北米先住民に関するエスノヒストリー研究の最近の展開について(その2)
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(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部B) 第43巻 第2号 i l Sec ion( t i ty ofEducat onIB) Vo lof Hokkaido Univers Jouma .43 .2 , No. 平成 5年3月 March ,1993. 北米先住民に関するエスノヒストリ ー研究の 最近の展開について (その2) icaI Studies on (Recent Develop]ment of Ethnohistor ica: part2‐ Nat ive Peoples ofthe North A mer ). 岸. 上. 伸. 啓. 北海道教育大学函館分校総合科学課程. 『 10 . H. F. Dobyns の 彼 ら の 数 が 少 な く な っ た』 (1983). この著作は, 北米インディ アンの人口の変化についての最初の体 系的な研究である. この本は, 実質的に7つの関連はしているが, 独立した論文から構成されているといっ てよい‐ 著者の ドゥ バ インズは, この一連の人口学的研究を進めるにあたっ て特定の環境についての生態学的情報 (植物 層, 動物層など) 6世紀の初期に書かれたスペイン人やフランス人の報告書, いくつかの考古学的 ,1 資料やスペイン人が描いた絵などを研究データとして利用している. 最初の論文の中で, ドゥ バイ ン ズは, 彼の理論的な立場を表明しているが, それは次の様な3つ の見解に要約することができる. 第一の見解は, 歴史学的人口学者は, 生態学的歴史家でなければ 9 83:9-10 な ら な い と いう も の で あ る (Dob~msl ) . これは, 疫病の流行が, 北米先住民と彼らの l b i d:9- hab i t t すみ場所( )との関係に重要な変化を引き起こすことがしばしばあっ たからである( a l land Pearsa l ll 10)‐ 第 二 の 見 解 は, キ ム ボー ル ら が 提 唱 した イ ベ ン ト 分 析 (Kimba 95 5 ) を利用. すれば, 歴史学的人口学の分析力を向上させることができるという考えの表明 である(Dob ~msl983 0 1 第3の見解は 2 2 50一 4年に起こり始めた人口の変化をはじめとする諸々の変化を研究する : ) ,1 . ためには, 考古学やエスノヒストリーの技法が援用されるべき であるというものである. 第2番目の論文 では, ドゥ バインズは, コロン ブス到来以前の北米の人口に関して, 2つの仮定 のもとに, 理論的推定を試みている‐ 第一の仮定とは, 北米先住民は, 死の原因となるような病原 l i b d 5 がほとんどないというパラダイスのような世界に住んでいた, というものである( ) ‐:3 . そし て第二の仮定とは, 人口は, 幾何級数的に増加しているが, それを養っていく食糧は直線的にしか l i b d 増加せず, 食糧生産が人口を養っ ていける限界まで増加する傾向がある, というものである ( ‐ 42) こ れ ら 2つの仮定に基づきながら 1 . , 6世紀の記録を利用して, ドゥ バインズは, コロン ブス到. 来以前の北米大陸の先住民の人□は, 1 800万人前後であろうと推定した. この推定人口は, それま でになされてきたいかなる推定よりもはるかに大きな数字であっ た. この推定, ひいては本書全 体 にかかわる最も重大な問題点の一つは, ドゥ バインズの第1の仮定に起因していると言える. なぜ なら, 幾つかの考古学的研究や自然人類学的研究は, コロンブス到来以前の北米は, ドゥバイン ズ 1 be l が想定しているようなパラダイスではなかっ たことを示してきているからである (U ake rl984: 304 ). 15.
(3) . 岸 上 伸. 啓. 第3番目の論文において, ドゥ バインズは, 特定の環境下にある植物層, 動物層, そして人口と の間にみられる関係を分析している. 彼は, 現代のフロリ ダ州をテストケースとして利用し, フロ リ ダの半島部の食糧資源とカルフォ ルニアの一部地域の食糧資源との統制比較を行なっ ている‐ 彼 6世紀のフロリダの先住民の人口を推定するために行なっ たのであるが, フロリ は, この比較を, 1 ダの食糧資源の方がカリフォ ルニアの一部の地域よりもはるかに豊富であり, フロリ ダの潜在的な 人口密度は, カリフォ ルニアよりもはるかに高かっ たであろうと結論づけている. 第4番目の論文では, 彼はツィ ムクアン語を話す人々の グループの実数とその地理的な分布を吟 味している. 彼は, これまでに報告されている軍隊の規模やそれを投影した軍隊の規模に 基づいて 各々のグループの人口を試算している. 例えば, 計算をするためにひとりの戦士に つき 5 人 の 人 口 4;18 6 983:17 ) という比率を利用 し, メキシコ中央部の人口を推定している (Dob“] sl ‐ 投影法を 3万5百人から8 0万人の 用いて, 彼は16世紀のツィ ムクアン語を話す人々の グルー プの人口を, 1 間であると推定している‐ 私には, 先住民の人口を再構成するために ドゥ バイン ズが推定に基づい た推定, すなわち二重の推定を行なっ ているように思われる‐ また, 彼は, スペイン人, イ ギリス 人やフランス人の探検報告書の中には人口についての記述が驚くほど多いし, 分析可能であると指 工 b i d 摘しているが ( ) .:207 , それでも人口を推定するに十分なデータが存在していないの が実状で ある. さらに彼は投影法を利用することの妥当性を例証していない点に問題が残ると言えよう. 第5番目の論文では, ドゥ バイン ズはツィ ムクアンの集落が定住村落である理由を説明するため に, 食糧生産を集約化し資源を管理するための, これまで知られていなかっ たり見過ごされてきた 北米先住民の技法を分析している‐ この論文の中で, 食糧資源管理においては貯蔵庫とカヌーが決 定的な役割を果たしたことや人類社会における水上輸送手段の重要性を彼は指摘している(Dob )ms l983:237一244)‐. 第6番目の論文では, フロリ ダにおける伝染病についてのエピソー ドを同定し, 伝染病が広まっ た道筋を発見しようとニュー・スペインや西イン ド群島の植民地の文書記録を吟味している‐ ただ し, この論文に見られる大きな問題点は, 彼が伝染病が広がる道筋を考えるに際して, ヨーロッ パ の漁船がカナ ダの北東部地域を頻繁に訪れていたという歴史的事実を完全に無視していることであ る. 言い換えれば, ヨーロ ッ パか ら伝わっ た疫病は, 北米の北東部からも先住民社会へと伝染して きたことを忘れてはならないのである‐ 第7番目の論文において, ドゥ バイ ン ズは文化変化 の動態の一部として, 北米インディ アンの人 口減少を吟味している. 彼が提起した論点は, 伝染病による人口減少は, 社会の成員の減少のみな i l b d ) らず, 社会構造の随伴的な単純化や文化要素の減少を結果した, ということである ( ‐:328 . 彼は, 北米インディ アンの人口の減少は, 社会, 文化および経済変化の決定的な要因の一つ であっ た と 述 べ て い る‐. ここで, 私は, ドゥ バインズが本書のなかで提起した検証可能な仮説のうち3つを概略し, 批判 したい‐ 彼は, 凋密な人口と征服のための戦争の発生との間には相関関係が見られることを指摘 し, 次 の よう に 述 べ て い る‐. 「戦争の動機について言えば 人口減少は 土地や資源に対する北米先住民 , , の必要性を大きく変革させた. それ故, 征服のための戦争は, 桐密な人口 の一結果として起こり, 人口減少によっ てなくなっ てしまっ たように思わ れ る.」 (Dobynsl983:335). helroquoi ) と 他 のイ ン ディ ア ン 部 族 と の 間 の 戦 争 の 増 加 は, イ ロ t しかしながら, イロクオイ族 ( s た クオイ族の人口減少と相関関係にあっ . これは, イロクオイ族が伝染病による人口減少に対処す 16.
(4) . 北米先住民に関するエスノヒストリー研究. t 84:35 Jo t るために戦争を行なっ たからであると言えよう ( ) l ns onl9 . イロクオイ族は, 捕虜をみ ずからの社会の成員に取り入れる養子の制度を持っていたため, 戦争によっ て捕虜を捕獲すること によっ て 一定の人口水準を維持することができたのである. これは, ドゥ バイ ン ズの仮説の反証事 例 である. 第二に, ドゥ バインズは伝染病と集落の遺棄との間に相関関係があることを指摘し,「考古学者は, 北米先住民の伝染病の編年を, …集落遺棄の年代を決定するために利用しうる.」 (Dob 983 : )ms l 336 )と主張している. もっ と具体的に言うと, 伝染病, 人の死亡と集落を移転させることとの間に heseneca) の よ 関係があることを示したのである. この見解に対する批判の一つは, セネカ族 ( t うな園耕社会では, 土壌の肥沃さが低下するに従っ て, 集落を定期的に移転させていた, という事 実である. すなわち, 集落の遺棄は, 伝染病によっ て説明できるとは限らないのである. 第 三 に, ドゥ バ イ ン ズ は,1519 年 と 1617 年 と の 間 に 起 こ っ た 初 期の歴史的な人口の減少は, 北米. 先住民の間に大きな生物学的および文化的な断続を引き起こした, と主張する‐ この見解は, 伝統 的な文化や社会の全体像を描き出すために, 現代のフィ ールド資料や民族誌現在の資料のみを利用 する傾向のある文化人類学者に対する警告であると言えよう. だが, ここで確認しておきたいこと は, 人口は, 社会の最も重要な条件の一つ ではあるが, 社会の唯一の決定要因 ではないということ である. いくつかの社会では急激に人口が減少したにもかかわらず, 社会成員の何人かは, 神話, 宗教, 規範や技術など諾々の文化要素を保持し続けてきたの である. ドゥ バインズの仮説は, 今後, 考古学的な調査や自然人類学的な調査によっ て検証されなければならないと言えよう. 最後に本書全体に対する批判と評価を述べてみたい. ドゥ バインズは, 彼の人口学的な研究にお いて, 対象社会の文化や社会組織に十分な考慮を払ってはいないように 思われる. また, 全てでは ないにせよ, 先住民の人口規模な どについて極めて主観的な憶測を行なっ たり, 非現実的な仮定を 立てるという誤りを犯していると言えよう. しかし, これらの批判にもかかわらず, 彼のこの研究 は, エスノヒストリー研究史上, 2つの点で極めて意義深い著作であっ たと言える. 第一に, 民族 学研究や考古学研究において当時主流をなしていた視点とは違っ た人口学的視点から北米先住民の エスノヒストリー研究に新たな光を当てたと考えられるからである. 第二に, 先住民の歴史を研究 するうえで学際的な情報交換の効用を我々 に認識させてくれたと言うことができる.. 11 s の 『カ リ フ ォ ル ニ ア の イ ン デ ィ ア ン た ち』 (1984) . J.J. Rawl. カリフォ ルニアのインディ アンが白人と最初に接触して 以来, 白人のインディ アンに対する態度 や イ ン ディ ア ン に 対 し て 抱 い て い る イ メ ー ジ は, 驚 く ほ ど変化 し て き て い る. ロ ー ル ズは, こ れ ら. の態度やイメージの変化を吟味することによっ て白人とインディ アンの間の関係を理解しようと試 み て い る (Rawl ). sl984:xiv) (注 12. この研究においてインディ アンに関わる歴史的な事件を例示するためにいくつかの資料を利用 し ている. これらの資料は, 1) 地理学者, 外交官, 船長, イ ギリス, フランスやロシアからきた商 「 人 が 書き 残 した 記 録 や 2) 「サ ン フ ラ ン シ ス コ・ア ル タ・カ リ フ ォ ル ニ ア」 , ハ ン ボ ル ト・タイ ム ズ」 , 「メ ン ドシ ノ・ヘ ラ ル ド 「 「 「イ レ カ・ジ ャ ー ナ ル 」 , シ ャ ス タ・ク ー リ ー ル」 」 , イ レ カ ・ヘ ラ ル ド」 ,. や 「サンフランシスコ.ビュ ーリン」 のような新聞, 雑誌や紀要である‐ ロールズは, 記録された 社会・政治的事件を吟味す ることによっ て, 白人がカリフォ ルニア・インディ アンに対するイメー ジや態度の通時的変化を跡付けている.. 17.
(5) . 岸 上 伸. 啓. 彼の結論は, カリフォ ルニア・インディ アンのイメージの変化は, 白人の方の欲求の変化に対応 lbid して い る, と いう も の で あ る ( .:×iv). 彼 は, イ ン ディ ア ン のイ メ ー ジ の 変 化 を 次 の よ う に 記 述 して い る.. 「カリフォ ルニアに おけるスペイ ン人の主張を却下すること が必要な時に は, アメリカ人は, イ ンディ アンを犠牲者とみなした. 安価な労働力を確 保する必要がある時には, アメリカ人はインディ アンを役に立つ階級であ るとみた.カリフォ ルニア州の資源に対するアクセス が必要な時には,アメ リカ 人はイ ン ディ アンを取り 除か れるべ き障害物 である とみ なした.」 (Rawl sl984:xiv). ロール ズの研究が重要であるのは, 彼が白人の動機と欲求を吟味している点である. 一般に, エ スノヒストリー研究者は, 白人が残した記録を利用するが, それらの記録は白人の偏見を反映した ものであるとも考えられる‐ これらの記録をより客観 的に利用するためには, エスノヒストリー研 究者は, 2つのことを考察しなければならないと言えよう. 第一は, どのような視点で, 記録を残 した者が北米インディ アンについて書いたのか, と言う点である. 第二は, 記録者の著作が実際に は 何 を 意 味 して い る か, と いう こ と であ る. 従 っ て, エ ス ノ ヒ ス ト リ ー 研 究 者 は, 北 米イ ン ディ ア. ンについての記録を残した白人についてもまた研究すべきである. ロール ズのこの著作は, エスノ ヒストリー研究者の側 から上記の問題について意識して解決を見出そうとした一例であると いう こ とができよう (Ga罫・on l984;Dickason l983 を参照) . ロ ー ル ズ は, 白 人 がカ リ フ ォ ル ニ ア ・イ ン ディ ア ン に 対 し て 抱 く イ メ ー ジ を 理 解 す る た め に, 新. 聞の多くの記事を利用 しているが, これらの記事は, 大多数の者が支持する 意見を反映していると は限らない. むしろ新聞記事は, 人々の意見に影響を及ぼし,インディ アンについての新しいイメー ジを形成するように書かれていたとも考えられる. 従っ てエスノヒストリー研究者が, 綿密に吟味, 評価することなしに, 新聞記事を客観的な歴史資料として取り扱うことは極めて危険なことである と言えよう‐ 特に, ロール ズが利用している新聞は, 政治色の強い, 配布範囲が限られている新聞 であることを指摘しておきたい. ロール ズは, 本研究の中で, 各々の新聞の特徴や偏向について解 説しておく べ きではなかっ たかと思われる. ロール ズは, 新しい入植者やオレ ゴン州の人などを異なる グループやカテ ゴリーとして区別した り, 取り扱っ てはいるが, 白人を一つの グループとして取り扱う傾向があり, 地主, 鉱山坑夫や農 夫などいろいろな利害集団が存在する 、ことを無視する傾 向がある. カリフォ ルニア・インディ アン に対する白人の態度やイメージを知るためには,ロール ズは白人の色々なカテ ゴリーを吟味したり, 日記や個人書簡のような個人的な記録も利用すべきではなかっ たかと 思う.. igger の 『女 神 の 子 供 た ち』 (1976 ) 12 . B. G.Tr. 650年にかけてのヒュ ーロン族の歴史を再構成することである‐こ 60 0年から1 本書のテーマは,1 の歴史を, トリツ ガーは, フランス人やオランダ人の視点からではなく, ヒューロン族の視点から iggerl 76:1 9 ) 見 よ う と して い る (Tr . 彼は, 利用 しうるほとんどすべての種類のデータを利用し ているが, 人類学的文献や白人が残した 歴史資料とともに考古学的な資料を活用 している点が, 本 書の特徴の1つをなしていると言えよう. トリ ッ ガーによると, 北米イ ンディ アンについてのエスノヒストリー研究の諸問題は, 史料編纂 18.
(6) . 北米先住民に関するエスノヒストリー研究 lbid:6) と 北 米イ ン ディ ア ン に 対 す る 歪 曲 さ れ た ス テ レ オ タイ iography) の 欠 如 ( tor の 技 術 (hi s. l i b d:9 プに起因していると言う ( ) . 彼は, この著作の中で, これらの問題に対する彼自身の解決 策を提案している. 第1の策は, 歴史記録に書 -き残されている北米インディ アンの行動を理解する ために, 北米インディ アンの生活についての人類学的知見を利用すべき である, というものである l b i d:13 ) ( ‐ 第2に, 白人の観察者が書き残した記録から事実を知るためには, 我々は, その記録 を残した白人の経験, 能力そしてとりわけ個人的な偏向 (バイアス) を知ろうと努めなければなら l i b d:17 ) ないとトリッ ガーは指摘している ( ‐ トリ ッ ガーは, この研究において, 利害集団を分析の単位とし, ヒューロン族をめ ぐる全体的状 「 i 6 ) 況を考慮に入れることを主張している (Tr rl976:25一2 gge . 彼は, 利害集団を 現実の歴史的 l b i d:25 ) であるとし, その成員は共通の ゴー ル 状況下で共通の利害の結果として出現する集団」 ( l b i d:25 ) を持ち, お互に助け合いながら行動しなければならない, としている ( . そして彼は, 系 ingsoc i hecur ) の よう な コ ミ ュ ニ テ ィ ー 内 に t ety 族, 氏族のセ グメントや病気治療のための結社 ( ある複数の利害集団の成員としてのヒーロン・インディ アンの行動に焦点を合わせることの有効性 を主張している. 更に, ヒュ ーロン族の全体的状況を理解するために, フランス人の宣教師, 毛皮 l b i d:26 ) の交易商人や政治家などの役割を吟味する必要性を説いている ( ‐. この研究の成果は, ヒュ ーロン族や北米インディ アン一般についての人類学的およびエスノヒス トリー研究に対する重要な学問的貢献である. この研究成果を要約すれば, 次のようになろう‐ ①ヒュ ーロン族の間に見られる変化は, ノーマルな現象であること, すなわちヒューロン族と白 人とが密に接触する以前でさえも, ヒュ ーロン族の社会は静的ではなく変化してきたことを筆者は 指摘している. これは, 接触期以前のインディ アン社会を変化しない固定的な社会と考えてきた従 i 来の見解を否定するものであっ た (Tr rl980)‐ gge ②著者は, この研究を通して, 考古学的なデータは, 歴史家にとっ てもまた重要であることを示 した. エスノヒストリー研究者は文書記録にのみ頼る傾向が強かっ たが, エスノヒストリーは, 多 様なデータを利用し, 総合する学際的な学問であるべきであることを示した. ③著者は, ヒュ ーロン族が白人の征服者の犠牲者にす ぎなかっ たのではないことを指摘し, むし ろ彼らは, 既存の制度を利用 して, ヨーロッ パ 人が引き起こした諸問題を処理しようと努力してき たことを例証している. これは北米インディ アンの歴史が単なる植民地化の歴史ではないことを物 語っ ていると言えよう. ④著者は, ヨーロッ パ人によっ て引き起こされた北米インディ アン社会の変化には多様性がある こ と を 指 摘 し て い る‐ 例 え ば, ヨー ロ ッ パ 製 の 物 財 を 入 手 しよ う と して ヒ ュ ー ロ ン 族 とイ ロ ク オイ. 族では異なる反応を示したが, この差異は地理的な違いのみならず, 文化的な違いであっ たことを 著者は例示している. ⑤著者は, ヒュ ーロン族の歴史的変化を次のように 見ている. 16 34年以前には, ヒュ ーロン族の 主要な社会変化は, フランス人の出現に対する反応というよりもむしろ村々へのヨーロッ パ製品の 流入に対する反応の結果として引き起こされた, と考えている. そして1 63 4年以前には, ヒュ ーロ ン族とフランス人との関係は経済的に相互依存的であっ たが, 1 634年以降は, その関係はイエズス 会の宣教師によっ てコントロールされるようになっ たということを指摘した. ⑥著者は, ヒュ ーロン族がイロクオイ族に敗北を喫する過程を研究しているが, そのなか でイエ ズス会の宣教師たちが, イロクオイ族の勝利に知らず知らずのうちに力を貸していたことを発見し て い る.. トリッ ガーのこのヒューロン族についての研究は, これまで行なわれてきたエスノヒストリー研 19.
(7) . 岸 上 伸. 啓. 究と比べて, 多様なデータを利用した最初の綿密な総合的研究であると言っ ても過言ではない. し かしながら, 問題点がないわけ ではない. 第一に, トリツ ガーは, いくつかの種類のデータを総合するすばらしい個人的能力を示してはい るものの, エスノヒストリー研究においては, 多種類のデータの総合がいかに難しいものであるの かを示しているとも言える. この研究の初版は, 2巻に分けて出版されたが, 上巻は主に考古学的 なデータに依拠しており, 下巻は主に白人の観察者が書き残 した歴史資料に基づいて執筆されてい る. このためか, 読書後の印象として, 前巻と下巻では, 記述内容が質的に異なっ ているように 思 われる. また, トリッ ガーは, 多種類のデータを利用してはいるものの, ヒュ ーロン族の口承伝承 などは, データとして利用していない. 問題は, 先住民の歴史を書くために, 質的に異なるデータ をいかに評価し, 使用するかを確立することにあると思われる‐ エスノヒストリー研究では, 利用 しうる情報を総合することは大変に重要なことであるが, エスノヒストリー研究者が, 白人によっ て書き残された記録から考古学的記録にいたるいくつかの質的に異なる種類のデータを組合わせ, 利用することは容易なことではないと言えよう. 第二に, エスノヒストリー研究において, 「利害集団Jに着目して研究を進めることは容易 なこと ではないと言えよう. まず, 特定の個人が属するいくつかの利害集団の関係をほんとうに限ら れた データから知ることができるのか. もし仮に知ることができるとしても, はたして どの利害集団を, 複数存在する利害集団の中からエスノヒストリーを書く上で, 重要な記述と分析の単位 であると はっ きりと確定することができるのか, という疑問が残るのである.. 13 . 検. 討. 本節では, 次にあげるトピッ クからエスノヒストリー研究の諸問題を要約 し, 検討してみたい. その問題とは, ここで紹介をしてきた研究者が, 共通して (1) どのような調査 主題を取り扱い, どのような研究成果を出しているか, (2) どのような種類のデータを利用 しているのか, (3) ど のような研究方法や技法を採用しているのか, そして (4) どのような方法論的問題と直面してい る か, で あ る.. ( 1 )主題と成果 本論文で紹介してきた諸著作の研究主題は, ヨーロッ パ文明による北米インディ アンの社会組織 962 Sp i ) r l ce へのイ ン パ クトとそれに 対する北米イ ン ディ アンの 反応 ( , 土着宗教の再活性化 ingsl975 l lacel970), 植 民 地 間 の 政 治 ゲ ー ム ( jenn ), カ ナ ダの ブリ テ ィ ッ シ ュ・ コ ロ ン ビア (Wa F i rl977), 毛 皮 交 易(Rayl974 s che 州 史における先住インディ アンの位置付け(F ,Rayand reeman 983 i 978 l978 98 3 i ) t ) sand Morantzl r nl )msl , 白 ,Franc , Ma , 先住民の歴史人口学的研究 (Dob 984 ) そしてヒューロン族の歴 sl 人の北米インディ アンに対して持つイメージと態度の変化 (Rawl. iggerl 97 6 史 (Tr ) である. より抽象的に表現するならば, これらの著者は, 全員, 北米インディ. アンと白人との政治・経済的相互作用や相互関係についての問題を取り 扱っ ていると言うことがで き る.. エスノヒストリー研究の成果は, 第一に, ヨーロッ パ文明が北米イ ンディ アン社会に与えたイン パクトとそれに対する北米イ ンディ アンの反応を解明するための単純な公式は存在しない, と いう iggerl976 ). 白 人 に 対 す る 北 米イ ン ディ ア ン の 多 様 な cerl962 こ とを例証し た こ と で あ る (Spi ,Tr. 反応を生み出した原因は多数 あるのである. 従っ て, 北米インディ アンの歴史的変化や文化変容の 20.
(8) . 北米先住民に関するエスノヒストリー研究. プロセスを理解するためには, 接触の諸条件と反応の バターンとの関係を把握しようと試みながら 個々の部族の歴史を跡付けることが必要であると言えよう. 第二に, エスノヒストリー研究は, 北米インディ アンたちが無力な犠牲者であるとは限らず, む l l しろ植民地史においては重要な役割をはたしたことを示してきている (Wa sherl977 acel970;Fi 974; Ray and Freemanl978;Franc i iggerl976 ). sand Morantzl983;Rawl sl984;Tr ; Rayl. これらの研究成果は, 北米先住民がヨーロッ パか ら来た人々に一方的に植民地化されたとみるの ではなく, 北米におけるインディ アン・ グルー プの社会変化を, インディ アン諸文化とヨーロッパ 諸文化との相互作用の視点から再検討すべきであることを要求していると言えよう‐ また, 北米史 の主流をなしてきたフロンティ ア学説に対する批判 であり, 史観の転換を北米の歴史家に迫るもの であると言えよう. 2 ( )デー タ. ここで紹介してきた著者たちが使用しているデータは多様 であり, 研究の諸目的に応じて意図的 に選択されている. 通常, ほとん どのデータは白人の手によっ て書き残された記録であるが, これ らの記録には, 北米インディ アンの視点からのものはほとん どないと言っ てよい. 次に, これらの データに固有の問題をいくつか指摘しておきたい‐ これらのデータは, もともといろいろな目的のために記録に残されたり, 書き留めたりされたも のであるが, それらの目的のほとん どは, エスノヒストリー研究者の研究目的とは異なっ ていた. そのため, これらの研究者が, 使用しうる資料は極めて限られていると言える. 第二に, 記録を残 した人々の バッ クグラウン ドは多様であっ たり, 一部 の人々は多数の記録を残し, その他の人はあ まり記録を残さなかっ たりする. このため資料としては, 極めて質的に多様なものといえる. 第三に, 往々にしてこれらのデータには, 北米インディ アンの生活様式についての一般的な情報 は含まれていない‐ エスノヒストリー研究の目的の一つは, 2つ以上の文化の相互作用における歴 史的変化を解明することである. この目的を達成するためには, エスノヒストリー研究者は, 両者 の側からの情報を必要とし, そのデータを全体的に考察することを必要とする. しかし現実には, 北米イ ンディ アンの視点を提示しているデータは極めて少ないため, 明らかに白人の視点から書き 残された記録を利用せ ざるを得ないという明確な傾向が見られる. 従っ て, 白人の書き残したデー タを吟味することによっ てのみ, 北米インディ アンと白人の行動や考えをエ スノヒストリー研究者 は研究していることになる‐ このような状況下 で研究者が直面する問題点は, 記録者たちの バイア スをいかに統制し, 既存のデータからいかにより客観的な情 報を引き出すか, ということになる. データは, 個々の記録者の個人的および文化的な前提 の違いのために, バイアスがかかっ ていると 考えられるが, トリ ッ ガー( 976 )は, この問題に対する一つの解決案を提案している. トリ ッ ガー 1 によると, データを評価し, より客観的な事実を得るためには, エスノヒストリー研究者は, 記録 を残した人物の文化および社会的バッ クグラウン ド, 経歴や個人的バイアスを研究すべきであり, また, 北米イ ン ディ アンの行動を 推測する ため十には 人類学的な知 識を活用 すべき であるという iggerl976:13 (Tr ,17).. 本論文中で紹介した何人か の著者は, 考古学データ, 歴史資料, 昔話や民族学的研究の成果など 利用することのできるすべてのデータを利用 しているが, データを無批判に利用 したり, 質的に問 題 の あ る デー タ を 利 用 す る べ き で は な い. 例 え ば, ドゥ バ イ ン ズ(Dob) 9 81 sl )は考古学データや n l. i 人類学データを適切には利用 していないし, マーチン(Mar 978 t )は, データを文化的脈絡を無 nl i 2 l 9 視して利用したり, 解釈していると言える (Tr 8 8 9 r : ー) gge . 換言すれば, エスノヒストリー 研究者が先住民の歴史を書く時にはいろいろな種類のデータを非常に注意して使用し, かつ総合し 21.
(9) . 岸 上 伸. 啓. なければならないと言えよう. そのためには, 研究者は, いくつかの関連 した学問に通暁し, それ らについて広範な知識をもつことが望ほ しいといえる. また, 白人が書き残した 歴史資料には, すでに指摘してきたように先住民の視点や文化について の情報は極めて少ない. この欠点を補うためには, 私たちは北米イ ンディ アンの昔話や口承伝承と いっ た類の情報を積極的に利用するよう 努力しなければならないと言えよう. ( 3 )アプローチと技法 ここで紹介した研究者たちは, 様々なア プローチを採用している. それらのア プローチは, 統制 97 0 l l ) ace l 比較 (Spi cer l962), 伝記執筆技法および心理学的ア プローチ (Wa , 歴史学的方法 inl978;Rawl ), 経済学 t i sl984 Jermingsl975;Fi sand Morantzl982; Mar ( scherl977;Franc Dobyns プ l 9 7 8 学 的 ロ ー チ( R 生 dF ア R ) 態・人 口 l 9 7 4 的 数 量 分 析 お よ び 地 図 化 ( ay ; ayan reeman ,. i 97 6 ) である. 通常, マーチンのような歴史 l 98 3 rl ) そして全体状況的/総合ア プローチ (Tr gge 家のうちエスノヒストリー研究に従事している 者は, 既存の歴史的データの分析に重きを置き, そ のデータを民族学的に検討することなしに使用しているように思われる. レイのように地理学者の 中でエスノヒストリー研究に従事 している者は, 北米インディ アンの活動の時間的・空間 的な広が りに焦点を合わせて研究しているように思われる‐ それぞれのア プローチには, 問題点や限界はあ るものの, 先住民の歴史を理解し, 解明する上で役に立っていることは事実であると言えよう‐ 残 る問題は, いろいろなア プローチや技法による 成果をいかに適切に評価し, 総合して, 一つの民族 の エ ス ノ ヒ ス トリ ー を 完 成 さ せ る か, と い う こ と で あ ろ う.. Sp i rl962;jermingsl975 ce ここで取り上げた本に関する限り, 分析ないしは研究の単位は, 部族( l l 0 i i 978 i 3;Ma ) 98 t ) acel97 r nl sand Morantzl sherl977;Franc ;F , 生態学的領域 , 個人 (Wa (Rayl974; Ray and Freemanl978;Dob“]sl983), カ リ フ ォ ル ニ ア ・ イ ン ディ ア ン 諸部 族 全 体 6 i 97 984 ) など多様である. トリッ ガーのように従来の民族学で ) や利害集団 (Tr (Rawl rl si gge はあまり注目されなかっ た利害集団を焦点にすえてヒューロン族の歴史を再構成しようとした企て もあり, エスノヒストリー研究者の間では, 何が適切な分析の単位 であるかにつ いての合意がみら れていないのが現状であると言える. むしろ分析の単位は, 研究者の研究目的によっ て変っ ている よう である. 以上を図表に要約すれば, 次のようになる. 著作. i 1 Sp 962 ) ce r( Wa l lace( 1962 ). 専門. 分析単位. 人類学者. 部族 個人 部族 部族 生態領域 生態領域 亜部族 部族 生態領域. 人類学者. ings( 1970 Je ) r ln. 歴史家. Fi 1977 ) r( che s Ray( 197 4 ). 歴史家. Ray and Freeman( 1978 ). 地理学者. 地理学者. 1983 Franc i )歴 史 家 と 人 類 学 者 sand Morantz(. Ma 19 i 78 t ) r n(. 歴史家. Dob)ms( 1983 ). 人口学者. 4 Rawl 1 98 ) s(. 歴史家. Tr i 1 976 ) r( gge. 人類学者. 図表1. 22. がjフォルニアー. 方法 統制比較 伝記執筆的技法と心理学的アプローチ 歴史学的アプローチ 歴史学的ア プローチ. 経済学的数量分析と地図化 経済学的数量分 析と地図化 歴史学的ア プ′ ローチ 歴史学的ア プローチ 生態・人口学的ア プローチ. プ ≦蜘 歴史学的ア ローチ インディ“諸部族 全体的状況/総合的ア 全体的状況/総合的アプローチ 利害集団. エスノヒストリー研究者の専 門, 分析単位と方法.
(10) . 北米先住民に関するエスノヒストリー研究. )諸問題 ( 4 1 1冊の本に論評を加えることによっ て, エスノヒストリー研究者が解決しなければならない幾 つかの問題の所在が明らかになっ てきた. 私は, その中から, ア プローチ, データの性質, 文化概 念の重要性, 文化の相互交渉史としてのエスノヒストリー, および情報の総合という5つの問題を こ こ では, 論 じた い‐. ほぼすべてのエスノヒストリ .一研究者は, 過去の北米インディ アンの行為を理解しようといくつ 0年のうちに, ア プローチが多様化してきたことは, かの異なるア プローチを採用してき た. この2 エスノヒストリー研究の明確な特徴の一つ である‐ 同時に, それらのア プローチは, より洗練され, 複雑になっ てきたと言える‐ ここで取り上げた11冊の本では, 2, 3冊を除けば, その著者が採用 したア プローチを詳しく説明したり叙述した本は無かっ たといっ てよい. 従っ て, 私は, 今後, エ スノヒストリー研究者は, その人が採用するア プローチを著作の初めのところ でできるだけ詳しく 説明し, 読者にア プローチをはっきりと知らしめるように強く要望したい. これらの著作では, 色々な種類のデータを用いて研究がなされているが, 私がここで取り上げた いのは, データ の性質やデータの質のコントロー ルの問題である. 一般にエスノヒストリ ー研究者 は, 異なる人物が書き残した幾つかの歴史的資料を研究する が, その資料の信頼性は記録 ごとに異 なることは言うまでもない. さらに, 何人かの研究者は, 歴史的な文書記録, 考古学的データ, 口 承伝承や生態学的データを利用している. 私が提起したい問題は, いかにすれば研究者は, 異なる 種類のデータを一つの全体へと統合したり, 関係づけたりすることを正当化しうるか, というもの である. 私は, この問題に対して, エスノヒストリー研究者は, 使用するデータの性質を提示, 吟 味し, その批評的評価を著作のはじめに提示すべ きであると主張しておきたい. こうすれば, 読者 は著者が利用するデータ の性質や信頼性を吟味することができるかもしれないのである‐ エスノヒストリー研究における第三の問題は, 研究者の先住民族の文化の取り扱い方である. 私 が知る限りにおいて, 大 多数のエスノヒストリー研究は, 「文化」の概念を正当に取り扱うことがで きていないように 思われる. さらに, それらの研究は, 先住民族の人々の持つ視点にもあまり関係 していない. 白人の手によっ て書き残された歴史資料を吟味することによっ て先住民のイ デオロ ギーや物の見方を解明することは極めて困難であろう ことは容易に理解 できる が, エスノヒスト リー研究が文化や先住民の視点を取り扱っ ていないことは致命的な問題点であると言わ ざるをえな い‐ 文化人類学の特徴の一つは, 文化をその成員の立場から, すなわち文化の内側から理解しよう inowskil922) こ の よ う な 特 徴 は, 大 半 の エ ス ノ ヒ ス ト リ ー 研 究 に お い と いう も の で あ っ た (Mal .. ては実現されてはいない. また, 文化は個々 人の社会的イa動の決定因ではないにしても, そのため の指針や基礎を提供している. もし我々 がほんとうに先住民の人々の行動を理解しようと望むなら ば, 先住民の 「文化」 を考慮に入れることが必須のことであると思う. しかしながら大多数のエス ノヒストリー研究は, 先住民族の文化や視点を適切に取り扱うことに失敗していると言えよう. こ の問題に対する解決策の一つは, 北米インディ アンの諸文化についての人類学的知見をエスノヒス iggerl 97 6:12 ) トリー研究者が利用することであるうと 思わ れ る (Tr . さらに, 先住民の物の見方 を理解するためには, 先住民の口承伝承や言語をより注意深くかつ真撃に再吟味することが必要で あると 思う. トリッ ガーによると, 宣教師によるヒュ ーロン語や辞書や文法書が多数存在している が, これらを分析することによっ てヒュ ーロン族の物の見方をエスノヒストリー研究者は吟味する igger 私 信). こ と が でき る か も し れ な い と 言う (Tr. ) 4 ) やその他の研究者が示唆しているように, 我々 が2 すでにトリッ ガー ( 1 976 198 , ロール ズ ( つ以上の文化間の相 互交渉を理解しようと望むならば, 相互交渉に関与しているすべ ての文化を注 23.
(11) . 岸. 上. 伸. 啓. 意深く吟味する必要があると言えよう. 北米先住民のエスノヒストリー研究においては, 大多数の 有益な資料は, 白人によっ て書き残されたものであっ た. 別言すれば, データは白人の書き手によ る バイアスを蒙っ た資料であると考えることができる. 実際に, 我々はまた, 記録を残した者がほ んとうに北米インディ アンの行動を理解していたかどうかを知ることはできないのである. 研究に 使用するデータの客観性を最大化するためには, 私たちは記録を残した者のバイアスを明確にし, その バイアスを統制するように努めなければならない, と言えよう. それ故, 私は, エスノヒスト リー研究者は, 研究に使おうとする資料を書き残した人物の文化 的, 個人的, およ び社会的バッ ク グラウン ドや パー ソナリティ ーを研究し, どのようなバイアスを持ち得るかを研究しなければなら な い, と 思う. iggerl982:16). 最後に, エスノヒストリー研究における総合の 必要性を指摘したいと 思う (Tr 0年余りの間に, 北米先住民の歴史に係わる新たな発見が, 社会科学や自然科学の分野におい この2 992 ) nl てそれぞれなされてきている(例えば, Lewi . これらの発見は, いろいろな北米インディ ア. ン部族や北米インディ アン全体の歴史を理解するためには, 適切に統合されたり, 関係づけたりさ れるべきである. 従っ て, 我々はより総合的で学際的な北米先住民の研究をすすめるべき であると i 思う (Tr rl982:17). gge. 14 . 結. び. 北米においては, 先住民族のイ ンディ アン諸族やイヌイ ッ トらは文字を有する民族ではなかっ た ために, その歴史研究とは専ら考古学や民族学による伝統社会の再構成 であっ たが, 最近では, ヨー ロッ パ人の宣教師, 商人, 役人や旅行家などの記録を利用 した 「エスノヒストリー」 研究が盛んに なっ てきた. ここでは, 北米先住民に関するエスノヒストリー研究を代表する11の著作を紹介し, 研究主題, データの性質, アプローチおよび研究成果の点から整理し, 検討を加えてきた. その結 果, この研究分野においては, 解決されなければならない問題は存在する が, アプローチや成果の 点からみれば発展してきたことは事実であるように 思う. 社会変動は, 社会科学の中心的な研究 主題の一つ であっ てきたが, いまだに社会変動の プロセス とメカニ ズムを解明すること ができたと言うことはできない. さらに文化人類学や社会学では, 社 会変動の研究は, 変化の法則的な側面や規則性ばかりに着 目しており, 変化の不可逆性, 方向性, l zmanl980:1-2). か か る 状 況 で 累積性などの諸仮定にしがみついて いるようにおもわれる (Sa は, 社会変動についての我々の理解は, いまだに完全とはいえず, 多くの問題点をもっているが, 私は, エスノヒストリーや考古学のような無文字社会の長期的 な歴史を取り扱う研究は, 北米先住 民の社会変動についての知識や理解を前進させることに貢献できるのではないか, と考えている. これは, エスノヒストリーや考古学は, 抽象的なレベ ルで社会の変化を取り扱うのではなく, より 具体的なデータに基づいて研究をすすめているからであり, これまでの理論が先走る傾向の強かっ た社会科学での諸研究が見過 ごしていた多くの問題を提起したり, 解明したりすることに役立つと 考えられるからである. 最後に, 本研究との関連から, アイヌ民族のエスノヒス トリー研究の可能性について言及してお きたい. アイヌ民族の歴史的研究は, 少数の例外を除けば, 和人の中央社会に力点を置いた日本史 ) の一部としてのアイヌの歴史であっ たように 思われる (北海道・東北史研究会編 1990 . ここで紹 介してきたようなアイヌ民族に主体を置いたエスノヒストリーは皆無に等しいのでは ないかと思う 24.
(12) . 北米先住民に関するエスノヒストリー研究. ほ どである. 文化人類学者の渡辺 ( 1 97 2 ) や煎本 ( ) によるアイヌの伝統社会の再構成を試み 1 987 た研究は, 歴史学者から 見ると立場が異なっ ていたり, 問題点があるように思われるかも しれない が, アイヌの視点から伝統社会を再構成したという 点で, 学問的な意義は大きいと思う. また, 民 族学者であり考古学者でもある スチュアート ( 199 0 ) や小谷 ( 19 92 ) は, アイヌ民族の歴史 , 1991. と北米諸民族の歴史 (いわゆる植民地化の歴史や毛皮交易の歴史) との類似性や相違を比較研究す ることを提唱しているが, この提言のようなより広い視野からのアイヌ史研究は, 現代社会におけ る先住少数民族アイヌの社会・政治的問題を考えるうえ でも極めて重要な研究課題であると言えよ う. そしてまた, 和人の残した古文書記録, アイヌ絵, 考古学資料, 民族学的データや口承伝承な どこれま で個別的にしか利用されてこなかっ た資料を, 批判的に総合しな がら利用すれば, 伝統的 な社会組織や文化交渉史を再構成 できるのではないかと 思う. ア イ ヌ 民 族 の 研 究 に, エ ス ノ ヒ ス ト リー的方法を適用することによっ て, アイヌ史に新たな局面を開拓しう ると思う .. (完) l l大学で行なわれた B (謝辞)本論文は, 198 4-5年にカナ ダの McGi i r教授の指導によ gge ‐G‐Tr るエ スノヒストリーについての個人指導研究の成果の一部を加筆修正し, 新たにまとめたものであ る. エスノヒストリーの門外漢である私に対し, ご指導の労を厭われなかっ たトリッ ガー教授に感 謝の意を表わしたい.. )王. i l i ( t 1 2 ) 白人 (wh ) やインディ アン ( e ) という概念は, 正確には, 民族でも人種でもなく, ある種の社会的カ nd ans テ ゴリーである. 通常, インディ アンと対比されて用いる白人という概念は, ヨーロッパ人やヨーロッパからの 移住者およびその子孫の人々を指す総称として用いられることが多い‐ 一方, これらの白人にとっては クリ一 , 族やナバホ族などのアリュート, ユイットやイヌイットを除く北米先住民の総称としてインディ アンが用いてこ られたように思われる‐. 引用文献 Di ckason ,0.P.. 19 84. Z脳 財y妨 げ 肋e s勿啄e αれd 劫e る増加“〆 禽m 物 Z彰 Amg“c硲. “郡 qf Fだ“物 のめ〃如Z. Edomonton: Un iver i be ty of A1 1 【a pr s E 芸港. Dob)ms , H‐F‐ 1983. Z脳か 川”粥ろ8γ βec o加鉛 Z蹴れ“ば ; NのZ災 A粥8“c α 7 2 P物“わ拘れ 口吻αmi 岱 物 丑四海例 No汀ゐ Ame“c i l l iver i ty of Tenne o e:The Un s s see Pre ≦ 溺. ‐ Knoxv. Fi sher . ,R 1977. Co“加c 1α 7 2α Co“扉〆α ‘ 加d鑓 7 2β煽り雄“ 尺e如肋 那 加 β”館ゐ Co彰加ろ忽 ′ ヱ7% ーヱ890 ‐ . Van iver i i tyofBr i ia Pre couver:Un t s sh Cdumb S8 .. Franc i 【 s orant z ,D.and T‐ M ’ β l983 z z汚れ8ガ 物 Z庇 お”符. Ki l: McGi l l tonand Mont ngs iver i rea ty Pre ‐Queen s Un s s 潟 . Gaき F on り l ・ ,. ‐. C偽 月毎粥粥漆 肪Z 1984 { bre Expres ion S ssα”叱聡B ont real:Li s . M . Hokka ido・Tomlokus iKe i(北海道・東北史研究会編) nkyuka. 『北からの日本史』 (第2集) 19 90 l i T t rmo o , ‐(煎本孝). 三省堂. 25.
(13) . 岸 上 伸 19 87 je ・mi ngs . ,F 1975 1or即s ton . ,S 1984. 啓. 沙流川流域アイヌに関する歴史的資料の文化人類学的分析. 『北方文化研究』 18:1-21 8 ‐. l l: C Z脳 加ひ餌あれ q f A粥e“m ′ 厳粛鯛s . ChapeI Hi , CDあれ如偽創,αれd 乾e αれi qf C鯛ダメ榔云 i P h l f N C i t Un iver s t a r o n a r e s r o o sy . i 」 1 lroquo farei s n -A - i 1 Epidemi gonki i n the Huron csand Vvare Sevent n So rg eenth Century Vi l M 【 IS i t E h l i i rea th annuaICong士e an t noogca ocey ミ 渇 ofCanad Area . , ont . Paperreadatthe11. l l l l Ki ba sa ・ r l .Pear .T.and ルq ,S l i ty Study s i lys Event Ana sasan Approachto Commun . .34:58一63 1955 . Vo . Soメメ Foだg. i Ko t an ,Y.(小谷凱宣) 北方民族と毛皮交易 2 19 9. 岡田宏明他編 『北の人類学』. 第5章所収‐ アカデミア出版会.. Lewi n ,R.. 『科 学』 62 巻 4 号 pp 最 初 の ア メ リ カ 人た ち 1992 .205‐208 . B M 〔 l i nowski a ‐ , l edge 施c A7go”α“な ザ 鉱8 粥榔彰粥 R z z c z 1922 . . London:Rout N[ i t n ar ,C. fomi l l i a: y KBゆe鷲 げ 云庇 卿伽8‘ 厳粛α 〃 - αれば雛〆 だ励め”納めs α”〆 劫e彰γimdg 1978 . Berke , Ca fo l i i iver Un ty ofCa ≦ 渇. I筆i a pr e s Rawl s ‐J . ,j 1984. 、Pr総 lahoma i iver ty oku s 加dね%s q f C扇的創如 ′ 鉱ec加“摩れぎZ物昭8 . . Norman:Un. Ray . ,A‐J 1974. i i ty ofToronto Pr es s 1 s Zれd加”si ver “ z zde . れ 鹸e お“γ 7 . Toronto:Un B F A d D Ray .an . . reeman , .J i i ty ofToronto Pres s G幻e 硲 good 雛破格”〆 ver s ゼ l978 , ー Toronto:Un P C Sa l ma n z , . ‐ ion and Response ion as Adaptat i ・nt ion : Proce祭 zat t es of sedentar ラ . C‐ . ln p 1980 roduc d i Z “ αれ 最晦Po“se l oc g s sqfsad貌 加“2の o“ 餌 A加野のo Sa ( ) . ed zman ‐ . W膨れ No伽αds se#慶 二 P〆 New York:Praeger . Spi cer . H. ,E 1962. i iver i ty ofAr ss zona Pre Cタメ榔 ザ Coれq“鱒云 s . . Tucson:Un Stewan, H.(ス チ ュ ア ー ト ヘ ン リ). 90 19 1 1 99. シャクシャインの 『乱』 と民族自決-北海道は植民地か否か- 静内シンポジュウム3・2・1 9 月 22~24 日 静内町公民館 『早稲田大学語学教育研究所紀要』4 9一 『乱』 と民族自決:北海道の歴史的位置付け 3号 pp .6. 72 . Tr igger ,B.G. 1975 1976 1980. 1 i Br to oゆ, VO tand Ethnoh s ech . 1γ. E放れoた禽云 ‐22:51一56 i iver l tyPre$. s ‐QueedsUn ぬe Cゐ”〆だ%q fAα如8%加G 2Vols.MonteralandKingston:MCGil I 4 ):662一676 ( i i αれ A煽す賜 物 VO an Archaeol canlnd ‐ .45 o きW andthelmageoftheAmer . A粥8“c. laker Ube ,D. H. i i l n ive Amer inned: Nat csi at on Dynami can Popu i i Book Rev r Become Th r Numbe ew: The 1984 V l 6 3 4 Z ま 8 A 物 鉱 A “ i o. : . ◇ のooざ Eas th Amerca αれ 7 2 〆 te 伽e G ln Nor . Wr l al ace ,A‐F. 1970. Z ザ 鉱BS靴にα T綾 D8のゐ αれd 尺8魔力Z . . New York:Knopf. Wa t anabe ,H.(渡辺仁) 1972. 26. l I Soc i t ty ) Seat i e e ca z can Ethnographi 1鱗 AI 7 o卸s e粥. (Monograph 54 れ“ βc . The Amer i ive i Un ty ofWr s 渇. ash n顕[ on pre r s (本 学助 教 授).
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