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「
血液 型 信 仰 」批 判再 考
一
「
人 間 」 と 「
科 学 」 の 連 接 を め ぐ る試 論 一
小
馬
徹
は じめ に
標 記 の 論 題 で 今 こ こ に書 き記 そ う とす る の は、 本 学(神 奈 川 大 学)人 間 科 学 部 の創 設 に伴 って 今 年 度 後 期 に開 講 され た(専 門 科 目 の一 っ で あ る)現 代 社 会 人 類 学 の、 一 種 の 講 義 録 で あ る。 しか も完 成 稿 で は な く、 高 々、 或 る 日の 未 熟 な講 義 の た め の 手 控 え を急 いで 文 章 化 した と で もい う程 の もの で しか な い。0人 の受 講 生 の 求 め に応 じて 急 遽 試 み た そ の 講 義 は、 実 は今 日や り終 え た ば か りで あ り、 内 容 の吟 味 と再 検 討 は ま だ こ れ か らの 課 題 な の で あ る。 大 学 の 講 義 は 、 毎 回 が0度 限 りの ラ イ ブだ と い う点 に こそ 、 教 え られ る側 だ け で な く、 教 え る側 に と って も、 何 物 に も代 え が た い 意 義 と醍 醐 味 が あ る ω。 だ か ら、 大 学 教 育 で 最 重 要 視 す るべ き事 柄 は、 講 義 の も つ 緊 迫 した 「一 回 性 」 に託 して 教 師 が 学 生 と交 流 しなが ら授 業 を 作 り上 げ て い く、 そ の 過 程 自体 で あ る。 そ う信 じて い る私 に と うて 、 今 回 の 学 生 の 側 か らの 働 き掛 け は誠 に 嬉 しい もの だ っ た。 しか しな が ら、 理 想 の 実 現 は もち ろん 容 易 で は な い。 今 度 の場 合 も例 外 で は な く、 慌 た だ しい 日常 の 中 に あ る数 日の 内 に、 寸 暇 を惜 しん で 何 とか 講 義 ノ ー トを 書 き上 げ る しか な か った 。 つ ま り、 学 生 の意 欲 と 自発XO6 性 を 即 座 に受 け とめ て 、 機 を 逸 す る こ と な く シ ラバ ス の 流 れ に組 み入 れ よ う とす れ ば、(い わ ば 学 生 が レポ ー トを 書 くの に も似 た)即 興 的 な手 法 に訴 え ざ る を え な い。 関 連 資 料 や 先 行 研 究 を 渉 猟 す る 暇 は、 極 度 に 限 定 され て しま う。 そ れ ゆ え 、 む しろ文 献 探 索 の手 を あ え て広 げ過 ぎ な い よ うに して 、 そ の 時 点 で の 極 大 の 能 力 を振 り絞 り、 手 持 ち の資 源 を総 動 員 して事 に 当 た る の が 、 結 局 は上 策 に な る と い え る。 しか しな が ら、 な お 且 っ 学 生 た ち に は 明 快 な切 り 口 で 確 た る論 点 を示 して 、 き ち ん と言 質 を与 え な け れ ば な らな い 。 も っ と も、 今 回 私 が そ れ を 満 足 に為 し得 た と は思 え な い。 に もか か わ らず 、 自 らの 恥 を 顧 み ず 、 勇 を鼓 して あえ て 講 義 内容 の 委 細 を公 表 して 批 判 を請 お う とす る の に は 、 そ れ な り の理 由が あ る。 一 言 で い え ば、 今 回 た ま た ま私 に 向 け られ た一 学 生 の 素 朴 な 問 い掛 け は、 新 設 され て 間 も な い 人 闇 科 学 部 の 教 員 が 各 々 の専 門 性 と学 問 観 を背 景 に、 ま さ に今 この 時 点 で考 え抜 くべ きー 般 性 を 持 って い る と思 うか らだ。
一
、 問 題 の 所 在
当 の学 生 が 私 に 向 か って お ず お ず と発 した問 を整 理 して敷 術 す れ ば、 ほ ぼ 次 の よ うに な る だ ろ う。 自分 は(他 の 多 くの学 生 た ち と同様 に)血 液 型 に よ る性 格 判 断(血 液 型 占 い)を 信 じて き た し、 今 で も信 じて い る。 そ の よ うな判 断 が 非 科 学 的 だ と い う批 判 は、 も ち ろん 一 応 は理 解 で き る。 そ れ で も、 そ の 理 解 が 血 液 型 性 格 判 断 に対 す る 自分 の信 頼 直 接 的 な 体 験 の 明 証 性 と い う実 感 に 何 ら変 化 を もた らす わ け で は な い。 す る と、 自分 の方 が 間 違 って い る の だ ろ うか 。 で は、 自分 の 感 受 性 や 思 考 法 の ど こが 、 ど うお か しい の か 。 結 局 は、(科 学 的 な 論 証 とい う論 理 に 感 応 して 強 く心 を 動 か さ れ る こ とが な い以 上)大 学 で 人 間 科 学 を学 ぶ に は「血 液 型 信 仰 」 批 判再 考107 適 さ な い と い う こ と な の だ ろ うか 。 も し私 の この受 け と あ方 が 間 違 って い な け れ ば、 これ は誠 に切 実 な、 内面 の葛 藤 の黙 し難 い 吐 露 とい う こ と に な る。 彼 女 の不 審 は、 詰 ま る と こ ろ、 「人 間 科 学 」 と い う概 念 を構 成 す る、 「人 間 」 と 「科 学 」 とい う二 つ の 基 礎 概 念 の相 互 関 係 に 向 け られ て い る と い え よ う。 少 な く と も、 こ の学 生 に と っ て は、 「人 間 」 と 「科 学 」 と は、 自明 の もの と して 何 の 疑 い もな く連 接 さ れ る類 の 概 念 で は あ り得 な い。 「科 学 」(と い う論 理)は 、 は た して 「人 間 」(と い う現 象)を 解 明 して 説 明 で き る、 包 括 的 な原 理 な の か 。 言 い換 え れ ば 、 「人 間 」 を 対 象 とす る場 合 も、 物 に 対 す る の と 全 く同 様 に、 科 学 の 審 判 は や は り最 終 的 で 絶 対 的 な もの だ と い え るの だ ろ うか 。 彼 女 は お ず お ず と、 い か に も朴 訥 な仕 方 で 、 そ う問 を発 して い るの だ。 や や議 論 の抽 象 度 を上 げ れ ば 、 こ の学 生 は、 科 学 を万 能 視 し、 ま た絶 対 化 して 省 み な い西 欧 近 代 の イ デ オ ロ ギ ー 全 般 に対 す る感 覚 的 な違 和 感 と、 そ の違 和 感 に 由 来 す る不 審 感 を抱 い て い る の だ 。 っ ま り、 自分 に は 確 か な 手 応 え の あ る生(Leben)の 実 感(直 接 経 験 の 明 証 性)に 即 しっ っ 、 そ れ を根 城 と して素 朴 な、 そ れ ゆ え に こ そ 容 易 に譲 り難 い、 誠 に根 が 深 くて 適 用 範 囲 の 広 い疑 問 を投 げ掛 け て い る の だ とい え よ う。 この学 生 の率 直 な 問 い掛 け と繊 細 な心 の 襲 に 寄 り添 お う とせ ず に 、 科 学 至 上 主 義 一 辺 倒 で 強 弁 して 反 論 を 加 え て み て も、 恐 ら く事 は 片 づ くま い。 そ う した や り方 で は、 彼 女 の心 底 に重 く幡 って い る凝 りは ほ ぐれ ず に抑 圧 さ れ て 、 益 々 深 く沈 潜 して 行 くば か りだ ろ う。 ま して や、 頭 ごな しに応 答 した り無 視 を決 あ 込 む の は、 教 員 の 思 考 停 止 で しか な い。 そ こで 今 日の 講 義 で は、 ま ず 彼 女 が 提 起 した 問 題 の具 体 的 な次 元 、 す な わ ち血 液 型 に基 づ く性 格 診 断 〔占 い 〕 の妥 当 性 を め ぐる評 価 の 議 論 か ら始 め た。
ios
この点 につ いて は、認 知心 理学 者菊 池 聡(き
くち ・さ とる)に よ る平
明 な評論 が便 利 で、手 頃 な手 引 きに な って くれ た。 菊池 は、 まず血 液型
性 格 相 関説 の科学 的次 元 と通俗 的次 元(彼
の い う 「
血 液 型信 仰 」)を そ
の原 理 と方法 論 に まで遡 及 し、念 入 りに腋 分 け して区別 す る。 そ の うえ
で、 「
血 液 型 信 仰」 が 多 くの 日本 人 の心 に既 に深 く浸 透 して い て、 そ れ
が根拠 とな って様 々 な差別 が現実 に生 み 出 され て い る と、 強 い姿 勢 で警
告 を発 して い る。 この限 りで、菊 池 の議論 は正 当 な もので あ る と言 え る
だ ろ う。
しか しなが ら、彼 の評論 に は、0面 で重 大 な陥穽 が あ る。 そ れ は、 実
体 的 な 「
性 格」 な る ものの存在 を なぜ か無 前提 に措 定 して いて、 しか も
そ の土俵 で議論 を構 築 す る こ との正 当性 には毫 も疑 い を差 し挟 んで い な
い ことだ。
ただ し、必 ず しも心理 学研 究 者 の誰 もが 菊池 の よ うな立場 を と って い
るわ けで はない。例 えば岸 田秀 は、 確実 な基 準 で類 型化 され た 「
性格 」
な ど はど こに も無 い と明言 す る。 す なわ ち、岸 田 は心理 学0般
の前 提 そ
の もの も一旦 疑 って、謙 虚 に問 い直す姿 勢 を もって い る。 それ は、 いわ
ば相 手 の側 に立 って将 棋 の盤 面(つ
ま り視座)を
ぐる っと半 回転 させ て
読 み直 した うえで状 況判 断 す る態度 に讐 え られ よ う。
いず れ にせ よ、 この二 人 の心理 学 者 の考 え方 の間 に は、人 間 の心理 現
象 を実体 論 的 に捉 え るか、 あ るい は(無 数 の可能 な対 人 関係 の可 塑 的 な
束 と して)関 係論 的 に捉 え るか とい う点 で、 根源 的 な差異 が横 たわ って
い る。 しか もその差異 は、 鋭 く対 極 を な して いて、二 律背 反 の関係 にあ
る。
私 は、以 上 の よ うな大 まか な展望 の も とに、 まず菊 池 の科学 至 上主 義
的 な血 液型 性格 判 断(「 血 液 型 占い」)批 判 の論理 を丹 念 に再検 討 す る。
次 に は、岸 田の立論 の方 向 に沿 って、菊 池が 依拠 す る とい う近 代 科学 の
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考109
論 理 を一旦 相対 化 してみ る。 そ れか ら、 目を さ らに(心 理学 な どの)近
代 科学 の外 側
いわ ば将 棋盤 か ら碁 盤、 あ るい はそ の逆方 向
へ と
転 じて、近 代科 学 の論理 とは異 な る も う一 っ の論理 で あ る 「占い」 型 の
思 考
一 応、 その 内包 を あえて 民間信 仰 と して緩 や か に括 って お こ う
を参 照 す る。 そ して最 後 に、 その結果 を受 けて、 この型 の論 理 の社
会 的 な意 味 を考 察 す る。
さて ここで、 あえ て小 稿 の結 論 を次 の よ うに、予 備 的 に素 描 して お こ
う(恐
ら く心 理学 研 究 者 な ど)以 上 の論 旨に既 に いさ さか の疑念 を
抱 か れ たか も知 れな い読 者 に、 小稿 の展 開 全体 の一 層 明確 な見通 しを持
って もら うため に。
(広義 の)社 会学 の特 質 で あ る関係 論 の立場 か ら人 間 を理 解 す る場合 、
(相手 の側 か ら自分 の将棋 の指 し手 を読 む よ うな)相 対 的 な視点 が ど う
して も不可 欠 だ。 す る と、小 稿 で も、(近 代科 学 的 な)合 理 性 に潜 む不
合理 、 な らびに(非 近代 科学 的 な)不 合 理性 に見 出 し得 る合 理 とい う、
事 の半面 の論 理 的 な可能 性 を見極 め る必 要 が あ る。 そ れ らは、学 校教 育
を通 して科学 に絶対 の信 をお くよ うに主 体化 され て きた現代 の 日本 人 に
は、 隠蔽 され、意pか
ら遠 ざけ られて抑 圧 され て い る、 別 の可能 性 なの
で あ る。
実 は、構造 言 語学 者 ソ シュー ルに学 んで独 自の生 命論 ・言 語論 を展開
した丸 山圭三 郎 が主 張 す る よ うに、人 間 の意 識 は言語 によ る認知(外 部
環 境 の分 節 と秩序 化 に よる世 界化)と 共 に生 まれ、無 意 識(反 秩 序)も
また意識(秩 序)と 共起 的 に分節 され て
つ ま り関係 性 と して
成
立 した と考 え な けれ ば な らな い[丸 山、1987]。 つ ま り、意 識 を もって
い る人 間 は、(デ カル ト等 が考 え た よ うな仕 方 で、単 純 に)意 識 の み を
生 きて い るので は決 して ない ので あ る。
そ こで、 社 会 人類 学 的 な視 点 に立 って 考察 の抽 象度 を高 め、 「
文 化 の
Rio 技 術 」 ま た は 「生 の技 術 」 と い う概 念 を導 入 して み た い。 す る と、 と も す れ ば(自 然)科 学 の 碑 に堕 して しま よ うな 窮 屈 で偏 狭 な、 ま た 時 に は 居 丈 高 で 抑 圧 的 で もあ り得 る類 の 人 間 観 そ れ こそ が 件 の学 生 の心 に 重 くの しか か って素 朴 な不 審 を 抱 か せ て い る もの だ を 克 服 で き る糸 口 が 把 め る は ず で あ る。 そ して 、 個 々 の(こ と に非 西 欧 や 西 欧 の縁 辺 部 の社 会 の)文 化 が 歴 史 的 に形 作 って き た(経 験 的 に)無 理 の少 な い心 組 み の 内 に、 安 らい だ 豊 か な 知 恵 を も う一 度 あ らた め て 見 出 す こ とが で き る よ うに な るだ ろ う。 21世 紀 と い う グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン の 時 代 に、 仮 に も 「人 間 科 学 」 が 学 問 と して 呼 び 出 され る に ふ さわ しい独 自 の 意 味 を もち得 る とす れ ば 、 そ れ は(近 代 西 欧 に 固 有 の論 理 で あ りな が ら も)現 代 世 界 を一 元 的 に遍 く支 配 して い る モ ダ ンな 「科 学 」 と、(各 地 の 長 い 固 有 の 歴 史 に根 ざ し た多 様 な生 を 具 体 的 に生 き る)「 人 間 」 との 間 の 、 あ り得 べ き、 幸 せ で 創 造 的 な関 係 を構 想 す る知 の た め の 学 と な らな け れ ば な らな い。
二 、 菊 池 聡 の 「血 液 型 信 仰 」 批 判
こ の 章 で は、 心 理 学 者 菊 池 聡 の評 論[菊 池 、1998a、1998b](2)を 取 り上 げ て 、 「血 液 型 信 仰 」 の現 状 と問 題 点 を 明 らか に して み よ う。 今 日、 世 界 の 国 々 の 中 で も、 血 液 型 に よ る性 格 診 断 が 広 く大 衆 的 に普 及 して い て 常 日頃 人 々 の 口 の端 に上 る の は、 ほぼ 日本 だ け で あ る。 そ れ ゆ え 菊 池 は、 この 特 殊 な事 態 を一 種 の 信 仰(「 血 液 型 信 仰 」)と 呼 ん で 、 強 く批 判 的 な 姿 勢 で 論 評 を加 え て い る。 ま ず 以 下 に、 そ の論 旨 の 概 要 を 紹 介 す る。「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考111 1.古 川 竹 二 の 先 駆 的 な学 術 研 究 菊 池 に よ れ ば 、(恐 ら く1990年 代 後 半 の)各 種 の 世 論 調 査 で は 、 回 答 者 の ほ ぼ60パ ー セ ン トがABO式 血 液 型 性 格 判 断 を 信 じて い て 、 迷 信 と見 る者 は約20パ ー セ ン トに過 ぎ な い、 と い う結 果 が 出 て い る。 芸 能 人 や 作 家 な どの 紹 介 文 に は決 ま って 血 液 型 と星 座 が 書 き添 え られ て い て 、 大 学 で も ゼ ミ選 び の 資料 と して 教 員 に 血 液 型 を 尋 ね る学 生 が 珍 し くな い [菊 池 、1998a:30]。 しか し、 心 理 学 の専 門 家 は ほ ぼ 一 致 して 、 血 液 型 性 格 判 断 に 対 して 否 定 的 な 見 解 を 持 って い る。 だ か ら と い って 、 彼 らは、 血 液 型 の 科 学 的研 究 を頭 か ら無 意 味 だ と考 え て き た の で は な い 。 現 に、1980年 代 か ら1990年 代 に か け て は、 研 究 者 が 様 々 な工 夫 を 凝 ら して 、 大 挙 して この 課 題 と取 り組 ん だ。 また 現 在 で も、 心 理 学 や 社 会 心 理 学 の 学 会 で は、 血 液 型 に 関 す る研 究 報 告 が 少 な くな い。 た だ し、 そ の 関 心 の 焦 点 は、 無 根 拠 な血 液 型 信 仰 が 安 易 に信 じ られ て い る原 因 へ と大 き く移 って い る[菊 池 、1998a:30-31]。 そ も そ も、ABO式 血 液 型 と性 格 の 相 関 性 の 研 究 は、 女 子 師 範 学 校 (お 茶 の水 女 子 大 学 の 前 身)教 授 だ った 古 川 竹 二 が 創 案 した。 古 川 は、 1927年 、 心 理 学 の 専 門 誌 に 「血 液 型 と性 格 」 と題 す る論 文 を 発 表 す る。 同 論 文 は、 海 外 で も注 目 さ れ 、 日本 で は軍 が 彼 の 説 を 部 隊 編 成 に適 用 す る可 能 性 を探 ろ う と した 。 古 川 は、 当 然 な が ら、 科 学 の定 法 に則 って 資 料 と分 析 方 法 を 明 示 して い た の で 、300以 上 も の後 続 論 文 を 誘 発 す る こ と に な っ た。 この よ うに 、 血 液 型 研 究 は 、 生 産 性 と検 証 可 能 性 の 高 さ と い う利 点 を も って い た の だ 。 だ が 、 皮 肉 に もそ れ が 古 川 の 研 究 成 果 が 短 命 に終 わ る こ と に も繋 が った とい え る。 た だ し、 こ う した 経 緯 は科 学 的 な 研 究 と学 問 的 な論 争 の 本 来 あ るべ き姿 で もあ る と して 、 菊 池 は一 連 の 研 究 史 に そ れ な りの評 価 を与 え る[菊 池 、1998a:31-32]。
112 2.「 血 液 型 論 者 」 の 挙 証 の 問 題 性 菊 池 に よ れ ば 、1970年 代 以 来 の 日本 に お け る血 液 型 性 格 判 断 の 爆 発 的 な流 行 は、 一 見 古 川 説 の 復 活 で あ る よ うに見 え る。 しか し、 実 は極 め て異 質 な もの で 、 「血 液 型 信 仰 」 と もい うべ き様 相 を 色 濃 く も って い る と い う。 そ の 近 年 の 流 行 の発 端 は、 作 家 で あ る故 能 見 正 比 古 の 著 作 、 「血 液 型 で わ か る相 性 』 が 大 評 判 を 呼 ん だ こ と に あ る。 能 見 正 比 古 と軌 を一 にす る論 者 に は、 彼 自身 の 子 息 で あ る能 見 俊 賢 や 、 鈴 木 芳 正 な どが い る。 彼 らは、 能 見 正 比 古 同 様 、 いわ ば 大 衆 向 け の 「布 教 」 に専 念 す る戦 略 を と って い る。 「能 見 」(正 比 古?)は 、 愛 読 者 カ ー ドを利 用 した数 万 人 規 模 の ア ンケ ー ト調 査 で 主 張 が 明 確 に実 証 さ れ た と い うが 、 好 意 的 な立 場 の 者 か らだ け寄 せ られ た 資 料 は無 意 味 だ。 と は い え、 議 論 の 叩 き台 位 と し て な ら役 に立 っ だ ろ う。 と こ ろが 、 そ の資 料 も分 析 方 法 も公 表 され て お らず 、 学 問 上 の ル ー ル で あ る立 証 責 任 が す っか り回 避 さ れ て い る、 と菊 池 は批 判 して い る[菊 池 、1998a:31-32]。 っ ま り菊 池 は、 「血 液 型 論 者 」 た ち の 挙 証 は、 専 ら意 図 的 な 曲 解 に過 ぎな い とす る。 彼 の諸 々 の批 判 に は、 赤 子 の 手 を捻 る とで も形 容 で き る ほ ど の 圧 倒 的 な 力 が あ り、 「血 液 型 論 者 」 た ち は 完 膚 な き ま で に 叩 き の め され て い る。 例 え ば、 血 液 型 論 者 は、 「政 治 家 に は0型 が 多 い」 と い う推 断 の挙 証 と して 、 衆 議 院 議 員 に は0型 の 者 が 著 し く多 い と い う事 実 を 用 い て い る。 菊 池 も、1970年 代 に 限 れ ば 確 か に そ うで あ っ て、0応 蓋 然 性 を 推 定 す る根 拠 に は な り得 る だ ろ う とい う。 しか し、 同 時 代 の参 議 院 議 員 、 1990年 代 の 衆 議 院 議 員 、 さ らに 地 方 自治 体 の 首 長 た ち に っ い て は、 そ う した 事 実 は少 し も無 い。 菊 池 い わ く、 血 液 型 論 者 の こ の 仮 説 は、10
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考113 万 回 も ジ ャ ンケ ンを繰 り返 せ ば10連 勝 す る偶 然 も あ ろ うが 、 い わ ば 、 そ の 偶 然 の 現 象 を も っ て 挙 証 し た とす る に等 しい[菊 池 、1998a:32-33]o 血 液 型 論 者 は、 自分 た ち の仮 説 に うま く合 う個 人 を見 っ け 出 して は、 *型 の性 格 の例 証 と す る。 だ が 、 こ の論 法 を用 い て 全 く正 反 対 の例 を見 っ け る の は、 い か に も だ易 い。 だ か ら、 血 液 型 論 者 の手 口 は わ け て も悪 辣 な や り方 だ 、 と菊 池 は 指 弾 して い る[菊 池 、1998a:32]。 い わ ば 、 巴 御 前 を例 と して 、 女 性(一 般)の 運 動 能 力 は男 性(一 般)に 勝 る と言 い 立 て る よ う な もの だ 、 とい う こ と に な ろ うか 。 血 液 型 論 者 た ち は、 本 来 、 適 切 な サ ンプ リ ング を 行 った うえ で 、 或 る 資 料 の或 る値 が母 集 団 全 体 に 占 め る比 率 や 、 各 項 目 の平 均 値 を示 す 必 要 が あ る。 だ が 彼 ら は、 仮 説 の 検 証 に不 可 欠 な、 こ う した 統 計 処 理 の手 続 きを 少 し も踏 ま ず 、 ア ンケ ー トの取 り方 や 回 答 の信 頼 性 ・整 合 性 、 指 標 の予 測 力 す ら吟 味 して い な い。 そ れ ゆ え 、 「血 液 型 性 格 相 関 説 」 を正 し い と認 め るべ き科 学 的 な 根 拠 は(少 な く と も現 時 点 で は)ど こ に もな い [菊 池 、1998a:31-33]。 要 す る に、 大 衆 雑 誌 の 「心 理 テ ス ト」 は、 心 理 学 で 用 い られ る 「性 格 テ ス ト」 と は質 的 に大 き く異 な る も の だ 、 と菊 池 は 強 調 す る。 3.血 液 型 性 格 相 関 説 の 反 社 会 的 側 面 そ れ で は、 か く も恣 意 的 で 脆 弱 な基 盤 しか も た な い血 液 型 性 格 相 関 説 (や 星 座 占 い)が 今 日の 日本 で 広 範 に 信 じ られ 、 受 け入 れ られ て い る の は な ぜ か と、 菊 池 聡 は 自 ら問 を 発 す る。 そ して 、 何 よ り も、 「実 際 に 当 た って い る」 と い う実 感 が 血 液 型 信 仰 を支 え て い る の だ 、 と い う。 菊 池 が まず 援 用 す る の は、 大 村 政 雄(日 本 大 学 教 授)の 「フ リー サ イ ズ効 果 」 とい う仮 説 で あ る。 人 は誰 で も、 様 々 な側 面 を兼 ね合 わ せ た 性
114 格 を もっ 複 雑 な存 在 で あ り、 時 と場 合 に 応 じて 多 彩 な 対 応 を す る。 他 方 、 「血 液 型 占 い」 の 表 現 に は、 曖 昧 な 解 釈 を(意 図 的 に)許 す 例 が 多 い。 そ れ ど こ ろか 、 互 い に矛 盾 し合 う表 現 が 含 まれ て い る こ と も稀 で は な い。 こ の種 の 曖 昧 な表 現 は、 占 い 〔解 釈 〕 の 方 向 性 が 当 人 の解 釈 を適 合 的 に 誘 導 す る巧 妙 な仕 掛 けで あ って 、 読 み手(聞 き手)に は 「実 際 に当 た っ て い る」 とい う実 感 が ほ ぼ 確 実 に伴 う こ とに な る。 試 しに、 血 液 型(や 星 座)占 い の一 覧 表 を 項 目 ご とに ば らば らに 切 り離 して 、 見 出 しを隠 し て 読 ん で み よ う。 す る と、 ど の項 目 も 自分 の 場 合 に実 に ピ ッ タ リ当 て は ま る と思 え る はず だ、 と菊 池 は い う[菊 池 、1998a:34]。 くわ え て 菊 池 が 重 大 視 す る の は、 血 液 型 占 い の 、 決 して 軽 微 と は い え な い反 社 会 的 な側 面 で あ る。 若 者 た ちが しば しば 血 液 型 占 い の効 用 と して 挙 げ る もの は、 例 え ば合 コ ン(合 同 コ ンパ)で の 出会 い の よ うな 初 対 面 の 状 況 で 会 話 の糸 口 が 確 保 で き る とい う、 実 利 的 な役 割 で あ る。 そ の 一 方 で は、 主 観 的 で 感 情 的 な 判 断 を 客 観 的 だ と装 う、 狡 猜 で 無 責 任 な手 段 と も な って い る と、 菊 池 は主 張 して い る 「あ の 人 感 じ悪 い」、 「だ って*型 だ か らね ∼ 」 と い う風 に[菊 池 、1998a:34]。 さ らに菊 池 の評 論 は{血 液 型 信 仰 が 見 か け ほ ど無 邪 気 な もの で は な く、 も っ と重 大 な 社 会 的 弊 害 を伴 って い て 、 そ こに こそ排 撃 す べ き理 由 が あ る と主 張 して い る。 就 職 試 験 の 合 否 、 人 事 配 置 、(た と え ば保 育 園 の) 学 級 編 成 な ど の判 断 材 料 と して、 血 液 型 性 格 判 断 が 用 い られ て い る ら し い の だ[菊 池 、1998b=25-26]。 菊 池 は佐 藤漣 哉 が 実 施 した ア ンケ ー トに よ る イ メ ー ジ調 査 を 引 い て 、 几 帳 面 で 真 面 目 なA型 、 お お らか なO型 、 明 る い が い い加 減 で わ が ま ま なB型 、(二 重 人 格 風 で)変 わ り者 のAB型 、 と い う類 型 評 価 の(標 準 的 と もい え る)実 例 を紹 介 して い る。 そ して 、 血 液 型 性 格 判 断 が 、 多
「血 液型 信 仰」 批 判 再 考115 数 者(A型 ・0型)に よ る少 数 者(B型 ・AB型)の 差 別 で あ る と い う 点 で 、 少 数 民 族 差 別 や 企 業 で の女 性 差 別 と同 様 の 構 造 的 な差 別 性 を も っ て い る、 と述 べ て い る[菊 池 、1998b:27-28]。 も っ と も、 彼 は ま た 門 田秀 夫 の 著 書(『 人 権 問 題 入 門」 明 石 書 店)か ら、 興 味 深 い具 体 例 と して 、 或 る化 粧 品 会 社 が 女 性 社 員 採 用 試 験 に 「B 型 一 〇 点 、0型 九 点 、AB型 六 点 、A型 三 点 」 と い う採 点 基 準 を 用 い て い た 事 実 が 発 覚 した こ とを 引 用 す る[菊 池 、1998b:26]。 す る と 菊 池 が この 事 例 を紹 介 した意 図 に は反 す る こ と に な るの だ が 性 格 の 評 価 に は相 対 的 な面 が あ って 、 業 種 な ど の 社 会 環 境 に よ って も可 変 的 だ と い う こ とで もあ ろ う。 暫 く後 で 取 り上 げ る よ う に、 女 子 学 生 た ちが 強 い 反 応 を示 して 異 を 唱 え た の た の は、 実 は、 標 準 的 な評 価 基 準 を逸 脱 した か の よ うな、 この 面 だ った の だ。 菊 池 は こ こで 矛 先 を報 道 機 関 に転 じて 、 こ う した風 潮 が マ ス コ ミ報 道 で 批 判 され る こ とは な く、 む しろ そ の 無 批 判 な報 道 に よ る容 認 が 信 仰 を 助 長 した 、 と非 難 す る。 人 権 に敏 感 だ と さ れ る朝 日新 聞 も、 この 場 合 、 少 し も例 外 で は な い ら しい。 そ れ ど こ ろか 、 逆 に、 同 紙 は血 液 型 に よ っ て 商 品 開 発 チ ー ム を組 ん だ 企 業 を 紙 面 で 紹 介 した こ とが あ っ た そ うだ 。 或 る心 理 学 研 究 者 か ら抗 議 を 受 け た朝 日新 聞 側 は、 「そ う した会 社 が あ る こ と は事 実 」 で あ る か らそ の事 実 に基 づ い て 「中 立 的 」 な 態 度 で 報 道 した と述 べ て 反 論 した、 と菊 池 は慨 嘆 して い る[菊 池 、1998b=28]。 私 な りに菊 池 の 批 判 を端 的 に要 約 す れ ば 、 血 液 型 性 格 相 関 説 は 性 、 国 籍 、 エ ス ニ シテ ィ、 肌 色 、 髪 の 色 ・形 状 、 生 まれ 順 、 体 格 、 障 害 の 有 無 の よ う な プ レス ク リプ テ ィ ブ(生 得 的)な 属 性 に 関 す る謂 わ れ な き差 別 の一 っ だ 、 と い う こ と に な ろ う。 な る ほ ど、 も し性 格 が 血 液 型 と い う、 当 人 の 人 格 、 能 力 、 意 志 、 努 力 と は無 縁 な 属 性 と強 く相 関 して い る と され る の で あ れ ば 、 血 液 型 に言 及 す る こ と 自体 が 、 そ う した 差 別 に
116 直 結 す るハ ラ ス メ ン トに な るで あ ろ う。 そ れ ゆ え、 血 液 型 を履 歴 書 に記 載 す る こ とを 求 め た り、 各 種 の名 簿 に 血 液 型 を記 載 す る こ とを 止 め るべ き だ と菊 池 た ち は主 張 す る。 そ して 、 事 故 に あ っ た場 合 の 輸 血 に 関 す る利 便 性 と い う、 従 来 広 く流 布 され て き た仮 構 も合 わ せ て 論 破 して い る。 す な わ ち 、 本 人 のABO血 液 型 の 申告 が 鵜 呑 み に さ れ る こ と は な く、 そ の 都 度 血 液 型 が 検 査 さ れ るの だ と[菊 池 、1998b:28]。 以 上 に見 た とお り、 血 液 型 情 報 の 公 開 に は ど ん な 積 極 的 な 意 味 も な い とす る菊 池 らの主 張 は、 首 肯 で き る もの で あ る。 こ と に、 大 学 教 員 で もあ る菊 池 の 大 き な 懸 念 は、 大 学 生 た ち が こ う し た血 液 型 性 格 相 関 説 批 判 が あ る こ と そ れ 自体 を ほ とん ど知 らず 、 血 液 型 信 仰 が 人 権 問 題 に繋 が る こ とを想 像 も し得 な い とい う事 実 に あ る[菊 池 、 1998b:27-29]。 彼 に よ る と、 或 る女 子 大 学 の フ ェ ミニ ズ ム論 の 講 師 が 、 先 に触 れ た、 某 化 粧 品 会 社 の 女 子 社 員 採 用 試 験 の例 を授 業 で 紹 介 した。 す る と、 一 人 の 女 子 学 生 が 発 言 を 求 め て、A型 とB型 の 得 点 が 逆 で は な い か と質 問 した と い う。 しか も、 「恐 ろ しい こ と に、 そ の 場 の 大 学 生 の多 くが これ に 同 意 した 」 の だ そ うだ 。 そ して 、 後 に菊 池 自身 も、 実 際 に ほ ぼ 同 じ経 験 を す る こ と に な っ た。 要 す る に、 「血 液 型 で 差 別 す る側 も さ れ る側 も、 これ ほ ど ま で に人 権 の侵 害 と い う意 識 が 欠 落 して い るの だ」[菊 池 、1998b:26]。 そ れ で も、 菊 池 が血 液 型 性 格 判 断 を講 義 で 取 り上 げ る と、 何 時 も学 生 の反 応 が 格 段 に良 くな る。 あ る 日、 そ う した良 好 な 反 応 を得 て い た の で 、 多 少 の期 待 を抱 い て 講 義 を終 え よ う と した矢 先 、0人 の 女 子 学 生 が勢 い よ く手 を 挙 げ、 満 面 に笑 み を 浮 か べ て 、 次 の よ う に尋 ね た と い う。 「先 生 、 そ れ で 結 局 先 生 は何 型 な ん で す か?ひ ね くれ 者 のB?」[菊 池 、 1998b:29]o
「血 液 型信 仰 」批 判 再 考117 4.「 闇 雲 な 『血 液 型 信 仰 』 批 判 」 批 判 の論 理 菊 池 聡 は、 評 論 の 最 後 で 、 血 液 型 性 格 判 断 を撲 滅 しよ う とす る 自 らの 陣 営 の 一 部 に は行 き過 ぎが あ る こ と を率 直 に認 め て、 そ の 論 法 に批 判 を 加 え て い る。 す な わ ち、 そ れ らの 論 調 が 「非 論 理 性 と い う点 で は相 手 と 同 じ穴 の ム ジ ナ に な りか ね な い 」[菊 池 、1998b:29]と 危 惧 して、 警 告 す る の だ 。 この事 実 か ら も、 彼 の 議 論 は一 応 そ れ な りに冷 静 で 均 衡 の と れ た もの だ 、 とい え る か も知 れ な い。 闇 雲 な撲 滅 論 者 が 往 々 す る問 題 の あ る主 張 と して菊 池 が 批 判 して い る 類 の議 論 の 要 点 を 、 概 ね 、 次 の4点 に纏 め る こ とが で き よ う。 ① 多 様 な 人 間 を 単 純 な4類 型 に分 け られ な い、 ② 性 格 は生 ま れ っ き定 ま る の で は な く、 育 った環 境 で 決 ま る、 ③ 血 液 型 信 仰 は、 血 液 型 が 性 格 に影 響 す る 機 構 を 明 らか に しな い 、 ④(例 え ば)「A型 な の に 、 ぜ ん ぜ ん 几 帳 面 じ ゃな い人 は い っぱ い い る」 と い う類 の、 反 証 の た め の 挙 証[菊 池 、1998 b:28-29]。 そ の うえ で 、 菊 池 は この4点 を 簡 潔 に だ が 逐 一 論 駁 す る。 そ れ を次 に見 て み よ う。 ① にっ い て 、 菊 池 は こ う述 べ て い る。 「『何 らか の基 準 に よ って 四 つ に 分 け る発 想 』 自体 に は本 質 的 な 問題 は な い」 の で あ り、 だ か ら 「この発 想 自体 は心 理 学 で も類 型 論 と い う考 え 方 で 受 け入 れ られ て い る」[菊 池 、 ・ …s・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …
1998b:28;下
点 は引用 者]。 次 に② に関 して は、性 格 の発 達 に は環 境 的
要 因 が決定 的だ と認 め なが らも、 新生 児 の問 に敏感 さや気 分 の安定 性 と
い う点 で の変異 が広 く見 られ る とい う事実 を挙 げて、遺 伝 的要 素 も無視
で きな い と論 評 す る。 で は、③ につ いて は ど うか。 「
説 明原 理 の不 在」
は科学 理 論 と して確 か に望 ま し くは な いが、 「
他 の科 学 理 論 に も詳 しい
... メ カ ニ ズ ム が 不 明 な も の もあ る」 の で 、 「この 点 だ けか ら批 判 す る の は ... フ ェ ア で は な い 」 と 、 菊 池 は 判 断 を 下 して い る[菊 池 、1998b:29;下 点 は 引 用 者]。1i$ ② と④ に つ い て だ けな ら、 一 応 問 題 な く同 意 で き そ うだ 。 と くに ④ に 関 して は、 前 節 で 、 私 も(裏 側 か らの讐 鍮 的 な論 証 と して だ が)巴 御 前 の 勇 壮 な 気 質 を挙 げ て 女 性 の 男 性 に対 す る運 動 能 力 の優 位 性 を 挙 証 す る とい うわ か り易 い例 を 考 案 して 、 菊 池 に賛 意 を表 して い る とお りで あ る。 ③ の点 も、例 え ば、医 学 的 生 態 学 とで もい うべ き性 質 を もっ 疫 学(epi-derniology)の 概 念 を 参 照 す れ ば 、 一 応 、 妥 当 だ と い え る か も知 れ な い 。 疫 学 は、 包 括 的 ・統 計 的 に考 察 して 人 間 の健 康 増 進 と病 気 予 防 に資 そ う と す る現 実 的 な 医 療 の 分 野 で あ り、 原 因 と結 果 が 連 関 す る機 構 の解 明 そ れ 自体 を科 学 的 に 自己 目的 化 して は い な い。 だ が 、 そ れ で も、 疫 学 が 実 際 に有 益 で 実 効 的 な学 問 で あ る こ と に異 を唱 え る者 は ま ず な い だ ろ う。 しか しなが ら、 ① の 点 に っ い て 、 菊 池 は 「この発 想 自体 は心 理 学 で も oo■ ● ■ 類 型 論 と い う考 え方 で 受 け入 れ られ て い る」 こ と を反 論 の 根 拠 に して い る。 この事 実 が 、 彼 の 評 論 全 体 の 文 脈 で 、 幾 分 気 に か か る と ころ だ 。 っ ま り、 ③ で い う 「他 の科 学 理 論 」 と して 菊 池 が 念 頭 に お い て い るの は、 主 に 心 理 学 な の で は な い の か 。 も しそ うだ とす る と、 心 理 学(の 類 型 論)が 医 学 の疫 学 分 野 と同 様 に必 要 欠 くべ か らざ る もの と して 人 間 社 会 に 要 請 さ れ 、 許 容 さ れ て い る と い え る の か ど うか っ ま り、(科 学 理 論 の次 元 で の妥 当 性 だ けで な く)社 会 的 次 元 で の 便 益 性 にっ い て も 慎 重 に 吟 味 して お く必 要 が あ る だ ろ う。 だ が 、 菊 池 に は そ の姿 勢 が 全 く 見 られ な い 。 要 す る に、 菊 池 は こ こで 、 議 論 の 次 元 に或 る種 の 混 乱 、 っ ま り少 く と も論 理 階 型 の混 同 、 よ り辣 に 見 れ ば 巡 環 論 法(tautology) を持 ち 込 ん で い る。 結 局 、 血 液 型 性 格 判 断 を 闇 雲 に批 判 す る動 き に 自制 を 求 め よ う とす る 菊 池 の論 議 の 根 拠 は、 ④ に 関 す る、 次 の よ うな 見 解 に集 約 的 に示 さ れ て い る と見 て よ い よ うだ 。 「血 液 型 学 に 限 らず 、 お お よ そ す べ て の 性 格 理 論 は統 計 的 な も の で あ っ て 、 集 団 全 体 の 傾 向 と して しか と らえ られ な
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考119 い」 もの だ か ら、 「必 要 な の は個 々 の 事 例 で は な く、 統 計 的 な 事 実 な の で あ る」[菊 池 、1998b:29;下 点 は 引 用 者]。 そ して、 全 く同 じ趣 意 か ら、 こ う言 い切 って も い る こ と に注 目 しよ う。 「いず れ に せ よ、 血 液 型 性 格 判 断 は な ぜ 虚 偽 な の か 、 これ は提 唱 者 が 言 う よ うな 性 格 の差 が、 現 実 に信 頼 で き る統 計 デ ー タ と して 見 当 た らな い とい う点 に つ き る」[菊 池 、1998b:29;下 点 は引 用 者]。 真 偽 の一 切 を統 計 資 料 とそ の 処 理 の仕 方 に還 元 す る この端 的 な言 明 が 、 心 理 学 の い わ ゆ る 「性 格 テ ス ト」 と は何 か を 見 極 め る うえ で きわ め て 重 要 な意 味 を も って い る こ とを 、 こ こで 指 摘 して お か な けれ ば な らな い。 次 節 で は、 そ れ を少 し立 ち入 って 検 討 して み よ う。 5.「 『批 判 』 社ヒ半晒」 推ヒ半班 前 節 で 試 み た整 理 に よ れ ば 、 菊 池 らが 峻 別 して 止 ま な い心 理 学 の 「性 格 テ ス ト」③ と(週 刊 誌 上 の 「心 理 テ ス ト」 を 含 む)血 液 型 性 格 判 断 の 原 理 的 な 差 異 は、 た だ一 点 に還 元 され る こ と に な っ た。 っ ま り、 後 者 で は厳 密 な 統 計 処 理 を した デ ー タが 示 さ れ て い な い と い う、 唯0の 差 異 へ と。 しか も、 そ れ は同 類 の手 法 に お け る、 技 術 的 処 理 の精 度 ・確 度 の 問 題 で あ る。 す る と この 問題 は、 要 す る に 程 度 、 す な わ ち質 よ り もむ しろ 量 の 問 題 に還 元 で き る こ と に な ろ う。 そ うで あ れ ば、 菊 池 らが 心 理 学 の 側 か ら熱 心 に行 って き た血 液 型 性 格 相 関 説 の 反 社 会 性 に対 す る手 厳 しい批 判 つ ま り、 血 液 型 性 格 相 関 説 が プ レス ク リプ テ ィ ヴな属 性 に よ る差 別 に現 実 に繋 が って い る と い う、 社 会 的 な 害 悪 を生 み 出す 側 面 へ の批 判 も、 冷 静 に相 対 化 して お く必 要 が あ る はず だ。 仮 に、 統 計 処 理 の 次 元 で は技 術 的 に 問 題 の な い(菊 池 らの 視 点 で は 「科 学 的 」 な)資 料 で あ って も、 そ れ が 社 会 的 次 元 の 問 題 を結 果 的 に 引
i20 き起 こす こ とが な い とか 、 も し問 題 が 起 きて も軽 度 で 済 む と い う こ とに は少 し もな らな い。 そ れ ら は、 全 く別 次 元 の 、 言 い換 え れ ば 論 理 階 型 を 異 に す る、 相 互 に 独 立 し た事 柄 な の だ 。 こ の こ と は、 仮 に(ABO)血 液 型 と性 格 類 型 の 相 関 が 万0「 科 学 的 」 に 問題 な く証 明 さ れ た場 合 を 想 定 して み れ ば 、 わ か りや す い だ ろ う。 そ の 場 合 、 社 会 的 な次 元 で の影 響 が 現 在 よ り も逆 に遥 に深 刻 な もの に な らざ る を え な い の は、 火 を 見 る よ り も明 らか だ か らだ。 事 こ こ に至 って 、 「血 液 型 信 仰 」 批 判 を め ぐる この 問題 は、(広 義 の 社 会 学 の一 分 野 で あ る)現 代 社 会 人 類 学 に と って も、 誠 に重 大 な論 点 と し て 浮 上 す る。 これ に つ い て は、 次 章 で も う少 し立 ち入 って 論 じるが 、 た だ こ こで も、 そ の 議論 の 糸 口 と して 、 次 に簡 潔 に触 れ て お き た い 。 確 か に、 先 に見 た菊 池 の 「血 液 型 信 仰 」 の 社 会 的 側 面 へ の 批 判 に は、 そ れ な りに鋭 い面 が あ る。 しか しな が ら、 そ の後 す ぐに ア メ リカ か ら輸 入 され た 最 新 の性 格 テ ス トもま た 、 一 種 の一 層 「科 学 的 」 な 差 別 原 理 を ■ ■ ■ ■ ●
提 供 して い て、 単 純 な血 液 型 性 格 判 断(菊 池 の い う1血 液型 信 仰 」)や
心 理 テ ス トと同様 に、 日本 社 会 に きわ めて深 刻 な影響 を及 ぼ しっっ あ る
● ●o■ ● の だ しか も、 深 く潜 行 して姿 を 隠 しな が ら。 繰 り返 し言 お う。 結 局 、 血 液 型 性 格 相 関 説(「 血 液 型 信 仰 」)と い わ ゆ る心 理 学 の 「性 格 テ ス ト」 と の 間 の差 異 は、 菊 池 自身 の い う とお り、 質 的 で あ る と い う よ り も、 む し ろ量 的 な も の に還 元 され る の で は な い か 。 しか もそ の差 異 は資 料 の 統 計 処 理 に 関 す る もの で あ り、 単 に そ の 不 完 全 性 を 根 拠 と して 「血 液 型 信 仰 」 の 否 定 的 な社 会 的 影 響 を 指 弾 で きる もの で は な い。 もち ろ ん 、 心 理 学 者 た ち が プ リス ク リプ テ ィヴ な 要 因 に よ る い わ れ な き差 別 を批 判 す る こ と に は、 一 点 の 誤 り もな い 。 だ が 、 別 の プ リス ク リプ テ ィ ヴな要 因 に よ って 、 しか も 「科 学 的 」 に 適 正 に 「実 証 さ れ たJと す る根 拠 を も って 、 そ う した差 別 を(よ り強 力 に)生 み 出 す 可「血 液型 信 仰 」 批 判 再 考121 能 性 が あ る、 心 理 学 の 実 践 へ の社 会 的 な視 点 か らの 顧 慮 も批 判 も全 くな され て い な い の だ 。 これ は、 一 体 な ぜ な の か 。 私 の 菊 池 聡 の評 論 に対 す る最 大 の、 っ ま り根 本 的 な 疑 念 と批 判 は、 菊 池 が 「性 格 」 を あ くまで も実 体 的 に捉 え て い て 、 そ の 実 体 性 を 少 し も疑 う こ と な く立 論 して 省 み な い(い わ ば 、 将 棋 や 囲 碁 で ひ た す ら 自分 の打 ち 手 しか 見 よ う と しな い)と い う、 そ の一 点 に あ る。
三 、実 体論 的性格概 念批 判
い うま で も な く、 す べ て の心 理 学 研 究 者 が(菊 池 聡 た ち の よ う に)性 格 な る もの を実 体 と して 捉 え て い る わ け で は な い。 逆 に、 関 係 論 の 立 場 か らそ れ を 捉 え る研 究 者 も、 少 数 で は あ れ存 在 して い る。 私 は こ こで 、 そ の 代 表 的 な人 物 と して 岸 田秀 だ け を取 り上 げ て あ え て 論 点 を 明 確 化 し、 彼 の 議 論 に集 中 的 に耳 を傾 け て み た い。 岸 田 は、 唯 幻 論 とい う独 自の 立 場 か ら、 広 範 な評 論 活 動 を 精 力 的 に展 開 し続 け て き た。 実 際 の と こ ろ岸 田 は、 そ の観 点 か ら、 心 理 学 の 性 格 概 念 そ の もの を真 っ向 か ら否 定 して い るの だ。 こ の意 味 で 、 彼 の 性 格 観 は、 関 係 論 的 な 性 格 観 を す ら乗 り超 え た 反 性 格 観 に よ って い る と言 うべ きか も知 れ な い 。 この 第 三 章 で は、 岸 田秀 が そ う した彼 の 「性 格 論 」 正 確 に は む し ろ 反 性 格 論 を鮮 や か に 論 じて い る、 「性 格 に つ い て 」 と題 す る評 論 [岸 田 、1982:197-209]の 輪 郭 を まず 明 らか に して お こ う。1.性 格類 型論 の 「
科 学性」 とは何 か
岸 田 は、我 々 は 日常生 活 で相手 の性 格 を暗 々裏 に判 断 して 自分 の態度
や行 動 を決 め て い るが、 その判 断 は しき りに誤 る こ とに な って い て、結
122 局 あ れ これ 失 敗 を 繰 り返 す 、 とい う認 識 か ら出発 す る。 そ して 、 次 の よ う に議 論 を 進 め て行 く。 そ もそ も我 々 が相 手(他 者)の 性 格 に拘 泥 す る の は、 そ の協 力 な しで は 己 の 欲 望 を満 足 さ せ られ ず 、 他 者 の 意 向 が 人 生 の重 大 事 を左 右 す る こ と に な る か らだ 。 そ れ な の に対 人 的 な 性 格 予 想 が とか く外 れ が ち な の は、 人 間 に 深 く内在 す る傾 向 の ゆ え で あ る。 第 一 に、 自分 に都 合 の い い よ う に相 手 が 動 く もの だ と 自分 勝 手 に思 い込 む 自惚 れ と願 望 に よ る 「一 次 的 自 己 中 心 性 」。 とか く相 手 の 所 業 が 自分 の 利 益 を 害 した と人 々 が 怒 りが ち な の は、 大 概 そ の ゆ え だ 。 第 二 に は、 「二 次 的 自 己 中 心 性 」 の克 服 が 困 難 な こ とが 挙 げ られ る。 っ ま り人 は、 仮 に 「一 次 的 自己 中心 性 」 を 克 服 で きて も、 「相 手 の 立 場 に 自分 を お い て み る と い う形 で しか 相 手 の 立 場 を と らえ 」 ず 、 「暗 黙 の う ち に、 相 手 の 性 格 と い う もの を 自分 の 性 格 と同 じ と見 て い る」 の だ 。 『論 語 』 の 「己 の 欲 せ ざ る と こ ろ、 人 に 施 す な か れ 」 とか 、 『聖 書 』 の 「自分 が して も ら い た い よ う に、 人 に な す べ し」 と い う道 徳 律 が 、 「二 次 的 自己 中 心 性 」 の 頑 な 滞 留 を 証 す 好 例 に な ろ う。 と い うの も、 これ らの 道 徳 律 の 前 提 は怪 我 、 病 気 、 空 腹 な ど に関 す る一 次 的 な(基 本 的 な)欲 求 に は うま く当 て は ま って も、 よ り高 度 の 社 会 的 欲 求(っ ま り 「二 次 的 欲 求 」)の 条 件 と して は、 容 易 に 妥 当 しに くい か らだ 。 例 え ば 、 金 銭 欲 の個 人 的 な偏 差 は と て も大 き い。 さ ら に、 自尊 心 は も っ と複 雑 微 妙 で 、 い っ た い何 を誇 り と し、 ま た何 を そ の 棄 損 と感 じ る の か 、 相 手 の そ う した評 価 の仕 方 は杏 と して 図 り知 れ な い。 しか も時 と場 合 次 第 で 、 そ の 関 係 が 同 じ相 手 で も逆 転 す る こ とに な るか も知 れ な い の だ[岸 田 、1982:197-201]。 他 者 は 、 絶 え ず 予 想 を裏 切 るだ けで な く、 そ の 裏 切 り方 も個 々別 々 で あ る。 とす れ ば、 そ う した複 雑 で 不 可 解 な他 者 た ち の 中 で 生 きて行 くに は、 よ しん ば 誤 って い る と して も、 ま た ど の程 度 の もの で あ れ 、 行 動 指
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考123 針 と して の 性 格 類 型 論 に頼 る しか な か ろ う。 「い い 人/悪 い 人 」、 「ま と もな 人/変 な 人 」 の 類 の ご く素 朴 な 二 分 法 で も、 何 も指 針 が な い よ り は 余 程 ま しだ 。 そ れ で 、 これ ま で に数 多 くの学 者 た ち が 、 実 に様 々 な 性 格 類 型 論 を 提 唱 して き た 体 液 成 分 に よ る 「多 血 質/憂 諺 質/胆 汁 質/ 粘 液 質 」 と い う気 質 の4分 類(ヒ ポ ク ラ テ ス)、 体 格 ・性 格 ・精 神 病 の 三 要 素 を 組 み 合 わ せ た 「肥 満 型=回 帰 性 性 格=躁 馨 病/痩 身 無 力 型=分 裂 性 性 格=精 神 分 裂 病/筋 肉 型=粘 着 性 性 格=癩 痛 」 の 図 式(ク レ ッチ マ ー)、 リ ビ ドー の発 達 に お け る 固 着 と退 行 に基 づ く 「口 唇 性 格/肛 門 性 格 」(フ ロ イ ト)、 リ ビ ドー が 流 れ る方 向(「 外 向 性 性 格/内 向 性 性 格 」)と 優 位 す る精 神 の4機 能(思 考 型/感 情 型/直 観 型/感 覚 型)を 掛 け合 わ せ て 得 る8類 型(ユ ンク)等 々 。 そ れ らの性 格 や 気 質 の 類 型 論 は、 各 々 そ の 時 代 の 科 学 水 準 ・思 想 的 雰 囲 気 や各 国(地 域)の 伝 統 的 人 間 観 念 に 基 づ い て 、 血 液 の組 成 、 血 管 の 太 さ、 脳 や神 経 組 織 の状 態 、 骨 相 、 星 ま わ りな ど に 関 連 付 け られ て い る。 ま た、 親 子 の性 格 の類 似 も、 遺 伝 と環 境 の ど ち らで も説 明 が つ く[岸 田、1982:201-202]。 だ か ら、 い か に も根 拠 が あ りそ うで も、 結 局 そ れ らは、 「い い人/悪 い人 」 や 「ま と もな 人/変 な 人 」 の ご と き単 純 で 便 宜 的 な二 分 法 と、 実 質 的 に大 差 が な い。 「性 格 とい う もの は曖 昧 模 糊 と した もの だ か ら、(中 略)何 と関 連 づ け て も0応 の 理 屈 は成 り立 っ し、 も っ と も ら し く聞 こえ る。 要 す る に 、 各 人 が も って い る 『科 学 的 』 と い う イ メ ー ジに合 致 す る よ う な根 拠 を も って くれ ば 、 そ れ が 当 人 に と って の 『科 学 的」 性 格 類 型 論 と な る の で あ る」[岸 田、1982:202]。 2.性 格 は実 体 で は な い 次 に岸 田 は、 ど の 性 格 類 型 論 も 「び っ く りす る ほ ど ピ ッ タ リ と当 た る」 と い う。 そ の 論 理 は 、 菊 池 聡 が 先 の評 論 で 紹 介 して い る大 村 政 雄 の
X24 「フ リー サ イ ズ効 果 」 仮 説 と、 表 面 的 に は大 き く変 わ らな い よ う に見 え る。 た だ し、 そ の 問 題 意 識 の 懐 の大 き さ、 そ して 委 曲 を 尽 した 論 述 の 的 確 さ と鋭 利 さ は、 並 大 抵 で は な い。 一 例 を 引 こ う。 他 の 人 々 に は とて も 「気 が 強 い」 と見 え る人 物 が 、 な に が しか の性 格 判 断 に 出 合 って 、 自分 に関 係 す る 「気 が 弱 い」 とい う特 性 記 述 に 深 く納 得 す る事 実 を 、 岸 田 は こ う説 明 して い る。 完 壁 な絶 対 者 で な い 限 り、 「他 の人 び と に 全 然 気 を 遣 わ ず 、 自分 の言 い た い こ と は す べ て 言 い、 や りた い こ と は す べ て や る と い う人 が い る わ け は な い か ら (も しい れ ば、 た ち ま ち社 会 的 に排 除 さ れ る で あ ろ う)、 す べ て の 人 が 多 か れ 少 な か れr気 が 弱 い」 こ と に な り、 この 性 格 特 性 はす べ て の 人 に 当 て は ま る」。0方 、 こ の 人 物 が 我 慢 して 実 行 しな か っ た 部 分 は(他 人 に は)見 え ず 、 そ うで な い部 分 はハ ッキ リ見 え る の で 、 他 の 人 々 は 直 接 経 験 の 明 証 性 を も って 、 彼 を 明 らか に 「気 の 強 い人 」 だ と判 断 す る。 そ し て 、 も しAとB二 人 の人 物 が 互 い を 「気 が 弱 い」 人 と思 う場 合 が あ る とす れ ば 、 そ れ はAが 気 が 引 けて で きな い こ と とBが 気 が 引 け て で き な い こ と とが 共 通 す る場 合 に限 られ る の だ[岸 田、1982:202-204]。 この 点 で の 岸 田 の一 応 の 結 論 は、 こ うだ 。 「要 す る に、 鉄 の 固 り とか 錆 び る とか の 性 質 と同 じよ うな意 味 で の 客 観 的実 在 と して 、 人 間 の 性 格 とい う もの は存 在 しな い の で あ る。 性 格 と は、 当 人 の 内 側 に あ る もの で は な い 。 した が って 、 性 格 を 当 人 の 内側 に あ る血 液 型 とか 、 リ ビ ドー と か 、 体 格 とか に 関 連 つ か よ う とす るあ らゆ る企 て は無 意 味 で あ る」[岸 田 、1982:204]。 っ ま り岸 田 は、 関 係 論 と して の性 格 な る もの の設 定 は仮 に認 め て も、 実 体 的 な 性 格(性 格 類 型)な ど は あ り得 な い と、 き わ め て 明 快 な判 断 を 下 して い る。 「AとBと の 人 間 関 係 が 、AとBと の 関 係 の な か で のA
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考125
る もの は存 在 しな い。 『
客 観 的 に」 性 格 を検 査 す るあ らゆ る性 格 テ ス ト
● ● ● ■ ● は無 意 味 で あ る」、 と[岸 田、1982:205;下 点 は 引 用 者]。 岸 田 の 見 方 に 従 う と、 も し完 全 に 無 欲 な 者 が い れ ば、 彼 に と っ て は 「け ちん ぼ」 は存 在 せ ず 、 も し完 壁 な人 間 理 解 能 力 を もっ もっ が い れ ば、 彼 に と って 「変 な 人 」 は い な い。 だ か ら、 誰 もが この よ う に 自分 の 器 量 に応 じて、 便 宜 的 な分 類 に よ っ て しか 他 人 を捉 え られ な い の だ 。 しか し、 そ う した 自前 の 人 間 分 類 に当 て は ま る相 手 が 客 観 的 に実 在 す る と見 るの は錯 覚 だ。 そ れ に もか か わ らず 、 我 々 は 「自分 の類 型 論 、 人 間観 に 合 っ た人 た ち が た く さん 『客 観 的 に実 在 す る』 の を 見 出 す もの な の で あ る。 そ れ は、 わ れ わ れ が 知 らず 知 らず の うち に 、 一一っ に は、 そ うい う人 た ち を 自分 の周 り に 引 き寄 せ るか らで あ り、 ま た一 つ に は、 人 々 の そ うい う 傾 向 を 引 き 出 す か らで あ る」[岸 田、1982:206-207]。 しか も、 往 々 周 りの人 々 の 間 で 、 或 る人 の性 格 の 見 方 が 或 る程 度0致 して い る こ とが あ る。 だ が 、 そ れ は、 彼 らが そ の人 物 の 「客 観 的 」 性 格 を掴 ん で い るか らで は な く、 そ の人 が 周 囲 の人 々 と の 関 係 を 多 少 と も似 た仕 方 で 取 り結 ん で い る か らな の だ 。 ま た 反 面 、 これ もあ りが ち な こ と だ が 、 そ の 人 がA集 団 とB集 団 とで 正 反 対 の 見 方 を さ れ て い る と して も、 そ の一 方 が 真 実 の性 格 で 、 他 方 が 偽 りの仮 面 な の で は な く、 そ れ ぞ れ の関 係 の 中 で 共 に真 実 な の で あ る。 い や 、 人 間 は森 に木 が 所 属 す るよ う に 実 体 と して 或 る集 団 に所 属 す る の で は な く、 どん な 所 属 も い わ ば 「仮 の 」 もの で しか な い の だ か ら、 逆 に そ れ らの 関 係 は共 に 仮 の もの で も あ る。 例 え ば 、Aが 詰 ま らな い と見 て 捨 て た 女 性 が 後 にBと 恋 愛 を して、Bに と って 素 晴 ら しい女 性 に な った と す れ ば 、 そ れ はAの 器 量 とBの 器 量 と が 彼 女 を 詰 ま らな い 女 性 と素 晴 ら しい女 性 に した の で あ って 、 そ の い ず れ もが 彼 女 の 真 実 で あ る。 要 す る に 、 他 の人 々 の 性 格 と は、 自 らの欲 望 と器 量 に応 じて相 手 との 関 係 の 中 で 創 り出 す こ とに な る126 「何 もの か 」 な の で あ って 、 相 手 の 心 中 に 存 在 す る客 観 的 な 実 在 で は な い の だ[岸 田、1982:207-209]。 概 ね この よ うに論 じて きて 、 岸 田 秀 は、 次 の 一 文 を も って 、 彼 の 透 徹 した性 格 論 を終 え て い る。 わ れ わ れ は、 自然 科 学 主 義 の実 体 論 的 見 方 に深 く囚 わ れ て い る た め、 す べ て の現 象 は何 らか の 実 体 が あ って そ こか ら発 して い る と考 え が ち で あ る が、 この よ う な考 え 方 は、 物 理 現 象 に は適 用 で きて も、 人 間 の 心 に 関 す るい か な る現 象 に も適 用 で き な い こ とを 知 らね ば な らな い。 性 格 な る実 体 は ど こ に も存 在 して い な い の で あ る。 [岸 田 、1982:209] 3.「 性 格 テ ス ト」 と い う 「万 能 」 の 物 差 し 岸 田秀 の評 論 、 「性 格 にっ い て 」 は、 菊 池 聡 の 「性 格 判 断 信 仰 の ナ ゾ」 の議 論 を相 対 化 して 、 そ の 不 徹 底 さ を余 す と ころ な く照 ら し出 す 力 を も って い る。 そ の 到 達 点 か ら、 我 々 は、 菊 池 た ちが 「血 液 型 信 仰 」 の 社 会 的 側 面 に お け る害 悪 を批 判 した 論 調 の 不 徹 底 さ を もま た、 克 明 に浮 き彫 りに す る こ とが で きよ う。 こ こで も、 そ の 要 諦 は、 や は り性 格 実 体 論 批 判 に あ る。 菊 池 た ち は 、1970年 代 に能 見 正 比 古 の著 作 『血 液 型 で わ か る相 性 」 が ブー ム とな って以 来 日本 人 の 心 に浸 透 した血 液 型 信 仰 が 、 プ リス ク テ ィ ヴな要 件 に基 づ く深 刻 な 社 会 差 別 を生 み 出 して きた実 情 を 的 確 に批 判 した。 そ の論 調 は、 既 に第 二 章 第3節 で 概 略 を 見 た通 りで あ り、 彼 ら は (血 液 型 信 仰 に迎 合 した)大 衆 誌 な ど に よ る 「心 理 テ ス ト」 と、 厳 格 な 統 計 処 理 を科 学 的 に行 う心 理 学 の 「性 格 テ ス ト」 とを 峻 別 した 。 深 刻 な 問 題 は、1それ に もか か わ らず 、 「性 格 テ ス ト」 も ま た現 実 に 、 他 な ら ぬ
「血 液型 信 仰」 批 判 再 考127 プ リス ク テ ィ ヴ な要 件 に基 づ く深 刻 な 社 会 差 別 を生 み 出 して しま った と い う事 態 に あ る。 しか も、 そ の差 別 の 仕 組 み は科 学 的 で あ る こ と に よ っ て よ り組 織 的 で 大 規 模 で あ り、 しか も深 く潜 行 しな が ら も きわ め て 権 力 的 な もの で あ っ た。 数 年 前 に、 最 新 の心 理 学 を応 用 した と い う、 各 種 の 「性 格 テ ス ト」 が 続 々 と 日本 に導 入 され た 。 例 え ば 、 そ の 先 鞭 と して、 米 国 の 或 る人 材 コ ンサ ル タ ン ト会 社 が1999年4月 か ら日本 で の営 業 を 開始 した。 同 社 は 、 当 時 既 に 米 国 で は38年 の事 業 歴 を 誇 って い て 、 各 業 種 の トップ 企 業 を 含 む2万 社 以 上 の 取 引 相 手 を 持 ち 、150万 人 分 の 資 料 を 保 有 して い た よ うだ 。 日本 で もす ぐに様 々 な 業 種 の大 手 の会 社 と契 約 を結 ん で 行 った 。 同 社 の 性 格 テ ス トは、 百 数 十 の質 問 項 目 に答 え る マ ー ク シー ト式 の もの で 、 業 務 適 性 や社 員 の相 性 の 診 断 を行 う こ と を 眼 目 と して 、 採 用 試 験 や 新 人 研 修 の 際 に実 施 さ れ て い る。 同社 の売 り物 は、 そ の精 度 と解 析 力 、 き め な らび に肌 理 細 か な ア フ タ ー サ ー ビス で あ る。 い わ く、 本 人 も気 付 い て い な い心 理 の 深 層 に ま で遡 及 して 性 格 特 性 を 灸 りだ せ る、 とか 。 ち な み に、 日本 の或 る銀 行 もす ぐに 同社 に追 随 して 、 子 会 社 に 同 様 の 「性 格 テ ス ト」 を 開 発 させ 、 商 品化 して売 出 した。 端 的 に い え ば、 こ う した 「性 格 テ ス ト」 の 最 大 の 問 題 は 菊 池 聡 ら の 主 張 と は裏 腹 に そ の組 織 的 で高 度 に一 貫 した統 計 処 理 の 「精 度 」 と徹 底 した管 理 の 「科 学 性 」 に こそ あ る。 最 新 の 「性 格 テ ス ト」 が 「客 観 的 な」 資 料 と して 当 事 者 に突 きっ け る の は、 「『あ の 人 感 じ悪 い 』、 『だ って*型 だ か らね ∼ 』」 と い う程 度 の 、 個 人 の 恣 意 的 で 薄 弱 な根 拠 で は な い 。 しか も、 肌 理 の細 か い徹 底 した ア フ タ ー サ ー ビス が そ れ に 加 わ る の で あ る。 そ れ が 有 無 を言 わ さ ぬ 「証 拠 」 と して 人 事 査 定 に 用 い られ 、 リス トラ の 材 料 に さえ 使 わ れ か ね な い の だ 。 場 合 に よ って は 暗 々裏 に 、 しか も党
X28 派 的 な利 害 関 係 の脈 絡 で 利 用 さ れ る場 合 す らあ るか も知 れ な い 。 当 時 、 サ ラ リー マ ン た ち は忽 ち そ う した危 惧 の 念 に捉 え られ て 、 密 か に声 を挙 げ始 め た。 そ れ らの 声 の一 部 は、 間 も な く幾 っ もの 雑 誌 の 記 事 に よ って 広 く社 会 に伝 え られ る こ と に な った 。 しか しな が ら、 そ の後 そ れ が(菊 池 らが 精 力 的 に繰 りひ ろ げ て きた)「 血 液 型 信 仰 批 判 」 の よ う な形 で 共 有 され て 公 に議 論 さ れ た と い う事 実 を、 寡 聞 に して 私 は知 らな い。 だ が 、 この よ うな 沈 黙 を も って 、 「性 格 テ ス ト」 の 使 用 を 合 理 化 で き る事 実 と見 なす こ と は、 安 直 に で き そ う もな い。 一 旦 会 社 が 、 この よ う な 「性 格 テ ス ト」 を 導 入 して しま っ た と しよ う。 す る と、 個 人 が 「科 学 的 」 に も、 ま た状 況 的 に も、 有 効 に反 論 す る こ と は ほ ぼ 不 可 能 に近 い こ と は、 誰 に も容 易 に想 像 が つ くは ず で あ る。 事 態 は、 秘 か に深 く潜 行 し て い て 、 社 会 の 眼 が そ こに届 く こ と は な か な か な い だ ろ う。 実 は、 こ こ に こそ よ り重 大 な 問 題 が あ るの だ 。 菊 池 た ち は、 先 に 見 た とお り、 朝 日新 聞 な ど が 血 液 型 性 格 相 関 説 に基 づ い て プ ロ ジ ェ ク トチ ー ム を 編 成 した会 社 の 記 事 を掲 載 した こ と 自体 を 、 厳 し く糾 弾 して き た。 しか し、 そ う した批 判 を 受 け て 「性 格 テ ス ト」 の 報 道 を も 自粛 す る機 運 が マ ス コ ミに行 き渡 り、 よ り深 刻 な事 実 が 社 会 か ら隠 蔽 さ れ て しま った の で は な い だ ろ うか 。 これ は、 社 会 的 に一 層 危 険 な状 態 で あ る。 問題 は、 事 実 を報 道 す る こ と に あ るの で は な く、 む しろ そ の仕 方 に こ そ あ る の だ 。 当 事 者 た ちか ら偏 りな く意 見 を聴 取 し、 そ の う え で 独 自 の 判 断 を示 して 言 質 を 与 え る姿i勢 こそ が 、 マ ス コ ミに求 め られ る もの だ と 考 え る。 私 は、 最 新 の 「性 格 テ ス ト」 が 招 来 した この社 会 問 題 を、 本 稿 の文 脈 で これ 以 上 詳 細 に論 じる積 も り は な い。 重 大 な の は、1998年 の 菊 池 の 評 論 の 批 判 的 な論 調 の根 拠 を な す 信 の あ り方 そ の も の が 、 わ ず か 一 年 ほ ど の 内 に現 実 に生 起 した事 象 に よ って 、 言 い換 え れ ば 実 際 の 歴 史 過 程 に
「血 液 型 信 仰 」 批 判 再 考129 よ って 、 厳 し く反 証 され た こ との方 だ 。 つ ま り この事 態 は、 或 る人 間 事 象 の 分 析 が 科 学 的 で あ る こ との論 証 が 、 論 証 され た 事 柄 そ の もの が 原 因 と な っ て社 会 次 元 で 問題 を 引 き起 こ さ な い とい う保 証 に は 全 くな り得 な い事 実 を、 我 々 の 目 の前 に厳 然 と突 きっ け た の だ 。 そ れ は、 換 言 す れ ば、 「科 学 」 と 「人 間 」 の 連 接 が 少 し も 自 明 で もな けれ ば 、 決 して 容 易 で も な い とい う こ とで あ る。 本 稿 の文 脈 で は 、 た だ そ の こ とを 確 認 して お け ば、 ほ ぼ事 足 り る。 た だ し、 こ こで0っ だ け付 け加 え るべ き こ とが あ る とす れ ば 、 今 論 じ て い る事 柄 こそ が(小 稿 の 冒頭 で 紹 介 した よ うに)人 間 科 学 部 の一 人 の 新 入 生 が 私 に 向 か って 不 安 気 にお ず お ず と問 い か け た心 意 に深 く通 底 し て い るの で あ る。 そ の こ と に、 も う一 度 あ らた め て 注 意 を 喚 起 して お き た い と思 う。 血 液 型 性 格 相 関 論 問 題 で の 「科 学 」 の 側 の論 証 は、 彼 女 に と って 、 心 を鋭 く射 抜 く力 を もっ もの で は少 し も なか った。 だ が 彼 女 は、 そ の事 実 が 孕 ん で い る 問題 を 「科 学 と人 間 の 連 接 の 問 題 」 と して 明 晰 に概 念 化 す る こ と が で き な か った 。 そ れ で も な お 、(自 分 自身 で も恐 ら く舌 足 らず に感 じる よ うな)ぎ こち な く、 も どか しい仕 方 で は あ っ て も、 そ の思 い に ど う に か翼 を与 え て 、 私 に 向 って 訥 々 と問 い掛 けず に は い られ な か っ た の だ。 誤 解 を 恐 れ ず に、 そ れ を あ え て 口 に して 問 い掛 け た こ の学 生 の 真 率 さ を見 誤 っ て、 綾 小 化 して は な らな い 。 彼 女 が よ うや く曲 が りな りに で も 口 に した 疑 問 は、 前 節 で 見 た 通 り、 い わ ば 岸 田 秀 が 圧 倒 的 な説 得 力 で 代 弁 して 、 見 事 に展 開 して い る とい って よ い だ ろ う。
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四 、 「占 い」 と い う も う一 つ の 型 の 論 理
岸 田秀 が 試 み た、 性 格 の実 在 性 を 強 く否 定 す る論 議 は、 既 に見 た とお り、 誠 に犀 利 で徹 底 した もの で あ る。 ただ 、 心 に留 め て お か な れ ば な ら な い の は、 彼 が 、 類 型 的 な性 格 の 実 在 は否 定 して い る もの の 、 性 格 を類 型 的 に捉 え る こ とそ れ 自体 を 単 純 に は否 定 して は い な い事 実 で あ る。 1.星 占 い は例 外 か 岸 田秀 の述 べ る と こ ろ は 、 こ うで あ る。 人 は誰 も絶 対(的 な権 力)者 で は あ り得 な い 以 上 、 相 手(他 者)の 態 度 と行 為 に欲 望 の実 現 を左 右 さ れ る が 、 相 手 の 実 際 の 態 度 は複 雑 微 妙 で 、 誠 に測 りが た い もの が あ る。 そ れ ゆ え 、 社 会 の 中 で 生 きて い くに は、 何 らか の性 格 分 類 に頼 って 行 為 せ ざ る を 得 な い。 そ して 、 そ れ を 人 間 的 な生 存 の 前 提 条 件 い わ ば 「必 要 悪 」 と して 受 け入 れ る以 外 に 方 途 が な い。 こ の 意 味 で は、 ど ん な 分 類 も等 価 で あ って 、 銘 々 が 各 々 の器 量 に合 わ せ て 作 った 独 自 の 分 類 を 基 準 に相 手 の性 格 を 推 し量 る しか な い 。 しか も、 そ れ は相 手 の 性 格 を創 り出 す こ とで もあ る。 だ か ら岸 田 は、 類 型 論 の 基 準 と して の科 学 的 判 断 を特 別 視 す る こ と も しな けれ ば 、 占 い に よ る判 断 を こ と さ ら貝乏め よ う と も しな い。 この よ う に 、 彼 は少 し も教 条 的 な 科 学 至 上 主 義 に陥 って い な い。 類 型 論 を あ え て 否 定 しな い とい う限 りで は、 岸 田 も菊 池 と同 じだ が 、 「科 学 」 に対 す る 岸 田 の 態 度 は 、 菊 池 た ち と決 定 的 に異 な って い る。 岸 田 の聡 明 さ は、 何 よ り もま ず 、 人 間 が 愛1曽交 々生 きて 行 く社 会 の 次 元 と科 学 の 次 元 とが 相 互 に 独 立 した もの だ、 と見 抜 い て い る と こ ろ に あ る。 しか も彼 は、 「人 間 」(の 経 験)と い う次 元 で は、 科 学 も 占 い も、 ど ち ら も共 に一 っ の 型「血 液型 信 仰」 批 判 再 考131 の 論 理 と して 見 る の で あ って、 科 学 を超 越 的 で あ る ど こ ろか 、 優 越 的 な 論 理 で あ る と さ え も考 え て は い な い。 い わ ば、 「科 学 的 で あ る こ と」 が 社 会 的 な次 元 で は 黄 門 様 の 三 葉 葵 紋 付 き の 印 籠 の ご と き超 越 的 な権 威 た り得 な い こ と を、(将 棋 盤 を ぐ る っ と回 して)し っか り見 て と って い るの だ 。 た だ し、 そ の岸 田 も、 「性 格 が 星 ま わ り に よ っ て 決 定 さ れ て い る と い うの は ど うか と思 うが 」[岸 田、1982:202]と 述 べ て 、 星 占 い に つ い て の 評 価 だ け は、 い さ さか の留 保 を試 み て い る。 っ ま り、 きわ め て柔 軟 な 心 理 学 研 究 者 で あ る岸 田 に と って さ え も、 星 占 い は い か に も胡 散 臭 く、 や や 例 外 的 な 入 間 事 象 と見 え て い るの で あ る。 しか しなが ら、 性 格 と は実 在 で は な い とい う岸 田 の0貫 した立 場 か ら す れ ば 、 こ う した 不 用 意 と もい うべ き留 保 は 、 一 種 の 不 徹 底 を 意 味 して い る はず で あ る。 っ ま り、 性 格 類 型 を 基 に す る心 理 学 的 社 会 論 とで もい うべ き、 岸 田 が 多 数 の 著 作 で繰 り広 げ て きた 犀 利 な 関 係 論 的 な議 論 に は、 実 は ま だ本 当 に社 会 的 次 元 に ま で 到 達 して い な い 一 面 が 残 って い る と い え るの で は な い だ ろ うか。 そ こで 、 小 稿 で は、 岸 田 に よ って 例 外 視 され た 星 占 い(占 星 術)を 取 り上 げて 、 占 い の社 会 的 な意 味 へ と今 一 歩 深 く踏 み 込 ん だ 論 議 を試 み た い。 っ ま り、 星 占 い を 例 と して 、 「占 い」 とい う科 学 な ら ざ る も う一 っ の 論 理 を、 社 会 的 次 元 の或 る脈 絡 で 、 科 学 の論 理 と対 置 して み よ う と い うの だ 。 た だ し、 小 稿 で は、 便 宜 的 に、 「占 い」 の 語 に 「民 間 信 仰 」 と ほ ぼ 同 様 の 大 きな 内包 を あ え て 与 え て い る こ とを 、 予 め 断 って お か な け れ ば な らな い。
2.イ
ン ド社 会 と星 占 い
上記 の 目的 に沿 って議論 を進 め るに は、 現代 の情報 技術 産業 の分 野 で
132 世 界 を 席 捲 す る ほ ど の大 躍 進 を 遂 げ な が ら、 今 も な お星 占 いが 社 会 生 活 で圧 倒 的 な 意 味 を も って い る、 イ ン ド社 会 を 事 例 とす る の が 最 もふ さ わ しい だ ろ う。 しか も、 イ ン ドの庶 民 に と って の 占星 術 の 意 味 を イ ン ドの 庶 民 の 眼 で 描 い た資 料 が あ れ ば 最 善 だ。 この よ うな 判,.か ら、 本 章 で は、 モ ハ ン ダ ー ス.K.シ ャル マ の手 に な るr喪 失 の 国、 日本 』[シ ャル マ、 2004]に 依 拠 して 、 議 論 を進 め る。 シ ャル マ は、1955年 、 イ ン ドの ラ ジ ャ ス タ ー ン州 ウ ダ イ プ ル に暮 ら す バ ラ モ ン ・カ ー ス トの 、 そ れ ほ ど豊 か と は いえ な い家 に生 まれ た。 と は い え 、 学 才 に 恵 ま れ た 彼 は、 イ ン ドの 二 っ の 大 学 を 卒 業 後 、 鉄 道 局 勤 務 を経 て 或 る市 場 調 査 会 社 に 勤 る。 イ ン ドが1991年 に社 会 主 義 的 な計 画 経 済 体 制 か ら 自 由 主 義 的 な経 済 体 制 へ と移 行 して 間 もな い1992年 、 シ ャル マ は市 場 調 査 の た め に 、37歳 で 単 身 日本 に 派 遣 さ れ た。 こ の 著 書 の 副 題 で あ る 「イ ン ド ・エ リー ト ビ ジ ネ ス マ ンの 『日本 体 験 記 』」 は、 この 間 の 事 情 を 暗 示 して い る。 人 類 学 の専 門 的 な フ ィー ル ドワー カ ー と して 長 年 経 験 を積 ん で き た私 の 眼 か ら見 て も、 シ ャル マ は、 垂 誕 の 的 と もい うべ き稀 に見 る好 条 件 で 、 異 文 化 に暮 らす 絶 好 の機 会 を 与 え られ て い る。 何 しろ、 出 発 に先 立 って 、 上 司 は彼 に こ う言 って 聞 か せ る の だ 。 「日本 で は毎 日遊 ん で い て もい い ん だ 。 新 聞 や 雑 誌 の 広 告 ば か り見 て い て もい い 。 そ れ を イ ン ドに持 って 来 て で は な く現 地 で 、 日本 の 中 で 見 、 感 じる こ とに意 味 が あ るの だ 。 現 地 に い る と い う こ と は、 生 き た さ ま ざ ま な情 報 に さ ら され る こ とだ よ。 判 断 も現 地 な らで は の、 無 意 識 下 で の広 い働 きか けが あ る」[シ ャル マ 、 2004:29]o 事 実 、1年8ヵ 月 に及 ん だ シ ャル マ の 日本 滞 在 中 の 日常 経 験 は、 或 る 家 族 との 打 ち解 け た 交 流 を柱 と して 、 少 し も隠 し立 て や 隔 て の な い 、 誠 に現 実 的 で 、 且 っ 深 み の あ る もの に な っ た。 そ の 日本 体 験 は、 一 方 で は、