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国際刑事裁判所における非協力への対応と国連安全保障理事会の役割

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国際刑事裁判所における非協力への対応と

国連安全保障理事会の役割

国際学研究科修士課程修了生 大越 真木

キーワード:国際刑事裁判所、国連安全保障理事会、ローマ規程、安保理付託、締約国会議

はじめに

国際刑事裁判所(The International Criminal Court、以下、ICC)の設立条約である国際刑事 裁判所ローマ規程(The Rome Statute of the International Criminal Court、以下、ローマ規程) は2002年7月1日に発効し、 2013年9月現在122カ国が締約国となっている。ICCはこれまで に8カ国の事態における、18の事件について捜査又は訴追を行っているが1、このうちの2カ 国、スーダンとリビアの事態は、国連安全保障理事会(以下、安保理)が国際連合憲章(以下、 国連憲章)第7章に基づく決議により、ローマ規程非締約国における事態をICC検察官に付託 した事例である。 ICCの管轄権行使にあたり、ローマ規程締約国はICCに対し十分に協力する一般的義務を負 うが2、スーダン、リビアのような同規程の非締約国は、通常、自発的な同意無くICCに対す る協力義務を負うことはない。しかし、安保理がICCへの付託を行う場合には、非締約国の領 域内において非締約国国民によって行われた犯罪についても、ICCの管轄権行使が可能となり、 さらに国連憲章第25条に基づく安保理決議の拘束力により、ローマ規程非締約国を含む全て の国連加盟国に対しICCへの協力義務を課すことができる。実際、スーダン、リビア両国は、 ICCへの付託を決定した安保理決議により、「裁判所及び検察官に十分に協力し、いかなる必要 な援助も提供すること」を義務付けられている3 ICCは独自の法執行機関を持たないため、捜査、被疑者の逮捕及び引渡、刑の執行等、多岐 にわたり関係国の協力に依存している。このため関係国、なかでも犯罪地国の協力はICCが機 能する上で不可欠である。特にスーダン、リビアの様に、安保理によりICCの管轄権を受諾し ていない非締約国の事態が付託された場合、ICCの司法的決定及び要請に犯罪地国又は被疑者 の国籍地国が従わない可能性が高く、ICCの司法的決定は実効面における基盤が脆弱である。 そしてスーダンの事例は、この問題を顕著に現している。 スーダンの事態においては、現在までに5つの事件について、7名の被疑者に対し逮捕状又 は召喚状が発付されている。被疑者7名のうち3名は反政府民兵組織の幹部であり、3名とも召 喚状に応じてICCに出廷し、既に裁判に向けた準備が進められている。一方、現職のアル・バ シール(Omer Hassan Ahmed Al-Bashir)大統領を含むスーダン政府高官と民兵組織ジャンジ

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ャウィードの幹部の計4名に対しては逮捕状が発付されているが、いずれの被疑者も未だ逮捕 に至っていない4。スーダン政府は、安保理決議1593に基づくICCへの協力義務及びICCから の再三の協力要請にも関わらず、ICCの管轄権行使を認めず、被疑者の引渡を拒否しており、 捜査及び被疑者の逮捕の実施に重大な影響を及ぼしている。 では、スーダンの様な安保理付託における非締約国の非協力に際し、どの様な対応が可能だ ろうか。2010年5月25日、ICCは初めて安保理に対しスーダン政府の非協力を通報した5。そ の後も、ICCは繰り返し安保理に対しスーダン政府の非協力を通報し、被疑者逮捕を目的とし た国連加盟国及び地域的機構による行動を安保理において検討するよう求めている6。しかし、 これまでに安保理は、スーダン政府の非協力に対し実効的な対応を採るに至っていない。ICC が扱う事態について非協力の通報が行われた際、安保理及びローマ規程締約国会議(Assembly of States Parties、以下、ASP)は、ローマ規程第87条5項(b)、同条7項及び第112条2項(f) に基づき、国家の非協力に対応する権限を与えられている。しかし、安保理によって付託され た事態については、安保理が主体となって国家の非協力に対応するのか、又は安保理付託の事 態であっても、まずはASPが主体となって対応するのかは規程上明らかにされていない。 2010年にカンパラで行われた国際刑事裁判所ローマ規程検討会議(Review Conference of the Rome Statute、以下、カンパラ会議)でのICCへの協力問題に関する会合において、ICCと 国連の協力関係が取り上げられた際、オブライアン(Patricia O’Brien)国連法務担当事務次長 は、国連とICCの協力関係の原則として、ICCへの協力提供の主要な主体は締約国であり、国 連はあくまでも補助的な役割を担っていると述べ、主要な責任はASPにあることを強調した7 この点についてICCのクルス(Philip Kirsch)裁判官は、ICCへの協力提供の主要な主体は締約 国である事を認めつつ、普遍的影響力と執行力を有する国連の協力の重要性を指摘している8 このように国連とICCは、ICCへの第一義的な協力責任はASPが有するという点で一致した見 解を共有しているが、補助的な協力主体としての国連の関与については、国連により積極的な 協力を求めるICC側と、限定的な関与を望む国連との間に認識の違いがあるようにも見受けら れる。しかし、ローマ規程非締約国を拘束する決定を行う権限を持たないASPと比較して国 連、特に安保理は非締約国に協力義務の履行を促す上で、より強力な措置を講ずる権限及び能 力を有する。特にスーダンの様にICCに対する協力意思を持たず、安保理決議を根拠として協 力義務を負っている非締約国に対するASPの影響力には限界があり、安保理による対応が必要 となる可能性が高い。  前述の通り、安保理によるICCへの事態の付託は、安保理決議の拘束力に基づき、ローマ規 程非締約国における事態についてもICCの管轄権を及ぼし、全ての国連加盟国に対しICCへの 協力を義務付け、更には国家の非協力に対しては国連憲章第7章下の強制措置をもって対応す ることも可能とする。一方で、ローマ規程非締約国における事態の強制的な付託は、必要に応 じて安保理が国連憲章に基づく権限を行使しなければ、スーダンの例の様にICCによる捜査及 び訴追の継続が非常に困難な状況を招く危険性もある。 以上の様な問題意識に基づき、本稿は安保理付託の事態における、非締約国の協力義務の履

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行確保における問題点及び課題を検証することを目的とする。そこで、本稿ではまずICCによ る非協力の認定と通報がどのような法的根拠によるのかについて解釈の相違があることをまず 述べる(1)。次に、ICCによる非協力の通報を受けて、協力義務の履行を促すためにASPがど の様な対応を取りうるのかについて触れる(2)。その上で、安保理による非協力への対応につ いて、諸学説を取り上げつつ、その問題点と今後の課題を検討する(3)。

1.非協力の認定と通報

非締約国がICCへの協力を怠った場合、いかなる法的根拠に基づき非協力を認定及び通報を 行うかについては、異なる解釈が存在している。ICCと自発的に協力関係を結んだ非締約国9 その義務を履行しない場合、ICCはローマ規程87条5項(b)に基づき当該国の非協力をASP又 は安保理に通報することができる。ではスーダンのように、同意に基づく協力関係をICCと結 んでいない非締約国の非協力が問題となった場合、いかなる法的根拠に基づき非協力の認定及 び通報が行われるのであろうか。 2010年5月25日、ICC第1予審裁判部は初めてスーダン政府の非協力を安保理に通報するこ とを決定した10。その後も、ICCは繰り返し安保理に対しスーダン政府の非協力を通報してい る11。2007年4 月にアフメド・ハルン(Ahmad Muhammad Harun)とアリ・クシャイブ(Ali Muhammad Ali Abd-Al-Rahman)への逮捕状12が発付されて以来、ICCは繰り返しスーダン外 務省、同司法省及び在オランダ・スーダン大使館に対し、両名の逮捕状の執行に関する報告を 求めてきた。しかしスーダン政府は両名への逮捕状の発付以降、ICCからの書簡の受け取りを 拒否しており、逮捕状執行の要請にも応じていない13 安保理への通報を決定するにあたり第1予審裁判部は、国連加盟国であるスーダンが国連憲 章第25条に基づき、安保理の決定を受諾し履行する義務を有することを確認した上で、同国の ICCに対する協力義務は安保理決議1593を直接的根拠とすると述べている14。また、安保理は ダルフールで行われたICCの管轄権内にある犯罪の捜査及び訴追を行う任務をICCに与えて おり15、スーダンが協力義務の不履行により、ICCの任務遂行を妨げた場合には、ICCは安保 理決議1593の権威に基づきスーダンの非協力を安保理に通報する本来的権限を有すると述べ ている16。さらに、安保理がダルフールの事態について適切な措置を取るために必要な情報を 提供するという意味で、ICCは逮捕状の執行に関するスーダン政府のいかなる非協力について も安保理へ通報しなければならないと述べている17。また、スーダンはローマ規程非締約国で ありICCと協力合意を締結していないことから、ダルフールの事態におけるICCの管轄権、及 びスーダンのICCに対する協力義務のいずれも安保理の権限を法的根拠としているが故に、安 保理はスーダン政府の非協力に対応し、いかなる措置をもとる権限を有していると述べてい る 18。この様に、同裁判部は安保理へスーダンの非協力を通報する際、前述のローマ規程第87 条5項(b)には言及せず、スーダンの協力義務、及び同国の非協力を安保理へ通報するICCの 権限のいずれも、安保理決議1593を法的根拠とするとの解釈を示している。 一方、オカンポ(Moreno Ocampo)元検察官は同予審裁判部に対しスーダン政府の非協力の

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認定を申請するにあたり、ローマ規程第87条5項(b)に基づき同国の非協力を安保理に通報 することを申請の目的として挙げている19。これに対し、当該申請を受けての第1予審裁判部 の決定は、前述の通り同87条には言及せず、ICCがスーダンの非協力を安保理へ通報する権限 は決議1593に依拠していると述べ、オカンポ元検察官の解釈とは異なる法的見解を採ってい る20。しかし、同予審裁判部は2009年3月にアル・バシール大統領への逮捕状を発布した際に は、スーダン政府の非協力が継続する場合には、ICCはローマ規程第87条7項に基づき安保理 へ付託する可能性があることを示唆している21。ただし、同87条7項の条文は「締約国がこの 規定に反して裁判所による協力の請求に応ぜず、それにより裁判所のこの規定に基づく任務及 び権限の行使を妨げた場合には」、安保理付託の事態についてICCはこの問題を安保理に付託 できると定めており、非締約国であるスーダンについて同項の適用が適切であるかについては 疑問が残る。ただし、安保理によってICCへ付託された事態の当事国は、ローマ規程非締約国 であっても、締約国と同様の扱いを受けると解釈するならば、同項の適用は可能であろう。し かし、安保理が非締約国における事態をICCへ付託した際の、当該国に対するローマ規程の適 用範囲については、同規程も、これまでの裁判所の決定も明確に述べていない。このことは、 ICCが安保理に対し非締約国の非協力への対応を要請する際の法的根拠のみならず、被疑者の 引渡、国家元首の免除等に関する解釈の対立を生み出す原因の一つとなっている。

2.締約国会議による非協力への対応

前述の通り国連とICCは、ICCへの第一義的な協力責任はASPが有するという点で一致した 見解を持っている。しかし非締約国の非協力が問題となった場合、ASPは非締約国に対しいか なる措置を採る権限を有しているのだろうか。また、ASPにおいてこれまでに、どのような議 論が行われ、いかなる対応方法が検討されているのだろうか。 ローマ規程第112条2項(f)は、ASPがICCから非協力の通報を受けた際、この問題を検討 することを同会議の任務としている。しかし、同規程は非協力の通報を受けたASPが、どの様 な措置を取りうるかに関する規定を設けていない。前述のカンパラ会議においても、締約国の 協力義務の履行、特に逮捕状執行の為の協力の重要性が強調され22、協力義務を履行しない締 約国に対する制裁措置の不在が問題点として指摘された23 。同会議においてICCのソン(Sang-Hyun Song)所長は、ICCへの協力は法的義務であるにも拘わらず、ASP又は安保理に対し非 協力を付託する以外に、当該義務を強制する手段をICCが有していないことを問題点として指 摘した。また、ICCが締約国に対し、特定の行動を要請する又は、容疑者逮捕を目的に他の締 約国に対し政治的圧力を用いる方法を推奨するといったことは、司法機関として不適切な行動 であり、政治的及び外交的手段を用いてICCへの協力を促す役割は、ASPに課せられていると 指摘した24 こうした議論を背景に、2011年12月の第10回締約国会議において採択された決議は、締約 国及びICCと取極又は合意を結んだ非締約国の非協力に際しての、ASPとしての対応プロセス を定めている25。同プロセスは非協力の状況を、第一にICCからASPに対し非協力の問題の付

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託があった場合、第二にICCからASPへの付託は無いが被疑者の逮捕、引渡要請に対する深刻 な非協力が発生しようとしている又は既に発生しており、ASPによる緊急の対応が必要と判断 される例外的状況の二つに分類し、それぞれのケースにおけるASPの対応方法を定めている。 まず上記第一の状況では、ICCからの正式な非協力の付託に対しては、ASPとしての公式の 対応が必要となるが、ASPが公式な対応を取りうるのはICCからの正式な付託があった場合に 限られることが確認されている26。具体的には、①緊急議長団会合の開催、②ASP議長から非 協力国に対し、期限を設定して報告を要請する、③当該国の報告を受けての大使級会議の開催、 ④市民団体からの参加者も加えての公開会議の開催、⑤前述④の会議の報告を受けての、ASP における検討というプロセスに従うことが決定されている27 一方、第二の状況で、特にASPの働きかけにより協力義務履行を促す可能性があると考えら れる状況においては、外交及び政治レベルにおける非公式かつ迅速、そして柔軟な対応が必要 となる。また、通常のASP会期外での緊急の対応を必要とする可能性が高いため、毎月国連本 部において開催される議長団会合での対応が適切となる。このため議長団として、緊急性を要 する非協力に対応可能な体制を構築する必要性が指摘された28。具体的な措置としては、ASP 議長が非協力国への働きかけのイニシアティブを取ることとなる。緊急措置を必要とする非協 力の状況の認定はASP議長が行う。さらに、議長団による緊急会合の開催以前に被疑者の逮捕 又は引渡の機会が失われる危険性があると判断した場合、ASP議長は自身の判断により非協力 国との交渉にあたる29。ASP議長は、非協力国との交渉内容について、迅速に議長団へ報告す る。必要と判断される場合は、議長団の緊急会議を開催することが定められている30 以上のように、ASPは具体的かつ詳細な非協力への対応プロセスを採択するに至ったが、強 制力の不在を理由に、その効果の程を疑問視する意見もある31。また、上記の対応プロセスは、 締約国及びICCと取極又は同意を結んだ非締約国を対象としており、自発的合意を伴わない非 締約国による非協力に対するASPのいかなる措置に影響を与えるものではないことが決議文 において確認されている32 よって、ローマ規程非締約国の非協力に関しては、上記第二の手続きの様な外交レベルでの 非公式な対応や、ASPの枠外で締約国による単独もしくは複数国での制裁措置の実施は可能で ある。しかし、非締約国の非協力に対し、第一の手続きの様な公式な措置又は集団的制裁措置 を講ずるASPの権限につき、ローマ規程上に法的根拠を見いだすことは困難に思われる。  

3.安保理による非協力への対応

以上の様にローマ規程非締約国、特にスーダンの様にICCとの協力合意を結んでいない非締 約国の非協力に際し、ASPが取り得る措置は限定的である。一方、ICCから非協力の通報をう けた安保理がどのような対応を取り得るかについての規定は存在せず、その判断は安保理に委 ねられている。本章では、非協力の事態における安保理の役割をめぐる議論及び今後の課題を 検討する。 安保理における決定は、安保理理事国の構成、常任理事国の利害関係、政治的環境等に大き

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く左右されるものである。例えば、5常任理事国のうち、アメリカ、ロシア、中国はローマ規 程締約国ではないが、2005年と2011年に安保理がダルフール及びリビアの事態のICCへの付 託を決定した際は、安保理理事国15カ国中9カ国がローマ規程締約国であり、理事国の過半数 を占めていた33 安保理が特定の国家に対し協力義務の履行を促す為の具体的措置を講ずるか否かが、いかに 安保理内における政治的意志に左右されうるかを象徴的に表しているのが、コンゴ民主共和国 の事態における、コンゴ解放愛国軍(Patriotic Forces for the Liberation of Congo)の副参謀長 であるンタガンダ(Bosco Ntaganda)被疑者の逮捕状の執行を巡る問題である。ンタガンダに 対する逮捕状は2008年4月に公開されており、同被疑者の所在はコンゴ当局及び国連コンゴ民 主共和国ミッション(United Nations Organization Mission in the Democratic Republic of the Congo 、以下、MONUC)共に把握している。MONUCはそのマンデートとしてンタガンダを 逮捕する権限を与えられているだけでなく、コンゴ政府からも同被疑者の逮捕を認可されてい るにも拘わらず、未だ逮捕には至っていない。この背景には、ンタガンダは現在でもコンゴ民 主共和国国内において一定の影響力を保持しており、同被疑者の逮捕が国内情勢の不安定化を 招くことへの懸念がある。そして、この懸念が現実となれば、安保理はその対応に追われるこ ととなるため、安保理、特に拒否権を有する常任理事国が同被疑者の逮捕状執行に消極的な態 度を示している。このため、法的権限及び実質的な強制力も整っているにも関わらず、同被疑 者の逮捕は実現していない34 安保理は国際連合東スラヴォニア・バラニァおよび西スレム暫定統治機構(UN Transitional Authority in Eastern Slovenia, Baranja, and western Sirmium)及びコソボ治安維持部隊 (Kosovo Force)を設立した際にも、ICTYから逮捕状が発付されている被疑者を逮捕する権限 を与えている35。国連の平和維持活動についても同様に、安保理はICCに協力する権限を付与 することが可能である。しかし、国連の平和維持活動にICCの逮捕状を執行する権限を与える ことに関しては、慎重に検討すべきとの意見と共に、その様な権限を付与する決議採択の実現 可能性を懐疑的にみる議論も少なくない36。実際、ロシア、中国を中心とした一部の安保理理 事国は逮捕状の執行を目的とした措置の採択に引き続き反対しており、スーダン政府から被疑 者の引渡への同意を引き出すような、安保理による強力な措置の決定は今後も困難となる可能 性が高い。 一方で、かつてはICCへの対抗措置を取ってきたアメリカが近年ICCの役割に一定の評価を 与えつつあることは、今後の安保理のICCへの協力姿勢の変化に繋る可能性もある。実際、ア メリカはダルフールの状況について、スーダン政府に対し協力義務の履行を促すための新たな 措置を安保理として検討することを主張している37 また、安保理として事前に非協力の発生を防ぐ手段として、付託決議により決定されたICC への協力義務の履行を監視し、促すために、過去に対テロ制裁決議等で採用されている、国連 憲章第七章に基づく制裁決議の履行を監視するための制裁委員会38と同様の組織を、ICCへの 付託に際しても設置すべきとの提案もある39

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実現が困難な安保理決議に基づく集団行動よりも、単独もしくは複数国による政治的働きか けがより現実的であり、効果が見込めるとの見解もある。デル・ポンテ(Carla Del Ponte)元 旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia、 以下、ICTY)検察官はICTYにおける経験から、非協力国に対し被疑者の逮捕及び引渡を促す うえでは、司法的対応よりも非司法的手段がより有効であったと述べている。ICTYにおいて は、その設立決議により、全ての国連加盟国はICTYに対する協力義務を負っており、手続き 及び証拠の規則7bisに基づき、ICTY裁判所長は安保理に対し、国連加盟国の非協力を通報す る権限を有する。しかし、この安保理への通報制度は必ずしも非協力に対する有効な措置とし て機能しなかった。例えば、2004 年にICTY裁判所長はセルビア・モンテネグロの非協力を安 保理に通報したが、この通報に対し安保理は具体的な対応を取れなかった40 一方で、アメリカ及びEUを中心とした、単独又は複数国による政治的圧力が功を奏し、被 疑者の引渡に繋がっている。ミロシェビッチ(Slobodan Milosevic)元セルビア大統領のハー グへの移送は、アメリカが同被疑者のICTYへの引渡が行われない場合は、旧ユーゴスラビア 諸国への支援を検討する会議を欠席する意向を示した後に実現した41。また、これまでにアメ リカは「司法のための報奨(Rewards for Justice)」プログラムを展開し、ICTYとルワンダ国際 刑事裁判所(International Criminal Tribunal for Rwanda)における被疑者逮捕の上で有益な情 報を提供した者及び協力者に対し報奨金の支払いを行い、成果を上げてきた。2013年1月3日、 このプログラムの対象にICCを含む法案42がアメリカ議会において可決された。この結果、ア メリカ国務長官はICCにより逮捕状が発行されている被疑者(アメリカ国民を除く)に関する 有益な情報の提供者に対し、報奨金を支払う権限が与えられた43 また、EUは西バルカン諸国に対し、EUへの加盟を承認する前提条件の一つとしてICTYへ の全面的な協力を提示した。この結果、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、 モンテネグロ、マケドニアの協力姿勢に改善が見られた。ICTYに身柄を引き渡された被疑者 及び被告の9割が、このEUの政策の結果、身柄の引渡が実現している44 ベッリーリ(Bellelli)もICTYの先例に言及した上で、国際政治レベルの協力及び圧力が裁 判所の決定を履行するうえで有効であると述べ、ICCへの非協力が関係国にとって不利益とな るような条件を設定して、同意に基づく協力を促すことの重要性を主張している45。さらに、 安保理付託における非締約国の非協力については、当該国の協力義務は安保理決議の拘束力の みを根拠とするが故に、非締約国が協力義務を履行しない場合には、安保理こそが非協力の状 況を審査し、対応を判断すべき立場にあると主張している46

ミストリー及びヴェルドゥスコ(Mistry and Verduzco)は関係国間及びICCと関係国間の 仲介についても、ASPに代わり安保理がその役割を担い、その政治的影響力を行使すべきと主 張する47。さらには、安保理内及び国連内におけるICCへの協力に関する議論の活発化を求め る意見もあり、特に安保理内でのロシア及び中国との、国連全体では中東、アフリカ、アジア 地域のローマ規程非締約国とのより建設的な議論の必要性が指摘されている48

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の事態に関する最新の報告を行った。この報告の中でベンソーダ検察官は、安保理はダルフー ルにおける平和の実現には、正義の実現が不可欠であるとの信念に基づきICCへの付託を決定 したはずであると指摘した。その上で、ICC検察局は常に同事態の付託を、重大な犯罪の捜査 及び訴追を通してダルフールに平和をもたらすための、安保理とICCの共同作業と見なしてき たと述べた。そして、ICCはこれまで安保理により与えられた任務を遂行するために、その役 割を果たしてきたとして、ダルフールにおける正義の実現の為に安保理もその役割を果たすべ きであることを主張した49。このベンソーダ検察官の発言は、安保理付託とその他のICCの管 轄権行使条件(トリガー・メカニズム50)の間には本質的な違いがあることを示唆していると 思われる。締約国による付託及び検察官の発意に基づく捜査及び訴追は、一貫してローマ規程 の法的枠組みの範囲内で、締約国の同意を基礎として行われるのに対し、安保理付託の場合に はローマ規程と国連憲章という二つの条約体制を法的基盤として、国連憲章第7章下でICCの 管轄権が発動される。そしてベンソーダ検察官の指摘通り、付託後の捜査・訴追活動も「安保 理とICCの共同作業」の一環と見なされうるならば、その遂行においても安保理は役割を果た すべきと考え得る。このことは安保理の視点から見ると、ICCへの付託を決定した段階で国連 憲章第7章に基づく措置は完結せず、付託から捜査・訴追、刑の執行までのICCにおける一連 の司法活動を持って一つの措置が完結すると見なすことになる。そして、この解釈に立つなら ば、ベンソーダ検察官の主張の通り、被疑者のICCへの引渡を実現するために、安保理には果 たすべき役割があると考える。 このことは同時に、ICCへの事態の付託を決定するにあたり、付託から捜査・訴追、刑の執 行までのICCにおける一連の司法活動において必要な措置を講ずるコミットメントが、安保理 側にも必要とされることを意味する。安保理としての集団措置の採択にいたるか、又は単独も しくは複数国による行動を選択するかに関わらず、重要なのは安保理理事国を中心とした国連 加盟国に、ICCにおける訴追を実現するために、国家の非協力に際しては首尾一貫した対応を 取るというコミットメントが存在することである51

おわりに

ICCのソン所長は、2012年10月17日の「国際の平和と安全の維持における法の支配の促進 と強化」と題する安保理特別会合におけるスピーチの中で、ICCが安保理より付託された事態 に対応するうえで、ローマ規程の締約国であるか否かに拘わらず、全ての国連加盟国の全面的 及び継続的協力が不可欠であると述べた。そのうえで、今後安保理がICCへの付託を決定する にあたっては、全ての国連加盟国のICCに対する全面的協力義務を明確にすることを求めてい る52。2012年12月13日のベンソーダ検察官によるスーダンの事態に関する報告が行われた安 保理会合において南アフリカ代表も、一部の有力な常任理事国が協力義務を負っていないこと が、スーダンの事態における非協力の要因の一つとなっていると指摘したうえで、安保理付託 の際には安保理理事国も含めた全ての国連加盟国に、ICCに対する全面的な協力義務を課すこ とを主張している53

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今後、全ての国連加盟国に対しICCへの協力義務を課すことを安保理付託の条件とすれば、 ローマ規程非締約国が関わる事態のICCへの付託決定はより困難になる可能性がある。しかし、 ICCの一連の活動において必要な措置を講ずる安保理及び国連全体のコミットメントが伴わな ければ、ローマ規程非締約国を対象とした捜査及び訴追の実現は困難である。そして実効性の 低い条件での付託の決定は、安保理付託のシステムのみならず、ICCによる司法活動全般をも 形骸化させる危険性がある。 アナン(Kofi Annan)前国連事務総長は、旧ユーゴスラビア内戦中におきたスレブレニツァ における虐殺での国連平和維持活動の失敗について、「国際社会が虐殺の危機にさらされた民 間人に対し、彼らを保護する誓いを立てる時、そこには必要な手段を用いる意思が伴われなけ ればならない。そうでないのであれば、最初から、人々に望みを与え期待をさせるべきではな い。」 と述べている54。このアナン前事務総長の言葉は、安保理によるスーダンの事態のICCへ の付託についてもあてはまる。安保理が国際社会を代表してスーダンにおける重大な犯罪の有 責者の免責を認めないとしてICCへの付託を行う時、そこには訴追の実現のために必要な手段 を用いる意思が伴わなければならない。そのようなコミットメントが伴わない状況でのICCへ の事態の付託は、国連とICCの権威及び信頼性を傷つけ、不処罰に対する国際社会の戦いを弱 めることになりかねない。 ベンソーダ検察官が示唆したような「重大な犯罪の捜査及び訴追を通して平和をもたらすた めの、安保理とICCの共同作業」55として、今後、安保理付託の実行を積み重ねていくことが できれば、安保理付託は強力な法執行制度として機能する可能性があると考える。しかしその ためには、安保理による非締約国における事態のICCへの付託は、当該国の意思に反し国家主 権に影響を与える可能性も含む重大性を有することを認識した上で、付託から捜査・訴追、刑 の執行までのICC における一連の司法活動において必要な措置を講ずるコミットメントを伴 って決定されなければならない。

1 ICC homepage, http://www.icc-cpi.int/EN_Menus/ICC/Pages/default.aspx(2013年8月26日閲 覧)。

2 ローマ規程第86条。

3 2005年3月31日付安保理決議1593(S/RES/1593(2005))operative paragraph 2及び2011年2月26 日付安保理決議1970(S/RES/1970 (2011))operative paragraph 5.

4 ICC Homepage, supra., n. 1.

5 ICC Pre-Trial Chamber-I, Decision informing the United Nations Security Council about the lack of

cooperation by the Republic of the Sudan, ICC-02/05 – 01/07, 25 May 2010.

6 ICC Office of the Prosecutor, Statement to the United Nations Security Council on the situation in

Darfur UNSCR 1593 (2005), 5 June 2012, para. 14.

7 ICC Assembly of States Parties, Review Conference of the Rome Statute of the International

Criminal Court Official Records, RC/11, 2010, Annex V(d), Stocktaking of international criminal justice – cooperation- Summary of the roundtable discussion, operative paragraph 19.

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8 Ibid., operative paragraph 45.

9 ローマ規程第12条3項、及び同規程第87条5項(a)。 10 ICC Pre-Trial Chamber-I, supra., n. 5.

11 ICC Office of the Prosecutor, supra., n. 6., para. 14.

12 Situation in Darfur, Sudan in the Case of the Prosecutor v. Ahmad Muhammad Harun (“Ahmad

Harun”) and Ali Muhammad Al Abd-Al-Rahman(“Ali Kushayb”), Warrant of Arrest for Ahmad Harun,

ICC-02/05–01/07, 27 April 2009; Situation in Darfur, Sudan in the Case of the Prosecutor v. Ahmad

Muhammad Harun (“Ahmad Harun”) and Ali Muhammad Al Abd-Al-Rahman(“Ali Kushayb”),

Warrant of Arrest for Ali Kusyab, ICC-02/05–01/07, 27 April 2009. 13 ICC Pre-Trial Chamber-I, supra., n. 5., paras. 6–12.

14 Ibid., paras. 13–17. 15 Ibid., para. 18. 16 Ibid. para. 19. 17 Ibid., para. 20. 18 Ibid., paras. 21–22.

19 ICC Pre-Trial Chamber-I, Prosecutions request for a finding on the non-cooperation of the

Government of the Sudan in the case of The Prosecutor v. Ahmad Harun and Ali Kushayb, pursuant to Article 87 of the Rome Statute, Public Redacted Version, ICC-02/05 – 01/07, 19 April 2010, para. 1.

20 ICC Pre-Trial Chamber-I, supra., n. 5.

21 ICC Pre-Trial Chamber I, Decision on the Prosecution’s Application for a Warrant of Arrest against

Omar Hassan Ahmad Al Bashir, Public Redacted Version, ICC-02/05 – 01/09, 4 March 2009, para 248.

22 ICC Assembly of States Parties, supra., n. 7, operative paragraph 27.

23 Michael N. Baker, ed., International Criminal Court – Developments and U.S. Policy, New York: Nova Science Publishers, Inc., 2011, P. 25

24 ICC Assembly of States Parties, supra., n. 7, operative paragraph 23.

25 ICC Assembly of States Parties, Strengthening the International Criminal Court and the Assembly

of States Parties, ICC-ASP/10/Res.5, 21 December 2011, Annex,

26 Ibid., operative paras. 17–11. 27 Ibid., operative paragraph 14. 28 Ibid., operative paragraph 11. 29 Ibid., operative paragraph 17. 30 Ibid., operative paragraph 20.

31 Hemi Mistry and Deborah Ruiz Verduzco, The UN Security Council and the International

Criminal Court, Chatham House, 16 March 2012, p.12.

32 ICC Assembly of States Parties, supra., n. 25, operative paragraph 8. 33 S/PV.5158, 31 March 2005; S/PV.6491, 20 February 2011.

34 Mistry and Verduzco, supra., n. 31, p.11.

35 S/RES/1037 (1996), 15 January 1996, para. 21; S/RES/1244 (1999), 10 June 1999, para. 14. 36 Mistry and Verduzco, supra., n. 31, p. 10.

37 UN Press Release, Security Council 6778th Meeting, SC/10663, 5 December 2012.

38 S/RES/1267 (1999), 15 October 1999, para. 6. 39 Mistry and Verduzco, supra., n. 31, p. 10.

40 Carla Del Ponte, “Reflections Based on the ICTY’s Experience”, in Roberto Bellelli, International

(11)

Limited, 2012, pp.128–129. 41 Ibid., pp. 128–129.

42 U.S. House of Representatives, 112th Congress (2011 - 2012), H.R.4077

43 U.S. House of Representatives, Public Law 112–283—JAN. 15, 2013, Department of State Rewards

Program Update and Technical Corrections Act 0f 2012.

44 Del Ponte, supra., n. 40, p. 129.

45 Roberto Bellelli, International Criminal Justice-Law and Practice from the Rome Statute to Its

Review, Farnham: Ashgate Publishing Limited, 2012, p. 240.

46 Ibid., pp. 238–239.

47 Mistry and Verduzco, supra., n. 31, p. 12. 48 Ibid., p. 20.

49 S/PV.6887, 13 December 2012, p. 2. 50 ローマ規程第13条

51 Mistry and Verduzco, supra., n. 31, pp. 18–19.

52 ICC Press Release, ICC addresses the UN Security Council during the debate on Peace and Justice, ICC-CPI-20121018-PR844, 18 October 2012.

53 supra., n. 49, p. 9.

54 United Nations, Report of the Secretary-General pursuant to General Assembly Resolution

53/35(1998) Fall of Srebrenica, A/54/549, 15 November 1999, para. 503.

55 supra., n. 49, p. 2.

主要参考文献

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