ストレッチングが筋の柔軟性に及ぼす影響について

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(1)理学療法学第 42 巻第 8 号 821 ∼ 822運動療法の頁（2015 年） 2 型糖尿病に対する効果とそのメカニズム. 821. 分科学会シンポジウム 12（日本基礎理学療法学会）. ストレッチングが筋の柔軟性に及ぼす影響について＊中村雅俊＊＊. こで我々は，健常若年者 20 名の下腿三頭筋を対象に，柔軟性. はじめに. を増加させるために必要な SS 時間の検討を行った 11）。その結. 我々，理学療法士は関節可動域（Range of Motion：以下，. 果，受動的トルクは SS 開始前と比較して，SS 介入後 2 分目以. ROM）や筋の柔軟性の維持・改善のためにスタティックスト. 降で有意に低値を示した。加えて，SS 介入後 2 分目と比較して，. レッチング（Static stretching：以下，SS）を行っている。臨. SS 介入後 5 分目に有意に低値を示した（図 1）。これらの結果. 床現場では，SS 介入により ROM が増加することを多く経験. より，腓腹筋の柔軟性を増加させるためには，2 分間の SS 時. しており，実際に，数多くの先行研究により SS 介入により即. 間が必要であり，さらに柔軟性を増加させるためには 5 分間の. 時的および，継続的な SS 介入における ROM が増加すること. SS 時間が必要であることが示唆された。. が報告され，統一された見解が得られている. 1‒6）. 。これらの報. 告の多くは，この ROM の増加には筋の柔軟性が増加することが関与していると考えられていた。しかし近年では，この. 4 週間の継続的な SS 介入が筋の柔軟性に及ぼす影響の検討. ROM 測定は ROM を測定している検者の押す力が一定ではな. 前述のように，健常若年男性を対象とした場合，2 分間の SS. いという問題や，測定されている被験者の心理状態や痛みに対. 介入により即時的に筋の柔軟性が増加することが明らかになっ. する耐性などが影響するために，正確に筋の柔軟性を反映して. たが，我々，理学療法士は即時的だけではなく，継続的な介. 7）. 。そこで，ROM 測定に代わる. 入により筋の柔軟性を増加させることを目的として SS 介入を. 筋の柔軟性の評価方法として，関節を他動的に動かしてくると. 行っている。そこで，我々は腓腹筋に対する継続的な SS 介入. きに生じる抵抗である受動的トルクを測定する方法や，受動的. 効果を検討した 12）。具体的には，健常若年男性 18 名を対象に，. トルクとそのときの関節角度との関係をトルク―角度曲線とし. 無作為に 1 日 2 分間の SS 介入を 4 週間，毎日行う SS 介入群. て描き，その傾きをスティフネスとして算出する方法が推奨さ. （9 名）と SS 介入を行わないコントロール群（9 名）に群別け. れている。また，超音波画像診断装置を用い，他動的に筋を伸. を行った。4 週間の介入期間終了後，足関節背屈 ROM と筋腱. 長したときの筋と腱の移行部である筋腱移行部の移動量を測定. 移行部の移動量，筋束長を測定した結果，SS 介入群は有意に. する方法が考案されており，SS 介入の効果の検討に用いられ. 足関節背屈 ROM および筋腱移行部の移動量は有意に増加した. ている。また近年では，超音波診断装置の機能のひとつである. が，コントロール群には有意な変化は認められなかった。加え. せん断波エラストグラフィー機能により筋の弾性率を測定す. て，筋束長に関しては SS 介入群とコントロール群はともに有. る方法が考案されており，新たな SS 介入効果の指標として使. 意な変化は認められなかった。これらの結果より，1 日 2 分間. 用され始めている。しかし，これらの指標を用いて SS 介入効. の SS 介入を 4 週間継続することで ROM は増加し，それには. 果を検討した報告の数はまだまだ少なく，一定のコンセンサス. 筋の柔軟性の増加が関与している可能性が考えられる。継続的. が得られているとはいいがたい。そこで本講演において，これ. な SS 介入により筋束長には有意な変化は認められなかったた. らの指標を用いた SS 介入が筋の柔軟性に及ぼす影響について. め，筋の柔軟性の増加には筋線維長の増加ではなく，筋膜など. 我々の研究結果を紹介した。. の結合組織の柔軟性増加が関与している可能性があると考えら. いないことが指摘されている. 筋の柔軟性を増加させるために必要な SS 時間の検討近年の研究において 5 分間の SS 介入において筋の柔軟性が ‒10）. 増加することが報告されている 8. 。しかし，実際の臨床現. れる。. 弾性率測定が SS 介入効果判定に有効であるか否かの検討. 場では時間も限られていることもあり，筋の柔軟性を増加させ. これまでの報告で用いてきた筋の柔軟性の指標である受動的. るために必要な SS 時間を明らかにすることが重要である。そ. トルクや筋腱移行部の移動量などを測定できる筋が限られると. ＊. The Effect of Stretching on Muscle Flexibility ＊＊同志社大学スポーツ健康科学部助教（〒 610‒0394 京都府京田辺市多々羅都谷 1‒3） Masatoshi Nakamura, PT, PhD, Assistant Professor: Faculty of Health and Sports Science, Doshisha University キーワード：超音波診断装置，筋腱移行部，弾性率. いう問題点がある。そのため，せん断波エラストグラフィー機能を用いて算出する弾性率測定が近年着目されている。弾性率測定のメリットとして，簡便に個別の筋の硬さを測定できることである 13）。そこで我々は，2 分間の SS 介入前後の腓腹筋内側頭の弾性率と筋のスティフネスを測定し，これらの変化の関.

(2) 822. 理学療法学第 42 巻第 8 号. ＊. ：SS 前との差（＊：P ＜ 0.05，＊＊：P ＜ 0.01） # ：1 分目との差（#：P ＜ 0.05，##：P ＜ 0.01） $ ：2 分目との差（$$：P ＜ 0.01）. 図 1 SS 介入における受動的トルクの経時的変化（文献 10 より作図）. 係性の検討を行った 14）。その結果，2 分間の SS 介入により足関節中間位および背屈 30°位における弾性率は有意に減少し，筋のスティフネスも有意に低下した。加えて，SS 介入前後の筋のスティフネスと足関節 30°背屈位における弾性率の変化率のスピアマンの順位相関係数により検討した結果，高い正の相関関係を認めた（r ＝ 0.657，p ＝ 0.004）。この結果より，せん断波エラストグラフィー機能により算出できる弾性率は，SS 介入の効果判定に有効であるということが明らかとなった。今後は，弾性率を指標に，腓腹筋以外の筋を対象に SS 介入効果の検討ができることを示唆している。. さいごに臨床現場では，多くの理学療法士は ROM 制限（拘縮）や筋の柔軟性低下に対して SS 介入を行っている。これまで健常若年者を対象に SS 介入が筋の柔軟性に及ぼす効果に関する我々の研究結果を紹介した。しかし，近年の review においては関節拘縮の治療および予防効果に関して，SS 介入には明確なエビデンスはないと報告されている 15）16）。この報告は理学療法士にとってショックな情報ではないかと感じている。理学療法士の治療法のひとつである SS 介入について，今後は高齢者や患者を対象として SS 介入の効果に関するエビデンスを確立する必要があると考えている。本稿が，SS 介入効果について検討しようと考えている理学療法士の一助となれば幸いである。. 文献 1） Hubley CL, Kozey JW, et al.: The effects of static stretching exercises and stationary cycling on range of motion at the hip joint. J Orthop Sports Phys Ther. 1984; 6(2): 104‒109. 2） Halbertsma JP, van Bolhuis AI, et al.: Sport stretching: effect on passive muscle stiffness of short hamstrings. Arch Phys Med Rehabil. 1996; 77(7): 688‒692. 3） O’Sullivan K, Murray E, et al.: The effect of warm-up, static stretching and dynamic stretching on hamstring flexibility in previously injured subjects. BMC musculoskeletal disorders. 2009;. 10: 37. 4） Bandy WD, Irion JM: The effect of time on static stretch on the flexibility of the hamstring muscles. Phys Ther. 1994; 74(9): 845‒ 850; discussion 850‒852. 5） Marques AP, Vasconcelos AA, et al.: Effect of frequency of static stretching on flexibility, hamstring tightness and electromyographic activity. Braz J Med Biol Res. 2009; 42(10): 949‒953 6） Feland JB, Myrer JW, et al.: The effect of duration of stretching of the hamstring muscle group for increasing range of motion in people aged 65 years or older. Phys Ther. 2001; 81(5): 1110‒1117. 7） Weppler CH, Magnusson SP: Increasing muscle extensibility: a matter of increasing length or modifying sensation? Phys Ther. 2010; 90(3): 438‒449. 8） Morse CI, Degens H, et al.: The acute effect of stretching on the passive stiffness of the human gastrocnemius muscle tendon unit. J Physiol. 2008; 586(1): 97‒106. 9） Mizuno T, Matsumoto M, et al.: Viscoelasticity of the muscletendon unit is returned more rapidly than range of motion after stretching. Scand J Med Sci Sports. 2013; 23(1): 23‒30. 10） Nakamura M, Ikezoe T, et al.: Acute and prolonged effect of static stretching on the passive stiffness of the human gastrocnemius muscle tendon unit in vivo. J Orthop Res. 2011; 29(11): 1759‒1763. 11） Nakamura M, Ikezoe T, et al.: Time course of changes in passive properties of the gastrocnemius muscle-tendon unit during 5 min of static stretching. Man Ther. 2013; 18(3): 211‒215. 12） Nakamura M, Ikezoe T, et al.: Effects of a 4-week static stretch training program on passive stiffness of human gastrocnemius muscle-tendon unit in vivo. Eur J Appl Physiol. 2012; 112(7): 2749‒ 2755. 13） Lacourpaille L, Hug F, et al.: Supersonic shear imaging provides a reliable measurement of resting muscle shear elastic modulus. Physiol Meas. 2012; 33(3): N19‒N28. 14） Nakamura M, Ikezoe T, et al.: Acute effects of static stretching on muscle hardness of the medial gastrocnemius muscle belly in humans: an ultrasonic shear-wave elastography study. Ultrasound Med Biol. 2014; 40(9): 1991‒1997. 15） Katalinic OM, Harvey LA, et al.: Stretch for the treatment and prevention of contractures. Cochrane Database Syst Rev. 2010; (9): CD007455. 16） Katalinic OM, Harvey LA, et al.: Effectiveness of stretch for the treatment and prevention of contractures in people with neurological conditions: a systematic review. Phys Ther. 2011; 91(1): 11‒24..

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