Author(s)
小川, 竹一
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(15): 311-334
Issue Date
1998-03-01
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5851
地下水法理論の課題
小川竹
はじめに 1、地下水の法的性格論 (1)私水説の検討 け)私法学者による地下水利用の法理論の特質 (イ)遠藤浩説 (a)遠藤説の内容 (b)検討 (2)公水説の検討 け)阿部泰隆説の構成 (イ)公水説の検討課題 2、地下水をめぐる国家法と条例 (1)地下水をめぐる国の法制度 げ)地下水の採取に関わる国の法制度 (イ)地下水汚染防止のための国の法制度 (2)地下水をめぐる自治体の条例 (ア)条例の類型 (イ)地下水の採取をめぐる条例(水量資源保全型条例) (a)条例の概要と問題点 (b)条例の実例 け)地下水の汚染を防止するための条例(水質保全型条例) (a)条例の概要と問題点 (b)条例の実例 3,今日の地下水法理論の課題 (1)地下水の公的管理の根拠 (2)地下水利用に関わる法的構成 むすびにかえて -311-はじめに 飲み水の水質悪化や、渇水による水不足を容易に招きやすい社会構造など、 水をめぐる資源上、環境上の問題が深刻化している。水資源の中においても、
地下水の占める比重は、軽くはない。(注1)貴重な水資源である地下水にも重
大な問題が生じている。 地下水は、水文的循環の上に立ってはじめて維持できるものであるし、一度 損傷を受けると回復が困難なものである。一つの問題は、地下水使用量に比べ て、地下水の十分な酒養が行なわれないことからくる地下水資源の減少であり、 もう一つの問題は、地下水資源が様々な原因によって汚染されていることであ る。広範な地下水資源の保全対策や規制、汚染防止・除去対策と規制など総合 的な対策が差し迫って必要となってきている。 ところが、地下水の基本的な扱いを規定する国家法が存在しない。地下水障 害について部分的な対処を行う法制度しか用意されていない。河川水が公水と して河川法の厳格な規制を受けているのに比べて、著しく偏った扱いである。 地下水の量的な保全の側面では、法制度として、地盤沈下が深刻化した地域 を対象として、工業用水法、ピル用水法が制定されている。地下水汚染に対し ては、法制度面では、近年ようやく水質汚濁防止法の改正、水道水源地保全法 制定などが行なわれ、部分的にではあるが、地下水汚染防止に関わる規定がお かれた。 先にあげた諸法令は、地下水汚染防止という意味では、一定の意義を持って いるが、全体的に地下水を対象とするのではない。水質汚濁防止法は、規制対 象が極めて限定されている。水道水源地保全法は、水道水源地内において、一 定の規制物質を排出する行為を規制することだけに限られる。地下水汚染防止 法制がまったく無かったときに比べて、事態の改善は見られるが、依然として 今日でも国の法律によるだけでは不十分である。 今日の地下水汚染は、生活排水やゴミ処理施設等からの排水、農薬による汚 染などによっても、深刻な影響を受けている。国による法制度では、対応でき ないのである。 -312-このような現状に対して、国法による地下水保全の法制度がとられるのを待 つことができないので、各地方自治体が住民にとって、生活のための不可欠の 水源を守るために、独自の条例を制定している。地下水採取を規制するための 条例が当初多かったが、近年に至り、地下水汚染を防止するための条例も現れ
てきている。(注2)
地下水をめぐる法制度が、今日の状況にあるのは、地下水の法的`性格の捉え 方である公水論と私水論との対立も影響していると思われる。本稿では、以上 の状況を踏まえながら、抽象的に学説の優劣を論じるのではなく、条例などの 成果を踏まえて地下水の法的性格についてどのように捉えるべきなのかを検討 する。 1.地下水の法的性格論 地下水利用の法律構成をめぐる基本的な論議は、私水説と公水説という枠組 みの中で行なわれている。私水説とは、地下水は土地所有権の一部であり、地 下水の利用は土地所有者の自由に属するというものであり、公水説は、地下水 は土地所有権の一部ではなく、地下水資源の配分は、国あるいは自治体の権限 に属するという説である。 他方で、地下水に関する公的な規制は、国の法制度では、地下水について、 限定的な規制制度しか存在していないが、地方自治体においては、地下水を地 域資源として保全しようとする条例が、全国各地で制定されるようになってき ている。 地下水の法的'性格が国の法制によって明確に定められていない状況であるに も関わらず、自治体による条例による規制が一定の役割を果たしていることを 踏まえて、法的』性格を検討しなければならないであろう。 (1)私水説の検討 (ア)私法学者による地下水利用の法理論の特質地下水私水説は、主として私法学者によって主張されてきた。(注3)
-313-武田による法的な研究(注4)が行われてからは、地下水の特質をふまえ多少なり
とも地下水利用者相互間の利用の調整の問題が意識されるようになった。(注5)
長い間、民法の代表的教科書であった我妻「物権法」は、地下水について比較 的詳細に触れているものである。地下水が土地の構成部分であるという判例の 立場を前提にして論じていて、武田の公水論は採用していない。 この見解は、土地所有権の支配が及ぶとして、地下水の自由使用を原則的に 認めるものである。但し、他人の地下水利用を侵害したり、地盤沈下をもたら す地下水採取行為については、権利濫用であるとして制限がなされるとしている。(注6)
(イ)遠藤浩説(注7)
遠藤は、近年の私法学者の中で最も詳細に地下水の法的性質を論じている。 公水説と私水説の対立については、結論的には、地下水を公水と見ることの根拠は薄弱とし、要は、地下水についての所有権の行使を制限する方向で考えて
いくのに、どのような論理を構成したらいいか、ということであるとする。
(a)遠藤説の内容 遠藤説の要点は次のとおり。 1,地下水を、土地の特殊な構成部分であると捉える。 地下水が、土や岩や砂などと同じく地殻を構成している点で、それは土地の構成部分と考えてよい。しかし、土や岩や砂などと違い、これを取り除くと地
殻そのものを破壊してしまうおそれがあるので、採取を前提とした独立して所
有権を認めることは適当でないとする。つまり、「その汲み取りに依って地殻 そのものに地盤沈下という現象をおこすということ」から、地下水を「限定的構成部分」と捉らえる。(注8)
2,地下水の存在形態に即して、土地所有権と地下水との関係を捉える。
武田説は、地下水を、土壌水、流水、停留水に区分して、土地所有権の内容
となるか検討し、流水は、所有権の内容とならないとしている。遠藤は、武田
説と引合に出しながら検討を加えて、自説を展開している。 -314-①土壌水(浸潤水)とは、士の中に含まれている地下水であり、岩や土砂 などとともに土地を構成している。少しずつ姿を変えるが、その変化は土砂な どの変化と同質で、土地の構成部分とみることに支障はない。 ②流水は、地下を一定の水路をなして流れているもので、流れの速さはま ちまちである。武田は、流水は、不断に移動して継続的に支配することはでき
ないから、土地の構成部分と言えないとしている。(注9)
流出するものと流入するものとが、同質のものである以上、法的には定着物 と捉えることができる。だが、これを取り去ると地盤沈下など地殻が破壊され てしまう種類のものであることに着目して、限定的構成部分として捉えるのが 適当である。 ③停留水は、地中に潜在する水で、比較的広大な地殻の空隙に滞留してい るものを指す。武田は、流水と異なり土地の定着物として土地所有権の内容と なるとしている。遠藤は、流水と同じく地殻を構成するので、土地の(限定的) 構成部分であるとする。 ④限定的構成物理論の意義 鉱物などと対比しながら、理論的に性格に地下水の位置付けを行なうことが 必要である。地下水を土地の限定的構成物と捉えるのが体系的に優れているし、 土地所有者の権利制限を行なう基礎を提供する。限定的構成部分である地下水 に対しては、土地所有者は、日常生活用に採取することができるだけである。 ⑤権利濫用論について 権利濫用法理によって採取をある程度規制することはできるであろうが、し かし、そのときは回復しがたい地盤沈下等の現象を来しているのである。した がって、この法理は無きに多少まさる程度のものである。 (b)検討 遠藤説は、民法理論の概念を厳密に用いるべきことを強調し、所有権の構成 物という概念に忠実に理論の構成を行なっている。その上で、地下水の特色を 踏まえて、「限定的構成物」という概念を構成した。先にみたように、流水に ついては、表流水と同じように、一つの土地にとどまるのではないことに着目 して、土地の構成物ではないとする説(武田説)が存在したが、流水にととま -315-らず地下水全体について、このような捉え方を支持する見方も根強い。(注10)
これに対し、流水についても、流出するものも流入するものも同質のもので あり、同一性を保ったまま地殻を構成するというのいうのが遠藤説である。こ れは地下水を含む地殻の層を静態的に考察したときに成り立つかもしれないが、 ここから、法的な評価として同じ性質を保ったままでいるのであるということ で私水説につながる結論になるとすると、異議を述べる余地があるだろう。地 下水は、循環をなしているものであり、流入してくるものは他の土地において かん養されたものであろう。自己が汲み上げることによって消費したものが、 他の土地によってかん養され、流入してきたものであることに着目するならば、 やはり、自己の土地内のことだけを考え、完結的に自已同一`性を主張するのは 適切ではない。 しかし、実際的な帰結を考えてみると、次に述べる公水説を主張する阿部説 とあまり異ならないことになるのかも知れない。遠藤説においても、土地所有 権者の地下水利用権限は、日常生活の使用の分に限られるとしているので、こ れを超える使用は、許されないか許されるとしても管理者の許可を得なければ ならないことになる。これは、阿部の言う自由使用と特別使用ということと類 似している。遠藤説を理論的に一貫したものにするためには、日常生活使用分 を超える地下水は、土地所有権の対象となっているのか否か明確にする必要が あろう。土地所有権の対象ではあるが、利用が内在的に制約されているとする のか、土地所有権の効力が及ばず、公水として公的な管理の対象であるとする か(地下水の性格を二分することになる)になろう。前者だとすると、工場等 で大量に使用する場合をどのように扱うのかが問題になる。もし特別の許可に よって使用可能となるとするのであれば、何故その許可権限が発生するのか説 明しなければならないだろう。 遠藤説は、民法学の分野から体系的に地下水を位置づけようとした試みであ り、地下水法の私法上の効力を構成するときに、より詳細な検討の手がかりとなろう。(注11)
-316-(2)公水説の検討 公水説は、公法学者から主に主張されてきたが、公法学者においても、公水
であることを否定する学者も少なくない。(注12)ここでは、積極的に公水説を
主張している阿部説を紹介しよう。 け)阿部泰隆説の構成現在、最も積極的に公水説を主張しているのは、阿部である。(注13)
河川からの取水と同様に考えて、土地所有者の地下水の汲み上げは、河川の 沿岸の者が取水するのと同様に一種の自由使用(一般使用)とし、地下水を自 由使用の範囲を越えて大量に取水するのは、河川の取水と同様に公共資源の特 定配分の問題となる。これは、国家・地方公共団体が配分する権限を有するこ とになるというのである。 その論拠を見てみよう。 ①私水説による権利濫用論には限界があること。 採取規制は、例外的に働くのであるから、どうしても遅くなるし、飲料水が 枯渇しそうでもやむをえないことになりかねない。 ②地下水の性格が私権の対象になじまないこと。 地下水は流れているものであり、空気と同じように私的な支配が及ぶものではないからである。(注14)
③河川法による河川敷の所有権と河川水との関係を類推して、土地所有権の 効力が地下水に及ばないと考えることに無理がないこと。 ④適正な公共資源配分が可能なこと。 地下水採取は、河川の沿岸のものが取水する場合と同じように一種の自由使 用と考えられるが、大量に採取しようとする場合は、公共資源の配分の問題と して、国・自治体が配分権限を持つことになる。「地下水は地域的問題である し、国家が法律を作らない以上、地方公共団体が自主的に規制できることにな る。それは、財産権侵害の問題を生じないから、自由になしうることで、地域の実情により飲料水優先などと自由に定められる。」(注15)
-317-(イ)公水説の検討課題 阿部は、公水説の立場に立つとき、検討すべき課題として次の点を挙げてい る。すなわち、公水と捉えることは、国家法の制定よってはじめて可能となる のか。 阿部は、地下水は、小河川みたいなものであるから自治体による規制がふさ わしく、空気は国法がなくても公共のものとみられているから、地下水は、国
法がなくても公共のものとみて良い、と答えている。(注16)
この問題が、条例による管理を進めていく場合にも大きな法的論点となるだ ろう。これに対する私見は、後で述べる。 2、地下水をめぐる国家法と条例 ここでは、地下水に関わる国法と条例の存在について概観して、次に条例に 関わる法的問題を検討する。 (1)地下水をめぐる国の法制度 げ)地下水の採取に関わる国の法制度 日本においては温泉・灌概用水以外には、地下水利用が社会的な秩序を形成 していなかった。古くからの地下水利用は、家庭用水、農業用水としての利用 で、自噴井や掘り抜井として浅層地下水に限られていて深刻な問題が生じてい なかった。しかしながら、深井戸により深層地下水の利用が可能となり、工業 用水、上水道水、ビル用水の大量の需要をまかなうようになってきた。これに 伴い、地下水障害が、昭和30年代以降、東京・大阪・名古屋などの諸地域で 深刻化してきた。地下水位の異常低下・枯渇、地盤沈下および地下水の塩水化 などの「地下水障害」が生じたのであった。 このため、1956年に「工業用水法」、1962年には「建築物用地下水の採取の 規制に関する法律」(以下、ピル用水法と略称)が制定された。 これらの法による規制は、使用目的や規制地域を限定していること、地下水 の私権性を尊重しているため私権制限には慎重であったこと等の特徴がある。 これによって、その後の全国的に生じた地下水障害には、対処することができ -318-なかった。 このため、1979年以降、政府各省庁は、新たな立法をめざして、各種の試案
を策定したが、なぜか立法化には至らなかった。(注'7)
(イ)地下水汚染防止のための国の法制度 地下水汚染の防止の法制度は、特に地下水を対象としたものはなく、1989年 水質汚濁防止法を改正して規制物質を追加し、地下水の排出を規制しているに とどまる。 トリクロロエチレン等の化学物質による地下水汚染が深刻化し、これに対処 するために、水質汚濁防止法が改正された。その改正の目的と骨子が次のよう にまとめられている。「有害物質による地下水の汚染および有害物質の流出事 故による環境汚染の防止図るため、有害物質を含む地下浸透水の浸透を禁止す る等の措置を定めるとともに、地下水の水質の監視測定体制、事故時の措置に ついて定める」ためであった。 規制対象は、「有害物質使用特定事業」から排出される「特定地下浸透水」 であり、有害物質の製造、使用、処理を目的としない特定施設から排出される水や、雨水、生活排水等は除かれる。(注'8)同法施行令において、有害物資に、
トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが追加された。 規制手法は、禁止行為を定め、具体的には当該施設については、改善、廃止 命令等を行なうほか、報告義務や立ち入り調査権、汚染状態の測定及び記録義 務を定め、違反する者に罰則を科すものである。有害物質を含む物質の地下へ の浸透を禁止し、この禁止措置の実効性を担保するために、特定施設の届出事 項を設け、施設設置前は、これに対し、都道府県知事は、計画の変更又は廃止 を求めることができる。設置後は、特定施設の構造等の改善又は使用等の一時 停止の命令ができる。 さらに、同法は1996年6月に改正され、「地下水の水質の浄化にかかる措置命 令」が制度化された。 -319-(2)地下水をめぐる自治体の条例 け)条例の類型
全国に数多くの地下水に関わる条例.要綱が存在している。(注'9)形態的
には、公害防止条例の中で、地盤沈下に着目してその規制方法を規定している もの、地下水に関わる独自の条例を制定し、水源として地下水を保全し、中に は併せて地盤沈下防止等規定するものもある。また、地下水の利用、合理的な 利用が躯われているものもある。目的面からは、大きく三つの類型に分類でき るだろう。第1は、地盤沈下など地下水障害を防止するための公害防止型条例、 第2は、地下水を利用することを前提にして適正化を図る水量資源保全型条例、 第3に、地下水の汚染防止を目的とする水質保全型条例である。ここでは、水量資源保全型条例と水質保全型条例とを概観してみよう。(注20)水質型保全条
例は、比較的新しく制定されるようになったものである。 ここでは、水量資源保全型条例と水質保全型条例について概観しよう。 (イ)地下水の採取規制条例(水量資源保全型条例) (a)条例の概要と問題点 このような国法のかたわら、地方公共団体においても、昭和40年代後半から、 公害防止条例等において、地盤沈下対策を定めたり、地下水の採取に関わる条 例あるいは要綱を定めて、地域の地下水調査をすすめ、地下水利用適性化計画 を策定するとともに、採取に関する規制を行なうようになっていた。地下水問 題を地域の水資源問題の一環として捉えているわけである。条例等の制定については、所有権の制限との関わりが問題となる。(注21)当
然ながら地下水の自由使用という私権の制限を行なわなければならなかったが、 明確に公水説に立ったものは無いであろう。だが、なんらかの意味で私水説を克服しなければならないという問題意識を持つものであった。(注22)
規制方法としては、採取について許可制をとるものが一般的である。地下水 採取について使用料等を徴収するのも効果的であるが、条例では採用するもの はなく、「秦野市地下水の保全及び利用の適正化に関する要綱」(1975年4月1日 施行)などわずかである。 このような自治体の試みで重要なのは、地域の地下水資源の現状を把握し、 -320-利用を適正化するための総合的な地下水利用計画が立てられたことであり、地 域住民の中に地域の公共的資源であるという認識が生み出されたことである。 (b)条例の実例 1、沖縄県宮古広域圏事務組合「宮古島地下水保護管理条例」(1987年5月発
足)(注23)
宮古島は、水資源を全面的に地下水に頼っているため、島内の市町村が共同 して、地下水管理条例を制定した。地下水採取を許可制とし、渇水時には飲料 水優先の原則をたてている。復帰前1965年に制定され、管理主体の変更など法 的な曲折を経て、現在は、第3次条例ともいうべきものである。 2、「山形県地下水の採取の適正化に関する条例」(1976年3月31日制定)(注24)本条例は地下水枯渇と地盤沈下を防止するために制定された。知
事は、地下水適正化地域を定め、その地域に地下水適正化計画を定めることが できる。計画に基づき採取規制が行われる。地域内の採取者に対し届出義務を 課し、地下水障害防止のため設備規模、構造等について措置勧告を行う。 け)地下水の汚染を防止するための条例(水質保全型条例) (a)条例の概要と問題点 水道水源である地下水水源がさまざまな原因で汚染されるおそれが増大して きた。水道水源が地下水源であろうと地表水であろうと、これを総合的に汚染 から守る法制度は、十分に整備されていなかったために、問題に直面した地方公共団体が独自の工夫をこらして制定するようになった。(注25)
一般的に水源保護のためには、水源保護地域を定めて行為規制と共に立地規 制を行うことが必要である。しかしながら、地下水については、水源保全型条 例という形式はとっていない。一定の物質の排出規制が中心である。 地下水の公水説と私水説との対立という点からいうと、地方公共団体は、何 故に地下水保護のために土地所有者の行為を制限することができるかという問 題がある。公水であるならば、地方公共団体は、地下水を保全すべき責務と権 限があるということが素直に導かれよう。私水説であるならどうであろうか。 地方公共団体が所有する水道水源地の保全ということであれば、ある程度私水 -321-説でも根拠づけを行うことができそうである。比較的広く地域全体の地下水を 保全したいという場合はどうか。地下水の汚染経路は予測しがたい場合がある。 このような場合には、私水説では十分な根拠を与えることができないのではな
いか。(注26)地下水も水量と水質の両面にわたって保全が必要であるが、総合
的な条例は存在しない。二つの面で、条例、要綱等を有する自治体は、熊本県、 神奈川県秦野市等数少ない。 (b)条例の実例1、熊本県地下水質保全条例(1990年10月2日制定)(注27)
熊本県では、1991年には、都市用水(水道用および工業用水)の約59%、水 道用水では約77%を地下水に依存していた。特に都市圏では生活用水の水源を すべて地下水に頼っている。しかし、1982年度の環境庁の調査で、WHO飲料 水水質暫定ガイドラインを超える井戸が確認されたり、ハイテク工場が立地す ることから、県では、1988年4月、「熊本県地下水質保全対策要綱」を策定した。 89年に、水質汚濁防止法が改正され、トリクロロエチレンとテトラクロロエチ レンを加えた12物質が規制対象化学物質となり、地下水汚染の防止等を図る規 定が盛り込まれた。県は、これを受けて、同法の実現を図るために、強制的な 規制を定める本条例を策定することとなった。 規制対象化学物質(カドミウムその他の人の健康に係る被害を生ずるおそれ がある物質として規則で定めたもの)に関わる規制基準値を超える地下浸透水 の浸透・排出水の排出禁止を基本とする。事業者は、対象科学物質について使 用管理計画を届なければならず、県は、使用計画の変更.廃止を命令すること ができ、違反には懲役刑を含む罰則が課せられる。 本条例は、水質汚濁防止法に根拠をおいている。本条例の地下浸透規制と特 別排出基準とは、トリクロロエタンと四塩化炭素を除いては、それぞれ水質汚 濁防止法の特定地下浸透水および排出水に適用しない。本条例は、右2物質 (これらは、同法上の有害物質に加えられていない)、特定地下浸透水以外の 「地下浸透水」および「特定事業場」以外の「対象事業場」について、独自の 規制を加えるものである。 -322-2、神奈川県秦野市「地下水の汚染防止と浄化に関する条例」(1993年7月制定、
94年1月施行)(注28)
地下水の有機溶剤などによる汚染の防止.汚染の調査.汚染の除去などを目 的とする。事業者に対して、化学物質の使用計画、過去の使用実績及び物質収 支の届け出を義務づけ、さらに使用計画の変更命令や化学物質の使用一時停止 命令などを定める。また、汚染の調査や汚染の除去について、事業者の調査や 汚染防止除去命令を行い、事業者が資金不足のときの、調査.浄化についての 市の代行制度や、「地下水汚染対策基金」制度を設けている。 3.今曰の地下水法理論の課題 (1)地下水の公的管理の根拠 私見は、地下水を公的な管理のもとにおくことが必要であり、基本的には、 公水説をとることが適当であると考える。ここでは、その法的な根拠を簡単に まとめてみよう。 第一に、土地所有権と地下水との関係は、やはり地表水に関わる制度と関係 づけながら捉えなければならないであろう。河川法が河川敷の私的な土地所有 権の成立を認めながら、河川水は所有権の対象とならないとしたことを類推し て考えるべきである。 地下水の存在も、水循環の過程をたどっている。地下水を持続的な資源とす るためには、この水循環を維持するような保全と利水が、必要である。河川を めぐる法制度や`慣習は、基本的にはそのような水循環サイクルの上に成り立っ て来ていた。それゆえ、地下水についても、基本的には、河川水に関する'慣習 や法制度を第一に参照すべきであろう。 それと同時に、地下水法制度は、地下水特有の問題を踏まえたものでなけれ ばならない。地下水は、一度汚染されると回復しにくく、汚染のメカニズムも 複雑であるという特質がある。したがって、地表水よりもより厳格かつ広範な 事前の汚染防止規制が必要である。よく言われるように、私法的な手段は、汚 染の可能性や因果関係の証明の立証問題等があり、事前防止には適していない。 -323-また、問題は、個別の土地所有者である地下水利用者の利益というよりは、地 域住民全体の共通の資源の保全である。河川よりもより一層の公的な管理が必
要となる側面もある。(注29)
第二に、法制度上の制約がありながら、自治法として成立している地下水条 例等の成果を基礎に据えることが、地下水法制度を造っていくための現実的な 選択である。 地下水盆など地下水が、河川などとは異なり、比較的に地域的なまとまりを 以て存在している。そこの地下水をそこの地域住民が利用するという水源と利 用者が-つの地域の中にあるという関係にある。したがって、地域の地下水の 管理は、地方公共団体に委ねるのが相応しい。地方公共団体の立法である条例 を積極的に認めるべきである。 条例の正当性の根拠は、究極的には、地下水資源が地域住民の共有財産であ り、地方公共団体は、これを信託的に管理しているのであるということに求められることになろう。(注30)
(2)地下水利用に関わる法的構成 条例によって、地下水を規制することと国家法との抵触の問題は、理論的に はかなりの程度解決されているだろう。一方で、公水説にたったとき、地下水利用の私法的構成は、どのようになるのか。(注31)
条例によって、取水を許可された地下水の利用は、土地所有権とは別個の水 利権類似の権利となるのであろうか。地下水資源は、地域住民の共同の資源で あるから、水利権のような特定の利水目的をもつ絶対的な権利として構成する ことにはなじまない。土地所有者あるいは利用権者が、具体的な必要に応じて 許可を受けて一定方法で一定量を取水できる権限であるが、渇水などの状況に 応じて調整しなければならない。また、自己の取水が妨げられたときは、原因 者に対して、私法上の差止め請求や損害賠償請求を行うことも可能であるのか を検討しなければならない。このような地下水利用権限がどのような`性格のも のかの検討は今後の課題としたい。 -324-むすびにかえて 本稿で検討した私水説と公水説との争いは、地下水の法的な性格の捉え方に ついての側面と、地下水管理の必要』性の認識や手法との側面を分けて考えてお かなければならない。 この二つの側面は、もちろん密接に関連するのであるが、別個にとらえなけ ればならない問題もある。私水説論者でも、地下水の自由使用に対する制限に ついて、積極論と消極論があろう。 公水説にたった場合にも公的な管理を認めることに直接的につながっていく ことになる。ただ、公水説にたった場合にも、公的な管理の手法は一様ではな
い。管理主体を国家中心とするか自治体中心とするか、私人に採取の権限をど
のように割り当てていくのか。汚染防止のための行為制限をどの程度課すのか について、対立する見解があろう。 公水説と私水説の対立構図は、`性格論を縦軸に、規制論を横軸にして考察し ていく必要があるだろう。また、本文中にたびたび述べたように、地下水管理については、利用と保全
を総合的に扱う制度が必要であり、さらには、河川水をも含めた統一的な水法
制度の構想も必要であろう。ただし、忘れてはならないのは、これまで条例が
果たしてきた役割であり、地下水のような地域的に限定された資源については、
地方公共団体の独自性を重視して、地域の事情に応じた管理権限を保持すべき
である。地方公共団体は、地域の地下水利用・保全計画を策定し、飲料水優先
などの基本方針を決定し、さまざまな地下水保全のシステムを実行すべきで
ある。(注32)
(注1)水資源白書は、平成6年(1994年)における地下水使用量は、都
市用水(生活用水及び工業用水)及び農業用水の合計で、年間約129.9億立法
メートル、全取水量の約14%と推定されるとし、このうち都市用水については、
全取水量の約28%にあたる年間約91.1立法メートルと推定されるとする。(国
土庁長官官房水資源部編「平成9年版日本の水資源」大蔵省印刷局、113頁、
-325-1997年) (注2)これは、地下水問題が、私法的な相隣関係的な争い(井戸の枯渇な ど)や地域的な地盤沈下等の地下水障害問題から、地域全体の資源の保全とか、 貴重な水道水源の保全などに問題の焦点が移っていることを示している。地下 水法理論もこれに対応した問題意識を持たなければならない。これは、生命健 康にかかわる住民に共通する資源を誰がどのようにして守るべきなのかという 問題となっている。
(注3)土地の地中に存在しながら、土地所有権とは別個の権利の対象とな
る物に、温泉と鉱物、採石権の対象となる岩石がある。古典的な私水説にあっ ては、これらと地下水との扱いが異なるのはどのような根拠によるものとして 捉えられているのであろうか。 我妻栄著=有泉亨補訂『新訂物権法」(岩波書店、1983年、281頁)をみてみ よう。 所有権は、土地の構成部分に対する支配を内容とするだけではなく、土地の 定着物の中で独立存在を有しない物に対する支配もその内容とする。同書は、 問題なるものとして、採石法の対象となる岩石、地下水があるとする。 採石法は、鉱業法の鉱物とは異なり、岩石を土地所有権の内容と見ている。 だが、地表に近く存在する鉱物と岩石との区別は相当に微妙であるとし、違い の根拠は、社会経済上の重要度の差異に求められる。 判例は、地下水を土地の構成部分と見る立場にたっていが、権利濫用となる 場合を認めているとする。 温泉は、地下水の一種であり、自然湧水を利用するものと、掘削されたもの とが存在する。明治以前において、特に自然湧水を利用する温泉については、 共同体が総有的に支配する権利として認められ、民法施行後も、温泉法による I慣習的な物権として認められている。鉱物は、鉱業法によって、国家によって 公的な管理がなされ、土地所有権とは別個に、鉱業権が国家によって認められ る。鉱物についてのこのような扱いが是認されるのは、鉱物の経済的価値に着 目してのことであるとされている。 そうであるなら、地下水の資源的価値に着目すれば、鉱物と同様に国家の公 -326-的管理に移行させることも可能となるのであろうか。 (注4)地下水の法律問題について総合的に検討した噴矢は、武田軍治「地 下水利用権論』(岩波書店、1942年)である。 武田の業績は、地下水について学際的な検討を行い、停留水、流水、浸潤水 というように存在の態様から法律論を構成した点である。特に、流水について は、その各部分が不断に移動転去して、これを継続的に、かつ有体的に支配す ることに適さないとし、取水し完全に支配可能となったときに所有権が発生す るとする。(同12-4頁) (注5)我妻は、地下水の掘削などの利用について次のように述べている。 「地下水の人工的利用についても、流水の利用に準ずべきものであろう……。 (a)一定の者が、法令または慣習によって、専用権を有する場合には、他の 者は、自分の土地を掘削してこれを利用することもできない。ただし、これに よって専用権者の利益を害さない場合には、あたかも多数の者の所有する土地 を貫流する流水についての各沿岸地所有者の利用権と同様に、各土地所有者は、 平等に利用する権利を有するものと解すべきである。したがって、-人の掘削 によって他の所有地における利用が不可能になる場合には、各自の協定によっ て、平等に分配する途を講ずべきであろう……。もっとも、地下水については、 その泉源ないし地下の流水の状況は容易にわからないから、特別の法律を必要 とするだろう。」(我妻=有泉前掲282頁) (注6)我妻によれば、判例は、土地掘削して地下水を汲み上げた結果、近 隣の井戸または温泉が枯渇してしまった場合に、以前には、原則として土地所 有者の自由になしうる(大審院明治29.3.27判決、同昭和4.6.1判決)とし、 例外的に、隣人がすでに地下水(温泉)の専用権を有している場合にだけ、こ れを禁じることができる(大審院明治38.12.20判決)とした。(281頁)学説は、 これに批判的であり、近時の下級審判決も、地下水の公共性を認め、原則的に 権利濫用の成立を認める。 なお、渡辺洋三「温泉権・地下水利用権」(同『法社会学研究4財産と法』 東京大学出版会、1973年)は、裁判所の態度は、旧慣にもとづかない利用者相 互間においては権利濫用論を取り入れ、旧慣による利用者と|日償を破って新た -327-
に地下水利用権を獲得する者との争いにおいては、権利濫用を認めず、旧慣利 用者の利益を否定したとする。(同290頁) (注7)遠藤「地中の鉱物・地下水に)-ささやかな法的構成についての 試論一」(法曹時報29巻2号、1977年) (注8)同前7頁。「そもそも、地下水そのものを、雨一川・地下水一流出・ 湧出一蒸発一雨という自然の循環(水文学的に)の中で捉らえるべきものであっ て、その点で、土地の他の構成部分と違う性質をもっている」とする。適切な 指摘だが、土・岩などと違う`性質をもっているとしたのは、地下水を「汲み取 ると地殻そのものを破壊してしまう性質」のものであるからとするという根拠 づけとどのように関連するのであろうか。水文的循環の中で地下水が維持され、 ひいては地殻を支えているということであろう。 (注9)武田前掲書200頁参照。 (注10)後で検討する阿部泰隆も同様の見解を述べている。地下水積極保 護論者に共通の見方である。 (注11)民法学の立場から、温泉、鉱物、岩石などと地下水との法的扱い の異同を検討しなければならないであろう。 また、地下水が土地所有権の部分であるとすると、地下水について特別に権 利を論じる余地はないが、公水説に立つと、地下水採取権を公的機関が私人に 配分するということが有り得る。この場合の採取権の私法上の効力などの検討 事項がある。 (注12)行政法学界でも、公水説を否定する立場も強い。その根拠は、地 下水が公物であることを否定することにある。 「公物であるためには、有体物であることが必要条件なので、利用の結果、消 費されるものは、公物ではない。したがって、鉱物、石油などは、もともと公 物としては取り上げられてこなかった。その点で例外が河川である。なお地下 水については、日本法では、公物ではなく、また、一般的な管理の規律もない。 したがって、基本的には地下水は私的土地所有権の範囲に入っている私物であ る。」(塩野宏『行政法3』、有斐閣、1995年、256頁) 公物理論が、公水説への障壁になっている。だが、今日、地下水という清浄 -328-
な水資源が危機にさらされる機会が増大し、その重要性が再認識されつつある ことを考えると、河川水と同様の扱いをすることが必要になってきている。 形式的には、消費物とはいえ、石油などと、地下水は、異なるであろう。水 は循環するものであり、地下水は従前通り酒養されていけば、枯渇するもので ないからである。 また、河川水とは異なり国法が制定されていないので、地下水を公物と捉え ることができないというのであろうか。だが、条例により公共団体が管理を行 なっている状況を考慮に入れて、公水論を再検討しなければならない。 (注13)阿部泰隆「行政の法システム(上)(新版)』(有斐閣、1997年)、 「地下水の利用と保全一その法的システム」(ジュリスト増刊総合特集「現代の 水問題』)等。 (注14)地下水を空気と類比して語ることはどのような意味があるのか。 阿部は空気について所有権の内容と観念できないのと同じように地下水も所有 権の内容とすることはできないとする。だが、空気が無限なのに比べて地下水 は希少であり、空気が権利の対象と観念できないのに対し、公的であるにせよ 私的であるにせよ権利の対象となる特質を有しているのではないか。もちろん 空気が生存にとって不可欠であるのと同じように、水道資源となっている地域 では地下水も、生存にとって不可欠のものであり、私的な独占にはなじまない という点で共通していることを忘れてはならない。 (注15)阿部前掲書254頁 (注16)阿部前掲論文231頁 (注17)地下水にかかわる新たな管理制度や立法の準備のために、諸省庁 でいくつかの報告がまとめられた。 以下のような調査・研究報告がまとめられた。 ・1、科学技術庁資源調査会「地下水の保全使用に関する調査報告」(昭和 1974年) ・2,中央公害対策審議会地盤沈下部会「地盤沈下の予防対策について」 ・3、建設省地下水管理制度研究会「地下水管理制度について」 ・4,農業用地下水研究会「農業用地下水研究会報告」 -329-
また、2は、環境庁水資源局「地盤沈下防止法(仮称)案要綱」(1975年)と して、3は、建設省河川局「地下水法基本要綱案」(1975年)としてまとめら れた。 これらの資料は、ジュリスト582号特集「地下水の利用と規制」(1975年)に 収録されている。 このように各省庁は、立法の検討を行なっていたが、何も実現しなかった。 諸立法案の検討、立法化に至らなかった事情など今後の課題としたい。 また、画一的な規制を行なう国家法よりも、各地域で条例を制定する道によ るべきであるとする見解もあることに注意しなければならない。柴崎は、地下 水問題の多様性からは、それぞれの地域の条件にかなった解決を見いだしてい く余地があるとする。「各省庁のなわばり争いから日の目をみないでいる「地 下水法」などは、地下水問題の実情に適していない..・・・・各地域ごとの 特殊`性を無視して、無理に画一的な基準を作成したとしても、かえって有効な 施策をすすめている自治体の足をひっぱることにもなりかねない。」(60-1頁)。 (注18)環境庁水質保全局監修「地下水の水質保全』(中央法規、1989年) 16頁参照 (注19)地下水に関する市町村の条例は、1992年10月に把握されたもので、 269を数える。県条例は、35を数えた。地下水政策研究会編「わが国の地下水』 (大成出版社、1994年)に国土庁資料よりの一覧が掲載されている。要綱形式 もいくつか存在するが、本稿では条例に限って考察する。 また、条例の意義については、特に地下水を守る会編「やさしい地下水の話』 (北斗出版、1993年)参照。 (注20)前掲「わが国の地下水』では、公害防止条例型と地下水採取に関 する条例・要綱の二つの類型に分けられている。熊本県地下水保全条例や神奈 川県秦野市地下水の汚染の防止除去条例は、別の類型として捉えられるべきで あろう。 (注21)自治体における条例が、財産権の保護に抵触しないかという問題 について、各自治体条例により規制の程度・方法が異なるので、個別に検討す る必要もあろう。 -330-
地下水保全条例制定をめぐり前提となる地下水の法的性質について、次のよ うな意見の対立のパターンが紹介されている。 第1は、権利濫用を制限する、第2は、第1次取水者は、公共団体にかぎり、 それが卸売りという形で需要者に分配し、私企業が勝手に汲み上げることは許 ● さない、第3は、地下水は公共のiI)のであるから、それを汲むには行政庁の許 可がいる。(三本木健治『論集水と社会と環境と」(山海堂)142頁) (注22)山野一美「山形県地下水の採取の適正化に関する条例」ジュリス ト800号(特集「条例集覧」112頁)参照。 例えば、山形県地下水の採取の適正化に関する条例によって策定された「山 形地域地下水採取適正化計画」では、地下水に対する基本的な考え方として、 酒養量を上回る地下水の採取は、埋蔵する鉱物資源の採掘に似ていること、流 動して一時的に地下を通過するに過ぎない地下水を私権(民法207条)の対象 とすることに疑問があり、地下水は公水であると考えるべきであるとしている が、条例そのもの規定をみる限り、公水、私水いずれかの立場を明確にしてい るわけではない、と指摘されている。(山野前掲論文112頁) (注23)小川竹一「地下水保全思想と宮古島地下水保護管理条例」(沖大法 学10号、1991年)参照 (注24)山野前掲論文112頁参照。 (注25)地下水に関わる条例ではないが、津市水道水源保護条例(1988年 制定)は、水源保護条例として興味深い。 水源保護地域内において対象事業(砕石業、砂利採取業、産業廃棄物処理業) を行なおうとする者は、管理者と協議し、関係住民に説明会の開催等を行なわ なければならない。これらに違反するときは、管理者は、勧告、事業実施の一 時停止を求めることができる。同条例に対する次のような評価は、地下水資源 保護条例にもあてはまることである。「最近では、地方公共団体は住民の健康 や生活を保護してゆかなければならず、そのような目的のためならば、たとえ それが財産権の行使に関わる事項であるとしても、自治事務として条例を設け ることができると解されるようになってきている。」 「水道水源保護条例は、まさに住民の生命・健康といった基本的な利益に直接 -331-
的に関わりを有する水道の水源を保護しようとするものであって、事業者の財 産権の行使を制限することを直接の目的とするものではないので、最近の考え 方からすれば是認きれる。」 「(本条例は)水の循環に十分対応することができない現行法の一種の法の欠 訣を埋めるものとして、ささやかに登場したにすぎないということができる。 問題の本質が水ないし水道というわれわれの生命・健康・生活に直接関係のあ る資源に関わるものである以上(このような意味で、環境権のような場合と異 なり、水源に対する住民の権利性ははっきりしている)、法律がないという一 言によって、水源保護を断念することはできない。津市などの水道水源保護条 例は、いわばこういった個々の住民の水源に対する権利の束を先取りないし代 位するかたちで集合したものにほかならない。(中舎寛樹「津市およびその周 辺における水道水源保護条例の制定一水の循環に対応した法制度の確立へ向け て(1)-」三重大学環境科学研究紀要13号)9頁。 地表水も地下水も基本的に同じ規制が必要になる。ここでもやはり地表水と 地下水を一体的に扱うべきことが示されていると言えよう。 地下水源の汚染防止のための条例は、地表水源の汚染防止のための条例であ る水源保護条例と本来、同じ課題に直面している。「水源保護施策の基本であ る水源保護地域の指定にあたって、特定な地域の所有権や利用権等、私権に対 する制限が条例でどこまで可能か、制限する場合、既得権者に対する補償はど うするのか、その費用は誰が負担するのか、仮に水道が負担しなければならな い場合、水道使用者にそのために起きるであろうコストアップ分の料金転嫁に ついてどう説明するか、そして最終的には水道事業者が期待する効果が収めら れるか、という現実的な問題がある。」(遠藤誠作「水道水源保護条例の研究」 水道公論27巻3号)48頁。 地下水汚染防止のために、このような規制を加える必要`性があることを認め た場合に、私水説では規制の根拠を説明することは難しい。公水である地下水 を保護するために土地所有権を制限するという論理が必要であろう。地下水利 用者間の利用を調整する権利濫用法理の範囲を超えている。地域住民の生活に かかすことのできない地下水資源を保全することは、個別の土地所有者が自己 -332-
の土地における地下水利用の利益を守ることとは法理論が異なる。土地所有者 の地下水利用行為のみでなく、土地利用行為そのものが広く制限の対象となる のである。 この制限の根拠は、私権対私権の調整ではなく、公共的な権利ないしは利益 による私権の制限ということになる。そしてその公共的な権利(ないし利益) が公的な権利たる地下水管理権ということになる。さらに、地下水管理権は、 地下水保全のための積極的な施策を行なうこともその内容とならなければなら ない。 (注27)渡辺征紀「熊本県の地下水利用の状況と水資源の保全」(公害と対 策27巻2号、1991年)参照。 (注28)この条例で定められた汚染源除去及びその費用負担の考え方は、 アメリカのスーパーファンド法の影響を受けたものであると言われている。 なお、秦野市は、従前から要綱において、地下水の採取規制を行っている。 注目すべきは、地下水使用事業場と協定を締結し、従量制で協力金を徴収して いることである。『改訂版名水秦野盆地湧水群の復活に向けて』(秦野市環境 部、1998年)および大塚直「市街化地土壌汚染浄化の費用負担(上、下)」(ジユ リスト1039,40号)参照。 (注29)水利権は、水利権水量を取水することを恒常的に保障されている。 このため、渇水時には、水利権間の取水量の調整が問題となり、上水、農業用 水間などで対立が生じる。これに対し、地下水は、より希少な資源という観点 から、飲料水優先の原則などが必要となるだろう。 (注30)公共的管理といっても一様ではなく、次のようなレベルがありえ よう。 1,地下水公有で、私的な地下水利用権を設定しない。 2,土地所有権とは別個の地下水利用権の設定する。 3、地下水利用権は、基本的には土地所有権に付属するが、取水は、地方公 共団体の許可を得なければならない。 条例で規制している現状は、3のレベルで行なわれていることになろう。2 のレベルは、河川について、水利権の設定という形で水資源の公共的配分が行 -333-
なわれていることと同様に、土地所有者という資格ではなく、取水するに相応 しいと許可を受けた者が取水権を有するということになろう。3のレベルでは、 基本的に土地所有権者が許可を得て地下水利用権者となる。場合によっては、 土地利用権者に対して許可が与えられる場合があることになろう。 伊藤高義=中舎寛樹共著『自治体私法』4章「公共用財産の私法的側面」 (学陽書房、1990年)は私権としての地下水利用権の確立を主張する。 「地下水に関しては、国や地方自治体がその適正な利用を今後推進していく ための前提として、そもそも、それが土地所有権の一部に含まれるという伝統 的な私法の考え方を再検討し、地域住民の共通の財産(rescommunus)とし て位置づける取り扱いを私法の上でまず行う必要がある……」。そして、土地 所有権とは別に権利の対象になりうるという区分地上権ないし空間利用権に類 似した方向で位置づけ、共同的・平等的利用を原則とすべきとする。ただし、 資源を活用し住民利益になるときに限り、特定の者の独占的利用を認めるとす る。(275-6頁)公共的な私的権利をどのように構成するかが問題である。 いずれにしても管理すべき地方公共団体は第一次的には市町村であろうが、 地下水脈が市町村にまたがって存在するときは、県が調整を行う必要がある。 (注31)阿部『行政の法システム(下)(新版)』721頁以下参照。 (注32)次のような市民団体の提言が妥当な方向を示しているだろう。 「1.地下水を公共用水域と位置づけ、その保全を計りつつ利用する。 2.使用目的に応じた優先順位をつけて、必ず酒養を義務とした利用許可制 度を作る。 3.飲用水としての利用を最優先とする。 4.利用に当たっては一定の使用料を取り、その料金を酒養のための費用と して、総合的な水管理を行う。 5.利用量の総量規制を行い、節水型の都市づくりや生活提案を同時にすす め、最小限の利用を計る」。 (『東京の水白書jを作る会「東京の水白書j1989年)3-24頁。 -334-