GRS擁壁の安定性における冗長性の重要性
龍岡文夫
1・Dov Leshchinsky
2 これまで、少なくない数のGRS(Geosynthetic-Reinforced Soil)擁壁が崩壊している.我国では豪雨と地震による ものが、米国では民間工事のものが多い.これらは、経済性の過度の追求に伴う構造形式・設計・施工の不備 のために冗長性が不十分であったためと言える.盛土の実際のせん断強度は設計値よりも高く、設計ではサク ションによる見掛けの粘着力と壁面工基礎前面の受働土圧を無視しているため、本来は設計で想定した地震荷 重が作用した時でも擁壁の安定性には設計安全率を超えた冗長性があり、このため常時にはかなり大きな冗長 性がある.その前提は適切な構造形式と適切な設計・施工である.常時に十分大きな冗長性があれば、長期に 亘る維持管理コストを低下しGRS擁壁の崩壊事例を減少することによってLife Cycle Costが減じる.キーワード:構造形式、GRS擁壁,設計、施工,冗長性 1.はじめに これまで多数の GRS(Geosynthetic-Reinforced Soil) 擁壁が崩壊している.我国では豪雨と地震によるも のが多く、米国では民間工事のものが多い.これら は、壁面工の安定性不足、壁面工と補強材の連結強 度不足、盛土の締固め不足、排水不良、支持地盤処 理不良等の構造形式・設計・施工に何らかの不備が あり、構造物の安定性に十分な冗長性(redundancy) が無かったためと言える.この背景には、経済性の 過度な追求があると思われる.ここでいう冗長性は、 a)設計で各種要因の不確定性に対する備えて安全率 として表現された余裕度と b) それを超えていて設 計で安全率では表現されない部分から構成される. 要素 b)は、設計過程での①盛土の締固め度の過小評 価とサクションによる見掛けの粘着力の無視による せん断強度の過小評価やジオシンセティック強度の 過小評価などの材料工学上の安全側の設定と②壁面 工下端の受働土圧の無視や壁面工の剛性による靭性 と一体性の安定性に対する効果の過小評価などの構 造工学での安全側のモデル化によるものから構成さ れる.本論文では、重要であるが看過されがちな要 因 b)を主に議論する. また、耐震設計をしていない擁壁が地震で崩壊し なかった例があることや地震で崩壊したら復旧した 方が経済的、という理由付けから、耐震設計不要論 がある.また、耐震設計をした場合でも、設計震度 が低すぎる場合もある.しかし、長期に亘る GRS 擁壁全体の安定性を対象にした時、設計で異常時 (豪雨・地震等)に対する考慮が不足すると、常時 において十分な大きな冗長性が無くなり異常時に崩 壊する事例が多くなる.設計で異常状態を一定程度 考慮した場合でも、その想定した異常状態において も一定の冗長性がないと、想定を超える異常事態で 崩壊する事例が出てくる. GRS 擁壁は、従来形式の擁壁と比較すると歴史 が浅いため、崩壊事例が続くと信頼性が失われて一 般技術として定着するのが困難になる.Life Cycle Cost で評価すれば、適切な冗長性を確保するための コスト増よりも、冗長性の不足による維持管理のコ スト増と崩壊が生じた場合のコスト増の方が遥かに 大きい.特に、GRS 擁壁に対する信頼が失われる ことによるコスト増は、計り知れないほど大きい. 本論文は、両著者の日本と米国での GRS 擁壁の 挙動と構造形式・設計・施工に関する経験を総括し たものである 1).冗長性の意義とその構造を説明し た上で、適切な冗長性を確保する方法を論じる. 2.冗長性の意義 無補強の斜面・盛土・擁壁の安定解析による安全 率(the safety factor)は破壊に対する安全性の余裕 (margin)であり、その逆数は土のせん断強度の平 均的動員率である.安全率=1.5 では、土のせん断強 度の 67%のせん断応力が動員されている.通常、原 位置での実際に動員されている土のせん断強度は測 定できないため、原位置の安全率は未知である.し かし、長い経験によって土の設計せん断強度として 安全側の値を採用して適切な解析法によって計算し た安全率が 1.5 のようであれば、その土構造物は想 定した条件に対して安全であることが知られている. 一方、補強土擁壁は補強材が無ければ安定性を保 てないため、無補強の土構造物の場合と異なり、補 強材力を測定できれば補強材の長期破断強度に対す る安全率を知ることができて、全体安定性のレベル 1正会員,東京理科大学理工学部土木工学科,嘱託教授(〒278-8510 千葉県野田市山崎2641) 2非会員,Department of Civil and Environmental Engineering, University of Delaware, USA
ジオシンセティックス論文集 第28巻(2013.12)
を知ることができる.実際、GRS 擁壁のジ オシンセティックス補強材の引張り力の測 定 例 は豊 富 で あ る .一 般に 、 建設 材 の 物 性・荷重・構造体の構成と形状・境界条件 等の不確実さに備えて 1.0 を超える全体安全 率(あるいは、それぞれの設計要因に対し て部分安全率)を用いる.これらの安全率 の内容は、ここでは論じない.図-1 に模式 的に示すように、殆どの場合測定された補 強材力 Tmが補強材の長期破断強度の設計値 Tdよりも遥かに低く、両者の差を全体安全 率では全く説明できない.すなわち、設計 で明示される全体安全率は、ここで議論す る冗長性の一部にしか過ぎない.GRS 擁壁 では、適切な冗長性の確保が非常に重要で あるが設計では通常明示されない. さらに、Tdは新製品の急速引張り試験に よる引張り破断強度(Tult) を各種の低減係数で除し て大きく低減した値なので、Tm<<Td<<Tultとい うことになる.したがって、設計には過度の冗長性 (無駄)があるように見える.このことから、この ような測定結果に基づいて設計荷重を低減して無駄 を取り除くのが合理的に思えてくる.しかし、これ らの実測データの殆どは常時に測定されたものであ り、豪雨・地震等の異常時に測定されたものではな い.このような異常時は構造物の供用期間中に何回 か遭遇するので、常時での冗長性は異常時に対する 備えとなる.耐震設計をしていない擁壁でも、常時 に多少なりとも冗長性を持っているため、地震で崩 壊しない例も出てくる.さらに、設計での想定した レベルを超えた異常事態に備えるためには、常時に 十分大きな冗長性が必要となる.また、通常の設計 では明示されないが、この常時の冗長性によって長 期残留変形・変位が抑制される.仮に「常時での実 測値 Tm」<<「設計長期破断強度 Td」という実構 造物の挙動に基づいて「現在の設計法は過度に安全 側(つまり非経済)である」と判断して、現在の設 計・施工レベルを低下させるならば、冗長性は全般 的に低下して十分な冗長性が無い GRS 擁壁の数が 増加する.その結果、異常時に崩壊する事例が多く なる.崩壊例が増加して GRS 擁壁に対する信頼性 が失われる事態は、避けなければならない. 一方、数多く建設されても長期に亘って崩壊事例 が無いという意味で十分大きな冗長性があるが従来 形式の擁壁よりも経済的な GRS 擁壁の設計・建設 は、可能である .実際、 剛な一体壁 面工 を持つ GRS 擁壁は、そのような実績から鉄道擁壁構造物 の標準工法となっている.北海道新幹線の建設では、 従来形式の擁壁と盛土は全てこの形式の GRS 擁壁 に置き換わり、橋台も「橋桁を GRS 擁壁の剛な一 体壁面工で支承を介して支持する耐震性橋台」に置 換されている2).上記を念頭に置いて、GRS 擁壁の 実挙動、設計、冗長性の関連を以下で議論する. 3.実測値と設計値に差がある理由 GRS 擁壁で「常時での実測値 Tm」<<「設計長 期破断強度 Td」となる主要因は、設計時における (1) 土の締固め度の過小評価によるせん断強度の過 小評価、 (2) サクションによる見かけの粘着力の無視、 (3) 壁面工基礎前面の受働土圧抵抗の無視、 (4) 耐震設計の実施 である.まず、要因(1)~(3)を議論する. (1) 土の設計せん断強度 日米の土構造物の設計指針(design code)で共通し て、良質な盛土材を用いて適切に締固めることを前 提にした擁壁の安定解析のための標準的設計せん断 強度を提示している.我国では c=0 として貧配合の 砂では φ0=30o 、一般の砂・礫では φ0=35o、良配合 砂 礫 等 で は φ0=40o を 用 い る こ と が 多 い 3). AASHTO では、φ0の標準値を 34 o、上限値を 40o と している.これらの値の意味を検討するために、現 場で使用された多様な良配合の砂礫(図-2a, b)を 用いて拘束圧 50 kPa で排水三軸圧縮試験を行った (豊浦砂は、例外の研究用の貧配合砂)4, 5).供試 体は、1Ec あるいは 4.5Ec での最適含水比で締固め た.供試体を飽和化したのは、設計では豪雨等に盛 土の飽和度が高くなりサクションが消えることを想 定して擁壁の安定性を検討するからである.図-3a に飽和供試体の c=0 とした内部摩擦角 φ0を 1.0Ec で の締固め度 Dcに対して、図-3b に締固めた不飽和 状態と飽和状態での φ0を 4.5Ec での Dcに対してプ ロットした.締固めるほど不飽和状態での強度は飽 和状態での強度よりも大きくなる.図-3a, b を見る と、上記の標準的設計せん断強度は 1.0Ec での Dc= 90%程度、4.5Ec の Dc= 85%程度での φ0に相当する. これは、締固めが悪い状態でのピーク強度に相当す る.一方、近代的機械施工では盛土はこの状態より も遥かに締固まる.図-4 に示す例では、Dcの管理 値(全測定値の許容下限値)は 92%である.この図 図-1 材料強度 Tult, 設計長期強度 Td, 常時荷重 Tmの関係 単位幅当たりの 引張り力, T 引張りひずみ, ε 長期破断強度の設計値, (Td)* 設置時の損傷 クリープ破断 一定荷重 でのクリー プ過程 供用期間終了時の荷重~ひずみ 状態(化学的生物学的劣化後) 擁壁完成時の荷重 ~ひずみ状態(この 関係は、建設速度 等の要因の影響を 受ける) 新製品の急速引張り試験によ る引張り破断強度, (Tult) • (Td)=(Tult)/[設置時損傷低減係数・クリープ低減係数*・長期劣化係数]/ 全体安全率 (*耐震設計では考慮しない) 常時に測定された荷重 Tm
に示す Dcの値は既に各層でラジオアイソトープ (RI 計器)によって 15 回測定した値の平均値であ るから、個々の Dcの測定値に対して設定する管理 値は 90%となる.この場合、Dcの全測定値の平均 値は 98 %程度であり、管理値の 92%よりもかなり 大きく、対応する φ0は 50 o~55 oにもなる.標準的 設計値としてφ0=35 oを用いた時の主働土圧係数 KA は 0.270 であり、良く締固まった盛土を代表して φ0=50 oを用いた時の KAは 0.132 であるので、擁壁 の安定に必要な補強材力は両者で二倍程度の差にな る.したがって、良く締固めた場合で φ0=35 oを用 いると、大きな冗長性が生まれることになる. 図-4 高速道路盛土での締固め管理記録(200kN 級振動ロ ーラ、施工箇所1層ごとに1日15点 RI 測定、2004 年 11 月~2008 年 6 月、19,245 データ(94 工事), 最大粒径 40 mm 以下で細粒分含有率が 20 % 以下)6) (2) 見掛けの粘着力 擁壁の裏込め盛土は通常多少の細粒分を含み、常 時は不飽和状態であるためサクションによる見掛け の粘着力を有する.このため、GRS 擁壁が常時の 安定に実際に必要な補強材力は、設計で想定する見 掛けの粘着力が無い場合と比較すると大幅に小さい (1/10 の場合もある).設計で見掛けの粘着力を無 視するのは、長期に亘る供用期間には何回か降雨や 排水不良、あるいは両方のために、飽和度が高くな りサクションが消滅する可能性があるからである. 実際は十分な排水工が設置してあれば、豪雨時でも 擁壁の裏込め盛土は一定の不飽和状態を保ち一定の 見掛けの粘着力を発揮される.それでも、信頼でき る値は予測できないため、安全側の処置として無視 している.したがって、排水工が整備されているほ ど冗長性は高いであろう. また、地震と豪雨が同時生起する確率は低いが、 1968 年十勝沖地震や 2004 年新潟県中越地震では豪 雨直後に生じた.耐震設計でも通常は擁壁の裏込め 盛土の見掛けの粘着力は無視し飽和単位体積重量を 用いている.これによって地震時での一定の冗長性 が生まれる. (3)壁面工基礎前面の受働土圧 GRS 擁壁では、通常壁面工の基礎は一定の根入 れをするので、その前面には一定の受働土圧が発揮 される.そのため、補強材の実際に作用する引張り 力は、受働土圧を無視して計算した値よりもかなり 小さくなる.しかし、設計では壁面工の前面の地盤 の不測の洗掘・掘削に備えて受働土圧抵抗を無視し 締固め度, Dc(%) 90 95 100 105 > 110 (各層 15 回 RI 測定の平均値)の数 1,500 1,000 500 0 路床
4.5Ec (modified Proctor) Dcの平均値= 97.4 %
路盤
1Ec (standard Proctor) Dcの平均値= 98.0 % 管理値= 92 % a) b) 図-2 各種砂礫材料:a)粒度特性; b)締固め曲線(修正 プロクター4.5Ec)4, 5) a) b) 図-3 砂礫の c=0 とした φ0(拘束圧 50kPa): a)1Ec と b)4.5Ec での締固め度に対するプロット4, 5) 1E-3 0.01 0.1 1 10 100 0 20 40 60 80 100 DG YG NS, IS-I, IS -Ⅱ & IS-Ⅳ TS RGSZ RGYY CGR CCA CBG2 CBG1 CBG1)千葉礫(1) CBG2)千葉礫(2) CCA)破砕コンクリート CGR)粒度調整砕石 RGYY)新山本山ダム円礫 RGSZ)静岡空港円礫 NS)成田砂 IS-I)稲城砂Ⅰ IS-Ⅱ)稲城砂Ⅱ IS-Ⅳ)稲城砂Ⅳ TS)豊浦砂 YG)吉野川礫(剪頭粒度) DG)土器川礫(剪頭粒度) 通過重量百分率 d, [mm] 粒径 0 5 10 15 20 25 30 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 DG YG CGR CBG2 CCA RGSZ RGYY IS-Ⅳ IS-Ⅱ IS-I NS TS 含水比, w (%) 乾燥密度 , d (g/ c m 3 ) IS-I)稲城砂Ⅰ IS-Ⅱ)稲城砂Ⅱ IS-Ⅳ)稲城砂Ⅳ NS)成田砂 TS)豊浦砂 RGYY)新山本山ダム円礫 RGSZ)静岡空港円礫 CCA)破砕コンクリート CBG2)千葉礫(2) CGR)粒度調整砕石 YG)吉野川礫(剪頭粒度) DG)土器川礫(剪頭粒度) Z.A.V.L. 4.5 Ec 85 90 95 100 105 20 30 40 50 60 70
1Ec(compacted at wopt) &
sheared saturated or unsaturated
TC an gl e of i nter na l fr ict ion , peak ( de g.)
Degree of compaction, Dc1E
c (%) 飽和良配合 砂質土 飽和良配 合礫質土 飽和貧配合砂 質土(豊浦砂) 締固め度, (Dc)1.0Ec(%) 三軸圧縮で の内部摩擦角 , φ0 ( 度) 締固めエネルギ-、標準プロクター(1.0Ec)での最 大乾燥密度に対する締固め度Dc 飽和良配合 砂質土 飽和良配 合礫質土 飽和貧配合砂 質土(豊浦砂) 80 85 90 95 100 105 20 30 40 50 60 70 Degree of compaction, D c4.5Ec (%) TC an gl e of i nter na l fr ict ion , peak ( de g.) 4.5E
c(compacted at wopt) &
sheared saturated or unsaturated 不飽和良配合礫質土 締固め度, (Dc)4.5Ec(%) 三軸圧縮で の内部摩擦角 , φ pea k ( 度) 締固めエネルギ-、修正プロクター(4.5Ec)での最大乾燥密 度に対する締固め度Dc
ている.このために、GRS 擁壁は通常の状態では かなり大きな冗長性を持つことになる. 少なくとも 上記要因(1) ~(3) のために設計では GRS 擁壁の安定性を大きく過小評価しているため、 通常は「常時での実測値 Tm」<<「設計長期破断 強度 Td」となり、常時には大きな冗長性がある. 仮に設計で一定の見掛けの粘着力を考慮しただけで も、通常の GRS 擁壁ではジオシンセティックス補 強材は常時では不要になる.実際、一定の細粒分を 含む砂質土の盛土では、補強材が無くてもかなりの 高さまで常時には自立する(図-5).しかし常時に 十分大きな冗長性がないと、長期供用期間には何回 か遭遇する豪雨等の異常時に対処できない. 図-5 中細砂の盛土での鉛直掘削面(見掛けの粘着力のた め安定している) 4.耐震設計不要論について 以下、要因(4)(耐震設計)を議論する.鉄道構 造物設計標準 3)では、擁壁は高さによらずレベル 2 の設計地震動に対して耐震設計を行う.一方、現在 の AASHTO の設計指針では(水平最大加速度)/ (地球の加速度)= a/g<0.4 と設定された地域では 擁壁の耐震設計が基本的に不要である.我が国の道 路土工擁壁工指針 7)では、高さ 8m 以下の擁壁は常 時での作用に対して適切に設計・施工すれば耐震性 が十分にある、という趣旨が述べられている.これ ら耐震設計不要論は、耐震設計をしていな擁壁でも 一定の地震動で崩壊しなかった事例に基づいている. そのような事例は、少なくとも前節で指摘した三つ の要因(1)~(3)のために常時で一定の冗長性を持っ ていたため、と理解すべきである.後に議論するよ うに、このような冗長性が適切に確保できるような 構造形式・設計・施工を採用する必要がある.しか し、現状では適切な冗長性を確保する重要性が確実 に認識されていない.そのため冗長性の大きさは、 偶発的な面が強く異なる擁壁の間で一貫性がなく、 定量化が困難であり信頼できない.実際、従来形式 の擁壁と GRS 擁壁を含む補強土擁壁が、a/g<0.4 で も、また高さ H<8.0 m でも、地震で崩壊した事例 は少なくない.図-6 に示す重力式の擁壁含め多く の H<8m の擁壁が、1955 年阪神淡路地震で倒壊し た8).2011 年東日本大地震で a/g~0.3 で崩壊した補 強土擁壁は少なくとも 2 例ある 9).崩壊した擁壁は、 構造形式・設計・施工の要因で冗長性が低いことに 加えて、耐震設計をしていないか、十分に高い震度 での耐震設計をしていなかったため、常時での冗長 性が十分でなかった、と思われる. 上記に基づくと、「常時の測定値 Tm」<<「設 計長期破断強度 Td」という事実に基づいて GRS 擁 壁の設計荷重(すなわち設計土圧)を現在の設計値 よりも下げるか、あるいは耐震設計を実施しないと すると、GRS 擁壁が持つ冗長性は全般的に低下し て、異常時での崩壊事例が増加することになる.両 者を同時に実施すれば、冗長性は全般的に著しく低 下して異常時の崩壊事例は確実に増加する. 図-6 1995 年阪神淡路地震で倒壊した阪神電鉄石屋川駅 周辺の重力式擁壁(kh=0.2 で設計)8) 上記の耐震設計不要論は特定の条件での事例に基 づいた経験主義であり、次の基本的な問題がある. まず、耐震設計を行わなくても一定の耐震性がある ことを上記のように冗長性に基づいて説明する必要 があるが、なされていない.また、特定の条件で得 られた経験は、一般的な条件に無条件に適用できな い.たとえば、裏込め盛土の天端面が水平な擁壁と 様々な勾配を持つ擁壁など多様な条件を持つ擁壁の 常時と地震時の安定性を、特定の経験だけに基づい て予測できない.これらは、適切な安定解析によっ て初めて関連付けられる.さらに、耐震設計不要と する擁壁を地震動 a/g と擁壁高さ H の特定の制限値 によって決めると、a/g= 0.39 と 0.41 の間や H=7.9 m と 8.1 m の間のように、設計が不自然に不連続に なる.そもそも、a/g<0.40 あるいは H<8m で耐震 設計が不要となる擁壁の全てが同様な耐震性を持つ と想定することになるが、それは事実に反する. 5.ジオシンセティックス補強材の引張り強度に関 連した冗長性 ジオシンセティックス補強材の設計破断強度 Td は、図-1 に示すように、新製品の急速引張り試験 によって測定した引張り破断強度(Tult) を次式に従
って各種の 1.0 を超える低減係数で除して求める. ( ) ult d CR D ID overall T T RF RF RF FS (1) RFCRはクリープ破断の可能性、RFDは長期化学的・ 生物学的劣化、RFIDは敷設時の損傷に対する低減係 数であり、 (FS)overallは様々な不確定性をカバーする ための全体安全率である.この方法には、かなりの 冗長性が含まれている.まず、RFDと RFIDを掛け 合わせていることは、両者を独立に扱い至る所で両 者が同様に生じると仮定していることになる.この 二つの現象は非常に不確定性が高いので、この仮定 は安全側の処置として採用されていると解釈できる. しかし、実際にはそのようなことは生じない. さらに、設計でクリープが生じるとする持続引張 り荷重は設計破断強度 Tdであるが、実際の常時で の長期持続荷重 Tmは Td よりも遥かに小さい(図-1).したがって、クリープ破断の可能性はこの要 因によって相当過大評価されている.加えて、(1) 式では RFCRと RFDを掛け合わせているが、これは 「全供用期間で長期劣化で強度低下後に、再度全供 用期間に亘って持続荷重によってクリープ変形が生 じる」ことを意味する 10).実際は、二つの現象は 同時に進行するため、この想定もクリープ破断の可 能性を過大評価する.以上のことから、実際にはク リープ破断の可能性は非常に低い.実際、筆者はク リープ破断で崩壊した GRS 擁壁の事例を知らない. おそらく、(1)式に含まれる冗長性は、GRS 擁壁 全体の安定性を損なうことなく、また過大な長期残 留変形を生じさせることなく、一定程度低減できる であろう.文献 11)では、地震時荷重に加えて常時 の長期持続荷重に対してもクリープ低減係数を 1.0 にする設計法を提案している. (1)式での各種低減係数を減少させると、GRS 擁 壁の安定に必要な所定の設計長期破断強度 Tdから 求めた材料強度 Tultは低下する.一方、「常時の測 定値 Tm」<<「設計長期破断強度 Td」という事実 に基づいて設計荷重(主働土圧)を低下させた場合 は、必要設計強度 Tdが低下して必要材料強度 Tultは 低下する.しかし、両者は同じ提案ではない.つま り、前者では設計荷重の低下を提案していないが、 後者ではの設計荷重の低下を提案しているので、材 料強度 Tultの低下だけでなくジオシンセティックス 補強材の引抜け強度、壁面工と補強材の間の連結強 度の低下、壁面工への作用土圧の低下(したがって 壁面工の安定性の低下)に繋がる.一方、盛土の良 い締固めと排水工の整備の奨励には繋がらない.つ まり、全般的な冗長性の低下となる.Koener ら 12) が行った 171 の補強土擁壁の崩壊事例の解析による と、ジオシンセティックス補強材の破断で崩壊した 事例はない.むしろ、盛土の不十分な締固め、排水 工の不備、壁面工の過大な変形・崩壊、壁面工・補 強材の連結部の破壊で崩壊した事例が殆どである. このことは、GRS 擁壁全体を見れば、後者の提案 (設計荷重の低下)による冗長性の低下は崩壊事例 の増加に繋がることを示唆している. 6.幾つかの事例 (1) 見掛けの粘着力 図-7 は、GRS 擁壁の角部がジオシンセティック ス補強材の敷設を手抜きしたために崩壊した事例で ある.これは当然の帰結であるが、この崩壊は建設 後 1 年経過してから生じたことから、崩壊まで見掛 けの粘着力が崩壊を防いでいたことが推察される. また、仮にこのような手抜きが無くて補強材が敷設 されていたとすると、設計値よりも非常に小さな引 張り力しか測定されていないはずである. 図-7 ジオシンセティックス補強材が配置されていないた め崩壊した GRS 擁壁の角部(米国) 図-8 は、GRS 擁壁の実大模型の鉛直載荷試験を 示す.建設後数年に亘る長期観測を行ったが非常に 安定していたため、天端からの鉛直載荷によって破 壊させて壁面工の構造が GRS 擁壁の安定性に与え る影響を検討した.図-8c に、パネル式壁面工の試 験区間を鉛直載荷で破壊させた後、崩壊メカニズム を調べるために掘削して露出した鉛直面を示す.壁 面工が無いのにも関らず、補強部だけでなく中央の 無補強部も安定した鉛直自立壁面となっている.こ の状態での補強部のジオシンセティックス補強材の 引張り力は、設計値よりも遥かに小さいはずである. これは、盛土材(稲城砂)の細粒分含有率は 15%で あり(図 8d)、不飽和状態であったため、見掛け の粘着力があったためである.この事例は例外では ない.しかし、設計は常時のこのような状態を対象 としていない.仮に、設計土圧をこのような挙動に 基づいて決定した場合は非常に小さい値となり、安 定に必要な補強材は非常に少量になる(あるいは不 要になる).しかし、供用期間中降雨時には極めて 危険な状態になることは自明である. (2) 盛土の不十分な締固め 図-9 に示す事例では、盛土の不十分な締固めの ため、補強領域内に配置されていた縦排水孔と水平 排水パイプの連結部が盛土の沈下によって破断した. このため、雨水が盛土内に浸透して盛土の飽和度が 上昇し見掛けの粘着力が減少して沈下が進行すると いう悪循環が生じ、盛土が大変形した 15).元来排 水設備を補強領域内に設置すべきではないが、この 現場で仮に盛土の締固めが良ければ、湿潤化しても 有害なコラプス沈下を防ぐことができたはずである.
a) b) c) d) 図-8 鉄道総合技術研究所に建設された実大 GRS 擁壁の 載荷試験 13, 14): a)載荷方法; b)載荷中; c)パネル 式壁面工の試験区間の鉛直掘削断面(○はすべり 面の位置を示す); d)稲城砂の粒度分布 図-9 本来低コストの GRS 擁壁を高コストのアンカー工法 で補修した例15) (3) 冗長性により地震による崩壊を免れた GRS 擁壁 図-10 に示す剛な一体壁面工を有する GRS 擁壁 は、レベル 1 設計地震動に対して設計されていたが 1995 年阪神淡路大震災でのレベル 2 地震動に耐え た.これは、耐震設計に冗長性があったからである. すなわち、盛土材は良配合な砂であり1Ec での締 固め度の管理値が 90%であり、実際の φ0の値は 42o と推定される 16).しかし、設計では標準的な値の φ0=35oを用いた.これは、実際の値を過小評価して いたと思われる.また、盛土材の細粒分含有率は 9%であり、地震前は晴天がかなり続いていた.し たがって、見掛けの粘着力は一定程度あったと推定 されるが、設計では無視した.さらに、設計では壁 面工基礎の受働土圧も無視したが、図-10b を見る と実際には一定の受働土圧が発揮されたと思われる. a) b) 図-10 JR 西神戸線の「たなた」での剛な一体壁面工を持 つ GRS 擁壁:a)建設直後(1992 年);b)1995 年阪神 淡路地震の一週間後13, 16) このタイプの GRS 擁壁は現在ではレベル 2 地震 動に対して耐震設計している.2011 年東日本大震 災では、数多くのこのタイプの GRS 擁壁が a/g> 0.4 であっても無被害であった 17).しかし、これ以 外の GRS 擁壁も同様な耐震性を持っているとは限 らない.少なくとも二つの他のタイプの補強土擁壁 が a/g=0.30 で崩壊した 9).これらのことは、a/g の 値だけで一律に耐震設計が必要か不要かを決定する ことはできないことを示している. 7. 適切な冗長性を確保するためには?18) 適切な冗長性の前提は、適切な構造形式、構造形 式の選定以外での適切な設計、適切な施工である. (1)適切な構造形式の三つの要因 (a)破壊開始に必要な荷重(破壊強度)が大きい. (b)構造靭性(ductility)が大きい: 破壊開始後の構 造安定性の低下率が低く、完全な崩壊に至るのに 必要なエネルギーが大きい. 1E-4 1E-3 0.01 0.1 1 10 0 20 40 60 80 100 重量通過百分率 粒径, D (mm) 稲城砂バッチNo. 8 Gs = 2.69 D50 = 0.172 mm Uc = 18.8 FC = 15 %
(c) 構造一体性(integrity)が高い: 部分破壊が全体 破壊に至りにくい.例えばパネル式の壁面工は、 パネル一枚の破損が壁面工全体から擁壁全体の破 壊に至る場合があり、構造一体性が低い. GRS擁壁では、剛な一体壁面工の採用によってこれ らの要因のレベルは向上すると考えられる. (2)適切な設計の三つの要因 (a)適切な耐震設計: これによって常時の冗長性 が確保されて、残留変位・変形が減少して維持管 理が容易になる. (b)ジオシンセティックス補強材の適切な配置(十 分な強度・長さ・密度)、安定な壁面工と、壁面 工と補強材の高い連結強度が重要である. (c)適切な構造形式の採用と適切な施工の実施を奨 励する設計法: ピーク摩擦角φpeakは締固め度が 向上するほど増加するので、残留摩擦角φresidual に 加えてφpeakも設計で用いることによって、より良 い締固めが奨励される.φpeakとφresidualを用いる動 土圧算定法として修正物部岡部法19)が、φ peakと φresidualを用いる残留すべり量の算定法として修正 Newmark法20, 21)が実用化されている3).地震時の 残留変位・変形は、構造延性が大きいと小さくな るので、これで安定性を評価すれば延性の高い構 造形式の採用が奨励される.一方、盛土材の粒径 が大きくなるほど摩擦角のφpeakからφresidual への低 下に伴うすべり量が大きくなることから、上記修 正Newmark法の解析でより延性的な挙動を示すこ とになる.しかし、現在の設計3)ではこの要因は 考慮していない.また、構造一体性も設計で考慮 できれば一体性が高い構造形式が奨励される.剛 で一体壁面工を使用すると天端近くの集中荷重に 対して高い構造一体性を示すことは、現在の設計 法3)で考慮されている.一方、部分破壊が全体安 定に及ぼす影響の評価には強度のばらつきを考慮 した三次元安定解析が必要であるが、現在の段階 ではその解析法は提案されていないようである. (d) 設計では、適切な構造形式・設計・施工によっ て生み出された安定性の全ては考慮しない.この ことによって、安全率を超えた冗長性を確保する. 例えば、φpeakを設計で用いる場合でも安全側に設 定し、排水工が十分でも見掛けの粘着力を無視し、 壁面工基礎前面の受働土圧を無視する.また、現 在の設計では構造延性と構造一体性の評価が不十 分であるから、実際にこれらの要因が大きい構造 形式ほど、冗長性が大きくなっている. (3) 適切な施工の三つの要因 (a)出来るだけ締固まりやすく排水性の良い盛土材 を用いる. (b)出来るだけ良く締固める(これについては、文 献22)で詳細に論じている) (c)十分な排水設備: 豪雨時に正の間隙水圧が発 生しないようにする.サクションが維持できれば、 図-3bに示すように良く締固めることよってせん 断強度が増加する. 適切な構造形式、適切な設計、適切な施工が総合 されて冗長性が十分に確保されれば、常時の維持管 理が容易になり、不測の異常事態でも崩壊しない確 率が高くなる.GRS擁壁全体を供用期間に亘って見 れば、このような冗長性の確保に必要なコストは、 冗長性が不足した場合の維持管理費の増加と崩壊事 例の増加によるコスト増加よりも低い.また、従来 形式の擁壁よりも低いコストで、十分高い冗長性を 確保したGRS擁壁を建設できた実績がある2, 8, 17). 8. まとめ 本来、GRS 擁壁は経済的で耐力が高く、構造延 性があり比較的大きな変形が可能で脆性的には崩壊 しない.しかし、壁面の過度の変形を伴って崩壊す る例が非常に多い.それは、主に壁面工と補強材の 連結部の破損(その部分でのジオシンセティックス 補強材の破断も含む)が関連している.これは、盛 土の締固め不足や排水不良などによる冗長性の低下 によって引き起こされる. 適切な(あるいは十分大きな)冗長性の確保には、 適切な構造形式の選択と適切な設計が必要である. 設計では、通常の土構造物と同様に盛土の締固め度 を安全側に想定して安全側のせん断強度を採用して 見掛けの粘着力を無視するとともに、壁面工基礎前 面の受働土圧を無視するのが適切である.同時に、 壁面工自体の安定性と壁面工とジオシンセティック ス補強材の連結部の強度の確保が重要であり、適切 な耐震設計が必要である.適切な解析法によって、 想定する極限状態における擁壁全体の安定性を適切 な盛土の設計せん断強度とジオシンセティックス補 強材の設計破断強度を用いて確認する必要がある. 適切な施工とは、設計で想定した状態(許容下限 値に等しい締固め度、サクションゼロ、壁面工基礎 前面の受働土圧ゼロ)の実現ではなく、出来るだけ 良い盛土材を用いて出るだけ良く締固め、排水工を 整備することによって適切な冗長性を生み出すもの である.また、締固め度の向上によって増加する盛 土材のピーク強度を設計で用いることによって、良 い締固めが奨励される.排水工の整備によって豪雨 時でもサクションは残留する可能性が高くなり、安 定性が向上する.その上で、設計で上記のように創 出された安定性の全ては考慮しない.そのことによ って、冗長性が確保される. 十分大きな冗長性を持つ GRS 擁壁は、維持管理 費が低減し設計で想定したレベルを超える異常時に も生き残る可能性が高くなる.そのために必要なコ ストは、冗長性の不足による維持管理費の増加と破 壊対応のコスト増加よりも小さい. 参考文献
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IMPORTANCE OF REDUNDANCY IN THE STABILITY OF GRS RETAININIG
WALLS
Fumio TATSUOKA and Dov LESHCHINSKY
A number of Geosynthetic-Reinforced Soil Retaining Walls (GRS RWs) collapsed during heavy rainfalls and earthquakes in Japan. In the US, most collapse cases are in the private sector. The collapse is due to insufficient redundancy resulting from excessively economical, therefore inadequate, structure type, design and construction. As the actual soil density is higher than the design value while the apparent cohesion due to suction and the passive earth pressure on the front face of the facing base are ignored in design, GRS RWs have redundancy that is not covered by the safety factor. They have rather large redundancy under normal ordinary conditions and it increases by seismic design. The redundancy increases by good structure, good design and good construction, reducing the long-term maintenance cost and the cost by failure/collapse. The method to have relevant redundancy is discussed.