• 検索結果がありません。

ボールズとギンタスの対応理論の発展過程(下)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ボールズとギンタスの対応理論の発展過程(下)"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. ボールズとギンタスの対応理論の発展過程(下). Author(s). 小内, 透. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 43(1): 79-92. Issue Date. 1992-07. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5219. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 平成4年7月. 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第4 3巻 第1号 43 I Sec lofHokkaido Universi i i t ty of 政iucat Jouma on( on IC) VOI . . , No. l Ju y ,1992. ボールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下). 小. 内. 透. 序章 問題の所在 第1章 対応理論の形成 第1節 対応理論の前史 第 2 節 I Q論争と対応理論の登場 第2章 対応理論の確立 第1節. 学校・家族の社会関係と生産の社会関係の対応. 第2節 教育の歴史と資本主義の発展過程の対応 以上, 前号 第3節 対応理論における矛盾と展望 第3章. 新たな理論展開と到達点. 終 章 対応理論の意義と問題点. 第3節. 対応理論における矛盾と展望. ボール ズとギンタスは, 『アメリカ資本主義と学校教育』において, 教育の構造と資本主義社会の 発展の連関を対応原理に基づいて把握した. 彼らは, 教育の構造を資本主義社会の発展のあり方に 対応して変化するものとしてとらえていた. それでは, 彼らにとって資本主義と学校教育の対応関 係を乗り越える展望はいかにして描かれるのであろうか. この問題は, ラディ カル・エコノミスト としてのボールズとギンタスにとっ て避けて通れない重要な論点である. なぜなら, 彼らは現在の 資本主義と懲校教育の対応関係に対して批判的な立場をとっ ているからである. そこで, 教育の構造と資本主義の発展に関する歴史的分析の上にたっ て, 彼らが描く今後の展望 について検討してみよう. この点に関して, 彼らは次のように述べている. 「経済的不平等は 資本主義経済の一つの構造的側面であっ て 熟練度とか能力という個人的な , , 差違に依存するものではないということも明らかにしたい. 不平等の度合いは, 経済構造の変化に 1 }」 つれて推移するものであっ て, 教育政策を通じて改善される可能性はほとんどない( . ここにみられるのは, 生産の社会的関係から生ずる経済的不平等は, 教育政策によっ てはほとん ど解消することができないという考え方である. これは, 教育のあり方は資本家の意図によっ て変 えられてきたという指摘からいえば当然の帰結である.「学校制度の平等化が人的資源の分配の平等 2 ) 化を通 じて社会の平等化をもたらすとは単純に言い切れない( 」 のである. もちろん, 「このことは, 学校制度の平等化が, より平等な社会をつくりだすために何の役割をも 3 ) 演じないということを意味する( 」わけではない. 学校制度の変革にも一定の積極的意義を認めてい る. しかし, 学校の平等化が経済の不平等の解消に意味をも つのは, 平等主義的教育改革が明確な 79.

(3) . 小 内. 透. 形で政治的で, その目的が, 不平等を永続させている体制の能力を掘り崩すものである場合だけで } したがっ て その意義は教育改革の中身自体にあるのではなく, 社会体制を変革する政治的 4 ある( , . 運動を高揚する引き金になりうるという 点でのみ, 評価されるのである. その意味で, 平等主義的 な教育改革が実現してもそれ自体では, 社会の不平等をなくすことにはつながらないし, 教育改革 それ自体にはそれほど意義があるとはいえないという認識があるといえる. やはり, ボールズとギンタスの場合には, 教育制度の改革それ自体のなかからは展望 が見いだせ ないという認識があるのである. それでは, こうした状況はどのように克服されるのか. その答えは彼らにとっ て明快である. 社 会主義社会の建設しかないということである. 社会主義的な生産の社会的関係を作り 上げることに しか, 展望は見いだせないということである. しかし, そこでは, 彼らのいう社会主義がいかなるものを指しているのかが問われな ければなら ない. 一般的に, 社会主義といっ ても, 多様な姿が含まれているからである. 彼らは自らのめ ざす 社会主義像を次のように描 いている. 「(注-彼らのめざす社会主義は)ソ連や東欧諸国が達成したものを超えるものである これらの . 国々は生産手段の私有制を廃止したが, 資本主義を特徴づける, 経済管理, 支配, 従属の関係を再 現している. 生産手段の私有制を廃止したことによって, 経済的不平等は大幅に低く なってきたが, この書物で取り 扱っ てきたような, 他の問題を解決することはできなかっ た. われわれが望 んでい る社会 主義は, 所有にかんする法的問題を超えて, 平等主義的, 参加的な力関係の粗合わせとして の経済的民主主義の具体的な社会的問題にまでゆかなければならない. ……アメリカの社会主義は 明確にアメリカの生産物であっ て, アメリカの歴史, 文化, より良い生活を求めた闘争から生成さ れたものである. アメリカにおける社会主義はどのよう なものであろうか. 社会主義は結果ではなく過程である. 社会主義は各人がその労働生活を直接的な参加による管理を通じて計画できるような, 経済的, 政 5 }」 治的民主主義の体制 である( . つまり, 彼らの展望する社会主義とは, 既存の社会主義をモデルにしたものではなく, アメリカ 固有の歴史, 文化などに根 ざした社会主義である. それは経済的政治的民主主義を内実にもつ私有 制を廃止した社会主義社会の建設であるといいかえてもよい. 彼らは後に, それを 「民主主義的社 6 ) ソ連型の社会主義に対しては懐疑的だが, そ i 会 主 義」 (democrat i l i cso c a sm) と名づけている( . れでも独自の社会主義をめ ざすという展望は揺る ぎないものとして掲 げられているのである. こう して, かれらは社会主義の建設によっ て, 生産の社会的関係を変革し, それによっ て経済の 不平等そして教育の不平等を克服しようと考えている. しかし, ここで述べられている展望は, そ. れまでの対応原理の歴史的構造的分 析とは結びつかない. たしかに, 社会主義は単なる机上の プランではなく, 資本主義の内部に生じている諸矛盾を基盤 としているという 認識も示さ れているが, そこで示されている矛盾は,「アメリカ階級構造にお ける 7 } 対応原理の歴史的構造 IQ」の論文の最後に提示された, 矛盾のリストとほとんど変わりがない( . 的分析から導出されたものとは到底いえない. また, 彼らは後に, 『アメリカ資本主義と学校教育』 において展開された 「この点 (注-経済と教 育の対応しない側面) に関するわれわれの 主要な貢献は, われわれが先進資本主義における再生産 「 8 ) と蓄積の間の矛盾と名付けたものであっ た{ 」としている. つまり, われわれは, 教育システムは 資本主義的生産の社 会的諸関係の再生産と正当化に貢献していると示唆した. しかし, 同時に, 資. 本主義的生産は蓄積--賃労働システムの拡大と生産の古い型の衰退--の傾向を示す. この運動 80.

(4) . ポールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下). は不可避的に生産の社会的諸関係の再構築と再生産の必要条件に必然的な変化をもたらす. このよ うにして, 再生産と蓄積の矛盾は, 資本主義的生産諸関係の発展構造と周期的に調和しない教育シ 9 ) ステムの形態をとる{ 」という点を強調している. 再生産と蓄積の矛盾が資本主義的生産諸関係の発 展構造と周期的に調和しない教育システムの形態を生み出すというのである. 『アメリカ資本主義と学校教育』 にお ける対応原理の分析をみると たしかに資本主義社会は生 , 産構造や経済構造を変化させ, 教育との対応関係が崩れることがあるとされている. しかし, 必ず 教育の構造は資本家たちが望 む通りに新しい形に変化し, 新しい対応関係が生み出されるという認 識も明確にされている. そのため, 決して再生産の構造は消滅しないし, 資本主義社会そのものも 決して崩壊することはありえないことになる. これでは, いくら資本主義における矛盾を指摘し, 社会主義を展望 しても, 新しい形での資本主義が資本家たちの望み通りに生み出されることになっ てしまう. そこからは永遠不滅の資本 主義社会の姿しかでてこない. その意味で, 彼らの意図とは異なっ て, 対応理論はやはり機能主義的性格をぬぐいさることがで きないものになっ ているといわ ざるをえない. これはどんなに矛盾のリストを長く しても決して解 決しない理論上の弱点を示しているといえる.. 〔注〕 1』 岩波現代選書, 1 9 87年, 97頁‐ ポールズ・ギンタス 『アメリカ資本主義と学校教育1 4頁. 同上, 17 同上, 17 3頁. 同上, 17 3~17 4頁参照‐ 同上, 206~2 07頁参照‐ “ i i i l ( ) i ltheo Gin i t t t c onsandreproduc neducat n Co e ed s e s rad oni ona ly” es ‐ , M‐ ,S. Cont ,i ,Bowl ,H‐& Bowl h Y T F p 9 8 8 B L M N k h l ) 1 i i ( t i 8 ted 1 ただし 本論文の初出は a n e w o r e a m e r r e s s a r o n e andGi nt s sRevi g p . . . , , , , , , l T F l p いて S h l i l d l dC I T i ( L h ) 1 9 8 0にお R.& Wa である ( ) l ke S d a n c n e w s a m e r s c o o n e o o u u u l e e r e s r e s g を w , , ‐ , ,. ( 7 ) 第1章, 第2節参照. ( 1 ) 2 { ) 3 ( ) ( ) 4 5 ( ) ) ( 6. i ( ) Co l ),op 19. 8 t e ed‐ - .c . ,p , M.( ( 9 ) lbi d 1 9 - ‐ . ,p. 第3章. 新たな理論展開と到達点. 『アメリカ資本主義と学校教育』 において確立した対応理論は たしかに 「機能主義的」 な性格 , を免れないものであっ た. したがって, すでに述べたように, この点に対応理論に対する批判が集 中した. この点に関しては, ボールズとギンタス自身, 認め ざるを得なかっ た. 事実, 彼らは 「教 1 ) 育理論における矛盾と再生産( 1 9 80年) において次のように自己批判している. 」( 「われわれは われわれの本の弱点の一つが教育変動の弱くできるだけ自発的な政治的規定の中 , に存在 していると感じている. この弱点は, 発達した資本主義のシステマティ ッ クな矛盾の不適切 2 )」 な 取 扱 い に 起 因 し て いる( .. しかし, より重要なことは, ボールズとギンタスは, こうした自己批判をした上で, 対応理論の 弱 点を乗り越える理論的な営みを試みているということである. それは, リストンが 「場と実践の ア プローチ」 と名づけたものである. ボールズとギンタスは, この論文において, 社会を 「構造的に表現された社会的実践の場のアン 3 ) サンブル( 」として捉えなおしている. その場合, 場とは「独特な社会的諸関係ないし社会的諸構造 4 ) の特定の組み合わせによってキ象徴づけられる社会生活の結合した領域( 」を意味し, 実践とは諸構造 81.

(5) . 小 内. 透. の結果や反映ではなく, 社会的なダイ ナミ ッ クスの基礎的で他のなにものにも 還元できない要素を 示す. 両者の関連は, 場がその内部で生じる実践を構造づけるものとして位置づけられる.「場と実 践のア プローチ」 と呼ばれる所以である. ところで, 彼らによれば, 「国家, 家族システム, そして資本主義的生産が, 資本主義的社会構成 体のすべての場となる. 端的にいえば, 資本主義的生産の場は生産手段の私的所有, 市場原理によ る交換, 賃労働, 生産と投資の資本主義的管理によっ て特徴づけられる. 国家は, リベ ラルな民主 主義諸制度によっ て特徴 づけられ, 家族の場は家父長制として知られる権力と親族の構造によっ て 5 ) 特徴づけられる( 」 . 資本主義社会においては, 国家, 家族システム, 資本主義的生産の三つの場が 「 存在する ,ということである. そこでは, 教育システムの位置づけが問題になるが, 全般的に, 教育 6 ) システムは内的な組織と参加の根本的に異なる諸原則をもたない, 国家の下位の場である( 」と捉え 「 て組織されているのに られている. なぜなら 一般に, 国家は多数者の規則という原理にしたがっ 7 ) 対し, 学校は上意下達の管理という 原理にしたがっ て組織されている( 」 からである. i i l i t i i ca t ce), 政 治 的 実 践(pol しかも, そのそれぞれの場の内部に, 専有的実践( vepract a appropr i ) ce pract ,. 文化的実践. i but i i ) という 4つ のタ i t lprac (cu l tura t r ve pract ce s ce) , 分 配 的 実 践 (di. イ プの実践が生じるとされる. 専有的実践とは自然を変形するという通常の意味での労働であり, 政治的実践とは一つの場の社 会的諸関係を変化させようとする社会的干渉を意味する. 文化的実践 とは情報の交換, 意識の状態の表現, 団結の辞の形成, 行為の共通戦略の創出であり, 分配的実践 は様々な対象を分配する実践を指す.「要約すれば, 一つの社会構成体は場の一つの構造的な表現で あり, 一つの場はその内部に生じる専有的, 政治的, 文化的, 分配的な実践を表わす一つの構造で あ る◎」 .. さらに, 彼らは, 「先進資本主義社会の社会構成体にお ける国家, 家族, 経済の特殊な性質を考慮 して, これらの場 が矛盾した統一体として現われていること, そして全体の ダイナミッ クスがこの 9 } 統一体の矛盾した性質に根 ざしていることを主張する{ 」 . 三つの場を矛盾した統一体として把握す る場合, 問題となるのは, それぞれの場の相互作用に関する原則である. 彼らは, それを構造的区 i ) ionofprac i tes t lde l imi ion) と場を横切る実践の転移 ( t cesacrosss tat 切り ( ransponat t ructura s という2つの原則によっ て把握しようとする. 前者は場を取り囲む区切りの表われ方の性質そのも のによって場の発展の上に位置づけられた強制であり, 後者は集団が闘争や対決において, これら の闘争が生ずる場に特有の実践をつねに行うとは限らず, 特殊な環境のもとでは他の場に特有の実 践に ”転移“ しようとするという事実である. それらは, 必ずしも明確ではないが, 実践が特定の 場の内部のみに限定される場合と, 特定の場で生じた実践が他の場にお いても大きな意味をもちう る場合を指して いると考えられる. しかも, この二つの原則はそれぞれ, 再生産的な性格をもつ場 合と矛盾的な性格をもつ場合がありうるとされる. ここで述べたことを, それ自体国家の下位の場と して位置づけられる教育システムと経済の相 互 ) 1 0 作用を例にして, 具体的に説明すると次のようになる{ . 教育システムと経済の相互作用の場合, 再生産的な区切りおよび転移と矛盾した区切りおよび転 移が存在する. 再生産的な区切りとは学生たちに対 して職業機会の限定された範囲を保証すること であり, 再生産的な転移とは教育の社 会的諸関係を再構造化するために, 資本主義的生産の場から 生ずる政治的実践を意識的に教育に転移することである. つまり, これが安定的な対応関係にある 場合を指 していると考えてよいと思われる. 一方, こうした再生産的な区切り と転移が失敗すると き, 矛盾した区切りと転移が生み出さ れる. 矛盾した区切りの例として, 彼らは男と女に相対的に 平等な教育が与えられることをあ げる. なぜなら, それは, 女の男への従属に依存している資本主 82.

(6) . ボールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下). 義的企業におけるヒエラルヒー的な諸関係の再生産を非正統化することにつながるからである. ま た,ホワイ トカラーに対する資本主義的生産の領域の需要も矛盾した区切りの例としてあげられる. それは, 資本主義的企業の社会的諸関係とまっ たく両立できない一般教育の形態を必然化するから である. こうした矛盾した区切りという考え方を導入することによっ て,「以前にはわれわれが教育 システムの不活発なダイナミッ クスとして単純に考えていたこのメカニズムは, 現在では, 矛盾し 1 1 ) したがって た区切りづ けの-形態としてより包括的に叙述 できるようになっ ている」とされる( , . これらの考え方は, あくまでも対応理論を発展させたものとして位置づけることができる. これに 対し, 矛盾した転移はしばしば国家の場から転移した教育における民主主義的な参加の諸形態をと る. これが何故矛盾 した転移として把握できるかは必ずしも明確ではないが, おそらくそのことが, 国家の意図に反した実践を教育ないし国家以外の場で生み出すからであると考えられる. こう して彼らは, 場と実践のア プローチによっ て, それぞれの場における実践が再生産的な意味 あいをもつ場合と矛盾した意味あいをもつ場合とがあることを説明しようとしている. そのうち, とくに重点をおいているのは, いうまでもなく, それぞれの場における実践が矛盾した意味あいを もつ場合についてである. 『アメリカ資本主義と学校教育』の段階の対応理論は基本的に機能主義的 な志向性が強いということが多くの論者から指摘さ れ,自らも自己批判をしていることを考えれば, ごく自然のことである. 事実, 矛盾した側面についてのみ, 教育システム以外の場も例にとりあげ, さらに詳しい説明をしている. それゆえ 「場と実践は資本主義的な社会諸関係を再生産する結果を 2 1 } 生み出すと同時に, それを掘り崩す結果をも生み出す( 」 ものとして位置づけられるという形 で理 解されるのである. ところが, これまでの叙述からも分かるように, ここで述べた 「場と実践のアプローチ」 は全体 として未整理の段階にあるといえる. とくに, 従来の対応理論にはなかっ た新しい概念は, その一 般的な規定の段階においては理解が可能であるものの, いっ たんそれを具体的な場面に適用 して説 明しようとすると, 必ずしも明快なものとはならなくなる. たとえば, 教育と経済システムの関係 の場合, 再生産的な区切りと再生産的な転移はどのように異なるのか, 矛盾した区切りと矛盾した 転移はなぜ異なるものとして把握されうるのかが容易には理解できない. こうした事態は, 機能主 義的な性格という 点を批判された対応理論をいかに矛盾を含めた論理的枠組みに作り変えるかとい うことを, 現実から出発するのではなく, 抽象的な新たな概念を作り上げることによっ て達成しよ うとしたために生じたものであると考えられる. いいかえれば, 新しい概念装置を出発点にして現 1 3 } 実を演輝的に説明しようとしていることに起因しているといえる{ . リストンの 「場と実践のアプローチ」 に対する次のような批判は, まさにこの点をついたもので あ る と い っ て よ い.. 「新しい概念装置や彼らの政治的志向性にもかかわらず ボールズとギンタスは機能主義的分析 , の一形態を提供し続けている. …… …… “複雑な矛盾的全体性” という考え方は, 実証的な検討によっ て拒否されることを免れた枠 組みを作り出す. 一つの 主張を偽造する可能性があるにもかかわらず, より大きな理論的枠組みは, 実証的には決して無効にされえない. ”複雑な矛盾的全体性”として社会をみなす理論家は, それぞ れの目的に応じた数え切れない定式, 概念枠組みによっ て提供され, 認められた定式に頼っ てきた. 概念枠組みがそんなに厚いよろいかぶとのようなものである時, その説明としての正確さは疑わし 1 4 )」 い も の で あ る( .. だが, ボールズとギンタス自身, この論文における理論的展開に必ずしも満足していなかっ たこ とも事実である. それは, 最近の「アメリカ資本主義と学校教育:諸批判 への回答」 ( 988年)とい 1 83.

(7) . 小 内. 透. う論文の中で, 「われわれは, 今日, 『教育理論にお ける矛盾と再生産』 において採用された, 場-. 実践という枠組みが, 社会生活領域の土台-上部構造関係モデルへの適切な対案を提供するには十. 分 発展させ られていなかっ たし, 社会生活の構造とそれらの構造を作りかえる諸個人および諸集団 I S ) の実践との相互作用の性質を十分に明確にしてはいないと 思っ て い る( 」 と 述 べ て いる 点 に 端 的 に 1 6 } 『 1 986年)以降, そ 示されている. そこで, こうした不備を補うために, 民主主義と資本 主義( 』( し その多様な姿を非対称 ゲームのルールという形で把握 れぞれの場がもっている異なる諸原則を , i iv e t tut i ), 構 成 的 ゲ ー ム ( cons ve game recurs 的ゲーム (asy1nmetric gamne), 循 環 的 ゲ ー ム ( ), game. 1 7 ) 重層的ゲーム (overlappinggamne) と して 解 明 しよ う と す る 試 み が 続 け ら れ て い る( .. し. かし, やはりこれも単なるアイディ アの域を脱していないといわ ざるを得ないし, そもそもゲーム の概念を精微化することが, どう してこれまでの理論的な弱点を補うことにつながるのかがわから ない. その意味で, 対応理論は, 対応の矛盾を積 極的に説明しようとする方向で再編されて きてい る が, そ れ は け っ し て 成 功 し て い る と は い い が た い.. さらに, 重要なことは, こうした対応理論の再編の過程で, 実は対応理論の背後にあっ た政治的 なメ ッセージ, いいかえれば資本主義社会においては再生産的な機能を果たす教育と生産の 社会的 関係の対応構造を克服できず, 社会主義において初めてそれが可能となるという考え方それ自体が 変化してきているということである. それが, もっ ともはっ きりと示されているのは, ボールズを 1 8 ) 中心にしてアメリカの経済の現状を解明した 『アメリカ衰退の経済学( 』 の日本語訳のための書き 1 9 )( 985年) においてである. すなわちそこでは, 次のように述べられている. 1 下ろし論文( 「アメリカのための進歩的な経済戦略を形成するための鍵は, 浪費がアメリカ資本主義経済のい たる所に蔓延していることを 認識することにある. …… …… (注-この浪費を克服するために) 賃金に主導される 生産性上昇の戦略をわれわれは提唱す る. … …. ・ ・…・その中で鍵となる 措置は次のものである. ( 1 ) 完全雇用への急速な移行. …… 2 ( ) 賃金平等化. …… ( 3 ) 賃金上昇. ( ) 金融引締めを通じてではなく, 生産性上昇の促進を通じての 反インフレーショ ン政策および 4 2 0 )」 短期的調整または移行措置( . ここには,資本主義社会の変革を声高に訴えていたボールズとギンタスの考え方は見当たらない. これらの政策は, 決して社会 主義的なものではない. むしろ資本 主義を延命することに寄与するこ 2 1 } もちろん この点 に とになりかねない. 事実, こうした批判が何人かの論者からなされている{ , . ついてはボールズたちも明確に認識しており, 彼ら自身これらの批判 を紹介している. 「(注-前述した) 特定のプロ グラムの実施要求は, それがいかに 『進歩的』 であろうとも, せい ぜい一種の 『左派テクノクラシー』 や改良主義者の乗っ 取りを導く にすぎないと主張する者もいる. つまり, そうした企ては, 不可避的にわれわれを 『資本家のために資本主義を救う試み』 に加担さ せ, アメリカにおける強力 な社会主義運動の構築という 長期的計画から目をそらさせると彼らは警 } 2 2 告 す る の で あ る( 」 .. それにもかかわらず, 彼らは, こう した提言をしているのである. それは次のような理由にもと. づ、い て い る と さ れ る.. 「経済の再編成という問題にた いして表明されるこう した磯賭は見当違いであるとわれわれは考 える. 進歩的な経済的要求をめ ぐる運動が, 今やアメリカの 進歩派と社会主義者にとっ て主要な優 84.

(8) . ポールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下). 2 3 )」 先事項と好機を意味している( . グラムは, この時点では直接社会主義的なものではないに 彼らの経済再編のプロ いいかえれば, もかかわらず, 彼らの プロ グラムがやがて社会主義建設に結びつくものであり, その意味で変革の 一つの過程に他ならないとしている. しかし, こう した説明は必ずしも説得的ではない. なぜなら, 彼らの経済再編の プロ グラムが資本主義の延命に資するのか, それとも社会主義的な変革の プロセ スにつながるのか, その分かれ道となる経済再編後の展望が全く描かれていないからである. した 2 4 ) がっ て, あきらかに展望に関する考え方が変わっ てきていると理解せ ざるを得ない( .. 〔注〕 ” i ltheory“ [ i ionineducat i 1 i t t e ( 1 ) Ginti ona n Ba【on rad c onsandreproduc S ghan, ,i ,Lり M .& Bowles ,E ,S. cont C F l l i l l i l ( L T h ) 1980/in Co R. & Wra lker ( ) ss e eds , e almer Pre , M. ,S . ,Schoo ng deooを評 and urrcuuIn, ewes P B l i i R i i d N Y k T h F l 9 8 8 d G ( t )1 ( d t ), ow esan s n s evs e , ew or , e a mer res e. ‐ ’i i ioni i l (ed ), Bowl i t ( 2 ) Gint t es c neducat onaltheo ly’ e es s radi onsandreproduc . ,SgCont , n Co ,M‐ ,H.& Bowl T l P 9 8 8 6 i ( N Y k h F ) 1 1 d Gint i ted w r m r r a l s Revi s e o e a e e s s l p ‐ . , , 21‐ ( ) lbid.,p 3 . 4 ( ) lbi d.,p 21. . 21. ( ) lbi 5 d.,p . 6 ) lbi 23. ( d.,p . 23. ( ) lbid.,p 7 . 22. ( 8 ) lbid.,P. 22. ) 工bi ( 9 d‐,p ‐ 1 22~24 参照- ( の lbi d.,pp . 24‐ ( ) lbid‐,p. u i l i l l ) 1988 p 55‐ { 1 2 ) Li ta tSchool ton D., Cap s s s,(London . ,Chapman & Ha ,lnc- { 3 ) 小玉重夫は, 構造的区切り(小玉は構造的境界決定と訳している)と実践の転移の原則によって, 「発達した資本 1 制社会の矛盾的な性格が導き出される」 とし, 教育システムを例にとってそれを説明している‐ つまり, 教育シス テムは国家の下位の場でありながら, 同時にその組織形態は資本制経済の場に従属しており, この二つの場の境界 で, 人権の拡張が所有権の論理と矛盾をきたし, 人権に基礎をおく実践の所有権に基礎をおく場への転移も矛盾を 生むとされる (小玉重夫 「ボウルズ=ギンタスにおける<構造>と<実践>概念の意義」 『教育学研究』 第5 8巻, 第4号,19 43頁) 91年, 3 . この小玉の説明は, 比較的理解しやすいものになっている‐ しかし, これらは, ボール ズとギンタスの論理を必ずしも正確に反映したものとはなっていない. なぜなら, 構造的区切りと実践の転移には 再生産的なものと矛盾的なものがあるという, ボールズとギンタスの指摘を紹介せずに, 矛盾的な構造的区切りや 矛盾的な実践にかかわる内容のみをもとにして構造的区切りや実践それ自体の全体像を叙述しているからである. ( ) Liston, Dりop,ci t,,pp,55~56 1 4 . ” H & B l l i l i i i i l ), Bowl ( 1 5 ) Gintis ta tAmer t o w es ngi n Capi s ca: Repl cぎ,i e,M‐( ed‐ n Co es ytoourCr . , ,S. Schoo i i lme ) 1988 p 239. t and Gi nt s Revi s ed,(New York,The Fa r Pres s . i l i i ( 1 6 ) Bowles ta ty ty and the Cont t nt s sm: Proper radi c ons of , S. & Gi , H. , Democracy and Capi , Communi Modem Soc i IThought i ) 1986. a c Books ,(New York,Bas i 1 8~i l ( 1 の n ) d-,pp 1 9 - . ( 1 8 ) Bow1 i$kopf land: A Democrat i i 1 ine te t es e c A1 e l l l at veto Dec ,S. , Gordon , D. & Wr , T. , Beyondthe wras , N h P b (Garden Ci 山 n / D l ) 1 8 d 9 3 ty J r r c o e s s o e a u y ‐ ‐ . , ,. ( り この論文は, 同上書の日本語訳, 都留康・磯谷明徳訳 『アメリカ衰退の経済学--スタグフレーションの解剖と 1 9 9 86年への書き下ろし論文として19 克服』東洋経済新報社,1 8 5年に書かれたものである. 日本語訳では, 同書の「エ ピロ ー グ」 とさ れて いる. 回. 同 上, 199~201頁‐. ” formi l ion: Li bera l i 岡 たとえば, Moi t t i taphys r sm orRevo ut sm andthe Me csof ,F- ,Sco ,A.& Lauder ,H. Re l N Y T F B l i i R i i Democracy”i ( d ) d G d ( h l M t k P ) 1 9 8 8 参照 t n Co w w n n v e e o e sa s e s e e r e a o me r r e s s , ‐ ., , , . αの 前掲 『アメリカ衰退の経済学』 2頁‐ , 19. 85.

(9) . 小 内. 透. 9 2頁. 園 同上, 1 i t 鰹 ) こうした最近の傾向を反映して,「Bowl sは現代資本主義経済の民主的改革案や対案を提示しているが, n e s=Gi 決して社会主義経済を指向しているわけではない. さらに, その分析手法は, 次に述べる人的資本理論に基づく教 育の経済学的分析を除いて, マルクス主義の述語を使用してはいるが, マルクス主義に全面的にコミットして いる i t sの 理 t では ない の である」 (田 中敬 文「Bowl es=Gi n わ けではな い. つ ま り, 彼 ら は Marxian で あ っ て, Marxi s 9 87年, 9 3頁)とする者もいる. しかし, この評価 論的発展過程」 『早稲田大学大学院経済学研究年報』第26号, 1 はポールズとギンタスの社会主義像の変化をふまえたものでない点で厳密ではなく, 社会主義やマルクス主義のイ メージが多様化している現実をふまえたものとなっていないという点で説得力に乏しい.. 終. 章. 対応理論の意義と問題点. 以上, ボールズとギンタスの対応理論の発展過程を明らかにしてきた. そこでは, 特定の段階の 理論的内容だけで, 対応理論を把握したり, それを批判することは必ずしも妥当ではないことが明 らかになっ た. なぜなら, 対応理論の内実はいくつかの 重要 な点で, 大きく変化してきているから である. したがっ て, 対応理論の全体像はこうした対応理論の変化・発展の過程をふまえて把握し 評価されなければならないといえる. そこで, まず, 以上の検討を通して明らかになっ た対応理論の問題点を, 対応理論の主要な変化 をふまえながらまとめると, 以下の如くなろう. 第一に, 対応理論における家族と学校の位置づけが次第に変化していっ たことを指摘する必要が ある. 対応理論の前史ともいうべき段階には, 家族が再生産にとっ て第一次的機能をもち, 学校は その補完的な位置をしめるものとして把握されていた. しかし, その後, 対応理論が形成・確立す る過程の中で次第に学校の位置づけが高くなり, 家族の位置が相対的に低下して いっ た. いいかえ れば, それは再生産に関する考え方の変化をも意味しているといえる. つまり, 家族が相対的に高 い位置づけを与えられて いた初期の段階では, なにゆえ再生産に寄与するような人格的特性が生ま れるのかという 点が, 家族の階層的に異なる養育パターンや下位文化によっ て説明されていたから である. その段階では, 素朴な形でではあるが再生産の 原因の一端が示されていたといえる. しか し, 家族の位置の相対的な低下は対応理論における学校の重要性を前面に打ち だしたものの, 家族 の階層的に異なる養育 パターンや下位文化にかわる再生産の原因として学校を提示したのではなか っ た. むしろ, 対応理論は生産の社会的関係と家族や学校の対応関係とりわけ学校の対応関係と い う表面的な現象の説明に力 点が移っ ていっ てしまっ たのである. したがっ て,・対応理論の形成・確 立にともなっ て, 再生産の原因論は後景に押しやられてしまっ たといえる. 第二に, 再生産構造の矛盾を捉えようとする試みが次第に強くなっ ていっ たことも重要な事実で ある. 当初は再生産構造はいわば鉄の構造として把握されていた. しかし, 対応理論の確立した段 階になると, 必ずしも対応構造したがって再生産構造は不変のものでなく, しかも必ずしも安定的 なものではないことを示そうという志向性も見られるようになる. それは, とくに生産の社会的関 係と教育構造が対応しなく なる場合を歴史的に明らかにすることの中に端的に示されていた. にも かかわらず, それは, 結局は資本家の意図通りに新たな形での安定的 な対応関係を作り出すという 形で整理されたため, 彼らの志向性とは異なり多くの論者から対応構造・再生産構造は安定的なも のとして理解され, 対応理論の機能主義的性格が批判されざるをえなかっ た. そのため, さらにそ の後ボールズとギンタスは, 「場と実践のア プローチ」 ともいうべき新たな概念装置や 「ゲームの規 則」 という考え方を導入した枠 組みによって対応理論を発展させようとしている (新しい理論とい っ た方がよいかもしれないが) . しかし, それは, 未整理の段階にとどまっ ているし, どちらかとい 86.

(10) . ボールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下). 1 } それゆえ もともと うと従来の対応理論より抽象的でわかり づらく, 演輝的な説明になっ ている( , . 内在的に結びついていなかっ た再生産の矛盾とその克服をめ ざして描かれた展望との関連の問題も 解決しないままになっ ているといえる. 第三に, 将来の展望, いいかえれば対応関係・再生産の構造を克服する展望 が次第に変化してき ているということである. 少なくとも 『アメリカ資本主義と学校教育』 の段階以前は, 資本主義社 会の止揚が不平等の構造や再生産構造の克服の道としてストレートに表現されていた. それは社会 主義社会の実現ということを意味するものであった. そうした考え方は 『アメリカ資本主義と学校 教育』 にも引き続きみられた. ただし, そこでは展望としての社会主義 社会が既存の社会主義では なく, アメリカ固有の社会主義であることが強調されていた. それは, 社会主義のイメージがより 詳しく述べられていることを意味すると同 時に, 展望としての社会主義に対する評価に微妙な変化 が生じたことをも意味していたと考えられる. この段階では, 既存の社会主義がモデルとなっ てし まうような社会主義という一般的な用語では説明し得ない独自の 社会主義像を, 彼らは描くように なっ ていたということである. さらに, 『アメリカ資本主義と学校教育』 以後になると, 「民主主義 的社会主義」 という表現が使われるようになり, さらに不況の続くアメリカ経済の現状を克服する ためのプロ グラムとして 「決して社会主義的政策といえない」 提案をするに至っ ている. 彼らの描. く展望は, 一般的な社会主義→アメリカに固有の社会主義→民主主義的社会主義→当面の不況対策 としての経済 プロ グラムの提示という形で変化してきているといえる. 明らかに展望としての社会 主義像が変化し, 社会主義の位置づけが低下してきていることが把握される. 第四に, 問題にしなければならないことは, 教育達成の社会的経済的不平等がなぜ生じるのかと いう点について, 一貫して深く検討されることがなかっ たことである. いいかえれば, 教育達成の 階級・階層差の形成要因が明らかにされて いないということである. この点に関してはIQや学業 成績が基本的なものではないという指摘のままに終わっ ている. そもそも, これは彼らにとっ て問 題にすべ きことがらでは なかっ たといってもよい. なぜなら, 教育達成の階級・階層差は所与の前 提であり, その理由そのものを深く追求することよりも, 階級・階層的立場の違いそのものを克服 することが彼らのもっ とも基本的な問題意識だっ たからである. にもかかわらず, このことは, 対 応理論にとっ てきわめて重要な弱点を意味しているといわ ざるをえない. 対応理論は再生産理論と しての位置づけをも有しているからであり, その点からみれば, 教育達成の階級・階層差の形成要 因を吟味しないことは大きな弱点になるからである. その意味で, 対応理論はなにゆえ再生産論と して位置づけられるかという 点が不明確であるといいかえてもよい. すでに指摘したように, 初期 の段階に見られた再生産に寄与する人格特性の階層差に関する原因論が, 対応理論の形成・確立と ともに姿を消していっ たこととあわせて, ここに, 対応理論の一貫した弱点が見いだせるのである. 以上のように, たしかにボールズとギンタスの対応理論は, その変化・発展過程を含めた全体像 をふまえてみた場合, いくつかの問題点が存在することが明らかになっ た‐ 対応理論は未だに理論 的な弱点や課題を内包しているのである. しかし, それは, 彼らの対応理論に積極的に評価すべき 点が存在しないことを決して意味しては し)★ !し、.. 第一に, 対応理論を再生産論として展開する場合, 人格的特性のあり方に焦点を当てたという点 は評価されるべき である. それは, バー ンステイ ンが 「言語コー ド」 を再生産の基本要因とし, ブ ルデュ ーが 「文化資本」 を再生産論の基礎にすえたのと同様な位置を占めている. バーンステイン と ブルデュ ーはそれらの要因が学校システムを通して教育達成の階級・階層的違いを生みだし, そ れが再生産のメカニ ズムを作り出すとしているのに対し, ボールズとギンタスの場合には, それと 87.

(11) . 小 内. 透. は対照的に少なくとも教育達成の問題, いいかえれば学校における認識面での評価は経済達成にあ まり関係なくむしろ非認識的人格特性が重要な位置をしめるとしたのである. もちろん, ここで, バーンステインや ブルデュ ーとボールズとギンタスの理論の間に一元的な優劣の評価を下すつもり はないし, ボールズとギンタスの考え方には認知的な能力の軽視という 点で疑問が残ることも事実 2 ) だが 少なくとも ボールズとギンタスが注目した非認識的な人格特性が再生産にとって である( , , . 何らかの役割を果たしていることも事実であり, その意味で再生産のメカニ ズムを十全なものとし て理解するためにはバー ンステインや ブルデュ ーの考え方だけでは不十分であるといえる.ここに, 彼らの理論的意義の 一端があると考える. 第二に, 彼らは, 再生産の矛盾やその克服という 点をつねに理論の中に取り入れようとしている 点も評価する必要がある. たしかに, 彼らの理論的営みは彼らの意図通りには成功していない. 事 実, 多くの論者から対応理論は 『アメリカ資本主義と学校教育』 とそれ以後の段階を含めて, その 機能主義的性格が批判され続 けているし, 再生産の矛盾とその克服の展望が内在的に結びついてい ないことも否定できない. しかし, それにもかかわらず, ブルデュ ーやバーンステインの理論と比 較すると, 再生産を克服しようとする問題 意識は強いといえる. それは, もちろん, 政治的志向性 の違いにもとづいていると考えることも可能である. しかし, 歴史的にみれば社会はつねに変化し, どんなに安定 した社会であっ てもやがて新しい社会に移り変わっ てきたわけであり, その意味で, 一見安定的に見える再生産の構造自体にもそれを変化させる矛盾 があることは否定できない. した がっ て, この点を内在的に説明しえなければ, 真に社会の現実を明らかにしえたとはいえない. そ の意味で, 彼らの問題意識はたんに政治的な志向性という 意味だけではなしに, 社会理論としての 再生産論の理論的有効性を考える 上でも重要な意義をもっ ているといえる. このように考えてくると, 今後の再生産論は バー ンステイ ンや ブルデュ ーの再生産論だけでなく ボール ズとギンタスの対応理 論で示された重要な考え方をも考慮にいれてさらに十全なものとして 再構築されなければならないといえる.. 〔注〕 ( 1 ) こ の 割こ関して, 小玉重夫はポールズとギンタスは, 自らの批判に直面してもなお, 再生産的なパースペクティ 9 80年代に入って, 社会の構造を異質な場が接合し合う多 ヴと構造に定位する方法とを放棄しなかったがゆえに,1 元性としてとらえ直すことができ, そのような場で展開される実践の論理を, 行為概念のとらえ直しによって明ら かにすることができたとしている(小玉重夫「ボウルズ=ギンタスにおける<構造>と<実践>概念の意義」『教育 7 0年代までの対応理論の機能主義的性格を乗り越えよう 8頁) 91年, 4 学研究』第58巻, 第4号, 19 . そこには, 19 80年代に提起された「場と実践のアプロー としたポールズとギンタスに対する高い評価がうかがえる. しかし, 19 「 チ」 や ゲ▼ムの原則」 といった理論的試みは, 資本主義社会の現実を解明するのに成功しているとは到底思えな 3参照) い. それゆえ, 小玉の指摘は未整理な段階にあるボールズとギンタスの論理を正確に把握せず(前章, 注1 , 彼らの意図を過大に評価した結果, 生まれたものであると考える. ( 2 ) 黒崎勲も 「彼等の主張する階級下位文化の仮説が, そしてまた, 階層化の要因としてのパーソナリティ 特性の強 調が, 認識能力の客観性と社会的有用性それ自体の否定にまで至るのであれば, それは支持されるべきではないで 3 ) とし, 同様な指摘を行っている. 98 9年, P.1 あろう」 (黒崎勲 『教育と不平等』 新曜社, i. <参考文献1>--ボールズ・ギンタスの論文 ・ 著作 ” lof Hu 1 ,Jouma f i i t l i l l i uman ty andthe Ef t ec vene ミ 渇 ofSchoo 1‐ Bowl near eon Mu co n es .& Levi , 日. Mor ,S Resources ,Sm鎚mer 1968. ” i l ofsome Recent l i t: An Appra t sa termi 2・ Bowl c Achi evemen as n乏mt sofScho es , 日‐ The De ,S. & Le礁n 8 斬 ′ i l 9 6 V l 3 N 1 H R t l f idence’ Ev o n e r J r 皿man esou ces . , o.. ‐ , ourna o. 88.

(12) . ボールズとギンタスの対応理論の発展過程 (下) i (Ha i i ty Pre 3. Bowl temsf l ~ r ard Uni ver s ミ 器) 1969. c Growth es ng Educat onaISys or Economi , ,S. ,P1amn ’i ”TowardanEducat 日 ▽ L F ) E d i i d ( d i S i IP d t t t 4. Bowl o n a I s e n e o n n c c a o n n a r c l u u es o o u , , ‐. , ., ,lncome ,and ,. i R ) 7 0 日wman Capi l ( N Y k N i 1B fE h 1 9 ta t c e a r c e w o r a o n a r e a o n o m c ミ 把 u uo . , , ‘ ‘ l l i d Revo lut i ia i th“ tRevo i 5. Gi I s on orki ng C1as l ona ut sa nt s ーγ You .1 .31970‐/ ,Soc ,No ,Vol ,日‐ The New wr i i (New York d MCKay),2nd edn. 1975‐ 工n camoy ( ), School ty ngina Co orateSoc e ed‐ i 1 ) ,Davi , , M‐ ” i i i ion“ dlnat t tutef ty Fe i t 6, Gi t ー▼ardlns or Economi c Research shi sm a l . s nt onaIProduc , Ha , , 日‐ Commodi (Cambr i dge, Ma ミ 渇) 1970. ” i lmo l ivi i i i i t tゾ’ 7. Gi ter t can 取;onomi c s csof WorkerProduc s on o nt き評, andtheCharac ,Amer ,Tec ,H‐ Educat Revi ay l971 ew,61,M【 ‐ ” ion i i logy d wr i i 8‐ Gi i 日 t t ty“ c A総oc at can Economi nt s on I I orker Produc vi , Techno ,a , Amer , ‐ Educa 7 Proceedi M [ l 9 1 ngs a y ‐ , ” l l i i ion (Revi l l ber i i th i 9. Gi t s si n 化l eC1as s room)”, Mon csof]頭ucat ew ofchar esSi ロ ー ・adsCr s nt y ,H. ThePo Revi ew,23 1971. “ 1 l [ G i i l i l i i i iquぎ’ 10 tur tW tant t a s ee sme Po ode ・nes l i i re‐Cu 1γ 1971‐ , Les Temps M ,Feb ‐ nt ,H. Cont ’ Rev “Une ua R f h S ID i i i fL b i i I S IE i dt h i i r 11 B l d d t t t a na n no e o c a v s o no a o ew ofRad ca c e e r o u c o o w e s u o p q , ‐ ,. S l T h C i l i R F l i 7 R i h E d d Pol I Economi 3 l - 斬 ′ l 9 1 /l d C t t t t i i t t wa a e a a s s e m r s e e r n a r ca cs a n c P y . ‐ , , , , ‐ , - ,, l l lo l i f f i l l ) 1972./ln Karabe ( ), Powerandldeo (Eng s ce‐Ha sey eds ewood C1 をW ‐ . & Ha ,J ,A.H. , N‐J ,Prent i i i ty P )1 977 on,(New York ord Uni ver s n Educat r e s s ./早川操訳 「教育の不平等と社会的分業の再生産」 , oxf. 9 80年) (力ラベル・ハルゼー<潮木守一・天野郁夫・藤田英典編訳> 『教育と社会変動 上』 東京大学出版会, 1 ‐. ” iona IRev i ionandthe Revo lu i logy“ 12 t t l 1 γ ard Educa ew,41 1971. es ona 1γ 1deo ‐ Cuban Educat ・ Bowl ,S , Ha ’ LesTem sM “Cont ’Ense 【 S B l S d i i d l i i ご d A ‐ 13 t t tS e l l ・ e s s e w r c o n s e e m e n u e r e r o u o e s a u gm p p ptember l971‐ , 罫」 ,. , . “Educa ”i i i l i M i C b C M d S h l i i c i B l S dS 14 t t ) ty ( w e s o na n o c a s a n n a n amo e c o o n n a o r orate Soc e o u g p y . , , ‐ -, , , , d Mckay (New York )1972 ‐ ,Davi ” 15 i i ionofEconomi i t tanceo ty“ fIQandthelntergenerationaIReproduct es clnher clnequal ‐ TheGene . Bowl ,S , Hanr i tu teforEconomi t ard工ns c Research ‐ .1972 ,Sept ” ionto Generat i lofPol i i IEconomy 16 l i l i t t tyf rom Genera od’ ca es ng andlnequa ,TheJouma , . Bowl ,S- Schoo Vol 3 -80 . - , No ,Pan 21972 ‘ ‘ t l S i i i 17 B l t ta tedStates” w e s c n HigherEducat oni ntheUn nRi chard o radi onsi . ,The . ,i ,C. , . Con ,Edwards ,R‐e 「アメ リ カ にお ける 高 等 教育の 矛 盾 Capi l i l i f f N P i H l l 9 2 適 訳 7 / 西 部 ta tSys tem, t (Eng J )1 s ewood C1 s r e n c e a 」 ‐ , .‐ ,. 『世界』1 ( 97 2年3月号) .. “ i ionand Power’ IPol i i IEconomi 18 i 51972 t nt s enat ew ofRadi ca ca cs . . ,Revi ,VoL4 ,No ‐ Gi , H- A1 ” l i i I Economy 9 G i i H P i i igh 1. nts t ) (Rockl ( ngsin Po ca enat o汀’ n Weaver ed e ‐ . ‐ , Readi , ,i ,j , N‐J , , - ower and A1 B AI 1 d 1 9 7 2 } acon ynan . ” “ 20 i l i l 62 i nt s u [ nerBehavi orand 廿 e ConceptofSovere can Economi c Revi ew,Vo ghty ,Amer . ‐ ,H. Consu . Gi ,No 「消費者行動と主権概念」 (青木昌彦編著 『ラディカル‐エゴノミ・ 21 / 中央公論社 1 9 7 3年 ) 9 7 2 クス ソ 』 , . . ” l 21 i i l lof l f nt ca1Ana sof We s ar e Economicsand1ndividuaIDevelopmenr,Qua賃er ys yJomla ‐ Gi , H‐ A Radi Economi 86 No cs . - -41972 ,Vol “ ’ Te 22 i l l i i IAc i ter tureand Po t t sm’ s ‐Cu ca vi . . Gint ,H. Cowo , los ,Smnmer ,1972 ・ Pl “ 23 G i i i i IE i T d fE d A R d i I i i 1 l i l i H t t t t ns a ca Cr uca on: c甘s Deschoo ng que oflvan 工 . , . owar a o ca conomy o H IR V L 2 N l Soc i d ] 開 i i 4 11 7 2 / G A G C i tゾ’ 9 & R F d A f t t ( ) a l v a r a n a v w e c o e e o o n a r n r r e r u e, . es sman er ‐ , , , ‐ , e ,. , .e s, t 「 Deschoo l i ? hat (New York,Ha ng 1やer& Row)1973 ./ 松 崎 巌 訳 教育 の 経 済 学 のた め に」 (1‐イ リ ッ チ 他 〈松 , ,Wr. 崎巌訳〉 『脱学校化の可能性』 東京創元社, 19 79年) .. 24 i l th l i ty: A Reas and nt s che son s es smentofthe }ms ‐ Jencks ,C. ,Cohen ,Smi ,Ackl ,Bane ,Gi ,H. ,He , Mi ,lnequa Ef f l l i i tsofFami i (New York,Bas 2/橋爪貞雄・高木正太郎訳 『不平 ec ngi n Amer ca c Bo )197 y and Schoo ok ,. 97 8年‐ 等』 禁明書房, 1. “ 25 i I Pol i i turざ,Soc es nt s as s St ruc a cy ‐ Bowl ,S. & Gi , H. IQ inthe U.S.C1 , Novembe Decemberl972 md 「アメリカ階級構造におけるIQ」 (青木昌彦編著 『ラディ カル・エコ ノ ミ ッ クス』 中央 January‐Februaryl 7 / 9 3 ‐ l lo i 公論社,1973年)‐ /ln Karabel ( ) sey (New York,oxford eds on l餌inEducat ‐& Ha ,A‐H‐ ,J ,Powerandldeo , Un iver i ty Pres )1977 s s . ‘ ‘ 26 B l G int i lo i IRefonn” i S & ( ) o w e s s es veSchoo s n Rosemont nbe rg eds を評 ofpro I P r ‐ . ,. ,日. Theldeo ,i ,日-& Fe ,帆′ , Wrork rmo lo i l l i i iver i l l i i t tuaIFoundat tyofl (Un on: Es saysinthelnte ec onsof汝iucat on no s s きW andEduca ,Tec , 89.

(13) . 小 内. 透. Pres )1973 s . ” i i t tute l i t i l 弐 r ardlnS ta tProduc od’ s tureoftheLaborExchangeandthe Theo 27 i t 1γ ofCap s n ,Ha ,日. The Na ‐ Gi N 3 2 81 9 7 3 forEconomi ch o c Resear . , ‐ “ i I IPo l i i t ca t ca i ew ofRadi em” t i nintothe WrageLaborSys 28 onofHigherEduca at es p r ,Rev . Thelntel ‐ Bowl ,S 11974 l 6 Economi cs Vo . . . ,No ”The‘ i i I Reproduc t c i on of 取;onomi lnger tance ofIQ’andthelntergenerat ona V N l B l S 29 & e s o n w o e s . . , , . ” 7 V N 11 9 4 i i I 5 6 ts tcs l i lnequa candSta ty,The Revi ew ofEconomi . . , O. , o ” e iona I i l . l at csofEducat on“ i i l fare Cr th Endogenous pr ter ef erences: The Economi i 30 a wi s nt ,lnte , H. 汎r . Gi Economi ew,hmel974 c Revi . ” i i i ner t ian Cr c l: A Man( can Economi ta th Human Capi i B l quぎ’ em wi 31 S & s nt w e s , Ar , H. The Probl ‐ o , . Gi l 9 7 5 l 6 N 2 M [ Revi 5 a ew,Vo o y . . , ., ” i [ l l i ew,M【ayl975 tedl i onth ena abouご,M 32 y Rev spowerand a s nt . es .& Gi , H. C1as ,S . Bowl “ Soc 251975 l i i i tRevolu t i i tedStates on 日.”Capi l i dEducat theUni a s G i S i t B l t n n 33 & a a n o s m n s . . w e s o ,5 ,No , . , , , “ i l F i h W r ゑ i t f k t a T h L S h d a m e i or : uca on y t a ow o 34 e ong s es , nd the , , P. , Gin , H. & Meyer , S‐ . Bowl io l t IDi i i tSoc r i ogi s l制merl975 i Reproduc t v s onofLabor’ e soi ca onoft . ,Su ,lnsurgen “ I i i l i fC i tProduc t h T h t ewofRadi ca b E h d f h L t a s oα’ H T N t a G i h e o r o i t c a n ea n e 35 t e a o r × p eo ly e a wr g ,Rev , . . ns 9 7 6 V l N 21 8 l i i l&;onomi Po t cs o o ca . ., . , i i t t form andthe Con iona IRe l i i rad c onsof l i i i ta tAme ca二 Educat n Cap s r 36 ngi s es .& Gint , H. ,Schoo . Bowl ,S. 『 97 6 i f )1 Economi (New Yo rk cBooks cLi e ./宇沢弘文訳 アメリカ資本主義と学校教育 1』 岩波現代選書, ,Bas , 『 9 87年‐ 1』 岩波現代選書, 1 986年, 宇沢弘文訳 アメリカ資本主義と学校教育 工 1 lof i dgeJouma i antheo uど’ terogeneouslabourandthe Ma l〆i 37 ly ofval nt s es ,Camnbr . & Gi , 日 〆 日e . Bowl ,S. 21977 Economi cs . ,1 , ‘ ‘ i t l i bl ng ofthe i ta i t: Have Capi B l sm & Democracy Reached a par S t 38 s s e Fi n s , H. Thelnvi , .& Gi . ow es ’ ’ A中er 7 8 V N 2 M [ l 9 i l 6 8 E R i i a Wr w o o v c o n o m c e e c z l n y ay? . . , ., , , ’ ’Soc ” l i ldemocracy i bera tRevi ew, a s , i i i i t i em ofl 39 sm andtheprobl cs: Marxi cat onanapo nt s , i ,日, Commun , Gi Vo 511980 l ‐ . .1O No .50 “Theo i ia l i i i tRev i i l t ew,spr ng l980 i s ved sご’ t ca scour i i H G t sofcomm皿n 40 ce r n s . prac l y ,Soc . ,andthetoo , , . ‘ ‘ i L i B i lt h i d 式 U n d i t i i d t 〆 a o n i ghz 41 es nt s , , . , Me ,S . Contradctonsan rePro uc on ne uca ona eo葛 , n ・ Gi ,日.& Bowl d l p 1 9 8 0 1 9 8 l 7 / T h F l l 9 8 L ( dC i l ) a n ) l ( s S h l i l d e a me r r e s w e R.& Wa S c n e s l ke ( ) eds .n r , ,‐ , c oo ng eooを評 an urr uuI, i llnter l i t (Lewes l虹nel: Schoo i es ona ng andthe Nat l Da ta L on andthe state: Vo ) ( e eds , The , ,e , R. ,Educat 8 F l p 9 8 Y k T h i i d N )1 R t B l d G i i { e s 潟 t C M o e a me r r d / l l e w r } v s e Fa ( sa n s e lmerpres w e n e o n e }1981 o s . , , . , . ., ”Educat i l labor f口 i d i i せ ) t i i t i f d t a ‐ i t o ec a G H t e r o c o n i i B l S c n s n er u t c o n r a o p 42 & n a sa s eo p o n s w e s o , . , . ‐ ’ Economi l ia 1Democracy t inc i r cand1ndus lat ion ≦ぬi e“ sonthe‘ co ー 菖espondencepr pl .2 re ,Vo , p:secondthought , No ‐21981 . “ i i I i IPol luざ,Revi t ca ca i ew ofRad i t t tureinthel r abourtheo 43 ceands ruc nt l yofva s es ,H. Prac ,S.& Gi . Bowl 9 8 S i l 1 Economi cs ‐ , prng ” i tl982 i l i l tRev llabors s i ta ta a s ew,65 t 44 ematざ,Soc ancapi -Keynes es . ,Au停j ,S. Thepos . Bowl ‘ “Thel Fomm,Fa l l i l i i l E f h l dt h P i t t 雪 f c b h c a c o n om S e o B l t e r ma c o 45 v a n o e ea p a o r o u y . w e s o l y ,21982 ,13 ,‐ . ’i ”Schoo The Si l で 国鑓ons d d d n i J ( ) l i l t n n n G i i H v me e t I n v e n e e o B a n u e 46 S n c a ミ 鵜 c o n c & p n s w E 潟 o g . , . , , , , . . , . i )1982 lop i (0xford l i l r es Educat i IDi ng Count nthe Deve cy 表業 ; uesi ona e lmma: Po , ,Pergamon , ” T h i ted Stateg’ i i l i ldemoc i i bera i e case ofthe Uni ratc capta sm: 47 sofl s nt s es , , H‐ The cr ‐ Bowl ,S, & Gi 2 N 9 8 V 1 2 11 i l i i ty Po t csandSoc e . . , O‐, o ” la l& ミ 鴻i ca l fare sta l〆ian te & Long c Growth: Ma i ‐Term Economi 48 e es s nt , Neoc ,S. The wr , 日. & Bowl . Gi ” 9 8 2 V l 7 2 N 2 M [ l i R i E A 1 n i h o a i A v w o Keynes c e e c a n c o n o m y e r r o a c e s am pp . . , ., , , ” e He tl983 i s i terogen ta tvon Macht“ 49 nt s es . ,140 ,Augj ,Das Argwment .& Gi , H. Di ,S . Bowl ”The powe fthe capi l i i t ft h ta i t i l o h d s f t H c o n c e o n o G i t a c o e S i n e n a e u B l t a : 50 & o c a y p r q n s w e s p o , . . , . 141983 Su l h i IF T h P h i 笈m e r i c a o n i m l o s o e vatぎ” p economy as‘ pr . , , , ” lざ, AI ロe i ivecyc t c can &; onomi i r ngsandthereproduc 51 e sskopf es ,T. Longswi ,D.& Wr ,Gordon . Bowl ,S. Revi ew,73 . ,21983 l i i i te land; A Democ t te ne c A1 l l l at veto Dec i ra as 52 e s skopf es , , T, , Beyondthe Wr , D‐ & Wr ,S. , Gordon . Bowl 『 グ -- スタ 徳訳 アメリカ衰退の経済学 l 1 9 8 3 /都留康・磯谷明 C N D b d i A h p / t C ) G a d J o e e s s u (a y ren y, . ‐ . , n or r. 90.

参照

関連したドキュメント

「原因論」にはプロクロスのような綴密で洗練きれた哲学的理論とは程遠い点も確かに

では,フランクファートを支持する論者は,以上の反論に対してどのように応答するこ

名の下に、アプリオリとアポステリオリの対を分析性と綜合性の対に解消しようとする論理実証主義の  

不変量 意味論 何らかの構造を保存する関手を与えること..

これは基礎論的研究に端を発しつつ、計算機科学寄りの論理学の中で発展してきたもので ある。広義の構成主義者は、哲学思想や基礎論的な立場に縛られず、それどころかいわゆ

Maurer )は,ゴルダンと私が以前 に証明した不変式論の有限性定理を,普通の不変式論

Existence of weak solution for volume preserving mean curvature flow via phase field method. 13:55〜14:40 Norbert