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(Ⅲ)L12FePt3規則合金の価電子帯構造 1.はじめに 金属物理学の分野で基本的かつ重要な問題のひとつに,「合金の規則-不規則転移 における電子状態と磁性の関係」を挙げることができる.この課題については,X 線回折による構造解析や中性子磁気散乱による磁気秩序など長距離構造に関する 研究はなされているが,超格子構造の規則度と磁気秩序に関する電子状態(バンド 構造)まで立ち入った研究例は少ない. 最近,規則-不規則転移を起こす 3d 遷移金属(TM)と Pt の合金である FePt ナノ粒 子やCoPt 薄膜の高密度磁気記録媒体への応用が脚光を浴びている.また,理論計 算においても,量子シミュレーションによる擬似的な物質設計が材料工学に大きな 影響を与えている.しかし,規則合金の規則度と電子構造の関係については,バン ド計算に規則度を取り込むことの困難さから,理論的な取り組みは端緒についたば かりである.従って,基礎及び応用の観点から,規則合金の磁気相転移に関する磁 性と電子構造の研究は興味深い課題である. 電子構造を研究する手段として,バンド構造を直接観測できる角度分解光電子分 光法(ARPES)は大変有力なツールである.しかしながら,この方法をバルク試料 に適応するためには,清浄表面の作製が不可欠であり,その困難さ故に現在まで実 験的取り組みは皆無といってよい.そこで,本研究では単結晶FePt3規則合金に着 目して,①清浄表面作製ノウハウの確立,②価電子帯光電子分光測定の実施,③磁 気相転移に因るバンド構造の変化を明らかにすることを目指した. ARPES 測定の成否は,単結晶規則合金の清浄表面の確立に依存する.従来の試 料清浄化は,バルク試料のファイリング(ヤスリがけ),アニール処理を行った不 規則相試料,ある程度規則化した蒸着試料として提供されてきた.しかし,これら の試料ではヤスリがけによる表面構造の破壊,不確定な規則度,蒸着試料の基板に よる格子歪みなどが懸念され,データの再現性と定量性に劣るものであった.また, 放射光実験ではビームタイムの制約のために,清浄化作業に費やす時間が少なく, バルク単結晶を用いた実験報告が極めて少ないのが実状である.本研究では, HiSOR のビームラインに清浄化専用チェンバー(枯らしチェンバー)を立ち上げ, 単結晶バルク試料を用いることで,規則合金に特徴的な電子構造と磁気相転移の観 測に成功した.これは世界的に見ても独創的な取組みといえる. FePt3 規則合金の磁気相転移(常磁性から反強磁性)に因ってバンド構造にどの 様な変化が現れるのか,転移温度の前後でARPES 実験を行った.磁気相転移に伴 う電子構造の変化について,以下の点に注目した. (1) バンドの折返し 相転移に因る磁気的単位格子の変化に起因するバンドの折り返しを観測する.

(2)

(2) 対称点でのバンドの分裂 バンドの折り返しが起こると,対称点上ではバンドが交差するため,バンドの 分裂がおこる.転移の前後でFe 3d-電子のバンド分散の変化を観測する. (3) Fe のバンドの交換分裂 磁気相転移が起こるとFe 3d-由来のバンドに比較的大きな交換分裂が期待さ れる.どの対称点で交換分裂が起こるか実験的に明らかにする. 2.実験 (試料) 本研究で扱ったFePt3は,規則相では,Fe 原子が fcc の面心に,Pt 原子が fcc の 角に配列したL12構造(Cu3Au 型)を持ち,反強磁性(AF)を示す(TN=160 K). FePt3規則合金は,室温で常磁性を示し,160 K 以下(TN1)で(110)面を強磁性シー トにもつ反強磁性に磁気転移する.さらに温度を下げて100 K(TN2)以下にすると (100)面を強磁性シートにするように磁気転移する.本研究で扱った FePt3(110)につ いては,室温と82 K で測定を行い磁気秩序の相異による電子構造の変化を調べた. (結晶面の評価) 試料はPt 板と Fe 板をアーク炉で合金化させたイン ゴットから単一ドメインを切り出し,単結晶FePt3(100) と FePt3(110)を得た.方位決めさせた試料をダイヤモ ンドカッターにより板状に切断した.板状にした試料 は,結晶表面を平らにするため,粒径1µm のダイヤモ ンド・スラリーで研磨し,表面を鏡面に仕上げた.FePt3 試料の組成比は,蛍光微量分析とEPMA 測定によって 化学量論比がほぼFe:Pt~1:3 であることを確認した. 図3-1. 規則相 FePt3の磁気秩序 白丸:Fe 原子 黒丸:Pt 原子 図3-2. ラウエ写真

(3)

試料の規則度(結晶構造)を評価するため,X 線回折実験を行った.図 3-3 は, 光電子分光実験後の試料 FePt3(100) の X 線回折パターンである.図からそれぞれ の面方位に対応した回折ピークが観測され,切り出したドメインが (100) 単結晶 単一ドメインであることが回折実験からも確認された.更に,用いた試料は800℃ で約1 ヶ月間の熱処理が施されており,基本反射[FePt3(110)→220, FePt3(100)→200, 400]に加えて超格子反射[FePt3(110)→110, 330, FePt3(100)→100, 300]も観測された.

super

super

粉末回折では,基本格子反射に対する超格子反射の強度の割合の実験値と理論値 を比較することで規則度を算出できる.規則度の評価は,粉末 X 線回折で用いら れる方法を適用し,FePt3(100)では 100 超格子反射と 200 基本反射を利用した.ま た,規則度S は以下の式(1)で与えられる.

(

)

(

erlattice fundamental

)

cal

l fundamenta erlattice I I I I S / / sup exp sup 2 = (3-1) 分子:基本反射強度に対する超格子反射強度の割合の実験値 分母:基本反射強度に対する超格子反射強度の割合の理論値 その結果,FePt3(100)は S=0.65 と見積もられ,規則度は中程度と評価された. 図3-4. FePt3粉末X 線回折パターン(規則相) 図3-3. FePt3(100)の X 線回折 パターン

(4)

(相転移温度の確認) 磁気転移を確認するために SQUID 装置を用いて磁化測定を行った.図 4.8(a)(b) はそれぞれ,[110] // B の試料配置 (印加磁場 1000 Oe), [110]⊥B の試料配置 (印加 磁場100 Oe)で測定した FePt3(110)の MT 曲線である.図 4.8 を見ると T=100 K にカ スプとT=170 K に変曲点が認められる.T=100 K のカスプは反強磁性への転移温度 Néel 温度 TNに対応する.電子分光を行った82 K では,反強磁性状態が期待できる. 一方,磁化の温度変化は TNの低温側の方が高温側よりも傾きが大きい.既存の報 告[1]によると FePt3規則合金は,T~170 K 付近で反強磁性転移をする.SQUID 測 定によるとT=170 K で磁化が増大しており,既存の報告と相反する結果になった. これは,(a)印加磁場が強すぎて強磁性的に配列したこと,(b)不規則相[強磁性]の存 在などが原因として考えられる. 得られたMT 曲線から量子化軸を決定するには,印加磁場の違いもあり直接比較 することが困難である.また,試料の表面は単結晶であるが全体的には多結晶の割 合が多く,印加磁場の方向による飽和磁化の変化も微量であると考えられる.従っ て,量子化軸の決定には至っていない. (放射光ビームライン) HiSOR(図 3-6)は,特に真空紫外線から軟 X 線領域の光の利用に最適化されて いる.このエネルギー領域の光は,物質と強く相互作用するため,物質研究にとっ て極めて有用である.本研究では,偏向電磁石と比較して3~4 桁も強い光を発す るリニアアンジュレータビームライン(BL-1)を用いた. 図3-5. FePt3のMT 曲線 (a) B⊥(110) 印加磁場 1000 Oe,(b) B // (110) 印加磁場 100 Oe 下の図は試料の配置を示す.

(5)

図3-6. HiSOR の全体図 HiSOR BL-1 はリニアアンジュレーター からの真空紫外・軟X 線の放射光を利用す るためのビームラインである.BL-1 には, 球面回折格子を用いた斜入射分光器(ドラ ゴン型分光器)が設置されており,26 eV~ 300 eV の光が利用できる.図 3-7 に BL-1 分光器の概略図を示す.ビームラインは光 を取り込む 4 象限スリット,水冷された円 筒鏡M0(水平方向の集光用),M1(鉛直集 光用),入射スリットS1,平面鏡 M2,M2’,球面回折格子 GR(G1,G2,G3),出 射スリットS2,集光トロイダルミラーMF から構成されている.

3 枚の回折格子 G1(130 eV~300 eV),G2(90 eV~300 eV),G3(26 eV~110 eV)が 設置されており,広範囲のエネルギー領域で分解能E/∆E≥7000 が得られる様に設 計されている. (光電子分光装置の概要) BL-1 に設置されている光電子分光装置 ESCA-200 は,試料槽,解析槽,準備槽 から構成されている(図3.5).また,超高真空を破ることなく試料交換するために 試料貯蔵槽を備えている. 試料槽には単色X線管と高輝度He 放電管(GAMMADATA 社製真空紫外光源: VUV-5000 )が設置され,放射光が使用できない際も XPS,UPS を可能にしている. 図3-7. BL1 の構成

(6)

試料槽上部から取り付けられているマニピュレーターは超高真空中で試料を低温 に出来試料の Tilt 角度の制御が可能な i-GONIO を設置している.冷凍機は試料槽 の上部フランジから中空回転導入器,X-Y-Z ステージに乗せられている.また,試 料槽にはウォブルスティックが設置されており,へき開によって試料の清浄表面を 得ることができる. 解析槽は,SES-200 と呼ばれる平均軌道半径 200 mm の静電半球型エネルギー分 析器である. 準備槽には,単結晶試料のクリーニングが行えるよう,イオン銃,アニール装置 (電子衝撃加熱方式),ガス導入システムが設置されている.また,角度分解光電 子分光をする際,測定する試料の結晶軸方向を決めることや,表面原子の配列の評 価のための低速電子線回折装置(LEED),及び,試料表面の不純物量の評価をする ための,オージェ電子分光(AES)測定装置も備えている. 試料貯蔵槽には,最大6つの試料ホルダーが収められる試料貯蔵槽,試料のフェ ルミ準位較正のためのAu の蒸着源を備えている. 到達基本真空度は試料槽が5×10−11 Torr,準備槽が 1.0×10−10 Torr 以下であり,全 装置分解能は 6.6 meV (約 10K での Au フェルミ端測定,励起光エネルギー31.3 eV) 18 meV (約 10K での Au フェルミ端測定,励起光エネルギー126 eV) である. (清浄化チェンバー) ビームタイムの制約に関係なく清浄化作業が行えるように,清浄化専用チェンバ ーを立ち上げた.装置の概要は,イオン銃とアニール装置,排気システムからなる (図3-9).アニール装置では,フィラメント電流及び基板にかける電圧を調整する 図3-8. BL1 装置概要図

(7)

電子衝撃加熱方式を採用した.直線導入につけたアニール装置をスライドさせるこ とで,Ar+エッチングによる不純物の除去が可能である.試料の評価には,試料準 備槽での条件だしが不可欠である.長時間の規則化熱処理や頻繁なクリーニングサ イクルが必要なものに有効である.排気系は,オイルフリー・スクロールポンプ, SEIKO 精機 400 l ターボ分子ポンプ, チタンサブリメーションポンプから成る.ポ ンプ系列やアニール装置, HV, イオン銃は,インターロックによる安全が図られて いる.到達真空度は,~10−9Torr である. 図3-9. 清浄化専用チェンバー の概略図 (清浄表面の作製) 超高真空中に試料を入れると,試料に混入している不純物や酸素(O)や二酸化炭 素(CO2)などが試料表面に析出する.表面敏感な軟 X 線光電子分光測定を行うため には,表面清浄化が不可欠である.清浄化は,試料の加熱(アニール)によって混 入している不純物を表面に析出させ,Ar+スパッタ(イオンエッチング)によって 析出物を除去することで得られる.FePt3の場合,アニールによる析出物はO と C (主にC)であった.アニール・スパッタを繰り返すことによって不純物の析出量 が徐々に減少する.超高真空中で清浄化した試料でも,長時間放置すると吸着ガス や析出物によって表面の汚染が起こる.従って,測定時間に耐えられる清浄表面の 作製が実験の鍵となる.清浄化作業にかかる時間と難しさは試料に依存する. FePt3の清浄化を次の様に行った. ① 真空チェンバー内に試料を挿入し,オージェで表面不純物を確認する. ② Ar+スパッタ(3 kV@15mPa)で不純物を除去する. ③ 表面の不純物を除去した後,アニールによってバルク内の C を表面に析出さ せる.(約1000℃で 1 時間) ④ ②と③の作業を繰り返す.半日程度アニールしても不純物が析出しなくなるま で繰り返す.

(8)

⑤ 結晶の規則化を促すために長時間のアニールを行う.(不純物が析出たら Ar+ スパッタによって除去する)

3-10(a)(b)は,清浄化完了前後の FePt3のAES スペクトルである.アニール処

理によってC と O が表面に析出するが,清浄後は C によって隠されていた Pt のピ ークも明瞭に観測され,Fe の AES 強度は 4 倍程度も向上した.FePt3は半日経過し ても清浄表面を維持していたことから,吸着ガスなどの表面汚染に強い試料である. 図3-11 は,FePt3(100)のクリーニング直後の LEED 像である.この写真から試料表 面の再構成は観測されず,合金試料で清浄表面作製に成功したことが確認できた. 図3-11. FePt3(100)の LEED 像 図3-10. AES スペクトル (a)クリーニング前,(b)クリーニング後

(a)

(b)

Pt

(9)

3.実験結果と考察

3-1. FePt3の価電子帯構造

FePt3(100)の(θe = 0°)垂直放出スペクトルを図 3-1 に示す.励起エネルギーはそ

れぞれ(a) hv=110 eV,(b) hv=190 eV である.スペクトル構造は主に,EF直下のピー

ク(A)と3つのブロードなピーク(B)~2.2 eV, (C)~4.4 eV, (D)~6.0 eV からなる.両 スペクトル構造の大きな相異は,hv=190 eV の場合に,EF直下にピーク(A)が現れ る点である. 図 3-2 に光イオン化断面積(σ)と エネルギーの関係を示す.hv=110 eV では,σPt 5d:σFe 3d~1:3 より, FePt3ではPt のスペクトルに対する 寄与を3 倍すると Fe の寄与とほぼ 同 程 度 と な る . こ れ に 対 し て , hv=190 eV では,スペクトル対する Pt の寄与が最小になる位置(Pt のク ーパーミニマム)である.そこでは σPt 5d:σFe 3d~1:9 より,Fe の寄与 が卓越的になる.従って,光イオン 化断面積の大きさから,図3-1(b)の ピーク(A)は,Fe 由来のピーク構造 が相対的に強くなり出現したもの である.このことから,EF直下の剪 断ピーク(A)は Fe 3d に由来する. C D D B C B A A

(a)

(b)

図3-2. 光イオン化断面積 図3-1. FePt3(100)の角度積分 PES

(10)

図 3-3 に FePt3(100)の表面垂直面内のブリルアンゾーン(BZ)と励起エネルギーの 関係を示す.励起エネルギーhv=110 eV と hv=190 eV は,ほぼ BZ の M-X-M に沿っ た対称軸上の電子を励起する.バンド計算(図3-4)によると,この対称軸上の EF 付近のバンドに大きな交換分裂が見られる.これは,X-M 対称軸上での EF付近に はFe 由来のバンドが多く局在していることに対応する.試料に単結晶を使ったこ とで,BZ の M-X-M 対称軸付近(hv=190 eV)を励起したことも,EF直下の剪断ピ ークが顕著に観測された要因である. 図3-4. FePt3バンド計算(強磁性を仮定) 黒線:少数スピンバンド,赤線:多数スピンバンド バンド計算:Sawada and Oguchi (private communication).

交換分裂小 交換分裂大

バンド多数

図3-3. FePt3の表面垂直面内ブリルアンゾーン.

(11)

図3-5. FePt3のバンド計算(EF付近拡大) 赤線:少数スピン,黒線:多数スピン 次に,ピーク(B)と(C)に着目する.図 3-1(a)(b)で,hv=190 eV に比べて hv=110 eV の場合,スペクトル強度が増して構造が明瞭に現れている.これはhv=190 eV では 抑制されていたPt 由来のバンドが,hv=110 eV では Pt のイオン化断面積が大きく なったことでスペクトル強度が増大した結果である.従って,ピーク(B)と(C)は, 主にPt 5d に由来するピーク構造である.

図3-5 にバンド計算による FePt3の状態密度(DOS)を示す.FePt3のDOS で目立っ

た特徴は,Fe 由来のバンドの大きな交換分裂である.Fe 3d の少数スピンの DOS の極大値はEF直上に位置している.実験で得られた剪断ピークはこの Fe 3d 少数

スピンバンドの特徴と非常によく一致している.

(a) バンド計算(TOTAL DOS:強磁性を仮定) (b) 光電子スペクトル(hv=110 eV)

(12)

次に,EF直下の剪断ピークの振る舞いを明らかにするため,ARPES 測定を行っ た.図3-6 に,hv=92 eV で得られた ARPES スペクトルを示す.この励起エネルギ ーでは,BZ の X-Γ-X 対称軸上の電子を励起する(図 3-3). 図 3-6 では,特徴的なピーク構造が幾つかのシンボルで示されている.初めに, 白三角(▽)で示されたピークに着目すると,EB~6.3 eV でバンドの底を持ち,Γ点 で折り返していることが見て取れる.バンド計算(図3-4)のΓ-X 対称軸のバンド 分散に注目すると,Γ点~7 eV から X 点 5 eV にかけて緩い分散が見られる.実験 で得られた▽ラベルのバンドはこれに対応しており,計算から得られた交換分裂が 小さいことからPt 5d バンドに由来するものと考えられる. 一方,黒三角(▼)と黒ダイヤ(◆)のラベルを付したピークに注目すると,強度に 大きな変化が見られる.特に,▼ラベルのピークは,X 点周りで強度が増大してい る.これに対して,◆ラベルのピークはΓ点付近で強度が増大している.図 3-4 の バンド計算によると,X 点~2.5 eV 付近ではバンドが密に重なってい る.実験で得られたスペクトル(▼) 強度の変化は,こうしたバンドの濃 淡がスペクトル強度に反映したも のと考えられる. バンド計算のΓ-X 対称軸上で結 合エネルギーEB~4 eV 付近には, 実験で観測された◆ラベルの構造 に対応する密なバンドは見られな い.しかし,M-X 対称軸では,EB=4 ~5 eV に分散の少ない Pt 由来と考 えられる多数のバンドが見られる. 実験で用いた試料は完全な規則相 ではない.そのためにバンド分散は 全対称軸上の成分が平均化された ものとなり,バンド分散は不明瞭な ものとなる.◆ラベルのバンド構造 は,試料の規則度が中程度のため, 波数 k が一意的に定まらないこと により現れた構造(M-X 軸の EB=4 ~5 eV のバンド)であると考えら れる. 図3-6. FePt3(100)の ARPES スペクトル (a)X-Γ-X 対称軸 (b)X-Γの EF付近の拡大図

(a)

(b)

(13)

次ぎに,EF直下の剪断ピークに着目する.Γ点から X 点に向かうに従って強度の 変化が観測された(図 3-6(b),剪断ピークの強度が縦線で示されている).計算でX 点 EFを見ると,Γ点の EF直上からFe 3d 少数スピンバンドが X 点に向かうに 従って EF下を横切っている.実験から得られた剪断的スペクトルの強度変化は, Fe 3d 少数スピンバンドがΓ点近傍の EF上から X 点近傍の EF下にバンドが落ち込 むことに因る強度の増減を表していると解釈できる.従って,EF 直下の剪断ピー クはFe 3d 少数スピン由来のバンドであると同定される. 最後に,図3-7 に実験から得られた X-Γ-X 方向のバンドの強度図(2 回微分値) とバンド計算(破線:NM を仮定)の比較を示す(強度図:白(強度大)⇔黒(強度小)). X 点~2 eV のピーク強度の変化やΓ点を中心とするバンドの折り返し構造が明瞭に 見て取れる.しかし,EF 直下の微細構造は微分の際のスムージング操作のために 確認できない.実験結果はブロードでバンド構造は不明瞭である.これはFePt3の バンドが多数であることや電子相関が強いこと,規則度が中程度であることなどに 因るブロードニング効果と考えられる. 3-2. FePt3(110)の磁気秩序と電子構造 磁気秩序の相異に因る電子構造の違いを調べるために,試料温度を室温とネール 温度(TN=160 K)以下の2点で ARPES 測定を行った.図 3-8 に(a)300K と(b)82 K で測定した FePt3(110)の ARPES スペクトル(Γ-M 対称軸)を示す.室温で常磁性 のFePt3規則合金は,82 K で A タイプ反強磁性に磁気転移する.電子構造もそれぞ れの磁気秩序を反映したものとなっていると期待できる. ARPES で特徴的なピーク構造をシンボル(▼,◆,▽)で示した.両者を比較する と,Γ点付近のピーク(▼:EB~2 eV)の強度に著しい相異が見られる.(a)のブロ ードな構造に対して,(b)では鋭い構造となっている.更に,Γ点近傍の EF 直下の 図3-7. 強度図(2 回微分値) FePt3(100) X-Γ-X バンド計算

(破線):Sawada and Oguchi (private communication).

(14)

ピーク(▼)に着目すると,(a) のブロードなピーク構造では, M 点からΓ点に向かうに従っ て,ピーク位置が高結合エネ ルギーから低結合エネルギー 側に分散している.これに対 して,(b)では剪断的形状のピ ーク構造に結合エネルギーの シフトは見られない.また, M 点~2 eV 近傍でのダブルピ ーク(▼)の間隔では,(b)の 方が(a)よりも僅かに広いこと が確認された. この様なARPES の温度によ る変化の原因としては,主に, (1)磁気転移による Fe 由来の バンドの交換分裂,(2)反強磁 性への転移に因るバンドの折 り返しなどが考えられる. ここで,バンドの折り返し について簡単に述べる.図3-9 に,常磁性状態と反強性状態(C 型)の実格子をそれぞれ(a)と(b)に示す(但し, Pt 原子は無視している).82 K では A 型の反強磁性が期待されるが,考察を簡単 にするためC 型を仮定する(C-AF).常磁性状態の単位格子は Fe が立方体の角に 配位した単純立方晶(sc)であるが,C-AF では単純正方晶(図 3-9(b)の破線)に変 化する.この様な磁気転移による格子の変化は,価電子帯の周期構造に影響を与え る. 図3-8. FePt3(110) ARPES スペクトル (BZ は sc を仮定)

(a)

(b)

図3-9. FePt3の磁気格子 (a)常磁性状態,(b)反強磁性状態(C 型)

(a) (b)

(15)

3-10 に,それぞれの状態に対応した BZ を示す.図 3-9(b)の緑色の格子に注目 すると,磁気転移に因って逆格子の周期が1 2倍になり,C-AF の BZ は常磁性の それに内包されるようになる.対称軸の選び方によっては,AF のバンド中に常磁 性のバンドの折り返しが期待される. 以上の考慮より,試料の結晶面が(110)強磁性シートとして(量子化軸を定めて いないので実際は不明),常磁性のBZ と C-AF の BZ をΓ000点で重ねると,図3-10 のようなBZ の図が描ける.従って,Γ-M-Γに対応したバンドが磁気転移によって Γ-X-Γ-X-Γに折り返される. 図3-12 に,ARPES スペクトルの強度図を示す.(a)は 300K,(b)は 82 K での測定 結果である.図中の実線は,バンド計算の結果であり,(a)は常磁性(NM)を(b) はC-AF を仮定している.強度図の k の正と負で濃淡に差があるのは,偏光依存性 の効果のためである. 図3-11. (a) 常磁性状態の BZ (b) C-AF 状態の BZ 図3-10. FePt3の常磁性とC-AF の BZ :常磁性状態 :C-AF

(a) (b)

(16)

EDC 曲線(図 3-8)や強度図(図 3-12)を見ると,実験から得られたバンド分散 には磁気転移によるバンドの折り返しや対称点での分裂は確認できない.これは, FePt3 の磁気構造と密接に関係している波動関数が少なく,磁気格子による電子状 態の変調が僅かであるためと考えられる.また,磁気転移した後の量子化軸も未定 であり,C-AF を仮定した場合,折り返す対称軸が現実のものと異なっている可能 性も考えられる. 図3-13 にバンド計算によって得られた NM 状態と C-AF 状態の DOS を示す.こ の図から明らかなように,磁気転移の前後でPt の DOS はほとんど変化を受けない. これに対して,Fe では少数スピン及び多数スピンバンドの両方に大きな交換分裂 が生じる.これが,Γ点近傍の EF直下の▼ピーク(EB=2 eV)の温度変化(図 3-8) の原因と考えられる.磁気構造の変化によって,EF近傍に位置していたFe 3d 多数 スピン由来のDOS が高結合エネルギー側へ押し下げられた結果,▼ピーク(EB=2 eV)の強度が増大したと考えられる. 図3-12. 強度図,(a)室温,(b)82 K 実線:バンド計算,(a)NM,(b)A-AF を仮定 Sawada and Oguchi (private communication).

(17)

3-3. FePt3(100)の磁気秩序と電子構造 他の対称軸で測定したARPES スペクトルを示す.図 3-14 と図 3-15 は,それぞ れhv=46 eV で測定した FePt3のR(X)-M(Γ)方向の強度図と EDC スペクトルである. バンド計算の対称軸の選び方は図 3-7 を参考にした.バンド計算の結果は,300K での実験結果を良く再現しているが,46K での結果との一致は不十分である. 図3-13. FePt3の状態密度(DOS) (a) NM 状態,(b) C-AF 状態

バンド計算:Sawada and Oguchi (private communication).

(a)

(

b

)

図3-14. ARPES 強度図 R(X)-M(Γ)-R(X)方向 実線:バンド計算

(18)

図3-15. ARPES スペクトル (EDC) hv=46 eV (a) 300K, (b) 82K 3-16 は,hv=84 eV で測定した FePt3のX-Γ方向の EDC スペクトルである.低 温ではΓ点近傍の EF直下にピークが出現した.また,Γ-X 対称軸の中央付近の~2 eV のピークに分裂が観測された.Fe 3d の交換分裂によるものと考えられる. 図3-16. ARPES スペクトル(EDC) hv=84 eV (a) 300K, (b) 82K

(a) (b)

(a) (b)

(19)

4.まとめ FePt3規則合金について光電子分光実験を行った. (1) バルク単結晶 FePt3について清浄表面を作製し,光電子分光実験に成功した. 角度積分光電子分光実験からEF直下に Fe 3d 少数スピンに由来する剪断ピーク 構造が観測された.また,角度分解光電子分光実験からFe 3d 少数スピン由来の バンド分散が観測された.バンド計算の結果は,300K での実験結果と矛盾しな いことが分かった. (2) FePt3規則合金について,温度による磁気相転移(常磁性⇔反強磁性)による電 子構造の変化を観測した.温度に伴うΓ点 EF直下と~2eV ピークに変化が観測さ れた.これらの変化は,主に,Fe 由来のバンドの交換分裂が原因する. 参考文献

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[3] P. M. Oppeneer, et al., J. Phys.: Condens. Matter 8 (1996) 5769 [4] M. Shirai, et al., J. Magn. Mater. 140-144 (1995) 105

[5] Z. W. Lu, et al., Phys. Rev. Lett. 75 (1995) 1320 [6] S.-H. Oh, ea al., J. Korean Phys. 45 (2004) 51 [7] J. F. van Acker, et al., Phys. Rev. B43 (1991) 8903 [8] J. J. Yeh, I. Lindau, Data Nucl. Data Tables 32 (1985). 1 [9] A. Borgschulte, et al., Phys. Rev. B66 (2002) 144421 [10] A. Borgschulte, et al., Phys. Rev. B62 (200) 7824 [11] C. Carbone, et al., Phys. Rev. B35 (1987) 7760 [12] 匂坂康男, 放射光第 3 巻第 3 号(1990)

[13] 高橋隆, 誌上セミナー「光電子固体物性」Vol.29 (1994) [14] 小谷章雄, 「講義ノート 光電子分光」45-4 (1986-1)

[15] 小林俊一偏, 物性測定の進歩Ⅱ 第3章光電子分光 (藤森淳著)

図 3-10(a)(b)は,清浄化完了前後の FePt 3 の AES スペクトルである.アニール処 理によって C と O が表面に析出するが,清浄後は C によって隠されていた Pt のピ ークも明瞭に観測され, Fe の AES 強度は 4 倍程度も向上した.FePt 3 は半日経過し ても清浄表面を維持していたことから,吸着ガスなどの表面汚染に強い試料である. 図 3-11 は,FePt 3 (100)のクリーニング直後の LEED 像である.この写真から試料表 面の再構成は観測されず,合金試料で清
図 3-3.  FePt 3 の表面垂直面内ブリルアンゾーン.
図 3-5.  FePt 3 のバンド計算(E F 付近拡大)        赤線:少数スピン,黒線:多数スピン  次に,ピーク(B)と(C)に着目する.図 3-1(a)(b)で,hv=190 eV に比べて hv=110 eVの場合,スペクトル強度が増して構造が明瞭に現れている.これはhv=190 eV では抑制されていたPt 由来のバンドが,hv=110 eV では Pt のイオン化断面積が大きく なったことでスペクトル強度が増大した結果である.従って,ピーク(B)と(C)は,主にPt 5d に由来する
図 3-15.  ARPES スペクトル (EDC)          hv=46 eV        (a) 300K, (b) 82K  図 3-16 は,hv=84 eV で測定した FePt 3 の X-Γ方向の EDC スペクトルである.低 温ではΓ点近傍の E F 直下にピークが出現した. また, Γ-X 対称軸の中央付近の~2 eV のピークに分裂が観測された.Fe 3d の交換分裂によるものと考えられる.  図 3-16

参照

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