コミュニティ政策学会 第9回大会
『地域主権改革』と地方自治、コミュニティ政策のゆくえ
基調講演 経済活動と生活の営みの循環に立ったコミュニティを
―地域経済学の視点から見たコミュニティ 北海学園大学経済学部教授 高原 一隆 私は地域経済学が専門ですので、その観点からコミュニティを考えているの ですが、実は、地域とは総合的なものですから、いろんな分野からアプローチ してみることが有効なのです。 例えば、社会教育サイドの人達の考え方の中に、地域づくりについて大きな 問題意識があるということに、私も大変共鳴しているものでありますが、私の 立場から見ると、地域づくりをするときに、地域でどのようにして人々が暮ら しの基盤を持つか、という問題と結びついたコミュニティのあり方というのが 大変重要だし、それなしには地域の活性も持続しないと思っています。 そういった観点から、生産とかものづくりという面と、人々の暮らしの面の 両方を合体させて考えて、それを体系的に仕上げた人がイタリアのフィレン ツェ大学・名誉教授のG. ベカティーニです。経済と生活の総合的コミュニティ 研究の最も代表的な人物です。 ちょうど日本がポスト高度成長期の中で、経済的にあまり上手くいっていな いと言われていた1980年代頃から、イタリアに、経済的にもそんなに強い大企 業があるわけでもない国に注目する論調がいくつか出てきました。地域的には 特にイタリア中部の小企業の職人達の力によって生産され、ミラノなどを媒介 にしてブランドを付けられて海外に高く販売される、こういう経済システムが 1980年代以降、約20年くらいイタリア経済を牽引してきました。いわゆるイタリア経済の第2の経済的奇跡と言われたのはこういったことです。これが、中 小企業が多く、ポスト高度成長の経済システムの構築に苦しんでいる日本経済 が学ぶべきシステムの1つだとして注目されてきたのです。 実はイタリアの中部と言っても、ボローニャとかフィレンツェ、ヴェネチア など、やや北部に近い地域です。そこは、Industrial Districts(IDと略記)と言わ れています。日本語で産業地区とか産地と略して訳されているケースが多いよ うに思います。そういったブランド力をもった小企業の集積地域が特に中部に 多数あって、しかもそれらはイタリアの輸出に大きく貢献しているということ が地帯別社会構造分析から分かってきたわけです。 イタリアは北部では近代的な産業が早くから発達してきたのに対して、南部 では経済的には停滞した地域があって、それぞれが第1、第2のイタリアと言わ れてきたわけですけれども、そのどちらでもない社会的あるいは経済的な構造 を持った地域があることが実証され、第1、第2に対して第3のイタリアと言わ れてきました。現在グローバリゼーションの進展によって、第3のイタリアの 産地は大きく変貌していますが、いずれにせよ、その社会・経済的構造を理論 的にまとめ上げたのは1970年代です。A. バニャスコがそれをまとめ、英文に も翻訳され大変注目を浴びました1)。 こうした中で、IDすなわち中部の産地の研究は進化し、それが単にものづ くりとか経済が非常に好調だからということだけではなくて、その産地の経済 システムの優れた側面と同時に、ボローニャにしてもフィレンツェにしてもそ の周辺のいくつかの町にしても、人々の暮らしのあり方と生産のあり方とが上 手く結合した、あるいは融合したコミュニティでこの両面を備えたシステムを 保持しているとして評価したのが、前出のG.ベカティーニです。今、恐らく 80歳を越えておられる方ですが、昨年(2009年)出版された800ページを超える 大著 “A Handbook of Industrial Districts”, Edward Elgarの編者として名を連ねて います。
氏はIDについて次のような定義をしています。「人々のオープンなコミュニ ティと個々の企業人との積極的な共存に特徴づけられた社会領域的な存在」2)。
そして、それに関するたくさんの本も書いています。私は、「生産と消費生活、 ビジネスと労働・生活が一体のものとして彼は把握していた」、と評価してお
ります。ベカティーニが言う、そういうコミュニティを、つまりものづくりと しての経済と人々の暮らしという2つのレベルのコミュニティを結びつけてい く問題視角の源流になったのは、新古典派経済学の創始者と言われるアルフ レッド・マーシャルです。 アルフレッド・マーシャルは、例えばイギリスのシェフィールドという有名 な刃物の産地で職人達が新しい型と古い型のいろいろ入り交じった刃物づくり に精を出している姿を見ながら、そういう刃物とそれに関連する生産に特化し た産業を外部経済としての地域特化産業と規定したのです。しかもその産地が 人々の暮らしと非常に強く結びついているという言い方をしております。それ が、ベカティーニの言う生産と生活とが融合したコミュニティのモデルこそが イタリアの産地の神髄だということを明らかにした源流だと思うわけです。 しかし、ベカティーニは、それと同時にイタリアの産地は単に古い職人がい て、彼らもそこの中で暮らし、人々と生活を共有しているというわけではなく て、その知識を得るための学習機能を備えているという特徴があって、他の国々 特にアメリカのような大量生産型の工業を持った国々にはあまり見られない現 象だと見ていました。 従って、ものづくり、学習機能、そして人々の落ち着いた暮らしというもの を合体させながら存在しているところに、他の国々の産業地域と少し異なった 特徴があるのだと言っております。こうした見方は、第3のイタリアに限らず、 類型としては異なるが、シリコンバレーや日本の東大阪地域などの産業集積地 域を考察する時に、非常に重要になっています。 その後、M. J. ピオリとC. F. セーブルが2人で書きました『第二の産業分水嶺』 は、産業集積と人々の暮らしのコミュニティを地域で結びつける考え方に大き な影響を与えました。それは一言で言いますと3)、「ほぼ同等な中小企業の競争 と共同の網の目の生産モデル」それが新しいタイプの生産共同体として存在し ているのだと。これが大量生産のあり方、社会のあり方を大きく変えるポイン トだと言っています。 よく言われてきた「大きいことはいいことだから、小さいことはいいことだ」 という考え方の転換の中で、モデルの1つと考えられたのも、こうしたイタリ
アの産地のあり方です。ピオリとセーブルはまた「生産的コミュニティと暮ら しの一体感を伴ったコミュニティ」という言い方もしております。断っておき ますが、産地というものはイタリアだけではなくて日本にもありますし、ドイ ツやイギリスにもあるのですけれども、イタリアは代表的なので例にあげてい るわけです。 さらに2006年に亡くなりました有名なアメリカの女性都市計画家である ジェーン・ジェイコブズは、都市のあり方を通して生産と生活のコミュニティ に影響を与えました。ジェイコブスには日本で翻訳された本が何冊かあります けれども、1980年代に出した『都市の経済学』という本の中でも述べていますよ うに、特にイタリアやドイツなどのヨーロッパの古い都市で、そこにある企業 によって支えられているものは、例えばアメリカ型の大量生産に支えられてい る型にはまった消費を志向する消費都市と違って、絶えず外から入ってきたも のに即座に反応して自分達のものに変えていく(彼女はそれをimprovisation ― 臨機応変または即興性と言っています)ことが都市の創造性であるとしていま す。そうした点から見ると、イタリアの都市は非常に面白い、地域の中に創造 性を生み出す生産システムを持った都市だと言っています。また、アメリカの 大都市の効率重視の大量生産型の都市の姿よりも、こういったヨーロッパ諸国 の都市の方が、人々が本当に暮らしていく上で、現代では大変貴重な都市であ るとも述べています4)。 このような地域や都市の生産システムに関する共通項は、従来の、1970年代 初頭に最高潮に達したいわゆる大量生産型の生産システム・経済システムに対 する言わば代替の社会のあり方、そしてまた代替のコミュニティのあり方であ ろうと思うわけです。 ところで「共同体」と言う場合、どのような性格のものとして把握したらいい のでしょうか。ロバート・D・パットナムというアメリカの有名な政治学者が いますが、パットナムは、イタリアの北部と南部を対比させながら綿密に調査 をしたポイントを次のように言っています。イタリアの北部には、市民的共同 体が出来上がっているのに対して、南イタリアでは、伝統的共同体のままであっ て、しかも北部と違って市民というものが存在しないところに大きな問題があ
ると。 北部には人々の水平的なネットワークがあるが、南部にはそれがなく、垂直 的な、行政から言われたことを受け入れていくようなシステムしかないところ に大きな違いがある。つまり血縁とか一部の友人の仲間の間には非常に強い横 のネットワークがあるけれども、それ以外の世界にはつながりが全くないわけ ではないが、そのつながりというのは垂直的なつながり以上の何者でもないの だと。彼はイタリアの北部と南部の違いをそのように分析して見せたのです。 パットナム自身は、その本の中では述べていませんけれども、実は、マフィ ア的組織の活動と密接に関係しているのです。ご存じのように、マフィア組織 の活動基盤は南部です。私がこの数年調査しているカンパーニア州(州都はナ ポリ)の新しいタイプの地域開発組織のある地域は、ほとんどの政治家や行政 は、ナポリを地盤にしているマフィア的組織・カモッラという組織と関連する つながりのある企業家(公共事業を請け負っている土木建築業)と強いネット ワークを構築していますが、それは住民から見れば垂直的ネットワークに過ぎ ません。住民はネットワークの上位者(政治家―行政―一部企業―マフィア)に 服従せざるを得ない構造になっているのです5)。 多くの人々は、それとは無関係に血縁や親しい友人だけの間で水平的ネット ワークを作り上げている。だから南部では血縁・地縁という水平的ネットワー クと権力的な垂直ネットワークという共同体のあり方が基本になっている。 パットナムはこうした構造が千年以上続いてきたという言い方をしています。 そういった地縁とか血縁とか親しい友人のつながりだけでやっている、これを 伝統的な共同体だと捉えていて、これが北部とは極めて対照的だと言っている わけです6)。 実は、南部の問題、伝統的な共同体に縛られた人々の暮らしというものが今、 少しずつ変わりつつあります。1990年代にマフィアが大量に検挙されて、多く のボスが刑に服しています。そういう大きな影響があって、ずいぶんと改善さ れつつあるようです。現在は、EUの地域政策の支援を受けながら地域発展を進 めていこうとする自主的な、まちづくり会社(エージェンシー)がいくつか出来 て活動しているのですが、あるエージェンシーの専務が言うには、市民生活と いうのがどういうものかということを十分理解出来なかった人が多かったとの
ことです。例えば、EUの支援金を1つの基金にして、人々の市民生活のABCD を皆に教育していくようなシステムづくりを今しているのだという話をしてく れたことがあります。始めは、そんなの当たり前じゃないかと思いながら聞い ていたのですが、先ほど言ったような現状があって、それを克服して新しい、 言わば市民的な横のつながりが出来る、そういうネットワーク的な社会にして いく第一歩なんだということを言いたかったのだろうなと思います。 イタリア全体としては先進国ですが、かなり市民性と水平的ネットワークが 強い地域(中部)があると思えば、他方ではそれが欠如した地域(南部)があって、 これが共存してきたのがイタリアの地域の問題でもあります。最近では南部で も市民的あるいは水平的な地域ネットワークが少しずつ進んでいるわけですけ れども、それほど簡単に実現出来るものではなくて、恐らく今から長い道のり があろうかと思います。マフィアの巻き返しもあるでしょうし7)、そういった ことを考えながらイタリアの南部の新しいタイプのコミュニティの発展に期待 を寄せていきたいと思っています。 さて、ID(産地)の話ですが、南イタリアに先ほど言ったようなまちづくり 会社があって、それが目指しているのはIDのようなあり方です。これを何と か目指していこうということが念頭にあるわけです。そうかと言って、例えば ベカティーニが明らかにしたような、人々の暮らしと生産が融合したと一言で は言うけれども、本当に最良のコミュニティであるかについては、様々な批判 も当然ありました。 その批判的論点は主に4つありますが、その代表的なものは次の点です。 「イタリアの産地というのは古いタイプの産業集積であって、歴史が前に向 かないでそのまま止まっているだけで、歴史が進んでいけばそういった産地の あり方は大きく変わって行く、単なる歴史的な一通過点に過ぎない。それを経 済学者が評価するのは変じゃないか」という議論があります。問題は、イタリ アの産地のあり方が、本当に古いタイプのものであり単なる歴史の一通過点で あるかどうかという、IDの現代的あり方にかかわる問題です。私もイタリア のこの時期の産地が全て良好だとは必ずしも思っていませんが、そこに盛られ ている生産共同体と生活共同体の「融合」は、21世紀には21世紀型の生産と生活 の共同体の融合が見られるはずであり、時代が変わっても何らかの形で理論化
していくべき重要なポイントだろうと思っているわけです。 実は1990年代の後半頃から、第3のイタリアと言われた地域もグローバリゼー ションの大波に洗われてきています。グローバリゼーションは、産地システム の歴史的役割と限界、あるいは歴史の一通過点だということと密接に結びつい ていますが、その点にこそ、経済的な分析が必要なのです。 かつてイタリアの産地と言われていた地域の主人公は、本当に小さな企業で して、例えば、ある町では1万ぐらいの小さな工場(工房)があって、そこで働 いている人は4万人ぐらいですから、単純に平均して1企業あたり4人という極 めて零細な企業です。ちょうど日本の東大阪市のようなものですね。東大阪に は6,000ぐらい工場がありますが、いずれも小さな企業です。イタリアでもそ ういった地域が、この10年の間にグローバリゼーションの中で急激に変わりつ つあります。 そこで特徴的なのは、従来小さかった企業がいくつかグループ化するという 流れが出てきたことです。以前はたとえ小さくとも独立した事業で、しかも組 織的にも全く別の企業であったわけです。ところが新しくグループ化した企業 というのは、確かに独立性は非常に強く、所有も独立しているけれど、それら が様々な事業を進めるにあたっては、必ずしも従来の職人同士のネットワーク のような形では、コストの面などをはじめうまくいかなくなってきた。そういっ たことで小さな企業も淘汰を繰り返しながら、生き残った小さな企業が、どち らかと言えば中規模の企業を中心にしながらネットワークを組んでいくという 構造に、大きく変化をしてきています。 イタリアをはじめヨーロッパでの議論は、そういった状況と密接に結びつい ています。例えば大量生産型の都市の場合、それは明らかに1つの垂直的に統 合されたシステムでその都市が成り立っているというのに対して、イタリアの 場合には、変動の中でもそれぞれが独立した企業として存在して、それがある 一定の範囲の中で連合・連携をしている姿であって、基本的には変わってない のではないかという考え方もあります8)。 そこで考えてみましょう。例えば大量生産型の大企業の場合には垂直的なシ ステムが、小さな企業の場合には横の水平的なネットワークが求められている と、端的に言うとそういうことなのです。そうすると日本のような大企業が非
常に大きな力を持ったところで、一体それがどれだけ可能なのかという問題に 当然突き当たります。これは非常に難しい問題でして、例えば海外に進出する 企業が増えるといった形でグローバリゼーションが進んでくる。しかも日本は 非常に大きな経済の管制高地を握っている企業の力が大きいものですから、ど うしても我々はそれに目が奪われる傾向が強いわけですが、同時に私は戦艦型 企業システムが問い直されている現在、企業にとって規模の大小が問われる時 代ではないことに注目する必要があると思います。 企業のシステムは90年代の終わり頃から大きく変わってきて、従来のような いわばあらゆる経営資源を抱え込んだ戦艦型の経営システムというのは、今は 消滅しつつあると言っていいのではないかと思います。今後は、どちらかと言 えば分社化などの分権型システムに変化していかざるを得ない。例えば流通の 面で言いますと、本社の指示に基づいて関東地方にある工場で生産し、次に商 社に卸して、そこから全国の小売店に運んでいくという従来のシステムは、ネッ トによる直販システムが出来ますと、存在理由が無くなるのですね。従って、 グローバルな企業でないならば、日本の地域を無視したビジネスは成り立たな くなりつつあります。 もちろん以前からある小さな企業も、地域を市場にし、そこをビジネスの対 象にする企業も当然あるわけです。そういった企業も含めて考えますと、大事 なのは、小さかろうと大きかろうと、ビジネスと市民生活が別個の存在として ではなく、同じコミュニティを形成しているメンバーですから、市民による様々 な活動と企業や大学、あるいは研究機関との連携といったことが非常に大事に なってきているということです。 例えば、市民活動の中から様々な相談が企業や研究機関に持ち込まれ、場合 によっては市民活動からの発注を企業が受注していくというやり方も増えてき ているのが現状だろうと思います。ある日本を代表するような大手のメーカー が地域通貨のシステムを作るために一所懸命になってシステム構築に力を出 す。あるいは研究所も、以前は地元で商売をやっているような市民達とはあま り関わり合いがなかったけれども、市民から研究所に対して相談や注文が来る ということもあるわけです。北海道のある地域で、蕎麦屋さんが工業技術セン ターに、蕎麦をもっと長持ちさせる方法がないだろうかという相談を持ち込ん
で、研究員と一緒に研究を重ねた結果、新しい商品を生み出したという事例も あります。 もちろん研究員の人に話を聞きますと、「いやぁ、本当はもっと高度なことが やりたいんだ」と言いながらも、やはり現状では地元のニーズに応えるための 存在意義を持った研究所でなければならないという思いが強いのだろうと思い ます。あるいは建設業者、特に北海道は公共事業が大きく減ってきて、大変な 思いをしているのですけれど、実際に企業の数はそんなに減っていないのです。 北海道開発予算も、最大規模1兆円強の時からみますと、半分以下(2011年度開 発予算は4500億円程度)に縮小していますから、地元の建設業者は生き残りに 大変なんですけれども、その1つの脱出策として新規の事業に取り組んでいま す。新規の事業に取り組むといっても、中小の建設会社はこれまで地元の様々 なインフラを作る工事を担っているのが結構多いわけです。ところがそういう 企業が新たな事業に乗り出そうとしても、なかなか簡単ではないのが現実です。 皆さんもご存知のように、例えば農業に手を出したり、健康産業、福祉産業、 環境産業等々、いろいろなことを試みています。従来の事業とは直接関係ない、 ユニークな農産物を作ったり、バイオエネルギーに手を出したり、変った例と しては、北海道では今までは旭川が映画館がある一番北のまちだったのですが、 ついこのあいだ稚内に最北シネマ映画館というのが出来ました。それを運営し ている主体というのは実は稚内の中小の建設会社なんですね。やはり仕事がな いということがそういう需要の発掘を誘発していくわけです。そこで重要なの は、地域の需要を掘り出していくためには、やはり何らかの形で地域の諸団体 との連携なしにはできないということです。ということは、様々な団体や個人、 あるいは農家、漁師、場合によっては市民活動とつながって、「我々はこういう のが欲しいのだけど、こういうことがしたいのだけれど」というような相談が 持ち込まれてきて、それに対応するために、建設産業が母体になってネットワー クを結び、業務を協同化するやり方というのが求められてくるかもしれません。 そういう新たなネットワークの形成なしには、なかなか新規事業に手を出して も難しいということになります。 まだ、市民活動のレベルと、人々の暮らしというレベルと、ものづくりのレ ベルが、上手く有機的に結合しているわけではありませんけれども、地域の需
要を掘り起こし、それによってサスティナブルに生き残っていくためには、地 域との関わりを無視しては成り立たないということです。 1970年代の初め、私がまだ大学院生だった頃、信用金庫が盛んに地域に根ざ した金融活動をやろうと言っていた時期があります。それ以降信用金庫は地域 と密接な関わりを持つようになってきて、道内のいろいろな信用金庫で活躍し ている私の教え子も、「今は町内会の役員を任された」と言っています。信用金 庫はそういう活動までやっています。 地域活動がその点では大変重要になってきており、現在注目を浴びつつある 社会的企業のあり方も、地域を営業や活動の基盤とすることが不可欠になって います。現在では、まだ地域を意識する、考慮するという程度に留まっていま すが、地域とビジネスの反復活動の中から新しいコミュニティの姿というのも 見えてくるでしょうし、それは単にイタリアの産地、職人が主体のIDは古い ということだけで済ますことが出来ないような問題も同時にあるのではないか と考えております。 最後に、私が注目している江別市のネットワークの事例をお話しします。こ れは今大変注目されているネットワークで、政府が進めている農工商連携にも 関連しています。小麦を作る主体(農家や農業法人)、小麦を粉にする主体(製 粉業者)、麺にする主体(製麺業者)、麺をラーメン屋等々で売り出していく主 体(小売業、レストラン)、そして最終消費者までの、こういう段階をつないだ 多様なネットワークが出来ています。江別市にある酪農学園大学という農業系 の大学、農業改良普及センター、農業試験場、食品加工センター、農機具メー カーなど、食に関連する組織が連携しながら、「江別小麦」を地域を代表するブ ランドにすべくネットワーキングが試みられています。 江別市というのは、札幌市のすぐ隣に位置する人口12万人の都市で、札幌市 に通勤している勤労者の割合が約4割という衛星都市ですが、これから自立し た都市となっていくためには、江別ならではの、江別でしか出来ないものを社 会ネットワークによって作り出す。俗に言うブランドのようなものを作り出し て、自立した地域となることを目標にしています。こうした試みの中から地域 への誇りと思い入れも生まれてきます。こうした生産者から消費者に至るネッ
トワークは、生産と生活が融合するコミュニティ形成の1つの姿として大いに 注目していい事例ではないかと思います。 次の図は、ある人の書いた図を念頭に置きながら私自身が作ってみたもので す。左側に地域経済、右側に地域社会があり、右側は生活そのものです。その 両者の中間に、様々なコーディネーターが企業間ネットワーカーとして動くと 同時に、右側の地域社会とつなぐ機能を持っています。地域社会は、市民的活 動や町内会などの活動もあるわけです。 このコーディネーターは、地域経済と地域社会だけでなく、図の上下に書い てあります自治体や公的団体、業界団体、あるいは大学や研究機関などとの連 携も仕掛けていく、言い替えれば市民起業家です。こういうものが、コーディ ネーターの仕掛けの下うまく融合していけば、何か展望が見えてくるのではな いかと思っています。こういうことを基底に据えたコミュニティ形成を考えて みたらどうでしょう。 図-1 江別の「ハルユタカ」小麦のネットワーク
一言でいいますと、生産と生活の営みの循環の上に立ったコミュニティが重 要で、そのポイントは、経済コミュニティをいかに形成するかということです。 特に、企業間のネットワークと暮らしのコミュニティをつなぐコーディネート が大事なんだということです9)。
【注】
1) A.Bagnasco, 1977, Tre Italie(3つのイタリア), il Mulino. 2) G.Becattini, 2004, Industrial Districts, Edwald Elgar, p.44 3) 山之内靖他訳、1993、『第二の産業分水嶺』筑摩書房
4) 中村達也・谷口文子訳、1986、『都市の経済学』TBSブリタニカ 5) F.Sforzi(ed.), 2003, The Institutions of Local Development, Ashgate, Chap.7
H.Farrell, 2009, The Political Economy of Trust, CambrIDge u.p.は、ボローニャの工作機 械産地とマフィアの協同のあり方の違いを対比しながら展開しており、本論で述べて いる垂直的ネットワークと水平的ネットワークに関わる大変興味深い著作である。同 書4(p.95-)及び6(p.171-)参照。
6) 河田潤一訳、2001、『哲学する民主主義』NTT出版(初版)
7) A.Mammone/ G.A.Veltri, 2010, Italy Today, Routledge, Chap.13・14
8) C.Crouch, P.Le.Gales, C.Trigilia, H.Voelzkow, 2004, Changing Governance of Local Economies, Oxford U.P.
9) この講演において、特に注を付していない個所については、拙稿、2009、『ネットワー クの地域経済学』法律文化社(重版)を参照されたい。