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絵画のタイトルにおける言葉の結びつき « La Vierge au perroquet »と« Femme avec un perroquet »

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(1)

フランス語学研究,第 49 号,2015 年,pp.1−22

絵画のタイ

トルにおける言葉の結びつき

« La Vierge

au perroquet »

« Femme avec un perroquet »

Différents types de liaison entre termes dans les

titres de tableaux – « La Vierge au perroquet » vs.

« Femme avec un perroquet »

小 田  涼(

ODA Ryo

Quand le titre de tableau se compose de deux figures principales, soit deux

noms X et Y, nous nous trouvons en présence de trois cas : « X à Y »,

« X avec Y », « X et Y ». Le présent article se propose d

analyser ces

trois types de liaison, en considérant la fonction de à / avec, ou encore

et. Dans le cas de « X à Y »,

à Y

joue le rôle d

attribut définitoire de X

(ex. « La Vierge à l

Enfant »), et par là même sert d

élément distinctif par

rapport à d

autres X (ex. « La Vierge au perroquet » vs. « La Vierge au

serpent »). Le lien entre X et Y est alors fortement marqué. Dans le cas de

« X avec Y », la relation entre X et Y relève de la contingence, et le lien

entre les deux éléments est donc faible. Dans le cas de figure « X et Y »,

les deux protagonistes sont autonomes et quasiment à égalité, mais X peut

être la base, avec Y qui se définit dans sa relation à X (ex. « Léda et le

cygne »).

キーワード:絵画のタイトル(

titre de tableau

),前置詞(

préposition

),冠詞

article

),属性的機能(

fonction attributive

),弁別的機能(

fonction

distinctive

1.

 はじめに

1.1.

 CADIOT (1991, 1993) による前置詞 à と avec の差異

C

ADIOT

1991

)は,動詞とともに用いられた前置詞

à

avec

について(

1

のような例を示し,「

avec

とともに用いられた名詞句が自立的であるのに対し,

à

とともに用いられた名詞句は述語の延長線上に組み込まれていて非自立的で

(2)

ある」と分析している.このことは,(

1

)において

avec

に続く名詞句の限定 辞には定冠詞も不定冠詞も指示形容詞も可能だが,

à

に続く名詞句の限定辞に は定冠詞だけが可能であることからも裏づけられる.

1

a. Abattre à { la / *une / *cette } hache

Abattre avec { la / une / cette } hache

b. Écrire { au / *à un / *à ce } stylo

Écrire avec { le / un / ce } stylo

C

ADIOT

1991

さらに

C

ADIOT

1991

)は,複合名詞句

N1 avec N2

N1 à N2

の違いにつ いて(

2

)のような例を示し,「

N1 avec N2

においては,

N2

は意味的価値を 完全に保持する」のに対し,「

N1 à N2

においては,

N2

は具体的な指示を持 たず,

à N2

N1

の下位タイプ(

sous-type

)を構成するのに寄与している」 と指摘している.

2

a. Steak au poivre / Steak avec du poivre

b. Lampe à huile / ?Lampe avec de l

huile

Ibid.

また

C

ADIOT

1993

)は,複合名詞句

N1 à N2

における

à

には属性(

qualification

の表示や指示の弱化(

épure référentielle

),カテゴリー化,命名(

nomination

の 機 能 が あ り,

à

N1

に 合 わ せ て

N2

の 指 示 的 イ メ ー ジ(

image

référentielle

)を調整する,と述べている.いっぽう,

N1 avec N2

における

avec

はそのような調整を行わず,

N1

N2

の両方について並行的に指示的イ メージを生みだすという.複合名詞句についての

C

ADIOTのこの分析は,はた して正しいのだろうか.(

2b

)の

Lampe à huile

のように

N2

が無冠詞の場合 はともかく,(

2a

)の

Steak au poivre

のように

N2

が定冠詞をともなう場合 にも

N2

には指示性がないと言えるのだろうか.本稿では,絵画のタイトルに 表れる複合名詞句を分析することで

C

ADIOTの説の有効性を検証する.

1.2.

 なぜ絵画のタイトルを分析するのか 複合名詞句における

à

avec

の差異についての

C

ADIOT

1991, 1993

)の 説の妥当性を検証するために,本稿では絵画作品のタイトルを分析の対象とす る.では,なぜ絵画のタイトルなのか.それは,絵画のタイトルの分析には, 名づけの現場に立ち会うことを可能にするという利点があるからである.従来 の研究で分析対象とされてきた複合名詞句はすでにできあがって固定化された 表現ばかりであり,例えば

café au lait

という名詞句について,誰がどのよう に考えて

avec

ではなく

à

を選択したのかを考察することは難しいという現実 がある.しかし,

1.3.

で詳しく述べるように,西洋絵画では近代以前には画家 本人が作品にタイトルをつける習慣がなかったため,そのような制作者による

(3)

タイトルがない絵については,後世の批評家や美術館の学芸員,画商などが絵 を見て適切と思われるタイトルを与えていたという歴史的経緯がある.このと きにどのように名づけが行われたのかを考察することは,言語学的にきわめて 興味深い問題である.例えば,画中に対象

X

と対象

Y

がペアとして描かれて いた場合,絵を見てタイトルをつける立場に置かれた人が,絵の解釈とフラン ス語の

à

avec

の意味を踏まえて

X à Y

または

X avec Y

(または

X et Y

のうちふさわしいと思われるものを選択していたと考えられるのである.絵の 中に視覚的に対象

X

と対象

Y

を確認できる絵画のタイトルは,言語学的にも 格好の分析対象であり,絵画のタイトルを分析することは,特殊なディスクー ルにおける名づけのプロセスについて考察することにつながるのである.

1.3.

 絵画のタイトルの歴史 言語学的な分析に入る前に,絵画のタイトルについて考察するために知っ ておくべき美術史の基礎知識を簡単に説明する.佐々木健一の『タイトルの 魔力』によると,

16

世紀に『美術家列伝』をものしたヴァザーリ(

Giorgio

V

ASARI)には厳密な意味でのタイトルの観念がなく,作品を呼ぶのにいつも 簡潔な記述を行っていたという(佐々木

2001, p.138

).《聖母子》や《受胎告知》 のように一見タイトルに見えるものも,ある絵を他の絵から区別するための画 題(

sujet

)であり,画題は作品を同定するための一種の記述であったのである. 美術館というものがなかった時代,個人の邸宅に飾られた絵を見ることのでき た人は限られており,絵を所有する人や絵を見る客人にとって重要であったの は,「この絵のタイトルは何か」ではなく「この絵は何を描いたものか」であっ 1.絵が美術館などの公の場で一般に公開されるようになったとき,一枚の 絵を他の絵から区別するために絵の作者と画題を記すようになり,この画題が ただ単に絵の内容を記述するだけのものではなく個々の絵に与えられた固有名と して認識されるようになったときにタイトルの概念が生まれたと考えられる2 絵画についてタイトルという概念が存在しなかった時代,あるいはタイトル をつけることが重視されていなかった時代の絵画作品のタイトルは後世の人に 1)タイトルづけが最も早く慣習化したのは文学作品についてであり,大量生産の形態がタイ トルをつけるという慣行を一般化した(佐々木 2001, pp.97-99).また,一点制作がふつ うであった油絵とは異なり,一種の印刷物である版画作品は不特定多数の購買者を対象と して市場に流通する商品であり,一つ一つの作品を区別するためにタイトルがつけられた が,これは制作者自身による命名が行われたということを意味するものではない(Ibid., p.146). 2)あるいは,複数の批評家がある作品について同じ呼び名を共有し,その呼び名が公共 のものとして認識されると,それはタイトルとしての性格を帯びてくる(佐々木 2001, p.166).

(4)

よってつけられたものであるため,必ずしも唯一絶対のものではないことも忘 れてはならない.例えば,現在は《天秤を持つ女》(ワシントン,ナショナル・ ギャラリー)として知られるフェルメールの絵は,かつては《金を量る女》ま たは《真珠を量る女》の名で知られていた.また,美術館で絵の傍らにあるプ レートに記されているタイトルと美術館で売られている絵葉書やカタログに記 載されたタイトルが異なることは珍しくない.以下,一つの作品のタイトルが 必ずしも一つに決まるわけでないということを前提として考察を展開する. 本稿で分析するタイトルのうち,ルーブル美術館およびオルセー美術館所蔵 作品のタイトルのほとんどは

2012

8

月から

2014

8

月までに現地で断続 的に行った調査により収集したものである.その他の作品のタイトルは,フラ ンスやイタリア,オランダなどで出版された美術書や展覧会の図録,学術論文 などから収集している.つまり,美術の専門家によって記されたと思われる, データとして信頼できるタイトルを分析の対象とするよう努めている.本稿の 主たる分析対象は絵画のタイトルである(断りのない限り作品は油彩画とする) が,彫刻やタペストリー,小説のタイトルなども適宜考察の対象とする.

1.4.

  問 題 提 起 ̶ « La Vierge au perroquet » と « Femme avec un perroquet » 本稿では,

1.1.

で紹介した

C

ADIOT

1991, 1993

)の説の妥当性を検証する ために,これまでに論じられていない言語学的観点から絵画のタイトルを分析 する3.それは,絵の中心的主題となる二つの対象

X

と対象

Y

が名詞句とし てタイトルに表れるとき,

« X à Y »

または

« X avec Y »

がしばしばタイト ルとして選ばれるが,これらのタイトルにおける前置詞の

à

avec

にはそれ ぞれどのような機能があるのか,という問題である.本稿では,対象

X

と対

Y

はいずれも絵に描かれているものとし,

Y

は冠詞つきの普通名詞または 固有名詞に限定して考察する(無冠詞の普通名詞は除外する).

Y

が普通名詞 のとき,

« X à Y »

では

Y

の限定辞は定冠詞,

« X avec Y »

では

Y

の限定辞 は不定冠詞または部分冠詞になる.また,絵画のタイトルとして頻繁に用いら れる

« X et Y »

についても(

C

ADIOTは論じていないが)比較のため,若干の 考察を加えることとする.分析の対象とするタイトルの典型例をいくつか以下 3 BOSREDON1997)は,絵画作品にタイトルをつけるというラベリング(Étiquetage)に は「説明文機能」と「命名機能」の二つの機能があること,タイトルの主要部名詞句につ く冠詞の種類によって作品とタイトルとの関係が異なることなどを説明している.また, 泉(2003, 2005)では,例えばオオムラサキを描いた絵にどのようなタイトルがつけら れるのかによってタイトルの表す機能が異なることが指摘されている.

(5)

に挙げる.

3

« La Vierge au perroquet » /

《オウムの聖母》(銅版画),マルティン・ ショーンガウアー(

Martin

S

CHONGAUER),コルマール,ウンターリ ンデン美術館.[図版

1

4

« Femme avec un perroquet » / « Femme au perroquet » /

《女とオ ウム》4,ドラクロワ(

D

ELACROIX),リヨン美術館.[図版

2

5

« Léda et le cygne » /

《 レ ダ と 白 鳥 》, ヴ ェ ロ ネ ー ゼ(

Paolo

V

ERONESE),アジャクシオ,フェッシュ美術館.

6

« Diane à la biche » /

《ディアナと牝鹿》(ブロンズの彫刻),作者不詳, ルーブル美術館(ドゥノン翼,展示室

5

).

[図版

1

]《オウムの聖母》

    [図版

2

]《女とオウム》 指にオウムをとまらせた幼子イエスと聖母マリアが描かれた(

3

)では前置詞

à

を使った

« La Vierge au perroquet »

のみがタイトルとして可能であるのに 対し,オウムと戯れる女性が描かれている(

4

)では

avec

を使った

« Femme

avec un perroquet »

à

を使った

« Femme au perroquet »

の両方のタイト ルを目にする.なぜこのような非対称性が存在するのだろうか.また,多くの 画家が描いている(

5

)《レダと白鳥》は,前置詞

à

でも

avec

でもなく接続詞

et

を使った

« Léda et le cygne »

のタイトルが一般的であるのに対し,彫刻(

6

4)ドラクロワのこの絵には« Femme caressant un perroquet »のタイトルもあるが,タイ トルの主要部名詞が現在分詞や関係節をともなうタイトルについては本稿では扱わない.

(6)

《ディアナと牝鹿》は

à

を使った

« Diane à la biche »

の名で知られている.(

5

も(

6

)も固有名と動物名との組み合わせなのに,選択されるタイトルの型が 異なるのである. 芸術作品のタイトルにおける複合名詞句

« X à Y »

または

« X avec Y »

分析が興味深いのは,対象

X

と対象

Y

が作品中に視覚的に確認できると同時 に,美術史の知識をもとに

X

Y

にどのような関係があるのかを探ることが できるからである.本稿では,芸術作品とりわけ絵画のタイトルに表れる複合 名詞句における前置詞

à

avec

の機能について,西洋美術史の知識や個々の 作品の解釈を踏まえつつ言語学的な観点から分析し,

C

ADIOT

1991, 1993

の説の有効性を検証する.特に

« X à Y »

型のタイトルにおける“

à Y

”の持 つ複雑な機能に着目し,複合名詞句における“

à Y

”の本質的な機能を明らか にすることを目指す.

2.

 « X à Y » 型のタイトルにおける“à Y”の持つ機能

2.1.

 象徴を表す Y ̶ « La Vierge au perroquet » クリュニー中世美術館にある《貴婦人と一角獣》は西暦

1500

年頃にフラン ドルで織られた

6

面からなる連作タペストリーで,どのタペストリーにも貴 婦人と一角獣のいる場面が描かれていることからこの名前がある.そのフラン ス語タイトルは,どの資料を参照しても

à

を用いた

« La Dame à la licorne »

となっており,

avec

を用いた

« La Dame avec une licorne »

は見当たらない.

7

« La Dame à la licorne » /

《貴婦人と一角獣》(タペストリー),作者 不詳,パリ,クリュニー中世美術館. このタペストリーの来歴については確定的なことはまだわかっていない.しか し,伝説によれば一角獣は処女だけが捕まえることのできる神獣であり,一角獣 が純潔や処女性を象徴するものであることは特に中世以来よく知られていた5 純潔を象徴する一角獣とともに貴婦人が描かれているということが,(

7

)の タイトルとして

« La Dame avec une licorne »

ではなく

« La Dame à la

licorne »

が選択される理由となっていると考えられる.一角獣が女性ととも に描かれることはよくあるが,タイトルでは(

8

)や(

9

)のように,

avec

はなく

à

が用いられるのが一般的である6

8

« La Dame à la licorne » /

《一角獣を抱く貴婦人》,ラファエロ・サ 5)(7)のタペストリーの歴史と一角獣の意味については,2013年に東京の国立新美術館お よび大阪の国立国際美術館で開催された『《貴婦人と一角獣》展』の図録などを参考にした.

(7)

ンティ(

R

AFFAELLO

S

ANTI),ローマ,ボルゲーゼ美術館.

9

« Jeune fille à la licorne » /

《乙女と一角獣》(フレスコ画),ドメニコ・ ザンピエーリ(

Domenico

Z

AMPIERI),ローマ,ファルネーゼ宮. 一角獣と女性を描いた絵の解釈においては,描かれた女性と一角獣とのあい だに緊密な結びつきが想定される.そのタイトルとして

« La Dame avec une

licorne »

ではなく

« La Dame à la licorne »

が好まれるのは,

« X à Y »

タイトルが「

X

Y

の結びつきが必然的かつ緊密である」ことを示すからで あると思われる.もし貴婦人と一角獣がそれぞれ自立した存在で,かつその 結びつきが偶然的なものであると解釈されるならば,

« La Dame avec une

licorne »

のほうが作品のタイトルにはふさわしいようである.また,聖ユス

ティナが一角獣および寄進者と描かれている(

10

)のタイトルが

à

を用いた

« Sainte Justine à la licorne »

であるのは,一角獣が聖ユスティナのアトリ

ビュート(

attribut

)だからである.絵画におけるアトリビュートとは,主に 西洋美術において歴史や伝説上の人物または神話における神や人物と関連づけ られる持ち物のことで,描かれた人物が誰であるかを知る目印となるものであ る.

10

« Sainte Justine à la licorne » /

《一角獣を連れた聖ユスティナ》,モ レット・ダ・ブレシア(

Moretto

Da

B

RESCIA),ウィーン,美術史 美術館.

11

)の絵には,ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ公の愛人であったチェ チリーア・ガレラーニが白貂を抱く姿が描かれている.

11

« La Dame à l

hermine » /

《白貂を抱く貴婦人》,レオナルド・ダ・ヴィ ンチ(

Leonardo

Da

V

INCI),クラクフ,チャルトリスキ美術館. 白貂(またはイタチ,オコジョ)は「汚れるよりも死を選ぶ」をモットーとし, スフォルツァ家などの貴族の紋章となっている動物である.また,(

11

)のモ デルとなった女性

Gallerani

の名前にはギリシャ語でイタチを意味する

gale

が暗示されている7.(

11

)の絵では貴婦人と白貂の結びつきは必然的なもの であり,白貂は貴婦人の属性を表すものであるとも解釈できる.このような絵 6)(9)の絵では乙女と一角獣がほぼ同じ大きさで描かれており,これには« Jeune fi lle vierge et licorne »のタイトルも存在する.2.5.で論じるように,XYを対等のもの として解釈する場合には« X et Y »型のタイトルが用いられるからである.いっぽう,(8 の絵では子犬ほどの大きさの一角獣を女性が腕に抱いており,(8)の絵について« X et Y »型タイトルの« La Dame et la licorne »を用いるのは不自然なようである. 7)(11)の絵の解釈はクレッチマー(KRETSCHMER)の『美術シンボル事典』による.クレ ッチマーによれば,動物学的にはチェチリーアが抱いているのは愛玩用のフェレットであ るという.

(8)

については,

« X avec Y »

型ではなく

« X à Y »

型のタイトルが好まれるの である.

次に,聖母子とともに動物が描かれた作品のタイトルについて検討する8

12

« La Vierge au chardonneret » / « La Madone au chardonneret » /

《ひわの聖母》,ラファエロ,ウフィッツィ美術館.

13

« La Madone au perroquet » /

《オウムの聖母》,ハンス・バルドゥ

ング(

Hans

B

ALDUNG

G

RIEN),ニュルンベルク,ドイツ国立博物館.

14

« La Madone au serpent » /

《 蛇 の 聖 母 》, カ ラ ヴ ァ ッ ジ オ

C

ARAVAGGIO),ローマ,ボルゲーゼ美術館.

12

)は,幼子イエスに

1

羽のゴシキヒワを差しだす聖ヨハネを描いた聖母子 像である.ゴシキヒワは,他の多くの鳥と同じく苦悩を通して浄化された魂の 象徴であるとともに,その赤い冠毛からキリストの受難と結びつけられる鳥で ある.ゴシキヒワは聖母子と切り離せない象徴またはアトリビュートである ことから,(

12

)のタイトルは

« La Vierge au chardonneret »

がふさわしく,

« ?La Vierge avec un chardonneret »

というタイトルは奇妙に感じられる.

13

)は聖母マリアがオウムを肩にとまらせている聖母子像である.オウムは

Ave

という音を発音できる(つまり天使ガブリエルが受胎告知のときに聖母マ リアに告げた挨拶ができる)と考えられていたことから,聖母の象徴の一つと して芸術作品にしばしば登場するモチーフである.(

3

)・(

13

)のタイトルが

à

を用いた

« La Vierge au perroquet »

または

« La Madone au perroquet »

となるのは,オウムが聖母と切り離せない非自立的な対象ととらえられるから である.(

14

)の絵には,蛇を踏みつける聖母子と聖アンナが描かれている. 蛇にはさまざまな象徴的意味があるが,聖母子が蛇とともに描かれるとき,そ れは原罪に対する勝利を意味するという.聖母子と蛇のモチーフが深く結びつ いていると解釈されることが,(

14

)で

avec

ではなく

à

が選択される理由となっ ていると考えられる.

15

)・(

16

)・(

17

)は聖母子が果物や植物とともに描かれた絵である9が, いずれの作品においても

à

を用いた

« X à Y »

型のタイトルが選択されている.

15

« La Vierge à la grenade » /

《ザクロの聖母》(テンペラ画),ボッティ 8)(12)・(13)・(14)それぞれの絵におけるゴシキヒワ,オウム,蛇の象徴的意味について は,クレッチマーの『美術シンボル事典』を参考にした. 9)キリスト教文化圏におけるザクロと薔薇の象徴的意味については,クレッチマーの『美術 シンボル事典』およびMichel FEUILLETLexique des symboles chrétiensを参考にした. しかし,こうしたさまざまな象徴がどのような意味を持つのかは研究者によっても解釈が 異なることを書き添えておく.

(9)

チェリ(

Sandro

B

OTTICELLI),ウフィッツィ美術館.

16

« La Madone à la rose » /

《薔薇の聖母》,ラファエロ,マドリード, プラド美術館.

17

« La Vierge au buisson de roses » /

《薔薇の茂みの聖母》,マルティ ン・ショーンガウアー,コルマール,ドミニカン教会.

15

)では,ザクロを手にする幼子イエスと聖母マリアを中心としてその周り に複数の天使が描かれている.(

16

)では,聖家族と洗礼者ヨハネ,そして幼 子イエスの足元に赤い薔薇が描かれている.(

17

)では,咲き乱れる薔薇に囲 まれた聖母子とその頭上で王冠を運ぶ天使が描かれている.ザクロは,その果 肉と果汁の赤い色からイエスの受難と関係づけられる果物である.また,伝承 によれば薔薇の枝に棘が生えたのは人間が原罪を犯した後のことであり,聖母 マリアは「棘のない薔薇」と呼ばれることから(

F

EUILLET

2004

),薔薇は聖 母のシンボルとして頻繁に聖母子とともに描かれるモチーフである.ザクロや 薔薇のような聖母またはイエスを象徴する果物や植物

Y

を聖母子像のタイト ルに織りこむ場合,

« X avec Y »

型のタイトルを使うことは難しく,常に

«

X à Y »

型のタイトルが選択されるようである. 以上のように,動植物

Y

の名前をともなって《

Y

の聖母》というとき,フ ランス語では

« La Vierge

Madone

à Y »

のように必ず

à

を使い,

avec

用いることはない.宗教画では意味のないものが目立って描かれることはな く,聖母子とともに描かれたモチーフは必ず聖母またはイエスを象徴するもの である.これは,前置詞

à

が聖母子とその象徴との分かちがたい結びつきを 保証する役割を担っていることを示している.

avec

を用いると,そのモチー フの存在が偶然的なものととらえられてしまうのである.また,《聖母子》に 対応するフランス語は

« La Vierge à l

Enfant »

であるが,オウムや薔薇と いった何らかの象徴が描かれた聖母子像のフランス語および日本語のタイト ルには必ずしも「幼子

enfant

」を表す言葉はなく,むしろ一緒に描かれてい る動植物

Y

の名前を冠した《

Y

の聖母》

« La Vierge à Y »

という名で呼ば れることのほうが一般的である.これは,画家が他の画家たちの聖母子像と 自分の聖母子像とを区別してもらえるように,「聖母子とともに何を描くの か」に創意工夫をこらして聖母と象徴を描くからである.そして,

X

が聖母 マリアのような典型的なテーマである場合,

« X à Y »

型のタイトルにおけ

Y

は聖母の象徴の一つであり,“

à Y

”には

Y

以外のモチーフをともなう 他のタイプの

X

から対象

X

を区別するという弁別的機能がある.すなわち

« La Vierge à Y »

というタイトルは,象徴

Y

によってこの聖母子像を同定す

(10)

ることをうながすのである.

2.2.

 Y によって特徴づけられる X を表す « X à Y » ̶ La Jeune Fille à la perle

西洋の伝統絵画において,猿は異端や怠惰,貪欲などの悪徳を象徴するモ チーフであるが,(

18

)の絵では鎖につながれた猿が聖母マリアの足元におと なしく座っており,聖母の美徳の優位性が示されている10.その意味におい て猿は聖母の象徴でありかつ聖母と猿の結びつきは必然的と解釈されるため, タイトルとしては

à

を用いた

« La Vierge au singe »

がふさわしく,

avec

用いた

« ?La Vierge avec un singe »

は不自然である.いっぽう,小さな猿

を抱いた貴族の少女が描かれた(

19

)の絵については,

à

を用いたタイトルと

avec

を用いたタイトルの両方が可能である.

18

« La Vierge au singe » /

《猿の聖母》(銅版画),アルブレヒト・デュー

ラー(

Albrecht

D

ÜRER),フランス国立図書館・ベルリン美術館他.

19

« Jeune Fille avec un singe » / « Jeune Fille au singe » /

《猿を抱く少 女》(パステル画),ロザルバ・カッリエーラ(

Rosalba

C

ARRIERA),ルー ブル美術館. 聖母子像を描いた(

18

)では難しい

« X avec Y »

型のタイトルが,なぜ(

19

では可能なのか.それは,(

19

)の猿は悪徳の象徴としてではなく単なる愛玩 動物として描かれており,モデルとなった少女の属性を象徴するものではない からである.猿と少女の結びつきが偶然的(

contingent

)で,猿が少女から独 立して存在する自立的な対象と解釈される場合には

« X avec Y »

型のタイト ルが選択される.では,(

19

)について

« X à Y »

型のタイトルも可能なのは なぜだろうか.

18

)と(

19

)の非対称性は,そのまま(

3

)・(

13

)の《オウムの聖母》と(

4

の《女とオウム》の非対称性につながる.つまり,《オウムの聖母》には

à

用いた

« La Vierge

Madone

au perroquet »

だけが許されるが,ティエポ ロやドラクロワ,クールベ,マネなど多くの画家が描いた《女とオウム》には,

à

を用いた

«

La

Femme au perroquet »

avec

を用いた

«

La

Femme

avec un perroquet »

の両方が可能なのである.《女とオウム》について

« X

avec Y »

型のタイトルが用いられるのは,モデルとなった女性とオウムとの

あいだに必然的な結びつきがなく,オウムが独立した対象と解釈される場合で

あるが,

« X à Y »

型タイトルが用いられるのはどのような解釈においてであ

(11)

ろうか. まず,宗教画と世俗画の違いについて考える必要がある.世俗画や近代絵画 では,伝統的絵画や宗教画で重んじられたさまざまなモチーフにおける象徴的 な意味が失われていることが多い.つまり,主役となる対象

X

とそれがとも なうモチーフ

Y

との関係は必ずしも必然的なものではないため,宗教画では 難しい

« X avec Y »

型タイトルが可能となる.しかし,

à

を用いた

« X à Y »

型のタイトルには「

Y

によって特徴づけられる

X

」という解釈もあり,この ときモチーフ

Y

は必ずしも象徴的意味を含意しないのである.すなわち,(

19

の絵を「猿によって特徴づけられる少女」と解釈すれば

à

を用いた

« Jeune

Fille au singe »

が選択され,(

4

)の絵を「オウムによって特徴づけられる女性」 と解釈すれば

« Femme au perroquet »

が選択されると考えられる11.現代 では,主役のモデル

X

が衣服や持ち物・小道具

Y

によって特徴づけられる絵 画では,モチーフ

Y

に象徴的な意味合いが見いだせない場合でも

« X à Y »

型のタイトルが一般的になっている.次の(

20

)・(

21

)・(

22

)はいずれも

« X à Y »

型タイトルの絵である.

20

« Le Garçon au gilet rouge » /

《赤いチョッキの少年》,セザンヌ

Paul

C

ÉZANNE),バーンズ・コレクション.

21

« La Femme à la cafetière » /

《婦人とコーヒー沸かし》,セザンヌ, オルセー美術館.

22

« La Jeune Fille à la perle » /

《真珠の耳飾りの少女》,フェルメー

ル(

Johannes

V

ERMEER),デン・ハーグ,マウリッツハイス美術館.

20

)の絵で少年が身につけている「赤いチョッキ」には必ずしも象徴的な意 味はないと思われるが,画中の少年を特徴づける重要なモチーフである.(

21

は,テーブル上のコーヒーカップとコーヒー沸かしが印象的な女性の絵である. コーヒー沸かしがモデルとなった家政婦の女性を特徴づける作品の重要なモ チーフであると解釈されることから

« La Femme à la cafetière »

のタイトル があるのだろう12.(

22

)は

17

世紀後半に制作された絵であるが,この絵が 11)クレッチマーの『美術シンボル事典』によると,オウムと猿はいずれも異国の高価な動物 であり,肖像画などではステータス ・ シンボルとして描かれることもあったという.つま り,(19)や(4)の絵において「猿やオウムはステータス ・ シンボルとして女性と密接 に結びついている」ために« X à Y »型のタイトルが選択される,と考えることも不可能 ではないだろう.しかし,オウムと女性または少女を描いた絵のなかには,オウムがステ ータス ・ シンボルとして描かれているようには見えない絵もあるため,本稿の議論を覆す ものではないと考えられる. 12)(21)のタイトルがセザンヌ自身による名づけであるか否かは不明であるが,この絵の鑑 賞者は« La Femme à la cafetière »のタイトルを知ることで,「コーヒー沸かしは女性を 特徴づける重要なモチーフである」という解釈をうながされる.

(12)

《真珠の耳飾りの少女》の名で知られるようになったのは

20

世紀に入ってから のことである.真珠の耳飾りが印象的なことから,「真珠によって特徴づけられ る少女」を表す

« X à Y »

型のタイトルが定着したものと考えられる13

« X à Y »

型の名づけは絵画のタイトルに特有のものではない.チェーホフ

の短編小説

La Dame au petit chien

(『犬を連れた奥さん』)は,そのタイト ルがまさに「

Y

によって特徴づけられる

X

」を表す

« X à Y »

型タイトルの 典型例である.その冒頭に,

« X à Y »

« X avec Y »

の違いを示唆する一 節がある.

23

Le bruit s

était répandu qu

un nouveau personnage avait fait

son apparition sur la promenade : une dame avec un petit chien.

(…)

Elle se promenait seule, toujours coiffée du même béret et

suivie de son loulou blanc ; personne ne savait qui elle était et on

l

appelait simplement la dame au petit chien

14

.

最初に表れる“

une dame avec un petit chien

”は女性と子犬をそれぞれ自 立した要素として組み合わせる表現であるが,次に表れる“

la dame au petit

chien

”は「子犬によって特徴づけられる女性」という名づけを表しているの である.

2.3.

 弁別的機能を表す à Y ̶ « Le Tricheur à l

as de carreau » vs. « Le Tricheur à l

as de trèfle » ある人物・モデル

X

を主役として持ち物や小道具などにさまざまなヴァリ エーション(

Y

1

, Y

2

, Y

3

, Y

n)のある絵が複数存在する場合には,前置詞

à

を用いた

« X à Y »

型のタイトルが用いられやすい.例えば,

17

世紀の画家 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(

Georges de

L

A

T

OUR)は同じ主題の絵を構 図や背景・小道具をかえて何枚も描いているが,なかでも「改悛するマグダラ のマリア」を主題とした絵は,ラ・トゥールの真作と目される作品が計

5

残されている.その

5

点が(

24

)から(

28

)である.これらの作品において, 主題であるマグダラのマリア(

=X

)は,「灯火」や「ゆれる炎」,「ふたつの炎」, 「書物」,「鏡」といった範列関係にあるモチーフ(=Y)によって区別されてい る.そして,

« X à Y »

において範列をなす“

à Y

”は,

X

の種類を特定する 13)青いターバンを頭に巻き真珠の耳飾りをつけた少女の絵である(22)には,« La Jeune

Fille au turban »または« La Jeune Fille au turban bleu » /《(青い)ターバンの少女》 のタイトルもある.これは「(青い)ターバンによって特徴づけられる少女」を表す名づ けである.

14 La Dame au petit chien, in Anton Tchékhov, Œuvres III, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard, 1971.

(13)

働きをするのである15

24

« La Madeleine pénitente à la veilleuse » /

《灯火の前のマグダラの マリア》,ラ・トゥール,ルーブル美術館.

25

« La Madeleine pénitente à la flamme filante » /

《ゆれる炎のある マグダラのマリア》,ラ・トゥール,ロサンゼルス郡立美術館.

26

« La Madeleine pénitente aux deux flammes » /

《ふたつの炎のあ

るマグダラのマリア》,ラ・トゥール,メトロポリタン美術館.

27

« La Madeleine pénitente au livre » /

《書物のあるマグダラのマリ

ア》,ラ・トゥール,個人蔵.

28

« La Madeleine pénitente au miroir » /

《鏡の前のマグダラのマリ ア》,ラ・トゥール,ワシントン,ナショナル・ギャラリー. 同じくラ・トゥールが「いかさま師」を主題として描いた

2

枚の絵はほぼ 同じ構図で描かれているのだが,画面左端のいかさま師の持つトランプのマー クが異なることから,(

29

)と(

30

)のように区別されている.

29

« Le Tricheur à l

as de carreau » /

《ダイヤのエースを持ついかさま 師》,ラ・トゥール,ルーブル美術館.

30

« Le Tricheur à l

as de trèfle » /

《クラブのエースを持ついかさま 師》,ラ・トゥール,フォートワース,キンベル美術館. このように,一人の画家(あるいは複数の画家)が同じ主題

X

(または同 じモデル

X

)で描いた絵が複数存在するとき,それらの作品を区別すること を可能にするモチーフ(

=Y

)を一つ選び,

« X à Y »

型の名づけを行うのが 絵画のタイトルの慣習である.このとき,モチーフ

Y

が象徴的な意味を持つ ものである必要はないが,前置詞句“

à Y

”は弁別的機能を果たしている.こ れは肖像画のタイトルについても成り立つ16.例えば,

18

世紀の画家シャル ダン(

C

HARDIN)には(

31a

)・(

31b

)・(

31c

)の

3

枚の自画像(すべてパス テル画,ルーブル美術館)が知られているが,これらのタイトルはそれぞれの 15)“à Y”が弁別的機能を持つ« X à Y »型の名づけは,絵画や小説のタイトルに特有の ものではない.“glace {au chocolat / au citron / à la vanille / à la noix de coco / à la pistache}”のような“à Y”が範列をなす« X à Y »の例は,あらゆるディスクールのフ ランス語に存在する. 16)本稿で弁別的用法による名づけと分析しているものを,佐々木(2001)は,作品のなか のある要素を取り出してタイトルとする「提喩型のタイトル」と名づけている.多数の自 画像を描いたレンブラントの《聖パウロに扮した自画像》,《しかめっ面の自画像》(いず れもアムステルダム国立美術館)などがその典型例である.ただし,《聖パウロに扮した 自画像》のフランス語タイトルは« Autoportrait en apôtre Paul »であり,前置詞はen

(14)

自画像を特徴づけるモチーフ(鼻眼鏡・日除け・イーゼル)を選んだ名づけに なっている.

31

a. « Autoportrait aux bésicles » /

《鼻眼鏡をかけた自画像》.

b. « Autoportrait à l

abat-jour » /

《日除けをつけた自画像》.

c. « Autoportrait au chevalet » /

《イーゼルの前の自画像》. 画家の自画像のタイトル

« Autoportrait à Y »

における

Y

が「画家という 職業を象徴するもの」である必要はないが,(

32

)のように

Y

が自立的で独立 した対象を表す場合には,

à

ではなく

avec

を用いたタイトルが選択される.

32

« Autoportrait avec un ami » /

《友人のいる自画像》,ラファエロ,ルー ブル美術館.

2.1.

で分析した

« La Vierge à Y »

型のタイトルにおいては,聖母のアトリ ビュートである

Y

は象徴的な意味を持ち,そこから派生的に“

à Y

”は弁別 的機能を担っている.いっぽう,本節で分析した

« X à Y »

型タイトルの“

à Y

には,象徴を表す機能よりも弁別的に区別させる機能のほうが強いように思わ れる.

2.4.

 X と Y がともに人を表す « X à Y » ̶ « La Vierge au chancelier Rolin »

前置詞

à

を用いた

« X à Y »

型タイトルで,

X

Y

がいずれも人間である

例は珍しく,おそらく二つのパターンしかないと思われる.

一つは

X

が聖母マリアで

Y

が幼子イエスのとき,つまり《聖母子》の例で ある.(

33

)に示すように,《聖母子》については,

à

を用いた

« La Vierge à

l

Enfant »

の他に接続詞

et

を用いた

« La Vierge et l

Enfant »

も目にする.

33

« La Vierge à l

Enfant » / « La Vierge et l

Enfant » /

《聖母子》. いっぽう,聖母子が聖アンナや聖ヨセフ,聖ヨハネなどとともに描かれてそれ がタイトルにも表れる場合,(

34

)・(

35

)に示すように,聖アンナや聖ヨセフ は前置詞

avec

を用いて導入されるか接続詞

et

を用いて導入されるかのいずれ かであり,

à

を用いて導かれることはない.

34

« La Vierge à l

Enfant avec sainte Anne » / « La Vierge, l

Enfant

Jésus et sainte Anne » /

《聖アンナと聖母子》,レオナルド・ダ・ヴィ

ンチ,ルーブル美術館.

35

« La Vierge à l

Enfant et saint Joseph » /

《聖母子と聖ヨセフ》,ラ ファエロ,エルミタージュ美術館.

36

)のラ・トゥール(あるいは模作)の《聖アンナと幼児キリスト》は,絵 の左下の膝と本が切れていることから断片であると推測される絵である.断片 であるがゆえに聖母マリアが描かれておらず,聖アンナと幼子イエスのみが描

(15)

かれたこの絵17のタイトルは

« Sainte Anne et

l

enfant Jésus »

が自然で あり,

à

を用いた

« *Sainte Anne à l

Enfant Jésus »

は奇妙である.ただし,

avec

を用いた

« Sainte Anne avec l

Enfant Jésus »

は不自然ではない.

36

« Sainte Anne et

l

enfant Jésus »

18

/

《聖アンナと幼児キリスト》, ラ・トゥール(?),トロント,オンタリオ美術館.

つまり

à

が用いられるのは《聖母子》についてのみであり,

« La Vierge à

l

Enfant »

は聖母マリアと幼子イエスの分かちがたい結びつきを表す画題であ

り,幼子を聖母の属性としてとらえるものであると考えられる.

avec

を用い

« *La Vierge avec l

Enfant »

というタイトルは不自然に感じられる19

X

Y

の両方が人を表す

« X à Y »

型タイトルのもう一つの典型例は,

37

)・(

38

)・(

39

)のように,

X

が聖母で

Y

が画中に描かれている寄進者の

場合である.

37

« La Vierge au chancelier Rolin » /

《宰相ロランの聖母》,ヤン・ファ ン・エイク(

Jan

V

AN

E

YCK),ルーブル美術館.

38

« La Vierge au chanoine Van der Paele » /

《ファン・デル・パーレ の聖母子》,ヤン・ファン・エイク,ブルッヘ,グルーニング美術館.

39

« La Vierge au donateur Joos van den Damme » /

《ヨース・ファン・

デン・ダンメの聖母子》,作者不詳,カッセル,フランドル美術館.

37

)・(

38

)・(

39

)のように,寄進者の名前がタイトルに表れる聖母子像では, 聖母子と同じ場面に存在し,聖母子と同じパネルに同じ身体尺度で描かれた寄 進者の姿こそがそれぞれの絵を唯一無二の作品たらしめていると言える.つま り,

Y

が寄進者を表す

« La Vierge à Y »

型のタイトルは,「寄進者

Y

によっ て特徴づけられる聖母子」を表すタイトルであり,このとき“

à Y

”は弁別的 機能を果たしているのである.ところで,

« La Vierge à l

Enfant »

は聖母と 17)(36)に描かれた女性が聖母マリアではなく聖アンナであると推測されるのは,このラ ・ トゥール原作の油彩画をもとに制作されたと思われる版画(フランス国立図書館)が現存 しており,この版画からラ ・ トゥールの原作の全体像が推測されるからである. 18 2005年に東京の国立西洋美術館で開催されたラ ・ トゥール展の図録には,(36)は

« Sainte Anne et enfant Jésus »の名で記載されているが,enfantよりl’enfantのほう がフランス語のタイトルとして自然であると思われる.

19)ただし,デューラーの« La Vierge avec l’enfant emmailloté » /《産着の幼児キリス トと聖母》(銅版画,フランス国立図書館他)やジョヴァンニ ・ ベッリーニ(Giovanni BELLINI)の« La Vierge avec l’enfant bénissant » /《聖母と祝福する幼児キリスト》(テ ンペラ画,ヴェネツィア,アカデミア美術館)におけるl’enfant emmaillotél’enfant

bénissantのような修飾語句のついたl’enfantは個別化されて自立的な対象としてとら

えることができるため,avecの使用が可能になる.いっぽう,àを用いたタイトル« La Vierge à l’Enfant »におけるl’enfantは,あくまで聖母マリアの属性としての非自立的 な存在ととらえられる.

(16)

幼子の分かちがたい結びつきを表し,幼子を聖母の属性としてとらえるタイト ルであると先に述べたが,(

37

)・(

38

)・(

39

)のようなタイトルも寄進者と聖 母マリアのあいだの密接な結びつきを表し,寄進者が聖母マリアの何らかの象 徴を表していると言えるのだろうか.興味深いのは,

Y

が寄進者を表す

« La

Vierge à Y »

型のタイトルにおいては,

Y

は裸の固有名であってはならない ということである.

40

a. « *La Vierge à Rolin »

b. « *La Vierge à Van der Paele »

Y

が寄進者を表す

« La Vierge à Y »

型のタイトルでは,

Y

の位置には必ず

chanoine / prévôt

20

/ chartreux / donateur / chancelier

のような教会に関係 した職位を表す普通名詞が入る必要があり,(

40a

)・(

40b

)のように固有名の みを置くことはできない21.このことは,固定指示詞である固有名は聖母の 属性とはなりえないが,教会の職位を表す普通名詞は聖母の属性または象徴と なりうることを示しているのではないだろうか.つまり,(

37

)・(

38

)・(

39

における

le chancelier Rolin / le chanoine Van der Paele / le donateur Joos

van den Damme

は聖母の属性を表すものとして解釈できると考えられる.

37

)・(

38

)・(

39

)については,

« La Vierge du chancelier Rolin »

« La Vierge du chanoine Van der Paele »

のように,前置詞

de

を用いたタ イトルも可能である22.しかし,

Y

が人を表す

« La Vierge

Madone

à Y »

« La Vierge

Madone

de Y »

は根本的に意味の異なるタイトルである.

41

« La Madone des palefreniers » /

《馬丁の聖母》,カラヴァッジオ, ローマ,ボルゲーゼ美術館.[=(

14

)《蛇の聖母》の別名]

42

« La Madone du Grand-Duc » /

《大公の聖母》,ラファエロ,フィ レンツェ,ピッティ美術館.

43

« Vierge de Lucques » /

《ルッカの聖母》,ヤン・ファン・エイク, フランクフルト・アム・マイン,シュテーデル美術館.

20)ヤン ・ ファン ・ エイクに« La Vierge au prévôt Van Maelbeke »という未完成の絵があ ったが,現在は失われている(Till-Holger BORCHERT, Jan Van Eyck, Taschen, 2008).

21)ヤン ・ ファン ・ エイクとその工房の作品に《ヤン ・ フォスの聖母》別名《シャルトル会修 道士の聖母》(ニューヨーク,フリック ・ コレクション)という絵がある.ヤン ・ フォス(Jan Vos)は寄進者であるシャルトル会修道士の名前なのだが,Erwin PANOFSKYEarly Netherlandish Painting Harvard University Press, 1953)のフランス語訳(Dominique LE BOURG, Les Primitifs Flamands, Hazan, 2010)の図版では,《ヤン ・ フォスの聖母》 « La Vierge de Jan Vos »,《シャルトル会修道士の聖母》は« Vierge au chartreux »

と訳されている.このことは,Yが固有名であれば« La Vierge à Y »型タイトルが使え « La Vierge de Y »型タイトルが選択されることを示唆していると思われる.

(17)

41

)の《馬丁の聖母》は(

14

)の《蛇の聖母》の別名であるが,ローマ教皇 庁の馬丁組合大信心会からの依頼で描かれた絵であるためにこの名前がある. この絵には蛇は描かれているが馬丁は描かれていないため,

« *La Madone

aux palefreniers »

は使えず,

de

を用いた

« La Madone des palefreniers »

が使われる.また,(

42

)の《大公の聖母》はトスカーナ大公フェルディナン

3

世が,(

43

)の《ルッカの聖母》はルッカ公カルロ

2

世がそれぞれ所有し ていたことに由来する名づけであるが,絵に二人の姿は描かれていない.つま り,

« La Vierge

Madone

de Y »

というタイトルは

Y

が作品の注文主また は所有者であることを意味するが,

Y

の姿が描かれている必要はないのであ る.また,普通名詞をともなわない裸の固有名を

Y

の位置に置きうることから,

« La Vierge

Madone

de Y »

における

Y

は聖母の属性や象徴を表すもので もないと考えられる23.しかし,

« La Vierge à Y »

型タイトルの絵では必ず

Y

が画中に描かれており,

Y

は聖母の何らかの属性または象徴を表すものと 思われる.

2.5.

 « X et Y » と « X à Y » ̶ « Léda et le cygne » et « Diane à la biche » 本節では,

X

が人を表す固有名詞で

Y

が動物を表す普通名詞である場合の

« X et Y »

« X à Y »

の違いについて分析する.例えば,あまたの画家が 描いている《レダと白鳥》のフランス語タイトルは接続詞

et

を用いた

« Léda

et le cygne »

となることが多い(例(

5

)).いっぽう,数多くの彫刻作品が存 在する《ディアナと牝鹿》については,ルーブル美術館の(

44a

)の彫刻には

« Artémis à la biche »

のタイトルが,同じくルーブル美術館の(

44b

)の彫 刻には

« Diane à la biche »

のタイトルがつけられており24,いずれも前置

à

が用いられている.

44

a. « Artémis à la biche » /

《アルテミスと牝鹿》(大理石の彫刻), 作者不詳,ルーブル美術館(カリアティードの広間).

b. « Diane à la biche » /

《ディアナと牝鹿》(ブロンズの彫刻),作 23)ル ネ サ ン ス 期 の イ タ リ ア の 画 家 コ レ ッ ジ ョ(CORREGGIO) に,« Madone de saint

Jérôme » /《聖ヒエロニムスのいる聖母》(パルマ国立美術館)という絵がある.聖

ヒエロニムスは絵に描かれているが,絵の注文主でも所有者でもない.それでも« La Madone de Y »型タイトルが用いられているのは,Yが固有名のsaint Jérômeについて

« La Madone à Y »型タイトルが使えないためであると推測される.ただしYが固有

名であっても« La Madone avec Y »型タイトルは可能であり,《聖ヒエロニムスのいる 聖母》は« Madone avec saint Jérôme »でもよい.

24)ルーブル美術館によれば,(44b)は(44a)のコピーである.(44a)は,紀元前4世紀 のギリシアの彫刻家レオカレス原作のブロンズのディアナ像をもとに帝政ローマ期に制作 されたものと言われる.ローマ神話の狩りの女神ディアナとギリシア神話のアルテミスは 同一視される.

(18)

者不詳,ルーブル美術館(ドゥノン翼,展示室

5

).(

=

6

))

45

« Diane au cerf » /

《ディアナと牡鹿》(ブロンズの彫刻)25,ベンヴェ ヌート・チェッリーニ(

Benvenuto

C

ELLINI),ルーブル美術館(ドゥ ノン翼,モリアンの階段). ギリシア神話の主神ゼウスが白鳥に変身してスパルタ王の妻であるレダを誘惑 するこの物語では,白鳥に姿を変えていてもゼウスは全知全能の神であり,王 妃レダと白鳥は対等の関係にある.《レダと白鳥》が

« Léda et le cygne »

なるのは,接続詞

et

« X et Y »

のように並列された二つの対象

X

Y

ほぼ同等に扱うからであると考えられる.《レダと白鳥》が常に

« Léda et le

cygne »

であって

« *Le cygne et Léda »

にならないのは,この物語の主役が

王妃レダであり,白鳥はレダとの結びつきによって定義される対象であるか らである.また,

« Léda et le cygne »

における

le cygne

の定冠詞

le

は,物 語におけるレダとの関係を枠組みとして成り立つものである.つまり,

« X et

Y »

においては,

Y

よりも

X

のほうが重要な対象であることや,

Y

X

の関係によって同定されることもある.いっぽう,《ディアナと牝鹿》または 《ディアナと牡鹿》を主題とする作品のフランス語タイトルは前置詞

à

を用い

« Diane à la biche »

« Diane au cerf »

になることが多い.これは,作 品の主役は女神ディアナであり,かつ狩猟の女神にとっての牝鹿や牡鹿は聖人 にとってのアトリビュートと同じようなものだからである(ディアナの戦車を ひくのは牡鹿である).《レダと白鳥》の白鳥の正体がゼウスという自立した存 在であるのとは異なり,女神ディアナにとっての牝鹿や牡鹿は自立した特定の 個体ではなく,ディアナに従属して存在すると解釈される非自立的な対象であ る.ただし,牡鹿がディアナと同じくらいの大きさと存在感を持つ作品であれ ば,

« Diane et le cerf »

というタイトルも使われる.

« X et Y »

型タイトル

« Diane et le cerf »

は,ディアナと牡鹿をいずれも自立した対象としてほ ぼ対等に扱うものである.ただし,定冠詞つきの

le cerf

はやはりディアナと の関係において定義される対象である.

《レダと白鳥》を主題とする芸術作品に

avec

を用いた

« *Léda avec le

cygne »

のタイトルを与えることは難しいが,それは

« X avec Y »

型タイト

ルでは,

X

Y

はそれぞれ独立した対象であり,かつ二者の関係は偶発的なも

25)ルーブル美術館が(45)に実際につけているタイトルは« La Nymphe de Fontainebleau »

で あ る が, 美 術 史 家André CHASTELは そ の 著 作(L’Art français, tome 2 : Temps modernes, 1430-1620, Flammarion, 2000)で,« Diane au cerf »の名でこの彫刻に言 及している.

(19)

のと解釈されるからである.しかし,

à

を用いた

« Léda au cygne »

のタイト ルは不可能ではない.実際,アメリカのバーンズ財団が所蔵するセザンヌの《レ ダと白鳥》のフランス語タイトルには

« Léda au cygne »

が使われている26

« Léda au cygne »

は白鳥をレダの属性としてとらえる名づけであり,これは

芸術作品においてレダがほぼ常に白鳥のゼウスとともに表されていることから 生まれたタイトルである.《レダと白鳥》に

« Léda et le cygne »

« Léda

au cygne »

の二つのタイトルが存在することは,《聖母子》について

« La

Vierge à l

Enfant »

« La Vierge et l

Enfant »

の二つのタイトルが存在す ることと同じ理由による.

2.6.

 « X à Y » の二つの用法:属性的用法と弁別的用法 ここまでの分析を総合的に吟味すると,芸術作品の

« X à Y »

型のタイト ルには次の二つの本質的な用法があるように思われる.一つは,

Y

X

何らかの属性や象徴を表すものである.これを属性的用法と呼ぶ.属性的用 法は,画面から離れた何らかの物語の枠組みのなかで

X

Y

が密接に結び つくものであることを前提とする.典型的な例は

« La Vierge à l

Enfant »

« Léda au cygne »

である.幼子イエスは絵の世界を離れても聖母と結び つく対象であり,《聖母子》

/« La Vierge à l

Enfant »

は一つの画題として固 定化している.《レダと白鳥》

/« Léda au cygne »

もまた一つの画題である. レダはほぼ常に白鳥とともに描かれるが,白鳥とともに描かれていることで 女性をレダと同定できることから,白鳥はレダの象徴,アトリビュートであ ると考えられるからである.また,

« La Vierge à la rose »

« La Dame à

la licorne »

« La Dame à l

hermine »

では,

Y

の位置の

rose

licorne

hermine

X

の位置の聖母や貴婦人の何らかの本質的な属性や象徴を表して

おり,これらも属性的解釈を持つタイトルであると言える.

« X à Y »

型のタ イトルのもう一つの用法は,

Y

以外のモチーフをともなう他のタイプの

X

ら描かれている

X

を区別するものである.これを弁別的用法と呼ぶ.典型的 なものは

« Le Tricheur à l

as de carreau »

« Autoportrait aux bésicles »

などで,この用法では,

Y

X

を特徴づけるものである.(

20

)・(

21

)・(

22

)・ 26)バーンズ財団に問い合わせてこの作品のタイトルを« Léda au cygne »としている理由 を尋ねたところ,それがセザンヌ自身による名づけかどうかはわからないが,セザンヌの カタログ・レゾネ(catalogue raisonné)に記されているタイトルを採用している,との ことであった.カタログ・レゾネとは,ある特定の美術家の全作品について,作品の題 名・制作年・技法・寸法などを網羅的かつ編年的に記載した目録のことである.Lionello VENTURI編纂のセザンヌのカタログ・レゾネでは,確かに《レダと白鳥》は« Léda au cygne »の名で記されている.

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