Jpn . J . Clo . Res . 2016, Vol . 59 No . 2 ( 3 ) ― 49 ― 神戸にずっと住んでいるので,20 年ほど前,大 地震に出くわした。たくさんの建物が潰れ,たくさ んの人たちが亡くなった。これほどの惨事は「もう 起こるはずがない」と思っていたし,もっと大きな 災害が日本に発生するとは,想像さえしたことがな かった。東北太平洋沿岸地域を大津波が襲ってから, 数週間後に被災現場を歩く機会を得た。ほとんどす べての建築物が流され,「根こそぎ」になった地域 の光景は,凄惨としかいいようがなかった。私は, 建築の学校を卒業し,住宅計画の勉強・研究をして きたので,阪神・淡路大震災から東日本大震災にか けて,住宅復興に関する調査研究に参加する機会を 得てきた。そのなかで考えたことを,少し書く。 1. 被災とは何か 大災害からの復興における最重要の主題の一つ は,住宅復興のあり方である。被災者の人生を立て 直すために,雇用創出,地域福祉の拡充,保健・医 療の再構築など,さまざまな施策が打たれる。しか し,住む場所の安定を抜きにして,日常の落ち着き は回復しない。住宅対策は,生活再建の一環である だけではなく,その基盤としての位置を占める。 住まいの再生をめざすとき,まず大切なのは,「そ もそも被災とは何か」についての理解に挑戦するこ とである(平山 , 2012)。人生に必要なのは,過去・ 現在・未来の連関のなかでの継続性である。私の考 えでは,大災害が起こす被害とは,この継続性の破 壊にほかならない。人びとは,過去を振り返り,未 来を想像するところから,過去と未来の間に日常を 重ね,自身の人生を織り上げる。無差別な時間の流 れは,人間がそこに立ち現れることによって,過去・ 現在・未来という時制に転化する。人間とは,過去 と未来のはざまの存在でしかない。言い換えれば, 過去・未来との関係を抜きに,人間が現在を生きる ことは,ほとんど不可能である。人生の現在は,そ れ自体として自立し,完結するのではなく,過去と 未来に関連づけられ,文脈を与えられることによっ て,ようやく,かろうじて,意味をもつ。 阪神・淡路大震災と東日本大震災に共通して,住 宅の大量滅失という事態が発生した。しかし,大津 波に見舞われた東北沿岸地域では,阪神 ・ 淡路地域 とは異なり,建物だけではなく,土地に大規模な被 害が生じた。多くの地域が浸水し,地盤沈下が多数 のエリアに発生した。東北沿岸地域の住宅状況は, 土地の深刻な被災という固有の文脈のなかで把握さ れる必要がある。 この土地被害は,人生の継続性を傷つける。大津 波は,過去を「根こそぎ」にした。土地は,家族と 住居を支えていた。そこには,人生の軌跡が刻まれ ていた。自己所有の住宅・土地は,家族の不動産資 産を形成した。被災者は,住まいを流され,資産を 失ったうえに,記憶の貯蔵庫であった自身の土地か ら切り離された。大津波は,未来さえ「根こそぎ」 にしようとする。阪神・淡路大震災からの住宅復興 は,多くの複雑な課題に直面した。しかし,住宅再 建のために使える土地は残っていた。東北沿岸では, 多数の地域に土地被害が生じ,大津波がその地面を ふたたび襲う可能性を否定できない。被災者は,自 身の土地を所有していても,そこに帰還できるとは 限らない。土地の被災のために,将来の不透明さが 増し,「どこに住むのか」の見通しを得ることさえ 困難になった。
特別講演
阪神・淡路から東北ヘ
被災した人たちが,ふたたび住む
神戸大学 平 山 洋 介日本衣服学会誌 Vol . 59 No . 2 ( 4 ) ― 50 ― 過去・現在・未来の関係がちぎれることは,被災 者にたいへんな苦痛をもたらす。東北の被災地には, 農漁業の集落がある。特定の場所に定住する漁家・ 農家は,生業の経験と技量をたんねんに蓄積してき た。震災は,その継続を困難にした。高齢の被災者 は,人生の最後の時期になって,その軌道を奪われ た。住まいを再建し,新たな日常を得るには,資力 と時間が必要である。高齢者の資力と時間は,必ず しも十分には残っていない。都市的職業の人たちは, 漁家・農家とは異なり,転居・転職などの「移動」 を経験する。しかし,「移動」する人びとは,「移動」 するにもかかわらず,あるいは「移動」するからこそ, 自身の生き方に文脈を与えるために,過去との関連 のなかで現在を意味づけ,そこから未来を展望しよ うとする。「流動」する人びとの人生が断片的にみ えるとすれば,それは錯覚にすぎず,「身軽」な人 たちが震災から受けた打撃は小さいという見方があ るならば,それは一面的である。原発事故が発生し た福島は,先行きの見通しを得られない点に関して, 他のエリアとは次元の異なる境遇に置かれ,とくに 深刻な状況にある。原発の周辺に住んでいた人たち は,日常生活の唐突な崩壊を経験し,それを取り戻 すための手がかりさえ与えられない。自分が築いて きた人生の軌道に戻れないかもしれないという予感 は,耐え難い苦痛をもたらす。 2. 生活再建/開発復興 では,復興政策はどのように進むのか。そして,そ の過程において,生活科学はどのように役立つのか。 単純化をおそれずにいえば,大災害からの復興政 策では,「生活再建」を重視する方針と「開発復興」 をめざす方針が緊張関係を構成する。一方では,災 害の「危機」は「危機」でしかありえず,被災者の 実態をみるところから,何よりもまず住む場所を安 定させ,人びとの日常を再生しようとする考え方が ある。他方では,「危機」を都市・地域開発の「機 会」とみなし,未来に向けて,インフラストラクチャ の整備をめざす発想がある。この両者は,必ずしも 対立するとは限らない。被災の現場では,“目の前” の被災者に対応し,そして同時に,将来のための街 づくりを構想することが求められる。しかし,復興 政策は,被災した人たちの人生の回復に貢献しては じめて意味をもつ。インフラ開発が被災者の救出に 寄与せず,むしろその困難を深めることがあるとす れば,それがいかに未来のための投資であるとして も,その論理は安定しない。この文脈において,生 活再建/開発復興の関係は,被災者の“暮らしの現 場”から評価を受ける必要がある。災害からの復興に おける生活科学の役割は,この点に根ざしている。 3. 開発復興は可能なのか 阪神・淡路大震災の場合に比べ,東北沿岸地域で は,「土地破壊」が広範に発生したがゆえに,多数 の大型プロジェクトが組まれ,復興政策が開発に傾 く度合いがより強くなった(平山,2012)。最大ク ラスの津波(L2 津波)で浸水深が2M を超えるエ リアを非可住地とする方針が示された。これを根拠 として,可住地創出に向けた膨大なプロジェクトが 計画された。土地区画整理事業,防災集団移転促進 事業,漁業集落防災機能強化事業などの大量実施が 決定・進行し,新たに津波復興拠点整備事業が創設・ 適用された。区画整理は,おもに土地の嵩上げのた めに使われる。さらに,発生頻度の高い津波(L1 津波)への対応として,総延長約 370KM におよぶ 巨大防潮堤の建造が計画された。 この壮大な復興事業は,どこから生起してくるの か。震災の被害が計測され,それへの対応のあり方 が「科学的」に決められた,といった説明は,説得 力を十分にはもちえない。土地被害のために,イン フラ整備が必要になることは確かである。しかし, プロジェクトのスケールと中身に関する選択の幅は 広い。雄壮な復興事業は,社会・政治的な構築物で しかありえない。 戦後日本を特徴づけた開発主義のレジームは,前 世紀の末あたりから,しだいに弱化したと考えられ ている。公共事業の予算は減少し,土木・建設セク ターは縮小しはじめた。地方分権の流れのなかで, 地方政府に対する公共事業と補助金の配分は減っ た。国土の均衡開発をめざした全国総合開発計画に とってかわった国土形成計画(2008 年)と,これ
Jpn . J . Clo . Res . 2016, Vol . 59 No . 2 ( 5 ) ― 51 ― に続く「国土のグランドデザイン 2050」(2014 年)は, 首都圏またはスーパー・メガ・リージョンに投資を 集めることによって,グローバルな経済競争に挑戦 し,その一方,地方には経済自立を求めるという新 たなビジョンを描いた。 しかし,東北復興は,“土建国家”の再興を映し だすかのようなランドスケープを形成した。開発主 義のレジームは,衰退に向かうとは限らず,新たな 形態に向かって“進化”している可能性がある。東 北復興に並行して,国土強靱化基本計画が 2014 年 に策定され,公共事業は再拡大となった。新自由主 義の影響力は 1990 年代から拡大し,“土建国家”を 弱らせると言われた。しかし,この両者の組み合わ せから新たなレジームが生成する兆しがある。“土 建国家”が新たに重視するのは,インフラ輸出であ る。物的なインフラに合わせて,開発主義の体制そ れ自体の「輸出」がめざされ,それは,“土建国家” のグローバルな活動展開を含意する。東北復興は, 開発主義の“進化”を何らかのかたちで反映してい るのか,あるいは旧式の体制の一時的な揺り戻しの 表現にすぎないのか。東北の被災地に出現しはじめ た多数の大型事業は,開発主義に関する再検討の必 要を示唆している。 開発復興の実態と性質をどのように読むにせよ, それが被災者の生活再建に貢献するのかどうかを問 題にする必要がある。持続可能な地域をつくること は,東北の人たちにとって,切実な願いである。東 北沿岸の多くのエリアでは,震災前から,人口の減 少・高齢化,経済規模の縮小などの傾向が現れてい た。この変化が震災の影響によって加速することが ありえる。大型プロジェクトに傾く復興計画は,人 口と労働力の流出をくい止められず,むしろ促進す る可能性をはらむ。 高台移転などの街づくり事業もまた,地域持続の 可能性を損なうリスクをはらむ。津波に襲われた“元 地”に関しては,住宅立地を規制し,商業・業務施 設および公園などを整備する計画が多い。しかし, 商業空間需要などの過大な見積もりは,未利用地と 空室の多い建物を増やし,地域維持を困難にする。 高台などの移転先の居住地の設計については,近い 将来の人口減・高齢化に対応できるかどうかが問題 になる。中心市街地の人口を複数の高台に分散する 計画がありえる。小規模な居住地をつくるケースで は,人口変化の影響がとくに大きい。事業実施のイ ニシャル・コストは,政府が負担する。しかし,事 業完了後の道路網・ライフライン・公共施設などの ランニング・コストは自治体負担になる。分散した 居住地の維持に必要な費用は大きい。 4. 住宅安定から生活再建を 東北沿岸の被災地では,大規模な復興事業が“降っ てわいた”ように展開する一方,生活再建を促す施 策が展開した。被災した人たちは,“ふたたび住む” ところから,バラバラになった過去・現在・未来を つなぎ合わせようとする。そのプロセスと挑戦を支 えるために,住む場所の再建に関し,多岐にわたる 工夫が重ねられた(平山・斎藤 , 2013)。 仮設住宅の供給は,生活再建の初期段階に対応す るうえで,重要な役割をはたす。阪神・淡路大震災 における仮設住宅は,行政建設のプレハブ仮設にほ ぼ限られていた。これに比べ,東北の被災地では, 民営借家を利用した「みなし仮設」が大量に供給さ れた。その技法には多くの課題がある。しかし,仮 設住宅の政策手段が増えたことは,重要な発展を意 味する。阪神・淡路地域では,仮設入居者は抽選に よって選ばれた。それが被災者の人間関係を断ち切 り,孤立を招く実態が指摘された。東北での仮設住 宅供給の一部には,地元優先入居,グループ入居な 土砂を運ぶベルトコンベア (陸前高田市,2014 年 11 月撮影)
日本衣服学会誌 Vol . 59 No . 2 ( 6 ) ― 52 ― どの手法が取り入れられた。 東北復興では,持ち家再建を支援する工夫が重ね られた。阪神・淡路大震災での持ち家再建は,援助 対象とならなかった。ここから被災者支援の新たな 制度を求める市民運動が展開し,被災者生活再建支 援法の 1998 年制定に結びついた。その 2004 年と 07 年の改正は,住宅再建に対する支援金の供給を 可能にした。東日本大震災では,震災前の住宅が持 ち家であった世帯が約8割を占める。住宅再建支援 の中心手段は住宅ローン供給である。しかし,高齢 化が進み,経済停滞が続く状況下では,住宅ローン を利用できない被災者が多く,支援金の役割が重要 になる。しかし,支援金(最大 300 万円)だけでは, 持ち家を再建できない。このため,東北の被災自治 体の多くは,住宅再建促進のために,新たな補助制 度を独自に追加した。 私有資産である持ち家の再建に対する公的補助は ほとんど不可能と考えられていた。しかし,災害時 の持ち家再建補助は困窮者を救済し,地域社会・経 済の再建を支える点において公共性をもつという考 え方が粘り強く主張され,それへの支持が少しずつ 広がった (大塚 , 2007; 中川 , 2011; 八木 , 2007)。そ の社会・政治的な論拠が安定したとはいえない。居 住地の移転事業では,移転先を借地とし,借地料を 免除するという入り組んだ手法を使う場合がある。 これは,「事実上の補助」を“見えにくいかたち” で供給する工夫を含意する。 住宅復興の中心手段の一つは,公営住宅建設であ る。阪神・淡路地域では,都市縁辺の不便な場所に 大規模な中高層団地が開発された。そこに集中した 高齢者の多くは,社会関係から切り離され,孤立傾 向をみせた。この反省から,東北沿岸の被災自治体 は,農漁村には木造低層の公営住宅を建築し,親し みやすい環境をつくろうとした。さらに,コミュニ ティ形成を促すために,豊富な共用空間を設ける団 地設計の事例が増えている。 東北の被災地では,開発型の復興政策が展開する 一方,住宅安定と生活再建に向けて,被災者の実情 をふまえる工夫が積み上がってきた。そこでは,阪 神・淡路大震災の経験と反省が活かされ,仮設住宅 供給,公営住宅設計,持ち家再建支援などに関し, 進歩が認められる。そして,東北復興に向けた努力 は,新たな進歩を生む。これらの進歩は,けっして「大 きな進歩」ではないし,復興の方法がいっきょに完 成するというようなことはありえない。しかし,被 災現場での工夫が止まることはなかったし,住まい と日常の再建のあり方は少しずつ改善してきた。い ま,東北の沿岸地域では,巨大な防潮堤の建造が進 みはじめている。浸水した中心市街地では,大規模 な嵩上げ工事が開始された。この光景なかで,被災 した人たちの住む場所を安定させ,人生の継続性を 回復するにはどうしたらよいのか,が問われている。 この問いに挑戦するために,生活科学の研究者は, 担うべき役割を与えられている。 引用文献 大塚路子 ; 被災者生活再建支援法の見直し , 調査と 情報 , 599(2007) 中川秀空 ; 被災者生活支援に関する制度の現状と課 題 , 調査と情報 , 712(2011) 平山洋介 ; 危機は機会なのか?——東北復興まちづ くりに向けて , 世界 , 802(2011) 平山洋介 ; 地域持続を支える住宅再生を , 世界 , 826 (2012) 平山洋介・斎藤浩(編); 住まいを再生する——東 北復興の政策・制度論 , 岩波書店(2013) 八木寿明 ; 被災者の生活再建支援をめぐる論議と立 法の経緯 , レファレンス , 57, 11(2007) 【著者略歴】 平山 洋介(ひらやま ようすけ) 神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。1988 年神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。 2003 年より現職。住宅政策・都市計画を専攻。著 書に『東京の果てに』(NTT 出版)『住宅政策のど こが問題か』(光文社新書)『都市の条件——住ま い,人生,社会持続』(NTT 出版)ほか多数。近 刊分担執筆に Cities and the Super Rich (Palgrave Macmillan ),新作予定共著に,The Commodified