 面 で の活 躍 は よ く 知 ら れ て い る が 、 内 政 面

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方 で 、 ス ン ナ派 の復 興 に 力 を 注 い だ と い う 評 価 だ け が 、 明 確 な 根 拠 も な い ま ま 示 さ れ て い る [ 国ζ ω 怨 Φ 鎗 ド ⑩ ① 刈 邑○ 。 刈 i 卜3 0。 ○○ ] 。   ま た 、 イ マ ー ド .ア ッデ ィ ー ン の 息 子 で シ リ ア 地 方 の領 土 を 継 承 し                                 ⑳ た ヌ ー ル ・ ア ッデ ィ ー ン . マ フ ム ー ド は 、 父 と 同 様 に 十 字 軍 勢 力 に 対 し て 戦 い を 挑 み 、 イ ス ラ ー ム 世 界 の 失 地 回 復 を 進 め た こ と で 知 ら れ る 。 ま た 宗 教 政 策 に 関 し て は 、 宗 教 施 設 の 設 立 ・ 整 備 や ウ ラ マ ー や ス ー フ ィ ー を 手 厚 く 保 護 し た こ と で 有 名 で あ る 。 エリ セ エ フ は 、 聖 戦 を 促 進 し 民 衆 の 支 持 を 保 つた め に 、 ヌ ー ル ・ ア ッデ ィ ー ン は 正 統 派 た る ス ン ナ 派 の 信 条 と 法 の 普 及 に 努 め た と し て 、 マ ド ラ サ な ど の 宗 教 施 設 の 例 を 挙 げ て 論 じ て い る [ 国凝 ωω σ ⑦ 庵 ド Φ ① 刈 るα O i 刈 ↓ ⑩ ] 。 ま た バ リ ; ル に よ れ ば 、 ヌ ー ル .ア ッデ ィ ー ン は ハナ フ ィ ー 派 を 奉 じ て い た が 、   一 派 に 偏 る こ と な く ウ ラ マー を 支 援 し 、 ハ デ ィ ー ス 学 を 中 心 と す る イ ス ラ ー ム 諸 学 の 発 展 を 促 し た と い う [ 戟⇔ 巨 H O c。 ○ μω 卜。 "鼠 O ] 。   ザ ン ギ ー 朝 や ヌ ー ル ・ア ッ デ ィ ー ン の 事 績 を 総 合 的 に 評 価 す る な ら ば 、 こ の よ う に な る で あ ろ う 。 し か し な が ら 、 シ ー ア 派 の 街 ハ ラブ を 支 配 し な く て は な ら な い と い う 事 実 に 直 面 し た 時 、 ザ ン ギ i朝 の 君 主 達 は 、 ス ン ナ 派 優 遇 策 を 強 引 に 推 進 し よ う と は し な か った の で あ る 。 (一 ) イ マー ド ・ア ッデ ィ ー ン ・ ザ ンギ ー ハラ ブ を 征 服 し て か ら 五 四 一 / 一 一 四 六 年 に 暗 殺 さ れ る ま で の 約 二 十 年 間 に 、 イ マ ー ド ・ア ヅデ ィ ー ン が ハ ラブ に お い て 実 施 し た こ と が 判 る ス ン ナ 派 優 遇 策 は、 ザ ッジ ャ ー ジ ー ヤ学 院 に 対 す る 支 援 の み で あ る 。 イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ン自 身 は ハ ラブ に 新 し い学 院 を 設 立 し て は い な い 。 本 拠 地 で あ った マウ ス ィ ル に さ え 彼 自 身 が 設 立 し た マ ド ラ サ は 見 当 た ら な い か ら [ 巴 ・U亀 壽 ど 回 ド ¢ 叟 ] 、 ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ⋮ ンら 息 子 達 以 降 の 世 代 に 比 べ て 、 彼 は マ ド ラ サ に 対 す る 関 心 が 低 か っ た の か も 知 れ な い。 た だ し 以 下 に 示 す よ う に 、 彼 は マド ラ サ を ま った く 顧 み な か った わ け で は な い。   先 に 述 べ た と お り 、 ザ ヅ ジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 の 建 設 は 、 イ マ ー ド ・ア ヅデ ィ ー ン の治 世 に な って よ う や く 完 了 し た 。 し か し 同 学 院 へ の 妨 害 活 動 は続 い た ら し く 、 多 く の 木 材 を 運 び 込 ん だ 上 で 放 火 す る と い う 事 件 が 生 じ て い る 。 こ の事 件 の後 、 学 院 の ナ ー ズ ィ ル で あ った シ ャ ラ フ ・ ア ッ デ ィ ー ン ・ア ブ ド ・ア ッ ラ フ マ ー ン は、 ザ ンギ ー 朝 の 古 同 官 イ                       ⑫ プ ン ・ ア ッ タ ル ス ー ス ィ ー に 願 い 出[ て 、 五 二 五 / 一 = 二 〇 ・ ご 二 年 に イ マ ー ド ・ア ヅデ ィ ー ン の 父 カ ス ィー ム ・ ア ッダ ウ ラ ・ ア ク ・ス ン ク ル の遺 骨 を マ ド ラ サ の 北 側 に 移 葬 し た 。 こ れ は、 そ の遺 骨 の存 在 ゆ え に マ ド ラ サ に 危 害 が 加 え ら れ な い こ と を 期 待 し て の こ と で あ った と い 尠 う   さ ら に 、 イ マ ー ド ・ア ッデ ィ: ン は 、 父 の こ の 墓 廟 の た め に ワ ク フ を 設 定 し 、 そ の 墓 前 で ﹃コ ー ラ ン ﹄ を 読 誦 す る 者 の た め の費 用 を 賄 う よ う 規 定 し 、 ま た 読 誦 の た め に 滞 在 す る 者 の 部 屋 を 設 け た 。 イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ンが 実 施 し た こ と は 父 の墓 廟 の整 備 で は あ る が 、 以 上 の 経 緯 が 示 し て い る と お り 、 ザ ッジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 へ の支 援 を も 目 的 と し て い た と 思 わ れ る 。 さ ら に 、 一 時 期 同 学 院 が 、 ア ク ・ス ン ク ル の 29

(6)

ラ カブ を と って ヵ ス ィ ー ミ ー ヤ ( 既め 器 目日 ぢ 9 ) 学 院 と 呼 ば れ た り 、 イ マー ド ・ ア ッ デ ィ ー ン に ち な ん で イ マ ー デ ィ ー ヤ ( 甼 .H ヨ 鑑 同醤 ) 学 院 と 呼 ば れ た と い う 事 実 を 鑑 み る と [ ↓ U] ≦ ド "ド ① N 鋤 ] 、 こ の マド ラ サ そ の も の に 対 し て も 、 イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ンが ワ ク フ 財 源 の 追 加 な ど の支 援 策 を 実 施 し た 可 能 性 も 考 え ら れ る 。   こ の よ う に 、 ハラ ブ に お け る マド ラ サ の 発 展 に は 多 少 な り と も 貢 献 し た イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ン で あ る が 、 ア ザ ー ン の 変 更 に は 手 を つけ て お ら ず 、 直 接 ハラ ブ の シ ー ア 派 を 抑 圧 し た と い う 記 録 は 見 当 た ら な 晦・ こ れ ら の事 例 を 見 る 限 戦 イ 了 ド ゜ア ・デ ・ ー ン は ス ン ナ 派 に

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  ( 二 ) ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン ・ マ フ ム ー ド   五 四 一 / 一 一四 六年 に イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ンが 暗 殺 さ れ る と 、 ザ ンギ ー 朝 国 家 は ジ ャ ズ ィ ー ラ 地 方 と 北 シ リ ア 地 方 の 二 つ に 分 割 さ れ 、 ハ ラ ブ を 首 都 と す る 北 シ リ ア は 、 次 男 の ヌ ー ル ・ア ッ デ ィ ー ン ・ マ フ ム ー ド が 手 に 入 れ た [ 巴 菌ω ゜・ひ Φ 舞 窯 ゜. .鬚 段 鋤 7 臼 昌 : ㌦ 、田 ・。] 。   ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン が ハ ラ ブ の ア ザ ー ン を ス ン ナ派 の様 式 へ 改 め た こ と を あ る 程 度 詳 し く 扱 って い る 研 究 と し て 、 哩 碇゜ ・ ひ Φ 鱠 ド O ① 刈 と                               ⑳ 国 ゲ 鋤 団 舞 ド リ ↓ H   の 二 点 が 挙 げ ら れ る 。  エリ セ エ フ の 研 究 は ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン の 業 績 を 網 羅 し た 著 書 で あ り、 こ の事 件 に つ い て は 三 頁 を 割 い て い る だ け で あ る [ 四 二 八 -四 三 〇 頁 ] 。 そ れ に 対 し て ハ ヤ ト の 研 究 は 、 十 二 世 紀 の ハラ ブ の シ ー ア 派 の 動 向 に 関 す る 蓐 論 だ け に 記 述 は 詳 細 で あ る 。 両 者 と も 主 な 情 報 源 と し て ス ン ナ 派 の 史 家 に よ る 傷 日∪ と N 国 、 お よ び シ ー ア 派 側 の 情 報 を 含 む ↓ Uζ を 用 い て お り 、 事 件 の 推 移 に つ い て は 大 筋 で 同 じ 内 容 と な って い る 。 し か し な が ら 、 こ の事 件 に 対 す る 評 価 や 背 景 に 対 す る 両 者 の 見 解 に は 、 く い 違 い も 見 え る。 以 下 で は、 ま ず 史 料 で 確 認 し な が ら 経 過 の 概 要 を 紹 介 し た う え で、 両 者 に よ る 見 解 の相 違 に 対 す る 私 の 意 見 を 示 す こ と に す る 。   五 四 一 年 四 月 十 日 / 一 一四 六 年 九 月 十 八 日 に ハ ラ ブ へ 入 っ た ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン に 対 し て [ N 国 卜。 凸 ○。 O ] 、 ﹁ハラ ブ の ス ン ナ 派 の 一 団                                                     く と カ ー デ ィ ー Hイ ブ ン ・ ア ッ シ ャ フ ラ ズ ー リ ー ( H ぴ b °  効 一 ゜ω 鋤 げ 目蝉 N 帥 増 回 ) お よ び イ ブ ン ・ ア ッ タ ル ス ー ス ィ ー が ハ ラブ 人 達 の こ と に つ い て な に が し か を 語 った が 、 ヌ ー ル ・ ア ッ デ ィ ー ン は 受 け 入 れ な か っ た [ 日 ︼) ζ   駆⇒ "ド α O び ] ﹂ と 伝 え ら れ て い る 。 遠 回 し な 言 い 方 で は あ る が 、 こ の 後 の 展 開 か ら 考 え て 、 ハ ラブ の シ ー ア 派 に 対 し て 遠 慮 す る こ と な く ス ン ナ 派 優 遇 策 を 進 め る よ う 要 請 が な さ れ た が 、 こ の時 点 で は ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン は そ れ を 拒 ん だ と 考 え ら れ る 。                                                           ⑳   そ の 後 中 部 シ リ ア を 支 配 す る ム イ ー ン ・ ア ッデ ィ ー ン ・ウ ヌ ル の 娘 を ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ンが 娶 る こ と に な り 、 婚 約 の た め の使 節 と し て イ ブ ン ・ア ッ タ ル ス ー ス ィ ーが デ ィ マ シ ュ ク へ 派 遣 さ れ た 。 彼 は 当 時 デ ィ マ シ ュク に 滞 在 し て い た ハ ナ フ ィ i 派 法 学 者 ブ ル ハー ン ・ア ッデ ィ ー ン ( じdO 同 ゴ 鋤 口 鋤 磨 ︼) 同 昌 .跨 一同靉 憎 じご節 一 ゲ 回) と 語 ら い 、 ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ンが シ ー ア 派 に 寛 容 な 態 度 を と って い る こ と を 非 難 す る 使 節 を 送 る こ と に 決 め た 。 そ こ で イ ブ ン ・ア ッ タ ル ス ; ス ィ ー は、 花 嫁 の 父 で あ る ウ ヌ ル に 対 し て 働 き か け 、 親 シ ー ア 派 の 態 度 を 改 め る こ と を 結 婚 の 条 件 と さ せ る こ と に 成 功 し た 。 彼 ら は ハ ラ ブ へ 戻 っ て ウ ヌ ル の書 簡 を 示 し 、 改 め て ス ン ナ 派 優 遇 策 を 進 め る よ う ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン に 要

(7)

北 シ リア に おけ るス ンナ派 優 遇 策 の開 始 求 し た 。 そ こ で ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン は 、 シ ー ア派 の ア ザ ー ン を ジ ャ ー ミ ィ の ミ ナ レ ッ ト で お こ な う こ と な ど を 禁 じ 、 自 ら は ス ン ナ 派 で あ る こ と を 表 明 し た 。 そ し て 無 事 結 婚 が 成 立 し 、 五 四 一 年 十 一 月 / 一 一 四 七 年 四 ・ 五 月 に ム イ ー ン ・ア ッデ ィ ー ン の娘 が ハラ ブ へ 輿 入 れ し た [ ↓ Uζ も○ "ド $ び 山 ① ○ 凸 。   以 上 の 情 報 は、   ハ ラブ の シ ー ア派 の見 解 を 伝 え る イ ブ ン ・ア ビ ー ・ タ イ ィ の 記 述 に 拠 る も の で あ る 。 と こ ろ が 、 ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン の                                                     ⑳ 同 時 代 人 で デ ィ マ シ ュク 在 住 の イ ブ ン ・ア ル カ ラ ー ニ ス ィ ー は 、 そ の 著 作 山 ↓ U の 中 で 、 ハラ ブ の ア ザ ー ン変 更 を 五 四 三 / = 四 八 年 の 出 来 事 と し て 伝 え て い る 。 す な わ ち 、 こ の 年 の 七 / 十 一 ・ 十 二 月 に ヌ ー ル ・ア ッ デ ィ ー ンが ハラ ブ に お け る ア ザ ー ン か ら シ ー ア 派 特 有 の 文 言 を 削 除 し 、 ま た 教 友 達 を 中 傷 す る こ と を 禁 止 し た と い う 情 報 が ハ ラブ                                   ⑳ か ら 伝 わ って き た と 記 し て い る の で あ る 。   一 方 イ ブ ン ・ア ビ i ・タ イ ィ に ょ れ ば 、 ヒ ジ ュ ラ 暦 五 四 三 年 に は 以 下 の よ う な 事 件 が 生 じ た 。 こ の 年 、 ヌ ー ル ・ア ッデ ィー ン と ブ ル ハー ン ・ア ヅデ ィ ー ン の シ ー ア 派 弾 圧 が 激 し さ を 増 し 、 彼 の 父 ア プ ー ・タ イ ィ ( 跨び o 月亀 矯 ) を 含 む シ ー ア 派 の 指 導 者 達 が 内 城 の 塔 に 拘 留 さ れ た 。 さ ら に ヌ ー ル ・ア ヅデ ィ ー ンが こ の シ ー ア 派 指 導 者 達 を 追 放 す る よ う に 命 じ る と 、 彼 ら は ス ン ナ 派 の 法 学 者 と 論 争 す る 場 を 与 え る よ う 求 め た 。 し か し こ の 願 い は 聞 き 入 れ ら れ ず 、 集 団 で ア ー シ ュ; ラ ー の 行 事 を お こ な っ た こ と を 理 由 に 、 ハ ラブ の有 力 者 は 一 族 と と も に マ ウ ス ィ ル へ 追 放 さ れ た の で あ る [ ↓∪ ζ 曽 H ① α 讐 び ] 。   こ の よ う に 、 ハ ラ ブ の シ ー ア 派 が 伝 え る 史 料 に ょ れ ば 、 ヒ ジ ュラ 暦 五 四 一 年 に ア ザ ー ン の変 更 が 命 じ ら れ 、 五 四 三 年 に は シ ー ア 派 指 導 者 の国 外 追 放 が 断 行 さ れ た と い う こ と に な る。 ア ザ ー ンが 変 更 さ れ た の は 、 五 四 一 年 と 五 四 三年 の いず れ で あ ろ う か 。 こ の史 料 間 のく い 違 い を 含 め 、 以 上 の シ ー ア 派 弾 圧 事 件 に つ い て 、 先 行 研 究 で は 以 下 の よ う に 説 明 さ れ て い る 。   エ リ セ エ フ は、 ヒ ジ ュ ラ 暦 五 四 一年 の 事 件 に は 一切 言 及 せ ず 、 山 ↓O 等 に 依 拠 し て 五 四 三 年 に ア ザ ー ン変 更 な ど の シ ー ア 派 弾 圧 が お こ な わ れ た と す る。 そ の う え で 、 こ の直 前 に ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ンが ア ン タ ー キ ー ヤ ( ア ン テ ィ オ キ ア ) 東 方 の ヤ グ ラ ー ( 楓鋤 鴨 鋤 ) で 十 字 軍 勢 力 の 奇 襲 を 受 け て 敗 退 し た こ と が ハラ ブ の シ ー ア 派 住 民 の 不 満 を 招 き 、 そ れ が こ の弾 圧 の直 接 的 な 原 因 と な った と し て い る [ 国 凶。・ ω 諭 ゑ H O ① 刈 妹 卜。 ○。 ] 。 エリ セ エ フ は 、 80 髯 に 見 え る イ ブ ン ・ア ビ ー ・タ イ ィ の 記 述 を 見 落 と し て い る よ う だ が 、 そ の 点 を 除 い て も 、 彼 の 議 論 は 推 量 の積 み 重 ね が 多 く 説 得 力 に 欠 け る 。   ハ ヤ ト は 、 史 料 間 の 矛 盾 に 見 え る 点 を 以 下 の よ う に 解 釈 し て い る 。 す な わ ち 、 ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン は 政 略 結 婚 の た め に 五 四 一 年 に ス ン ナ 派 優 遇 "反 シ ー ア 派 を 宣 言 し た も の の 、 こ の 宣 言 は 実 行 に 移 さ れ ず 空 文 化 し て い た 。 そ れ が 五 四 三 年 に な って 断 行 さ れ た と 考 え る の で あ る [ 図 げ 亀 肄 H ⑩ 刈 ビ 嵩 ゆ 占 co O ] 。   一 方 の情 報 を 無 視 し て し ま う 積 極 的 な 理 由 が 無 い 以 上 、 ハ ヤ ト の よ う な 解 釈 が 妥 当 で あ る と 思 わ れ る 。 五 四 一 年 に 一 旦 打 ち 出 さ れ た ス ン ナ 派 優 遇 策 は 、 結 局 実 施 さ れ な か った か 、 あ る い は 実 施 さ れ て も す ぐ に 撤 回 さ れ た の で あ ろ う 。 そ の た め、 デ ィ マ シ ュ ク ま で は こ の 動 き が 伝 わ ら な か った か 、 イ ブ ン ・ア ル カ ラ ー ニ ス ィ f が 記 録 に 値 し な い と 判 断 し た の で は な い だ ろ う か 。 そ し て 、 五 四 三 年 に な っ て、 ア ザ ー ン 31

(8)

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三章

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二章

推進

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  前 章 で 見 た よ う に 、 シ ー ア 派 が 多 数 を 占 め る ハ ラブ に お け る ス ン ナ 派 優 遇 策 の 実 施 は 、 当 然 住 民 の 反 発 を 招 き 、 騒 乱 状 態 を 引 き 起 こ す こ と も あ った 。 し か し な が ら 、 支 配 者 に 対 し て ス ン ナ 派 優 遇 策 の実 施 を 積 極 的 に 働 き か け た 人 々 の 姿 が 見 ら れ た の も 事 実 で あ る 。 住 民 の 多 数 が 反 対 し 支 配 者 も 渋 る 施 策 の 推 進 を 主 張 し た 者 達 と は 、 一 体 ど う い う 人 々 だ った の で あ ろ う か 。   ま ず 、 ザ ヅジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 の創 設 を 進 言 し て 自 ら そ の 要 職 を 占 め る こ と に 成 功 し た シ ャ ラ フ ・ ア ッデ ィ ー ン ・ ア ブ ド ・ア ッ ラ フ マ ー ン の 属 す る ア ジ ャ ミ ー 家 は、 十 一世 紀 半 ば に イ ラ ン の ニー シ ャ ー プ ー ル か ら ハラ ブ へ移 住 し て き た シ ャ ー フ ィイ ー 派 を 奉 じ る ウ ラ マ ー の 家 柄 で あ る 。 同 家 は 、 ザ ヅジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 の教 授 職 と ナ ー ズ ィ ル職 だ け で な く 、 後 に ワ ズ ィ ー ル ( 宰 相 ) を 二 人 も 出 す な ど 、 ザ ン ギ ー 朝 下 で 急 速 に 勢 力 を 拡 大 し た [ 谷 口 一 九 九 六 鱒 七 六 ー 七 九 頁 ] 。   同 学 院 に イ マ ー ド ・ア ッデ ィ ー ン の 父 ア ク ・ス ン ク ル の遺 骸 を 埋 葬 し て ほ し い と い う シ ャ ラ フ ・ア ッデ ィ ー ン の申 し 出 を 取 り 次 い だ ア ブ ー ・ マ ン ス ー ル ・ ブ ン ・ア ッ タ ル ス ー ス ィ : は 、 ハラ ブ に お け る デ ィ                                                      ⑫ ー ワ ー ン の 長 官 と し て ザ ンギ ー 朝 に 仕 え る有 力 官 僚 で あ った 。 彼 は ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ン の 下 で は 特 に 力 を 持 ち 、 幾 つ も の ワ ク フ の管 理 を 任 さ れ て い た [ 似 ↓U 鱒ω ω H ] 。 五 一 七 / 一 一二 三 年 、 ア ジ ャ ミ ー 家 と と も に ザ ッ ジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 の 創 設 者 パ ド ル ・ア ッダ ウ ラ ・ス ラ イ マ ー ン を 支 持 し て シ ー ア 派 の ハ ヅ シ ャ ー プ ( 巴 窶餌 ⇔ 綴 餌 げ ) 家 と 対 立 し た 勢 力 の中 に 、 タ ル ス ー ス ィ ー 家 と い う 家 名 が 見 え る [ 日U ζ H μ ○。 ⑩ ぴ i H ゆ ○ び ] 。 ア ブ i ・ マ ン ス ー ル は 、 同 家 に 属 す る 有 力 者 で あ った と 思 わ れ る。 ま た ア ザ ー ン の 変 更 に 際 し て 活 躍 し た イ ブ ン ・ア ッ タ ル ス ー ス ィ ー も 同 一 人 物 で あ ろ う 。   ア ザ ー ン の変 更 に 関 わ った 人 物 の う ち 、 カ ー デ ィ ー と い う 肩 書 き を 持 つイ ブ ン ・ア ッ シ ャ フ ラ ズ ー リ ー は 、 ザ ン ギ ー 朝 下 で 影 響 力 を 誇 っ た ウ ラ マ ー 家 系 で あ る シ ャ フ ラ ズ ー リ ー 家 の 成 員 と 思 わ れ る 。 同 家 は                                                       ⑬ 家 名 が 示 す よ う に、 も と も と イ ラ ク 北 東 部 の シ ャ フ ラ ズ ⋮ ル 出 身 の 家 系 で 、 イ マ : ド ・ア ッデ ィ ー ン の マウ ス ィ ル 入 城 時 か ら ザ ンギ ー 朝 を 支 え て き た 。 シ ャ ー フ ィイ ー 派 法 学 者 を 多 数 輩 出 し た 同 家 は 、 ジ ャズ ィ ー ラ と シ リ ア 双 方 の ザ ンギ ー 朝 政 権 の 下 で 、 カ ー デ ィ ー や 大 力 ー デ                     ⑭ イ ー を 数 多 く 送 り 出 し た 。   ま た 、 デ ィ マ シ ュク に 居 な が ら ヌ ⋮ ル ・ア ッデ ィー ン の 親 シ : ア 派 政 策 を 批 判 し て い た ブ ル ハー ン ・ ア ッデ ィ ー ン ・ ア リ ー ・ バ ル ヒ ー は、 ホ ラ サ ー ン東 部 の バ ル フ 出 身 で 、 イ マ ー ド ・ア ッデ ィー ン と も 親

(9)

北 シ リアに お け る ス ンナ派 優 遇 策 の開 始 交 の あ った ハ ナ フ ィ ー 派 の ウ ラ マ ー で あ る 。 彼 は 、 五 二 五 / 一 二 一= 年 頃 か ら デ ィ マ シ ュク の マ ド ラ サ で 教 え て い た が 、 ア ザ ー ン の変 更 と 同 時 期 に ヌ ー ル ・ア ッデ ィ ー ンが ハラ ブ に 設 立 し た ハ ッ ラ ー ウ ィ : ヤ                                                     ⑮ 学 院 ( 。 一・ ζ 践 曷 ω ⇔ 巴 -姐 巴 研≦圃 団 o ) の 初 代 教 授 に 迎 え ら れ た 。   こ こ に 見 え る ウ ラ マ ー 及 び 家 系 の 名 は 、 い ず れ も 五 / 十 一 世 紀 末 ま で は ハ ラブ 関 係 の史 料 に は 現 れ な い も の で あ る 。 タ ル ス ー ス ィ ー家 が い つ頃 ハ ラ ブ へ到 来 し た か は 不 明 で あ る が 、 十 一 世 紀 半 ば に ハ ラ ブ へ 到 来 し た と い う ア ジ ャ ミ ー 家 と も ど も 、 十 一 世 紀 末 ま で は 無 名 の 家 系 で あ った と 考 え ら れ る 。 シ ャ フ ラ ズ ー リ ー 家 や ブ ル ハ ー ン ・ア ッデ ィ ー ン に 至 っ て は、 ザ ン ギ ー朝 の進 出 と 前 後 し て シ リ ア へ足 を 踏 み 入 れ た 新 参 者 と 言 う こ と が で き る 。 ま た 彼 ら は 、 ザ ンギ i 朝 の 君 主 が 設 立 あ る い は 支 援 し た マド ラ サ に 職 を 得 た り 、 有 力 官 僚 と し て 君 主 に 仕 え た 人 物 で あ る と い う 点 で、 支 配 権 力 と 強 い つ な が り を 有 す る 者 達 で あ った 。   以 上 の 人 々 に 比 し て 、   ハ ラブ に お け る 古 く か ら の 名 家 で あ る ア ブ ー ・ ジ ャ ラ ー ダ ( 諺 び ⇔ 智 吋 鍬 餌 ) 家 は、 ハ ナ フ ィ ー 派 法 学 を 奉 じ る 家 系 で あ り な が ら 、  一 連 の ス ン ナ 派 優 遇 策 に 対 し て あ ま り 積 極 的 に は 関 与 し て い な い よ う で あ る 。 こ の 期 間 に 見 ら れ た 彼 ら の行 動 と し て は 、 ア ジ ャ ミ ー 家 と タ ル ス ⋮ ス ィ ー 家 と と も に、 ザ ッジ ャ ー ジ ー ヤ 学 院 の創 設 者 パ ド ル ・ ア ッダ ウ ラ ・ス ラ イ マ ー ン の 支 持 を 表 明 し た こ と だ け で あ る [ 日U ζ 屮 芦○ 。 ⑩ ぴ ー H Φ ○ び ] 。 ア ブ ー ・ ジ ャ ラ ー ダ 家 の カ マー ル ・ア ッ       ⑳ デ ィ ー ンが 父 な ど か ら 得 た 伝 承 も 交 え て 著 し た ハ ラブ 史 で あ る N 口 に も 、 こ の 時 期 の ス ン ナ 派 優 遇 策 と 同 家 の関 わ り は 記 さ れ て い な い 。 ま た 、 積 極 的 な ス ン ナ 派 優 遇 策 推 進 者 で あ った ア ジ ャ ミ ー 家 の シ ャ ラ

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参照

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