看護師の経験からみた末梢静脈穿刺が困難となる要因に関する質的研究
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(2) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 58. 性の高い技術であるが,今日では看護師の実に. を成長させる新たな知識を学ぶべきであると主張. 90%以上が留置針の刺入を実施しており,臨床経. している 7).末梢静脈穿刺が失敗に終われば,二. 験が 1 年未満の看護師であっても同等の実施率で. 度と同じ失敗はしたくないという思いから, 「こう. 2). あったという報告 があるように,日常的に行う. なると失敗しやすい」といった学習を積み重ねて. 頻度も高い技術の一つである.. いると考えられる.一方で,失敗に付随するネガ. 医療行為全般に言えることであるが,人を対象. ティブな感情が強く過度な恐れを抱くと,失敗を. にしている以上,その行為の目的は確実に達成さ. 学習の機会と捉えられず,結果として同じような. せなければならない.言い換えれば,ミスや失敗. 失敗を繰り返すとされている 8).これまでの先行. は許されない.ただし,末梢静脈穿刺に関しては,. 研究 3,9,10)からみても,末梢静脈穿刺の成功率は改. 採血を含め,静脈を穿刺し血管と穿刺針の内腔を. 善されているとは言い難く,現実的に失敗は繰り. 交通させることが目的であるが,この目的を果た. 返されていると言える.実際に穿刺をする側であっ. せないという結果が臨床の場で比較的多く存在す. ても恐怖感を抱いているという結果もあり 11),失. る.工藤ら 3)によれば,留置針を使用した静脈穿. 敗によって患者に不必要に苦痛を与えてしまえば,. 刺の成功率は 69.2%であり,3 割以上は何らかの. 前向きに捉えることは難しく,困難さを抱えなが. 理由で「失敗」となってしまっていることになる.. ら同じような失敗を繰り返していると考えられる.. 医療従事者を対象にした調査において,業務とし. すなわち,この看護師が経験している失敗に基づ. て末梢静脈穿刺の頻度が 1 週間に 10 ~ 50 回程度. いて,どのような時にそれが起こっているかを分. 以上であると答えた者が全体の 40%を超えていた. 析することで,末梢静脈穿刺の失敗につながる要. という佐々木の報告 4)を考慮すると,静脈穿刺の. 因を導き出すことができるのではないかと考えた.. 失敗の絶対的な数も決して少なくはない.そして. そこで本研究は,看護師が経験した末梢静脈穿. それは,看護師の多くが末梢静脈穿刺の失敗を何. 刺の困難さに着目し,どのような時に困難な状況. 度も経験していることを意味している.静脈血管. に置かれ,そして失敗してしまっているのかを明. をうまく穿刺できないことで,動脈損傷や神経損. らかにすることを目的とする.. 傷のリスクやより危険性の高い中心静脈カテーテ. Ⅱ.方法. ル 5)の挿入の必要性,コストを高めるといった多 岐にわたる問題が生じるため,失敗の要因を明ら. 1.操作上の用語の定義. かにし,対策を講じていくことは急務であると言. 本研究における「末梢静脈穿刺」とは, 「末梢静. える.. 脈カテーテル留置に向けた静脈留置針を用いた穿. 看護師にとって,末梢静脈穿刺の失敗は,当然. 刺」を指す用語として定義し,翼状針を用いた穿. ながら望ましい結果ではない.看護師の本分は,. 刺や採血時の穿刺とは区別した.. 対象に安楽を提供することであり,次なる失敗を. 2.対象者. 防ごうと個々人での内省や取り組みはされている. 研究対象者はある程度の末梢静脈穿刺の経験が. と考えられる.実際,長嶋 6)の調査においても,. 見込める者とし,今回は九州地方にある大学病院. 穿刺について「上手になりたいという思い」が明. に勤務する看護師を対象とした.当該病院は静脈. らかにされている.畑村は著書「失敗学のすすめ」. 注射の認証制度を導入している.これは入職して. の中で, 「人間が関わって行うひとつの行為が,は. 3 年目以降に静脈注射に関する院内研修を受け,. じめに定めた目的を達成できないこと」あるいは. 一定の静脈穿刺や静脈注射の技術があると認めら. 「人間が関わってひとつの行為を行ったとき,望ま. れた者が末梢静脈カテーテル留置を患者に実施で. しくない,予期せぬ結果が生じること」を「失敗」. きるようになるという制度である.本研究の対象. と定義し,失敗の特性を理解し,失敗からその人. 者の条件として,静脈注射の認証を受けているこ.
(3) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 59. と,正規職員であることとした.また緩和ケア病. 同意する必要はなく自身の意見を話して欲しいこ. 棟,集中治療室(ICU) ,手術室,救急救命病棟,. と,(5)時間の関係でインタビューアーが話の途. 精神科病棟,小児科病棟,産科病棟は静脈穿刺の. 中で止めたり議論の方向を変えたりする場合があ. 機会が少なく,本研究の対象者に適さない考え,. ることを伝えた上で,インタビューを開始した.. これら以外を一般病棟と定義し,現在一般病棟に. インタビュー中は,答えやすい質問から初めて,. 勤務し 1 年以上当該病棟に勤務している者を対象. 議論が活性化するように努め,インタビューの最. とした.当該病棟の部署長(看護師長)は対象か. 後に語りの要点をいくつか述べ,参加者の確認を. ら除外した.. 取った上で終了とした.. 対象者のリクルートはまず,当該病院の看護部. インタビューは,インタビュー内容を参加者に. の長に対象者の選定が可能な病棟選定を依頼し,. 事前に知らせ,それに基づいて実施した.インタ. 3 つの病棟が選ばれた.それぞれの病棟の看護師. ビュー内容は,末梢静脈穿刺の成功や失敗にはど. 長に対して研究者が研究概要を説明し,対象者の. のような要因があるか,どんな時に末梢静脈穿刺. 選定を行うことも含めて同意を得た.その後,イ. が困難であると感じるか,どんな状況で失敗とな. ンタビューを実施する日程を提示し,勤務の都合. るか,穿刺が難しい場合の対応策はあるか,失敗. があう看護師を対象者として看護師長から研究の. となった時にどんな影響があるかとした.また,. 概要を伝えてもらった上で内諾を得てもらい,研. 参加者全員が末梢静脈穿刺を同一の技術としてイ. 究者に紹介してもらい研究者から改めて対象者に. メージできるよう,あらかじめ操作上の用語の定. 説明し同意を得た.. 義について説明した.インタビューは対象者が勤. なお,研究者 2 名と対象となった看護師とは,. 務する病院内の会議室にて 1 時間程度で行った.. 調査以前の面識はなかった. 3.調査期間 2015 年 6 月であった. 4.データ収集方法 インタビューに参加予定となった対象者が合計. 本調査に先立って,5 年以上の実務経験を有する 看護師 2 名を対象に,グループインタビューを行 い,インタビューアーの進行が良好か,質問に答 えやすいかどうかを確認した. 5.データ分析の方法. 12 名となり,対象者を 6 名ずつの 2 つのグループ. インタビュー中の発言はすべて IC レコーダーで. に分け,それぞれ 1 回ずつグループインタビュー. 録音し,後日逐語録を作成し,質的記述的に分析. を行うこととした.当日の勤務状況によって参加. を行った.まず,看護師がこれまでに経験した,. できず辞退となった対象者がそれぞれに 1 名ずつ. 末梢静脈穿刺が失敗となった時や困難に感じた時. あり,最終的に 5 名ずつのグループインタビュー. の状況に関する文脈に着目し,意味のあるまとま. を 2 回実施した.インタビューアーは 10 年以上の. りごとに切り出し,その意味を解釈してコード化. 看護師の実務経験を有する筆者らが行った.グルー. した.コードはその類似性によってグループ化し. プインタビューでは参加者がリラックスし自由に. てサブカテゴリーを作成し,その類似性からさら. 意見を言い合える雰囲気をつくるために,インタ. にカテゴリーを抽出した.分析の過程においては,. ビューアーが自己紹介を行い,その後にインタ. 何度も元データに戻り,文脈や意味が変わってい. ビューの目的を説明し,(1)質問に必ず答えなけ. ないかを確認しながら分析を行った.分析は 10 年. ればならないというものではなく,答えたいとき. 以上の臨床経験を有する研究者らが行い,質的研. に答えればよいこと,(2)他の方が話していると. 究の経験が豊富な看護研究者から,コードからの. きは話をしないこと,(3)グループに参加してい. カテゴリー生成についてのスーパーバイズを受け. る方 1 人 1 人の意見を集めることが大切であるこ. た.. と, (4)必ずしも前に発言した方が話したことに.
(4) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 60. 表 1 対象者の属性. 6.倫理的配慮 本研究は大分県立看護科学大学研究倫理・安全. 項目. 委員会の承認を受けて実施した(受付番号:984) . 対象となる看護師には文書と口頭で研究の主旨, 研究への参加は任意であり強要するものではない こと,協力できない場合でも一切の不利益は発生 せず同意した後でも撤回できること,匿名性の保 持,目的以外にデータを使用しないことを研究者 が説明し同意書を手渡した.後日,同意書を受け 取り,インタビューを実施した.. Ⅲ.結果 1.対象者の概要. 平均 件数(%) (±SD). 年齢(歳). 32.6 (7.3). 看護師の経験年数(年). 9.9 (6.1). 末梢静脈穿刺の経験年数(年). 5.4 (3.7). 所属先の診療科 内科(内分泌・代謝) ,循環器 消化器科内科・外科 循環器内科・外科. 5(50) 3(30) 2(20). 場面をイメージしてしまう〉のように《穿刺に対 する苦手意識》があることや,実際に穿刺しよう. インタビューに参加した看護師は全員女性で,. とする対象を見て血管がどういう状態か判断する. 表 1 に示す通り,年齢は平均 32.6±7.3 歳(25 ~. 前から, 〈静脈穿刺がそもそも難しいという思い〉. 51 歳) ,看護師の経験年数は平均 9.9±6.1 年(3 ~. や〈何度も穿刺が必要な人は難しいという思い〉 ,. 23 年) ,末梢静脈穿刺の経験年数は平均 5.4±3.7. 〈他の人が失敗したのなら私も失敗するだろうとい. 年(1 ~ 11 年)であった.ほぼ全ての看護師が,. う思い〉といった思いを抱えており,これらを《穿. 日によってばらつきはあるものの,1 勤務帯(日. 刺は難しいという先入観》とした.. 勤)あたり 2 ~ 3 回は末梢静脈穿刺をしていると. 2) 【血管選択の自由度が小さい】. 回答した.. インタビューの中で,穿刺できそうな血管がど. 2.末梢静脈穿刺が困難であったときの状況(表 2). れだけあるかについても語られた. 「検査のために 静脈穿刺をする時,医師からこっちの腕に刺して. 本文中の【 】はカテゴリー, 《 》はサブカテ. 欲しいと指示されることがある」 , 「反対の腕だっ. ゴリー, 〈 〉はコードを示す.実際の語りは「 」. たら刺せるのにと思うことがある」といった語り. で示した.. があり, 〈医師から穿刺部位を指定される〉ことや. インタビューの分析により,末梢静脈穿刺が困. 〈できるだけ利き手は避けたい〉という患者に対す. 難であったときに看護師が経験していることとし. る配慮から《標的血管を選ぶ上での制限》が生じ,. て, 【成功を確信できない】 , 【血管選択の自由度が. また, 〈この血管しかない〉といったように《血管. 小さい】,【気持ちが落ち着かない】,【穿刺の助け. の選択肢の少なさ》など【血管選択の自由度が小. になるものがない】の 4 つに分類された.. さい】ことが困難さを招く要因として語られた.. 1 )【成功を確信できない】. 3) 【気持ちが落ち着かない】. 対象の看護師から,末梢静脈穿刺が成功すると. 穿刺時の心理的な状態に関する語りは比較的多. いう自信を持てずに実施している現状が語られた.. く, 【気持ちが落ち着かない】状況では,うまく穿. 看護師はこれまでの経験から成功しやすい血管,. 刺することができないとされていた.落ち着いて. 失敗しやすい血管を認識しており, 〈いい血管がな. 穿刺できない要因として, 《患者からの心理的重. い〉,〈苦手な血管しかない〉など《容易に穿刺で. 圧》 , 《速やかに実施しなければならないという焦. きる血管がない》と困難な状況としていた.また,. り》 , 《他業務に気を取られる》 , 《失敗できないと. 〈前回失敗してしまったという思い〉 , 〈過去の失敗 から自信をもてない〉,〈穿刺する前から失敗する. いう思い》の 4 つに分類された. 《患者からの心理的重圧》には, 〈患者の威圧的.
(5) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 61. 表 2 末梢静脈穿刺が困難であったときの状況 カテゴリー. サブカテゴリー 容易に穿刺できる血管がない. コード いい血管がない 苦手な血管しかない 前回失敗してしまったという思い. 成功を確信できない. 穿刺に対する苦手意識. 過去の失敗から自信をもてない 穿刺前から失敗する場面をイメージしてしまう 静脈穿刺がそもそも難しいという思い. 穿刺が難しいという先入観. 何度も穿刺が必要な人は難しいという思い 他の人が失敗したのなら私も失敗するだろうという思い. 血管選択の自由度が 標的血管を選ぶ上での制限 小さい 血管の選択肢の少なさ. 医師から穿刺部位を指定される できるだけ利き手は避けたい この血管しかない 患者の威圧的態度. 患者からの心理的重圧. 患者に点滴に対する嫌悪感がある 患者の失敗しほしくないという言動. 速やかに終わらせなければなら 穿刺の必要性が差し迫っている ないという焦り 次にならなければならないことがある 気持ちが落ち着かない. 他業務に気を取られる. 他の業務と重なると気持ちが焦る 忙しい時は別のことを考えてしまう 自分の仕事を増やしたくない. 失敗できないという思い. 他看護師に迷惑をかけたくない 失敗すると患者に申し訳ない 失敗すると患者との関係性が悪化してしまう. 穿刺の助けになるも のがない. 代わりとなれる看護師が少ない. 上手な人がいれば代わってもらうが,いない場合は自分がやらなけ ればと思う. 難しい血管に対する確実な対応 いい血管がない時は温めたりするが効果は実感できない 策がない 血管を探す機器は知っているが,院内にはない. 態度〉,〈患者に点滴に対する嫌悪感がある〉,〈患. 〈失敗すると患者に申し訳ない〉や〈失敗すると患. 者の失敗してほしくないという言動〉といった患. 者との関係性が悪化してしまう〉といった患者へ. 者の穿 刺に対する否 定 的な言 動によるプレ ッ. の悪影響の懸念の語りが含まれた.. シャーが含まれた. 《速やかに終わらせなければな. 4) 【穿刺の助けになるものがない】. らないという焦り》では,〈穿刺の必要性が差し. 末梢静脈穿刺が困難な状況であっても, 〈上手な. 迫っている〉や〈他にやらなければならないこと. 人がいれば代わってもらうが,いない場合は自分. がある〉という時間的制約を感じてしまう状況に. がやらなければと思う〉といった《代わりとなれ. ついての語りが含まれた.《他業務に気を取られ. る看護師が少ない》状況や, 〈いい血管がない時は. る》に含まれる〈他の業務と重なると気持ちが焦. 温めたりするが効果は実感できない〉のように有. る〉や〈忙しい時は別のことを考えてしまう〉は. 効な手立てや〈血管を探す機器は知っているが院. 多重課題をこなす中での思いが含まれ,そして《失. 内にはない〉といったサポート機器の活用ができ. 敗できないという思い》では, 〈自分の仕事を増や. ず《難しい血管に対する確実な対応策がない》こ. したくない〉や〈他の看護師に迷惑をかけたくな. とが困難な状況を回避できない要因として語られ. い〉といった失敗による看護師側への負担の懸念,. た..
(6) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 62. Ⅳ.考察. 末梢静脈穿刺に自信が持てなかったり,不安を 抱えたりするのは,過去の失敗経験が大きく関与. 今回は末梢静脈穿刺を実施する側の立場から穿. している.失敗経験そのものは,将来的にプラス. 刺を失敗してしまう要因を明らかにすることを目. の影響をもたらし得るもの 12)であるが,それは失. 的に,臨床の看護師の末梢静脈穿刺が困難であっ. 敗をどう捉えるかにもよる.失敗したときのネガ. た経験をもとに,穿刺が困難であった時に看護師. ティブな感情が強いと失敗を学習の機会と捉える. はどのような状況に置かれ,そして失敗してしまっ. ことや対策を講じることもできず,結果として同. ているのかについて,インタビュー調査を行い質. じ失敗を繰り返す可能性が指摘されている 8).も. 的記述的に分析を行った.本研究を通して,看護. ともと Benner 13)の Expert と言われるようなレベ. 師が実施する末梢静脈穿刺においては,穿刺をし. ルにまで到達していない看護師は,失敗に対する. ようとする看護師が失敗するかもしれないという. 不安が高いとされており 14),また末梢静脈穿刺を. 状況下で穿刺を試み,当然ながらそれでも成功す. 成功させるという課題の失敗は,自己犠牲にとど. ることもあるであろうが,失敗に終わってしまっ. まらず,患者の痛みや他の看護師の業務増加といっ. ているという現状にあることがわかった.その失. た他者への影響も大きいという特性から,ネガティ. 敗しやすい状況とは,成功させることに自信が持. ブな感情を抱きやすいと考えられる.そうした感. てない状況や,穿刺に適した血管を選択する余地. 情によって,同じような場面に立たされたとき,. が少ない状況,気持ちが落ち着かない中で穿刺を. うまく遂行できるかだろうかという認知的不安に. 余儀なくされている状況であった.そしてそれら. つながり,成功できるという自信を損なうと考え. は,難しい穿刺に対しサポートがなく自らの技量. られる.スポーツの世界では,この自信(self-con-. に頼るしかない状況の中にあるというのが現状で. fidence)の低下や認知的不安の高まりによってパ. あった.. フォーマンスが低下する 15)とされており,その認. これまで,看護師による血管内カテーテル留置. 知的不安は成功に対する主観的な可能性に関係し. の難易度や成否に,患者の静脈血管の状態が関与. て変化するとされている 16).末梢静脈穿刺も患者. していることが報告されている.患者の静脈血管. の状態やその状況に合わせて作業動作を変化させ. の位置が特定しにくい場合や蛇行している場合,. る必要があり,その場その時で知覚で得た情報の. 挿入時に抵抗が強い場合は失敗となりやすいこと. 判断,それに応じた指先の細かい運動が求められ. が報告されている 10).当然ながら経験的に看護師. るといった点でスポーツのパフォーマンスと共通. もそのような血管では失敗しやすいことを知って. するところがある.末梢静脈穿刺というパフォー. いる.このように穿刺前に成功できるかどうかを. マンスを向上させる目的で,認知的な不安を軽減. 視覚的あるいは触れた感覚に基づいて判断してい. させるためには,難しい血管であっても,成功で. るため,成功が確信できる静脈血管を探し選択す. きると思えることが重要であり,看護師として未. ることが成功の鍵と言える.しかし,そのような. 熟な段階から失敗経験をしないような工夫が必要. 血管が認められない,あるいはどの血管にすべき. である.. かの選択肢が少なくベストな血管を選定すること. そして,失敗につながる要因として挙がったも. が難しい状況であれば,穿刺に自信を持って臨む. うひとつが穿刺を実施する際の気持ちの落ち着か. ことができていないことがわかった.看護師によっ. ない状況である.これは患者のネガティブな言動. ては,静脈血管の状態に関わらず,静脈穿刺がそ. を受けたことによるものであった.他にもゆっく. もそも難しいという先入観を作り上げてしまい,. り穿刺ができずタイムプレッシャーを感じたり,. 苦手意識を抱えながら実施せざるを得ない状況に. 多くの仕事を抱える中で他のことに気を取られた. あることもわかった.. りすることにより生じていた.このようなプレッ.
(7) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 63. シャー下では,判断力の低下 17)や注意散漫度の増. る患者の信頼によって構築されるものであると定. 加 ,動作のパフォーマンスの低下 が指摘され. 義されており,それは看護師と患者の関係の中で. ている.末梢静脈穿刺はミリ単位の幅しかない静. 起こる様々なエピソード,状態や状況の変化に影. 18). 19). 脈血管 を穿刺するため,集中力を要する細かい. 響を受けるとされている.その中で岡谷らは信頼. 作業である.つまり,落ち着かない状況が穿刺作. の構成概念を挙げているが,その中に「腕がい. 業に与える負の影響はより顕著であると考えられ. い」 , 「どんな処置でも自信をもって行っているよ. ることから,穿刺に集中できる状況を個人もしく. うにみえる」 , 「安心して世話を任せられる」といっ. は組織で作り出すことが必要であると言える.多. た技術に関する要素も含まれている.この「看護. 忙な状況を完全に取り除いたりすることは当然な. 師の技術と能力の高さ」は患者満足度に正の相関. がら現実的ではないが,特に業務に追われるといっ. があるとされている 23)ことからも重要である.末. た時間的なプレッシャーを軽減させる必要性はこ. 梢静脈穿刺は患者にしばしば提供される技術で侵. れまでの研究でも述べられていることであり 21),. 襲を伴う一方で,他の技術に比べると目的を果た. 正確で安全な穿刺を妨げる状況であることを把握. す上での確実性に乏しいという側面がある.しか. した上で,一人ひとりの看護師が落ち着いた状況. し,失敗によって次の失敗が引き起こされるとい. で余裕をもって実施できる環境づくりや業務調整. う連鎖を断ち切り,良好な看護実践の基盤となる. を行うことが重要であると考えられる.また,気. 看護師−患者間の信頼関係にも影響し得るという. 持ちを落ち着かせることができない要因として,. 観点からも,失敗しないように取り組むことの意. 《失敗できないという思い》が含まれたが,これは. 義は非常に大きいと言える.もしかするとこれは. 過去の失敗経験を思い返すことで,再び同じよう. 末梢静脈穿刺という一技術に留まらず,失敗が許. な経験をしたくないという思いから生じていると. されないという業務の特性上,あらゆる事柄に共. 考えられる.つまり,末梢静脈穿刺の失敗がもた. 通していることかもしれない.. らす影響は,その時点にとどまるものではなく,. 今回の調査によって,穿刺が困難と予測できて. 次の穿刺場面にも影響し得ると言える.患者のネ. もその状況に十分に対応するための選択肢があま. ガティブな言動もこれと同様であると考えられる.. りないことも明らかとなった.看護師は決して何. 本論文の冒頭で相当数の末梢静脈穿刺の失敗が見. も対策を講じていないわけではなく,静脈血管の. 込まれると述べたが,当然ながらその数だけ患者. 怒張に有効であると報告されている温罨法 24)を実. は失敗を経験している.しかも看護師が苦手と感. 践するも〈いい血管がない時は温めたりするが効. じる特徴の血管をもつ一部の患者が何度もその経. 果は実感できない〉と,経験としては効果が乏し. 験をしていると考えられ,患者も過去に痛い思い. いのが現状であり,穿刺が困難な場合の対策とし. をしたからこそネガティブな言動をしてしまい,. て他の看護師に頼るなど,個人の技量あるいは熟. 看護師にとってはさらに難しい状況を生み出して. 練の技に頼るほかない状況にある.しかしながら,. いると考えられる.こうして失敗によって次の失. その熟練の技を他者へ継承するには十分な検証が. 敗につながる要因が形成されるといった負のスパ. されておらず,また,穿刺の熟練した技術の獲得. イラルを招いている恐れがある. 〈失敗すると患者. には経験の積み重ねや個々人の努力が必要である. との関係性が悪化してしまう〉と看護師が語るよ. とされており 6),即時的な対策は難しいと言わざ. うに,末梢静脈穿刺の失敗は単に静脈にカテーテ. るを得ない.だからと言って,難しいから仕方な. ルが刺入できないという問題に収まらず,患者−. いと経験が浅いうちから失敗を正当化してはなら. 看護師間の信頼関係を悪化させる一因ともなり得. ない.末梢静脈穿刺は失敗しやすいという課題解. る.岡谷ら によると,看護師−患者間の信頼関. 決を行う上で,一度失敗をした状況と似たような. 係は,看護師の能動的な働きかけによって得られ. 状況で成功させるといった失敗経験の克服を経験. 20). 22).
(8) 日本健康学会誌 第 87 巻 第 2 号 2021 年 3 月. 64. することが重要であり 25),新卒者であっても難易. 梢静脈穿刺の失敗を回避するために,看護師が苦. 度が高い状況で,ある一定の成功率を保障するよ. 手とする静脈血管への穿刺を容易にする工夫や,. うな技術開発とその普及によって院内外の技術レ. 熟練者の技の可視化・言語化による穿刺技術の向. ベルの均質化を図ることは非常に重要である.具. 上,落ち着いて穿刺できる環境をつくりだすといっ. 体的には,熟練者が持つ技術の要素化や,近赤外. た対策が必要であることが示唆された.. 線光反射システムやエコーガイドといったサポー ト機器の活用が挙げられる.このような対策を看. Ⅶ.謝辞. 護師個人で講じるのは困難であると言え,前述の. 本研究を行うにあたり,お忙しい中協力して頂. 環境づくりも含めて組織で取り組んでいくことが. いた看護師の皆様に深く感謝申し上げます.本研. 必要である.当然ながら,このような取り組みを. 究は,JSPS 科 研 費 若 手 研 究(B)( 課 題 番 号:. 考えていく上では,失敗経験を重ねることがない. 26861867)の助成を受けたものです.本研究に関. よう,経験によらず誰でも容易に実施可能である. 連する開示すべき COI はありません.. ことが条件のひとつであると言える.. Ⅴ.研究の限界と今後の課題 本研究で導き出した末梢静脈穿刺の失敗につな がる要因は,看護師の主観から帰納的に導き出し たものであるという限界がある.看護師が置かれ た状況と穿刺のパフォーマンスそのものへの影響 については,実施時の生理学的反応や心理状態の 測定尺度など客観的な指標も用いながら,それぞ れの状況に応じて看護師の作業あるいは視線の動 きなど細部にわたる動作がどう変化するのかを検 証していく必要がある.また,穿刺成功率の向上 に向けた改善策を検証する上では,当然ながら看 護師の心理的負担が軽減するかなど,看護師がよ り実施しやすい状況にあるかも分析のひとつの視 点に加えていくことが今後の課題と言える.. Ⅵ.結論 本研究より,過去の失敗経験から自信を持つこ とができず,成功できそうな血管が選択できない と失敗という結果を想起しながら末梢静脈穿刺を 行ってしまっていることや,患者の穿刺に対する 否定的な言動や多くの業務を抱えていることに よって落ち着いて穿刺することができない状況と なり,それが失敗につながってしまっていること がわかった.また,看護師はそのような状況では 失敗しやすいと認識しつつも,十分な対策を講じ ることができていないことが明らかとなった.末. 文 献 1)Horowitz SH. Venipuncture-induced causalgia: anatomic relations of upper extremity superficial veins and ner ves, and clinical considerations. Transfusion, 2000; 40(9): 1036-40. 2)川島理恵,横田素美.看護師による静脈内注射の 実態 実施内容と知識の理解状況.福島県立医科 大学看護学部紀要,2009;11:49-58. 3)工藤憧子,巻野雄介.看護師が実施する末梢静脈 カテーテル留置における静脈穿刺の不成功に関わ る要因.看護理工学会,2017;4(2):98-104. 4)佐々木新介.末梢静脈穿刺時の援助に関する全国 実態調査 静脈穿刺時の温罨法用具の開発を目指 して.ヒューマンケア研究学会誌,2016;8(1) : 47-51. 5)Akmal AH, Hasan M, Mariam A. The incidence of complications of central venous catheters at an intensive care unit. Annals of thoracic medicine, 2007; 2(2): 61-63. 6)長嶋大輔.熟練した採血技術の修得に影響を及ぼ した要因 採血で指名を受ける看護師へのインタ ビューを通じて.日本看護学会論文集:看護総合, 2008;39:304-306. 7)畑村洋太郎.失敗学のすすめ.東京:講談社文庫, 2005 8)池田 浩,三沢 良.失敗に対する価値観の構造 - 失敗観尺度の開発 -.教育心理学研究,2012; 60:367-379. 9)青木謙典.末梢静脈確保の成功率に及ぼす手袋装 着の影響.聖隷浜松病院医学雑誌,2002;2:1821. 10)Jacobson AF, Winslow EH. Variables influencing intravenous catheter insertion difficulty and failure: an analysis of 339 intravenous catheter insertions..
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