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子どもの環世界を追体験する

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Academic year: 2021

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(1)子どもの環世界を追体験する. − ヒューマンエンハンスメントのアナザーモデルとして. Relive the Umwelt of Children. − As Another Model of Human Enhancement 村上泰介. 愛知淑徳大学. MURAKAMI Taisuke Aichi Shukutoku University. 要旨 筆者は児童館などでメディアと遊びをテーマにした展覧会に. 1.はじめに 筆者は、2007年に愛知県立大型児童館「愛知県児童総合セ. 参加してきた。この展覧会を通して、デジタルメディアの特徴を. ンター」にて開催された、メディアと遊びの展覧会に参加し、. 旧来からある子どもの遊びを拡張するために用いるという手法を. コンピューターを用いたインタラクティブな遊びを制作・展示. 用いてきた。この手法を応用し、発達障害、中でも自閉症の経験. した。それ以降、数年に渡り「愛知県児童総合センター」にて. を追体験するためにデジタルメディアを活用するという方法へと. 実施されたメディアと遊びの展覧会に関わる事となった。本論. 発展させた。そこで筆者は自閉症という状況を、定型発達の人に. 文では、最初に筆者が体験して来た児童館でのメディアと遊び. 追体験してもらうという方法が、定型発達の人にとって自閉症を. の制作活動を、当時の子どもとメディアに関する状況などの考. 理解するきっかけとなるだけではなく、自閉症という状況の可能. 察を交えて報告したい。. 性を知ることで、定型発達の世界認識を拡張するメディアの開発. その後も、子どもとメディアを用いた遊びの研究を続けてい. に繋がると考えた。こうした考察を踏まえ、定型発達の成人の能. た筆者は、愛知県下の複数の幼稚園で調査を進めていく中で、. 力拡張のためにデジタルメディアを活用するというヒューマンエ. 発達障害の子どもたちの存在を知り、こうした子どもたちのた. ンハンスメントが目指す大きな方向性以外に、発達の様々な段階. めにデジタルメディアを使うことができないだろうかと考える. や状況がもたらす世界認識の方法を人々が相互に取り入れ、拡. ようになった。以降、発達障害に関する調査を進めている。. 張し合うためにデジタルメディアを活用するヒューマンエンハン スメントのアナザーモデルを提案したい。. 発達障害の研究を続ける中で、発達障害の抱える困難そのも のを解決するためのアプローチとは別に、健常(定型発達)と いうコンディションを相対的に検討する必要があることに気付. Summary. The author has participated in the exhibition at the Children s. が多数を占めるため、多くの制度やシステムがこれに合わせた. center of media and play. They featured on expanding the. ものであり、健常というコンディションを外れた状態にある人. borders of traditional play by using digital media. By applying. たちにとっての生き難さが生じていることに気付かされた。. the same technique, they made it possible to experience the. 現在では IT や BT の技術革新によって、様々な分野で人間の. world of autistic people. Not only was it a very good chance. 拡張が技術的実現に向けて進んでいる。しかし、ここでも健常. for neurotypical to understand the sense of autism, but it. というコンディションを中心に、そこからのエンハンスメント. also opened up a new directional thinking. By studying the. が目指されている。筆者は発達障害について調査を進めるうち. possibilities of autistic senses, there may be a potential of. に、発達障害を健常というコンディションに近づけるという方. progression in various fields such as art and science.. 法以外に、発達障害の人をあるがままに受け入れるために、発. The current status of human enhancement is to group. 74. かされた。この世界では、健常というコンディションにある人. 達障害の人の感覚や身体をシミュレートし、追体験するという. minority people into the living basis of neurotypicals. We tend. 方法が効果的である事に気付かされた。そこでの気付きには、. to start at the neurotypical basis. And try to grow from there.. 単に発達障害を理解するだけでなく、発達障害の人の健常とは. The author would like to suggest a new direction in human. 異なる世界経験の可能性があることが含まれる。この健常とは. enhancement, by recognizing the characteristics of autistic. 異なるコンディションの人の世界経験の可能性を追体験すると. senses and expand in their world views. By creating a new. いう方法は、あらゆる発達段階にある人の世界経験の可能性を. branch in the direction of human enhancement, it will make it. 追体験することへと繋がることから、ヒューマンエンハンスメ. possible for various being to compromise to exist together.. ントの技術的展開のアナザーモデルとして、子どもという発達. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016.

(2) 段階の応用が考えられることを報告したい。. 2.児童館におけるメディアと遊び 2.1. 児童館でのメディアと遊びの展覧会 筆者は、2007年に愛知県立大型児童館の「愛知県児童総合 センター」にて開催された、メディアと遊びの展覧会「エキゾ チック∼メディアセレクトの感覚ツアー」に参加した。 「愛知 県児童総合センター」は児童福祉法第40条および愛知県児童 厚生施設条例による愛知県立の大型児童館で、1996年に開館 し2002年から「愛・地球博」開催及び準備工事のための休館 を経て、2006年に再開館し現在に至っている。 「愛知県児童総 合センター」では、子どもたちの健全な発達に遊びが重要な役. 図1 「砂場」と「積み木」をインターフェイスにした作品. 割を担う、として実験的な遊びのソフト開発を進めている1)。 この「愛知県児童総合センター」において開催されたメディ アと遊びの展覧会が「エキゾチック∼メディアセレクトの感覚ツ アー」である。この展覧会は、 「手振り身振り」 、 「表情」や「言 葉」 、 「文字」といった旧来からのメディア、 「写真」 「映像」など の近代以降のメディア、加えてコンピューターによるデジタル技 術によるメディアまで幅広い視点でメディアを捉え、メディアと アートの関係をテーマにした体験型の展覧会として企画された2)。 この展覧会に参加することが決まり制作を始めたのが、筆者が 子どもとメディアテクノロジーの関係を考察するきっかけとなった。 それ以降、「愛知県児童総合センター」で開催された複数のメ. 図2 「砂場」と「積み木」をインターフェイスにした作品. ディアと遊びに関係する展覧会に参加した。 2.2. メディアと遊びの作品化 ここでは、筆者が「愛知県児童総合センター」でのメディア と遊びの展覧会のために制作した作品について解説したい。 子どもに向けたメディアテクノロジーを活用した作品制作に あたって筆者は、これまでに子どもたちが親しんで来た様々な 遊びを調査し、その遊びの一部をデジタルメディアテクノロ. 図3 2進法による木の映像生成の原理. ジーで拡張するという方法を試みた。 筆者が最初に製作したメディアと遊びの作品は、子どもたちが. を投影するものである[図4]。. 普段慣れ親しんでいる「砂場」と「積み木」をインターフェイス. この作品では色を読み取る装置の形状をクレヨンに似せて製. にし、コンピューターの原理でもある2進法を使って木の映像を. 作した[図5]。技術的な制約からサイズは既成のクレヨンに. 子どもたちが創り出して投影するものであった[図1−2] 。. 比べて大きくなってしまったが、クレヨンに形状を似せた効果. この作品では、子どもたちが普段慣れ親しんでいる「砂場」 や「積み木」が映像を生成するトリガーとなっているため、子. によって、この装置が「描画」の道具であることが子どもたち にすぐに伝わった。. どもたちはデジタルメディアを使っているという意識を持たず. このクレヨン型の装置を使って様々な物体の色をカラーセン. に自然に作品体験へと移行できていた。しかしながら、映像を. サーで読み取ると、色が数値化される。色の数値はクレヨン型. 生成する原理となる2進法[図3]について、展示作品を遊ぶ. の装置から無線で送信され、描画用コンピューターが受信して. という短い時間の中で子どもが自然に理解することは難しいよ. 描画ソフトの描線の色として使用される。色の読み取りに使用. うであった 。. されたクレヨン型の装置には加速度センサーが組み込まれてお. 3). 次に筆者が手がけた作品は、現実空間の様々な物体の色をセ ンサーで読み取って情報化し、その色情報をもとに空間に描線. り、スクリーンの前の空間でこの装置を使って絵を描くような 身振りをすることでスクリーンに描画ができる[図6]。 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 75.

(3) 図4 色情報をもとに空間に描線を投影する作品. 図7 無線通信で合奏できるカスタネット型の装置. ことが多いが、無線でリズムを送受信できることで、各自が自由な 演奏を進めていく中で自然に合奏している状態などが生まれる。 2.3. 多様な感覚を用いて世界を受容する このように、筆者は子どもが普段から慣れ親しんでいる遊び 環境や遊び道具を部分的にデジタルメディアテクノロジーの特 長を使って拡張するという手法を使って作品作りを続けて来 た。この手法を通して筆者は多くの子どもたちが普段の遊びの 中で、その遊びが持つ様々な制限によってパターン化された行 動を取っていることに気付かされた。例えばクレヨンを使った 図5 カラーセンサーで色を読み取るクレヨン型の装置. 遊びについて複数の幼稚園に調査に行き、何を基準に子どもた ちが色選びをしているのかを探ったところ、子どもたちは好き な色を既に決めており、例えば女の子であればピンクを選ぶな どの傾向があったこと、また何かを観察して描くときも、ゾウ を描くのは灰色や水色、ライオンなら黄色か茶色などのように 定番の組み合わせを選択する傾向が多かった。これはクレヨン の色数を増やしてもあまり変わらず、定番と思われる色を選択 していた。もちろん、クレヨンは絵の具などに比べると混色な どが難しく、多彩な色を表現するのには限界があるが、対象を 観察するということが子どもにとって容易では無い事も確かだ と思われる。こうしたクレヨンによる色を使った描画遊びにカ ラーセンサーによって対象の色を読み取るという機能を付加す る事で、子どもたちは対象に近付き、時には触れてみるという. 図6 スクリーンに身振りで描画を投影する. ような行動を起こすようになった。また、その対象が木漏れ日 この作品では物体の色を読み取る機能がクレヨンによる描画 遊びから拡張されており、目の前にある物体と色との関係を子 どもたちが再認識する機会を提供できたと考える 。 4). 76. の色や、色々な物体の影の色、のように物体そのものから光と 影が創り出す色空間に興味が移った子どもも多かった。 また、無線を利用したカスタネットの作品では合奏が苦手. 最後に紹介するのが、カスタネットを使ったリズム遊びを無. だった子どもたちが自然と合奏のような状態をお互いに創り出. 線で拡張した作品である。この作品はカスタネットを叩くと、. していた。これはリズムが、この装置では音に光と振動が加. 他のカスタネットに無線で信号が送られ、振動と光が伝わると. わって表現されていたため、多様な感覚を動員して受け取るこ. いうものである[図7]。. とができたのが原因ではないかと思われる。. カスタネットを使った演奏では合奏をする場合、みんなでタイ. このように、筆者は「愛知県児童総合センター」での子ども. ミングを合わせるのが難しく、決められた楽曲を練習して合わせる. の遊びとメディアに関する制作を通して、子どもたちの遊び環. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016.

(4) 境や遊び道具を拡張することで、より多くの子どもが多様な表. をするときは紙の左下からレ点を描きはじめ、紙の下半分か全体. 現の方法を見つけ出すということを重要に考えるようになった。. の4分の1の範囲をレ点で埋め尽くすと、紙を180度回転させ、 また左下からレ点を描きはじめ紙全体がレ点で埋め尽くされると. 3.発達障害の人の表現活動とメディア. 完成するという独特な方法で絵を描き続けている[図8−9] 。. 3.1. 発達障害の人とメディアテクノロジー研究へ 筆者は「愛知県児童総合センター」を中心に子どもの遊びと メディアに関する展示を継続して来たが、その過程で数カ所の 幼稚園を調査した。調査を進める中で幼稚園のスタッフたちか らデジタルメディアを使うのであれば、発達障害の子どもたち のために制作を進めてはどうか、という意見がよせられた。ス タッフの意図するところは、現在の遊びではうまく周囲にとけ 込めない発達障害の子どもたちが、もしかしたらデジタルメディ アを使った遊びを通して、うまく周囲とコミュニケーションがで きるのではないか、というものであった。これを機に筆者は発 達障害の研究を進め、その研究をもとにデジタルメディアを用 いたコミュニケーションツールの作成を目指すようになった。 3.2. 発達障害の人の表現活動調査. 図8 右下からレ点が描画され中央まで描き進められる. 筆者は発達障害の研究を進めることにしたが、特に自閉症の 人の表現活動に注目した。これは定型発達の人のコミュニケー ション方法である言語や表情、身振りなどを自閉症の人が苦手 としているという情報を文献調査などから得ていたためで、直 接コミュニケーションには関わらないが、自閉症の人の思考法 や考え方、あるいは感情などが表現活動の中から読み取れるの ではないかと考えたからである。 筆者は複数の福祉施設における自閉症の人の表現活動を調査 して来た。その中からいくつか紹介する。 まず一人目のAさんは、10代後半の男性で言葉によるコミュ ニケーションは困難である。障害のある人の造形教室に通って いる。ある日、筆者がAさんの横に座って、その造形活動を見 ながら、一緒に手を動かすということをおこなっていた。その日. 図9 中央まで描かれると紙を180度回転させる. は絵の具などの描画材に色紙などを組み合わせて自由に造形す. また別の福祉施設の40代の自閉症男性Cさんはダンスワー. るという活動を進めていた。筆者はAさんが色紙で器用に箱を. クショップに参加している。Cさんは舞踊家の動きを真似るこ. 作成しているのを見ており、完成したので別の色紙を手渡した。. とでダンスを踊る。その動きは俊敏で舞踊家がCさんに意識を. そのとき、偶然にも手渡した色紙は正方形ではなく、長方形で. 向けたのがわかると途端に真似が始まり呼吸の合ったダンスを. あった。そうすると、Aさんは手に入れた長方形の色紙をうまく. 踊りだす。またCさんのダンス空間でのポジショニングは独特. 使って2個の連結された箱を1枚の長方形の色紙から折って完. で、ダンス空間に居る人たちとしばしば点対称の位置関係を維. 成させた。筆者は、Aさんの迷いのない鮮やかな手つきに感心. 持するように動いているのが特徴的である5)。. してしまい、もっと細長い長方形に色紙を切ってAさんに手渡し. 3.3. 発達障害の人の感覚経験を追体験する. た。そうすると今度は3個の連結された箱をAさんは完成させ. 発達障害の人は社会におけるコミュニケーションに困難を抱. た。以降、筆者が少しずつ細長く切って色紙を渡すと、Aさん. えている人が多い。こうした困難を様々なトレーニングによっ. は、連結された箱の数を4個から6個まで増やす事ができた。. て乗り越えようとしている人は多いし、定型発達が多数を占め. 別の施設のBさんは自閉症の30代男性で会話によるコミュニ. るこの社会では、こうしたトレーニングを通して少しでも社会. ケーションが難しい人であった。Bさんは硬貨やおはじきなど小. に馴染もうとすることは大切であろう。しかし、一方で、上で. さな円形の物体があると、必ず2列に並べていく。また描画行為. 見て来たように、発達障害の人の特徴的な表現を見ていると、 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 77.

(5) この世界の捉え方が一様でない事に気付かされる。発達障害―. そして、そうした気付きによって、発達障害の人の抱える問題. 中でも自閉症の人―は感覚の統合に問題を抱えている事が知ら. を定型発達が理解し、お互いにとって最適で心地よい音の空間. れている。感覚の統合のバランス、例えば自己定位に関わる体. を共に作ろうという発想へと繋がるのではないだろうか。. 性感覚と他の感覚の統合が定型発達の人と異なっていれば、世 界の捉え方も違って感じるのではないか。そうした違いを体験. 4.ヒューマンエンハンスメントと子どもの環世界. することで、発達障害の人の社会での生き難さが定型発達の人. 4.1. ヒューマンエンハンスメントについて. に少しでも理解されることが重要なのではないかと筆者は考え. デジタルメディアテクノロジーは発展を続けているが、それ. るようになった。発達障害の人に定型発達の社会に馴染むよう. を支えるコンピューターテクノロジーが人工知能の発展によっ. に促すのと同時に、定型発達も発達障害のことをもっと理解し、. て急速に変化を遂げる中で発展が加速している。また遺伝子工. この社会を発達障害の人にとっても暮らし易いものにすること. 学や生殖医療技術も近年、加速度的に発展を遂げ、こうした技. が重要ではないだろうか。そこで筆者は発達障害の人の感覚経. 術群が複雑に連携し合うことによって、私たち人間の能力を拡. 験を追体験するためにメディアテクノロジーが使えないかと考. 張しようとしている7)。こうした工学、情報学、生物学などの. えるようになった。こうした経緯から筆者が制作したのが、発. 技術的発展による人間の限界を越えようとする試みをヒューマ. 達障害の人の聴覚体験を追体験するための装置[図10]である。. ンエンハンスメントと呼ぶ。ヒューマンエンハンスメントの主 流は人間の能力拡張である。つまり健常な成人の能力を基準に、 その能力を拡張しようとしているのである。 (ヒューマンエンハ ンスメントの技術的応用が身体的な障害のある人の能力拡張に 使われることも予測されるが、ここでも、やはり健常な成人に 身体的な障害のある人の能力を近づけることが意図されている。 場合によっては健常な成人の能力を越える事も予測されるが、 それすらも健常な成人の能力を基準に、その限界を越えたもの であり、その向かう方向性は同じであろう。 ) しかしながら、筆者は発達障害の人の研究を通して、その感 覚世界を追体験し、発達障害の人の感覚経験を通した世界観へ の理解を広げる事で、この世界の多様な経験の仕方の一端を垣 間見たと感じており、健常な成人の能力の拡張という方向性以. 図10 発達障害の人の聴覚経験を追体験する装置. 発達障害の人の中には定型発達と音の捉え方が異なる人がい. して考えられ、その可能性を模索する必要性を感じている。 4.2. ヒューマンエンハンスメントのアナザーモデル. る事が近年の研究であきらかになってきている。たとえば選択. 筆者はヒューマンエンハンスメントが主に目指す方向が健常. 的聴取困難によって多数の音の中から特定の人物との会話だけ. な成人の能力を基準に検討が進められる事に異論は無い。ただ、. に集中することが困難になっている可能性などが示唆されるよ. この世界は多様なコンディションの人が寄り集まって構成されて. うになってきた。. いるということは忘れてはならない。例えば、ハンマー投げの室. 筆者は、発達障害の人が日常的に抱える他者との対話の困難. 伏広治選手は、30代半ばを越えたころから、 「赤ちゃん」の動き. を、発達障害と定型発達の音の捉え方の違いによる世界像の違. を参考に自己の肉体を強化するトレーニングに取り組んでいた。. いから生じていると考え、定型発達に発達障害の人の聴覚的特. 赤ちゃんは筋肉が十分に発達していないが、寝返りやハイハイを. 性が作り出す音空間を体験してもらうことが重要であると考え. こなしている。この赤ちゃんの動きは体幹を成人よりも効果的に. た。実際に筆者が制作した装置を使うと自己の体性感覚と聴覚. 使うことによって成立しているのだという。赤ちゃん時代は全て. が一致しなくなり、多数の人が同時に話している場の中から特. の人々に取って経験済みであり、成人の世界と繋がっているが、. 定の人と会話するのが困難になる 。. その時代に得ていた感覚や能力は成人にとってはトレーニングに. 6). 78. 外にも多様な方向性がヒューマンエンハンスメントの可能性と. こうした体験を通して、例えば発達障害の子がグループ内で. よって再拡張しなくては得られない。筆者は、こうした健常な成. の討論で発言できなかったり、逆に一方的に話してしまったり. 人の能力を基準とせず、発達の様々な段階の人の感覚や能力に. することの原因が、同時に多数の人が話す場で、その発達障害. 着目し、相互にその感覚や能力を理解し、時にはその感覚や能力. の子が混乱しているのではないか、と思い至ることができる。. の拡張に役立てる方法を探ることが重要ではないかと考える。. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016.

(6) 筆者は、ヒューマンエンハンスメントのアナザーモデルとし て、このように多様な発達段階の人の感覚や能力を知る事に よって相互拡張を目指すことを提案したい。 4.3. 子どもの環世界による拡張. 捉えたり、理想的な状態であると捉える視点からの解放への契 機ともなると考えている。 先進国では高齢化が進み、日本でも超高齢化社会が到来しよ うとしている。これに加え、ヒューマンエンハンスメントの一. は“THE GARDEN(21st CENTURY. 側面である超長寿命が実現すれば、人類はこれまで体験してこ. ”の中で「水滴遠近法」という方法によって子 AMATEUR FILM). なかった未曾有の超高齢というコンディションを体験すること. どもの視点を表現している。子どもの見る世界を表現したこの. になる。この新たなコンディションを考えるとき、従来の健常. 作品では、世界を発見する驚きを、作品を見る人にも追体験さ. な成人を基準に様々な社会制度や日常生活を構想することは難. せる。視覚や聴覚などの五感や特殊感覚と呼ばれる感覚群と身. しいのではないか。人の人生という様々なステージをすべて発. 体の運動感覚が十分に発達しておらず、未分化な状態において. 達段階と考え、ヒューマンエンハンスメントをそれぞれの発達. は、世界とは常に感覚と身体を総動員して感じるものであった. 段階における豊かな経験を生み出すテクノロジーとして捉え直. であろう。その感覚と身体を他の発達段階の人が得ることは困. し、幼児や発達に問題を抱える子を含む子どものあらゆる発達. 難ではあるが、疑似体験する試みがいくつか見られる。例えば. 段階における感覚と身体についての知見をヒューマンエンハン. 交通事故防止を目的に作成された本田技研工業株式会社の「チャ. スメントの技術的展開に活用していくことで、多様な世代が相. イルドビジョン」 は、子どもの大人よりも狭い視野を、大人. 互に理解し合い、経験の拡張をはかれるのではないだろうか。. タマシュ・ヴァリツキー. 8). 9). が追体験できるツールであり、大人が子どもの狭い視野を理解 することで、子どもの危険回避に役立てようとするものである。. 謝辞. こうした疑似体験のツール等は、子どもの世界を理解しようと. 本研究は JSPS 科研費26370185、公益財団法人大川情報通. するものではあるが、一方で大人を基準に構築された人工的な. 信基金および公益財団法人大幸財団の助成を受けたものであ. 環境における子どもの生き難さを大人が理解するという側面が. る。ここに深く感謝いたします。. 大きいように筆者は感じている。もちろん、そうした視点の重 要性は変わらないが、前述した室伏広治選手の例が示すように、 【注および参考文献】 子どもの大人とは異なる感覚や身体の持つ可能性に目を向け、 大人が子どもを理解するだけでなく、その感覚や身体から学び、 大人と呼ばれる段階の様々なステージにおいて、その学びを活 用することができるのではないだろうか .. 5.まとめ 発展を続けるデジタルメディアテクノロジーと、それを応用 したヒューマンエンハンスメントにおいて、様々な発達段階をシ ミュレートし、その優れた点をもって人間のあらゆる発達段階を 相互拡張するためには、子どもという存在を成人に至る過程とし てではなく、相互拡張のためのモデルとして捉えることが重要で ある。そのための方法として、やはり多様な発達段階の解明が重 要であるが、解明されている知見をもとに多様な発達段階の疑 似体験あるいは追体験ができるツールをデザインすることによっ て、大人に多様な発達段階を体験してもらうことが可能となる。 こうした多様な発達段階への大人による深い理解を引き出すこと が、各発達段階の持つ可能性への気付きへと繋がると考える。 筆者は、こうした気付きが、定型発達の成人というモデルを 出発点に構築されがちなヒューマンエンハンスメントの技術的 発展に別の視点をもたらし、子どもや発達に問題を抱えている 人など、あらゆる発達段階にある人々の、あるがままの状態へ の理解を深めるとともに、定型発達の成人をある種の到達点と. 1)愛知県児童総合センター:愛知県児童総合センターとは, 愛知県児童総合センターホームページ,http://www.accaichi.org/about/,2016. 2)エキゾチック∼メディアセレクトの感覚ツアー:あそび発見 ブックあぶらぶ34号,愛知県児童総合センター,2,2007. 3)子供と最初に接触するコンピューターのインターフェイス デザイン研究,村上泰介,日本デザイン学会第54回研究 発表大会概要集,86-87,2007. 4)コンピューターによる子どもの描画活動のためのインター フェイスデザイン研究,村上泰介,日本デザイン学会第 55回研究発表大会概要集,118-119,2008. 5)模倣と創造へのアプローチ:発達障害研究による身体イ メージのアナザーモデルを利用したメディアデザイン開 発,村上泰介,日本デザイン学会第62回研究発表大会概 要集,D5-04,2015 6)Ear ball for empathy: research into the simulation of sen-. sory experiences common to developmental disorders, Taisuke Murakami, SIGGRAPH Asia 2015 Emerging Technologies Article No. 9, 2015.. 7)スペキュラティヴ・デザイン問題解決から,問題提起へ.─未 来を思索するためにデザインができること,アンソニー・ダ ン&フィオーナ・レイビー,ビー・エヌ・エヌ新社,2015. 8)タマシュ・ヴァリツキー,1959年ブダペスト(ハンガ リー)生まれ,コンピューターグラフィックスによるアニ メーション制作者. 9)チャイルドビジョン,本田技研工業株式会社ホームページ, http://www.honda.co.jp/safetyinfo/kyt/partner/partner3.html, 2016.. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 79.

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